帰郷
サテライトに来てから約一か月がたちました。
マーサさんは厳しいけど優しい人で、自分が働く場所も紹介してくれました。
いやぁ、よかったよかった。
ちなみにどんな職かというと、またまた教師です。
公式なものではない。
広場で学校に行けない子供たちにデュエルの基本を教える仕事をしています。
うん、皆素直でいい子だ。
ちゃんと言ったことはメモするし、分からないところはキチンと質問してくれる。
…、正直アカデミアよりこっちの方がいいな、本格的に。
なんというか、無情なものですわ。
確かにネオドミノのアカデミアは設備がしっかりしているし、優秀な先生や生徒がいっぱいいる。
でも、その分格差っていうのは大きくって、仲間外れにされてしまう子も多かった。
ソレに比べて、確かにサテライトの子供たちはあっちの子たちより頭は悪いかもしれないけど、それは基礎教育を受けたかどうかの違いだ。
しっかりと教えてあげれば何の問題もない!
しかもみんな仲がいいから、全員で大きく成長していく。
こっちも見ていていい気分になるね。
便利になればなるほど、人間的なところはどんどん退廃していくものなんだ。
複雑だなぁ…。
「? どうした、恵介。 考えごとか?」
そうそう、これは生徒だけの話ではない。
大人たちも同じである。
ここの人たちは皆優しい。
甘いのではなく、優しいんだ。
悪いことをしたらきちんと叱る。
良いことをしたら褒めてあげる。
本来あるべき教育像だ。
これならば、子供も健やかに育つってもんだね。
「んーん、なんでもないよ、不動。 それより、ネオドミノに行くってホント?」
「あぁ、少し用があってな…。 一度行かなくてはならないんだ」
そういや、最近不動がサテライトから出るって話を聞いた。
理由を聞いてもいまいちな回答しかしてくれないから、正直困っていた。
ラリー君に聞いても抱き着かれるだけだし。
他の人たちに聞いても「遊星に聞いてくれ」って言うだけだし、なんだろ。
…あ!
もしかして恋人がいたりするのかな?
それで、なかなか会えないからどうしても会いたいと!
「いや、少なくともそれは違う」
あ、そうですかそうですか。
んー…、それにしてもネオドミノかぁ…。
一度戻るべきなのかなぁ…。
別に何かやりたいってことはない。
むしろ戻りたくないとすら思っている。
ただ、心残りはある。
生徒たちの事だ。
例えば、いじめから抜け出して、新しい一歩を歩む決意をした十六夜さん。
確かに頑張るとは言っていたけど、本当にできているのか心配でしょうがなかった。
元気にしてるかな、あの子。
親御さんとも仲良くしてるといいけど。
えらく僕に友好的なご両親だったから、すごく印象的だったわ。
例えば、今僕の膝の上でゴロゴロしている灰村さん。
さっき「眠い!」とか言って僕の所に来ると、いきなり寝だした。
確かに眠たそうではあった。
顔赤かったし、動きはぎこちなかったし、目は充血してたし。
でもこの子全然寝ないな。
なんかブツブツ言ってるし。
あと後ろの柱の陰から、彼女の部下らしい人たちが旗持ちながらこっち見てたけど、なんだあれ。
どうでもいいね。
話によると結構前からサテライトに武者修行に来たらしいけど、親御さんは知っているんだろうか。
聞いてみると、黙ってソッポを向いてしまうのでおそらく黙ってきたのだろう。
だとすると、一度彼女を家に帰してあげるべきだと思うわけなんだね。
うーん、だとすると一度あっちへ行く道を考えなくちゃなぁ…。
他にも色々な生徒がいる。
印象的だった子は大抵が初等部の子たちだったので、今はもう高校かな?
元気にしてるといいなぁー。
思えば個性的な子が多かった。
やたらエロいことを言ってくるおませさんや、いつもジィーッと僕を見続けている子、顔を真っ赤にしてキーキー叫んでくる子もいたな。
あとはー…、まぁいろいろいたんですわ。
忘れたわけじゃないよ。
本当だよ?
