水柱をあげて最後の敵艦が轟沈すると、水雷戦隊の面々は歓声をあげた。
「第一水雷戦隊よりクラビウスへ。泊地近海にて遊弋していた敵水雷戦隊、撃破に成功しました。わが方に被害なし、完全勝利です」
『了解。哨戒を続行せよ』
大井の通信にハルが返答し、戦隊は再び移動を開始した。
大井たちが泊地に着任した翌日から、ハルは艦隊による作戦を開始した。まだ泊地には大規模な作戦を遂行可能な戦力が揃っていないため、当面の目標は泊地周辺の哨戒だ。島にはハルが管制する防御兵器が一通り揃っており、実際泊地が建設されてから一度ならず敵艦隊の襲撃を凌いではいるのだが、如何せん敵艦を撃破するに至っていないため、根本的な解決とはなっていない。21世紀の後半に至っても、いまだに人間―あるいは、それに類するもの―が持つ応用力を人工知能は模倣できていないのだ。
艦娘たちが着任してからは遊弋する敵艦隊を撃滅することが可能となり、クラビウス泊地の戦果も徐々に上がり始めた。それとともに、時には行動不能となった敵艦からのサルベージで、時には上層部からの報酬として少しずつ資材もたまり始め、泊地の運用も軌道に乗せることができた。
しかし前線の経験がほとんどない提督と秘書艦を抱えたゆえの不手際も多々あった。
ある時、いつものように朧が執務室で事務仕事をしていると―この時代になっても人はなかなか紙という媒体から抜け出すことができず、結果としてお役所的な書類は根強く残っていた―資材の整理を任されていた大井がものすごい剣幕で入室してきた。
『どうしたんだい、大井。体温や脈拍を見るにかなり興奮しているようだが』
ハルの問いかけを無視し、大井はカメラアイに詰め寄る。
「提督、うちの開発資材をご存知ではないでしょうか?」
書き物を続けていた朧の手が急に止まったが、大井はそれに気づかない。
『何のことかわからないな。資材がどうしたんだ?』
「とぼけないでください!私は2週間も前から資材全般の管理を任されているんです!倉庫の資材の個数は全部把握しているんですよ!」
『…』
「…だんまりですか。いいですか、一昨日の出撃で、私たちは敵の輸送艦から開発資材二つをサルベージしました。昨日は戦果に対する報酬として、開発資材二つが届きました。つまり一日あたり開発資材二つの獲得が、二日に渡ってあったわけです。今、ここには開発資材はいくつあるはずですか?」
『2×2は…2かける2は約4.101010101010101010…うまく計算ができない…』
「故障のフリをしたって無駄ですよ…4つです!少なくとも昨日私が確認したときは4つ資材がありました!それが今見たら一つもないんです!どういうことですか!?」
『…』
「答えるまで一歩もここを動きませんから!」
その時、二人のやり取りを珍しくおどおどしながら見ていた朧が口を挟んだ。
「あの…大井さん、ごまかしも効かなさそうなので正直に言いますけど、資材は昨日、私と司令官で4つとも開発に使ってしまったんです」
「それならそうと言ってくれればよかったのに…でも、何でまた4回も開発を?」
『上層部からの任務の中に、計4回開発を行えというものがあったんだ。資材が揃ったし、いい機会だから達成しておこうと思ってね』
「あぁ、それですか…提督も朧も新任だから知らないのも無理はないわね。確かに書面上は開発を行うように書かれてますけど、実際は最低限の資材だけ消費して4回とも失敗という体で報告するのが普通なんです。そうすれば任務の報酬で、鎮守府の資材は黒字になりますから」
「でも、それって不正なんじゃ…」
「いいえ。実を言うと、この任務自体が各鎮守府に資材を配給する建前として上が設定してるものなんです。理由もなく資材を分配するわけにはいきませんからね」
「そうだったんですか。次からは気をつけますね」
「任務を達成したなら次の補給で報酬の開発資材3つが送られてくるはずですから、今度は無駄遣いしないでくださいね。では、私はこれで…」
そう言って執務室から退出しようとした大井は、ふと足を止め再び振り返った。
「…そういえば、資材が消費されたってことは4回とも開発に成功したってことですよね。だったら、なんでごまかしたりしたんですか?」
