「ガンダム・バトルワールド・フロンティア・オンライン」
二年ほど前に150万人限定、世界一斉プレオープンを行ったゲームの名だ。プレイヤーの神経が電気的にシステムに接続され、熟睡状態となりゲームに没入する「i-Gディープダイバー」システムを利用したゲーム。そのまま当時の参加者全員がセーフティのバグにより接続深度200オーバーの危険域にまで"沈没"してしまい熟睡を通り越し昏睡状態に陥った忌まわしいゲームでもある。
強制的に器具を取り外した場合、海馬、前頭野に著しいダメージを残してしまう為に、プレイヤーはゲームにログインした状態のまま二度と目覚めない生活を余儀なくされた。それだけなら時間が解決するものと思われたが、程なくして身体に問題は無いのに昏睡状態から二度と目覚めなくなったプレイヤーが続出した事により、セーフティの破損が招くさらなる悲劇が発覚した。感覚をリンクさせる際に機能している筈のペインアブゾーバーの故障とセーフティの破損は脳に誤認を生じさせ、ゲーム内で死ねば現実世界でも息を引き取る。
衝撃的なニュースは当時全世界を駆け巡った。
二年経過した今、関係ない人々の間からその言葉は忘れられつつある。植物状態となったプレイヤーの介護を続ける感傷系ドキュメンタリーが番組再編の時期に放送される事はあるが、それとてSNSで盛り上がろうとも放映から一週間もすればすっかり忘れ去られてゆく。日本だけで1000人近い人間が眠り続けるも未だ覚醒に寄与しうる手がかりは得られていない。事態のドラマチックな進展を見せられないと言う地味な現実とその後に海外で発売された改良型の「ディープダイブ」ゲームは何の支障も無かった事が「大変だが、地味だ」と言う認知をもたらし、ゲーム内に捕らわれた彼等は時間が止まったまま、大衆の記憶の中から消えて行った。
それでも。
ゲームの内部では時が流れている。百五十万の命はゲーム内で意識を保ち続け、
歩き、戦い、生きて、生き抜いていた。
地球圏
地球標準時(EST)23:57
ヤキン・ドゥーエ宙域・デブリ浮遊地帯
ネルソン級戦艦「サンダーチャイルド」艦橋
一般的な感覚で言えば深夜となる時間帯、ゲームクラン「ファントムペイン」にて、クラン旗艦「サンダーチャイルド」の艦長を務めるジョージ・ハルトリッジは消灯された艦橋の中心で個人用電灯をつけて雑務処理の残業を行っていた。
自アカウントが取得したスタイル----ジョブのようなものだが、ジョブと異なり"役割"では無く"在り方"を示す----【コマンダー】のスキル【業務掌握】を利用しタスクに重要度の色付けを行い期限の近い物から処理してゆく。ゲームと脳を接続している事によりゲーム側のアプリだかサーバーだかからプレイヤーの脳処理能力に補正を付けて増強されているのだという事はわかっていても、現実において自覚している作業速度の倍以上のスピードで自分が仕事を捌けているのはどこか不思議な感覚がまだ抜けなかった。各種他クランへのメールの送受信。艦内の収支チェック----ステファンから関節部品購入要請が来ていた。今日の整備でもう来るとは仕事が早い。受理する----隣クランであるリビング・デッド師団から次の航路の情報開示要求----ダンがさぼったのだ、ダンにやらせよう。パス----
次のメールは請求書マークがついていた。先日、一隻借り受けたメイド・オブ・オール・ワークからの請求書だ。他の適当なマーセナリスタイルの人間を雇った場合に比べると5割増しと高価ではあるが、全機疑似太陽炉搭載機、全員のレベル50以上と言う安定感を考えると仕方ない値段設定ではある。他クランに頭を下げて融通してもらうのと違い、金さえ払えばどのような時であっても全く渋い顔をされず、余計な縁も残らない。
「とは言え、いい加減レンタル頼みは止めなきゃかな……」
礼文メールを打ち込みながらジョージはふと考えた。メイド達を雇うのはあくまで戦力補充までの
一時的な措置である事はクランリーダーであるエカテリーナとも認識を共有している。だが、或る事情を抱えた「ファントムペイン」では新規戦力と言ってもそう簡単に新人プレイヤーが入ってこないと言うのが実情で、ダラダラとメイドに頼らざるを得ない状況が続いていた。まだ両手で数えられる程度とは言え、この状況が長引けば適当な艦艇なら一隻買えてしまう値段になるやもしれない。
