「ふわぁ…すごい綺麗…」
おい、お口がだらしなく開いてるぞ。
「ふふっ…私も初めてここに来たときは、あまりの美しさに今の心結ちゃんと同じように茫然としてしまったわ」
少し先を黒瀧さんと共に歩いていた九重さんが振り返り、蕩けるような顔で立ち尽くしている心結を見てくすりと笑う。
口を開けながら立ち尽くしていた心結は、自分がだらしない顔をしていたことに気が付き、恥ずかしそうに顔を赤らめながらその表情を戻す。
まぁ、気持ちは分かるけどな。確かにこの天然の造形は美しいの一言に尽きる。どこかから響く湧き水の音がまた、より一層不思議な気持ちにさせる。
「ねね、お兄ちゃんお兄ちゃん、やっぱり架純さん大人の雰囲気がやばいね。本当にお兄ちゃんと同い年なの?」
たたっと軽く小走りで追い付いてきた心結が小声でそんなことを
「学校も違うんでしょ?それなのにあんな綺麗な女性が、引きこもりダメ人間のお兄ちゃんの知り合いだなんて、未だに信じられないよ」
ぐっ、いつも以上に毒づくな…。もしかしてまだ怒ってるのか。
そんなこと言われても、俺だって九重さんのことは詳しく知らん。おととい(誘拐犯とその被害者として)知り合ったばっかりだし、何ならほとんど会話してないまである。
「あぁ、あんなに綺麗で大人な女性がお義姉ちゃんになってくれたらなー」
にひひ、と芝居がかった笑いを口にし、肘で小突いてくる。え、何お前、九重さん家の養子にでもなりたいの?確かに、あの豪邸を所有するようなお金持ちの家の養子になりたいという気持ちは良く分かる。ならば妹の願いを叶えるのが兄の甲斐性というものなのだが…そればっかりはダメだ。だって一家の要である心結が家から居なくなったら、下手すりゃ一家離散だ。何より俺が生きていけない。
「コホン、んんっ、そのお話はまた後にしましょう。出てきたわよ」
何故か九重さんもどこか芝居がかった咳払いをし、こちらに言葉を投げ掛ける。あんな小さな声での会話が聞こえていたというの!?何て地獄耳…、恐ろしい娘ッ!
てか待て、そのお話はまた後でとはどういうことだ?まさか九重家としても可愛い心結を養子として迎えるのは満更でもないということじゃあるまいな?もしそうなら、こちらは戦争も辞さない覚悟だぞ?
九重家への警戒レベルが一段階上がった(システムメッセージ)
『『『『『キキィーーーッ!』』』』』
天井からズバットの群れがバッサバッサと舞い降りてきた。ここは天然の洞窟だ、街中と比べて野生のポケモンたちの気性も荒い。
「行きなさい、ラルトス」
『ラルッ!』
九重さんがベルトからモンスターボールを一つ外し、パートナーであるラルトスを解き放つ。赤い粒子と共に元気良く姿を現したラルトス。一昨日見た顔はかなり強張っていたが、今はどこかやる気に満ちているように見える。トレーナーとパートナーとして、絆が結ばれたのかもしれない。
じゃあうちのパートナーも、モンスターボールをポイー。ゾロアさーん、ズバットを蹴散らす簡単なお仕事ですよー!
『ウデッポゥ(イケボ)』
モンスターボールから射出された赤い粒子の奔流が、一瞬でウデッポウを形作る。
あれ、間違えた?
あぁ、ゾロアのイリュージョンか。え?なになに、自分ゾロアじゃないっす、今は孤高の狙撃手っす?何言ってんすかゾロアさん。
「出たわね、
『ラルルゥ!』
ラルトスがスバットの群れに手を掲げると、ズバットたちが滞空している空間が歪み、『キィッ!?』という鳴き声と共にズバットが一体吹き飛ばされる。こうかはばつぐんだ!
えぇい、可愛い妹を付け狙う九重家の小娘になぞ負けていられるか!ゾロッポウ(命名)、【
『ゾ…ケホケホッ、ウデポォ(イケボ)』
おいおい、鳴き声間違えるとかプロ意識が低いぞゾロッポウ。
慌ててゾロッポウが黒い波動を解き放つ。解き放たれた黒の衝動がズバットを襲い、ラルトスに吹き飛ばされた一体に加えて、さらにもう一体が吹き飛んでいく。
さあて、心結もいることだし、ずばっとズバット片付けますか(座布団一枚)
え、そんなことよりお前ら今どういう状況なのって?
