過去
「で、お前らなんでここにいんだよ」
「な、なんでかと言うと…なんと言うか…えっと…」
闇の中、二人の子供が対峙していた。
一人は赤髪を刈り上げた少年であり、もう一人は金髪を肩まで伸ばした少年…いや、少女である。
少年は腕を組みながら胡坐をかいて座っており、少女は正座をしながら縮こまっている。
さらに少女は顔から滝のように汗を流しており、明らかに彼女にとって状況が悪いことが見て取れる。
「…何のつもりかはイマイチ分からん。 だが王様を探ろうとしてたってんなら…」
「ぴぃっ!? ち、違うよ! そんなつもりは無いんだよぉ…」
今度は少年に威圧され、少女は泣き出しそうになってしまった。
ガクガクと足を震わせ、膝の上に置いていた手で頭をガードし、ブンブンと首を横に振っている。
そんな姿の子を見て、さらに尋問できるほどこの少年は非情でなかった。
額に手を当てため息をつくと、今一度状況を確認しようとする。
「やめてぇ…殺さないでぇ…」
「…なぁ嬢ちゃんよ。 死にたくねぇならここに居た理由を教えてくれや。 …あんま言っちゃイカンことだがよ、お前らは殺しちゃならんってアバター様に言われてんだよ」
「…ヴぁ?」
少年がそういうと、彼女は少しばかりだが警戒を解いた。
少しだけ見えた眼には多量の涙が伺えた。
それだけで、少年は彼女が「とりあえず」無害であることは分かった。
「ったく、疑ってやがるな。 あぁ、本当だ…、それにお前らホントに王様のことは気にしてないみたいだしな」
「わ、分かるの?」
「あぁ、人の顔色見るのには慣れててな…お前が嘘ついてない事はとりあえず分かった」
それを聞くと、やっと少女は防御の構えを解いた。
しかし、完全に安心しきっているわけではなく、今も少年を見ながらビクビクと震えている。
無理もない、今の彼女たちの状況は敵の本拠地に居るのと何ら変わりはないのである。
そんな彼女を見て、少年は今一度思惑する。
少女。
髪の毛は金色、肩まで伸ばしている。
瞳も金色。
膝が少し見える程度の短さの黄色のワンピースを着ている。
肌の色は…普通。
そこら辺にいる普通の少女。
見かけは、だ。
しかし、少年は少女の正体を知っている。
故に少年も気が気ではない。
「…なぁハモン、お前ら一体何がしたいんだよ?」
そう、少女の正体はかの三幻魔の一角である降雷皇ハモンであった。
かつてデュアルアカデミアにて猛威を振るい、遊城たちを苦しめた存在である。
少年の目の前にいる、ちっこい少女がだ。
これには少年も参る。
扱いに困りすぎる。
世界を巻き込む程の大戦争を起こしかねない勢力であるはずが、その正体が自分の威圧程度で戦意喪失するような子供だったのだ。
気苦労が絶えない。
「わ、私たちに特に目的は無くって…」
「はぁ? じゃあなんでここに居んだよ。 さすがにその言い訳は通らんぞ」
「い、いえっ! 言い訳じゃなくって、ホントに手違いでここに来たんです…」
消え入りそうな声でハモンはそう言った。
嘘は吐いていない。
「………」
「えっと、なんて言ったらいいか…ツァンって子が貴方たちの王様を逃がした時まで戻るんだけど…」
そう言って、彼女は何があったのかを説明しだした。
「貴方たちが消えた後にね、えっとよく分からないけど…黒い斑点? みたいなものが部屋に残ってたの。 ボールくらいの大きさの」
「…斑点?」
「うん、最初はタダの傷だと思ってたんだけど、よく見ると何処かに繋がってるみたいで…恵たちは無理だったけど私たちならなんとか入れたから…」
