「ぷっ。ぷふふ。うふふふふふ」
「うるせえよ!」
「あっははははは。あはははははははは!」
「そこまで!?」
腹を抱えて笑う加古に、苛立ちを隠すことはなかった。
「せっかく希望した部隊に、拒否されるなんて、ぷふ、残念だったわね」
「人の不幸は蜜の味ってか」
昨日の混成チーム戦直後、受付で影浦隊、那須隊へ希望を出すもの、翌日の今日にはお断りの返事が伝えられる。
「那須隊はともかく、影さんにまで拒否られるとか。ショックなんだけど。嫌われてんのか?」
「影浦くんの場合は、肩を並べるよりも、敵として戦った方が面白そうだと考えてそうだから、あんまり気にすることはないわよ」
「あーくそ。荒船隊から勧誘の連絡がヤバいんだよな。半崎はダルいダルい言ってダルいし」
「昨日の戦いぶりを見せられたらね」
「加古隊に入るしかありませんね」
「ねえよ」
九条は来馬隊も希望しようとしたが、思うところがあったので出さずにいた。
九条宅の居間でソファーに座っているのは、加古と九条。黒江は九条の隣に座って蜜柑を食べている。当初は、九条の足の上に座ろうとしたところを、邪魔だの一言で転がされた。
それでも、隣に座ることを許されたあたり、九条なり黒江へ心を開いている証拠なのだろう。木虎が見たら発狂する。
九条は自覚していないが、黒江への好感度はかなり高い。言っても、本人は絶対に認めない。
加古と黒江は特に用事があるわけではない。ボーダー本部から近い九条宅に訪れることがあるだけだ。寝泊まりすることもある。
だからなのか、加古隊が九条宅に訪れる際は、「お邪魔します」から「ただいま」になっていた。九条も違和感がなかったので、別にいいかで終わらせた。
3人は本を読んでいた。九条の家にはたくさんの本が並んでいる。彼女達はその影響なのか、自然と手に取るようになっていく。
加古はミュージック好きが死神の本を読んでいた。短編の連続なので、合間合間に読めるところが、加古は気に入っていた。今は殺人事件の館の章を読んでいた。
黒江は本というよりかは、図鑑を見ていた。黒江は本を読むよりも体を動かす方が好きなタイプであるが、九条から「本なんて敷居の高いもんじゃねえんだから、図鑑眺めてるだけでもいいんだよ」と言われ、中身を開けば綺麗に写った背景を眺めていた。
そのあとは、注釈を読んでいた。言葉も難しくないので、図鑑に没頭していた。因みに中身は世界遺産に関する図鑑だった。
九条は今日買ってきたばかりの、日本語訳されたドイツの本を読んでいた。映画化されるほどの作品で、世界的に有名な独裁者が現代にやってきた話だ。
本屋で立ち読みした時点で、気に入ったのでそのまま購入に至る。上下巻あったが下巻も買って、上巻は今日中に読み終える予定だ。
3人の時間は、このように過ぎ去っていくこともある。
翌日、目が覚めると、玄関に加古と黒江の靴がなくなっているので、出ていったことがわかる。
テーブルには、ラップに包まれた焼き魚と卵焼きがある。鍋にはまだ、温かい味噌汁が。
加古が作ったのだろう。朝食を済ませると、私服に着替えて、ボーダー本部へ歩き出す。
目的はランク戦ではなく、後輩たちからの頼みごとだった。
食堂には、既にメンバーが揃っている。食事時ではないので、食堂はガランとしている。
「揃ってんな」
「九条先輩、よろしくお願いします」
「よろしく」
「お願いしますもつけろやクソガキ」
「一個しか違わないじゃないですか」
食事の4人席に座っているのは、風間隊の歌川と菊地原だ。
「んじゃ、パパっとやっちまうぞ。はいこれ」
歌川と菊地原はシャーペンで書き込まれた2枚のA2プリントを九条に渡して、九条は2人に新たなA3プリントを1枚手渡す。
「採点してる間に、やっとけ」
九条は赤ペンを出して、2人から受け取ったプリントに丸とチェックをつけていく。歌川と菊地原は、返事をすることなく渡されたプリントに英語を書き込んでいく。
九条は時々こうして、歌川達に限らず、勉強を教えている。この男、普段のアホ言動に似合わず、普通校組の癖して進学校組よりも勉強が出来る。得意科目は英語。
切っ掛けは、風間に頼まれて歌川と菊地原の勉強を教えていたのだが、どこから聞き付けたのか他の隊員もやって来ることになった。
「年下嫌いの癖に、面倒見いいから好かれるんですよ」と歌川に言われたが、「そんなことはない。面倒見良くない」と否定していた。
A級1位の隊長にレポートを手伝うように頼まれたときは、本気で頭を痛めた。手伝ったが。
「うい。歌川、菊地原。よく勉強したな」