いやいや、こっちが聞きたいわ。
◇◇◇
岩手県
その全長や深さ、複数の地底湖などは未だ調査しきれておらず、その全貌はまだまだ未知に包まれており、まさに神秘の洞窟と呼ぶに相応しい。
龍仙洞の水は世界でも有数の透明度を誇り、その地底湖の水は「龍仙洞地底湖の水」として名水百選の一つにも選ばれている。
さらに洞窟内には五種類のコウモリが確認されており、「巌泉湧窟及びコウモリ」の名義で洞窟と共に国の天然記念物に指定されているんだとか。
だが世界が変化した今となっては、そのコウモリたちの姿はほとんど見えず、龍仙洞もはや野生のポケモンたちが跳梁跋扈する天然ダンジョンと化しており、今は立ち入り禁止とされているようだ。
なら何故そんな所に堂々と入れるのかと言えば、それこそ東北地方で名を馳せる(らしい)九重家の力なのだろう。てかこのズバット、天然記念物だから危害を加えちゃ駄目とか言わないよね…?
昨晩、デルビルの群れを追い払った後、テンションが高くなっていた俺とゾロアはそのまま、「第一回チキチキ朝まで耐久群れバトル!!」を敢行。野生のポケモンの群れを見つけては飛び込み、ゾロア、ウデッポウ共々ヒャッハーし、時代はまさに世紀末、辺りは引くほど地獄絵図。
終盤は見つけた野生のポケモンたちが焦って群れを解散させていた為、中々群れバトルが出来なかった。街の暴走族を解散させて回った気分だ。
そんなこんなで、気付けば辺りは明るくなっており、マメパトがその鳴き声で朝の訪れを告げていた。
群れも見かけなくなった為、朝帰り。
バレないようにそろ~っと玄関のドアを開けたら、心結が無表情で仁王立ちしててついチビりそうになった。その後のことは、何故か思い出そうとすると頭痛が痛い(誤用)ので省略する。一体何があったのだろうか。
そのまま罰として朝ご飯抜きを命じられ、空腹のままベッドイン、目覚めたらすでに正午過ぎだった。
心結はまだお怒りで、昼ご飯も作ってはくれない様子。涙ながらにカップ麺を食し、とりあえずは空腹を満たす。
食後にスマホでTSSをいじっていたら、九重さんから個人チャットが送られきていたことに気が付いた。そういえばトレーナーIDを交換したな、と思い出し何件かやり取りをした。
ふと、「どこか人目につかない天然のダンジョン的な所とかないかな?」という相談をしたら、10分後には黒瀧さんが我が家に来訪。
何か御用ですかとか、何で家を知ってるのとか色んな疑問があったけど、そんな疑問を挟む余地も隙もなく、人生二度目の拉致被害。
そんな様子を後ろで見ていた心結も何故か自ら進んで拉致されるという謎展開。
そのまま流れるように連れ出され、家の前には一昨日ぶりの黒塗り高級外車が止められていた。後部座席には九重さんが鎮座しており、目が合うなり「ごきげんよう」とか言われた。ごきげんようって挨拶なの?
心結はワケガワカラナイと言った感じで固まっていたが、九重さんに優しく促され、心結は九重さんの隣りに、俺は助手席に乗り込んだ。
そのまま車は行き先も告げられずに発進。何なのこの人たち、そんなにサプライズ誘拐が好きなの?
