ドラゴンーーーーーー。
伝承や神話にて語られる伝説上の生物。
蜥蜴や蛇にも似た姿で描かれることが多く、鋭い爪や牙を生やし、炎を寄せ付けない強固な鱗に覆われた爬虫類の様な身体を持ち、口からは燃え盛る火炎や絶対零度の吹雪を吹き出すのだ。
ファンタジー作品で頻繁に取り上げられ、しばしばその題材ともなるドラゴンは、半ば神のような存在として崇められていたり、時には世界を脅かす悪の権化であったり、また人々に畏怖される共謀なモンスターだったり、乗り物や兵器として共存していたりと、様々な役割で登場する。
定番としてのドラゴンは、金銀財宝が隠された洞穴の奥でその守護者として鎮座しており、旅人や騎士がそれを退治する。ドラゴンを倒した者は『ドラゴンスレイヤー』として英雄視され、後世まで語り継がれる、というものだ。
ではポケモンの世界ではどうだっただろうか?
ドラゴンタイプのポケモンは、やはり神秘的な存在として扱われていたことが多い。他のタイプと比べ、その種類や個体数も少なく、やはり稀少なタイプと言えるし、総じてその身体能力は高い。
そして今対峙するのは、ひこう、ドラゴンタイプ。
闇夜の狩人、オンバーン。
その見た目は、ゲームなんかでよく見かける爬虫類に似たドラゴンのそれとは一線を画しており、巨大な翼を持った
今もその蝙蝠の飛膜を巧みに操り、暗がりの洞穴内を物凄い速さで自在に飛び交っている。
『ヴァァァァンッ!』
オンバーンが暗闇から飛び出し、こちらめがけて滑空、接触の瞬間にその勢いのまま翼を打ち付ける。
『ゾロッ!?』
『……チッ』
オンバーンがこちらに軌道を変えた瞬間にはすでにゾロアは地面を蹴っており、なんとかその場から飛び退いた。
ウデッポウは、己のスピードでは完全には避けられないと察したのか、身体を丸めてあえて弾かれ、その威力を殺す。
やっぱり反射神経や危機察知はこいつらの方が断然優れている。俺が見てからの指示では、あまりの速さに対応出来ない。防御や回避の判断は各自に任せよう。
てかウデッポウさん、今舌打ちしませんでしたか…?
ゾロア、ウデッポウを援護! ウデッポウはその間に体勢を整えて【
『ゾロァ!』
ゾロアは、着地したオンバーン目掛けて真横からから飛び掛かる…かと思いきや、そこで急停止。ゾロアの動きに合わせて鉤爪を振るったオンバーンだったが見事に空振り。その隙を突いて、今度こそ飛び掛かり一撃を与える。相手を撹乱しての攻撃、まさに【
空中では超速で意のままに立ち回る然しものオンバーンも、地上ではそのスピードを生かしきれない。
しかしオンバーンに与えたダメージは明らかに小さい。やはり個体の能力に差があり過ぎる。
だが【
『…ポウッ』
ウデッポウがオンバーン目掛けて【
『ッ…オン、バァンッ!』
粘着性のある泡がオンバーンの全身に纏わりつき、見るからに動きが鈍くなっている。そう、狙いはこれ。【
オンバーンの恐ろしさはその速さにある。特に空中でのそれは常軌を逸する。だがその尋常ではない速さを捉えなければ、こちらに勝ち目はない。
ゾロア、【
ゾロアが二度三度とその場でステップを踏み、スピードのギアを上げる。ウデッポウも鋏をカシンカシンと鳴らしながら舞い踊り、何やら集中力を高めている。君たちそんなんで能力を底上げ出来るってすごいね、ポケモンってホント不思議。ぜひコツを教えてほしい。
身体中に纏わりつく泡に戸惑っていたオンバーンだったが、それを完全に取り払うことは諦め、ぶわっと空中へと舞い上がる。やはり飛び難そうだ。
オンバーンが前後に大きく翼をはためかせ、風を全身に纏わせる。すると不思議な光がオンバーンを包み、両翼が光り輝く。
『ォォン、ヴァァァァン!』
溜め込んでいたエネルギーが、咆哮と共に解放され、無数の風の刃が現れる。空中からこちらを見下ろし、翼を振るうオンバーン。それを合図に、繰り出された刃が雨霰の如く、地上にいるゾロアとウデッポウに容赦なく降り注ぐ。
んな無茶苦茶な!【エアカッター】の乱れ撃ちィ!?