「比較的易しい問題でしたから」
「もっと難しい問題でいいですよ」
「予習、復習ちゃんとやってりゃあそんなもんさ。あ、これ、次の宿題。あと間違ってるところ、解説入れといたから」
歌川と菊地原に宿題と採点した宿題を渡す。早速、採点された問題を見る二人は、各々反応は違うものの、いい反応ではなかった。
共通してる感情は悔しさ。九条がその様に問題を製作したので、当たり前なのだ。程よい悔しさと程よい喜びを与える。
どちらかが片寄っても駄目だ。
「まだ勉強するなら、ここにいるぞ。分かんないことあったら聞け。昼飯も奢ってやる」
「ありがとうございます」
「ゴチになります」
「ご馳走になりますだろがクソガキ」
「一個しか違わないじゃないですか」
「飽きませんね二人共」
その後、二人の勉強は英語だけでなく、数学と国語まで教えることなった。
九条自身、大学に行くかは決めあぐねているので、勉強はそこそこしている。意外と、ほんっとうに意外と将来を見据えて勉強している。
午後になりボーダー本部を出ると、家ではなく玉狛支部へ向かっていく。
S級隊員迅 悠一に呼び出されているからだ。
「用事っていう用事じゃないんだろうけどよ」
時おり迅に呼び出されて、玉狛に招待されることがある。招待といっても、お留守番や買い出しをさせられるだけだ。
玉狛支部は川の上に立てられている。その川沿いを歩いていると、見知った背中に気付く。
「京介じゃん。うぃーす」
「九条先輩。玉狛来るんですか?」
「ああ、迅さんに呼び出されてな。さっきまで、歌川と菊地原に勉強教えてた」
「そうなんですか?俺も行けばよかったな」
「分かんないとこあったら、教えてやるよ」
玉狛支部所属の烏丸 京介。もさもさしたイケメンだ。イケメンだけど、九条とは仲がいい。九条と違ってモテる。まさに月とスッポンだ。
「京介が玉狛行くってことはお留守番じゃねえか。他の雑用か」
烏丸が玉狛に行く途中であることから、別の用件であると結論づける。
「この間はありがとうございました。家族も喜んでました」
「あ?ああ、あれね。うん、気にしなくていいよ」
二人が話しているのは、以前三門市内の商店街での福引きが関わっている。
なんてことはない。ただ、福引きで3等の家族用もつ鍋セットが当たり、居合わせた後輩の烏丸に譲ったのだ。
最初は遠慮していた烏丸も、九条の出した家族というキーワードの連発により、ありがたく受け取ってしまう。親切心というよりは、前日にもつ鍋を食べたので別にいいかと考えていた九条だった。
しかし、全くの他人ならば九条もこんなことはしない。
家族を失った九条は、家族を大切にする烏丸に好感を持っているのだ。
「お邪魔しまーす」
玉狛支部に到着すると、眼鏡をかけた少女が出迎えた。
「いらっしゃーい、九条くん」
玉狛支部オペレーター宇佐美 栞。元風間隊オペレーターから異動した経緯を持っている。誰にも優しく、眼鏡をかけている人間にはより優しい。
尚、三輪隊スナイパー古寺は宇佐美に好意を抱いている。
「君を連れ出してしまいたい。付き合ってください」
「諦めないねえ。眼鏡派になったら、考えるよ」
「じゃあ今度眼鏡かけてくるから、付き合ってくれる?」
「わたしのお眼鏡にかなうかな」
「っしゃい!」
「考えるだけですよ、きっと」
モチベーションが上がった所で、烏丸の不意打ちが突き刺さり露骨に肩を落とす。
「そもそも、わたしもう好きな人いるし」
「「え?」」
これには九条はおろか、常にポーカーフェイスを保っている烏丸も口を開けて、驚いていた。同じ部隊に所属しながら、宇佐美からはそんな浮わついた話を聞いたことがなかったからだ。
「マジすか?」
口を開いたのは、烏丸だった。九条は放心している。
「マジだよ」
「初耳なんすけど」
「初めて言ったもん。好きになったのも昨日一目惚れしたからね」
「「一目惚れ!?」」
九条と烏丸は再び声を重ねる。
「Whom!?When!?Where!?What!?Why!?How!?」
「だれに。いつ。どこで。なにを。なぜ。どのように。」
九条は何故か早口で英単語を並べ、烏丸はなんとか平静さを保ち、九条の言葉を訳した。九条は混乱している。
「聞かれても分からないんだよね~」
「っていうと?」
「本屋で見かけてさ、立ち読みしてるところに心を奪われちゃったんだよね」
宇佐美は顔を赤くしている。我ながらちょろいね、と頬に手を当てていた。
宇佐美は容姿もさることながら、人当たりもいいので十分モテる部類に入る。九条は宇佐美のそういった部分が好きだった。
