初老の男性が日の丸の旗に一礼し壇上に上がる。その顔には少し疲れの色が見え、その場に集まっている人たちにも、普段にはない緊張が見え隠れする。
男性が徐に口を開く。
『本日行われました臨時閣議の概要について申し上げます。主に謎の生物に関する情報共有を行い、今後の対策、加えて新たな人事の決定がされました』
『えー、国際的な共通認識と致しまして、世界中に突如出現し、確認されるようになった謎の生物を総じて、【ポケモン】、【ポケモン】と呼称しており、日本政府と致しましても、この度正式に【ポケモン】の呼称を採用することが決定致しました』
『なお、その出自や発生した原因などは依然として不明。しかしながら、ポケモンに関する知識や対処法を有する人間、えー…こちらは【ポケモントレーナー】と呼ばれておりますが、あー、すでに日本国内におきましても、複数名のポケモントレーナーの存在を確認しております』
『こういった未曾有の事態ですので、各界の知識人で構成される有識者会議を緊急で執り行い、現時点で確認が取れている国内のポケモントレーナーを招喚する予定となっております』
『なお、日本政府と致しましては、引き続き、ポケモンに関する情報提供を広く呼び掛けており、殊更、未確認のポケモントレーナーの確保に向けて、目下調査中です』
『続きまして、本日の閣議において、新たな官房内組織の設置と、人事が決定致しましたことをご報告申し上げます。
『さらに九重厳行 内閣危機管理監の下に、特別ポケモン対策室を設置、室長に
画面が切り替わり、スタジオが映し出される。
宮城県ではお馴染みの千代テレビの美人アナウンサー
『以上、首相官邸より、
『日本以外の先進諸国では一昨日の時点でそう呼んでいましたからね、むしろ遅いくらいですよ。僕もポッケモンの存在に関しては大分前から政府に
『いえ、あの…ポッケモンではなく、ポケモン…じゃないかなー、なんて…。え、えぇと、ポケモントレーナーなる人間も確認されたとか?』
『ポッケモンを専門とする調教師たちだね。僕も彼らの巧みな技をロシアのサーカスで見たことがあってね、ポッケモンには注目していたんだ。今では彼らとは友達だから、僕が直接話せば情報を提供してくれるかもしれないよ、ハッハッハ』
『…は、はぁ。で、では続いて県内のニュースをお伝えします』
ーーーーーー
ポチっとテレビの電源を消す。
ついにポッケモンと調教師の存在が公になったか(笑)
ニュースの途中でスタッフが焦った様子で乱入してきて、おっさん宛てに特別ポケモン対策室の藍原氏から情報提供を求める電話が掛かってきたとかで、おっさんが鼻水出して脂汗まみれになっててワロタ。
何やかんやと終始取り繕うおっさんに向けられた門馬アナの蔑むような絶対零度の視線がたまりませんでした。
これがあるからこの番組は辞められない。
昨日、九重さんとのバトルを終えた後、
九重さんも最初の刺々しい感じは若干薄れ、滞在の間、何かと身の回りの世話を指示してくれていた。その見返りなのかは分からないが、「私が知らない(ポケモンの)ことをたくさん教えて」と熱心に迫られた。そんな様子を黒服さんたちからは何故か生温かい目で見守られ、ナカイさんたちの中にはホロリと涙を流している人も居た。解せぬ。
取り敢えず、庭の池で未だに麻痺していたコイキングを使って、ポケモンの捕まえ方を身振り手振りでレクチャーしたら、それはもうあっさりと捕まえていた。
ギャラドス使い爆誕フラグですね、分かります。
