地球圏
地球標準時(EST)18:30
ヤキン・ドゥーエ宙域・デブリ密集地帯
ネルソン級戦艦「サンダーチャイルド」ブリーフィングルーム
「ファントムペイン」のクランリーダー、エカテリーナ・ファウがクランの副官にしてサンダーチャイルド艦長であるジョージ・ハルトリッジに呼び止められたのはちょうど一時間前だった。もう寝るつもりで居たので手短に済ませるつもりが、予想外に重い話だった事と丁度よく他のクルーも通りがかった事から、二人は立ち話をブリーフィングに発展。幸い就寝しているクルーが居なかった為、そのまま全員を呼びつけた。普段はダンとジョージが航路策定に使う程度で、後は他クランとの合同演習、合同作戦時にのみ使うブリーフィングルームはファントムペインにとっては完全に過ぎた装備であるが、複数のホロウインドウを展開してもポリゴン数削減等が起きたりしない高機能なグラフィック性能はリアルタイム通信を切って行う展開作戦や緊密に情報交換をする必要がありながら相手方に疎んじられるアウェイな打ち合わせ等の手間のかかるブリーフィングに対して大いにその威力を発揮する。スイーパーと言う人間関係の太さや連携の緊密さがモノを言うプレイスタイルを取りながら、出来るだけ世俗とかかわりを断つと言う矛盾した在り様は、団員の覚悟もさる事ながら稀に入手出来るこうした贅沢品があればこそだ。
「全員集まるとは好都合だが……ダン、外の様子はどうか?」
「んにゃ、ミュータント気配無し。エネミードロップ予想は1パーセント切ってる。凪いだ宇宙だ。高熱源動体感知システムの修繕ポイントも先週決済したし、何かあればコイツに通知が来る。宙域ミュータント出現評価もDマイナスに更新されてたし、今の宙域を出るまではブリッジにゃ居てもいなくても変わらねえだろ」
ダンはごつごつとしたミリタリーチックな端末を弄びながら暇そうに答えた。ポーズメニューと言う概念の存在しない仮想現実ゲームにおいてメニュー画面を開く為に全プレイヤーが強制的に携帯させられる端末は、外観やアプリにバリエーションが用意されているがそれ以上の、ゲームシステムを遠隔操作出来る機能を望む場合には相応の金子が必要となる。ダンが持つ「H-05C」もその一つで、艦艇の操艦システムとリンクさせて、クルー以外の人間が艦内に立ち入った際に通知を受け取ったり、アバターが艦内にある限り、わざわざ艦橋まで出向かずともどこからでも操舵操作を遠隔で実施出来る仕様となっている。ゲームシステム上ではアドバンスドデバイスと呼ばれるこれはダンの操艦に欠かせないもので、彼がクランメンバーを巻き込んで獲得した月間撃破シルバーランクの景品として獲得したものである。
そしてそのアドバンスドデバイスの伝える情報をもとにダンが報告する所を端的に言えば、今は「放置ゲー」状態だった。
周囲十万キロに高熱源、および動体なし。モビルスーツサイズの物体、なし。光子処理システムのスペックにあかして実寸大の宇宙フィールドを実装したGBWFのもっともリアルにして、もっとも退屈な点がこのリアルフィールド故のブランクエリア航行であった。ワープ機能は無い。高速航行をやるとデブリにぶつかる。古き良き定期航路客船時代に逆戻りしたかのような旅をプレーヤーは強いられる。
「ほいで?船団護衛を一回やるだけで艦艇一隻くれるんだってな?」
ダンはやや疑い気味であった。船団護衛それ自体は特に珍しいクエストではない。よりゲーム的に記述すると「特定のポイントから特定のポイントへアイテムを搭載した艦艇を動かす際に他プレイヤーがPvPを仕掛け、アイテムを奪取する行為への代理迎撃行為」と言う事になるが、アイテムを売買する商人的なプレイヤーは結構いるし、時としてビジネスの為に危険な近道を選ばざるをえない時もある。商人自身が戦闘に出たり、あるいは商人クランの内部に戦闘員を保有しているのが一般的とはいえ、金を払って人を雇うのもおかしい事ではない。しかしそう言ったクエストはありふれている為に報酬にも相場と言うものがある。一般に道中における危険性の高さと距離の二つの要素を主軸として報酬は決定されるものだが、ジョージが持ってきた今回のクエストでは地球から火星までの一往復だけである。距離はかなりのものだが、火星航路については実装当初の有象無象がたむろしていた頃はともかく、今はセツルメントと火星の自治クランが警備艇を配置している。相場はよくてレア4のモビルスーツ小隊、もしくはそれに相当する程度の艦艇強化パーツやマニー。
いずれにせよ戦力が今一つ足りないクランが任務の実施と報酬による戦力強化と言うトレーニングがてらこなすものが今の火星往還護衛であり、今更艦艇を丸ごと一隻付けるほどのものでもない。
「あぁ。しかもドンガラじゃない。きちんと砲門やモビルスーツ格納庫第二デッキについては解除済みだそうだ」
ゲーム内で購入できる艦艇は意外に初期導入費用が安いが、
その代わりとして自動航行や最低限のモビルスーツデッキ等しか利用する事が出来ず、それ以上の事がしたければ都度都度ゲーム内通貨を支払う仕様となっている。故に、艦艇を報酬として譲渡すると言う場合にはどこまでアンロックが済んでいるものかを確認しなければヘタをすると真面目に使うには報酬として見込んでいた資産相当額の金を突っ込まねばならないし売り払おうにも大した値が付かず、どうやっても赤字と言う事になりかねない。程々に余裕のあるクランなら勉強代と割り切る事も出来ようが今のファントムペインにそれほどの余裕は無い。出ていくものは一円でも押さえたいのが全員の本音だ。
「そりゃ結構な事だ……結構な事だが、ますますクサいな。そんだけ上等な艦があるなら頼む必要もあるめえ」
ダンの顔がやや不安げな色を帯びる。
「随分と豪勢な話だねジョージ、裏は取ってるんだろうね?」
エカテリーナも念を押す。艦艇一隻があればだいぶローテーションも変わるだろうと言う話を先日したばかりの所にまさに丁度良い具合の報酬を簡単にくれると言う話が舞い込んだのだ。ユーザー間で取引されるユーザークエストは不特定多数の人間が閲覧出来る為、特定人物に向けての嫌がらせを行うのは難しいだろうが、何しろファントムペインは構成員が構成員だ。万が一と言う可能性も否定は出来ない。
「これはルオ商会が引き受けて、その上でルオのネットワークを通じて出してる。で、それとは別にマークスセキュリティー、マイルズタクティカルワークスの二社を使って、ルオに最初に話を持ち込んだ依頼主におかしい所は無いって事は確認した」
「その大本の依頼主って訳かい」
「あぁ……珍しい名前だったよ」
ジョージが手元の端末を操作すると、ブリーフィングテーブルのホロモニターに情報商社二社からの報告書が表示された。いずれもゲーム内部の末端クランの情報等に精通している中堅情報屋で、今までも何度か利用している信頼のおける所だ。そこに表示された発注者は確かに普段は見ないものだった。
「火星、自治クラン?」
「火星を仕切ってる連中だね。とは言っても政治的なものと言うよりは開拓民の互助組合のようなものらしいが」
ジョージは新しいホロウインドウを開く。動画ウィンドウには赤茶けた大地の上にビニールハウスの怪物のような地上開発型コロニーが点在している様子が見て取れた。