最初の数分こそ緊張した様子の心結だったが、ものの数分後には、頼れる優しいお姉様オーラを出す九重さん主導による女子トーーークが繰り広げられていた。どちらかと言えば外のポケモンたちの生態に興味があった俺は夢中でずっと外を眺めていた為、そのトークをほとんど聞いていなかったが、「架純さんすごく綺麗ですね」とか「心結ちゃんこそ可愛くて妹に欲しいわ」なんて会話がなされていた気がする。その時には何とも思わなかったが、そうかその時にはすでに九重家による心結養子縁組計画が持ち上がっていたのか、ぐぬぬ、油断した。
あぁそういえば、黒瀧さんとはちょっと話をした。黒瀧さんもこう見えて苦労人の様で、やはり金持ちのお嬢様に振り回されるのも大変なんだな、と少し同情した。お嬢様をよろしくお願いします、の一言で、後ろの心結が何やらキャーキャー言っていた。こら心結、人様の車の中で騒ぐのはやめなさい、全くお行儀の悪い。
そんなこんなで約4時間ドライブし、連れて来られたのがここ、岩手県巌泉、龍仙洞、という訳だ。
いや、どういう訳だ(困惑)
確かに、天然のダンジョンがないかな、とチャットで聞いてみたけど、急過ぎやしませんかね?お嬢様の行動力マジパネェ。
「喜んでもらえたかしら?」と九重さんに上目遣いで言われたら、そりゃもう何も言えず、そのまま成り行きで龍仙洞探索を開始したのだった。
◇◇◇
回想の間にズバットの群れを軽くあしらい、九重さんがさらに先へと誘導する。
「車の中で架純さんには聞いたんだけど…お兄ちゃん、本当にポケモントレーナーだったんだ?」
ズバットとの戦いを終えた俺とゾロッポウの姿を見詰めてくる心結の表情はどこか晴れない。そういえば心結はゾロアのことは見ていたけど、犬っころだと思っていたんだったな。ましてや今はウデッポウの姿だし。
「別に、いいんだけどさ…」と、俺からやや距離をおいて歩く。言葉とは裏腹に、やはりどこか複雑そうな声音だ。
内緒にしていたのは心結に余計な心配をかけたくなかったからだが、思わぬところで暴露するハメになった。
「ごめんなさい、やはり内緒にしていたのね。余計なことを言ってしまったわ」
九重さんが俺に合わせるように歩調を緩めて隣りに来ると、小声で謝罪の言葉を告げる。
俺はそれに、別に構わないと首を軽く横に振る。ズバットが群れて現れた時点でゾロアを繰り出したのはあくまでも俺の意思だ。黙っていても、遅かれ早かれバレていただろう。だったら、秘密よりも妹を守ることを優先するさ。
奥へと進む道中でも、イシツブテやワンリキー、ココロモリ何かが飛び出してくるが、九重さんのラルトスと俺のゾロッポウで
その間も心結は黙り込んだまま、何を思い、何を考えているのか。俺と九重さんがポケモンたちと戦う様を、ただひたすらじっと見詰めているだけだった。
◇◇◇
「着いたわ、ここよ」
九重さんが立ち止まったのは、突然姿を現したかのようにぽっかりと開けられた暗闇の穴。どうやら主通路から逸れるような形で続いている脇道、その入り口のようだ。そこは、バリケードと鉄扉で厳重に封鎖されている。まるで何か不都合な物が封印されているかのような物々しさだ。
「黒瀧」
「はい、只今」
九重さんの指示で、黒瀧さんが鉄扉に掛けられている複数の大きな錠前を一つ、また一つと外していく。
「この穴の遥か先には、壁の崩落によって最近になって見つかった新たな洞窟があって、それを九重の分家が買い取ったの。私有地だから、好きなだけ暴れていいわ」
その言葉に、黒瀧さんが一瞬だけ口端をひくりとさせる。苦労人乙。
そう言って九重さんが、壁にある小さなスイッチを入れる。すると、真っ暗闇だった穴にLED照明が点される。
「通称、『
龍の鱗によって削られたような幾重にも重なった断層が遥か奥まで続く美しい光景。だがそれは、何人の侵入をも拒むような、荘厳で畏れ多い雰囲気を醸し出している。
「かつてこの洞窟で修行をしていた
龍が通ったと言われれば、納得してしまうような断層の狭間。冷々とした空気が通り抜ける。その冷たい空気にのせて、奥から微かに何かの音が響いてくる。恐らくは、この奥にもポケモンがいるのだろう。
何かに誘われるように、自然と足が奥へ奥へと進む。何かが、呼んでいる?