そう言うと、気まずそうに視線を逸らした。
「…つまり、ホントに何も考えなしで来たってことか、好奇心だけで?」
「うぅ…」
「はぁ…まぁなんとなく分かるわ。 お前は止めようとしたんだろ? で、アイツらがソレを聞かないでなし崩し的についてきた…違うか?」
少年は右を指さしてそう言った。
その方向を見て、少女はまた目尻に涙をためて肯定した。
その方向には、別の少年と少女が二人いた。
少年は緑色の短髪で、少女の方は赤髪を二つにまとめた子と薄水色の髪を腰まで伸ばした子である。
「あれがウリアとラビエル…。 なぁ、お前らホントに幻魔なのか?」
「い、言わないでよぉ…。 ウリュも立派な幻魔だし、ラビ様も私たちのトップなんだから…」
「…苦労性だな、オメェ」
そう言って、少年も自分が指さした方向を見た。
そっちでは、緑髪の少年が二人の少女相手に四苦八苦していた。
「ねぇ、るーとぉ。 なんでるーとはそんなにおっきいの?」
「なんでー?」
「な、ナンでダド言ワれ゛でモ…オラ元々ごんナ大ギさダガら…」
純粋すぎる目を向けてくる二人に、少年であるドレッドルートは何もできないでいた。
赤髪の少女、ウリアは彼のモンスターである時の巨躯に興味津々であったようで、そのことに関してドレッドルートに尋問している。
青髪の少女、ラビエルはそれに便乗して尋ねる。
ドレッドルートは胡坐をかいているのに対し、ウリアは彼の肩によじ登り、ラビエルは膝の上に座って彼の顔を見上げていた。
まさに完全制圧である。
「嘘だー! ラビ様、るーとは嘘を吐いてるよ!」
「えー、ダメだよるーとぉ、嘘吐いたらドロボーなんだよぉー」
「…ア゛レ、ゴの子達ッデオラ達のゴド怖ガってナがったダ? 何デこンな二゛距離ガ短イ゛ダ?」
心底疲れているような顔をして、ドレッドルートはそうつぶやいた。
最早抗う気すらないようである。
「うりゅ? 私たちが怖いのはあの太陽だけだよー。 ほら、そんなことより背が大きくなる秘密を言えー!」
「言えー!」
「ソウだカ…ハぁ」
そう言って、次にウリアは彼のデコあたりを両腕で締めようとした。
しかし、当のドレッドルートからしてみれば彼女の攻撃など気にする必要もなく、傍から見ると大好きな兄に妹が頬ずりしているように見えてしまっている。
そしてラビエルは構ってくれないドレッドルートにつまらなさを感じ、彼の下顎を高速でベチベチと叩き始めた。
それでもドレッドルートは一切姿勢を変えず、重すぎる瞼を閉じようとさえしていた。
「…とまぁ、アイツらの制御はとても大変…と」
「うぅ、せめて私が最高神だったら…」
そんな三人を見ながら少年、イレイザーと少女、ハモンはそう言った。
「…まぁ、オマエらのことは分かった。 さっきも言ったがお前らは殺すなって言われてる。 アイツらが遊び疲れたら宿主の所にまで連れてってやるよ」
「あ、ありがとう…でも、ホントに焦ったなぁ…。 ここに来たのはいいけど、帰り道はなんでか閉じてたし…ウリュもラビ様も言うこと聞いてくれないし…」
今度こそ安心しきったのか、ハモンは肩の力を抜いて愚痴を言い出した。
本当に苦労性なようである。
そんな彼女から視線を逸らしながら、イレイザーは先ほどハモンが言ったことを考える。
黒い斑点。
その正体は分かる。
自分たちが外界に出る際に開く門であり、自分たちしか作れない代物だ。
状況からして作ったのは恐らくアバターであろう。
しかし、不可解な部分が多すぎる。
なぜ幻魔たちがやっと通れるほどの大きさだったのか?
