遥かなる赤き星   作:くろてつ

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記録番号06:疑念

地球圏

地球標準時(EST)18:50

 

ヤキン・ドゥーエ宙域・デブリ密集地帯

ネルソン級戦艦「サンダーチャイルド」ブリーフィングルーム

 

 「にしてもマークスとマイルズかーそのどっちもがBプラス評価出してるって事はとりあえず問題は無さそうだね」

 素早く依頼主の評価欄に目を走らせたニネットはうんうんと一人頷く。

 「Bプラスで、ですか……?」

 納得したような顔つきのニネットとは対照的に、ヘレナは総合評価レベルの文字に不安そうだった。

 「あーこれちょっとカラクリがあんのよ。この二つントコは情報の値付けが独特でね、A評価を出すのは支払いが並みよりかなり良い所。C以下を付けるのは支払いで一度でも拗れた事がある事」

 「つまり……?」

 「そ、この火星自治体サンは額は普通かシブチン。けど支払い関連でトラブルを起こした事は今の所無いって感じかな。プラス評価がついてるのは月に十件以上のユーザークエストが成立しているって意味。ま、優良自治体としてはよくあるパターンじゃない?値切りとかしないヘーヘーボンボンのお人よし連中って奴」

 最後の一言が余計なんだ、と心の中で舌打ちしつつ、しかしエカテリーナもニネットの説明能力には感心した。一瞬にしてどのようなクランまでかを逆算するのは評価方法等のマスクデータにまで精通していなければ出来るものでは無い。そして他者のクランの内部事情等と言うのは普通知りえないものだ。他のメンバーが目前の状況に対して俊敏に反応するタイプのゲーマーなのに対して、一人ルールの仕様を把握しに行く、先んじて相手の論理を知りに行く様は、ともすれば攻略情報頼みのプレイスタイルに見えなくもないが努力せず攻略本に縋り鵜呑みにするのではなく、独力でそれを収集、検証する方にリソースを割いていると言う点でニネット・ファニーハフを一味違うプレイヤーとして成立させている。

 特に愚連隊の如きファントムペインにあってはルールの間隙を突かねば成らない場面が多く、またこれからもそのような場面が多々ある事は想像に難くない。それを考えればこうしたタイプのはぐれものもまた、代えがたい人材だ。

 「しかしそれならば騎士に頼めば良いのではないか?」

 次に来る疑問を口にしたのはステファン・ヘルブランディだった。

 「民間業者が自前で手配すると言うならともかく、自治体クランと名乗っているならば騎士領の元で動いているのだろう?」

 GBWFにおける上位アカウントの印であり莫大なゲーム内資産を持ち、他プレイヤーに対するペナルティを伴う命令を強制的に下す事が可能で、自分の「領地」として与えらえたエリアでは優先的にオブジェクトの配置撤去を行える権力者を意味する単語をステファンは口にした。

 「住民クラン船の船団護衛。それも火星への帰路と言う事であれば騎士の領内統治に該当し得る。誰の統治領かは知らんが今時船団護衛の仲介くらいどこの騎士領でも受け付けている。何もオーバーな報酬を積んでまで信頼のおけぬ外部業者を使う必要もあるまい」

 騎士は他人に命令出来て実質的な地主としてふるまえる。 そこまでなら利が大きいように見えるが、騎士と言うのはあくまでシステムが設定した呼称であって絶対的統治権と言う訳では無い。決闘を申し込まれ敗北したり複数騎士の推薦があれば騎士は別のプレイヤーに入れ代わる。今現在、騎士となるプレイヤーの入れ替わりがほとんど起きないのは彼らが決闘に勝利するだけの腕前を持っていると言う以上にもめ事の仲裁や領内交易保護等の統治能力に長けており、大多数のプレイヤーが地権や命令権と言ったものを受ける立場ではあるものの概ねその統治に満足しており急な変化を望まないと言う恭順の意思を示している所によるものが大きい。

「そこに今回のチャンスがありリスクもある」

ジョージは再び深く頷くと更に資料を呼び出した。ホロモニターには赤い星の写真といくつかの行政文書にならった書類が並ぶ。その中の一つを手に取ってしばらく眺めた後にステファンは顔をしかめた。

「……火星は空白地帯だったのか?」

「どうやらその様だ。実際に僕も今回のクエスト受注で情報を取り寄せるまでてっきりどこかの騎士が治めていると思ったのだがね」

「今までの通りなら最初にクエストをクリアしたクランのリーダーがとりあえず騎士の称号をゲット出来るのだから、どうであれ騎士は居ると思っていたが」

 だがジョージは首を横に振る。

「それはセツルメントエリア。というか地球から月までのエリアにおけるシステムだが、火星と木星はどうも違うらしい」

ジョージはごちゃごちゃしてきたホロモニターをかき分けると一枚の書類を取り出した。

 「火星エリアと木星エリアの攻略について初期に流れた情報だ。これによれば火星エリアではまず最初に"浄化"と呼ばれる砂嵐を収めるクエストを実行する必要があり、そのうえで人が生活出来るレベル。まぁポスト・ディザスターレベルまで引き上げれば騎士の拡張統治領とする事が出来るようになるらしい」

