「ようやくB級昇格だな」
「もう、だろ」
1000点スタートから始まり2000点スタートした他のC級隊員をごぼう抜きで4000点に至って昨日からB級隊員になった少年に同じ年の高校生2人が笑みを浮かべている。2人とも隊は違えど、仲のいい友人でボーダーに入る切っ掛けになった張本人達であった。
「鋼さんといい迅さんといいお前といい、サイドエフェクトってのは卑怯くせえよな」
「あの2人ほどじゃない」
2人に祝われてる少年は一言返す。
界境防衛機関。通称、ボーダー。
4年前にこの三門市に開いた”門(ゲート)”からやってきた、別世界からの侵略者”近界民(ネイバー)”に対抗する為に結成された組織、ボーダー。
自衛隊でも倒せなかったネイバーを倒す技術力を持つボーダーは、今や名実共に三門市の守護者となっていた。トリガーと呼ばれる武器を用いて三門市に襲来するネイバーを撃退する、それがボーダー。
年齢は幅広く子供から成人の隊員達、隊員を支えるオペレーター、トリガーを制作する技術班。多くの人間が在籍する。
スコーピオンでB級に上がった九条 辰馬(クジョウ タツマ)は隊員という道を選んだ。
現在、ボーダーのラウンジで談笑する3人は少しばかり注目を集めている。原因はB級上がりたてである九条。彼は一部のC級隊員からはあまりいい目では見られていないからだ。
C級隊員は最初、ネイバーの兵器バムスターと戦いタイムを計られ、そこでは22秒と非常に好成績は取っていたが、過去には10秒以内の隊員もいた。しかし、個人ランク戦のポイントの奪い合いで真っ先に狙ったのは4000間近の3900点代の隊員。
ボーダー隊員同士の模擬戦。その勝敗でポイントを得たり、失ったりする。B級昇格には、4000ポイント以上の獲得が条件となっている。相手も格下から得られるポイントなどたかだか知れているが、確実に得るにはちょうどいいと思いランク戦を受けてしまったのだ。
ところが、九条は簡単に相手を打倒し、大量のポイントを奪い取った。相手はなにが起こったのがわからず、気付けば胸を刺され、ブースのクッションで呆然としていた。
九条と戦ったC級隊員は視界に入れた刹那で、ボーダーの厳しさを教えてやらんとばかりに、アステロイドをセットした機関銃で撃ち続けた。。驚愕したのはその時だ。
トリオンを元にした弾丸を避けたのだ、1発2発ではなく、撃ち込まれる弾丸の雨を回避し続けた。徐々に距離を詰められ、動揺のあまり後ろに下がることを頭から零れ落ちていた。
それを見ていた米屋と出水はにやにやと観戦していた。こうなることを予想していたようだ。
「お前どっかの隊に入るのか?それとも作るのか?」
「うちはいつでもウェルカムだぜ」
両手の親指を上に向ける出水の脳裏にはチームのお荷物を描いていた。既にボーダー一位の太刀川隊に九条が入れば手が付けられなくなるだろう。
「しばらくはソロで活動する……」
「元気ねえな、なんかあったのか?」
「いや、大体わかるだろ」
紙パックのオレンジジュースをストローで飲む米屋は九条が元気ないことを察し、出水の予測は的中する。
「今日の朝、可愛い娘を見かけたんだ」
「……ああ」
この時点で米屋は出水と同じ答えに行きついた。
「地球には70億近くの人間がいる。すれ違うだけでも奇跡。だが、今日会えたからと言って次の日も会えるとは限らない。出会いは大事にしなければならない。そうだろ?」
「……ああ」
「男女が出会いやることは一つだけ、必然的にな」
「……で?」
「告白した」
「「……それで?」」
黙っていた出水も返し、九条は肩を落とす。
「振られた……」
それこそ必然的だろう。むしろ見知らぬ他人に告白されて普通に振られただけで済んだだけ運がいい。