帰りも黒塗りの高級外車に乗せられ、黒服さんの運転で家路に就いたのだが、往路とは違って黒服さんたちはすごくフレンドリーだった。こんな時期に秋羽の山で盛大な花火が何百発と打ち上げられていたのは気のせいだろう。
ようやく家に帰ってきて、すぐにでもベッドインしたかったのだが、この状況で連絡もなしに一日家を留守にしていたことで心結が激おこ。
とりあえず別れ際にナカイさんたちから渡された半端じゃない量のお土産の中から、秋羽の名物らしいおはぎを献上し、用意してくれていた朝ご飯をしっかり平らげたことで、ようやく溜飲を下げてくれた。秋羽ですでに晩御飯を頂いていたため、腹はすでに【
部屋に戻り、とりあえずスマホでTSSを開く。「ポケモンセンター」を確認すれば、ゾロアもウデッポウも回復済みだったので回収。ポケモンセンターから一日一回手持ち分の数だけ配られるポケモンフードをゾロアとウデッポウに与えた。これがすごく便利で、リアルに転送し質量化することも出来るし、モンスターボール内に直接転送することも可能だ。
ゾロアは勝手にボールから出てきたので質量化して与え、ウデッポウにはモンスターボール内に直接送っておいた。
俺もゾロアも朝からハッスル(死語)していた為、即ベッドで爆睡。一度も目を覚ますことなく、翌朝心結が起こしに来るまで一度も目を覚まさなかった。
今日も学校は臨時休校だ。
これ後でガッツリ補習とかないよね?よね?
午前中、心結に外出する旨をしっかりと伝え、散歩に出掛けた。
すると、外をうろつく人の数が増えていることに気が付く。道路を走る車も心なしか増えた気がする。
どうやら食糧や日用品が不足してしまった為に、やむなく買い出しに出てきたようだ。
外出制限涙目www
まだ野生のポケモン対策が施されていない以上、正式に外出制限が解かれるのはまだ先だろう。だがそろそろ国民の生活にも支障が出始めているということに他ならない。警察官たちもそう言った事情を鑑みて、多少は目を瞑っているようだ。
商魂逞しいコンビニやスーパーなんかはすでに営業を再開している。品揃えはまだ完全ではないものの、生活必需品の物流に関しては政府から許可が下りた。道路を走る車が増えたのは、そういった理由もあるのかもしれない。
ーーーそしてもう一つ、大きな変化が。
「はっはー!いけぇ、ケンタロス!マメパトに【
『ケンタロォ!』
ケンタロスがその逞しい角で勢いよくマメパトを貫く。一撃でマメパトは地に沈む。
「うっは、かーくんマジやべー!ヤナップお前もだ、コラッタに【
『ヤナッポーゥ』
命じられたヤナップが細長い蔓を身体から伸ばし、ムチのようにしならせコラッタを打ち付ける。
「ナゾノクサくそ雑魚いwwwオニスズメ【
『オニチュン!』
オニスズメがナゾノクサに飛び掛かり、その小さなくちばしで乱れ突く。
明らかにうぇーいな感じの三人組が野生のポケモンとバトルをしていた。
そう、街中で他のトレーナーを見掛けるようになったことだ。特に彼らは人目を憚ることなく野生のポケモンとバトルをしているから、それはもう注目を浴びていた。
そりゃあそうだ、世界中がこんな状況じゃあポケモンと戦えるトレーナーの存在は、良い意味でも悪い意味でも目立つ。
俺には真似出来ないな。一生コソコソと日陰で生きていきたいからね。
予想通り、人だかりの後ろで警察官がどこかに報告している。俺は巻き込まれないようにそっとその場を立ち去った。彼らの今後の活躍に期待(合掌)
それからしばらく近所を散策し、スーパーで軽く日用品を買い足し、午前中の散歩を終えた。
昼は家で心結お手製の
家でお手製の酸辣湯麺が出てくるって凄くない?