 騎士は割り当てられたエリアだけを収める首長に非ず。とはゲームの煽り文に書かれていたものだが、事実その通りで未開拓のエリアについては騎士が移動しドミネーションバトルと呼ばれる独特の戦闘を実施する事で自身の統治領と同様に統治権を得る事が可能となる。

 正にセツルメントエリアは戦国時代のごとき様相を呈している。

 「ただ、開拓が終わり次第誰かのエリアに割り当てられるって訳じゃなくあくまで拡張統治領にもなりうる。と言うものらしい」

 「なるほど。火星の住人達はその開拓まではしても、騎士が来ていないから誰かの統治下には入っていないと言う訳か」

 ステファンが合点を得たと頷く。

 「そうして開拓を続ける中で自然に形成されたのが今回のクラン……騎士の傘下でないなら船団護衛も自前で何とかする必要がある。こんな所だろう」

 「騎士の傘下には無い……要はあれだろう。勝手に名乗ってるだけで素性は知れぬって訳だ?」

 エカテリーナはホロモニターに浮かぶ資料一つを指で引き寄せる。資料には火星の土地の特徴として、一切の既得利権が存在せず、プレイヤーがマニーを積む事で土地の権利を購入出来るとあった。もし、誰かがクランリーダーとなって特定の土地を基地と定め、クランルールを定めれば、それはもう「クニ」と言い切る事が出来る。これもその一つだろうとエカテリーナは睨んだ。

 最も、自治体クランといっても全部が全部まともな訳ではない。例えば先日、統括の"騎士"に粛清された「モウサ共和国」クランは、モウサエリアが手出しされていない拡張統治領である事に目をつけて独立を宣言し、内部に簡単な自治防衛隊を設けたり商業船団を組成して中規模の貿易を行う等、あたかも新しい統治形態であるようにふるまっていたが、内部は暴力の支配する荒れた世界であった。

 火星がそう言うアウトローの集まりだとは思いたくないが、ファントムペインも、一応はヤキン・ドゥーエ宙域を統括しているとされる騎士との付き合いがある。それに、ファントムペイン自体がそう言うアウトローからの脱却を志しているのだ。傷物だらけのクランが言うのも変な話だが、人品卑しからぬと断じれるまでは妙な連中と繋がるのは避けたい。

「勝手に自治体を名乗る、と言う点は正解だ。一応、僕も火星フィールドの統治を割り当てられている騎士について調べた。制定されたのはかなり前の御前会議で、火星エリアが実装される前だ」

「想定として割り当てられたと?」

「そうなるな。まぁ、このゲーム自体ガンダムがモチーフだし、当時の時点でも火星や木星が実装される事は当然と言う雰囲気だったようだしね」

ジョージが探り出したホログラフのログ日時は相当古いものだった。

「一応、ノルフィ・スラット卿が対処すると言う事で決まっていたようだが、今の所彼は火星に足を踏み入れた事も無いらしい」

ジョージがテーブルをフリックすると、「月面・火星統括騎士」と表示され、恰幅の良い男性の写真が現れた。

「月のおじ様ですね」

ヘレナが頷く。月面統括騎士、ノルフィ・スラット。現実世界においても通信会社のCEOを務めており、そして大英帝国におけるナイトの爵位を持つ本当の「騎士」であり、かつGBWFのプレテスト時点で数十万の課金をしていた廃プレイヤー。エカテリーナ達も月面にファントムペインの連絡所を設置する際に一度だけ挨拶に伺っている。

「しかしスラット卿自身に統治する気があるかどうかすら分からないのではな」

ステファンが唸るようにつぶやく。

「火星フィールドが実装されたのはつい最近の事だろ?海のものとも山のものとも分からないうちは誰だって手出ししたくない。スラット卿自身、積極的に取りに行くと言うよりは月を育てる事に注力気味さね」

エカテリーナがため息を吐き出しつつスラット卿のデータをはじく。フリックで飛んで行ったホログラフのデータペーパーは机の端にあたって消えた。

「ま、そんな感じでステファンの心配は消えたな」

ジョージはふわふわ浮かぶホログラフをいったん束ねるとジェスチャーでゴミ箱のアイコンを呼び出し、まとめて投げ込んだ。簡単な紙が丸められる音と共にホログラフの書類の数々が消え去り、穏やかな青い待ち受け画面に戻る。

