帝国暦485年、秋も終わりかけの頃――
俺、ジークフリード・キルヒアイスの立場は世間から見ればわかりやすい。
フレーゲル男爵の腰巾着。
そう言われて、同じく括られる金髪の相棒は嫌そうな顔をする。
「……キルヒアイスさん、そんな言い方はやめてください」
昼休憩の士官クラブの片隅で、ラインハルト・フォン・ミューゼル少尉が紅茶を啜りながら俺を睨む。
ごもっとも。だがな――
「お前、俺と同じでフレーゲル閣下の御威光で少尉やってんだろ? 大人しく現実見とけ。あと偉そうな顔すんな。あの時、お前も閣下と一緒に娼館行っただろ。姉上に言うぞ」
声を潜めて突き刺すと、金髪は耳まで赤くしてカップを落としそうになった。
可愛い奴め。
とはいえ俺自身だって情けないもんだ。
新米少尉に与えられたのは机仕事? 伝令? 連絡将校?
――そんなぬるい話じゃなかった。
俺の手元には、艦隊の装備調達計画、編成表、訓練立案書、艦艇整備の優先順位一覧、果ては酒保の品目要望票まで山積み。
それを整理して印を押し、司令官の印鑑だけ貰えば通る。
要するに司令官が何もしてない。
「これって新米少尉のやることか……?」
誰に訊いても答えなんかない。
艦隊の艦艇構成を見直すのだって、本来なら副参謀の役目だ。
なのに任されるのは――俺だ。
幕僚の本分は何か。
それは指揮官がベストな艦隊を思いのままに振るえる環境を整えることだ。
簡単に言えば、上が阿呆でも部下が死なないように段取りを整えるのが俺の役目。
「はぁ……」
溜息を吐いて顔を上げると、書類の山の向こうに金髪がいた。
紅茶を啜り直しこっちを伺っている。
こいつも無駄に真面目だ。
装備と艦艇がバラバラ。
幕僚は指揮官を誰一人フォローせず。
この体たらくを直すには――
そう、あの人しかいない。
「……こういう時は、シュターデン教官だな」
俺は書類を片付け取り憑かれたように次の行動を考えていた。
艦隊の骨格を鍛え直すのは教官の仕事。
戦場で死なない為には、胃痛のタネを根から絶たねばならない。
俺は少尉だ。
まだ若造だ。
それでも――平穏を守るために、この程度の雑用でへばるわけにはいかない。
幕僚の本懐を果たすには、阿呆な指揮官を責めるより腐った艦隊を叩き直す方が早い。
だから俺は迷わなかった。
ブラウンシュヴァイク公爵家の威光は万能薬だ。
これをちらつかせれば、教官を呼ぶのも朝飯前。
「……久しいな、キルヒアイス少尉」
薄い微笑を浮かべて立つ男――シュターデン提督。
士官学校の頃から、俺が唯一頭が下がると言い切れる人間だ。
「教官。遠路お疲れ様です。さっそくですが、この腐った艦隊をよろしくお願いします」
挨拶もそこそこに深々と頭を下げる。
傍らのラインハルトがちょっと驚いた顔をするのが面白い。
「ふむ……噂は聞いている。フレーゲル男爵の腰巾着になっても、お前だけは堕落しないらしいな」
「お恥ずかしい」
軽口を返しながら内心では泣きたい。
堕落して楽ができるなら何度でも転がりたいんだよ、俺は。
シュターデン教官の指導が始まると、ラインハルトは燃えた。
「キルヒアイス少尉、私が艦隊を任されて良いのでしょうか」
控室で眉を下げる金髪。
くそ真面目だな、相変わらず。
