圏外圏
火星標準時(MST)
火星:
郊外、「火星:荒野」フィールド
草木も、水すらも無い見渡す限り荒涼とした生命の欠片も無い大地に、三機のモビルスーツの姿があった。二機は地に伏し、一機はその傍らに佇んでいる。敗者と勝者の図であった。敗れた機体の肩はビームライフルが直撃し酷く溶融しているが
かろうじて残った一部に刻まれたマークから「セツルメント軍」に所属しているものと分かる。
軍。これもまた、GBWFにおける特異な組織の一つである。一口に言えば「特別なクラン」と言う事になるがその性質は全く異なる。専用スタイルや制式採用機など様々な独自のシステムを持ちクランでは無くより上位存在の集団として定義されている。通常クランはどれ程多くても二千人か、よくて三千人が構成員の上限となる。しかし「軍」は動員人数が異なる。万を越える人間が属して独自の戦闘システム独自の規律システムにより高い連携能力を誇っている。「軍」も上から下までプレイヤーによって構成されると言う点はクランと変わりはないが、一たび動けばそこに個人の意思は無い。と言う点は大きく異なると言える。彼等は「ゲーム」の解放条件。即ちは「戦争」をやる組織であり、その為ならば彼らはありとあらゆる場所を戦場とし得る。あらゆる場所が戦略的要所になり得る。
そうする内に彼等が火星と言う場所に目を付けたのも必然であった。マーズ・レイがひどく人間の住まう場所では無いがレアな機体の"湧き場"。マイナーアップデートでそのような都合のよいレア堀場は次々と地球圏では潰されているが、圏外圏では未だそのような掘り場所が残り続ける。そうなれば戦争に勝つためのモビルスーツ補給の為にセツルメント軍が火星に資源を求めるのも当然である。が、彼等の誤算としては火星に「移住」したプレイヤーらはセツルメントへの帰属意識をすっかり失い、自らをまつろわぬ火星の民として独立した集団意識を持っている事にあった。そしてこの白い機体もまた。
《貴様、連邦軍の手の物か……?》
撃破された機体のパイロットが苦しそうに通信を飛ばしてくる。クリスタ・ロレインは「ばっかじゃないの」と呟くと律儀に通信で返した。
「私は火星圏タールシス自治区の防衛機よ。あんた達こそ、いい加減しつっこいのよ」
コンコンと撃破されたハイモビリティカスタムのドートレスを機体のつま先で蹴る。殺してはいない。殺したら自治区の皆に迷惑をかける。
《そうかそれは……しかし、なぜ我々を攻撃する。我らはセツルメント陣営だ。自治区も騎士の保護領とし……》
「お断りよ」
クリスタは提案をも一蹴する。彼女の声は火星の声だった。火星は初の外惑星フィールドとして実装された時から常に砂嵐の吹き荒れる過酷な土地だった。微粒子が常に飛び交い専用装備を持たずに滞在すれば人もモビルスーツも二日でAGEの病魔「マーズ・レイ」に侵され死に至る。一応建造物の購入やその中での植物の栽培により「AGE」と同様の二酸化炭素の大気と砂嵐の支配する世界を、辛うじて生存できる「A.O.Z」の世界に、もっと頑張ればそれよりましな「F90」に、更に続ける事で「デルタ・アストレイ」に「鉄血」に……少しずつ少しずつ環境を改良出来る。
今でこそタールシス自治区や「鉄血のオルフェンズ」に存在したのと同じ名前を冠する「クリュセ自治区」ソーリス高原自治区など数千人程度が住まう自治区が複数存在してはいるが、依然として地形の7割は、この理不尽なまでに開拓の難しい「AGE」地帯だ。クリスタは最近になって移住したためにそれを始めから知っていた訳では無い。
しかし火星では尚もこの辛い開拓が続く。一日の開拓範囲がやっと1km四方に届こうかと言うこの現状を見れば今までの火星に住まう人々の苦労はすぐに分かる。まして【エクステンド】スタイル取得により「強化人間」に類する彼女の事にとっては火星の人々----アストレイのそれになぞらえ、「マーシャン」と呼びならわしていた----の艱難辛苦はすぐに伝わっていた。
だからこそ。
そうであるからこそ。
「今日からここはセツルメント軍によって管理される」と言われるのはたまったものでは無い。サンドボックス型ゲームで苦労して切り開いた土地を他人に奪われたらどうか。と言う話である。今日ここまでどう考えてもデスゲーム化した状態では放置していた方が得策である理不尽なフィールドを自らのマニーで開拓して来たのは紛れも無くマーシャンに他ならない。
《しかしお前とて分かっているだろう。何れ本隊が来れば自ずとこの土地の色は染まる》
「んな事分かってんのよ。だからくんなつってんの」