「んじゃ昇格祝いにバトろう」
席を立ち、サムズアップする米屋は戦闘を申し込む。単に自分が戦いたいだけであるのは2人とも分かっている。
「断る。俺はこれからイケてる女性とイチャイチャしにいく」
「出来た試しないだろ。ナンパと告白俺の知る限りじゃ全部失敗だろ。学校でもボーダーでも。ほらとっとバトんぞ」
「今日はイケる、イケる気がする……」
目が隠れる程長い前髪と、両目の下にあるくっきりとしたクマが特徴的な九条。これでナンパが成功するとは考えにくい。彼がボーダーに入ると最終的に決意したのは女性にモテると思ったからだ。ボーダー内部にも女性は多数いるので、歓喜するも彼女は一向に作れない。
「さぁ、バトルバトル」
「ぁぁ、イケる気がするのに………」
腕を引っ張られ半ば強制的に戦う羽目になった。出水も九条の戦いに興味があったのか、黙ってついていく。彼がB級のトリガー初の戦闘。セットはしたと言っていたので、ある程度戦法は考えてるとみていい。
2人は各々のブースに入る。A級と新人B級の実力を見るべく、多くの隊員から注目が寄せられている。出水は椅子に座り2人の戦闘を見るべく、ソファーに腰掛ける。出水も含めて正隊員もちらほらいる中で、出水に近づく隊員がいた。
「奴が新しく正隊員になった奴か」
「風間さん。ども」
「お前と米屋が誘ったらしいな」
A級3位風間隊の隊長が隣に座る。正隊員もこの勝負を見るべく増えてくる。
人数に余裕があれば隊に引き入れ、引き入れられなくとも敵としての情報が得られる。九条本人の知らないところで品定めが行われ、チーム間に火花が散り始める。
「九条を風間隊に入れんですか?俺としても欲しいんですけど」
「使い物になるか見極めてからだ」
準備が整ったのか、九条と米屋の模擬線がモニターに映し出される。九条は両手で軽量のスコーピオンをクロスさせて、米屋は槍を構える。ギャラリーは唾を呑み込み、沈黙を生み出し緊張が走る。
瞬間、2人の位置が一瞬で入れ替わる。
正面から正々堂々とスコーピオンを交差させて米屋を十字に切り割こうとした九条は舌を打つ。上がりたてにしては俊敏な動きだが、百戦錬磨の米屋は反応できた。構えていた槍を防御に転じて、左の二の腕から少量のトリオンが漏れている。
「思ってたより速えな。でも、これなら余裕だわ」
友人だろうが容赦せず、挑発を投げかける。腕のダメージなど気にする素振りを見せず、鋭い突きを見舞う。フェイントも小細工もない突きを回避。無駄のない動きで反撃に回ろうとした九条の首からはトリオンが漏れている。反射的に首を手を当てた。首を狙った槍を回避したはずの九条は一瞬なにが起こったのか理解できなかった。
しかし、すぐに過去に見た米屋の戦闘を思い出す。
「オプショントリガーか……」
10本勝負の先制は米屋。弧月のブレードの部分を自由に変形できる幻踊弧月。
8000点越えの実力を持つ米屋に勝つにはやはり厳しかったのか、最初の1本以外で一撃も与えることもなく、5本目を終えた。
「時間の無駄だったな。序盤はやる奴だと思ったが期待以下だ」
風間は九条を上がりたてにしては強い程度の認識をした。いきなりA級に1本取れと言うのも無理な話だが、それでも弱い奴を隊に引き入れたいとも思わないし、警戒するほどでもないと判断した風間の言葉に反応した出水。
「いやいやこっからですよ。あいつの本領」
「本領?」
改めてモニターを見ると目を見張る光景が映し出されていた。他の隊員もざわつきだす。それは異様な光景だった。バックワームを装着した九条はイーグレットを携え、高いマンションから動き回る米屋を狙っている。
