背面にマウントしたビームサーベルを引き抜き励起させる。ifsフェザーの原理は本来ビーム兵器に使われるリソースをIフィールド斥力に転用し足りないアポジ機能をイオンクラスターエンジンとの複合と言う形で実現しているものであるからビームサーベルを起動するとIフィールドは一時的に減衰してしまうが、最低限の機動はイオンクラスターで用足りる。
「インファイトは得意では無いが……!」
ベルガ・ダラスも瞬時に反応してビームサーベルを抜き放ち逆手で受け止める。セットしておいた格闘マニューバのうち最も練り上げられた物を迷わず選ぶ。格闘マニューバはペダルとレバーを駆使してフルマニュアルで行うものと、事前にプリセットモーションを選び、モーション間をオートで補完する事でアセンブリしたモーションセットを選択するセミオートのものがある。マニュアルのものは予測不可能であるから一撃でダメージを取れる可能性が高い一方で機体の複雑な操作をデュエルレンジで的確に行う冷静さに加え高度な予測技術が要求される。強化人間であるとかニュータイプ乃至はそれに類する新人類系スタイル取得者ならば敵機の次モーションが自動的に「理解る」からフルマニュアルでもかなりの追従が可能となるもユキトはそのどちらでもない。畢竟格闘は機体プリセットのパターンかモーションセットとなるが、このベルガ・ダラスは相応に出来る相手であるからプリセットパターンではすぐに破られるであろう。モーションセットも一度見せてしまうと二度目の使用時からは初動が同じ分防御されてしまう可能性が飛躍的に上がるものであるから出切る限り高度なデッキ構築のものは温存すべきと言うのが凡人の格闘戦におけるセオリーである。そのセオリーを破っててでも片付けたい程にはベルガ・ダラスは精強であった。黒いモビルスーツ隊の筆頭として積極的に攻撃を仕掛けながら残弾を残し、ビギニングフェザーの突撃に対しても臆する事無く反応して見せた。
ビームサーベルで押し切る事は諦め一瞬ビームダガーモードに切り替える。鍔迫り合いが無くなった慣性でビギニングはベルガ・ダラスの間合いに入り込み斬りかかる。それを受け止めるかのように横に構えたサーベルを突き出してくる刹那に心拍数が上がるのを感じつつ、しかしペダルを逆位にして逃げたいと言う気持ちを押さえつける。眼前に迫るメガ粒子帯が少しでも当たり所を違えればその瞬間に自らのアバターは蒸発しゲームからも現実からも退場すると言う現実を認識しつつも微かなる勇気を振り絞って僅かに踏み込む。横凪ぎに払われたサーベルがフェザーのビームアンテナを裂いて頭部を抉り取る。緊張の余り時間の感覚が遅滞し、全身が泥濘に浸かった様に感じる中で操縦桿のボタンを押し込む。ビギニングフェザーの残った片側のアンテナがビームバルカンに変じて粒状ビームをベルガ・ダラスのセンサー目掛けて放つ。それ自体は最低レアのビームスプレーガン程度の熱量しか持たず大半は装甲に受け止められるもサブカメラ、メインカメラを破砕するには十分な破壊力だった。切り払う筈が潜り込まれた挙句に光学機器を破壊されベルガ・ダラスが硬直する。短刀の要領で腰溜めに構えられたビギニングフェザーのビームダガーがベルガ・ダラスのコクピットに沈みこむのと最後の反射で振り下ろされたベルガ・ダラスのビームサーベルがビギニングフェザーの片足を切り飛ばすのはほぼ同時であった。
たっぷり一秒はつきたててからダガーを引き抜く。狙った訳では無いがビームダガーはコクピットハッチ直下から斜めに抉りこむように命中しており、ジェネレーターを逸れた。俊敏な小型機を格闘で仕留めるには部位を構っていられないのが己の技量である事を考えると幸運に助けられたと言えるだろう。モビルスーツのジェネレーター爆発はミュータント出現宙域にあってはポップのフラグがランダムで立つからして出切る限りジェネレーターは避けたい。
「終わったか」
背後から近づいてくるのは先程のステファンだ。
「会敵から25分。今日は働き過ぎた」
「あぁ全く……2機とは言え対人戦と言うのはNPCを相手取るよりも遥かに緊張してな」
それを聞いたユキトの背筋に悪寒が走る。
「待て、ヘルブランディさん。俺は3機小隊を相手していた……」