ゾロアとウデッポウは必死になって風刃を躱す。乱れ撃ちの弊害か、刃のサイズは決して大きくはないが、降り注がれる量とその範囲が半端じゃない。風の刃は少しずつ、だが確実にゾロアとウデッポウの身体に傷を与え、体力を削っていく。
ウデッポウ、【
ウデッポウが風の刃を全身に受けながら空中に泡を放射する。一つ一つが小さい風の刃は、空中に放射された泡にぶつかり、互いに打ち消し合う。その間にゾロアは刃を避けつつ爆心地から抜け出し、更にステップを加速させる。ホントにそれどーやって(ry
『…ッ、デポッ』
苦悶の声をあげるウデッポウ。さすがのサーティーン先生でもドラゴンの攻撃を凌ぐのは容易じゃないようだ。
お疲れさんウデッポウ!ゾロア、ウデッポウとスイッチ!
『ゾロッ!』
ゾロアが底上げされたスピードを駆使し、一瞬で戦場に駆け戻る。その頃にはオンバーンの【エアカッター】乱れ撃ちも止んでいた。
『ゾロッ(お疲れ様です先生、あとは僕が )』
『デポゥ…(ふん、ひよっこが…行ってこい小僧 )』
という会話が聞こえた(翻訳:俺)
ウデッポウが鋏を構え、そこにゾロアが飛び込む。
【
ウデッポウの鋏を足場にした、簡易砲台。
砲弾の如く飛び上がったゾロアが、そのままオンバーン目掛けて突っ込んでいく。だがゾロアの力では、格上のオンバーンにまともにダメージを与えられはしない。
ならば、『アレ』しかない。
『ゾロアァァッ!』
『オンバァッ!?』
ゾロアが咆哮と共にオンバーンに体当たりを喰らわす。すると、激突の瞬間に謎の黒い衝撃波が巻き起こり、あろうことか、ゾロアの軽い身体でもってオンバーンが突き飛ばされる。
『ズガアァァンッ!』
突き飛ばされたオンバーンはそのまま激しく岩壁に叩き付けられ、地面に落下する。
これはゲームで言うところの自分の攻撃の能力値ではなく、相手の攻撃の能力値でダメージ計算をするというちょっと変わった技、【イカサマ】だ。自分よりも相手が格上だったり、攻撃の能力値が高かったりしたときなどには非常に有効となる。
クルリと身体を回転させて着地するゾロア。オンバーンものそりとその身を起こし、こちらを
『オォォォン…』
オンバーンが大きく首を上げ、低い唸りをあげる。するとオンバーンの身体全体に青紫の粒子が集まりはじめる。
これは……ッ!?
ぞ、ゾロア、ウデッポウッ!急いで【あくのは『ヴァァァァァァァンッ!』
こちらが指示を出すよりも早くオンバーンが放ったのは、青紫に輝く粒子の奔流。竜の雄叫びのような重低音を響かせ、地面を抉りながら突き進むのは、オンバーンの覇気そのもの。
ゾロアとウデッポウに【
放たれたのは、幻想世界の王者たるドラゴンが放つ、圧倒的な闘気。
【
『ォン、バァァァァァァァァァンッ!!』
オンバーンの
そして、
ーーー目の前が真っ暗になった。
◆◆◆
「いたわ、報告書にあった通りの姿。あの子ね」
龍仙洞の正規ルート、本来観光として使われている通路を進んでいた私と心結ちゃんは、一体の野生ポケモンを発見する。
「あれが、探していたポケモン、ですか?」
心結ちゃんが恐る恐るといった感じで後ろから覗き込み、問い掛けてくる。
「そうよ、タブンネ」
「たぶん、ですか?何かマスコットみたいですけど」
…全く紛らわしいわね。
ここ数日、私は野生のポケモンの生態調査や、情報収集を黒服たちに命じていた。成り行きで決定した龍仙洞の散策デー…いえ、探索だったけれど、その名前を聞いたときに、前日に九重分家からあがっていた調査報告に「龍仙洞」の名前があったことを思い出し、急遽その資料データを送らせ、車内で一通り確認をしていた。
その報告の一つにあったのが、『龍仙洞内で一体だけ確認されたポケモン』がいるという情報。資料にあった報告文の末尾がいちいち「~です、タブンネ(笑)」と締められていて、この報告書を提出した分家のトレーナーには、九重の名において、資料の再提出と、僻地への出向(生態調査という名目)を命じた。
『タブンネ~…』
…そう、報告書によれば、あのポケモンの名前は「タブンネ」、ヒヤリングポケモンという分類らしい。
大きな耳にイヤリングの様な触覚を持ち、全身がピンクとクリームのツートンカラーなのが特徴。あの触覚で相手に触れることで心臓の音を聞き、体調や心の状態なんかを把握出来るのだとか。聴診器、みたいなものなのかしら?