どうやって逃げ切ったかは見逃していたから分からないが重要なのはそこではない。
「ふざけているのか?」
誰が見てもそう感じるだろう。イーグレットは本来スナイパーが持つべき武器。それを上がりたてのB級に扱える道理がない。動かない遠い的に当てる。そこから練習を積み重ねてようやく一人前になってスナイパーになる。それをいきなり動き回る的に当てれるわけがないし、外して位置がバレるだけだ。
九条のやっていることは無駄だと決めつける中で出水だけを違った。
「多分、当てますよ」
「根拠はあるのか」
「ありますよ。あいつのサイドエフェクトの恩恵でね」
「なに?」
出水に目を向けた瞬間、米屋の胸部に穴が空き、6本目の白星は九条のものとなった。
一方で戦っている米屋は笑っている。
「にゃろ、本気で来やがったか」
「勘違いするなよ。最初から本気だ」
今度は左手のスコーピオンの代わりにショットガンを米屋に向けて構えていた。
幼い頃から”それ”には敏感だった。
どこにあるか、どこを向いてるか、どんな軌道を描くか、彼には手にとるようにわかっていた。
自身も”それ”の扱いに長け、”それ”で自分を倒すことは不可能と自負していた。
「あいつのサイドエフェクトは”銃探知機”。銃がどこにあるのか、銃口がどこを向いてるか気配でわかるらしいですよ」
「それはつまり……」
「あいつはスコーピオンで上り詰めましたけど、サイドエフェクトで銃の扱いが上手いことは分かってました。だからあいつ自身銃の扱いに長けて、あいつを銃では倒せない。約1㎞圏内が有効範囲らしいですよ」
ショットガンで放たれたのは軌道を自分で描くバイパー。通常は幾つかのパターンを思い描いておき、それを使うのだが、ボーダーにおいて出水ともう一人の例外は違う。その瞬間、その場で状況にあった理想の弾道を描く。
ショットガンを片手で扱う九条は足を狙うバイパーを躱した米屋の先に回ってスコーピオンで首を飛ばそうとしたが、失敗に終わり胸の中心を貫かれトリオン体からトリオンが漏れ出しベイルアウトしてしまう。
一方、米屋は先ほどまでの動きに慣れてしまい、突如の異なる動きに対応出来ずに、動作が硬くなってしまう。
「何故、最初から銃型トリガーを使わない。使えば、もっと早くB級に上がれただろ」
風間の疑問はもっともで、もし仮に九条が銃型トリガーを使用していたならば、もっと早くB級に昇れていただろう。
「あー、なんか接近戦の方がモテるとかいろんなこと出来る男はモテるとか言ってましたね」
邪な気持ちで昇級のチャンスを遅らした九条。本人が自覚しているか定かではない。しかし、この戦いを見て九条を含めた隊員は九条を隊に引き入れようと目の色を変えた。
本職のスナイパーにも負けない射撃能力。
全ての銃を扱えるガンナー。
銃感知による恩恵でバックワーム関係なしにスナイパーを発見することが可能。
未熟ではあるが成長が期待出来る接近戦。
ショットガンとスコーピオンを合わせた戦闘技術も初とは思えない動き。
生まれながらの射撃の天才は、遅かれ早かれ完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)になるであろう。
結局のところ1対9で負けてしまった。それでも前半戦に比べて後半戦の戦いは1本先取。残り4本もいい勝負であった。初の正隊員のトリガーでここまでやれば上出来だろう。
「ぁぁあ、ギャラリーには素敵な女性も見ていたというのだろうに情けない姿をさらしてしまった……」
落ち込むポイントを間違えてる九条がブースから出て開口一番に発した言葉に、出水は呆れていた。
「楽しかったぜ。って落ち込み過ぎじゃね?」
