いや、確かに強いけど   作:ツム太郎

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各々の思いを胸に、動き始める。


交差の直前

交差の直前

 

ここは、闇。

堕ちたら二度と戻れぬ空間。

 

そこに一人、少女が倒れていた。

 

橙色の少し傷んだ髪。

ボロボロの水色の服。

そこから覗く、少し叩いただけで折れてしまいそうなほどに細い四肢。

痩せこけ、あまり生気の感じられない顔。

しかし、それでも元よりある美しさはまるで衰えていない。

 

そんな儚げな少女が、闇の中倒れていた。

 

『う…ん…、あれ、ここは… ッ!? あ、あゆみちゃん!?』

 

少女は目をさまし周りを見渡すと、直ぐ近くに自分の主が倒れているのを見かけた。

主は確か、怪しい研究員に捕まって嫌がらせを受けていたはずだ。

それなのに、なぜこのような気味の悪いとこにいるのか。

自分が眠っている間に何があったのか分からなかったが、とにかく彼女は主の介抱を始めた。

 

『あゆみちゃん、しっかりしてあゆみちゃん! あゆ…!? こ、これって…!』

 

そんな時に、彼女は気づいた。

愛すべき主の異変に。

主にその眼。

正確には前髪で隠されている彼女の右目に、ありえない力を感じた。

 

分不相応。

 

彼女のソレは、言うならばそれが一番合致した。

主という存在が持つには、あまりにも大きすぎて、あっという間に潰されてしまうような。

そんな圧倒的な闇の力を感じた。

 

『………』

 

知らぬ間に少女の喉は干からびていき、額からは冷や汗が止まらない。

だが、それでも少女は手を止めなかった。

主の異変を確かめるために、止めるわけにはいかなかった。

 

『…これ、は…!?』

 

そして、意を決して主の前髪をどかすと、そこには見たことのない黄金の眼があった。

いや、眼ではない。

人間の眼などでは、決してない。

はるか昔、古に存在した呪術の象徴。

 

闇の紋様、ウジャト眼がそこにあった。

 

彼女は驚きを隠せなかった。

今まで、彼女にそんなものはなかったというのに、なぜできてしまっていたのか。

いったい何が、彼女の身にあったというのか。

 

(分からない、分からないよあゆみちゃん…)

 

混乱し、悩み、心配し続けた。

何か凶悪な陰謀に巻き込まれたのか、もしかしてすでに手遅れになってしまっていたのか。

いきなり訪れた緊急事態に、彼女はどうしたらいいのか分からない。

 

 

 

(どうしよう、どうしたらいいの? お兄ちゃん…)

 

 

 

そして焦り出すと、彼女はいつもの癖を出す。

 

死に別れ、再び巡り遭うことを望むたった一人の家族だった兄。

居ないはずの存在に、彼女は助けを求める。

 

かつて、少女は人間であった。

大切な家族がおり、友がおり、何よりも大好きな兄がいた。

しかし、ある事件のせいで離れ離れになってしまい、自分もモンスターになってしまっていたのである。

 

そして今も生きている筈の兄を追い求めて世界中を旅し、その途中で今の主と出会ったのである。

それから数年経っているが、未だに人間だったころの癖が抜けていないのである。

 

昔から兄が大好きであった彼女には、兄という存在が支えであり、救いだった。

例えそれが虚構となっても、思いだけは消しきれない。

 

 

 

 

 

そんな混乱が続く中、ようやく主は目を覚ました。

 

「う…ん… あれ、リサちゃん?」

 

真っ暗な闇の中、少女の主であるあゆみ・J・瀬良が目を覚ました。

 

『おにいちゃ…ッ! あゆみちゃん! 起きたのね!?』

 

少女は主の安否を確認し、感激して抱き着いてしまっていた。

 

「ど、どうしたのリサちゃん? そんなにあわてて…」

 