鶏ガラベースのスープに酢の爽やかな酸味が鼻を抜け、胡椒と唐辛子の辛味がピリリと舌を刺激する。具材は豚肉、卵、豆腐、タケノコ、椎茸、木耳、ネギ、ニラとそれはもう具沢山で本格的。シャキシャキとした食材たちが、食感でも味覚を楽しませてくれる。とにかく心結の食への拘りが凄い。
しかも食後のお茶は台湾茶、
台湾茶で安らぎの一時を過ごしつつテレビニュースを流し見しており、そこで冒頭の竹原官房長官の会見に戻る、というわけだ。
以上、昨日から今日の午前中までの回想終わり。
ついにポケモンとポケモントレーナーの存在が公になった。実は昨日、九重さんからある程度の事情を聞かされていたので驚きはしなかったが、これは俺にとって悲報に他ならない。
政府はポケモントレーナーの確保に躍起になっている。そしてそれはすでに日本という国だけではなく、世界中の国家、表裏のありとあらゆる組織、団体、機関がすでに水面下では動き出しているらしい。
そして『そこには大いなる悪意も含まれている、あなたも気を付けて』と締め括られた。九重さんマジ何者?
はぁ、人目につかなくて、ポケモンがいっぱい居そうな所ってないかなー。んで、あわよくばゲットしたい。
大っぴらに行動するのを避けていればある程度は大丈夫だろうが、意図せず犯罪に巻き込まれることだってありえる。そんな時に、手持ちがゾロアとウデッポウの二体だけでは少し心許ないからな。自衛手段は多いに越したことはない。
そして何より、もっと色んなポケモンに出会いたいんだ!インドア派の俺がこんなに外に出たくてウズウズするなんて驚きだ。
…ん、待てよ?
昼間は人目が多くてイヤでも目立つだろうけど…、夜なら大丈夫じゃないか?
そんな閃きが俺の脳裏にティコリンッ♪と電球を灯す。
それに恐らく、陽が落ちてから活動的になるポケモンなんかもいるはずだ。
…よし、早速今晩『俺氏、深夜の
◇◇◇
千代市泰白区
千代市において目まぐるしく変容を続ける街。
かつては旧国鉄の貨物ヤードや工場が立ち並ぶ地域であったが、1980年代に操車場機能の縮小が決定、永町副都心構想が持ち上がる。
やがて、その構想が千代市総合計画に盛り込まれ、都市計画としての区画整理事業が行われていくことになる。
以来、国道4号を中心に道路が敷かれ、住宅街が造成。次々と商業施設や公共施設が造られ、今の永町へと繋がり、今なお「あすと永町」を中心に進化を続けている。未来への想いが紡ぎだす、
…こんばんは(顔の下から懐中電灯ペカー)
只今時刻は深夜1時を回っており、街はたいそう静まり返っております、どうも僕です。
ついうっかり昼寝したらこんな遅い時間になっちゃった。いやいや、俺もここまで深い時間にするつもりはなかったんだよ?おかげでまた心結には何も言えなかった(絶望)
とりあえず妹とのお約束的な意味で非常に重くなってしまった気を取り直し、深夜の千代を徘徊する。ちなみにこれ、妹とのお約束条項違反以前に、宮城県青少年健全育成条例違反だから、よゐこは真似しちゃダメだぞ?お兄さんとの約束だ!
予想通りと言うべきか、昼間見掛けなかったポケモンが夜の町にはちらほら。コラッタやマダツボミなんかもいるが、ホーホー、ヤミカラス、ズバットなんかはまさにそれ。しかもちょっと狂暴な印象。
知れて良かった。夜の街は危険だ(意味深)
しばらく人気に注意し、キョロキョロしながら辺りを散策する。我ながら完全に不審者だ。
『ーーッ!』
!?
何だ、どこかから、女性の悲鳴らしき声が…。
こっちか?