「心結ちゃん、あなたの出番よ」
私がそう言うと、心結ちゃんはビクリと一瞬だけ肩を震わせる。
「あの、本当に大丈夫なんでしょうか…?確かにさっきまで襲ってきてたポケモンたちに比べたら、その、可愛い…ですけど」
「大丈夫よ、何かあれば私がラルトスでサポートするわ」
「うぅ…何かあるかもしれないんですね…」
やはり心結ちゃんはポケモンに恐怖心を抱いている。それはそうだろう。連日テレビで流れている野生ポケモンによる被害のニュースや、さっきまで頻繁に襲ってきたポケモンたちの獰猛さを目の当たりにしているのだもの、当然の反応と言えるわね。
でもね、それではダメなのよ。
私はポケモンというものは、チェスや将棋の駒のようなものだと思っていた。本来のコンテンツとしての「ポケモン」はゲームだと聞いていたし、バトルは相性や駆け引き、先読みで勝負が決まるという話からも、やはりそれはボードゲームの範疇で、そういう意味でもポケモンは駒なのだ、と。
実際に、野生のポケモンとのバトルでは、盤上で駒を動かすように指示を与えれば、ラルトスは思い通りに動き、戦い、打ち勝ってきた。
そうやってトレーナーは野生のポケモンに強さを示せば従わせることが出来るようだし、それは事実なのでしょう。
でも、本当の強さを得るには、それだけでは足りない。いえ、足りなかったのだと知った。
少なくともラルトスは、その身体に命を、心を宿していた。私たちと同じ、生命そのもの。
現実世界に姿を現したポケモンたちは、ただのゲームデータの塊ではなかったのだ。
それを教えてくれたのが、彼であり、彼とのバトルだった。
彼は戦いの中で常にパートナーを気遣い、信頼し、戦いが終われば敵である私のラルトスのことでさえも尊重した態度で接し、労ってくれていた。そんな彼と、ラルトスを戦いの駒でしかないと思っていた私。もちろん知識の差はあるだろうけれど、育成に費やした時間はそう変わらないはず。彼と私の考え方の違いが、明確な差として勝負を分けたのだろう。
恐らく彼は、命がどうとか、心がどうとかを考えているわけではない。突然この世界に現れたポケモンという異質な存在を、さもそれが当然であることのように、命ある存在としてポケモンと向き合い、心ある存在と接するように振る舞っていた。
それこそが彼の『持つ者』としての適性、いえ、本質と言ってもいいのかもしれない。
正直、私は未だポケモンという異質な存在を前にして、彼のようには振る舞えていないでしょうね。それでも今は、ラルトスから命の重みを感じ取れるし、少しずつ心を通わせることが出来ているんじゃないかと思う。
ポケモンをただの愛玩動物として接するならまだいいわ。理解は出来ないけれど、そこに愛情があるのならそれも一つの在り方なのでしょう。でもポケモンたちには、人間では計り知れない程の力がある。使い方によっては、非常に危険な物であることは自明の理。
既に街中には、自らの力を誇示するかのようにポケモンを使う輩が蔓延っている。
そんな輩の行き着く先は、想像するに難くない。
さらに言えば、水面下では、アメリカやロシア、中国などは、ポケモンやトレーナーの軍事利用を検討し始めているとも聞く。勿論、報道規制はされているが、これも予想は出来ていた。
あらゆる国家や組織、団体がすでに動き始めており、当然そこには大いなる悪意も含まれている。
でも今の私には、戦争を防ぐとか、悪の組織を潰すとか、そんな大それたことを出来る力がある訳ではない。だからと言って、自らの無力に
私には、九重家に生まれた者として、『持つ者』として、何の因果かトレーナーとして選ばれてしまった者として、果たすべき義務がある。
だからこそ私は、こうしてポケモンが現れ、混沌としてしまった新たな秩序の世界において、それを正す為の力を得なければならない。
それこそが、私の『