幻魔たちは自分たちよりも少しばかり小さい。
人に化けた場合でも、自分たちの方が一回り大きい。
つまり、幻魔が通ることを予測して作られたものなのである。
しかし、その理由が分からない。
そもそも、なぜアバターはあそこに入口を作ったのか。
招くとしても、もっと他の方法があったはずだ。
なぜ、「このような形で」自分たちが会う状況を作ったのか。
(分からねぇ…。 アバター様が居ない今、出くわすとしたら俺たちだ。 つまり俺たちがコイツ等と会うことを狙っていた? …ダメだ、理由が全く思いつかない。 ………まさか)
「なぁハモン、お前最近アバター様に会ったりとか…いや、そんなわけないか…」
イレイザーはあることを考えてハモンを質問しようとしたが、途中でやめた。
もし考え通りだったとしたら、王様である山崎恵一の立場がかなり不味いものになってしまっていることである。
そんなはずはない、そのために自分たちがいるのだ。
だからこその停止。
いくら不明なところが多いアバターであっても、目的は同じなのだ。
そう信じた。
「ヴぁ? 太陽なら私たちの所に来たよ?」
「…………………………………………………………あ?」
しかし、その確信は音を立てて崩れ去った。
ハモンの短い一言によって。
しばらく思考が停止し、その言葉を理解したイレイザーはゆっくりとした足取りでハモンの近くまで寄った。
「ヴぁ…ヴぁ…?」
「おい、ガキ…今なんて言った?」
明らかにイレイザーの様子は先ほどとは全く違うものであった。
表情豊かであった顔に色はなく、全くの無表情である。
声色も荒々しいものでなくなり、恐ろしく平坦な口調になっている。
「ヴぁ…」
「…もう一度聞くぞ。 今、なんて言った?」
「え、だ、だから…私たちは太陽に会ってギィッ!?」
ハモンは問いかけに答えようとしたが、最後まで答えることができなかった。
途中でイレイザーに首を握りしめられたのである。
そのままイレイザーは彼女を地面に叩きつけ、さらに力を強める。
イレイザーの考えは的中してしまっていた。
アバターが幻魔と会合していた、それはつまり…。
「ぎ…いぃ…かはっ…」
「…お前等、「知った」な? 王様のことを…知っちゃならんことをォォォおオオッ!!」
次いでイレイザーはその能面のようだった顔を怒りに歪ませた。
見るものを恐怖させる邪神のソレに変貌させたのである。
先ほどまで穏やかだった闇は途端に荒れ始め、暴風が吹き荒れ地鳴りが響き始めた。
「答えろ…ドコまで知った? なんでアバターの奴がソレをさせたのかは知らねぇがよ…関係ねぇ。 お前等タダじゃ帰さねぇぞ…オラァ、吐けェッ!!!」
「ぎぃ、ひぎぃ…かはっ…ひゅー…ひゅー…」
恐怖と痛みでハモンは呼吸困難になり、まともに息をすることさえできない。
理解できてすらいなかった、なぜ優しい様子であったイレイザーがここまで怒り狂ってしまったのか。
自分は、一体何をしてしまったのか、まるで分っていなかった。
そしてこと切れそうになったその時。
「…止メるダ、レイザー」
先ほどまで疲れ切っていたドレッドルートが、イレイザーの腕を掴んだ。
今度はその怒りを仲間である彼にぶつけた。
「…引っ込んでろ、今回は止めさせねぇぞ」
「…皆、怯エてるダ」
視線を逸らすと、ウリアが全身をガクガクと震わし、ラビエルは震えながらも此方を睨み付け隙あらば飛びかかろうとしている。
ハモンを助けたくても、目の前でいきなり発せられた邪神の威圧にあてられ、碌に動けないでいるようであった。
「…それがどうした。 アイツらもタダじゃおかねぇ…お前も聞いてただろ。 コイツ等は知りすぎた…十六夜のガキのようにはいかねぇんだ」
「…ゾレでモ、止メるダ」
ふと、イレイザーは自分の腕の違和感に気付いた。
大量の血が流れている、自分の物だ。
ドレッドルートはイレイザーの腕を感覚がなくなるほど強く握りしめていた。
普通ならここでお互い手を放して終わりだろう、しかし相手はイレイザーだ。
途端、ドレッドルートの腕が溶け始めた。
原因はイレイザーの血でもある「闇」にあった。
イレイザーは傷つき血を流すと、その血を闇に変えて周りのモノすべてを道連れにする。
ドレッドルートであっても、無事では済まない。
「………」
「もう一度言うぜ、手を放せ…それかここで殺りあ…」
ドレッドルートを睨みつけようとした時、イレイザーの動きが止まった。
彼の顔を見てしまったのである。
彼は泣いていた。
無表情で、イレイザーを見つめて、ただ泣いていた。
「…ルート」
「…オラ、レイザーもアバター様も大好ギダド…二人ドモ、疑イ゛タクないダ…」
「だがルート、コイツ等は…」
「…アノ「大嫌イ゛ダッタ場所」デ、オラ達はタダノ道具ジャない事ヲ確かメあったダ。 アの時ノ気持ぢ、忘レチャったダカ?」
「………」
そう言われて、とうとうイレイザーは手を放した。
先ほどまで抱いていた怒りは、幾分か消えている。