声が聞こえてきたと思しき方へと急ぐ。
向かったのは、永町駅前ロータリー。
普段なら、千代市内を巡る市営バスなどが出入りしているその場所だが、今はもちろんその姿はなく、数少ない街灯が辺りを薄らと照らす。
「やっ、来ないで…」
そこにいたのは、何らかの恐怖に怯え、後退りするスウェット姿の少女の姿。
少女の視線の先、暗闇の中には対になった鈍い光がいくつも揺れている。やがて暗闇の中からゆっくりと姿を現したのは、やはりポケモン。
しかも、
『『『『『グルルルゥ……』』』』』
その、群れだ。
◆◆◆
こんな夜中に外に駆け出していってしまったいーちゃんを追って、私も思わず家から飛び出した。
外に出たのは何ヵ月ぶりだろう。
走って追い掛けようとしたけれど、運動不足が祟ってうまく足を動かせなかった。
自分のぎこちない走りと、少し走っただけで息が上がってしまう我が身の不甲斐なさに、思わず苦笑してしまう。
たった二、三日程度の付き合いかもしれない。それでも私は、確かに心が救われた。 ひとりぼっちの狭い世界に現れた心の拠り所を失いたくない。その一心で、一生懸命足を動かした。
すでに息も絶え絶えだけど、今はこんな時間だから外も涼しく、どうにか走り続けることが出来た。きっと陽の光が出ていたら、もうすでにバテてしまっていただろう。
改めて目に映った数ヶ月ぶりの街並みは、驚くほどに変わっていた。
私が知らない大きな道路、見たことのないお店、建造中の大型マンション。
逆に消えてしまった幼い日々の思い出。走り回った小路、おじいちゃんとおばあちゃんに連れて行って貰った近所の小さな公園、古い駄菓子屋さん。
一年前に千代に帰ってきた時にもこの風景は目にしていたはずだけど、何も覚えていない。
本当に、ただ目にしていただけ。
それくらい、私は疲れていた。精神が、擦り切れてしまっていた。
それでも世界は私を置き去りにして歩を進めている。
…ううん、違う。
私が足を、止めてしまったんだ。
思わず、足を止めて立ち尽くす。
いーちゃんの姿も、もう見えない。
このまま、独りで生きていくくらいならーーー。
「キャッ!?」
突然何かに背中を突き飛ばされ、受け身もろくに取れずにアスファルトの上を転がる。
…………ッ!
嫌な予感が全身を駆け巡る。脳が警鐘を鳴らし、心臓が早鐘を打つ。
ーーーまた、なの?
今まで何度も同じような経験をしてきた。それこそ、それが原因で何度も傷を負った。
今だって恐らく擦りむいたのだろう、腕、掌、膝がじんじんと痛むが、痛みには慣れている。
でも、たとえ痛みには慣れても、この身体が、心が、覚えている。
それらが呼び覚ます、
錆び付いた鎖が地中から生え出し、自分の肢体を這い回り、肌に食い込む程力強く、身体と心を縛り付ける。そんな様を、幻視してしまう。
ーーー身体はもう、地に縛られたように動かない。
「やっ、来ないで…」
口から漏れでた言葉は、拒絶。
恐怖への拒絶。
視線の先には何かがいる。それが何かは、見えているけど分からない。ただ恐怖がいる。恐怖しか見えない。恐怖しか聞こえない。
『『『『『グルルルゥ……』』』』』
自分と恐怖だけの、狭い世界。
恐怖が唸る。恐怖が牙を剥く、恐怖が爪を研ぐ、恐怖が踏み出す恐怖が地を蹴る恐怖が飛び出す恐怖が腕を振りかぶる恐怖が口を開く恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖が恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガ恐怖ガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガキョウフガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、
フキトブ。
吹き飛ぶ。
吹き、飛ばされた?