『どうしたのじゃないよ! 久々に外に出れたと思ったら辺りは真っ暗だし、あゆみちゃんは寝ていたし、どうしたらいいのか分かんなかったんだからね!』

 

涙声で、少女は瀬良にそう言った。

瀬良は申し訳なさそうな顔をして、自分よりも大きい背丈の少女の頭を撫でた。

 

「ん…、心配させてごめんね でも大丈夫 私は平気だし、それにここは…多分あの子の場所…」

 

『あの子? あの子って誰?』

 

「うん、透君っていう男の子でね 私をあそこから出してくれた恩人だよ ここは、あの子の力の領域だと思う 私の右目が反応してるから…」

 

そう言って、瀬良は自分の右目を撫でた。

その眼は鈍く光り、無機質なものになっている。

 

『それと、その眼はいったいなんなの?』

 

「…これはね、私と彼との繋がりの証 これがある時は、彼が私を守ってくれる 優しい、私だけの…光のヒーロー…」

 

優しく微笑み、もう一方の眼を閉じてその感触を感じていた。

普通とは幾分か違っているが、その姿はまるで…。

 

(…もしかして…)

 

少女はそんな彼女を見て察知した。

主はおそらくそれを理解していない。

だが、ソレは言われて気づくのではなく、自分で気づくべきものだ。

だから、少女はそれを言わなかった。

 

『…ふーん、そうなんだ… それより、ここからどうやって外に出るの?』

 

「うーん…、多分歩き回っていれば…ん? あれって誰だろ…」

 

歩きはじめようとした瞬間、瀬良は少し離れたところに人影を見つけた。

 

遠くから見ても分かるほどの長身。

そしてゴツゴツとした男らしい体格。

 

そして何よりも、その者が着ている鎧と剣が目に入った。

しかし、重要なのはそこではなかった。

 

『え、どこ…? …あ、あれって…アル!?』

 

大切なことは、少女が彼に見覚えがあったことであった。

少女は彼を見つけた途端に顔を明るくさせ、全力で走って行ってしまった。

 

「な、え!? ちょっと待ってよリサちゃーん!」

 

瀬良はそんな少女に追いつくため、無い体力を振り絞って追いかけて行った。

 

 

 

 

 

『はぁ…ボール殿に此処に居ろと言われてもう数週間経ったが…、いつになったら王を探しに行けるのか『アル!』…ん?』

 

闇の中、騎士は久しぶりに誰かの声を聴いた。

その声は幼く、そして聞き覚えがあった。

 

『り、リサ殿!?』

 

『やっぱりアルだった…!』

 

二人は思いもよらぬ知人との再会を喜んだ。

 

『ずっと会えなくって…本当に心配したんだからぁ…!』

 

『…申し訳ありません』

 

もう会えないものだと思っていただけに、その嬉しさも大きかった。

二人はその温もりを感じながら、その存在を確認する。

 

と、そこにようやく瀬良が追いつき、彼らと合流した。

 

「はぁっ、はぁっ… リサちゃん…速いよぉ…」

 

『あ! ご、ごめんねあゆみちゃん 久しぶりにアルと会えてうれしかったから…』

 

『私からも謝罪させてください、リサ殿の主よ』

 

二人はそんな瀬良を見て謝罪した。

瀬良は息を整えながら、そんな二人を見て不思議に思った。

 

この騎士さんは誰なのだろう。

少女、リサの事については多少聞いていた。

確か昔は私たちと同じ人間だったらしいが…、だとしたらこの騎士は…。

 

「…もしかして…、リサちゃんのお兄さん?」

 

『…いえ、私はかつてリサ殿の兄である王に仕えていた者です』

 

恭しく、敬意を表して騎士は瀬良に礼をした。

その姿は様になっており、まさしく騎士であった。

 

「じゃあ、リサちゃんと同じだったりするの?」

 

『…いえ、私は生まれた時から主に仕えていたモンスターであり、人間であったころはありません』

 