打ちひしがれている九条に勝負に負けたことに落ち込んでいると思っている米屋は肩を叩くことしか出来ない。それも九条の口から女性と単語が出る3秒の間だけだが。
「この傷を癒すには素敵な女性と結婚の約束を取り付けねば………」
「自分で塩を塗るのが趣味なのか」
出水に冷静に返され余計に気分が沈む。
「凄いじゃないか、米屋相手にあれだけ戦えるなんて!」
「「「嵐山さん」」」
3人同時に気付き3人の声が重なる。一度見たら忘れないであろう赤いジャージの好青年。ボーダーの顔、嵐山准は気さくに話しかけてきた。無論、九条と違いモテる。モテるからといって天狗になる素振りがなく、非の打ち所がない彼に九条は若干の苦手意識が芽生えている。
露骨に嫌そうな顔を浮かべるが、嵐山は気づいているのかいないのか、九条の肩に手を置く。
「見てたんすか……?」
「ああ。綾辻も見てたけど、用事があるとかで行ってしまったけどな」
「ノオォ!女神になんて醜態をぉ………」
今日1日で何度も四つん這いになって落ち込む九条に気にする素振りを見せない同級生2人。
「ところでショットガンにしたのに意図はあるのかい?」
尚、嵐山を含めた嵐山隊の全員は九条のサイドエフェクトを知っている。九条自身隠しているわけではないが、あまり有名ではない。
「いえ……、とりあえず銃型トリガー全部使って有用そうなのを決めます……」
ここで自分に合うでなく有用といったのは自分に扱えない銃はない、絶対的自信の表れだ。
「そうか。君ならいろんなチームから引く手数多だろう。困ったことがあれば相談してくれ」
「うす……」
その場から去る嵐山。苦手でこそあるもの嫌いでもなければC級時代世話になった身。嵐山も九条には溺愛している弟妹を助けてもった恩がある。
「次は俺とな」
「いやだ!俺はもう戦わんぞ!レディの前でこれ以上醜態は晒せん!」
「その発言が醜態だろ」
2人の戦いを観て火が点いたのか、出水も勝負を持ちかける。九条は文句を言いながらも頭の中で先ほどの戦闘を反芻。
ショットガンの扱い自体は問題なく、バイパーで描いた弾道も即席で設定した通りの道筋を辿った。だが、戦闘は平凡で、二刀流スコーピオンに切り替えようと考えてしまう。
選択肢が多いのが逆に欠点となって浮き彫りになるも、まだ銃を選んでる段階だとあまり焦ってはいない。
「ポイントの心配をしろよ」
「女の子の好感度の心配はしてる」
「んなだから相手されねえんだよ。つか風間さんもさっきまでお前の試合見てたぞ」
「風間さん?あのちっこい先輩が?どうして?」
「お前それ本人の前では言うなよ」
ちっこい発言に出水は注意を促す。
九条と風間は面識はないが、ランク戦で顔だけは知っている。
「やっぱりチームに入れるかどうかだろ」
「風間さんもそう言ってた」
「風間隊って女っ気ないじゃん。どうせなら隊員にも女の子いた方がいい」
「風間隊のオペレーター」
米屋はスマホで写真を風間隊のオペレーターを九条に見せた。
「この子の名前は!?」
「三上歌歩。風間隊の2代目オペレーター。俺たちと同い年」
「三上ちゃんな!三上ちゃんな!三上ちゃんな!」
「なんで3回言った?」
「惚れた!今日ならイケる気がする!」
「その台詞聞き飽きたわ!」
「告白してくる!」
「撃沈する有り様が見えねえのか、告白バカ!」
「モテるテメエには俺の気持ちがわかんねえだろうよ、出水ぃ!」
「いったん落ち着こ。落ち着こ、な?」
風間隊に行こうとする九条は出水と米屋に抑えられる。ところが、振りほどこうとする動きをピタリとやめた。
「俺風間隊の場所知らねえや」
「「お前ただのバカだろ」」
出水と米屋に言われ、膝をついてうなだれる。
「鬱だ……」