なりぞこないのシンデレラ Des Cendrillon Manqué 作:etis
一つの物語、一人の物語。
それは、いつかは終わりを告げる。
だが、それはその主人公の生ある限り、いや、人の生きる限り消え失せはしない。
一つの物語の終焉は、次の舞台への道標となる。
そして、一つの物語は一人だけの物語ではない。
一つの物語とともに、一人ひとりの、それぞれの物語が、進んでいく。
終わることなく。
絶え間なく。
入れ替わり。
壊れることなく。
忘れられ。
埋もれながら。
軽んじられ。
それでも、人は生きてゆく。
……生きてゆく。
「ああは言ったんだけどさ」
大槻唯は、プロデューサーを後ろから抱きしめ、赤くなった顔の脇からのたまった。
「あたし、別に諦めたわけじゃないからね?」
「唯ぃぃぃぃぃ!!!?」
城ケ崎美嘉の絶叫が場違いにもライブ会場の廊下で響いた。
会場の参加者は一瞬漏れ聞こえた女性の悲鳴に騒然となったが、芸人系アイドル『輿水幸子』の座っていたパイプ椅子が崩壊したことで生まれた笑いにそのままかき消された。
「おい、唯!? どういうことだ!」
「ん? 今言ったとおりだけど?」
「おっ、おまえ! あの時身を引くような感じで感動的に去っていったじゃねえか! というか離れろ!」
「あーん、ちょっと!」
引っぺがされてぶうぶうと文句を言う唯。
「もー、プロデューサーちゃんのいけずー」
「いけずー、じゃない! どういうつもりだ!」
「え? だってまだ2人って正式に付き合ってはいないんでしょ? キスもまだだって聞いたよ?」
「どうしてお前がそれを知っている……!!!」
「里奈ぴょんから聞いた」
「藤本里奈あああぁぁぁ!!」
また聞こえてきた絶叫に会場は気を取られかけたが、アイドル芸人『上田鈴帆』の文字通り身体を張ったネタに参加者たちは注意を向けることになり、今回も絶叫は打ち消された。
「あーんもー。だから、まだチャンスあるかなーって」
「ないっ! そんなものはない! ほら、美嘉もなんか言ってや、れ……」
と、顔を向けると、そこには蒼白になった美嘉の姿が。
「あ、美嘉、死んでるね」
「そういえば、こいつ案外と逆境に弱いんだった……」
腹をくくってしまえば強いんだがなあ、と俺はおかしく思ってしまう。全く自分がアイドルだということを忘れてしまっているかのように放心した顔の美嘉を見て、笑みが溢れる。こんな姿であっても愛おしく感じる。温かな気持ちが、心に溢れる。
「んー」
一人感慨深げにしていたところ、横合いから音がする。
そう思うと、次には唯が抱きついてきた。
「おわっ!? またか、唯!」
さっきは少なくともシャツ越しであった感覚がまくった袖のせいで直に伝わる。
「ちょっと、唯、あたってるから離れろ……!」
「えへへー」
以前にも似たようなことはされたことがある。あの時も似たようなシチュエーションで、さんざんからかわれたのだ。
「お前、俺がいつまでも成長しないやつだと思うなよ!」
美嘉に告白されてから、色々と考えなおしたのだ。この年齢であっても、精神的に成長することは可能だ。
あのときのように、恥じらいの欠片もない色仕掛けなど、効かぬ。
そう思っていると、唯が顔を伏せながらぼそりと言う。
「ねえプロデューサーちゃん」
「なんだ。というか離れろ。いいから離れろ。さっさと離れろ」
これぞ三段活用。
などという馬鹿げたことを考えて感触を頭の中から追い出すのに必死になっている。
「あたし、誰にでもこんなことはしないからね?」
「そりゃそうだろう。アイドルなんだから」
「ううん、そうじゃなくて」
「うん? なんでもいいが、早く離れて……」
「あたしは」
それは、あのときの焼き直しのように。
あの日、見落としていた唯の弱さを思いださせるように。
潤んだその瞳が、二重に見えた。
「あなたのことが、大好きです」
「おっ、おまえ。こんなところで」
誰が聞いているかもわからないところで。しかもアイドルとしての衣装のまま。