ならば、心結ちゃんのように、幸か不幸か、トレーナーとして選ばれなかった『持たざる者』は、この混沌としてしまった世界とどう付き合い、向き合えばいいのだろうか。
その可能性こそが、この『タブンネ』であり、心結ちゃんなのだ。
「心結ちゃん、ポケモンを捕まえる為には、出来るだけ相手を弱らせ、こちらの力を示す必要があるらしいの。でもあなたには、戦う為のパートナーとなるポケモンがいないわ」
心結ちゃんの目を真っ直ぐに見ながら話す。その目には、戸惑いの色が見え隠れする。
「大丈夫よ、きっと大丈夫。あなたは彼の妹なのでしょう?」
心結ちゃんの手をとって出来るだけ優しく問い掛ける。すると彼女はすぐに、意を決した表情に変わる。
「はい、やってみますッ!」
フフッ、本当にお兄さんが大好きなのね。
心結ちゃんが私の後ろから足を踏み出し、少しずつタブンネに歩み寄る。
『タブンネ……?』
「こ…こんにちは、えっと、タブンネちゃん?あれ、タブンネくん、かな?」
タブンネに挨拶をする心結ちゃん。でもタブンネは警戒しているみたいだわ。
「あ、あたしは『みゆ』って言うの!よろしくね!」
『?』
笑顔で手を差し出す心結ちゃん。タブンネは差し出された手を見てキョトンとしている。挨拶からの握手は和平交渉の基本、やるわね心結ちゃん。
『…タブンネ?』
「うん、ありがとう、よろしくねッ」
恐る恐るではあるが握手に応じるタブンネ。まずは第一段階はクリアね。
「えっと、タブンネちゃんはここで何をしてるの?」
『タブンネ、ブンネ、タブンネ~…』
「え…そっか、迷子ちゃんだったんだね」
『タブンネ~』
「うんうん、ここは綺麗だもんね、つい入っちゃうのも分かるよー」
『タブンネ♪』
最初はお互いに緊張した様子だったけれど、今はその緊張も解れてきたようね。
…それにしても心結ちゃん、タブンネの言葉が分かるのかしら。
私にはピンクの大きなぬいぐるみが、鳴き声をあげながら身振り手振りをしているようにしか見えないのだけれど。
◇◇◇
「あなたはどうしたいの」という心結ちゃんへの問いに対する彼女の答えは、次のようなものだった。
『誰かの…ううん、お兄ちゃんの負担になりたくないんです』
『その為には…架純さんの言う通り、今のあたしは無力、なんだと思います』
『お兄ちゃんは、すぐに無理をするんです』
『今でこそ口では、やる気スイッチが見当たらない~なんて言ってますけど、あたしが幼い頃は、家事の全てをお兄ちゃんがやってたんです』
『小学校高学年になってようやくあたしが家事を手伝えるようになるまで、それこそお兄ちゃんが幼稚園に通っている頃から中学生になるまでずっとですよ?』
『クラブ活動も出来ないし、お友達と遊んだりもせずに真っ直ぐに家に帰ってきて、あたしの前では文句一つ言わずに家事の全てをやっていました』
『聞いたことがあるんです、お兄ちゃんはお友達と遊びたくないの?って。今思えば、何てバカなことを聞いたんだろうって思います。お兄ちゃん、何て答えたと思いますか?』
『「友達なんていないから大丈夫、家でゲームしてる方が楽しいんだよ」って言うんです。確かにゲームは好きなんでしょうけど、それもほとんどあたしが親に買って貰ったゲームで、お兄ちゃんにせがんで一緒に遊んで貰っていたんです』
『それでようやく気付いたんですよ。あぁ、あたしがお兄ちゃんの負担になってるんだ、あたしがお兄ちゃんの自由を奪ってたんだ、って』
『それからあたしは家事の全てをやるようになりました。今まであたしがお兄ちゃんに負担を掛けてきた分、今度はお兄ちゃんに自由に振る舞って欲しいから』
おかげで、今ではいつでもお嫁さんに行けるくらい、家事は得意なんですよ?と、冗談めかして笑う心結ちゃん。それは、私が今まで見てきた同年代の女の子の笑顔の中でも、群を抜いて魅力的だった。
お互いに自己犠牲を厭わず、相手を想い合う兄妹愛。私が彼の妹だったら、私が彼女の姉だったら、果たして彼らのように振る舞うことが出来ただろうか?
