「――宵闇の中に浮かぶ月がほのかに照らす世界はとても美しく……って俺何言ってんのさ…」
夜の森を興味本位で散歩していた俺は気が付くと道に迷ってしまっていた。完全に迷子というものである。恥ずかしくも、興味本位で入った森は俺が子供の頃から遊んでいた場所、つまり庭のようなものであった。なのに、なのにだ。迷子になるとは本当に情けない。しかも親に連絡を取ろうにもまさかの圏外。まさに泣きっ面に蜂とはこのことではないだろうか。というか蜂よりひどい気がする。これはオオスズメバチじゃないか?
「…っそれも蜂じゃないか」
と一人でツッコんでたりして森の中をぶらぶらと彷徨っていた。
相変わらず目に映る景色は木がたくさん生えているだけである。そして木々の隙間からかすかに月明かりが差し込んでいるだけであった。
「はあ…、なんで散歩しようなんて思ったのかね…」
本当にそれである。いや、散歩するのは毎日の日課だから別に問題はない。問題はなんで森に散歩に来たか、である。うーん…と唸りながらなぜ森に入ったかを思い出すことにした。
時間は夜九時頃。家にいるのに嫌気がして…まあ本当の理由は大学の課題に飽きたから…ってのは今はどうでもいいか。大切なのは森に向かったのか。いつもの散歩道ならまず森には向かわなかった。そう、森への入り口で何かを……光る何かを見た気がする。一体何を見たんだ? ……そうだ蛍だ。蛍を見たのだ。そして蛍の光を追うように森の中に入っていったのだ。
「……蛍、ね」
どこか懐かしい……、そう感じた。
この森は昔から蛍が(俺の住む地域で)有名だった。まだ小学校低学年の頃は夏の夜になると蛍を見にこの森へと向かった思い出がある。たしかその時もだったかな? 今日と同じように蛍を追いかけて森の中で迷子になったのは。そうだ。そして俺は誰かに…、誰かに連れられて森の入り口まで戻ったのだ。
「……思い出そうとしても思い出せないんだよな。一体誰だったんだろうな、あの人」
唯一思い出せるのは、その人が緑のような髪色だった事と何故かマントっぽいのを身に纏っていた事だけだった。肝心な顔を思い出せない事に少々イラついたがイラついて解決する問題ではないのだ、落ち着こう。
「……。ま、今は森から出ることを優先的に考えるべきか」
俺は止まっていた足を再び動かすと、自分の勘に頼りながら森の中を進んでいった。
☆ ★ ☆ ★
「……なんで俺は自分の勘なんかを信じたんだ」
自分の勘を信じて歩いた結果がこのザマ。事態は悪化した。森にいるのは変わらない。だが、先程までは木々の隙間からかすかに地面を照らしていた月明かりが届かないのだ。そう、森の奥深くまで足を踏み込んでしまったらしい。助かった点を挙げるとすると、夜に目が慣れてきたという点ぐらいだろう。
「はぁ…ったく今日は家で大人しくしてればよかったなのか…? ……?」
と、ふと視線をずらすと、並ぶ木の幹の隙間からうっすらとだが光がこぼれ明るくなっている事に気が付いた。
きっと普通なら怖がって反対側に逃げていたのだろう。だが、俺はその光に向かっていた。何故向かったのかと訊かれれば答える事は多分出来ないと思う。気が付いたら向かっていた。と言うのが正しいのだろう。
「……やっぱり蛍か」
光を追うように歩くと、開けた場所に出た。そしてそこにいたのは無数の蛍だった。俺が気が付いたら向かっていた理由は蛍の光に釣られて……まるで誘蛾灯に集まる虫のように向かっていたのだろう。
「しっかし綺麗だな…。蛍の光ってのは」
目の前には空を照らしながら舞う無数の蛍がいる。それは、真っ黒な空を彩る星のようにとても綺麗である。昔を思い出すような、そんな優しい光だ。
「…ん?」
今何かが……かなり大きな影が蛍の中にいたような気がしたのだが……。
もしそれが人ならばきっとこの森の地理を理解できるだろう。しかし、人ではなく獣だとすれば……最悪死ぬだろう。だが、今の俺はそれを確かめないではいられなかった。
一歩ずつ、その影が動いて行ったほうに向かっていく。
きっとこの先には
「虫たちが騒がしいけど……って人間?」
