女好きボーダー隊員   作:ベリアル

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日常回です。

今回『オーデュボンの祈り』『ミスト』が少しだけ出てきますが、あしからず。

もっとほのぼのしたの書きたかった。


第14話

~お好み焼き~

 

「今日はなーに食おっかなー」

 

防衛任務の帰り道、町中をプラついて、少々早めの晩御飯にしようとしていた。空は紫色で、飲食店も賑わいを見せ始めていた。

 

祖父母と両親の財産。そこからボーダーの給金も入っているので、財布にはかなり余裕を持てている。九条が主に金を使うのは、食事に向いている。

 

時たま、ボーダーの人間と食事をすることもある。

 

「お」

 

ふと、目に止まったのはお好み焼かげうら。

 

「ほほう」

 

店の換気扇から漂うお好み焼きの香りは、九条の行き先を決めるのには十分な火力だった。

 

「らっしゃい。って、オメェかよ」

 

「客にそれはないでしょ。あ、一人です」

 

「おお。沢山金落としてけよ」

 

店内で出迎えたのは、影浦隊隊長、影浦だった。名前の通り、ここは彼の実家で今は店の手伝いをしているところだ。

 

「んじゃ、タコ玉。あとビール」

 

「未成年だろうが!」

 

結局、ビールは出されずにコーラを出される。タコ玉をパクついて新たに注文した食事と、別のお好み焼きの具材が運ばれてきた。

 

九条は豚玉と焼きそばを頼んだのだが、それとは別にミックス玉が運ばれてくる。

 

「相席させてもらうぜ」

 

影浦は九条の前に座る。それに気にすることもなく、お好み焼きと焼きそばを鉄板の上に乗せる。ソースたっぷりの焼きそばの上に、お好み焼きを乗せて食べるのが、九条は大好きだった。

 

栄養なんて知ったことではない。

 

お好み焼きと焼きそばのソースが絡み合って、濃い味を食べたいが為にこの店にやって来たのだ。

 

影浦も九条がそうして食べるのを知っているので、自分の分も焼き始める。

 

「そういえば、カゲさん。明日、暇ですか?」

 

「あ?んでだよ」

 

「一緒にナンパしません?」

 

「しねえよ」

 

九条の言葉に呆れを隠せない。

 

影浦は見た目も言葉使いもチンピラに見られるし、本人にも自覚はある。実際、ボーダーで暴力事件を起こした前科がある。にも関わらず、こういったことに本気で誘ってくる九条に若干の苦手意識を持っていた。

 

「えー、行ーきーまーしょーうーよー」

 

「ウゼェ」

 

「対人関係の訓練だと思って。ね」

 

「ね、じゃねえよ。オレのクソサイドエフェクトわかってんだろ」

 

「でも、このままじゃ影さん社会不適合者ですよ。言葉遣い悪いし勉強も得意じゃないし喧嘩もそこまで強くないし」

 

「喧嘩売ってんだろ!?」

 

「でも、実際ボーダー以外で影さんを受け入れてくれる所あると思います?」

 

「ぐっ」

 

ボーダーの隊員は基本的にいい人、である。一例を挙げるのであれば、来馬隊の隊長が善人の代表といったところだ。彼について語ることもあるが、今ではない。

 

彼ほどではないにせよ、穏やかな隊員が多いのは事実だ。影浦の“感情受信体質”は、自身に向けられた他人の感情がチクチクと刺さる。正の感情はともかく、負の感情は本人にひどいストレスを与えることとなる。

 

そんな彼がボーダーに居座るのは、居心地が良いからだろう。

 

尚、九条と影浦は殴り合いの喧嘩をしたことがある。

 

「まず第一印象を良くしないと。ナンパも第一印象が大事ですからね」

 

「行くとは言ってねえだろ」

 

「そんでトーク。面白い話は女性に興味を持たせる。つまーり、自分に興味を持ってもらえるということですよ。影さんの面白トーク爆発です」

 