「で、その人は?声かけなかったんですか?」
「見とれちゃってて、声をかけるタイミング逃しちゃったんだよ。読んでた本ともう一冊買って行っちゃった。あ~勿体ないことしちゃった~」
肩を落として嘆く姿は、九条に似ていた。まさに今、失恋に嘆いている九条の様にだ。
「当たり前のこと聞くようで、悪いんだけどさ」
涙を流している九条は、震える足で立ちつつ、宇佐美に問いかける。
「眼鏡、かけてた?」
宇佐美は親指を立てた。
「もち!」
「「ですよね」」
九条と烏丸の言葉が重なったのは、これで3度目になる。
後日、三輪隊の古寺に教えてやると、古寺も同様に涙を流していた。
風間隊は少しだけ殺伐とした空気を漂わせていた。
「で、あれ?俺がお呼ばれした理由は?迅さんは?」
「迅さんはいないけど、用件は預かってるよ。晩御飯当番頼んだ、だって」
「えっ!?玉狛の人間じゃないのに!?」
「九条先輩、よく迅さんに用事頼まれますよね」
九条は過去に迅に命を救われた。ボーダーに入ると、恩を返したいとのことで、迅から出された雑用をよくこなしている。
迅が個人をここまで使うのは珍しく、烏丸を含め、迅をよく知る人物は首をかしげていた。だからこそ、なにか考えがあるのだろうと、いい意味でも悪い意味でも、触れないでいた。
「昔助けられたからな、安いもんだろ。っし、冷蔵庫覗かせてもらうぜ。つうか、晩飯の用意なら、メッセージ送ってくれりゃあいいのに。海鮮トマトパスタにするかな」
「九条くんなら、そういうだろうと思って迅さんが材料用意しといてくれてよ」
「はは、未来視のサイドエフェクトは侮れないね」
「飯まで時間ありますから、勝負しません?」
「オッケイ。なんなら、トリガーチップ指定してくれてもいいぜ」
「じゃあ、遠慮なく」
「トリガーの編成なら、わたしも手伝わなきゃだね」
九条はこのように、ポイントがかからない勝負なら相手に選ばせることがある。九条が状況に適応するためでもあるし、相手の苦手分野克服や練習台として協力を頼まれることもある。
トリガーの編成を終えた2人は、玉狛支部の訓練ルームに入って、退治していた。建物も何もない空間は、単純な腕比べを目的としている。
「後悔するがいい。お前が編成したトリガーは俺に適したトリガーであると。そして、俺の失恋パワーをお前にぶつけさせてもらう」
「八つ当たりっすね」
「その通り!」
両手にハンドガン、両手にスコーピオン。香取隊の香取と同じスタイルだ。手首の甲からはスコーピオンが出されているのは、手に持つハンドガンの邪魔にならないためだ。
どうでもいいことだが、このスタイルでアタッカーNo.4と十本勝負2セットして、2セット白星を上げたのは、アタッカー界隈で話題になった。
烏丸に勝てるかどうかは別の話だが。
「ガイストON」
「へ?」
「全力で行きます」
「ズルいやつじゃんそれ」
玉狛支部のトリガーは、本部のトリガーとは大いに異なる。それはボーダーのように継戦を重要視したものではなく、短期戦に重きを置いたトリガー構成である。
その技術はボーダーでなく、ネイバーの技術が使われていること他ならない。
短期戦と言うだけあって、短い時間が限界だが、試合形式ならば俄然烏丸が有利だ。
結果、十本勝負は烏丸が全勝する。
「お前さ、ほんとお前さ」
「すいません。時たま使っとかないとなんで」
「そうなんだろうけどさ、何もできずに斬られただけじゃん」
「っすね。レイジさんの
「相性差考えろよ!?」
烏丸は一つ息を吐いて、床に尻餅をついている九条を見下ろす。
「ガイストなしでやればいいんですね。ガイストなしで」
「なんでやれやれみたいな顔してんの?なんで俺が悪いみたいになっちゃってんの?」
九条と烏丸のバトルは夕方まで続き、最後は烏丸がガイストで締めくくった。九条は半泣きだった。
九条 辰馬
現在
パラメーター
トリオン 14
攻撃 9
防御・援護 4
機動 7
技術 11
射程 12
指揮 2
特殊戦術 8
TOTAL 67
ただし、部隊やトリガーチップをコロコロ変えるので、頼りにならない数字。
九条辰馬
女好き。初対面の女性には、告白して振られる。子供も嫌いで非モテに拍車がかかる。言うまでもなく、交際経験ゼロ。子供などには好かれやすい。本人には不本意この上ない。眼鏡とコンタクトを気分で使い分ける中立派。格闘技、読書家、ダーツ、勉強、モテ要素がそろっているので、容姿と性格と年下嫌いを修正すればモテる。もはや別人だ。