っとまぁ、いろいろ気になることがあるわけでして、やっぱり一度あっちに戻ろうと思います。
だとするとどうしようか…。
不動、言ったらなんとかしてくれないかなぁ…。
「というわけで、なんとかなりませんかい?」
「…、なるほど、お前もあっちに用があるんだな。 だったら俺が行くときに乗せてやる。 帰りは保証できないが、行きならそれで何とかなるだろう」
「え、ホント!? おぉー、これで問題解決したわ。 ありがと不動!」
「…いや、気にしなくていい」
感激して不動の手を取ってブンブン振ると、いつものようにクールに答えてくれた。
やっぱりいいこだなぁ、この子。
基本無口だから勘違いされがちだけれど、中身は友達思いのとてもいい子だ。
「えーと…、それじゃあいつ出発するの? 僕としてはいつでもいいんだけど…」
「あぁ、行くのは今日の夜だ」
「ウェ!? はや! …、うーん、まあいいか。 それじゃあ、今から準備を「ちょっと待て!」」
話が決まりかけたところで、僕の膝の上で猫になってた灰村さんが起きた。
おぉ、いきなり飛び出したからびっくりしたよ。
「な、なんだい灰村さん? そうだ、今日の夜にネオドミノに行きたいんだけど、準備できる?」
「岬って呼べって言ってんだろ! ていうか、なに勝手に話し決めてるんだ! 俺はサテライトにこれからも住み続ける! ネオドミノに戻る気はねぇし、お前を行かせる気もない! お前はずっと俺の枕になってりゃいいんだよ!」
「あ、ところで不動。 彼女をついでに連れて行きたいんだけど、ちょっと厳しい?」
「…、サイドカーを付ければ何とかなる。 …、時間がかかるな。 ちょっと出てくる」
「あー、ごめんね。 連れてってもらう身なのに」
「気にするな、好きでやってることだ」
「無視すんじゃねぇー!!!」
ウガー!って感じで灰村さんが暴れるんで、後ろから抱きしめていい子いい子してあげた。
昔からこうすると、この子は大抵大人しくなる。
ひと肌が恋しいんだね。
仕方ないね。
「…うにゃぁ……」
ほらねー。
全く、子供のころから全然変わってないんだから…。
動物かい。
でもそれから数十分はそのまま僕に抱き着いてくるからもろ刃の剣だったりする。
その後に授業とかあったら最悪だった。
「…、それで、彼女もいっしょに来る、ということでいいんだな?」
「ん、あぁ、その方向で頼むわ。 まっこと申し訳ない」
「何度も謝らないでくれ、コッチも困ってしまう」
そう言うと、不動は苦笑しながらどこかに行ってしまった。
部品集めくらい手伝おうとしたんだけど、この前全く違う部品を持ってきてエンジンをダメにしてしまった経験があるので、断念した。
「さて、とりあえず今夜に一度ネオドミノに戻るから、準備だけはしておいてね、灰村さん」
「にゃぁ…ふにゃぁぁ……」
駄目だこりゃ。
とりあえずそこらにいる部下さんたちに荷造り頼んでおくか。
あ、こら、首をペロペロするんじゃありません。
それにしてもいい匂いだな、この子。
小学生の時にはあまり意識しなかったけど、この子ももう大きくなったんだから、自覚してくれないと困るなぁ。
そんな抱き着いてると、あらぬ部分が当たってきますよ?
当ててるんですか?
違いますよね?
そのうち大変なことになっても知りませんよ?
そんな度胸ないけどね。
仕方ないね。
というわけで、彼のDホイールに乗ってネオドミノに行くことになりました。
僕が不動の後ろに乗り、灰村さんはサイドカーに乗ってましたね。
体格的に僕が彼の後ろにいる方がよかったみたいだ。
灰村さんは最後までゴネてたけど、なんとか押し通しました。
それにしてもDホイールってすごいね。
風が気持ちいいし、疾走感が半端じゃない。
こりゃ若者がハマるわけだ。
まぁ僕はどれだけ経っても軽自動車だけどね!