「…忘れたわけじゃねぇ。 だがおかしいところが多すぎる。 お前だって分かってるんだろうが」
「…ゾレでも、オラはアバター様も信じタイ゛ダ…。 ソのアバター様が殺しヂャダメって言ったダ、ダカラ…」
懇願するように、ドレッドルートはイレイザーを見つめる。
自分たちの繋がりを愛し、途切れるを心底恐れている。
神ではなく、たった一人の存在としてドレッドルートはそこにいた。
そんな彼を見て、イレイザーは遂に観念した。
「はぁ、ホントによぉ…。 俺も大概、アメェよなぁ…くそっ」
悪態をつくが、ハモンへの攻撃はもうしない。
そんな彼を見て、ドレッドルートはようやく泣き止んで小さく笑った。
「…アリがトうダ、レイザー」
「礼を言われる事じゃねえよ。 …おい、オメェもいつまでも寝っ転がってないで起きろよ」
イレイザーは視線をハモンに戻すと、手を差し伸べて体を起こすことを促す。
しかし、ハモンは先ほどの事がトラウマにまでなってしまっており、イレイザーを直視できない。
また頭を両腕でガードし、丸くなってしまっている。
「ぴっ…ひうぅ…」
「うりゅー、ハモンしっかりして! 大丈夫、もうアイツはハモンをいじめないよ!」
「………」
そんな彼女にウリアとラビエルが駆け寄る。
ウリアはハモンを優しくなぐさめ、ラビエルは未だ警戒を解かずイレイザーを睨み付けている。
そんな彼女たちを見て、またイレイザーはため息を吐く。
「…おいチビ助ども」
冷静に、落ち着いた口調でイレイザーは幻魔たちに声をかける。
彼女たちはびくりと体を震わせ、ラビエルとウリアだけがイレイザーを見た。
「謝る気はねぇぞ、お前等は確かに知りすぎちまったんだからな。 …だが考えが変わった、お前達は殺さない。 だがこれだけは教えてもらう、一体どこまで知ったんだ、答えろ」
「答えて、そのあとはどうするのー…?」
返事をしたのはラビエルだった。
先ほどと同じゆったりとした口調ではあるが、雰囲気がまるで違う。
闇でも光でもない、人によって作られた膨大な「魔」を放ち、イレイザーにぶつける。
一切の隙がない、幻魔のトップがそこにいた。
「すぐに帰ればいいさ、俺が嫌ならコイツが誘導する。 だがどっちにしても、お前等は喋らなきゃ帰れない。 どうする?」
言い終えた後、少しばかりの静寂が流れる。
互いに睨み合い、探り合う心地の良くない状況であった。
「………」
「………」
未だハモンはイレイザーに怯え、一人で歩くことができない。
ウリアとラビエルはそんな彼女を庇いながら邪神たちを見つめる。
対してドレッドルートとイレイザーは何もせず、一歩も動かないで幻魔達を見ている。
「…分かったー、私が言う。 でも、条件があるよぉ」
「…なんだ、これ以上出来る譲歩はねぇ筈だが?」
「私だけここに残して、ウリュとハモンは先に帰らせてー」
「ラビ様!?」
「ウリュ、今は少しでも早くハモンをここから出さないとー。 それにアッチに着いてから、ゆきのん達に何があったか言う必要があるんだぁ。 だから、ウリュも一緒に戻ってー」
あくまで口調を変えず、ラビエルはウリアに状況を説明する。
しかし、ウリアは食い下がる。
「でも、でもっ…」
「…命令だよ、ウリュ。 ハモンを連れて帰ってー。 るーと、お願い」
「………分かったダ」
「ラビ様っ!?」
途端、地面から闇の柱が現れてウリアとハモンを包み、一切の存在が無くなった。
ソレを確認しラビエルは少しだけ安堵する。
「…ここの事は、別に言っても良いのかなー?」
「構いやしねぇよ。 言ったところでなんになる。 どうせここがどういう所か分かってすらいねぇんだろ?」
「…嘘は吐けないなぁ。 まぁいいや、じゃあ話そっかなー」
そう言うと、彼女は再びイレイザーを見て自分たちに何があったのかを話し始めた。
時間は少し前に遡る。
ディレが山崎を部屋から出した後、藤原とディレ、そしてレインの三人は少し談笑をした後自分の持つ情報を話し合っていた。
情報とは勿論、山崎恵一と邪神に関するものである。
中でもレインの持つ情報は群を抜いて役に立つものであり、藤原も「本を何百冊と読む暇があったら、もっと早く貴方に合うべきだったわ」と言うほどであった。
レインの持つ情報は大きく分けて二つあった。
一つ目は彼のデッキについて。
今まで彼女が盗み見てきた山崎のデュエルから、彼のデッキが邪神召喚にのみ特化した大量召喚デッキであることが分かった。
故に彼のデッキには邪神以外の上級モンスターはおらず、アカデミアで最弱と言われていた理由を改めて知ることができたのである。
さらに彼のデッキの主力モンスターであるアンデッド達の全容、それをサポートする魔法とトラップを知ることができた。
そしてディレの情報も併せて、彼が赤き龍の力を得て具現化させたと思われるカードであるゾンビ・キャリアとデスカイザー・ドラゴンの存在も確認できた。
二つ目は山崎自身に関することである。