「こいつ話聞いてねえな」

 

「そっからはちょちょいのちょいで、女の子をゲットだぜ」

 

「ていうかよぉ」

 

「なんすか!?この期に及んで、まだ行かないというんですか!?」

 

「そうじゃなくて」

 

九条の中では、影浦がナンパに行くことは決定事項であって、影浦も渋々納得していた。影浦も将来を考えるのならば、サイドエフェクトとの付き合い方も向き合わなければならなかった。

 

元々、不安がないわけではないので、これを機会に経験しておくべきだった。

 

影浦が口を挟んだのは、ナンパに行くこと自体ではない。

 

「お前、今ナンパの方法言ったけどよ、成功した試しあんのかよ?」

 

「いたらナンパなんてしませんよ」

 

「さも必勝法みたいにいってんじゃねえよ!!?」

 

「ソースはネット」

 

「この現代っ子が!」

 

二人のやり取りを見ていた影浦の母は、息子が楽しそうにしているのを穏やかな眼差しで見守っていた。

 

影浦はそれに気づいて、恥ずかしそうにした。

 

次の日、二人でナンパに行って惨敗なのは言うまでもない。珍しく影浦が九条の背中をさすって慰めることになった。

 

影浦のコミュ力が1上がった。

 

 

 

~香取隊~

 

「九条来んの!?」

 

香取隊に与えられた隊室で、一人の少女が驚きの声を上げる。人を駄目にするソファーで、スマホをいじっていた香取は、同部隊にして従兄弟の若村に顔を向ける。

 

「来るっても、本借りるだけだけどな」

 

若村の言い分として、ある本で話題になって、九条が一度帰宅して隊室によるというものであった。

 

「なんであいつが来んのよ。最悪なんだけど」

 

「お前な、仲が悪いのは百歩譲っていいとして、先輩ぐらいつけろよ!九条がほぼ同年代で女を嫌ってんの葉子だけだぞ!」

 

「っさいわね!マスタークラスでもないくせに!」

 

「お前だって九条に瞬殺だったろうが!それをまだ根に持ってやがって!それにあいつもすぐ出ていくから、わがままいってんじゃねえ!」

 

若村の説教じみた発言に香取は反発する。

 

香取葉子の家族は、血の繋がりを感じさせないほどに穏やかな性格をしている。だからこそなのか、なまじ器用な香取葉子は、努力もせずに結果を出すので叱られる経験に乏しい。

 

なので、若村のようにしっかりしつつも自分以下の人間に口を出されるのは非常に不愉快だったのだ。

 

この二人の喧嘩は今に始まったことでもない。二人の喧嘩を香取隊の三浦は弱腰ながらも止めようとするも、ヒートアップする従兄弟同士の喧嘩に強く出られずにいる。

 

そこでオペレーターの三浦の従妹にして、香取の親友である染井華に助けを求めようとすると、手鏡で自分の髪をいじっていた。

 

「なにしてるの?」

 

「身だしなみチェック」

 

三浦が問いかければ、染井は表情を変えることなく一言で済ませる。

 

「髪よりもヨーコちゃんとろっくんの喧嘩を止めてよ」

 

「今に始まったことじゃないでしょ」

 

それだけ言って、染井は髪だけでなく眼鏡の曇り具合もチェックしていく。爪のチェックまで怠らない徹底ぶり。

 

そこでようやく、香取隊の隊室が開かれる。

 

全員が口を閉ざして、扉の方を見ると紙袋を下げた九条が立っていた。

 

「若村、これ」

 

「お、おう。ありがと」

 

「じゃ」

 

用件だけをささっと終わらせて出ていく。

 

もう少し話をすると思っていただけに、九条が淡々と済ませたのには戸惑った。

 

「なんなのよ、あいつ」

 

九条がすぐに出ていったのは、扉が開いた瞬間香取と目が合ったから他ならない。それに気付いた香取は、余計に苛立ちを隠せずにはいられなかった。

 

九条がここまで女子に嫌悪感を抱けるのは中々ない。

 

(そういえば)

 

三浦はふとしたことに気がつく。

 

(華とヨーコちゃんって、九条くんとどうやって知り合ったんだろ?)