って感じでやってきました、ネオドミノ。
今は帽子を深くかぶって懐かしき商店街を歩いています。
顔中マーカーだらけだとさすがにまずいらしいからね。
来るまでに帽子を調達しておきました。
灰村さんのやつと同じやつです。
ていうか、彼女がくれました。
ラリー君がしきりに自分のと同じ帽子をお勧めしてきたのですが、あの帽子じゃ顔全体をなかなか隠せないのでお断りしました。
あの時のラリー君の泣きそうな顔と、灰村さんの勝ち誇った顔は今でもよく分かりません。
たかが帽子ではありませんかい。
あまりにも悲しそうにしてるんで頭なでなでしてあげました。
拒否られたら首吊ります。
彼はすっごい嬉しそうにしてくれました。
うっとりした表情しちゃって。
キミも動物の類かい。
そしたら灰村さんに蹴られた。
あの痛みはガチのやつだと思う。
あ、そうそう。
ちょっと嬉しいことがありました。
僕がかつて通っていた高校。
まぁ、この世界での話なんだけど。
その時に風紀委員をしていた牛尾って先輩に再会しました。
なっつかしぃなぁ。
まるで変わってなかったね。
太すぎる眉毛とか、異様なコーナリングをしている前髪とか。
あれってどうなってるんだろ。
まぁ、武藤には負けるけどね。
で、ご挨拶でもしようと思ったんですけど、不動に顔を出すなって言われてずっと縮こまってたんで、声をかけることすらできませんでした、はい。
前が見えなかったんでよく分かんなかったんだけど、いきなりすごいカーブしたり爆発音したりと、かなりアグレッシブな運転をしてたみたいです。
いやぁ、すごいすごい。
そして今に至ります。
僕達は街中で降ろされて、不動はそのままどっかに行ってしまいました。
ありがとー、って大きな声で言ったら、かっこよく手を振りながら颯爽とバイクで行っちゃったよ。
いいね、青春みたいだね。
定義がよく分かんないけど。
あの後まずは嫌がる灰村さんを自宅に連れて親御さんのとこに行きました。
やっぱり黙って行ってたんだね。
ご両親、泣いてたじゃないか。
しかも引率者が僕ってことでさらに泣いてたし。
そんなに嫌がるかな。
確かに顔中マーカー人間だけど。
まぁ、なんやかんや言っても家族との再会は嬉しいみたいで、灰村さんもいろいろお話していたみたいです。
そして僕は灰村さんの隣でお話を聞くことになりました。
ただ、かなり眠たかったんで正直内容を覚えていません。
なんか聞かれてもうんうん、そうだねー、としか言ってなかった。
ふと眠気が覚めて周りを見ると、感動したような顔をしたご両親と、顔を真っ赤にした灰村さんがいた。
なんだぁ?
で、とりあえず挨拶は済ませたんで今は自由時間を満喫しています。
「おい先公! こ、コイツはどうだ!」
おや、灰村さんがなにか見つけたようです。
あぁ、今は商店街にいるのでついでに彼女のショッピングを手伝っていたりします。
つっても特にやることないんですけどね。
彼女が持ってきたものの感想を言うだけなんで。
「ん!? んー…、似合うとは思いますけど…、やっぱりキミにはもう少し女の子っぽい服が似合うと思うんよ」
「お、女っぽいやつか…。 分かった、もう少し待ってろ」
そう言って彼女はどっかに行ってしまった。
いやぁ、ビビった。
いきなりヤンキーさんが着てるようなゴッテゴテの髑髏ジャンパーを持ってきたもんだから焦ったわい。
彼女の感性は通常の斜め上を行くようだ。
上かどうか分からんがね。
もしかしたら地の底かもしれんがね!
