圏外圏
火星標準時(MST)14:30
火星:
クリュセ自治区郊外、「クリュセ自治区」フィールド
バフアイテム「アンプル」が切れた事から来るペナルティの視界揺動とずしん、ずしんと断続的に来る揺れによりクリスタは完全に酔っていた。頭痛、吐き気、めまい。ありとあらゆる苦しみが彼女をさいなむ。
「……うー……下しなさいよー……」
《だめ、クリスタ。まっすぐ歩けないでしょ。このまま行く》
通信で文句を言ってみるも、相手は全く取り合ってくれず、今の運搬方法を変える気も無いようだった。
「でもこれは……きっつい……」
クリスタの機体であるガンダムAGE-1ビークスは今、自力歩行では無く先の戦闘で助太刀に現れた百錬の改装機、「銑鉄」に担がれていた。バフアイテムが切れてまともに機体のバランスを保てなくなったのが戦闘後すぐ。そして、それを理解した銑鉄のパイロット、カタリナ・ジル・カーノは「すぐに現場を離れなきゃいけないから、担ぐ」と短く宣言し、その通りにした。カタリナの決断はいつだって即断即決だ。ただ、そこに「今にも戻しそうなクリスタへの気遣い」は無い。
「じゃあせめてさー……ゆ、揺らさないで……」
先ほど、軍用のカスタムドートレス二機を瞬時に撃破した時からは考えられない程にクリスタは弱っていた。しかし、
《むり、ホバー移動にはちょっと燃料足りない》
残酷且つ明快な答えである。うーうーと唸りつつ、クリスタは己のスタイルを恨む。
(これだから、【エクステンド】は……)
疑似的に【ニュータイプ】スタイルに近い効果を得る【エクステンド】はバフアイテムの使用量によって効果を自由に変動出来る。ただ、その反動としてバフアイテムの効果終了後に恐ろしいまでの頭痛や吐き気、めまい、不快感と言った反動が来る。無論、今次の戦闘ではそれを了解の上で服用した。だから別にペナルティ効果自体に不服は無いのだが、
(調子に乗って二本使うってバカだなぁ……)
今のクリスタは「地球連邦軍」から脱走した身であり、自らの投薬量をコントロールできるまでには至っていない。確かに一本打って止めようとは思ったのだが打った時点で気分が高揚する仕組みになっているそれはクリスタをハイにし、「もう一本打たせよう!」と調子づいた事を考えさせてしまった。そして今の吐き気である。戻しそうな気分を抑える為に右側のコンソールを叩きアイテム【清涼飲料水:スポーツドリンク】を呼び出す。コトリと言う音と共にコクピット壁面に据え付けられたアイテム取り出し用のハッチからドリンクチューブが出てくる。このような些末なアイテム一つ取ってもGBWFでは決して目前に突如出現はしない。システム的にはそうなっているとしても必ずプレイヤーの死角であったり、遮られて見えない所でポップしてからプレイヤーの前に供される。たかが1アイテム、それも単なる爽快感以上の効果が無いような物にさえそうした処理を行うのは開発者の偏執が伺える。
吐き気を抑える為にくだらない事に思考リソースを割いていたクリスタだったが次第にこうも雑に扱われ、しかも居住区であるタールシス自治区からはかなり離れているクリュセに自分を連れ帰ろうとしている銑鉄にストレスが溜まってきていた。
背中に繋がれた阿頼耶識のケーブルから伝わる情報は機体が警戒状態を保ったままクリュセ自治区へ順調に帰投している事を示している。だが、一つだけ厄介な要素があった。肩に担いでいるガンダムだ。先ほどから時折暴れて見たりして、その度にバランスを取るのが面倒だ。
「クリスタ、静かにして」
《おーろーせー》
「むり」
《なんでよ》
「倒れた人を放っておくなって言われてる」
実際に彼女にそのような事を言いつけた人間は居ないが、しかしカタリナはそうすべき、そうあるべきだと考えている。
《だいたい、あたし連れ帰ってどうすんのよ……別に良いわよ。適当に自分で帰るし》
投槍な声だった。しかし、銑鉄のパイロット、カタリナはそれを良しとしない。
「だめ、クリスタ。もう十分戦ってるから、これ以上はだめ」