心結もしばしの逡巡の後、意を決して通路へと足を踏み入れようとしたが、それを九重さんが制する。
「奥の洞窟は一切整備されていないから危険よ。私たちはここで待っていましょう」
「え?でも、危ないんだったら余計に…」
「あなたに何か出来るの?」
「……」
九重さんの言葉に、俯き黙りこむ心結。
正直言って有難い。この先が手付かずの天然洞窟なのだとしたら、恐らくこの先に出る野生のポケモンたちは、格段に強く、凶暴だろうことは想像がつく。ここに至るまでの通路はある程度観光用に整備されていたから、街にいるポケモンたちとそう変わらない気性だったのだろう。
そこにポケモンという頼れるパートナーがいない心結が飛び込むのはやはり危険だ、俺がついていても絶対に守りきれるとは言い切れない。だがここならまだ比較的穏やかだし、九重さんも黒瀧さんも一緒に居てくれるなら、一先ず安心だ。
「あなたなら大丈夫だろうけど、気を付けて」
その声に振り返る。九重さんもこの先のポケモンの脅威を感じ取っているのだろう、心配してくれているようだ。心結をお願いします。九重さんの言葉に軽く首肯し、踵を返して再び通路の奥へと独り歩を進める。
ちらっと視界に入った心結はやはり俯いたままで、その姿はいつも以上に小さく見えた。
◆◆◆
「あなたなら大丈夫だろうけど、気を付けて」
そう声を掛けると彼はその歩みを止め、こちらを振り返り、軽く首を縦に振った。
そのまましっかりとした足取りで奥へ奥へと足を踏み入れ、やがてその姿は見えなくなった。
この先の洞窟は未整備とは言え、分家の人間が調査の為に何度か入っているから、彼が無茶な探索さえしなければ、環境的には危険はないはず。
今本当に危険なのは、そこに現れるようになったポケモンに他ならない。
人間が頻繁に行き交うような場所に現れる野生のポケモンたちは比較的気性が穏やかで、パートナーのポケモンがいれば十分に相手取ることが出来る。でも人が普段足を踏み入れないような自然環境には、気性の荒い危険な野生のポケモンが現れることはすでに調査で明らかになっている。この龍仙洞が封鎖されているのもそれが原因だ。ここは観光用に整備されているとはいえ、まだ手付かずの場所が多く残されている。そこから凶暴なポケモンが流れてくることだってあり得るだろう。
悔しいけれど、この先のポケモンたちを相手取るには、私はまだまだ力不足。彼が安心して戦いに行けるように、ここで心結ちゃんを守ることが今の私に出来ることだろう。
一方心結ちゃんは、未だ黙って俯いており、その表情は窺い知れない。
時は少し遡り、午前中のことーーー。
せっかくトレーナーIDを交換したというのに、全く連絡をくれない彼に痺れを切らし、淑女としてはマナーに欠ける行為だと自覚しながらも、つい自ら個人チャットを送ってしまった。
同年代の異性に自ら連絡を取ったことなどない私は、その返事を落ち着いて待っていられず、つい意味もなくそわそわと中庭を歩き回ってしまい、黒瀧やナカイたち、果てはラルトスにまで生温かい目で見られてしまった。あ、あなたたち、ちゃんと仕事をしなさい!
午後になっても返事がなかったから、彼の身に何かあったのかと不安になってきて、気が付いたら黒瀧の運転で彼のご実家に向かっていた。
その道中で彼からようやく返事が来てひと安心、どうやら一晩中野生のポケモンの群れを相手取っていたらしく、午前中はずっと眠りこけていたみたい。
身近な野生のポケモンを相手に自らを鍛え、高みを目指しているのね…下学上達、さすがだわ。
何なら私を誘ってくれれば良かったのに、とちらっと考えた所で、バックミラー越しに黒瀧にジロッと睨まれた。な、何よ、冗談に決まってるじゃない、というかあなたエスパーなの?エスパーはラルトスだけで十分よ。
すると、彼から「人目につかない場所に二人きりで行きたい」なんていう過激なお誘いのチャットが届いた。文面はちょっと違ったかもしれないけれど、概ねそんな意味合いだったわ。
すぐに黒瀧経由で黒服たちにリサーチをさせたのが、初心な恋人たちのデートスポット。どうせなら少しの時間でも悠久の時を感じるような、すごく神秘的で素敵な場所いいわ、という注文を加え、黒服たちから挙げられた候補の中で目に留まったのが、岩手の龍仙洞だった、という訳だ。龍仙洞なら一度分家の案内で行ったこともあるし、その雰囲気はまさにデートスポットには相応しい、と行き先を決定した。