そう言うと騎士は腰に装備していた剣を見せた。

豪奢ではなく、ただ機能のみに特化した至上の剣であった。

 

「えっと…、じゃあ、貴方はなんでこんなところに…?」

 

『そうだよアル、今までどこにいたの?』

 

『それが…私は王のために新たな力を得ようと旅をしていたのですが…途中で体力が尽きて倒れてしまった時があったのです ですが、その時に奇怪な生き物に救われまして、無事に力を得た後、その方に導かれてここに来たのです』

 

そう言って、騎士は懐から小さな袋を取り出した。

袋そのものはただの麻袋だったが、その内からは強烈な光が放たれており、明らかに地球のものではないことが分かった。

 

「奇怪な生き物…、ねぇ、それって緑色の髪をした男の子だった?」

 

『いえ、真っ黒なゴムボールでした』

 

「ゴムボール?」

 

瀬良は騎士の言葉に困惑した。

どういう事だろう、此処は彼の居場所のはずなのに。

もしかしたら、別の存在もいるのだろうか。

 

 

 

 

 

そう考えていた時に、周りの闇に異変が起きた。

突如満ちていた闇の一端に亀裂が走ると、そこから光が漏れだしたのである。

どうやら、外に繋がっているようだ。

 

『あれって… ねぇ、二人とも! 出口が見つかったよ! 早く出ようよ!』

 

「ほ、本当だ… でも、どうしよう…出るべきなのかな…」

 

『あゆみ殿、私もまずはここを出るべきだと考えます 私も何週間も前から此処に居ますが、これを逃したら今度はいつ機会が訪れるか分かりません』

 

躊躇する瀬良を二人が説得した。

特に、何週間も此処に居たという騎士の説得力は強く、そのために瀬良は納得した。

 

「…うん、分かった」 じゃあ、行こう二人とも」

 

『うん!』

 

『では、私が最初に安全を確認します 二人は後からついてきてください』

 

そう言って、騎士は光の方向に向かっていった。

その数分後、騎士が戻ってきて安全であることを伝えると、二人も光の方向に向かっていった。

 

「確か、透君はマーサさんって人を頼れって言っていたけど、どこにいるんだろう… 変なことにならなければいいけど…」

 

『大丈夫、何かあってもアルが守ってくれるよ!』

 

『ご安心を 微力ではありますが、誠心誠意お守りいたします』

 

「…ありがとう あ、それと貴方のお兄さんも見つけないとね」

 

『…うん、ありがとう…』

 

そんな話をしながら、三人は眩しい光に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人が消えて行ったあと、闇の中からゆっくりと何かが現れた。

 

滑らかで乱れのないフォルム。

純粋な黑。

そして内に無限の闇を孕ませた神。

 

『…行ったか…』

 

万能の邪神、漆黒の太陽アバターであった。

 

『…異物を感じて身を潜めていたが…、とんでもない者を連れてきたものだ…まぁ、殺すよりも都合はいいが…』

 

太陽はふわりと宙に浮くと、歪な光を放つ。

そして闇の淵より何かを出現させた。

 

扉。

木製の、何処にでもあるような、簡素な扉。

 

その扉の前に向かうにつれ、太陽の光は強くなっていった。

 

『やはり、あ奴には血縁がいたのか… あれほどの業を持っているのだ 何か事情はあるとは感じていたが…』

 

次いで太陽はグニャリと形を変えていき、次第に何かを形作っていく。

 

『なんにせよ、これで手駒はそろった… 後は王とあ奴を会合させ、その内の闇を払うのみ』

 

人間の手、人間の足。

次第に形成されていくその形は、まさしく人間のソレであった。

そして、その顔は…。

 

『…やはり、ここではこの姿になってしまうか…まぁいい 全ては、王のために…』

 

山崎恵一であった。

太陽はその姿でドアノブをひねり、その奥へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ、いったい何が起きているんだ…!!」