「貴官に出来なくて誰がやる。シュターデン教官をフォローできるのはお前だけだ」
俺は真顔で断言した。
本音を言えば――
艦隊の運用なんぞ面倒で仕方がない。
だがこれを金髪にやらせれば、俺は陸戦隊の強化という比較的死ににくい持ち場に逃げられる。
これぞ幕僚の生存戦略。
「……分かりました。精一杯、やらせていただきます!」
背筋を伸ばすラインハルトを見て、俺はこっそり親指を立てた。
頼むぞ、天才坊や。
それから数日――
シュターデン教官の理詰め訓練と、ラインハルトが考案した奇抜な抜き打ち演習が組み合わさり、腐った警備艦隊は生まれ変わった。
古株のオヤジ兵が吐きながら必死に艦の取り回しを覚え、若い連中がラインハルトの指揮に食らいつく。
――これなら死なずに済む。
少なくとも前線で無駄死にする確率は減った。
教官とラインハルトの背を眺めながら俺は心底思った。
(平穏ってのは、手を抜いた先じゃなくて面倒を片付けた先にあるんだな……)
だが、胃痛の種はまだ残っている。
次は――陸戦隊だ。
艦隊の骨格は整った。なら次は地上だ。
どんなに上手く宇宙で勝とうが、最後は誰かが降りて、誰かが掃除をする。
そこを舐めると死ぬのは俺だ。
「……陸戦部隊も鍛えてもらいたいな」
酒が回った士官クラブの奥席でラインハルトにぼやくと、金髪は真面目に頷いた。
警備隊の陸戦隊なんざ、武器だけ立派な飾り物だ。
正規軍の装甲擲弾兵には到底及ばない。
なら呼ぶしかない。
「オフレッサー閣下に直訴して特訓お願いしてみようかな」
冗談交じりに言った俺に、ラインハルトが目を丸くして紅茶を吹いた。
おい、机がびしょびしょだ。
結果――
装甲擲弾兵総監部から、ヒマしてる猛者を顧問団として派遣してもらえることに。
翌日。
降り立った連中を見て俺の胃が再び悲鳴を上げた。
「おう、これがフレーゲル男爵お気に入りの平民少尉か!」
叩き上げのラウディッツ大尉が、顔中の古傷を歪めて俺を見下ろす。
「はい……キルヒアイスです……」
言い終わらぬうちに、背後の下士官どもがニヤリ。
「キルヒアイス少尉、体が鈍ってるだろ? 一緒に鍛えてやる。遠慮すんな!」
おい、待て。
お前らを呼んだのは、俺を鍛えるためじゃない。
陸戦隊を、だ。
「先任! キルヒアイス少尉も参加するぞ!」
「はい、大尉殿ッ!」
俺の脇に立つ下士官どもの笑顔が、心底嬉しそうなのは気のせいじゃない。
数時間後――
降下装具を装着させられ、揚陸艇から突き落とされる俺。
「ぎゃあああああッ!!」
そこから地獄が始まった。
重い装具を背負い、雨の中を行軍し、不意打ちで伏せ撃ちをさせられ、ひたすら転げ回る。
久々に吐いた。泣いた。痔が再発しかけた。
「……マジで……死ぬ……」
筋肉痛で呻きながら宿舎のベッドで白目を剥いていると、ラインハルトが氷嚢を持ってきてくれた。
「大丈夫ですか、キルヒアイスさん……」
「……お前もやれ、次は……」
だが効果は抜群だった。
警備隊の陸戦隊は正規の擲弾兵の猛者と本物の訓練を繰り返し、死なない程度に死ぬ思いをして見違えるように引き締まった。
腹の底から思った。
(……こうして地上も艦隊も鍛えておけば、俺の死亡フラグはだいぶ先送りにできる……!)
