小さな泊地の無人提督   作:スズミ提督

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第四話、その二「肉迫」

 嵐の外側を迂回するように、水雷戦隊は最大速度30ktで航行していた。初雪の電探がキャッチした情報は随時ハルへと転送され、一回目の魚雷発射ポイントの割り出しに利用されていた。

「敵艦隊見えました、2時半の方角です!」

双眼鏡で索敵していた雪風が、敵を目視で捉えた。目を凝らすと、豪雨の中にうっすらと敵の姿が見えた。まだこちらには気づいていないようだ。

「艦種…戦艦ル級四隻、空母ヲ級二隻です」

 朧の脳裏を一瞬、こんな無謀なことはするべきではなく、クラビウスに篭城したほうがよかったのではないかという思いがよぎった。その思いを振り払ったのは、かつて朧たちの教導艦の一隻だった霧島の言葉だった。

「やると決めたら、とことんやりなさい。徹底的に、自分の納得のいくまで」

『進路修正、右40度。魚雷発射ポイントまであと3km』

こういう場面では、人工知能の精確さは頼りになる―計器と目測に頼っていた時代とは大違いだ。

『3,2,1…魚雷発射』

 軍艦だった時であれば、構造上大井が一方向に放てる魚雷は20本までだった。だが艦娘となった今は、全ての発射管を前方に―これも軍艦ではできないことだ―指向できる。大井が放った40本の酸素魚雷は敵艦隊めがけて突き進んでいった。

 嵐の外縁まで出てきた敵はようやくこちらに気づいたらしく、ル級たちが両腕の艤装をこちらに向ける。

「ちょっとまずいんじゃない?あれ…」

不安がる初雪に朧が声をかける。

「大丈夫、この距離で初弾命中弾は期待できないわ。それに…」

 ヲ級の一隻が海面を指差して何か叫んだ。魚雷に気づいたらしい。ル級たちはやむをえず射撃を中断し回避行動をとる。勇敢なのか無謀なのか、ル級の一隻は回避行動をとらず射撃を開始したが、次の瞬間水柱が立った。魚雷が命中したのだ。

「捨て身の砲撃も無駄だったようね」

照準がずれていたのだろう、自分たちのはるか後ろに砲弾が着弾するのを見ながら呟いた大井に、朧が言う。

「大井さん、14cm砲で後ろから援護射撃をしてもらってもいいですか?敵艦隊に近づいて損害が出るのをなるべく避けたいので」

「でも…」

言いよどむ大井に時雨が言った。

「僕もそれがいいと思う。朧は気を使って言わないけど、大井さんは魚雷を使ってしまったわけだし、敵に接近する必要はないはずだ」

それに、比較的鈍重な巡洋艦が先頭にいると行動しづらいし―言いかけて時雨はやめた。さすがに酷だ。

「そうね…でも旗艦だけ後ろから見てるのも悪いし、殿からついていくわ」

 これで艦隊の並び順は敵に近い順に、朧、時雨、雪風、初雪、響、大井となった。

 

 体勢を立て直した敵艦隊が発砲を再開する。より敵に近づいたこともあって、今度は朧たちの周りに次々と水柱が立った。

「全員、外れてもいいから主砲を撃って!魚雷の有効射程に入るまで敵の勢いを削ぐわ!」

皆に言った朧は、敵艦隊に視線を戻して青ざめた。ヲ級が頭部艤装の口を開いている。艦載機を出されたらコトだ―次の瞬間、飛来した砲弾がヲ級の頭部を直撃した。衝撃でヲ級はバランスを崩し、発艦のタイミングを逃す。砲撃の主は響だった。響は朧を見て、「これでいいんだろ」と言うように微笑んだ。

 朧は響に頷くと、仲間たちと共に機関全速で突撃した。蛇行運動で、敵の砲弾を次々とかわしていく。

「うわっ!」

 時雨が声を上げた。

「大丈夫!?」

「至近弾だ、大丈夫!」

 再び艦載機を発艦させようとしたヲ級は、今度は大井の砲撃に妨害されていた。

「あと少し…もう少しだけ…」

 猛進しつつ魚雷発射のタイミングを計る朧。目を凝らせば敵の表情まで見えそうな距離に至ったとき、敵の砲撃に切れ目が生じたのを朧は見逃さなかった。

「今よ!全員、魚雷撃って!」

駆逐艦たちは一斉に魚雷を放ち、同時に取り舵一杯で離脱した。

 遠距離雷撃と違い、至近距離から放たれた魚雷は避ける間も与えない。皆が転舵を終えるとほぼ同時に、敵の足元からいくつもの水柱が立った。砲撃が止んだ。雪風が双眼鏡を構えて戦果を確認するのを、皆が固唾を呑んで見守った。

「…敵艦、全て大破!ヲ級二隻、ル級二隻は撃沈確実です!」

 その言葉に、全員が大きく息をついた。皆、至近弾の衝撃でどこかしら艤装に傷を受け、中には小破している者もいたが、大きな損害を受けた者はいなかった。

 

 初雪の提案で、その日の夜は一時的に嗜好品の制限を解除して、皆で記念の宴会をすることになった。

「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」

掲げる飲み物はそれぞれが好みで選んだものだ。朧と大井はビール、時雨は日本酒、響はウォッカ、初雪と雪風はカルピスをチョイスしていた。

「あぁ~、なんかどっと疲れたぁ~…」

 初雪が椅子の背もたれに深々ともたれかかる。隣から時雨が、

「頑張った後に美味しいものを食べるのって、一番気持ちいいよね」

「いや、私は頑張らないで美味しいもの食べれたほうがいいし…」

「美味しいものはいつでも美味しいよ!」

頬張った唐揚げを飲み込んでから、雪風が言った。

「でね、でね、そしたら北上さんったら…」

 またしてもスイッチが入ってしまった大井をあしらいながら、朧は今日の戦いを思い返していた。結局、残ったル級二隻も途中で力尽き、艦隊の戦果は戦艦4、空母2撃沈という目覚ましいものとなった。

「すごい戦いだったよね、まさかあんな大物相手に勝てるなんて思わなかったよ」

時雨が声をかけてきた。

「これもみんな、朧の采配あってこそだね。尊敬するよ」

「いや、そんな…みんなが頑張ってくれたおかげだよ」

「謙遜することはないさ、あの作戦思いついたのは朧なんだし。秘書艦なんだからさ、もっと自信持って」

時雨の言葉に、朧は笑った。

「…そうだね。ありがとう」

 皆のやり取りを見ながら響はウォッカを口にし、幸せそうに「хорошо」と呟いた。

 

 クラビウス沖。昼の戦闘で敵艦隊を撃沈した海域に佇む人影があった。

「オノレ、艦娘ドモメ…ワタシノ、子飼イノ部下タチヲヨクモ…」

雲が晴れ、後ろに従える双頭の怪物のようなものを月が照らす。異様な大きさの連装砲が月明かりを反射して光る。

「コノ貸シハ高クツクゾ…オボエテオケ…!」

怪物の影の中、一本の角を持ったそれの双眸が赤く輝いた。

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