 

アルカディアムーブメント総本山。

その頂点の部屋にて、ディヴァインは随分と苛立っていた。

 

無理もないだろう。

今まで順調に進んでいたというのに、いきなり二つの支部を破壊されてしまったのである。

狼狽えないわけがない。

しかも、その犯人が分かっているだけにタチが悪い。

 

「アキとの連絡も取れない…どうしたらいいものか…」

 

彼の前にある机には、二枚の写真が置いてあった。

一枚は、どこにでもいるような平凡な青年。

知っている者ならば、山崎恵一と答えただろう。

 

もう一枚には、緑色の髪をした少年がいた。

しかし情報によるとその力は尋常ではなく、おそらく邪神の一柱だと思われた。

 

「クソ、このままでは計画が…!」

 

しかし、ディヴァインに止まる選択肢はなかった。

止まってはならない事情があった。

 

「どうしたら…、どうしたらいい…!!」

 

そんなことをうわ言のようにつぶやき、部屋を右往左往する。

額からは汗が流れ、眼は血走っている。

 

「…負けるものか…、私は世界を変えるんだ…!」

 

今彼を動かしているのは信念だけであった。

世界への復讐。

そして新たな世の創生のため、彼は考え続ける。

 

そこに、ナニカが囁いた。

 

『簡単ジャン、邪神ヲ使ウアノ男ヲ殺シチマエバイイダロウガ…』

 

その声は、彼が使うデッキから聞こえた。

ある日を境に使うようになったデッキ。

そこにある意思が形を成し、精霊となって顕現していった。

 

「…何の用だ、スフィア…」

 

『キヒヒ、ダカラ言ッテルダロウ アノ邪魔者ヲ殺シチマエバイインダ』

 

「簡単に言うな! お前の力でもアイツを殺すのは無理なんだぞ!!」

 

『…マァ、ソウ熱クナルナヨ 大丈夫ダ 考エテミロヨ、アイツガ強イノハ邪神ノ奴ガスグニ出テクルカラダロウガ ジャア、ソレヲ防イジマエバイイ』

 

そう言うと、スフィアと言われた精霊は彼の前にあるカードを出現させた。

そのカードには見覚えがある。

 

「…この、カードは…」

 

『コイツガアレバ、アイツノモンスターノ能力ハ大抵潰サレル… ソウスリャ神ハ出テ来ナイダロウガ』

 

「確かに…、だがこれは…」

 

『ア? モシカシテ卑怯トカ考エテンノカ? 今更何ヲ躊躇ウ オ前ハ復讐ノタメニ俺ヲ手二入レ、何人、何十人、何百人モ騙シテ来タンダ… モウ戻レルワケネェダロウガ …ホラ、オマケダ』

 

そう言うと、精霊は新たなカードを彼の前に出現させた。

それは、山崎のデッキに大きなデメリットを与える最悪のカードだった。

 

「…私は…」

 

『復讐者ダロ? ホラ、行動シロヨ…キヒヒ…』

 

「…あぁ、そうだな 私はもう、戻れない…」

 

そう言って、彼はそのカードをデッキに加えた。

そして部屋から出ると、エレベーターの方に向かっていった。

 

「ふ…フフ…フハハ…」

 

その眼は、とうに暗く歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぜ、ラス・オブ・ネオス!」

 

「とどめだ、シューティング・ソニック!」

 

「これで終わりよ、ブラック・ローズ・フレア!」

 

「アハはッ! フリーズバースト・T!」

 

デュエル開始から数十分後、四人はほぼ同時に勝利した。

相手は腕にあった怪しげな光を無くしていき、意識を失って倒れていった。

 

「…ふぅ、他愛もない…」

 

「静香、やっぱりお前強えぇんだな! 三人も一気に倒すなんて…今度デュエルしようぜ!」

 