ただ一つだけ想定外。
それは俺自身も鍛え上げられてしまったことだ。
艦隊と陸戦隊――
この二枚看板を磨き上げてホッとしたのも束の間。
胃の休まる暇なんざ、帝国軍にあるはずがなかった。
「卿に頼みたい仕事がある」
フレーゲル閣下の言葉は、だいたい胃痛の予告だ。
彼の従弟、シャイド男爵。
新任領主としてヴェスターラントに赴任するが、あそこは腐敗と飢餓と怨嗟の星。
だから――
俺が護衛兼、現地警備隊の再建を任された。
「……お初にお目にかかります、キルヒアイス少尉」
小柄で、どこか優男のシャイド男爵は、人当たりだけは満点だった。
だが、あの土地で生き残れるかと言えば――
「小官は、ヴェスターラントに長居するつもりはございませんので」
お守り任務だけで帰るつもりだった。
だが到着した瞬間、腹の底で溜息が漏れた。
腐った空気。乾ききった赤土。
民草は痩せ細り、収税役人だけが太鼓腹を揺らして私腹を肥やす。
「……これは、閣下の顔に泥を塗ってますね」
挨拶もそこそこに、上級職員どもを一堂に集めた俺は開口一番でこう告げた。
「我々は徴税官ではない。民を守るための警備隊だ。権利を履き違えた馬鹿には――帝国の法の正義を思い知らせてやろう」
結果――
不正蓄財がバレた役人は、その日のうちに銃殺。
私財は没収し民へ食糧を配給。
自警団を編成し、不満分子は炙り出す。
血が流れれば敵も動く。
「貴族は死ねええええ!!」
視察中のシャイド男爵を狙って、武装テロリストが群がった。
俺は呆れた。
「おい、一般警備は何してんだ。職務怠慢で降格だぞ馬鹿野郎……」
懐に忍ばせたブラスターを抜き、シャイド男爵の前でしゃがむ。
同時に俺が呼んでおいた特殊部隊がテロリストどもを一斉掃射する。
銃声。脳漿。血の匂い。
だがこの臭いの先に、治安の安定がある。
「も、申し訳……!」
青ざめた警備責任者に目もくれず、俺は通信機を叩く。
『田吾作41から芋吉、全域制圧継続しろ。』
『了解、田吾作41!』
俺は笑った。
腹の底で、泥水のようなものが少しだけ晴れた。
シャイド男爵は俺に頭を下げた。
「お陰で助かりました、キルヒアイス少尉」
「いや……まだこれからですよ」
ブラウンシュヴァイク公派閥の増援が送り込まれ、二週間後、ヴェスターラントの腐った根は一掃された。
空は相変わらず赤茶けていたが、地面の下で僅かながら何かが芽吹いている気がした。
ヴェスターラントの血と腐敗を洗い流し、シャイド男爵を無事に玉座に据えたその足で、俺とラインハルトは、次なる胃痛の渦へと送られた。
コルプト子爵の艦隊だ。
権威と艦艇だけは一流、頭脳は三流。
そんな貴族子爵が振り回す冴えない艦隊。
フレーゲル閣下の御威光で、俺達はその幕僚として艦橋に立つ羽目になった。
「貴様がフレーゲル男爵の腰巾着か。噂通り小賢しい顔をしておる」
上等だ、コルプト。
こちとら胃薬の錠数だけは、お前より遥かに積み上げてきたんだ。
「閣下の御前では私は塵芥でございます。ご命令のままに、でございます」
屈辱? 誇り?
そんなもの、胃痛の前では雑音だ。
隣に立つ金髪――ラインハルト・フォン・ミューゼル。
貴族の矜持を学んだフリをし、俺と目が合えば小さく頷く。
良い子だ。賢い子だ。
無駄に噛み付いて死ぬより百倍マシだ。
9月26日――
コルプト艦隊はイゼルローン要塞へ到着した。
幕僚席に座る俺の手には、分厚い紙の作戦計画書。
内容を見て思った。
(……司令官が馬鹿でも戦場は回る。)
これが帝国軍の面白くて、悲しいところだ。
「予備隊とは言え、虎の子の切り札であります!」
おだてておけばコルプトの機嫌はいい。
腹の底で舌打ちしながら、俺は笑顔で腰巾着役を続ける。
ラインハルトは横で、敵味方の展開を頭に叩き込んでいた。
若き鷹の目には、すでにビュコックとホーランドの動きが見えている。
「卿ら、余の命令で動くのだ。勝手は許さんぞ」
「はい、閣下」
その時――
下腹部が、キュルリと鳴った。
(……ヤバい。これ……完全に、来た。)
胃痛の先、腹痛。