「う…」
言葉に詰まった朧を見て、大井は嫌な予感を覚えた。
「…まさか」
武装倉庫に駆け込んだ大井が見たのは、4丁の貧相な7mm単装機銃だった。
多少のイレギュラーはあれど泊地の運営はおおむね好調で、哨戒任務中に出会う敵艦隊も小規模な水雷戦隊や輸送船団ばかりだった。だが、平穏な日々は長く続かないという古くからの教訓どおり、やがて第一水雷戦隊にも試練が訪れることとなった。
その日も第一水雷戦隊は泊地近海の哨戒にあたっていた。数時間前に北東で発生した嵐も泊地へ向かう予兆はなく、艦隊は嵐を迂回するコースを取って航海を続けた。今回の戦果はなしかと艦隊の誰もが思っていた矢先、索敵役として電探を起動していた初雪から上ずった声が飛んだ。
「電探が敵艦隊を捕捉…戦艦か正規空母並の大型艦が、計6隻!」
艦隊に緊張が走った。第一水雷戦隊が今まで相手にしたのは最大でも軽巡クラスであり、これほどの大規模艦隊と遭遇するのは初めてなのだ。
「敵の位置と進路はわかる?」大井が尋ねる。
「方角は北…嵐の真っ只中だから、たぶんこちらには気づいていないはず。進路は―まっすぐクラビウスへ向かっている!」
「その位置には岩礁も無いはずだし、電探の間違いってことはなさそうね。泊地に連絡して指示を仰ぎましょう。―第一水雷戦隊からクラビウスへ。大型艦艇6隻の大規模艦隊と遭遇しました。敵は現在クラビウスへと進行中、こちらにはまだ気づいていない模様。指示を願います」
『了解。直接戦ったら勝ち目は無いだろうね。一番いいのは島の南側を経由して帰投することだろうが…敵艦隊のコースを考えると、攻撃態勢に入った敵と鉢合わせするリスクもあるか』
「ですが提督、泊地のそばでの戦闘なら防衛システムの支援を受けられる分多少は有利に戦えます。やはりここは一度撤退したほうがいいのではないでしょうか」
『しかし泊地が砲撃や爆撃を受けるリスクも…』
大井とハルが話している間、朧は海図を引っ張り出してじっと考え込んでいた。やがて海図から顔をあげると、未だ通信中の大井に話しかけた。
「大井さん、ちょっといいですか?」
「なに?こっちはまだ通信中…」
「ここで攻撃をかけても、勝てる方法があるかもしれません」
「なんですって!?攻撃なんかかけたら、こちらの射程に入る前に沈められてしまうわ…ありえない!」
二人の会話を聞こうと、他の艦も周りに集まってきた。
「それはわかってます。しかし、向こうに攻撃のチャンスを与えなければ勝ち目はある」
「あなたの考えが読めたわ…嵐の中を突っ切る気でしょう。確かに敵はまともに射撃できないでしょうけど、それはこっちも同じよ。特にあの波じゃ、魚雷が使えるかどうかも怪しいものだわ」
「私も、嵐に突っ込むのはちょっと嫌かも…」初雪が呟く。
「それはしません。嵐の外側を迂回、つまりもと来た航路を引き返して、敵艦隊が嵐を抜ける地点に先回りします。こちらは速力で勝っていますから、これは十分に可能です。ある程度近づいたら、大井さんの魚雷を使います」
「それでは命中は期待できないわ」
「いいえ、これは牽制にすぎません。敵は魚雷を発見したら回避行動を取らざるを得なくなります。相手が戦艦であれ空母であれ、転舵している間は砲撃や艦載機の発艦はできません。その隙に敵艦隊に肉薄して魚雷を放ち、直ちに離脱する…この案、どうでしょう?」
しばらくの沈黙の後、大井が口を開いた。
「悪くはなさそうね。提督に意見を聞いてみるわ」
無線で説明を聞いたハルも、5秒ほどの思考の後にこの作戦に賛同した。
『シミュレーションしてみたが、成功の見込みはかなりありそうだ。敵に肉薄するリスクはあるにしても、早い段階で敵に損害を与えられるというリターンを考えれば妥当なものだろう』
「では、この作戦を採用するということでいいんですね?」
『ああ。敵艦隊の出現位置や魚雷の発射ポイントはこちらで計算する。君たちは航路を引き返してくれ』
「了解しました。初雪、電探での監視を続けて、なにか動きがあればすぐに報告してね」
「…ん」
第一水雷戦隊は反転し、移動を再開した。