「うおッと! マジでイメチェンしてんじゃん」
通りかかった出水が九条の豹変っぷりに対して、素直に驚いた。普段の陰鬱な雰囲気ではなく、どこか明るい空気を醸し出している。日頃からつるんでいる出水だからこそ、余計に。
「ういうい。なによ、国近ちゃんから聞いた?」
「ああ。髪のセットが大変だったってな」
「くせっ毛でな。どう、似合う?」
「まあまあじゃん? セットのおかげでな」
「素直に褒めてくれよ」
素直に褒めると悔しく、かといって似合わないと言えば器が小さく感じてしまうので、少し褒めるだけに留める。
出水は用事があったようで、その場から離れていく。
入れ替わるように、元A級部隊の仁礼光が九条へ手を振りながら近付いてくる。
「おー九条似合うじゃん」
「仁礼ちゃん。え、なに俺の情報拡散されちゃってるの?」
「おう! 見に来た」
「客寄せパンダかよ」
「私服見んのも初めてだしな」
仁礼の言う通り、九条はボーダー本部へは基本的にジャージか制服でしかこない。私服もたまにあるが、仁礼はタイミングが悪く見ることはなかった。
仁礼は九条の姿におーと言いながら、まじまじと観察する。それに照れたのか、膝を擦ったり、目線を反らしたりなど、落ちかない様子を示していた。
「その髪って、自分でやったんじゃないんだろ?」
「え、うん」
「なんでアタシを呼ばないんだよぉおおおおおおお!」
「逆になんで?」
仁礼 光には優秀で手のかからない弟がいる。世話好きな彼女としては欲求不満で、九条は仁礼の的でもあった。
「アタシがいないとなにも出来なくさせたいんだよぉ……」
「ごめん、怖い」
仁礼の理想としては、今の九条を自分が作り上げて、九条に感謝された後に、自分がいないとなにも出来ないんだとアピールをしたかったのだが、九条はそんなこと知るよしもない。
九条も仁礼のへこみ具合に、罪悪感を抱く。別に九条は悪いわけではないが。
「んじゃあ、今度一緒に服選んでくれよ」
「え?」
「俺、あんま私服持ってないからさ。仁礼ちゃん、選んで」
「いいのか?」
「うん。そんで俺をかっこよくさせてよ」
九条のお願いに仁礼は震えながら立ち上がる。
「しょうがねえな~。そんなに言うなら、付き合ってやるよぉ。ったくよぉ、ヒカリさんがコーディネートしてやるよ」
すっかり気を180度に変えて、頼られる喜びを甘受しながら、脳内では九条に似合いそうな服をリストアップしていく。
「今度の土曜日、楽しみにしてろよ。タツ」
「はいよー。……タツ?」
駆け足で去っていく仁礼に手を振りながら、自分が呼ばれたのか疑問に思う九条 辰馬。
「まぁいいか」
仁礼の無邪気で距離感が近いところが九条は可愛くて好きなのだから。
様子を伺っていたオペレーター2人は「デートじゃん!」とツッコミを入れていたが、九条の耳にはいることはなかった。
こうして、また新たな隊員が入れ替わるようにやってきた。
「九条」
「ちす、熊谷ちゃん」
「……え、いつものは?」
「休業中」
いつものとは、告白のことだ。
熊谷は九条から日常的に告白を受けるのだが、今日に限っては飛んでこなかった。身構えていただけに、拍子抜けしてしまう。
「それはそれで変な感じね」
「ルーティーンみたいなもんだからね」
「するな、そんなもん」
毎日告白されてから会話を始めるので、それがないと熊谷としては違和感を覚えてしまう。本来ならば、喜ばしい筈であるもの急激な変化に慣れるには少し時間がかかる。
「座ろうか」
「うん」
九条に促されて、二人掛けのソファーに座る。
「なんかあったの?」
「なんでわかったの?」
熊谷は質問を質問で返してしまう。
「今日の俺を見て、色んな人が反応するんだけど、熊谷ちゃんだけリアクションないし、俺がソファーに座ろうって言ったら素直に聞いてくれたから、なんかあったのかなって」
「あんた、時々鋭いわよね」
「熊谷ちゃんのことはよく見てるからね」
「そ。……ねえ、家族のこと聞いていい?」
九条の家族はネイバーの大規模進行によって、彼を除けば、全員が悲惨な結果になっていることを九条の知り合いはほとんどが知っている。ただ、熊谷の場合は、ほとんどに当てはまらない。
「死んでるから、話すことなんもないよ」
あっけらかんと言いのけた九条に熊谷は胸が痛んだ。九条は熊谷の悲痛そうな表情にいまいち状況が飲み込めないでいた。
「……ごめんなさい。あたし酷いこと言った」
熊谷はぽつぽつとゆっくり話し始めた。
「覚えてる? この前、あたしがあんたに親の顔が見てみたいって言ったの」
いつものように九条が熊谷に好きだと、告白した返事に九条の親の顔を見てみたいとツッコミを入れた出来事だった。
「ごめん、あんたの家族が亡くなってたの知らなかった」
「そんだけ!?」
「そんだけってなによ! 結構なことじゃないのよ! あたし罪悪感すごかったんだから!」
「数日前のことじゃん! 今更感あるよ!」
「知らなかったとはいえ、あんたに亡くなった家族を思い出させること言っちゃったのよ!? 傷付いたんじゃないかって、罪悪感酷かったんだから!」
「まあ、思い出しけど。帰ったら一人だなあって」
「想像以上よ!」
「でも、熊谷ちゃん知らなかったし、しょうがなくね?」
「そうだけど、だからって有耶無耶にしたくないの」
「真面目だねぇ」
「うるさいわね」
「気にすんなっても気にするだろうから、謝罪はきちんと受け取っとくよ」
「うん、ありがと」
「家族はいなくなったけど、友達はいたし、望がしょっちゅう来るから、熊谷ちゃんに考えてるほど可愛そうな奴じゃないよ」
「ならいいけど」
「だからさ、いつもみたいな熊谷ちゃんに戻ってくれよ」
「いつもって?」
九条は左右の人差し指で、頬を持ち上げる。
「今の熊谷ちゃん、根暗だよ。笑ってくれ、そしたら許すよ」
「なにそれ、そんなのでいいの?」
九条のアホっぽさに熊谷は自然と笑ってしまう。
「明るくて元気な熊谷ちゃんを好きになったんだよ」
不意に好きと言われて、鼓動が跳ね上がってしまう。今までは来ると知っていて、心の準備が出来ていたから平静を保てていた。が、不意を突いて言われてしまうと、喜んでしまう。
そんな単純な自分を恥じてしまう。
「今日は付き合ってください、はないのね」
「あー、実はさ」
九条は服装などを含めての事情を話すと熊谷は納得したように頷く。
「そんな面白そうことになってたのね」
「面白くないよ。俺のアイデンティティが消えちゃったよ」
「ふふふ、快適快適。どっかの馬鹿がうるさくないから静かだわ」
「告白禁止令早く解けねえかな」
「どうせなら一月は頑張ってもらわないとね」
「辛すぎる」
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