そんなことを考えていたら、あるポスターが目に入った。
「…フォーチュン…カッポォ…?」
「カップだ、ちゃんと読めバカ教師。 ていうか、なんだこれ?」
僕の声が聞こえたのか、灰村さんは服選びを中断してこっちに来た。
うーん、教職に就いてからこういう大会とかはまるで見てなかったから興味深かったりするね。
「えーとなになに…、ネオドミノで真の強者を決めるフォーチュンカップ…。 世界中から腕利きのデュエリストたちを集めてのトーナメントを行います、と。 優勝者にはキングであるジャック・アトラスへの挑戦権…か…」
ジャック・アトラス。
確か僕が収容されている間にいきなり現れて、最強の名を我が物にしてる人、だっけか。
すごい人だな。
今まで負けなしってことか。
やっぱり持ってるものが違うんだろうね。
覇気とか、やる気とか。
いいなー、こういう人とデュエルしてみたいなー。
「…、この大会って出ることできないのかな…」
「あ? やめとけって先公。 どうせ出ても一回戦でボロ負けだっての」
「なんとまぁ失礼なことを。 否定はしないけど。 でも、こういう人とやってみたいって気持ちあるでしょ? 僕だって一応カード持ってる身なんだから」
「まぁ、そりゃそうだけどよ…。 あー、先公。 どっちにしたって無理だ。 これ見てみろよ」
そう言って灰村さんがポスターのある部分を指差した。
その先には「この大会は招待状を渡された者のみ参加可能の大会です。 一般の参加は受け付けておりません」
と、書いてあった。
「…ヴぇー………」
こりゃしょうがないね。
やっぱり弱い人まで出してちゃ時間かかるもんね。
はぁー、やっぱり無理か…。
「まぁ、観客として行けばいいだろうよ。 それよりさ、今から行きたいとこあるんだよ! 一緒に行こうぜ、な!」
「うい、考えてもしょうがないし、どこに行きたいの?」
「あぁ、結構人気なとこなんだけどよ、ハッピーランドってとこだ」
「おぉー、あの有名な…。いいね、いきますか!」
そんなこんなで大会出場をあきらめた僕は、彼女と一緒に遊園地に行くことになりました。
そうだね、嫌なことがあったら一杯楽しいことをやるべきだよね。
楽しみだなー、遊園地とか久しぶりだよ。
あそこのジェットコースター面白いんだよねー。
ポップコーンも食べたいわ。
楽しみだなー。
で…。
「まさか潰れてるとは…」
「そんなに人気なかったのかよ、ここ」
来てみるとあら不思議、あの活気あふれていたハッピーランドは見るも無残な廃墟となっており、マーカー付きの人たちの巣窟となっていた。
「ま、まぁ、ないものはしょうがないし、なんかデュエルやってるっぽいから見に行きましょうや」
「…、あぁ、そうだな…」
えらく不機嫌だな灰村さん。
そんなに遊園地が楽しみだったか。
そんな感じでそこら辺を歩いていると、いきなり嫌な感じがした。
いつもの吐き気だ。
「!? ヴぇええ…、なんか気持ち悪い…」
「ん? おいおい大丈夫かよ先公。 いったん帰るか?」
「いや、別に問題ないからいいんだけど…。 なんでこんな久しぶりに…」
と、その時に向こうの建物から爆発音がした。
なんか人がいっぱいいるなぁ…。
「ん!? もしかして、何かのショーとかやってるのかな。 なんだ、潰れてると思わせて実際はなんかの催し物でもやってたんだね」
そうと決まれば善は急げ。
「おい! なんかヤバいって先公!」とか言ってはしゃいでる灰村さんを連れて爆発音の先に行ってみた。
その先には、デュエルディスクを持って倒れ伏す人と、奥の方で変な仮面をつけた女の人がいた。
あ、あの服の柄。
十六夜さんにお勧めした奴と同じだ。
懐かしいなー。
「あのー、これって何の劇やってるんですかー?」
「…、去れ。 何も知らない人間め」
うわぁ、いきなり怒られた。
そりゃそうか、ショーの邪魔しちゃったもんね。
そう思って一歩下がろうとしたときに…
「!? テメェ、こんなトコで何してやがる! クソ魔女!!」
なんか灰村さんが威嚇しだした。
なんだぁ?