 

三浦はそこに原因があると考え、二人の仲を良くできればと考えていた。あわよくば、九条が香取隊に入ってくれればとも期待していた。

 

 

 

~サイドエフェクト~

 

「迅さんのサイドエフェクトって優午の未来予知とは真逆ですよね。優午が実在すれば、未来は完璧に見えるのに」

 

九条は唐突に切り出した。玉狛支部で男二人で映画を観ていた。ソファーには九条と迅が座っている。二人の間には、ポップコーンが置かれている。

 

九条が那須にオススメの映画『ミスト』を教えてもらったところ、迅と共に鑑賞することになった。観賞後には語り尽くすところだった。しかし、想像を上回るほどのラストに語り合う気分でもなかった。

 

そこで九条は前々から思っていたことを口にしていた。

 

「すぐ先のことは、確実にわかります。ただし、数週間、一年、数年、と先のことになると外すことも多くなります」

 

九条は印象に残った一文を口ずさむ。

 

「ってね。優午も迅さんの言うようにいくつかのルートがあるんだってさ。優午が実際にいてくれたら、迅さんも楽になるんじゃないですかね」

 

『オーデュボンの祈り』という小説に登場する優午は、迅同様に未来を予知することができる。ただし、優午の未来予知はすぐ先の未来は確実でも、遠い未来はズレが生じる。迅はその逆で近い未来は外すこともあれば、遠い未来であれば的中する確率は上がる。

 

「でも、人生はエスカレーターとも言うだろ?俺のサイドエフェクトも見えているっていうよりも、エスカレーターの景色を眺めてるだけで、本当は行き着く未来は決まってるかもなんだぜ」

 

九条はえー、とため息を混ぜて、エンディングの流れている画面を指さす。九条の表情はお世辞にも明るいとは言えない。つまらないわけではない。むしろ、傑作ともいえるが、ラストあってこその傑作なのだ。それが九条の気持ちを落ち込ませる。

 

「んじゃ、未来が見えてもこの結末なわけですか?」

 

「世界滅亡よりかはマシだろ」

 

迅はポップコーンを口に放り込む。

 

「どこかで別の選択肢を選んだとしてもいい結果になるとは限らないだろ。子供を心配する母親に着いていったとしても、化け物に見つかる可能性も大きくなるわけだ」

 

そう言い残して、用事があるからと玉狛支部から出ていく。

 

『ミスト』にはどこかしらで選択が分岐する場面がある。この作品を見たものならばわかるだろうが、出てくる化け物よりも大事なのは選択だ。選択一つで天国にも地獄にも変えることを押してくれる作品だ。

 

九条の脳裏に引っ掛かりがあった。

 

では、旧ボーダー時代から選択し続けた迅はどうなのだろう。

 

特に大規模侵攻の時は大勢亡くなったのだ。そこには迅の能力もあった。

 

未来予知があるからこそ、選択できる。ではなく、できてしまう。誰を助け、誰を見捨てるかを当時の迅が選べてしまう。選ばないことすらも、選択肢に入ってしまうのだから、当時の迅の心境は計り知れないものだろう。

 

「世界滅亡よりかはマシか」

 

この時、九条はほんの少し、不透明でこそあるもの、迅の目的が見えてきていた。

 

「世界滅亡よりかはマシか」

 

もう一度復唱して、納得して頷く。

 

「命の恩人だし、仕方ないか」

 

九条はなにかを受け入れた。なにかは分からずとも、迅に助けが必要ならば全力で応える。

 

救われたあの日、そう誓っていた。

 

 

 


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