帝都にある
ラインハルト? あいつは酒に呑まれるタイプだから飲み会には向いていない。
「これ一杯で平民の何食分か分かるか」
酒の入ったグラスを持ち上げたミッターマイヤー。
「興味はない」
ロイエンタールは素っ気ない。ただの話のネタじゃないか。
苦笑するミッターマイヤーを見て、俺は話題を広げる事にした。
「聞いた話じゃ、嘘か本当か知りませんが、叛徒の方が良い生活を送ってるらしいですよ」
人の命は平等ではない。
それぞれの兵士が失われた場合、帝国なら簡単に徴兵出来るが、同盟の場合は民主主義の建前が弊害となる。
限られた人的資源を有効活用すべく、同盟軍では下士官に士官の、兵士に下士官の役割が代行できるように教育を行っており、同じ1人の損害でも同盟の方が経済的損失も大きい。
「だから、どんどん殺してやれば良いんです」
「叛徒の有象無象が幾ら死のうと帝国は痛くも痒くも無いからな」
ロイエンタールは俺の言葉に頷く。
「卿らの話を聞いてると用兵家と言う者が恐ろしくなる」
「何を言ってるんだミッターマイヤー。俺達は帝国軍士官として責任があるんだぞ。戦いで手を抜く必要が何処にある」
高級将校の場合は帝国の方に被害額が大きくなる。平民出は貴重な経験者だが、それよりも土地を持った貴族の損失は国政に影響を与える。それぞれが統治者だからだ。
そんな風にダベったり日常を過ごしていたら、次の戦いが始まった。
旗艦に各分艦隊、戦隊の司令官、参謀が集められた。俺もコルプト子爵に従いやって来た。
(ドレスか……)
婚約者の美女を侍らせて艦橋に詰めるフレーゲル。相手は中々の美女だ。
さすがに胸や体をまさぐったりはしていないが、口づけしながらベリーニを楽しんでいた。
ブラウンシュヴァイク公の名代だが、戦場に女を連れてくると言う常軌を逸した行動に顔をしかめる物も居た。皆、堅いな。他人の女だが目の保養と考えれば良い。
「閣下!」
艦隊の参謀長を勤めるシュターデン提督は怒りを圧し殺して婦人の退席を促した。
(うわ、怖ぇ)
他人のイチャイチャしてる姿を見せ付けられるのは独り身にとって不快だ。ましてやここは神聖な職場で戦場だ。と言っても地獄の入り口まで着いてくるなんて、並みの女に出来る事ではない。たいした玉だ。
肉付きの良い体を見てるとムラムラする。人間ってのはどこかで性の衝動を発散させねばならない。オペレーターの女性下士官に目を向ける。
(後で一発、お願いしてみるか……)
俺ばモテる男なので、フレーゲルに悪感情はそれほど無い。男はみんなエロイのだ。
良くも悪くもフレーゲルは馬鹿だ。俺達、凡人と貴族では育った環境も違えば常識も違う。大貴族の一門なら価値観が違うのも仕方ない。
普通に考えれば、自分がやってる事を馬鹿だと理解してやるのは芸人ぐらいだ。
(──つまり、こいつは馬鹿げた事をしていると自覚せずにやってるんだよな)
お陰で仕事を任せると言えば聞こえは良いが、丸投げしてくるので部下は自由に腕が振るえる。
帝国暦486年、ティアマト星域に帝国軍は再び送り込まれた。
敵はロボス元帥の主力に先立ち3個艦隊をティアマト星域に投入していると言う。うちのミュッケンベルガー元帥は、ブラウンシュヴァィク公への配慮からフレーゲル艦隊に先鋒を命じた。
面倒と死の恐怖。こいつはいつまで経っても変わらない。
そもそも今回の出兵は、懐妊していたベーネミュンデ侯爵夫人が皇太子を出産した事に対して、華を添える為の遠征だった。
皇帝陛下の子供で男児なら皇太子になる。それは100人居ても皇太子だ。基本的には長男から順番に皇帝の座を狙える。
(と言っても、長男は死んだんだよな。本当に100人ぐらい居た方が帝位の後継者争いすら起きなかったかもな)
