地球圏
地球標準時(EST)17:52
サンダーボルト宙域:コロニー跡地
アーガマ級強襲巡洋艦「ウォースパイト」モビルスーツ格納庫
「え、私達が後退?交代じゃなくて?」
スイーパークラン「ムーア師団」のメアリ・ラングリッジは飛び込んできた報告にきょとんとした。今日も、今まさに強化NPCのリスポーンを誘発しない程度の討伐。いわゆる"間引"を済ませてきたばかりである。
「そ。艦隊根拠地に後退しなさい、って。司令部からの命令だ」
同僚であり先輩であるロバート・ハーディングは手にした書類をひらひらと振った。不満げな顔が彼も納得していないと言う事を物語っている。
「次の宙域交代は三日後で、今度はデブリ浮遊地帯って話だったはずじゃ……」
言いつつ今降りたばかりのコクピットに首を突っ込み、コンソールの横に貼ってある予定メモに目を通す。今から一年と半年前、唐突に実装されたNPC敵対モブ、通称「ミュータント」の対処には計画性が要求される。理不尽なまでにAIと装甲値が強化され続けしかもリアルタイムでプレイヤーたちの動きを学習し続けるそれ等は、一日に狩る量が多くては再ポップする。しかしそうかと言ってただ単に根こそぎ刈り取ると、二倍の量が出現する。この厄介な敵を抑え込むにはオートリスポーンが反応しない限度まで敵の数を毎日削ってスポーン元となっている小惑星やデブリ等のオブジェクトを割り出し、艦砲で破壊すると言う地道な作業が必要だった。この「ウォースパイト」の属する「ムーア師団」もそうした戦闘に従事するゲームクランの一つである。エンドコンテンツと呼ぶにはあまりにドロップ品が渋すぎる。だが無視すればユーザー側の領域へ侵食してくる。運営の嫌がらせ、否、このゲームの中に数十万の意識を電子的に閉じ込めた何者かの悪意の賜物である。
「それがなぁ、交代要員は別途用意するから俺達には艦隊根拠地に戻って再装備を行えってさ」
「その必要は無いように思えますけど……まぁ誰かがミュータントに対処しなきゃってのは分かりますけど」
「なぁ」
敵対モブであるミュータントは通常のクエストにポップするNPCと異なり放置しておくと自律行動を開始し、ゲーム内部における宇宙側の居住地であるスペースコロニーを襲撃しに行く性質がある。リアリティを追求したGBWFでは宇宙空間に吸い出されれば人間は即死する判定となっている。全てを焼く太陽光か、絶対零度かの二極空間。ヒトは二十秒と持たない。加えて人間の意識を深く取り込むヴァーチャルダイヴ状態のプレイヤーにとっては電子世界での死に値する痛みや衝撃は現実世界の脳にダイレクトに伝達され、現実世界においても脳が「死んだ」と思い込み、活動を停止する。
そう言う前提があるにも関わらずコロニーを破壊する性質を持ち、しかもなまじのプレイヤーでは対処できないNPCを実装する。これを決定した精神はまともでは無いと言えた。
そのような悪逆非道、人命を弄ぶ行いに対して、プレイヤーが抗う意志の結晶として組織されたのが強化NPC対応部隊「スイーパー」である。結成当初の構成員の多くが【スイーパー】スタイルを取得しており、NPCを効率よく対処するには一対多、対NPC等の状況において補正の付く【スイーパー】スタイルが向いている、と言う理由から、同じ名称を通り名とした。
「ムーア師団」「リビング・デッド師団」「デラーズ・フリート」「ファントムペイン」……
士気高揚の為に笑われる事は覚悟の上で敢えて原作に存在する名をクラン名として掲げ誰に頼まれるでも無く、誰から報酬が来る訳でも無くミュータントのドロップ品を稼ぎとして延々終わりなき戦いを続けている存在、それがスイーパーである。
「別に私達の艦が下がる理由は無いですよね?先日確かにジムを一機喪失しましたけど」
「予備機、あるしな。パイロットもコアポッドで脱出出来てるし」
「艦も異常無いし物資も大丈夫。間引きで遅延を出してる訳でも無い……」
「お前も、ガンダムのあいつも全然大丈夫だが」
「ええ、特に……良くも悪くもないですけど」