「さて、話を元に戻そうか」

ジョージは改めて一番最初に呼び出したクエスト概要を呼び出し、今度は拡大して表示した。

「受けても問題ないと言い切るのは早計かもしれないが、絶対に受けるべきでない詐欺の類でない事、先方の事情はひとまずわかってもらえたと思う。次に審議すべき話題もね」

「実際に受けるとしての道中リスクだろ?もったいぶらずにお言いよ」

「わぁ怖い。エリーナ、眠いの?」

「バカを言うんじゃないよニネット。受けるならとっとと受ける。受けないなら時間を無駄にはしたくない。それだけさね」

今一つ気持ちの乗らないエカテリーナを見て受注に危機を感じたのかジョージはやや慌てて四枚ほどの資料を呼び出した。 「一応最近の火星航路に関する安全性の資料だ。まぁ細かい所はダンとかヘレナに見てもらうとして、結論から言えば問題無いだろう」

「先方の指定した航路とかはどうだ?」

政治談議ではずっと端末をいじっていたダンがふいに身を乗り出す。一枚のホログラフを呼び寄せるとあやとりをいじる様な手つきで水平にした後、ハンドソープを泡立てるが如きしぐさで紙から立体的な航路図を呼び出す。20センチ四方ほどの立方体の中にミニチュアの地球と火星が表示され、その間をなめらかな一本線が結ぶ。

 だが、美麗な航路表示に反してダンは顔を曇らせた。

「おいジョージよい。こいつはセツルメントが管理してないやつだろ」

「そうだよ」

「海賊連中に吊り上げられて潮流から引っ張り出されたらキツいぞ」

「まぁその辺はさ、これを見てくれよ」

ジョージは安全性に関するレポートのホログラフを手に取る。ホログラフは全体的に淡い緑の光を放っており、航路を利用してもスカベンジャーのような悪質プレイヤーと遭遇する危険性は低いことを示している。だが、それに対して反応したのがニネットだった。

「ちょい待ちジョージ。裏航路が安全だって裏取り、出来ないっしょ」

くるくるいじっていたボールペンをステファンに押し付け、ひったくるようにレポートを読みだす。

「そうか?裏と言った所で全部が全部ヤバい訳じゃないと思うんだが」

ジョージは首を傾げつつ、さほど不審に思っている様子は無かった。反対にニネットの眉間には皺が寄る。

「んーどうだろうねコレ。このルート、開拓はされてても道中安全性の検証はまだ終わらず。情報屋が安全宣言を出すとしたらそいつは先走ってるって言うのがクチコミの評価だったし。あとは海賊の発生リスクについてもルオのマンスリーリポートが上がってないからなぁ……」

「それは直近……三日前に挙げているが、どうだろう。更新されていたりしないだろうかいや、そこのを請求するのは初めてだから信頼性は知らないんだが」

 だが、ニネットはそれでも首を縦に振らない。

 「ンン、これロメオ名義じゃん。アイツ更新速度だけが売りで飛ばしが結構多いんだよね。ロシュオの方は上がってきた情報吟味する奴だから商会全体の評価が悪くないのがまた性質が悪いし。ジョージ、ロメオの地球圏リポート見た?」

 「いや、見ていないが」

 「ヨタだらけだよ。こないだ次の円卓会議でブッホの社長さんが円卓に入るかもって噂あったでしょ」

 「あぁ、ほぼ確定と噂されながら実際には議題にもならなかった奴だろう。根も葉もない割にはずいぶん決定ムードだったように思うが」

 円卓会議直後のクリルタイであからさまに不機嫌な顔をしていた高慢な男の顔を思い出しながらジョージは答える。

 「それの火種がロメオなんだよ」

 ニネットはため息をついて目を閉じながらリポートのペーパーを投げ捨てた。

 「あれ以降ロメオは地球圏リポートから外されたから何となくR&R商会の評価も上向いてきてるけどロメオ名義のものは以前微妙だと思う」

 「ふむ……」

 「までもなぁ。ロメオもあたる時は当たるし。自己責任って感じではあるからまるっきりダメって訳でも無い、かな?」

 そう言うとニネットはやおらエカテリーナの方を振り返る。

 「んじゃもうアレだね。報酬に怪しい所はあるけどそれは今分からない。つまり受注前の不安点はもうこれ以上探りようがない。って事でエリーナ。どうする?」

 エカテリーナは急に集まった視線にどきっとした。正直ちょっかいを出しつつ何となく受ける方向に推移していくだろうから承認すればいいと思って一歩引いていた所はある。しかし他の連中が丸投げしてくるとは予想外だったのだ。

 「どうだ?エカテリーナ」

 ステファンが、ヘレナが、ジョージが、ニネットが、ダンが。サンダーチャイルドの全員がエカテリーナを見つめていた。

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