俺の体は、帝国軍の兵站より繊細で脆弱だ。
オペレーターの視線を背に俺は艦橋を飛び出した。
戦場の最前線よりこの一人のトイレが死線だった。
銀河の命運より俺の腹が大事だった。
――胃が痛い。
――腹も痛い。
トイレで数分間、俺は戦場の全てを忘れていた。
だが戦況は俺の腸の都合など待ってくれない。
腹をさすりながら艦橋に戻った俺を迎えたのは、女性オペレーターの気まずそうな視線とスクリーンに映る赤と青の戦況図だった。
「接触線から敵第5艦隊、侵入します!」
乾いた声が響く。
叛徒どもの頑固爺――ビュコック提督。
どうせならあんな爺さんに仕えたい人生だった。
「うむ、叛徒め……皇帝陛下に逆らうことが如何に罪深いか教えてくれる!」
コルプト閣下、御機嫌である。
俺は苦笑して頭を下げた。
「さすが閣下。叛徒共も肝を冷やしましょう」
だが、戦場は言葉では動かない。
スクリーン上の青い帝国軍の矢印はじわりと膨らみ、赤い叛徒の矢印は――思い切り切り込んでくる。
「敵の第11艦隊、接近中です!」
ホーランドの艦隊だ。
作戦計画通りなら俺たちは予備隊。
つまり、何もしなくていい。
この役回りの何が嬉しいって――
死なない。
「キルヒアイス少尉」
隣のラインハルトが囁くように問う。
「……このままで良いのでしょうか」
ラインハルトの視線はスクリーンに釘付け。
興奮でわずかに青い瞳が揺れている。
俺は、顔を引きつらせて笑った。
「良いさ。死ぬのは前衛だ。俺たちは後で美味しい所だけ掻っ攫えばいい」
ラインハルトは眉を潜めたが、何も言わなかった。
その時、コルプトが声を張り上げる。
「余の艦隊も出す。叛徒どもを蹴散らしてくれるわ!」
は? ちょっと待て。
「閣下……我が艦隊は切り札。まだ温存するべきかと――」
「黙れ小賢しい!余は叛徒を討ち取り、武勲を立てるのだ!」
ああ――胃が……胃が……。
「……全艦、戦闘配備!」
無能の号令が艦橋に響いた。
ラインハルトの口元が微かに笑った気がした。
(結局、こうなるんだよな……!俺の平穏は、どこだ……!)
イゼルローン回廊を照らす無数の砲火が俺の胃をさらに痛めつけた。
――戦場に出たくない。
――でも出るしかない。
予備隊、その目的は戦局を一撃で覆す切り札。
本来なら指揮官が賢ければ、最終局面まで温存されるはずだった。
だが俺達の上司は、栄光という言葉しか脳味噌に詰まっていない男――
コルプト子爵。
「余の威光を示す時だ。全艦、前進せよ!」
艦橋の空気が震えた。
古株の幕僚たちが顔を見合わせ、オペレーターたちは緊張で背筋を伸ばす。
その中で、俺だけが小声で呟く。
「……胃薬……」
ラインハルトがすぐ横で微かに笑っているのがわかる。
嬉しそうだ。
天才の血が、戦場の匂いに疼いている。
スクリーンに映る赤と青の矢印がこちらに向かって収束していく。
叛徒の第11艦隊――ホーランドの突撃部隊。
まんまと誘いに乗ったコルプトが、堂々と罠へ向かって進軍している。
「キルヒアイス少尉、指示を」
副官の士官が俺を見た。
こいつ、わかってる。この艦隊を動かしているのが誰か。
「全艦、陣形は扇形散開。敵の矛先を左右に流せ。中央は閣下の旗艦が構える、くれぐれも盾にしろ」
必死に笑顔で言い切った。
上司を盾にする指示を、上司の鼻先で堂々と出す。
俺は最低の幕僚だ。
ラインハルトが声を潜める。
「キルヒアイスさん……閣下を囮に?」
「逆だ、あの人は前に出たがる。なら最初から最も安全な中央に縛り付けておくんだよ」
金髪は苦笑して頷く。
いいからお前は叛徒を狩ってこい。
お前が手柄を立てれば、俺が死ぬ確率が下がるんだからな。
艦橋が震えた。
味方の一斉斉射、敵の迎撃――
宇宙が光と爆発で塗り潰される。
俺の胃はもう限界だ。
オペレーターの背後で、吐きそうな胃液を必死に飲み込む。
だが――
ラインハルトの瞳だけは、
そんな俺の地獄を嘲笑うかのように輝いていた。
あいつの未来が光なら、俺の未来は胃に沈む真っ黒な墨汁みたいなもんだ。
(せめて……死なずに、終わらせてくれ……!)