カタリナはこの二週間ほどクリスタが何をしているかずっと見ていた。長距離移動システムとオートパイロットを使い、クリュセ近郊に現れたと言うセツルメント軍の火星調査隊を迎撃に出ている。市街地に向かっていると言う報が来ただけでプレイヤーアパートから飛び出して出撃し、PK(プレイヤーキル、相手の殺害。GBWFでは即ちリアルの死を意味する)はせずに相手を仕留めている。その数既に20機。迎撃第一の生活が続くが故に寝食は場当たり的に済ませているようだが、如何にエクステンドでレベル60台の彼女とは言え限界は近かったはずだ。と言うかまさに今日、バフカクテルの使用ペナルティが累積して発現し、ぶっ倒れてしまっている。バフカクテルには一定期間を置く等すれば軽微な症状で済ませる事が出来るが、何度も服用しているうちに「一定期間」の算出方法がややこしくなってくる。こうも煩いと言う事はつまり相当なペナルティが一気に出ている訳で、ペナルティ計算も出来ないくらい疲労が溜まっていたとも言える。それに今の彼女を放置してもコクピットレバーを握って機体を自立させる事すら出来まい。
(クリスタえらい。えらいけど、これはだめだ)
うん、とカタリナは銑鉄のコクピットで頷く。これは、だめだ。こんな戦い方では身を削っているのと同じだ。そう言う事はダメだと、姉のルイーサも、あの男も言っていた。
《だいたい、あたしのプレイヤーアパート、クリュセ市街地じゃなくて荒野なんだけど……》
「いい加減引っ越したらどう?」
《……いいわよ、別に。どうせこれ終わったらまたタールシスの開拓地帯に戻るだけだし、あんただって【エクステンド】のなれの果てとか、隣に居て欲しくないでしょ》
クリスタはいじけて言っている訳では無い。セツルメント、地球、両方に馴染めなかった人間が行き着く場所である火星であるが、その火星にあっても【エクステンド】スタイルのようなペナルティースタイル持ちは嫌われる。何より【エクステンド】スタイルは時折暴走を起こして周囲の人間を傷つけてしまうと言うイメージがある。実際にはそんな事になるのはバフアイテムを見境なくキメまくったような狂人だけだが、そう言うイメージが根付いている中で【エクステンド】が何を言っても変わりはしない。タールシス自治区に受け入れられたのも一日の半分を「マーズ・レイ」エリアで過ごし、開拓作業チームをNPCから守ると言う自殺的な任を良しとしたからだ。他の面子が六時間交代を厳守する中、クリスタだけが二シフトぶっ通しで戦い続ける。平均レベル30台後半の彼等からすれば60台のクリスタの戦いぶりは頼もしいようだが、しかし彼女に対して向けられる感情は強者への敬いであって仲間に対するチーム意識ではない。このままでは疎まれつつ畏れられる者へシフトしていき孤立してしまう方向へ流れて行ってる気もする。しかしそれも仕方の無い事。そう扱われるのなら自分はその程度だろう。このまま火星で贖罪も兼ねて果てるのも悪くない。そう思っていた。
だが、この偏屈で無口な浅黒い少女の対応は違う。クリスタ・ジル・カーノは事ある毎に自分に絡んでくる。こんな、自分に。
「そんな事無い。みんな、一緒に居た方が楽しい。クリュセの家、まだ空き、あるよ?」
「っ……」
その言葉は誘惑だった。このまま何となく平和に生きて行っても良いと言う誘い。確かに無口で不愛想で無表情な少女ではあるが、カタリナの根にはやさしさが宿っている。だから甘えそうになる。きっとそれは、いけない事。きっとそれは。逃げる事。
だから----
《あ、もうそろそろお昼。ルイーサの手料理、クリスタも食べる》
何故かやたらリラックスした声が昏き方向へ傾きかけたクリスタの思考をむりやり日の元へ引き戻す。
「食べないわよっ!」
断言調かつ当たり前のような口ぶりと、思考を邪魔された事で怒鳴り返す。が、カタリナはまったくひるまない。
《食べる。大丈夫。ただ》
「っ、ああもうっ、何よそのカタコトは!」
《ん、元気になってる。食べる》
カタリナとしては精いっぱいの気遣いで優しい声を作り「クリスタも一緒に食べよう、お姉ちゃんの御馳走するよ」と言っているのが、余りにも訛りがひどすぎる英語故に珍妙な形で自動翻訳されてしまい、クリスタにはカタコトで一方的に言われているようにしか聞こえない。
「……分かったわよ!食べる!食べます!これでい?」
《ん、よろしい》
二人と二機の行く手には小さな村が見え始めていた。