「…言っているでしょう、馴れ合うつもりはないと それに、貴方ごときに私を負かせるワケがありません…」

 

「おいおい、ソイツはやってみないと分からないだろう」

 

そんな軽口を飛ばしながら、遊城は倒れた相手の者たちを調べた。

 

「…俺の力に反応しない… さっきまであった痣はなんなんだ…?」

 

「十代さん、それについては俺が説明します」

 

 

 

 

 

そう言って不動は説明を始め、川井と十六夜は去っていった。

 

「では、今度こそお別れです …さようなら」

 

「また、縁があったら会いましょう」

 

二人は音もなくどこかに消えていき、辺りは真っ暗になっていた。

遊城は、今度は二人を止めなかった。

二人の意志の固さを理解したからである。

 

それほどまでに強い思いがあるのならば、早いうちにその意思のもとに必ず再会できると思ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上がこの町の管理局長官、レクス・ゴドウィンから聞いた情報です 俺たちは、シグナーとしてダークシグナーたちと戦っているんです」

 

「なるほどな…、確かにそれじゃ俺の力は圏外か… まぁ、戦うことはできたし、恵一のついでに俺も手伝わせてもらうぜ!」

 

「で、ですがこの戦いは命がけで…」

 

「気にすんなよ! こういう戦いには慣れてんだ むしろこういう方がワクワクするもんだぜ」

 

『はぁ、このデュエルバカは一生治らないだろうね』

 

『仕方ないニャ、これでこそ十代君なんだニャ』

 

そんな遊城の後ろでユベルと大徳寺はあきれながらそう言っていた。

 

「…ありがとうございます、十代さん 正直、十代さんが仲間になってくれればとても心強いです」

 

「へへっ、任せてくれよ!」

 

そうして二人は固く握手をすると、今後の計画を練り始めた。

最初に口を開いたのは龍可であった。

 

「それで…、遊星に十代さん これからどうするの?」

 

「あぁ、まずは見えない相手より明確な相手だ とりあえず恵一を探すぞ」

 

そう言うと、遊城は自分の力を開放し、周りに残った邪神の闇を探り出した。

 

「…あまり残ってないか…ん?」

 

「どうしたんですか、十代さん」

 

「いや、今なんか変な力を感じたんだが…なんだこりゃ」

 

「十代のにーちゃん、何を見つけたんだよ」

 

「おう、あのな… 闇でもないし…光でもない…どちらにもなり得る力…多分あっちだ」

 

龍亜の言葉に応え、遊城はある方向を指差した。

その方向には、とてつもなく高いビルがあった。

 

「…なんだかよく分からないが、もしかしたら何かヒントを得られるかもしれないな… よし、皆行ってみようぜ」

 

「「うん」」

 

「分かりました」

 

こうして四人はその力の方へと向かっていった。

ダークシグナーでも、邪神の力でもない謎の力。

しかしてそれは、知る者ならば分かるであろう力。

脆く、そして不安定である強大な力。

 

それを知らずに、運命は加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はっ! ここは?」

 

温かい布団の感触を感じながら、山崎恵一は目を覚ました。

何処だかわからない。

というより、なぜ自分は眠っているんだ?

 

確か教え子とデュエルをして、終わった後に川井さんが出てきて…。

 

(そうだ、僕気絶したんだ)

 

ならば、此処は誰かの家なのか。

 

そう思って起き上がろうとした瞬間、後ろから声を掛けられた。

 

『…目覚めたか、邪神の王』

 

「ん?」

 

振り返ると、見覚えのある鎧がいた。

真っ赤な、そして背中に蝙蝠の羽のような装飾がある。

 

六武衆デッキの親玉、シエンであった。

 

「…なんだ、シエンさんか… ………え、なんで?」

 

『なんで、とは? 私は私故、此処に居る そして貴様は、姫によって助けられて此処に居るのだ』

 

「助けられた…、じゃあここはディレさんの家なのか…」

 