「ウォースパイト」はスイーパーの一角を占めるゲームクラン「ムーア師団」に属する中では最近、調子のよい艦である。
スイーパーの中でも数少ない「オリジナルレアリティ」と呼称される、原作と同じ性能域に至れる強ユニット「フルアーマーガンダム・サンダーボルト版」とその駆り手にして珍スタイルである【ニュータイプ】スタイルの発現者「コガ・ユウセイ」が乗り込んでいる。
艦載機も一時の窮乏状態から脱しサンダーボルト版のジムやネモ等で構成された三交代を実現しており何ら問題無く前途洋々の小康状態にあった。そんな中での後退命令である。艦艇が大破だとか喪失率が3割を越えて間引きままならぬと言うのなら分からないでも無い。そう言う状態なら一度艦隊根拠地に戻し修繕なり補給なりを行えばよい。だがウォースパイトには何ら瑕疵が無い。
「あぁ、もしかしてまさかとは思うが例のアレかもしれんな」
ロバートが顎をさすりながら
「何、例のアレって」
「ナカモト先生が言ってたんだがな?俺達はどうも火星に回されるかもしれん、とか言う奴だ」
窓の外で起こったデブリ間の放電現象(サンダーボルト)の光がニヤリと笑ったロバートの横顔を妖しく照らす。
「カセイ!?」
メアリはあまりにも想像からかけ離れた単語に酷く驚いた。
「火星ってあの火星ですよね。外惑星フィールドの」
「確かマーシャンの住処だろ?戦いが嫌だって人が逃れ住む場所」
「そうそう。その火星フィールドよ」
スイーパーが赴くような所では無い話なだけにメアリの頭の中の「?」が更に増える。
「なんで火星なの?って言うかいつ決まった訳」
「詳しい事は分からん。ナカモト先生がこないだのクリルタイの時にそう俺に言って来てな」
「私言われてないんですけど……」
「一応MS隊長やってるのは俺だろ?って事で部門責任者にまず伝えたらしい。近日とは言ってたがもう来るとはなぁ」
うんうんと頷く。
「それってムーア師団として火星フィールドに手を伸ばすって事?」
「いや、それがどうにも訳の分からん話でな。ムーア師団としてではなくウォースパイトと少数の補給艦を付けた艦隊をクランから外したうえで送り込みを行うとかなんとか」
「ますます訳が分からないんだけど」
メアリとユウセイの疑問は解決するばかりか深まっていく。諸事情によりクランに居れなくなったメンバーを一度外して再加入させる事などはあるものの、目下ウォースパイトにそのような瑕疵は存在しないし、それにムーア師団においてウォースパイトは戦力的に重要とは言わずともそれなりの位置にあると言う自負はある。
「んで後退に話を戻すけど、補填の連中は誰なの?」
メアリは改めてロバートに目を戻す。現在のウォースパイトは通常は複数隻程度が対応する広さの宙域を一隻で抑えている。それを後退させるとなれば、サラミス改が三隻は要るだろう。
「戦艦と巡洋艦を一隻ずつ充てるらしい。これを以てファントムペイン、リビング・デッド師団との共同戦線を再構築するそうだ」
「なるほどねぇ・・・・・・」
「あとはアイツ、にも知らせるか?出撃直後の休憩を邪魔するのはアレだが・・・・・・」
そう言うとロバートは隣接するハンガーに固定されているフルアーマーガンダムを見上げた。「鳥の巣」と皆が呼ぶそこは狭苦しい所でありながら寝袋だの食料だのを持ちこんでパイロットが勝手にハンガーデッキを生活空間にしている。最も、人の三倍は戦果を挙げる彼女の消耗を考えればこの程度の待遇は許容されるべきだろう。ハードロックが常に掛かっているそこに、ガンダムのパイロットがいる。
「いや、”聞こえて”るんでしょ?ニュータイプ!」
メアリが呼びかけるとロックの音が途切れ、開きっぱなしになっているガンダムのハッチから手だけが伸びてくるとサムズアップを取った。それが、ジュリア・アーチボルトのよこした返事だった。ニュータイプスタイルであれば近隣の人間の話し声はよく聞こえるようになる。
「出撃直後の休憩中すまないけど、あんたには特に働いてもらうんだからね!」
再びサムズアップ。それが彼女なりの、了解の合図だった。