遥かなる赤き星   作:くろてつ

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記録番号05:独断

地球圏

地球標準時(EST)18:40

 

サイド1宙域・ソロモン宇宙要塞・付随小惑星帯「LZ-9000」

マゼラン級戦艦「フェンリル」司令長官室

 

 「火星へ征くであろうファントムペインへの……増援任務ですか……」

 ロバートは先んじて知っていたとはいえ、改めて告知された任務内容にどうにも実感がわかなかった。スイーパー同士、戦力を融通し合う事があるのはそう珍しい事では無い。恐らく全体でも数千人程度の人員しかいないスイーパーでは、自らがカバーしている宙域に抜けが起きる場合は近隣クランや知己から艦艇やモビルスーツを派遣してもらう事はそう珍しい物でも無い。と言うか、現に「ムーア師団」からもサラミス改を4~5隻ほど、「ファントムペイン」に派遣している。だが、今回のようなのは、スイーパー創設初期から携わってきたロバートにとっても経験の無い事例だ。スイーパーの外惑星系への進出と、それの増援。しかもまだ相手クランは征くかどうか決め兼ねていると言うのに、こちらで先に増援を決めてしまう。

 だが、ナカモトに特別緊張した所は無い。まるで、ファントムペインは行くと決め込んでいるかのようだ。こう言う時この男の顔は変わる。三十路の疲れを刻んだ顔から、冷徹な経営者の、否、官僚の顔になる。

 「そうだ、以前から圏外圏フィールドである火星は、レアリティ5,6帯のヴェイガン系モビルスーツがドロップすると言う事で、その領有権をめぐって住民とセツルメント軍の間で議論が起きていたが、火星はセツルメント軍の支配下に入らず、レアドロップの為の軍遠征も許可しない姿勢を取り続けていた。

『勢力戦争に火星は関わらない、関係ない、よって駐留を認めない』……中立勢力の"3ない"の基本だな。そして最近、セツルメントは武力を以て火星をセツルメント軍の配下に置く姿勢を見せてきた。慌てふためいて火星はルオ商会に傭兵を発注……こんな所だ」

 「どうしてそれが分かったんですか?」

 「ルオ商会の営業だ」

 それを聞いてメアリも納得する。あの糸目の怪しげな中国人。確かに彼ならそう言った内情をペラペラと喋ってしまいそうだ。

 「でも……火星と言っても別に、そこまで大量の住人が居る訳では無いわよね」

 今度はジュリアが疑問を唱えた。

 「確か、開拓も大変だって言いますけども。軍が勝手に来る分には認めても良いような気がしますが」

 「軍の駐留を認めれば次には市街地への軍隊駐留を許す事になる。ただでさえ火星の住民はセツルメントや連邦には属せない世捨て人が多い。セツルメント側に存在するNPK中立都市は全て何らかの形で政治闘争に巻き込まれている。つまりは火星はそう言った世捨て人の最後の楽園だ。そこにも軍が来るとなれば不快な思いをする人間は少なくあるまい」

 「まぁ、それは……」

 「それに、それだけでは無いと聞いている。火星には既にセツルメントの監視基地が存在しているが、住人との間で問題が多発していると言う報告も入っている」

 「火星のローカル情報まで手に入れてるんですか……」

 用意周到過ぎる事にあきれ顔のロバートを無視して、ナカモトは続ける。

 「まぁとにかく、火星は戦力を欲し、ファントムペインはそれに応えるつもりでいる。これは間違いない。だが、今のファントムペインが火星まで到達する事は困難だ。ファントムペインの保有艦は確か十隻未満。うち、圏外圏アウタースペースまで到達出来るのは旗艦くらい。 加えて火星はまともな戦闘艦隊を持っていないと言う。ファントムペインのサンダーチャイルドが付いた所で形勢逆転はとても狙えないだろう」

 ナカモトの目には何の感情も浮かばない。ファントムペインを軽く見ている訳では無く、火星を侮っている訳でも無く、ただただファクトを述べていく。

 「恐らくはルオ商会から何らかの補助を引き出す腹積もりではあるだろうが、私の見立てでは、それでもなお足りないだろう。セツルメントの強硬派は、単なる一個艦隊を派遣して終わり、と言う訳では無さそうだ」

 「それで増援と……しかし、よく受たわね。ファントムペインの増援なんて」

 ジュリアはこの点について素直に驚いていた。ファントムペインと言えば、過去に何らかの罪状を背負う人間を主に迎え入れる札付きのクランとして知られている。ジュリアは過去に一度、そのファントムペインに助けられているから悪い人では無いとは識っているが、ムーア師団全体として見た場合、ファントムペインとつるむ、と言うのは得策では無い。本流から外れた人間、列車を下りた人間。恐らくはナカモトが最も関わり合いになりたがらないタイプの人間だが。が、やはりナカモトは顔色一つ変えない。

 「これは依頼を受けた訳では無い、ムーア師団による独断の増援艦隊編成だ」

 「は……」

 ユウセイは目をぱちくりとさせた。ナカモトはファントムペイン火星進出の報を聞いて勝手に増援を決めたと言う事か。

 「じゃ、じゃあ、先方のリーダーさんとの打ち合わせは」

 「無い」

 あっさりと断言した。

 「ファントムペインのクランリーダーはああ言う人物だ。恐らくは我々が正式に増援の用意があると言っても簡単には受けまい。いや、それどころか慇懃無礼に拒否されるのが精々だろう。情けは要らんとな。故にムーア師団は勝手に艦隊を編成し、火星へ派遣する。そして、その先で火星と地球、セツルメントの抗争に巻き込まれてしまい、再びサンダーボルト宙域へ帰還する為に"やむを得ず"火星勢力とファントムペインによって組織された連合艦隊に参加する……こういうシナリオだ」

 「でも、それってつまり、セツルメント軍と事を構えるって事ですよね?そんな事をして大丈夫なんでしょうか……」

 メアリの手に汗が浮かぶ。スイーパーは、ムーア師団は、いうなればセツルメント軍の代わりにミュータントの対処を行う、ゆるいPMCのような存在であり、通報ネットワーク等の問題から軍とは切っても切れない関係にある。別に軍に忠誠を誓っている訳では無いし、クランによっては軍と敵対関係に近い状態にある所もあるにはあるから軍の方針と異なる事をやっても、まぁ問題無いと言えば無いが、直接砲火を交えるとなると、かなり意味が変わって来る。しかし、

 「問題無い」

 即答だった。

 「今次の火星派兵作戦については一部の強硬派が押し切って実行したものであり、反対の声は根強い。我々と協力関係にあるスラット侯爵も、反対派の一人だそうだ。まぁ流石にだから火星側に付く、と言う訳では無いが、火星側に付き、火星が勝利すればいわば我々は"本流"となる」

 「勝つ事が前提、ですか」

 「負ければ、要請されて致し方なく、と返せばいい。三隻程度の派兵とあれば嫌疑もかけづらかろう」

 「よく言うよ」

 ロバートは肩をすくめた。

 「しっかしまぁ、ナカモト先生がこういう事やるなんて珍しいですな。助太刀なんて義侠な事を……やっぱ、同じ仲間として恩を売っとこうって算段ですかい?」

 だがロバートの茶化しにもナカモトはまったく動じずにこう返した。

 「それには全く興味が無い。愚連隊に恩を売った所で回収のアテは無い。『火星に対する強硬派に対してムーアは異を唱えた』と言う実績が残るかどうかだ」

 照れも嘘も無い、心底からそれしか考えてない事が分かる冷たい声であった。

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