人型であったことが良かったのか、彼は意外にシエンと話をすることができた。

恐らく彼女の家の召使いか何かなのだろうと判断した。

 

「コスプレまでして雰囲気を出すとは…」

 

『古須腑令? …何を言っている? そんなことより、起きたのならば姫に礼を申し上げに行け 姫は貴様のためにこうして布団を敷き、眠らせて下さったのだからな』

 

「…そうだったんですか… 分かりました、お礼をさせてもらいます それで、彼女はどこに『そうか、ならばここに記入しろ』」

 

ディレの居場所を聞こうとした瞬間、シエンはおもむろに何かを山崎の前に出した。

そこにはディレの名前書かれ、判子が押されてあり、その下には自分の名前を書くのであろう欄がある。

山崎はそれを見るのは初めてであったが、何なのかはわかった。

 

故に、理解できなかった。

 

「あの、これって…」

 

『分からぬか? 婚姻届だ』

 

特に気にもせず、シエンはそう言い放った。

何かの冗談なのかとも思ったが、その真剣な表情を見るにそれはないのだろう。

 

故に、混乱した。

 

「え、あの… よく分からないんですけど…」

 

『貴様が姫にできる唯一の礼 それは姫と契りを交わし、永遠を共にすることのみだ 幸い姫はあと少しで16になる 法律から見ても問題はない』

 

「え、あ、はぁ… いや、一瞬理解しかけましたけどやっぱり分からないです」

 

そんなことを言っていると、今度は刀が飛んできた。

俗に言う脅迫であった。

 

『つべこべ申すな 今まで姫の気持ちを蔑にしてきたのだ これを機に、男としてけじめをつけよ …それか、ここで散るか?』

 

「えぇー…、ちょっとよく分からないです…」

 

『…そうか、そこまでシラを切るのならば、此処で潔く「何やってんのよバカ!」ゲフゥ』

 

ズドンという音を立て、先程まで目の前にあったシエンの顔が無くなった。

正確には、下に落ちて畳に埋もれてしまっていたのだ。

その頭上には、重く、そして熱そうな鍋があった。

 

それを落としたのは、家の主であるツァン・ディレであった。

 

「全く何をやって…これボクの実印じゃない! アンタ、なに勝手に人の印鑑使ってんのよ! それに名前まで書いて…、なんで結構筆跡似てるのよ!」

 

『ザンジの特技の一つです、姫 我らは姫の幸福のため努力は惜しみませぬ』

 

「ザンジィィィィィィィイイ! ちょっとこっち来なさい!!」

 

そう言って彼女は飾られていた刀を抜き、ドカドカと部屋の外に向かおうとした。

しかし、それをシエンが羽交い絞めにして止める。

 

『お止めくだされ、姫 ご乱心ですぞ』

 

「だまらっしゃい! アンタたち揃いも揃って勝手に動いて…、今度という今度は許さないわよ!」

 

キーキーと叫びながら、彼女は刀を振り回して暴れ出した。

正直、滅多に見れるものではないが、できれば一生見たくもない光景である。

とりあえずやめさせなくては。

そう思い、山崎はディレに静止を呼びかけた。

 

「あ、あのディレさん? ちょっと危ないし…刀を降ろして…」

 

「うっさいわね! アンタは黙ってな…さ…」

 

彼女は同じテンションで山崎に叫ぼうとしたが、その相手が山崎であると分かった瞬間言葉を詰まらせた。

 

「……… ……… ………ッッッ!!!?」

 

そして少しの静寂の後、シエンが山崎に何をさせようとしたのか理解すると、顔を真っ赤にして突然震えだし、何かわけのわからない事を言いながら外へと出て行ってしまった。

 

「あー…、どうしたんだあの子」

 

『姫の御心をここまで乱すとは…やはり貴様は只者ではない、ということか…』

 

そしてシエンは勝手に納得していた。

 




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