銀河に咲く光の華。
それは俺の平穏を食い荒らす、呪いの火薬庫だった。
――俺が望んだのは、平穏だ。
だが、砲声はいつもその願いを踏みにじる。
コルプト艦隊、突撃陣形。
俺の頭の中では、胃痛と共に最悪のシナリオが鳴り響いていた。
「キルヒアイス少尉! 敵艦隊、接近ッ!」
オペレーターが叫ぶ。
スクリーンに映るホーランドの赤い矢印が、俺たちの青を真っ直ぐ貫こうとしていた。
――あの馬鹿貴族が予備隊を叩き潰すには最高の条件。
そう読んだ叛徒の指揮官、正しい。
お前の策は正しい。
ただし。
「ミューゼル少尉!」
俺は艦橋で吼えた。
「指揮権を引き継げ! 叛徒の腹を食い破れ!」
コルプト子爵が俺を睨んだ。
「貴様、何を勝手に――」
だがその声は、艦の震動とラインハルトの咆哮に掻き消された。
「全艦主砲斉射! 射撃後、敵側面に回り込め! 旋回して敵の尾を斬れッ!」
若い獣が目を覚ました。
スクリーンの赤い矢印がラインハルトの声に合わせてねじ曲がっていく。
オペレーターが震えて報告を上げる。
「敵第11艦隊の前衛、損耗率40%超!」
艦橋に沈黙が走った。
――数分前まで予備隊だった艦隊が、叛徒の攻撃軸をへし折っている。
コルプトの口が開き、閉じた。
言葉を出せない指揮官などただの置物だ。
俺はその背後で黙っていた。
ラインハルトがいる限り――
この艦隊は死なない。
だから俺は、残りの幕僚たちを睨みつけ、彼の指示に余計な口を挟ませない。
(光ってやつは、一度点けば周りを焼く。俺は、その火花が飛び散らないように包む布だ)
激しい斉射音の振動が痛む胃袋に響く。
だが――
ラインハルトの戦場は、恐ろしく美しかった。
スクリーンの赤が剥がれ落ちていく。
叛徒の艦隊は、青い刃で真っ二つに裂かれた。
胃痛を噛み締めたまま、俺は吐き出すように小さく笑った。
「……やれやれ。お前は本当に最高の保険だよ……ラインハルト……」
そして俺の平穏はますます遠のいた。
だが悪くはない。何しろ――叛徒第11艦隊、潰走。
予備隊として観戦するはずが、戦場を引っくり返したのは他でもない俺たちだった。
もちろん、手柄は全部コルプト子爵のものだ。
「予備隊の果敢な投入が、戦果を拡張し勝利を決定づけた!」
だとさ。
「余の見事な指揮に、総司令部も驚いておるわ!」
作戦会議室でふんぞり返るコルプトの横で、ラインハルトは無表情。俺は笑顔。
――胃の裏側は泣いているが。
「流石に閣下の御慧眼でございますな。これで叛徒どもも思い知ったでしょう」
誉め殺し。これが俺の生存戦略。
叛徒は撤退。
イゼルローン回廊は保たれ、帝国の権威は守られた。
俺の胃だけが削れた。
戦後、将兵慰労のパーティーが艦内で開かれた。
冷たい白ワインが並び下士官も士官も笑い声を上げる。
ラインハルトは、気怠げに杯を転がしていた。
「……どうだ。少しは手応えがあったか?」
隣に腰を下ろした俺が声をかけると、
金髪は一瞬だけ子供の顔をした。
「ええ。……あの瞬間、私が艦隊を支配していました」
目の奥が光る。
「そうか。じゃあ、これからも頼むぞ。俺は後ろで胃を押さえてるからな」
ラインハルトがふっと笑った。
「胃薬を差し入れますよ、キルヒアイスさん」
冷たい白ワインを煽る。
喉に火が走り胃が悲鳴を上げる。
だがそれでも――
この金髪を守るのが俺の平穏のためだ。
とりあえず明日からは、医務室で胃薬を箱でせしめよう。