もしもの話など益体もないことだが、そう考えてしまわざるを得ない程、彼らの素敵な関係が羨ましかった。
私が彼らの様に振る舞えていれば、私も、姉さんと…。
『だから今、周りがポケモンだらけになっちゃって、お兄ちゃんがいつの間にかそのポケモンのトレーナーになっていて…』
『何も持っていないあたしの無力で、またそんなお兄ちゃんに心配や負担を掛けることになるくらいなら』
『せめて自分の身は、自分で守りたい』
『架純さん、あたしもポケモンが欲しいです』
◇◇◇
「あのねタブンネちゃん、良かったら、あたしのパートナーになってくれないかな?」
『タブンネ?』
さっきまでの心結ちゃんの言葉を思い返している内に、すっかり彼女たちは打ち解けたのか、心結ちゃんがついにタブンネに切り出していた。
そう、これこそが心結ちゃんの想い、願い、意志。
私が心結ちゃんにしてあげられるかもしれない、一つの賭け。
トレーナーとして
彼の妹である心結ちゃんなら、きっとそれが出来る。これは私らしくもない、甘い希望的観測。でも、これが成功すれば…。
「うん、これはあたしのワガママ。あなたをあたしの都合で振り回すことになる」
『…?』
「さっき話したお兄ちゃんはね、今のままじゃきっとまた無理をすると思うの。野生のポケモンの中には、タブンネちゃんみたいに優しい子も居るみたいなんだけど、恐いポケモンもたくさんいるでしょ?だからトレーナーって、すごく疲れたり、傷付いたり、時には大きな怪我をしたりすると思う」
『タブンネ~…』
「うん、だからお兄ちゃんには余計な心配を掛けたくない。何の心配もなく、安心して自由にしていて欲しいの。そして出来ればだけど、時にはお兄ちゃんの助けにもなりたい」
『…』
「だからお願い、タブンネちゃん。あたしのパートナーになって、力を貸して下さい」
真っ直ぐにタブンネの円らな瞳を見つめる心結ちゃん。その表情は真剣そのもの。お願いされたタブンネの表情は…私にはちょっと分からないわね。
その時、突然タブンネが、スッと耳の触覚を掴み、引っ張った。
…ッ!まずい!
「ラルトス…!」
「大丈夫ですッ!」
急に不可解な動きを見せたタブンネに危険を覚えて、ラルトスに止めさせようとしたけれど、逆に心結ちゃんに制されてしまう。ラルトスも一切動く気配を見せなかった。
「大丈夫ですよ、架純さん。だよね、タブンネちゃん?それで何かが分かるんでしょ?」
『…タブンネ~』
私の声にビクッと怯んでしまったタブンネだったが、心結ちゃんの言葉で気を取り直してくれたのか、一鳴きしてもう一度耳の触覚を引っ張る。何よ、これじゃ私が悪人みたいじゃない。
タブンネが触覚を引っ張って心結ちゃんの胸元にそっと触れさせた。すると触覚が触れた部分が、どこか温かな不思議な光を発し始めた。
「これって…。あぁ、そっか、そう言うことか。うん、いいよタブンネちゃん」
何か納得した様子の心結ちゃんが、目を閉じて腕を軽く広げる。タブンネが伸ばした触覚を、いえ、タブンネの全てを受け入れているように見える。
心結ちゃんの胸に触れた部分から、温かな光が触覚を通してタブンネへと伝う。それを見ていたラルトスも、微かに光を発している。
そうか、ラルトスの輝きを見てようやく得心がいったわ。タブンネはあの触覚で、心結ちゃんの心を見ているのね。
タブンネもラルトスと同じように、その不思議な力で人間の心を読み取ることが出来るのだろう。
そう、これこそが非トレーナーである人間がポケモンの力を借りる為の鍵。戦わずしてポケモンに自らを認めて貰う、唯一の可能性。
それが、心の交わり。
その可能性に思い至ったのは勿論、彼が見せたポケモンへの思い遣り、心の歩み寄りで見せたラルトスの成長。
そして真摯なまでの、心結ちゃんの想い。
タブンネと心結ちゃんを繋ぐ触覚が、一際眩しい輝きを放ったかと思うと、徐にタブンネが触覚を耳に戻した。
