翌朝、朧は外で鳴いている鳥の声で目を覚ました。ベッドから体を起こし段ボールに入ったままの私物があちこちにある部屋を見て、自分が本土から遠く離れた島まで来たことを改めて実感する。相部屋として作られ、ベッドも二つある部屋を一人で使っているので、朧はちょっと寂しくなった。
(アタシ以外の艦娘はいつ来るのかな…というか、そもそも他の子も来るんだよね?)
そんなことを思いながら制服に着替え、部屋から出るとすぐにハルが話しかけてきた。
『おはよう、朧。よく眠れましたか?』
「あ、おはようございます司令官。疲れていたので、ゆうべはぐっすりでした」
答えながら、朧はハルのカメラアイを探した。廊下の突き当たりに赤く光るカメラを見つけ、小走りで駆け寄る。
(これに慣れるまでには、まだしばらくかかりそうね・・・)
『食堂で朝食を取ったら、執務室まで来てください。色々と話したいことがあるので』
「了解です」
そう言って食堂へと歩き出した朧は、ふと昨日ハルと交わした会話を思い出した。
(そういえば、ここの食事って…)
食堂の内装は、ほとんど普通の鎮守府のそれと変わらなかった。大人数でも対応できるよう机や椅子は複数並べられ、隣の部屋は厨房になっていた。棚を覗いてみると、皿や鍋、包丁などの調理器具も一通り揃っている。
(なんだ、昨日のレンジでチンするとかの話は嘘だったのね…ちゃんと料理道具もあるじゃない)
そう思っているとハルが、
『朧、食事はそこじゃないです。奥の壁にタッチパネルがあるでしょう』
言われて目をやると、確かに壁にパネルが埋め込まれている。朧が近づくとモニターが点灯し、「目をカメラに近づけてください」と表示が出た。指示に従うと表示は「おかえりなさい 駆逐艦 朧 さん」に変わった。
(なるほど、網膜認証ね)
しかし朧は、次に表示された画面を見て眉をひそめた。画面は4分割され、それぞれ「和食」「洋食」「中華」「嗜好品」の文字が出ている。嫌な予感に襲われながら「和食」を押し、表示されたリストから「ご飯」「焼き魚」「お浸し」を選ぶと―汁物がリストに存在しないことがますます悪い予感を加速させる―パネルの横にあったシャッターが開き銀色のパックが三つ排出された。触ってみると、氷のように冷たい。
「…司令官、一応聞きますけどこれは何ですか?」
『朧が今注文した食事です。そこの調理器に入れてスイッチを押し、音が鳴ってから器に盛り付ければ食べられるようになります』
(嘘じゃなかった…)
箱型の調理器にパックの端をつまんで持って行き、時間を設定してスイッチを押す。音が鳴るまで待ってからほかほかになったパックを取り出し、台に置いて茶碗と皿を持ってきた。
(メニューがたくさんあるのは良かったけど、これからずっと冷凍品づくしか…)
そう思っていた朧だったが、器に出してみると考えが変わった。予想に反して、どのメニューも美味しそうに見えるのだ。
(ご飯はツヤがあってまるで炊きたてみたいだし、ほうれん草の深い緑も新鮮なものに見える…こっちの焼き鮭は皮に焦げ目までついて、いかにも火にかけて焼きましたって感じがする…まだ、まだよ…まだ味を確かめてない…)
料理を机に運んで席に着き、「いただきます」と手を合わせてから、まずはご飯を口に運ぶ。
(味も食感も、ごはんそのままだ。柔らかいし、噛んでるうちにだんだん甘みが口中に広がって…これ、本当に冷凍品なの…?)
魚もお浸しも同様だった。どの料理も、艦娘学校にいた頃に食べていた手作りの料理とほとんど変わらない美味しさだった。昨晩の到着までずっと保存食ばかりでひたすら航海していた朧には何よりの喜びで、一口一口を味わって食べていると無くなるまではあっという間だった。
食べ終わって一息ついていると、ハルが声をかけてきた。
『美味しかったですか?』
「はい、とっても!…科学の力って、すごいですね。海の真ん中の狭い島なのに、ここまで美味しいごはんが食べられるなんて」
『それは何よりです。食器は厨房の食洗機に入れておけば自動で洗ってくれます。…それと、』
「わかってます。片付けたらすぐに向かいますね」
『お願いします』
食器を片付けてから、ふと先ほどのパネルでもう一度認証してみた。すると、出てきた表示には「間食時間 摂取カロリーの制限内でのみ注文可能です」とあった。
(健康管理もばっちり、ってわけね)
微笑んだ朧は、食堂を出て執務室へと向かった。
「朧、入ります」
またしても中からボソボソ声。朧は室内に入ると、ハルに問いかけた。
「昨日もそうでしたけど、どうして執務室の中で応えるんですか?何て言ったのか聞き取りにくくて…」
『執務室の外の廊下にマイクが付いていないからです。設計ミスなのか、中からでも大声なら聞こえるという仕様なのかはわかりませんが。私は安全上の理由から大音量であったり高音域・低音域の声を出すことができないのですが、入室を拒否することはまずないのでご安心を』
答え終えると、ハルは本題に入った。
『さて、昨日はこの泊地が鎮守府機能全ての自動化を行うテストベッドとして建設された、ということまで話しましたね。鎮守府機能とは単に艦隊を編成・管理するだけでなく、戦略を立てたうえでの出撃や他鎮守府との演習などの戦闘行動まで含みます。そのため、クラビウス泊地にも先に述べたような目的とは別に、戦略的な面での目的が存在します』
ハルの言葉とともに照明が落ち、右手の壁にスクリーンが降りてきた。映し出されたのは、太平洋の海図である。
『艦娘の運用法を確立できないうちにパナマを占領されたアメリカは、太平洋のハワイ諸島までの奪還を日本に要請していました。日本はそれを受け、制圧したミッドウェーから何度か艦隊を送り込んでいましたが、いずれも長い航海の間に複数回襲撃を受けたことで失敗していました。しかし去年、ミッドウェーを含む各方面からの中間地点となる海域に火山活動によって新しい島が生まれ、戦闘の末に艦娘側がこれを手にしました。そこに作られたのが、ここ…クラビウス泊地というわけです』
「するとこの泊地の目的は、ハワイ諸島の奪還ということですか?」
『その通り。ただこれは最終的な目標であって、当面は泊地周辺の制海権の確保が主な仕事になりそうです』
それほど難しい話ではない。朧はここまでの話はすぐに理解することができた。わからないのは…
「司令官、アタシ以外の戦力はどうなっているんですか?…アタシ一人ってことはないですよね?」
『もちろん、ここの戦力は朧一人ではありません。既に重雷装巡洋艦[大井]を旗艦とする水雷戦隊がこちらに向かっており、これに朧を加えた6隻がクラビウスの最初の戦力です。何か戦果を上げれば、追加戦力の派遣も期待できるかもしれません』
「大井さんたちはいつ頃到着するんですか?」
『明日です。つまり、戦力が整っていない今日は何もすることがありません』
「なるほど…」
『他に質問は?なければ、下がってもかまいませんが』
「大丈夫です。では、失礼します」
ずいぶん直接的にものを言う司令官だな、と思いながら朧は執務室を出た。今日の予定は今や朧の意のままだが、さて何をするかとなると決心がつかないのだった。
だが、そのうち思いつくだろう。