恐怖が、吹き飛ばされた。
黒い犬の様な生き物たちが、吹き飛ばされた。
ーーーーーー狭い世界が、切り裂かれた。
すぐ目の前に、誰かがいる。
「だ、誰…?」
少し顔を上げれば、誰かの背中が目に入る。その人がちらっと振り返る。真っ黒いパーカーのフードを目深にかぶっていて、あまり顔は見えない。
ぽんっ、と何かが頭に置かれる。
一瞬何が起きたのか分からない。
でも、何だろう、暖かい。すごくすごく、暖かい。
それに触れたくて、もっと触れていたくて、手をゆっくりと上げる。
「あっ…」
あと少しで触れそうな所で、それが頭から離れていく。
離れていったのは、その人の、手。
優しい手、温かい手。
その手に、過ぎ去りし日の家族の温もりを感じた。
自然と、
涙が頬を伝った。
その人は再び前に向き直り、少し前に歩み出る。視界が広がり、ようやく状況を認識する。
「…黒い、狐?」
黒い子狐が、まるで私たちを守るように、たった一体で狼たちに立ち向かっている。
この人は、もしかしてーーーーーー
『ノブレス・オブリージュ、マスターが
ーーーーーー私と、
同じ?
◆◆◆
事案発生。
野生のデルビルの群れに怯えた顔して固まっていた女の子に、幼い頃の心結が重なって見え、ついパッシブお兄ちゃんスキルが発動。気付いたときには見ず知らずの女の子の頭をポンポンと撫でてしまっていた。
ハッと我に返って手を退いたけど、セクハラに恐怖したのか、泣かれてしまった。そりゃそうだ、こんな表情筋が死んだ男に急に頭触られたりしたら、あまりの恐怖に泣きたくもなるよね!
お願いだから通報はやめて下さい!家には僕の帰りを待つ家族(主に妹)がいるんですッ!
くそっ、ダメだ、ずっとここにいたら通報待ったなしだ。デルビルの群れを片付けたらさっさと逃げよう、そうしよう。デルビル絶許。
ゾロア、そいつらを蹴散らしておやりなさい!
雲の隙間から見えた月明かりが辺りを照らす。
あまりに一瞬で吹き飛ばされたデルビルたちは、状況が理解出来ていないのか、どれも狼狽えている。地を蹴り、デルビルたちの間隙を縫うように駆け抜けるゾロア。距離を詰めて爪での一撃を与え、反撃を待つより早く即離脱。すぐさま別の個体を捉えて引っ掻き、また離脱。その繰り返しでデルビルたちを翻弄する。まさに【
忽ちの内に四体のデルビルが地に沈む。
ラスト、一体。
デルビル、ダークポケモン。
仲間だけが分かるその鳴き声でお互いの位置を確かめながら、獲物を追い詰める。夜明けごろ、辺り一帯に響き渡る不気味な遠吠えは、彼がその縄張りをアピールしているのだとか。
『ウオォォォンッ!』
ゾロアのみだれひっかきをかろうじて躱し、反撃の狼煙を上げる最後のデルビル。負け犬の【
だが仲間たちを一瞬でやられてなお、負けじと立ち向かうその意気や良し。
デルビルがゾロアに飛び掛かり文字通り牙を剥く。身を捩って躱そうとするも避けきれず、デルビルの【
『…ッ、ゾロッ!』
底上げされた力が牙をより強く食い込ませる。
ゾロアも負けじと腕を振るい【
ゾロア、一旦離れて距離を取るんだ!
ゾロアが足早に後退する。その足取りもまだ問題ない、大丈夫そうだ。
『ゥウォォォォォォンッ!!』
さらに【
ゾロア、目一杯引き付けてその攻撃を見極めるんだ!
四肢を踏み抜き、再びゾロア目掛けて飛び掛かってくる。牙か、爪か。どっちだ?
『デルビルゥァアッ!!』
デルビルが前肢を引き絞り、振るう。爪か!
『ゾロッ!』
ゾロアがデルビルの渾身の一撃を限界まで引き付け、一瞬で横に飛び退く。ゾロアの【
『ズガァァッ!!』
…………は?
ゾロアが居た場所が、砕けた!?アスファルトだぞ!?