彼がデュエルキングである武藤遊戯と友人の間柄になる前から邪神を持っていたことは、藤原もすでに知っていたことだ。
ディレも独自のルートで山崎に関して調べており、そのことだけは知っていた。
しかし。
「…それ以前の恵一の経歴が…一切不明?」
「そう、私の持つプログラムは、個人の過去の隅まで調べてあらゆる事情を知ることができる。 干渉はできないけど、見るだけなら完璧。 でも、標的のソレは分からなかった…」
「単にアンタの力不足じゃないの? ていうか、何なのよそのトンデモなく危険臭がするプログラムは。 個人情報とか大丈夫なの?」
疑い半分、驚き半分の気持ちでディレはそう言った。
記録もないのに過去に遡ってあらゆることを調べれるなど、現代ではオーバースペックすぎる話だ。
「…背に腹は代えられない。 彼のことを知るためには、それ相応の覚悟と力が必要」
「その通りだわツァン。 それに、そんな事を気にするだなんて…何か見られたくないヒミツでもあるのかしら?」
「なっ!?」
藤原はレインの言うことを肯定しながら、ディレにそう言った。
ソレを聞いてディレは顔をまた真っ赤にさせ、ソッポを向いてブツブツと何かを呟いていた。
図星のようである。
「…無駄話は後でする。 証拠が欲しいならこれを見て欲しい」
レインは二人の間に割って出ると、近くにあった机の上に写真を置いた。
そこには何処かの制服を着る山崎と、武藤の姿が写っていた。
「レインさん…、恵でいいわね? 恵、この写真って…」
「童実野高校…旧ドミノ高校の制服ね…恵一、あと武藤遊戯もこれを着ているということは…」
「そう、この写真は彼の高校生時代の姿を写したもの…因みに彼は高校を卒業して以降デュエルキングとは会っていない…この写真も現代のもの。 ネガを考えているなら、今ここで新しい写真を撮っても構わない」
確かに写真はデキたてのように綺麗で、新品であることが分かった。
「成程、確かに本物のようね…で、恵一の過去が分からないっていうのは?」
「そうよ、貴方の技術が本物なら、先生が子供の頃から全て分かる筈でしょ? なのに、分からないってどういうことなのよ」
二人が言うことは最もである。
レインの持つコンピュータなら、それこそ人類が生まれる前にまで遡って情報を知ることができる筈なのだ。
それが分からないということは、やはりレインの力不足だったのだろうか?
二人がそう思っていると、レインから想像の上を行く事実を聞かされた。
「…表現に誤りがあった。 …正確には「分からなかった」ではなく「無かった」になる」
「「…は?」」
その言葉を理解するのに数秒かかってしまった。
いや、経った後も理解などできていなかった。
「恵、どういうことなの? 先生の過去がないって…」
「言った通りのこと。 私は邪神の起源を知るために彼の過去を見ようとした。 そして彼が武藤遊戯と接触する寸前から前の過去が、一切無かった」
本に書かれている分を朗読するように、レインはそう言った。
そして、先ほど出した写真の隣に、別の何かを取り出した。
カメラのようである。
「…ここに、彼が武藤遊戯と接触した時の映像がある。 音声を繋げるには少し時間がかかるから、とりあえず映像だけ見て欲しい」
藤原とディレはその映像を見る。
そこには武藤遊戯が一人で道を歩いている姿があった。
ただ普通に、何の異変もなく武藤は歩いていた。
どうやら家に向かっているようだ。
そのまま彼は実家であるカードショップに入り、部屋の隅にあるデュエル用のテーブルの片一方に座った。
そして、目の前に山崎が「いた」。
「なっ!?」
「これ…は…!?」
ディレと藤原は目の前で起きた現象に思わず声を上げた。
二人の驚きをよそに、レインはさらに言葉をつづけた。
「先に言っておくと、この映像に切り取られた部分は一切ない。 …たった今音声を繋げたから、もう一度聞いて」
そう言って、今一度その映像を流した。
『はぁ、今日も疲れたなー。 宿題、多いけどしっかりしないと…』
武藤遊戯は与えられた課題のことを呟きながら家路に向かう。
そして家に着くと…。
『じいちゃーん、ただいまーっ!』
『おぉ、おかえり遊戯』
『あれ、今日はお客さん一人もいないの?』
『そうじゃなー、今日は何故か「一人も来ておらん」のじゃ。 いつもならこの曜日は子供たちが大勢来るというのに…』
家族である祖父に挨拶をし、少し会話をした後近くのテーブルに座る。
『ねぇねぇ、君の名前は?』
『僕?ぼくぁ山崎 恵一っていうんだよ。君は?』
そしてテーブルの向かい側にいきなり現れた山崎に対し、ごく普通に話しかけた。
ただ普通に、当たり前のことのようにである。
「「………」」
音を聞いた後、二人は遂に言葉を発することすらできなくなった。
目の前のことが未だ信じられない、ドッキリと言って貰えたらどれだけ楽であったか。
仮に目の前の光景が現実のモノだとして、ならば山崎という人物はいったい何者なのだろうか?