「貧乏とは定期券を買えず切符に頼る人間の事なりや、とは言いたくないものだが」
ふと作業の手を止め、電卓アプリを呼び出してジョージは簡単な計算をしてみる事にした。無論、その間にも右手のマウスで見るだけで良いメールをさくさくと捌いていく。今、欲しいのはメイド一隻分。つまりはレアリティ5のモビルスーツが5機とオプションを半分解放した【重巡洋艦】サイズ一隻。加えて操艦人員が最低5人にパイロットが5人の計10人。諸々の支出を合計してみる。これまでのメイドに払った金子の合計の二十倍ほどになった。数字だけ見ればまだまだそれ程では無いように見える。が、レアリティ5に、オプション装備を半分購入している巡洋艦を即金で、と言うのはかなり豪華で、机上の空論だ。その贅沢さを差し引いて考えると5パーセントと言う数字はジョージの顔を渋くするには十分だった。
「ハコが足りぬは承知としても、何とかせねばかな……」
元来、ファントムペインは10から15隻の艦隊単位で対応すべき範囲のエリアを、その半分程度の隻数で抑えている。故に消耗激しく、また一隻が修繕や大破等で抜けた時の穴が大きくならざるを得ない。ファントムペイン籍の艦艇が本来必要十分とされる数の半分まで落ち込んでいる現状でも何とかエリアを抑えて居られるのはローテーションを組むジョージの采配いわゆる運用でカバーしていると言う事になる。
しかしそれでも物理的に穴が開いてしまう事が在るのは確かだ。幸いにして現在は近隣クランである
「ムーア師団」のガンダム・パイロットと縁がある事から相互協力の名目で一方的にサラミス改を数隻手配してもらっているが、ローテには組み込んでいない。他クランに助けてもらうのを当たり前としてしまうようでは「ファントムペイン」として旗揚げした意味が無い。ヘレナ等は社会復帰の兆しとして気にしないのだろうが、実務面でクラン取り仕切っているジョージとしてはそこだけは譲れない拘り所だった。
「ムーア師団」からお古のサラミス改を買い取ると言う手もあるが、ストライカープラグ装備機を主力とするファントムペインに於いて換装系機体の運用を前提としない小型艦を使用するのはどうしようも無い時の最後の選択肢だ。
「どこかに無料で艦を譲ってくれるユーザークエスト等落ちてないものかね」
あるはずの無い夢をぼやきながらジョージは次のメールタイトルを確認する。送信元はゲームクラン「ルオ商会」。任務外部委託の勧誘だ。
どう言う風にそこまで大きくなったのかは分からないが「ルオ商会」は、発足から二年しか経っていないクランにも関わらず、ガンダム作品に登場する同名のそれと同じくあらゆる場所にコネクションを持つ折衝機関であり、また、あらゆる陣営のあらゆる人間と取引を行う一大商社として名を知られている。地球側陣営に属しているにもかかわらず宇宙の、それもこの辺鄙な宙域を管理するクランにさえきちんとコネクションを持つそのネットワークの広さは恐らくゲーム内部でも随一だろう。
「ルオ商会」の事業の一環には様々なユーザークエストを外部委託契約を結んだクランや契約を結んだマーセナリへ"譲渡"する人材派遣と仲介の間のような物がある。クエストの内容を書き留めておき、適当であるとされたクランに詳細な文面を送信し、クランが良しとすれば依頼主と引き合わせる。「お見合い」とも称されるこの事業はマッチングの成功率の高さによる問題の早期解決もさることながらルオ商会の仲介料が他の仲介屋に比べていくらか良心的な設定であり、また細やかな分類により、現状にマッチした依頼を回してくれる事から、多くのクランが登録している事で知られる。
そのルオ商会からの依頼なら、窮乏してる現状でもこなせるかもしれない。ジョージは期待してメールを開いた。今のファントムペインが片手間に出来る仕事となると水先案内人か物資輸送クランの護衛か。いずれにしてもメイドへの払い分くらいの任務だろうが----そこまで考えた所でジョージの目が一番上にある報酬欄の所に止まる。二度、三度瞬きし、傍らのコーヒーを流し込んで改めて確認する。
ミスタイプでは無い。恐らく誤記でも無い。任務内容に比して余りに豪勢な報酬。
「往復通商護衛だけでクリア後に無料で艦を譲渡……!?」
いつ如何なる時でも冷静である彼の表情が微かに揺らいだ。