そこまで力が上がっているのか?いやいやいや、たかが二回の【
ーーーッ!そうか!
そんな技があったか!
だったら、ゾロアッ!!
『ゾロッ!!』
ゾロアが前肢を引き絞り、振るう。
まるで一瞬前のデルビルの動きそのもの。
それはデルビルの模倣、物真似。
【イリュージョン】の特性を持つゾロアにはお似合いの技。
【
『ッゴ!!』
重く鈍い衝撃音。軋み砕ける破砕音。
デルビルが物凄い勢いで吹き飛び、暗闇の遥か彼方へと消え去った。
デルビルが繰り出したのは、アスファルトをも砕く「かくとう」タイプの技。「あく」タイプのデルビルには効果抜群。
【
野生のデルビルがそんな技を使うとは思わなかったけど、
逆に【
ゾロアがしっぽをふりながら戻ってくる。思いっきり噛み付かれてたけど、意外と大丈夫そうだね。これもタイプ相性で軽減されたおかげかな。お疲れゾロア、なでなでわしゃわしゃー。
「…あの」
ビクゥッ!
背中から声を掛けられる。当然さっきの女の子だろう。すぐ逃げるつもりだったのにすっかり忘れてた。冷や汗がダラダラと流れる。このままでは通報ルートでバッドエンドだ。振り返らない、振り返れない。
「…?あ、あのっ」
なおも食い下がってくる声が。ぐぬぬ、無視だ無視、認めたら負けだ。隙を見計らってこの場を脱出せねば。
…って、ん?小さなポケモンがちょこちょこと駆け寄ってくる。まさかデルビル…?じゃないな。あれは。
「いーちゃん!」
女の子がポケモンに駆け寄る。
「…よかった、無事だったんだね」
そっか、この子もトレーナーだったのか。
パートナーが迷子か何かだったのかな?心底安堵した表情を浮かべ、パートナーを抱き締める女の子。ふむ、良い雰囲気、これは大団円だな!痴漢なんてなかったんや!
では拙者はこれにて!三十六計逃げるに如かず、ってね!
行くぞ、ゾロア!
◆◆◆
「…よかった、無事だったんだね」
思わず駆け寄っていーちゃんを抱き締めた。もう会えないかと思った…。
『ブイブィ?』
いーちゃんも顔を擦り付けてくる。いーちゃんも私のこと心配してくれてたのかな?
私は大丈夫だよ、ううん、もうダメかと思ったけど…うん、今は大丈夫。トレーナーさんが助けてくれたから。独りの世界から、救いだしてくれたから。
いーちゃんを抱き締めたまま立ち上がり、振り返る。
「…え」
そこにはもう誰の姿もなかった。
辺りを見回す。でも、やっぱりもうあの人の姿はない。
「そんな…まだお礼も言えてないのに」
もう、会えないのかな…。
『ブイッ』
いーちゃんが腕の中から抜け出して私の顔を見上げる。その瞳は、何かを私に伝えようとしている。
…うん、うん、そうだね。
私が勇気を出せば…。
私が勇気を出して外に出れば、いつかきっとまた会って、今度こそお礼が言えるよね。
もしかして…いーちゃんが飛び出していったのって、私を外に連れ出すため?
あの人に、出逢わせるため?
『ブィ?』
不思議そうに小首を傾げるいーちゃん。
「ううん、ありがとう、いーちゃん」
すごく、強かった。
トレーナーさんも、そのパートナーの子狐さんも。
トレーナーとして、あの人のとなりに並び立てるくらい、心も体も強くなれれば、きっとまた会える、そんな気がする。
優しくて、温かい手だったな。
そっと頭に手をのせる。
触れた所がまだ、仄かな温かさを残している気がした。
いつもよりも、胸の鼓動が少しだけ早い。
『ブイ!』
うん、帰ろう。私たちのお家に。
明日から、少しずつ強くなろうね、いーちゃん。