嫌な考えがいくつも浮かんできてしまう。
「…ねぇ恵、怖いことを聞くのだけれど…。 恵一のご家族って…」
先に口を開いたのは藤原だった。
震える声で、自分の恐ろしい考えを確かめる。
出来れば否定してほしい。
そんなことはないと首を横に振ってほしいと思った。
「…恐らく、あなたの想像通り。 彼の親族は一人として存在しない…親も、子供も、親戚も。 それどころか、彼に関する情報を知る者は、この映像の時点では一人も存在しない」
しかし、返ってきた答えは残酷なものであった。
ソレを聞いて藤原は目を見開くと、額から汗をにじませた。
ありえない。
親も存在せず、誰にも自分を知られずに生き続けることができる人間など存在するだろうか?
否、ありえない。
いや、それはむしろ人間ではなくすべての生物に共通して考えられることである。
生物が生まれ、一人で進み歩むまでの間で必ず通る時点。
生物にとって最も弱く、他者の助けが無くては生きてはいけない時。
そう、幼児期である。
その幼児期をたった一人で生きていける生物など存在するのだろうか?
もし出来たとして、それは本当に生物なのだろうか?
そもそも、山崎という人物の幼児期はあったのか?
無いのならば、山崎は人間どころか、生物ですらないというのか?
「落ち着いて、雪乃」
「…っ!? わた、しは…」
様々なことを考えすぎてしまい、思考が限界に達しそうになってしまったその時。
すんでで止めてくれたのはレインであった。
レインは無意識に大量の汗を流していた藤原に持っていたハンカチを渡すと、ゆっくりと優しく話しかけた。
「大丈夫、一度深く呼吸をして落ち着く。 今はとにかく目の前の事実を受け入れることに専念する」
「そう、ね…。 ありがとう恵、でも…さすがにこれは予想してなかったわね…」
小さな声で藤原はそう言った。
この映像が本物なら、山崎という人物は「生物でないナニカ」であることを証明するモノになってしまうのだ。
体の震えが止まらなかった。
『ラビィ…』
「ラビエル…ごめんなさい、心配かけたわね。 もう大丈夫よ」
心配して様子を伺う相棒を撫でると、彼女は深呼吸して平静を取り戻し、思考を今一度始めた。
「この現象に関して付け加えをする。 彼がこの場に出現した瞬間、その周辺でも不自然なことが多々起こっている」
「先生が出てきて…不自然なことが?」
「そう、例えば彼の住居。 彼は現在、ネオドミノシティ西区にあるアパートに暮らしている」
「…確か、デュエルアカデミアに居た時以外はずっとそこに住んでいるのよね。 アパート自体も改築されないで、今もそのままの状態よ」
レインの説明に藤原が付け加える。
「その通り、そしてこのアパートも彼が現れた瞬間に出現した。 こっちの映像を見て欲しい」
次にレインが出した映像には、何もない空き地が写っていた。
周りには建物は無く、人気が感じられない。
「よく見ていて。 …3、2、1」
その瞬間、空き地であった場所に少し古いアパートが出現した。
しかも、人気がなかった周囲には多くの建物が存在し、活気づいている。
二人はそれを見てもう取り乱したりはしない。
だが、それがどうしたというのだ。
「………どういうこと? 先生は、いったい何者なのよ…」
「…分からない、でもこれだけは言える」
ディレの疑問に対し、レインは冷静に、変わらない口調で答えた。
「山崎恵一という人物は、ただ邪神に操られているだけの哀れな一般人ではない」
その時、決められた線路が砕かれる音がした。
ご感想、ご指摘がございましたら、よろしくお願いします。