この調子でどんどん産んでくれてもいいと思う。スペアのスペアだ。俺の考えは屑っぽいと自分でも思うが仕方無い。それが高貴な方の使命なのだから。
そう言う意味でも俺は平民でよかった。
ヤン・ウェンリーではないが軍人になる積もりはなかったし、早く退職してのんびり暮らしたい。
俺とラインハルトの権限は上がり、フレーゲルは艦隊の運用とか諸々を丸投げして、才能溢れるラインハルトに任せっきりだった。
「艦隊戦では戦艦より身軽な巡航艦の方が良いんじゃないか?」
戦艦では目標になりやすいと思えた。俺の疑問にラインハルトは馬鹿にする事無く答える。
「中和磁場を形成する上では戦艦の方が個艦防御や生存性は高いですよ」
艦隊の戦列が維持できる状況ではエネルギー中和磁場を増幅して、ビーム兵器から防御を固めているらしい。
「なるほど。実体弾ではどうするんだ? デブリみたいに回避はできんだろう」
宇宙空間にはデブリと呼ばれるゴミが漂っている。撃破した敵艦の残骸だったり、岩の欠片、氷結した氷の塊だったり色々だ。
「それは装甲で防ぐしかないでしょう」
ミサイルの様に撃ち落とせる物は個艦の防御火器で対応し、レールガンで飛んで来る実体弾は複合装甲の厚みで対応すると言う。
「へ……」
宇宙に人類が飛び出ても最終的な解決は、第二次世界大戦中の戦車や戦艦並みの手段しか無い。
そんな事を呑気に考えてるうちに、やって来たぜ。ティアマトに!
敵の通信を傍受した。兵の士気を鼓舞しようと訓示してる途中だった。
『くそったれども、お前らが死ねば嫁さんは未亡人だ。寝取られるのが嫌なら、死んだ気で戦え』
気合いを入れる司令官はビュコック提督だ。なんちゅう下品な連中だ。
まあ良い、計画通りに進めるだけだ。此方は双璧さんが揃っている。
「宜しくどうぞ」
俺からの通信にロイエンタールは呼吸音で笑い、ミッターマイヤーは綺麗な敬礼を返した。闘志溢れる二人の艦隊は疾風怒濤と敵艦隊の前衛に食いかかった。相手はパエッタ中将の第2艦隊だ。
うちのコルプト艦隊は二人の側背が衝かれない様に援護するだけだから観戦モードだ。ゆっくりとすあまでも食べよう。
◆◆◆
帝国軍人は名誉を重んじる。
まさにタフネス。ビュコック提督の第5艦隊は第2艦隊の崩壊を阻止し、敵ながら天晴れな戦いぶりだった。だが決定的では無い。
双璧の二人は敵の戦力を削ってはいるが、致命傷を与えるには到っていない。
「あの老人、中々やりますね」
優れた敵に敬意を払うラインハルトの言葉に俺も同意する。出来れば死なせたくないのが本心だ。
(しかし殺せば片は付く)
あの老人はどこまでやるか。同盟が滅ぶならそれに殉ずる覚悟もあるだろうが、まだ彼の国は健在だ。可能であれば脱出して再起を図るだろう。
(だが、そう簡単に逃げれると思うなよ)
同盟軍の提督で用兵に優れたトップと言えば、チートなみのヤンを除くとビュコック、ウランフ、ボロディンが数えられる。このトリオが相手の時、帝国軍は手痛い損害を受けている。
正直、帝国と同盟の兵器は火力指数がどうのと性能にそれほどの差は無い。そして指揮官の技量が拮抗してると、戦略よりも兵力が物を言う。つまり戦いは数だ。
今回はウランフとビュコックが出て来ていた。パエッタ? 数に入ってねえよ。ボロディンは居ないし今回は敵の一翼をもぎ取る事が出来そうだ。
死人が出れば出るほど敵の指導部は有権者の支持を失い混乱する。民主主義の弊害だ。
その点、帝国は皇帝陛下と言う精神的支えが存在し忘恩の輩である叛徒討つと言う意味で挙国一致している。
ああ、俺は死んだ兵隊の墓参りなんて行かないぞ。直接的な知己でも無ければ自己満足偽善だからな。人生は儚く短い。生きてる内は楽しまないと損だからな。