妹の心結ちゃんも同行することになったのは想定外だったけれど、これはいい機会だ、仲良くなって彼の話を聞き出そう。資料で見たよりも本当に可愛らしい子で、もし将来私が彼の伴侶になったら、こんなに可愛い義妹が出来るのか、と想像してつい声に出してしまっていた。
彼は助手席から外をずっと眺めており、どうやら聞こえていなかったようで、ほっとしたような、少し残念なような。しかし黒瀧には聞こえていたのか、急に「お嬢様をよろしくお願いします」なんてことを彼に言い出すものだから、茹で上がってしまったのかと思うくらい顔が熱くなるのを感じた。
黒瀧、夏の賞与を期待しているといいわ。
それから心結ちゃんと色々な話をしたけれど、どうやら彼は心結ちゃんに自分がポケモントレーナーだということを明かしていなかったようで、つい彼との馴れ初めを話したことで、彼が隠していることを明るみに出してしまった。
最初は半信半疑だった心結ちゃんだったけれど、私と彼がズバットの群れを撃退したことで、ようやく彼がポケモントレーナーなのだという事実を認めたようだ。
それから何度か現れた野生のポケモンたちを撃退したけれど、目に見えて彼女の雰囲気は暗くなってしまった。
彼女が今何を思い、何を考えているのか、私には手に取るように分かる。
だからこそ私はあえて彼女に問い掛け、事実を突き付けた。
「あなたに何か出来るの?」
「……」
心結ちゃんは一瞬哀しそうな表情を浮かべて、そのまま俯いてしまう。冷たい言い方だなと我ながら思う。けれど、事実は事実。
今の心結ちゃんに出来ることは、何一つありはしない。ならば彼女は待てば良い。彼が為すことを、成すことを、大人しく、ただひたすらに、ただただ待てば良い。
何もしないことが、離れていてくれることが、安全な所で待っていてくれることが、彼にとっても一番の願いだろう。
でも心結ちゃんは、昔の私にどこか似ている。
だから分かる。
悔しいんでしょう?
どうして私は戦えないのだろう。
どうして私は守られるだけなのだろう。
どうして私はーーー選ばれなかったのだろう、と。
だったら立ち上がればいい。自分の意志を示せばいい。
だから聞くわ、心結ちゃん。
今の無力さ、非力さを認めたその上で、自分の思いを、心を、意志を、示しなさい。
今のあなたには、出来ることはない。
でも、これからは違う。気付いた瞬間から、人は変われる。
これからも同じ自分でいる必要などないのだから。
世界は変わった。
お兄さんも変わった。
あなたはそれを知った。
ならーーー。
「あなたはどうしたいの、心結ちゃん?」
◆◆◆
両脇を美しい白亜の断層に挟まれた『龍洞仙人の道』を進む。どうやらこの道もかつては一般公開されていたようで、探索の為の歩道が整備されている。しばらく道なりに進むと、九重さんが言っていた崩落現場と思しき場所に辿り着き、歩道もそこで途切れてしまっていた。
崩れた断層の壁が、地面に幾重にも折り重なり、偶然にも自然の螺旋階段のように形成され、足下の奈落の空洞に続いている。これ本当に大丈夫かな、一歩踏み出す度に揺れてるんですけど…。
カラッ、カラカラカラ………………ポチャン。
石片が足に当たり、螺旋階段を転げ落ち、やがて水面に落ちた音が聞こえる。怖ぇ…この下、確実に地底湖じゃん。滑り落ちたら完全に
慎重に、慎重に…自然が作り出した螺旋階段をゆっくりと降りていく。どれくらいの時間をかけただろうか、ようやくその途中小さな照明で照らし出された横穴が現れる。恐らくこれが新しく見つかった洞窟の入り口だな、奥まで照明が続いている。
横穴に足を踏み入れ、進んでいく。ここまで、不気味なほどにポケモンの姿はなく、その代わりに時折聞こえる何かの鳴き声が少しずつ大きくなっている。
人一人が何とか通れるくらいの狭い幅の横道を、暫く進んで行くと、突如として視界が大きく開ける。
ーーーーーー。
視界に飛び込んできたのはひたすらに広いに洞穴。赤や紫のLEDが照らし出すのは、悠久の時が築き上げた天然の彫刻、優雅で壮大な鍾乳石の宮殿。そしてどこまでも深く澄み渡るように青の輝きを放つ地底湖。あまりにも現実離れした美しさに、声を失う。
この自然が作り出した景勝こそが、龍洞仙人が龍となってまで求めた悟りの境地そのものなのかもしれない。
『ゥォォオオオオオオオオオォォン!!!』
ーーーーーーガッ!?
