廊下に出てリフトグリップを握りしめるともう片方の手で端末を取り出し内線アプリを呼び出すと短縮番号でブリッジオペレーターを直接呼び出す。イントラネットも繋がっていると言う事はまだ電波攪乱粒子が出るような事態にはなっていないと言う事だ。これが何等かの攪乱粒子が充満している判定が出ればたとえ同じ艦の中であっても有線式の艦内電話しか使えなくなる。コール二回で出たのはヘレナの声だった。
「個室に掛けても格納庫のビルダールームに掛けても繋がらなかったんですよぉ!?」
「悪い、端末の電源落としていたんだ」
「どうして!」
「まぁちょっとな……っと」
リフトグリップの終端部から着地せず壁を蹴って勢いを増しつつ方向転換する。蹴り移動は壁が汚れるからあまりやりたくは無いが最後部の展望デッキから格納庫までは長い。
「今展望デッキのあるフロアのバーティカルリフトに付いた、頼む」
「りょ、了解しました。ハンガーデッキまでのルート以外の隔壁、閉鎖します」
遠くから機械的な音が響き始める。サンダーチャイルドが本格的に戦闘準備態勢に入り始めた合図だ。
「サンダーチャイルドはこれより戦闘配置、重力ブロック機能制限に入ります」
艦内放送でヘレナの声が響く。
「悪いがエカテリーナ、この宙域で戦闘は初めてで、俺も規模が分からない。待機頼めるか」
後ろを振り返りエカテリーナに尋ねる。
「あいよ。まヤバくなったらこっちも自己判断で出るさ」
「頼む」
ステファンはそれだけ言うとフロアをつなぐ小型の垂直リフトに身をゆだねた。
ビームが来る。避ける。細かくジョイスティックを刻み三連ビームを一つずつ適格に避ける。三点射は大味な軌道で回避してはならない。何故なら大きく噴かした慣性を殺しきる前に本命の強力なビームが来るから。自機をかすめるビームの弾は粒状ではなく糸状のものが三発来た。敵が使っているのは専用のビームマシンガンではなくビームライフルのバーストモードと分かった。
「ッと、本当に危ないなこれは……」
マットブラックの塗装が施されたデナン・ゾンの一団の攻撃を受けたのが30分前。最初は相棒と共に応戦していたが、やがてそれがミュータントでない事に気が付く頃には周到なおびき寄せにより分断されてしまっていた。 黒塗りで識別は難しいが、エビル・Sやベルガ・ダラスのように見える機体も居た。つまり組織化された敵と言う事になる。
相方についてはこう言ったごみごみした宙域での戦闘経験が豊富だから心配は無い。それに分かれてしまったら勝手に帰投しようと打合せは済ませている。
7機居た敵のうち、2機は落とした。NPCではなくプレイヤーだと理解していたから少しだけ躊躇ったが、向こうの清々しすぎる殺意、軍ではない中立だと言う通信を無視した執拗な攻撃はこちらの線引きを超えていた。しかし問題は残る5機の配分で、こちらに3機もついて来てしまっていた。自慢の"羽"もこうデブリが多くてはいたずらに擦過傷を増やすだけで無用の長物と化している。ifsユニットを使えば相手に自機の位置を悟られる。
ビームシールドとビームライフルしか使えず、徐々に逃げ惑う範囲が狭められていく苦しい戦いが続き、接近戦を決意した刹那、不意に短距離レーダーに動体反応が入る。敵の母艦へと誘い込まれたかと一瞬身を固くしたが、そのネルソン級が発信するシグナルはスイーパー特有のものだった。
「サンダー……チャイルド……?」
側面に描かれた艦名がモニターに拡大表示される。古いSF小説に出てくる艦の名だった。
「ハンガーについた!……で、今ダガーに乗った!」
それだけ言うと端末の通話を切断し、ダガーのコンソール上部に位置するタッチポイントに軽く触れさせる。非接触認証が行われ、機体が主を識別し起動を開始した。こう言う所の処理はVRゲーム的で便利な所である。デッキクルーが一人も居なくてもダガーの立ち上げが行えるのだから。
エカテリーナがハンガーの隅にあるガンルームに入った事を視認すると機体のプライマリチェックを開始した。推進剤、バッテリー残量、装甲状態、フレーム反応速度、スラスターノズル動作マニュピレーター動作確認。短距離レーダー、通信機器類、画面表示、アプリケーション立ち上げ、M.O.Sのログイン。ブリッジに回線をつなぐと液晶画面に戦術オペレータとしてインカムを付けたヘレナの顔が現れた。
「こちらブリッジ。音声確認……ってええっ、私服ですか!?」
「あーまぁ。ノーマルスーツをビルダールームに持ち込んでいるのを忘れていた」
少しだけバツが悪い。何しろ今の自分は色の抜けたジーンズにワイシャツ、綿の黒ジャケットと言うラフすぎるいでたちなのだ。
「……了解しました」
やや納得出来ないと言う顔をしつつもヘレナは出撃準備を着々と進めているようで、ハンガーロックが解除された通知が来た。機体を艦の外へ出し、巨大な二枚板状のカタパルトへ漂わせる。鉄血仕様のインカムを接続し、通信のやり取りを機体のスピーカーから切り替える。
「105スローターダガー、エールストライカー接続完了。以降、識別表に従い、105スローターダガーと呼称します。リニアカタパルト出力、規定値に到達。ガイドレール延伸完了、モビルスーツ投射進路クリア。105スローターダガー、発進位置へ。ステファン・ヘルブランディ、ユーハブコントロール」
「了解、ステファン・ヘルブランディ。スローターダガー。出る!」
強力な電磁作用により瞬時にスローターは加速する。といってもステファンにさほどの負荷は掛からない。 ステファンがゲームならではの【スキル】制によって獲得したスタイルスキル「機体適合」によりノーマルスーツであっても私服であってもシートベルトさえ適切に締めていれば負荷は一定のものに抑えられる。座席に座ればその時点でロックが成立するノーマルスーツと異なり、五点式シートベルトと言う日常ではあまり馴染みのないものを締める必要はあるが服装を問わずモビルスーツで機動戦を行えるのは真空まで再現されているゲームフィールドで機体に穴が開く可能性は意外と低いと言う事をきちんと理解していればそれなりに有用なスキルだ。
とは言え、発進加速の瞬間に微細なデブリが機体に当たりカラリコロリと音を響かせると一瞬だけノーマルスーツを取ってくるべきだったかな。とは思わなくもない。しかし艦から出てすぐさまビームの光芒が飛び交っているのを見たステファンは、まぁ時には拙速も重要か。と思い直し、機体のペダルを踏みこんだ。