『タブンネ~♪』
「え?う、うん。えっと、架純さん、さっき言っていた『モンスターボール』を頂いても良いですか?」
触覚を戻したタブンネが満足そうに声をあげる。心結ちゃんは閉じていた目をゆっくりと開くと、私にモンスターボールを要請した。
スマホを開き、TSSを起動する。彼から教わり、フレンドリィショップで交換しておいたモンスターボールを選択。手元に光が集まり、モンスターボールが転送されてくる。何度やっても不思議なものね。
「はい、どうぞ、これでいいかしら」
「あ、はい、ありがとうございます!へぇ、これが『モンスターボール』ですかぁ」
私がモンスターボールを手渡すと、心結ちゃんは手に取ったそれを珍しそうにまじまじと観察する。正しいリアクションね、実際にそれは現代科学では及びもしない程のオーバースペックな代物なのだから。
『タブンネ!』
「う、うん。こう、で良いのかな?」
今度はタブンネが、心結ちゃんを受け入れるように両手を広げる。心結ちゃんは眺めていたモンスターボールを握り直し、タブンネの胸に押し付ける。
カチリとボタンが押され、ボールが弾かれたように心結ちゃんの手を離れて宙に浮かぶ。パカリとボールが半分に割れたかと思うと、中から放たれた赤い光線がタブンネに照射され、忽ちタブンネが吸い込まれ、元の球形に戻る。
そのままボールは心結ちゃんの手に戻り、コイキングを捕まえた時のような二、三度震えるような挙動を一切見せずに、そのままカチリと音を鳴らした。
「…えぇ、と?」
手に収まったモンスターボールを、戸惑うように眺める心結ちゃん。
「おめでとう、心結ちゃん」
心結ちゃんに歩み寄り祝福の声を掛ける。
「え?じゃ、じゃあ…?」
「えぇ、見事だったわ。これでタブンネは、晴れてあなたのパートナーよ。たぶん、ね?」
「…アハハ、はぁ…良かったあぁぁ」
ペタリと地面に座り込む心結ちゃん。ふふっ、あんなに堂々とタブンネに相対していたのに、やっぱり緊張していたのね。
心結ちゃんの手には、タブンネが収まったモンスターボールがしっかりと握られている。
これで心結ちゃんは、非公式なポケモントレーナーとなったわ。
私たちのように選ばれたトレーナーとは違ってTSSがないから、自由にはポケモンセンターやフレンドリィショップなどの各種サポートを受けることは出来ない。
万が一ポケモンが怪我をしたら、TSSを持っている彼や私にでも頼めば、回復なんかは出来るでしょうけど、それはつまり積極的なバトルは控えなくてはならないということ。
でも心結ちゃんは、決してバトルをしたいわけではないでしょうし、自衛の為にはそれで十分でしょう。
それに、報告書を一通り確認して思い付いたのだけれど、タブンネには、バトルで活躍してもらう以上に有益な可能性を秘めている。
きっと心結ちゃんならそれを生かすことが出来るわ。
とにかく、これでポケモンにも人間と同じように心があり、戦うこと以外でもポケモンたちと繋がりを持てるということが証明された。
これは私では決して出来なかった、心結ちゃんだからこそ出来た偉業。
あなたはいずれその名前の通り、人間とポケモンの
それは、私が歩む道とは正反対の道になるだろうけれど。
私はあなたの在り方を、心から応援するわ。
そして、もう一つ。
非トレーナーが、
この目で確認できないのは残念だけれど、後で報告を期待しているわ。
◆◆◆
ーーー目の前が真っ暗になった。
でもそれは、敗北を意味する絶望なんかじゃなかった。
「ヘルガー、【
黒い大きな何かが、俺を庇うように目の前に立ちはだかったのだ。
これは、黒い……
ーーースーツ?
「大丈夫ですか?」
大きな黒い何か…いや、何者かが振り返る。
それは、真っ黒なスーツにサングラスを掛け、
筋肉質でいながらスラッとした体型の、屈強そうな黒服の男性。
く、くくく、