一般人の介入OKなのかぁ?
いやでもさっき断られたし…。
「…誰? 私はお前なんて知らない」
「はっ! よく言うぜ! お前が訳わかんねぇことしてくれたせいで先公は捕まったんだろうがよぉ!!」
「…先公? 誰のことを言って…。 …!? うぅ…頭が…」
「テメェが覚えてねェってんなら思い出させてやる。 今すぐぶん殴ってやるからそこ動くな!」
なんか白熱してるな…。
ていうか灰村さん。
貴方そんなに芝居上手かったんだ。
女優とかになれるんじゃなかろうか。
「!! いや…もう何も考えたくない… 苦しみたくない… いや…コッチにこないでぇっ!!!」
「ぐ! なんだこりゃ!!」
「!? うおぉ!? なんかすごい風が来た!?」
いきなり魔女っぽい人が苦しみだすと、変な風が起き始めた。
「ん? あれは…、ドラゴンか?」
しかも魔女さんの後ろの方から見覚えのあるドラゴンが出てきた。
あれは…。
「おぉ! ブラックローズドラゴン!」
あれは前の世界で滅茶苦茶強かったブラックローズドラゴンじゃないか!
いやぁ、コッチに来てから全く見てなかったから懐かしいわぁー。
すっごい迫力だなぁ。
もう吹き飛ばされそうだし。
「…うぅ…ぐ…。 逃げろ…、せん…こ…う…」
灰村さんが苦しそうにうずくまっていた。
あぁ、やっぱりキミには役者が向いてるよ。
ん?
ていうかあの魔女さん、デュエルディスク持ってる…。
しかもブラックローズ…。
…、あ、そうか!
このショーってソリッドヴィジョンでやってるのか!
あぁ、なるほど。
だったらこのリアリティも頷ける。
…、一般人の介入がOKなら、僕もやっていいのかな…。
…、いいかな…、いいよね!
よーし、お兄さん張り切っちゃうぞぉ!
えーと何にしようかな…。
…、よし、やっぱこれでしょ!
別にデュエルじゃないし、出しても何の問題もない!
灰村さん、ちょっとディスク借りるねー…。
「よっしゃ、いくぞぉ! 出てこい!」
ノリノリで僕は今まで使っちゃ駄目だったカードを召喚した。
それは僕の目の前に出てきたと思うと、僕と灰村さんを守るバリアーのように周りに広がって行った。
んー、なんか物足りないなぁ…。
こう、でかい雄叫びとかあげてくれないのかなぁ…。
確かに風を受けなくなりはしたけど。
ほら、なんとか言ってみなさいオラオラ。
「ヴェーイ…」
え、なんかしゃべった。
なんか喋りましたよこのボール。
気持ちワル!
ヴェーイってなんなのさ。
「ヴェエエエエアアアアアアァァァアアアア!!!!」
ふぉ!?
なんか煙りだした!?
こわ!?
おぉ!
ブラックローズにまとわりついてった。
めっちゃ苦しそう。
あ、消えた。
ローズさん消えちゃったよ。
「…! この…、闇は…どこかで……。 うぐぅ…!」
あ、苦しそう。
魔女さんも苦しそうにしてた。
あの人もすごい役者根性だな。
こんなイレギュラー出てもちゃんと芝居するんだもんね。
「大丈夫か、アキ! しっかりしろ! くそ、撤退だ!」
なんか他の人が出てきた。
ものっそい前髪長いな。
分けてるけど、見えるのかな、あれ。
…、どっか行っちゃったよ。
もしかして、ショー終わり?