直後に彼方から飛来した光弾がビギニングフェザーを打ち据えた。シールドに被弾して弾けたメガ粒子が視界を眩ませる。緊張が緩和していた所に再び与えられた刺激に対して弛緩と驚愕に縛られた肉体の反応が遅れる。2機の下部から突撃してくるはデナン・ゾン。ベルガ・ダラスとデナン・ゾンの二機連携の間に離れて身を潜めていたとでも言うのだろうか。最早後には引けぬとばかりにビームライフルを乱射しながらもう片方の手でビームサーベルを抜き放ち斬りかかってくる。反射的にペダルを踏み込んで回避行動を取ろうとするも、片足を喪失したビギニングフェザーはバランスを崩しその場でもつれる。サーベルが、迫る。
直後に緑色の光条がデナン・ゾンに命中し怯ませる。ダガーのライフルだ。
「キヨナガさん!その機体では無理だ。下がれ!」
後方に居たステファンのダガーがビームライフルを断続的に放って牽制の弾幕を形成しつつ前進してくる。同時に機体のバランス再設定を知らせる通知音が響き、ユキトは機体を動かす。ビームライフルによる被弾さえ省みずに尚も突っ込んでくるデナン・ゾンに対してダガーはビームサーベルを抜いて応戦する。鍔迫り合いではなく対ビームシールドでデナン・ゾンのビームサーベルを受け止めつつ右腕で保持したサーベルを突き立てる。しかしデナン・ゾンはそこから格闘マニューバに移るのではなくただ力で押して膠着状態に入った。
「何を……」
真っ向から組み付かれた形になったステファンのうろたえる声が無線から響く。状況を打開する為に出来る事は、とコンソールを滑るユキトの視線が短距離レーダーで止まる。格闘戦からの奇襲で動転する余り見落としていた驚愕の内容に目を見開くとユキトはインカムに叫んだ。
「ステファン!下がれ!高速デブリ群だ!!」
それを言い終わるか言い終わらないかの内に宙域に雷が奔り、コクピットの視界が白く飛ぶ。しかもそれは一度切りのステージエフェクトでは無く小さい規模のものが次々と落雷する。同時にモビルスーツのセンサーが得た情報を再現するエフェクトサウンドでは無く装甲に直接雹が当たっているかのような音が響き始め、ユキトの頬を汗が伝う。落雷付き高速デブリ群だ。 デブリ宙域がプレイエリアとして敬遠されるのはミュータント宙域であるからと言うだけで無く、時折巻き起こる高速デブリ群の飛来イベントがあるからだ。イベントとしては砂漠フィールドの砂嵐や海洋フィールドの時化と同じステージイベントの一つに過ぎないが、とりあえずモビルスーツを降りなければ致命傷には至らない自然現象と異なり高速デブリ群の威力はランダムであり、生成する飛来オブジェクトの形状によってはモビルスーツを容易に破壊し得る死の嵐と成り得る。特に高速デブリ群に宙域特有の落雷現象が伴って襲い来るサンダーボルト宙域のそれはデブリ群に慣れたスイーパーらでさえ警戒するものであり、当該エリアを担うムーア師団やリビング・デッド師団はサンダーボルト系の機体を使う理由においてロールプレイより上位にこの落雷付き高速デブリ群対策を挙げている程である。
格闘中に乱入する事の危険性を反芻しつつユキトはダガーを掬い出すべく落雷の被弾を無視して二機の間に分け入ろうとしたが、あと数百メートルの所で急激に落雷が濃くなりセンサーが飽和する。それでもユキトはペダルから足を離さずインカムに叫ぶ。
「ステファン!ステファン!!」
例え一瞬のコンビプレーであっても、一度の会話であっても友軍と定めた相手が消えるのは許容出来ない。数十メートルまで詰めた時、なおもダガーに組み付くデナン・ゾンの横腹を飛来した棘状のデブリが貫くのが見えた。ダガーが解放される。
「ステファン!聞こえているなら手を伸ばせ!脱出するには二機の推力が必要だ!」
雹から数メートル大にまでデブリのサイズが上がっている現状ではビギニングフェザー自身もダガーの推力無しではデブリ群を出られない。ダガーが此方を視認し腕を伸ばしてくる。ビギニングフェザーも応える様に腕を伸ばす。二機が触れ合う直前、間をひときわ激烈な雷が駆け抜けセンサーが異常な数値を示し計器がノイズとアラートの交響曲を垂れ流す。
「……!」
凄まじいノイズの中で一瞬音割れだらけのステファンの声が響いた気がしたが、直後にビギニングフェザーは落雷に紛れて飛来したモビルスーツ大のデブリに激突し、デブリ群から弾き出された。姿勢を立て直すと目前には最早濁流の如き様相を呈するデブリ群が凄まじい勢いで流れている。目を凝らして見てもダガーの姿は"流された"のかどこにも見当たらない。機体のセンサーで捜索しようにも落雷を受けた計器類の示す数値は最早完全に使い物にならなくなっている。デブリ群に流される事は津波に流れされるも同じ。と言う一文が脳裏をよぎり、ユキトは中破した機体と共に砂嵐の入り混じるオールビューモニターに写るデブリ群をただ呆然と見つめる事しか出来なかった。