遥かなる赤き星   作:くろてつ

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記録番号07:夜想

地球圏

地球標準時(EST)20:50

 

ヤキン・ドゥーエ宙域・デブリ地帯外縁部

ネルソン級戦艦「サンダーチャイルド」展望通路

 

 エカテリーナはサンダーチャイルドの後部にある展望窓から星空を眺めていた。本当なら早々と寝るつもりだったが、突発的なブリーフィングで疲れたのか今一つ寝つきが悪かった。夜空を見ていれば落ち着くかとも思ったが、20分程見て理解したのは、その程度の事で眠気を誘われるのは心配事のない連中だけだ。と言う事だけだった。

 会議で決断を迫られたエカテリーナはそのまま承認した。

 「何だい揃ってこっち見て。いいんじゃないか?」

 「では本艦はこのまま巡航を続け、ヤキン・ドゥーエ宙域の最外縁部に到達した時点で離脱。打合せと装備受領の為に月面に向かう事になる……本当にいいか?」

 「何度も聞くんじゃないよジョージ。依頼元ははっきりしてる。報酬はクサいが火星まで何事も無くって訳じゃないと考えりゃ用心棒代としちゃ妥当なんじゃないかね」

 「でもでも、戦闘になるかもしれませんよ……?」

 「そりゃヘレナは嫌だろうけど。でも今の私達が重巡を真っ当なルートで買い付けるだけの資金か、あるいは資金を捻りだすだけの時間を確保出来るのかって話さね」

 上目遣いで訪ねてきたヘレナをなだめつつエカテリーナは続ける。

 「カネか、時間。そのどっちも無けりゃ最後はカラダ張るしか無いってね……」

 そうだ。火中の栗を拾う行為であっても栗は栗だ。ジャンクパーツをかき集めて一隻錬成すると言う手段でも火星までの往還と同じくらいの時間で作れはするだろうが、都合よくジャンクパーツを調達する為の折衝や交渉を考えると相手にするのがルオだけで良い今回の案件を受けた方がぐっと楽だ。

 「うへ、僕はデスクワーク派なんですけどね」

 「ま、私だって命削ってやるなんてのは御免だからね。打合せでルオからどれ位アドを引き出せるかを考えとくさ」

 そうして会議を長引かせず締めたは良いが、実際の所エカテリーナにルオから何かを引き出せる算段など無い。

 「しっかしまぁ、宇宙ってのを人は見るもんだねえ」

 微かに自嘲する。母国のBBSに「ガンダムの通路で宇宙を眺めて語らうシーンが一番ありえない」と書き込んで大いに荒れさせたのも今となっては悪い事をした気がする。確かに人間は大きい決断を迫られると広大な空間に己を投影し、自らの悩みが大した事では無いかのように思いたくなるように出来ているのだ。

 「間違った、訳じゃない」

 自分に言い聞かせる。このまま無理なシフトを続けて行く事もできなくはないが、消耗しながら生きて居られる保証は無い。それに、このファントムペインとしての行動をいつまで行うかと言うのもある。

 今、ファントムペインとして活動しているのは他に渡りの付けようが無い、金もコネも無い人間の掃きだめが唯一出来る事がそれだから。と言うだけだ。設立当初にはコネか金が溜まったら追い出すと言う理念を掲げていた。人材不足の今はそうも言ってられない。というのはあるが、本当にそれだけだろうか?稼ぎが程々に良く、それなりに人にゴチャゴチャ言われないのを良い事に、ただ無為にスイーパーとしてだらだらと過ごしているのではないか?一体どこで、自分はこの懺悔を終わりとするのか……

 

そうだ。社会復帰を目指して行動しているのだ。

 

エカテリーナは不意にそんな事を思い出した。青臭いが、確かな目標だった。

 ファントムペインは地道な苦行を良しとする武者修行的な面は持っているが、スイーパーをやる事はあくまで社会復帰の過程であって、目的では無い。過程に拘る理由は無い。そして、火星とのコネ。船団護衛一回きりとは言っても、次、そのまた次に繋げられれば。しかも、誰かに頭を下げてお情けで頂く社会復帰のチャンスでは無い。それではダメなのだ。それでは結局、"札付き"と言う傷が消えないまま、再び既存のヒエラルキーに組み入れられるだけだ。自分達が自分達の道を切り開けるまたとないチャンス。同じ出稼ぎと言っても「ああ、あのスイーパーのね」と言う目線を向けられない、スイーパー宙域以外での真っ当なカタギの仕事。これ以上の任務が他にあるだろうか。

 「今日ばかりは、火星さんに感謝……かな……」

 ぽつり、とつぶやくとポケットに入れっぱなしだったジュースのチューブを吸い込んだ。酸味と芳醇なブドウの香りが広がる。晩酌と言うには質素だが眠れないならアルコールの力も借りなくてはならない。

 具体的な答えは出ないが、とりあえず「現状よりはマシ」と言う答えを出したエカテリーナが再び寝袋に戻ろうと振り向くのとほぼ同じタイミングで自動ドアが開いた。つい癖で身構えたが、瞬時に自分の艦で身構える必要もないと思いなおしたエカテリーナはふっと肩の力を抜く。入ってきたのはステファンだった。

 「まだ起きていたか」

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