なんか、あっけなかったなぁ…。
「…、うぅ…、先公…?」
…、とりあえずショーを終わらせるか。
「あぁ、もう大丈夫だよ灰村さん! 先生があの悪い竜さんは懲らしめてあげたから!」
…、これでいいかな。
僕役者に向いてないな。
「! 先公! グスッ、大丈夫だったのかよ! 先公!」
逆にこの子はすごいな。
涙まで流しちゃって。
とりあえず頭撫でとくか。
とりあえずでやることじゃねぇな。
全身全霊を持ってなでます。
あー、これからどうしようか。
もう日も暮れてるし、彼女を家に送りますか。
…あ、僕どこに泊まろうか。
「くそ、なんだったんだ、アイツは」
あの場所を撤退した後、アルカディアムーヴメントの総帥であるディヴァインは毒づいていた。
「あんなもの見たことがない。 アキの力が負けるなんて…」
ディヴァインは利用するものとして、十六夜 アキの事を信頼している。
十六夜 アキの力は強力であり、力のないデュエリストなんて彼女の足元にも及ばない、そう思っていた。
アルカディアムーヴメントは、彼女の力によってさらに大きなものになった。
数年前に彼女を勧誘し、傀儡として操ることで世界を牛耳り、自分の権力をより強いものにする。
それが徐々に現実のものになっていた。
さらに、十六夜 アキの切り札であるブラックローズドラゴン。
あの竜が実体化して生じる存在感はどんな人間も恐れおののき、その力はどんな人間をも屈服させる。
そう信じていた。
だから信じられなかった。
十六夜 アキの竜が、負けた。
それも信じられなかったが、あの男の出したモンスターも信じられなかった。
いや、あれはモンスターなのか…。
「VEEEEI…」
この世のものとは思えない声を発した存在。
あれは、この世に存在してはならない物だ。
無差別に全てを飲み込み、闇に帰す存在。
底のない恐怖を、ディヴァインは感じたのである。
そしてあの男。
あの途方もない闇を操る男は、笑っていた。
無邪気に、子供のように、自分の操る闇が他のモンスターを蹂躙する姿を見て、ただただ笑っていたのである。
その笑みに、ディヴァインは闇と同じ恐怖を感じていたのである。
「いや…いや…いや…」
あの後、アキは今もまだ震えている。
何かにおびえているようだ。
それがなんなのかはわからない。
闇に恐怖したのか、闇を支配するあの男になのか…。
なんにせよ、調べる必要がある。
あの恐ろしい何かを使う、あの男。
アキ以上の力を持つ、あの男の事を。
場合によっては消すことをも考えながら、未だ震える手を握り締め、ディヴァインは決意した。
ここは、闇。
何もない、優しき闇が満ちる、ありもしない世界。
そこではすべてが平等である。
善人も、悪人も、動物も、昆虫も、モンスターですらも、全てが平等である。
平等に、飲み込む存在。
それが、闇。
その闇の中で、蠢く存在があった。
いることを許されない存在。
平等なる闇を抑え、我が物にする「異物」は、静かに事を見守る。
「…、時は満ちた」
闇の世界に満ちる太陽は、静かに呟く。
その声は、全てを委縮させる冷たい声。
全てを抑え込む威厳を、持ち合わせていた。
「世界はこれより大きく動く。 我が王も、その波に流れる」
その言葉を、二つの存在が聞いていた。
一つは巨大な魔人。
一つは異形の魔竜。
静かに、自らの頂点の言葉を聞く。
「我らがお導きするのだ、王を。 この世界にて、それができるは我らのみ」
二つの存在は静かに頷き、姿を消した。
各々の使命を果たすために。
そして、やがて太陽も輝きを無くしていき、姿を闇に消していった。
ありえない存在。
いる筈のない神。
その存在は、静かに世界を狂わしていった。
ご感想、ご指摘がございましたら、よろしくお願いします。