突如として響き渡った爆弾の様な咆哮が耳朶を打つ。その咆哮は洞窟全体を震わし、地面を揺らす。 あまりの大音量に咄嗟に耳を塞ぐが、それでも鼓膜がビリビリと震える。
まずいな、耳をやられた。キィーンと、甲高い耳鳴りがする。
刹那、どこかから獲物を射殺そうとするような鋭い視線を感じ、ゾワッと総身の毛が逆立つ。
ライトアップされてはいるが、ここはあまりに暗闇や死角が多い。何がどこに潜んでいるのか、それが分からない。
くっ、ウデッポウ!
『………………』
モンスターボールからウデッポウ(真)を繰り出す。俺の目と耳が頼りにならない以上、ポケモンたちの感覚が頼りになる。
闇に潜む狩人には、闇を撃ち抜く狙撃手を。
ウデッポウは、鳴き声一つあげず、繰り出されたと同時に鋏を構える。辺りを見回すでもなく、うっすらと開いた目でただ一点をじっと見据え、警戒の網を張り巡らしている。
『ーーーーーー!』
何かを感じ取ったのか、ウデッポウがカッと目を見開き、天井にある無数に空いた暗闇の穴、その一つに圧縮された【
バシュゥ!と撃ち出された水弾が暗闇の穴に吸い込まれる刹那、暗闇から何かの巨体が超速で飛び出し、再び別の穴に飛び込んだ。
速ッ!全く見えないッ!?
ウデッポウが一発、二発、三発と、暗闇の穴に向けて次々と高圧の【
好きに暴れていいとは言われたけど、自然が造り上げた天然洞窟に被害を及ぼすのはやはり心苦しい。だがここは奴のテリトリーだ、正直言って、遠慮してる場合じゃないな。
ウデッポウ!
『…………ゥデポ』
『わかった…やってみよう…』と言わんばかりに、コクリと頷くウデッポウ。
ウデッポウが、ガチャリと鋏を構え直す…今、ガチャリっつった?え、金属なの?やっぱ銃なの?
ウデッポウが、その小さな身体を尾びれから身体、身体から鋏へと、波打つように奮わせる。それに呼応するように、ウデッポウの鋏には青い粒子が徐々に集束している。
ウデッポウの特性、【メガランチャー】。
はどうと名のつく技の威力を大幅に上げ、まさにランチャーの如く放出するという、ウデッポウの代名詞。
ゲームとは違って【
ぶっ放せェッ!!【
『ゥデポァッーーー!!』
青白い粒子で輝く大きな鋏の銃口を、暗闇の一点に向けて一気に解き放つ。体内で圧縮された水が、集束した水の粒子と混ざり合い 、唸り、轟き、 大規模な波動の奔流となって天へと一直線に突き進む。
『ドガアァァァァァァァァンッ!!!!』
水の波動砲が、轟音と共に天井を突き破り、大規模な落盤を起こす。破壊された岩盤が次々と地面に崩落し、砂塵を巻き上げる。
大規模な落盤に続き、中小の石片は未だに落下し続け、ガラガラと音を立てている。
…街中でぶっぱしなくて本当に良かった。
落盤がようやく終わり、砂塵によって遮られていた視界が徐々に晴れ始める。崩落して折り重なった岩盤の上、そこに黒く鋭い影が姿を現す。
馬鹿デカイ…
巻き上がる砂煙の中から、黒い影が一歩
また一歩とゆっくりと前に進み出て、ようやくその全貌が露になる。
全体的に鋭利な印象を与える蝙蝠のようなシルエット。闇夜を思わせる黒と紫の総身。前肢には風を切るような大きな飛膜に覆われた翼と鋭利な鉤爪。闇を見通すような鋭い双眸。そして頭部には、一種のレーダー受信機を思わせるような大きな耳介。
超音波による反響定位の能力で、月明かりすらない暗闇においても獲物と地形の位置を把握し自在に飛び交い、油断している獲物に襲いかかる。耳から発する超音波は岩をも砕く。暗闇の王者、闇夜の狩人。
おんぱポケモン、オンバーン。
『ヴアァァァァァァァァァァァンッ!!!』
ドラゴンタイプ、降臨。