背後から女性の声が聞こえた。女性と言うより少し幼いようなその声色は少女というほうが正しい気もするが……。本当に人に会えるとは思っていなかったので少々驚きだが後ろを振り向く。この森から出るにはどうすればいいのか、そう聞こうと思った俺は息をのんだ。
目の前にいる女性は――身長的には少女のほうが正しいだろう――昔俺を助けてくれたあの人にそっくりだった。緑のような髪色、そしてマントを身にまとっていた。身長は変わっていないような気もするが……気にすることではないだろう。お礼を……あの日助けてもらったお礼を言わなくては……。
「危ないよ? この時間に出歩くと妖怪が……」
「あ、あの! あの時はありがとうございました!」
「へ……? あの時?」
少女は困惑しているが俺は続ける。
「今から十二年ほど前にこの森で迷子になった男児です……昔のことですし覚えてないですよね……はは」
十二年も前だ。覚えていることすら珍しいだろう。とんだ失態を見せてしまった。正直恥ずかしくて死ねる。穴があったら入りたい。そのまま冬眠してもいいと思う。なんて悲観に浸っていると少女が大声をあげた。
「ああ! あの時の男の子! 覚えてるよ! 確か蛍を見に来てた子だよね?」
「あっ……はい。そうです」
どうやら俺のことを覚えてくれていたらしい。そんな些細なことなのに正直俺は嬉しかった。
「ふーん……、大きくなったね。ところで今日はどうしてこの森に?」
「散歩してたら蛍を見かけたのでその後を追っていて気が付いたらここに……」
「あはは……、昔と同じ答えだね……」
どうやら俺は昔も同じことを言っていたらしい。
「さ、森の入り口まで連れていってあげるから……」
少女が手を差し出す。……つまりこの手を握れというのだろうか? いや、嫌ではないのだが人に見られでもすればロリコンなり言われるような気が……。
「? どうしたの? 帰らないの?」
……帰りたいが今の俺には心を落ち着かせることが先だ。変な汗が止まらない。
「い、いえ。まだ蛍を見ていたいなあ……なんて思いまして……」
「蛍? そういうなら……」
少女はそういって静かになった。が、口は動いているところを見ると誰かと話しているのだろうか? そう考えていると少女の周りに無数の蛍が集まってきた。
「え……!?」
いったいどういう手品なのだろうか? 全く虫がいなかったのだが……。
「はは、驚いたかな? 私はね、『蟲を操る程度の能力』って能力があってね。蟲なら操ることができるの。君がまだ蛍が見たいっていうからちょっと蛍たちを集めてみたんだ。どうかな?」
少女が集めたであろう蛍は、ここで見た蛍と変わらず綺麗な光を放っていた。
「綺麗です……。なんというか、いつまで見てても飽きない美しさがあるような気がします」
「あはは、そうだよね。なんだか自分のことみたいに嬉しいよ」
なぜか自分のように照れる少女を見ていると自然と笑みがこぼれた。
「ふふっ」
「ん? どうかした?」
「いいえ、なんでもないですよ。綺麗なもの見せてもらいましたし、自分は満足ですよ」
「そう? じゃあ帰ろうか」
そういって少女はまた手を差し出してくる。先ほどとは違い俺は少女の手を握ると一言、
「蛍たちにありがとうって伝えておいてください」
「……? 別にいいけどどうして?」
「綺麗なものを見せてくれたからですよ」
「そう……? ならしっかりと伝えておくね」
「えぇ、宜しくお願いします」
他にも今、手を繋いでいる人に会わせてくれてありがとうという気持ちもあるがそれは心の奥にしまっておこう。
☆ ☆ ☆
――その後、俺は見事に森の入り口に戻ることができた。少女と別れる前に一つだけ訊いてみた。
また蛍を見に来てもいいですか……と。
夏休み中の夜の散歩でみた蛍が忘れられなくて気が付いたら書いていた。東方要素必要か? と問われればきっと必要ないのだと思う。でも蛍をみてリグルを想像したときにこのストーリーが浮かんだからきっとこれでいいのだと思う。後悔はないです。ただ、あらすじが浮かばないのは致命的だな、と思います。俺にあらすじをくれ! あらすじを!
……拙作を読んでいただきありがとうございました。