クリスタの語気は荒い。確かにGBWFでは色の無いフィールドであっても連邦軍かセツルメント軍が「基地」を取得すれば
その一帯のフィールドはどちらかの陣営の色に染まる。個人が基地を確保する事により個人領土と言う概念も生まれ得るが、現状は火星は「色の無い」フィールドが主体である。基地は取得すれども領有権は誰が持つワケでも無く、自治区の首長選定は最も賢き者にゆだねる。そうまでしてでも火星は「軍事」「戦争」の色を廃したがっている。だからこそ自分がこうして迎撃して血なまぐさい何かを排除しなければ。マーシャンの志は崇高のように思う。もう殺し合いに関わりたくない人間の為の安住の地とそれを創る為の努力。それに降りかかる火の粉を払う為なら何だってやろう。
「取り敢えずさぁ、殺してないんだから艦まで歩いて戻りなよ。ここら一帯の開拓度合いはポスト・ディザスターレベルだからマーズ・レイの危険は無いし」
今回も戦力的にはモビルスーツ2機だけで先遣調査のようだから本格的侵攻にはまだまだ時間があるのだろう。先遣調査隊をこてんぱんにしておけばセツルメントも諦めるだろう。それに殺すのではなく生かして返せば、火星がレア機の山だと言う誤解も解ける。火星は宝の山では無い。確かに高レア機も出るが、それを取得する為にはマーズ・レイ吹き荒れる「AGE」地帯に長期滞在する必要がある。粉塵対策済みのノーマルスーツやモビルスーツ、建築物こそあるが、ドロップさせる為のNPCとの戦闘で傷が付けばそこから吹き込み、死の病があっと言う間にドロップ堀を行うプレイヤーを襲う。かと言って開拓度を上げれば得られる機体のレアリティは下がる。宝の山では無い。ここは赤き死の星だ。開拓すれば財宝は消え去る。ハードコアモードなだけでそれ以上の何物でも無い。自分達が住んでいるのはそれでもなおそれを選んだからだ。勢力戦争には関係ない、資源にもならない。デスゲーム解決にはまったく資する事が出来ない。
「さ、ほら」
うつぶせになったモビルスーツを脱出しやすいように仰向けに戻す。だが、通信で飛んできたのは感謝の声では無く含み笑いだった。
《ふむ……やはりつめが甘い、報告書通りだなクリスタ・ロレイン》
「は……?」
突如として自らの名前を呼ばれ硬直する。
《フラタニティの申し子も、火星でたるんだか?》
フラタニティ、その言葉で彼女の精神に同様が走る。それが一瞬の隙を生んだ。彼女の機体の後ろで大きな土煙が上がる。
土中から。伏兵だ。しかも、動揺していたとは言え、レベル4の【エクステンド】スタイルであり、戦場の殺気に敏感であるはずの彼女の不意を突いた。
(まずい、【リーコン】の気配遮断か!)
【エクステンド】【ニュータイプ】と言った察しの良くなるスタイルを唯一欺瞞出来る隠密系の【リーコン】スタイル、そのパイロットが駆る、透明化が可能な機体。NダガーNだった。躍り上がった機体はそのままクリスタの機体を狙いビームサーベルを突き立て----
直前、突如として飛来した巨大なマチェットがNダガーNを直撃し、ビームサーベルを突き立てんとした右腕を丸ごと切り飛ばし、そのまま胴体を直撃する。ぶしっ、と言う嫌な音と共にコクピットから赤い液体が噴き出した。間髪入れず二本目のマチェットが今度は別方向から飛び込んできた。クリスタの機体の脇をぎりぎりの所で掠め今しがた解放したばかりの機体のコクピットを直撃する。そしてNダガーNが地面に落下。轟音。それを合図にするかのように三本目。今度はダガーナイフがもう一方のドートレスのコクピットハッチを直撃する。ソード系武装の投擲にも関わらず驚くべき精度で投擲されたそれはパネルラインから綺麗に差し込まれ、またぶちゃっ、と言う音を立てた。
そして音が消えた。マチェットとダガーナイフの突き刺さった面から赤い液体が静かに流れだす。
《き……さま……》
怨嗟の声。それきり通信は聞こえなくなった。同時にクリスタの頭に霞がかかり、彼女はぼうっとなる。あぁくそ、【エクステンド】特有の死者の意識の取り込みだ。「うわっ」「イタイ」「何故」敵パイロットの死ぬ直前の意識が頭の中をぐるぐる回り始める。回る、回る、回る……
バフあイテむをにほんモつかッたかラかいツもよりヒどい……
「苦しい」
「刃物だと」
「騙されたか」
いたイ、だまシてない……
トリップしかけた彼女の頭を引きもどしたのは、マチェットの主の声だった。
《クリスタ、油断しすぎ》
眠気が覚めるかのように我に返ったクリスタは機体を直立させ周囲を見回す。「百錬」をベースにした機体が200メートルほど離れた所に立っているのが見えた。