「はぁっはぁっはぁっ」
一人の少年は曇天に包まれた地上で息を切らしながら、前だけを見て駆けていた。
成長段階にある両足を全力で動かす。体力はとっくに尽きている。普段であれば、その時点で足を止めているところだ。だが、今はそうもいかない。
後方から追いかけてくる絶望から逃げきらなくてはならなかった。
四足歩行の巨大な生き物。刃を備えた4本足で素早く動きまわる虫に似た何かは10本に足が増えた。2つの輪を翼にしているのか、空を飛ぶ紫の飛行物体。
共通しているのは、大きな目が1つあるということ。少年はまだ知らないが、これらは生き物ではなくトリオン兵と呼ばれる兵器だ。
それらが人間に襲い掛かり、建物を破壊していく。
少年の服装は白いラインの入った黒のジャージ。ポケットには財布が入っている。コンビニに寄っているときに、この地獄は始まった。なにもない空間から黒い穴が開いたと思えば、湧き出る怪物は人々を連れ去るか、殺すかのどちらかであった。
必死だったのか気付けば、袋に入った買った商品はなくなっていた。そんなのはどうでもいい。なりふり構ってはいられない状況の中で、足を止めるのは死を意味する。
途中、警官が拳銃で応戦していた。何発も銃声はなり、銃弾は怪物に被弾する。怪物は痛くも痒くないのか、ゆっくりと近づく。そこから先は恐ろしくて、目を逸らし駆けていた。名も知らぬ警官の断末魔が少年に届くのには時間はかからなかった。
銃弾が効かない相手に警察も消防救助は期待できない。自衛隊でもどうにか出来るとは思えない。
涙を流しながら口からは涎がこぼれる。べとべとの顎を拭う余裕はない。情けないのかもしれないが、死んだら元も子もない。
少年の他にも走る老若男女はいたが、ほとんどが少年の後ろを走り、足音が消えていくだけだった。代わりに聞こえてきたのは途中で途絶える救いと恨みの声のどちらか。彼には振り向く勇気はなかった。見てしまったら、きっと深い後悔が残ると直感で感じたからだ。
少年の前を走っていった人達は先に進んで行ってしまった。一人で疾走しているのだ。
少年はどこまで逃げればいいのか分からないで走りながら困惑していた。普段、暮らしている地域が一変した。正確にはそう錯覚しているだけで、実際の変化はない。しかし、少年の精神状態はこの事態で通常には働いていなかった。
彼は走りながらも、本当にこの道で合っているのかと、地元という迷路に迷っていた。
「だれか……」
そんな迷路の中で声が耳に届いてしまった。アスファルトの上で足を止める。少し滑り、不快な音を立てる。
T字路の曲がった先に壁を支えに立つ少女がいた。トリオン兵から逃れるならば、少女のいる道を曲がることなく、真っ直ぐ行けば距離を置くことが出来る。
足を挫いてるのだろう。彼女の後方には折れたヒールが落ちている。裸足でも逃げ切ろう行動は見てとれる。それも少しが限界で、壁を支えに進もうとしたのか、いかんせん遅い。このままでは怪物に殺されてしまう。
もし仮に彼女を助けようものなら、移動速度が低下しトリオン兵に追いつかれ2人とも死ぬのがオチだ。
「助けて……!」
しかし、面と向かって言われてしまった。
今まで助けを求める声を無視して、見捨ててきた少年の心は限界を迎えた。蝕んできた罪悪感に堪え切れなくったのだ。勇気から出た行動ではない。
彼女の腕を肩に回す。
「ありがとう……!」
彼女は少年の借りて、すぐに駆け出すが、人ひとり分は重く、年齢も身長も彼女の方が僅かに上だ。それでも成人の域は出ていない。
速度は言うまでもなく遅く、トリオン兵はもうすぐそこまで迫っていた。かといって、今さら彼女を置いていくわけにもいかない。
前を向いて歩を進めても、人ではない複数の足音が確実に近づいているのは、耳に届いている。距離はどんどん縮まる。
「だめだこりゃ」
ようやく出てきた言葉が諦めの一言。
「諦めるのはまだ早いよ」
しかし、低い声と共に何かが崩れる音が響く。
「お前たちはまだ助かる」
右手に刀身が光る刀を持ったサングラスをかけた少年が壊れたトリオン兵の上に乗って2人に笑顔を見せた。
「俺のサイドエフェクトがそう言っている」