弱々しくシャツをつかむその手が。
女性の涙というのは、確かに強力だ。
俺のような後ろめたいものには。
「ね、あたし、諦めたいんだ」
「な、なにをだ?」
「プロデューサーちゃんのこと。諦めたいんだ。だから最後に。キスを」
俺は、自らの心の弱さを思い出す。
こんなときに、唯を突き飛ばすことのできない弱さを。
だが、それでも、彼女に。
美嘉に。
「ダ、ダメーーー!!!」
「なーんてね」
「は?」
俺は顔をそむけることができたのだろうか。
美嘉が大声を上げるのと、唯が顔を引っ込めるのと、すべてが同時だった。
「唯! それは、それ以上は許さないからね!?」
剣呑な様子でまくし立てる美嘉から身体を翻し、唯は笑う。
「あっはっはー。ごめんごめん。じゃあたしそろそろ出番だからー」
そう言い放ち、唯は廊下の向こうに走りだす。
見送る気にもならず、顔を合わせる気にもならず、目線をふらふらと惑わせていると遠くから唯が叫びだす。
「プロデューサーちゃーん! 美嘉ぁー!」
「な、なんだ!」
「なぁーに!!」
「あたしは、まだ本当に諦めてないから!」
唯は仁王立ちで、こちらを指差している。
「ということで手始めに、美嘉! 今日のライブで盛り上げられたかどうかで勝負!」
「はぁ!? あんた何言って」
言い切るだけ言い切って、唯は廊下の角に姿を消す。ひらりと振られた手のひらだけが、余韻を残す。
唯が立ち去り、ライブの喧騒が耳に戻ってくる。
「はぁ」
美嘉がため息をつく。
「唯には困ったもんだな」
「それもそうだけど……」と言葉を濁す美嘉。
ああ、唯に心揺さぶられている姿を見せてしまったのだった。
「なあ、美嘉」と口を開く。
「なに?」
美嘉は、初めて会った日のようにきょとんとした瞳で俺と向き合ってくれる。
それもまた、愛おしい。
愛おしいことばかりで心の圧力弁が悲鳴を上げる。
「俺って、一回逃げちゃったじゃないか」
「……うん」
「だから、俺は俺が信じられないんだ」
「うん?」
「今度こそ逃げないために。俺のことを、信頼してくれないか。俺は、自分のことは信じられないけれど、美嘉の言うことなら信じることができる。美嘉なら、俺のことをきちんと見てくれるってわかってる」
俺はそこで息を吸う。
「だから、これからもずっと俺のことを信じてくれ」
美嘉はくすりと笑う。
「俺様系な言葉なのに、すごく不格好だね」
「ああ……。けど、それが俺だからな」
嫌なら、今からでも。
そう言いかけた俺の唇を、マニキュアの塗られた長い爪の指が抑える。
「あたしの信じている人は、そんな人だから。その代わり、あたしのこともずっと信じてね?」
「それは当然さ」
俺は苦笑してしまう。
「俺が信じられるのは、お前だけなんだから」
こうして、不格好で、不細工で、不気味で、不誠実な俺達の恋愛は進んでいく。
汗に怖気を感じながら、体温に心地よさを感じながら、肌の柔らかさに邪な思いを抱きながら。
感情を表に出さないように、相手のことを思いやりながら、二人が前を向けるようにと祈りながら。
ふと、俺は思ったことを口にする。
「かっこいいイケメンが、やっぱりよかったんじゃないか?」
「んー」
抱きしめた胸の中で、美嘉は首を振る。
「別にいいかな」
「どうして」
「今、目の前にいるのはあなただけでしょう?」
「……そうだな」
恋愛なんてのはその程度のものなのかもしれない。
その程度で、十分なのかもしれない。
いま目の前にいる人を愛すること。
それで、十分なのだろう。
俺たちは唇を交わしながらそう思った。
ふんわりと漂う匂い。
化粧の甘い匂いの後ろ。
いつもと同じ、ビターオレンジ。
「どうだったかね、彼は」
ステージの下。
僕は、彼女に問いかけた。
「……今西さん」
ふっ、と僕は顔を崩した。
「久しぶりに聞いたよ、その呼び方は」
「……ええ、そうですね」
居丈高な態度はまったくなく、しかし、彼女は格好良く笑った。
「あなたの、言うとおりになりましたね」
「そうかな?」
「そうでしょう?」
「僕としても、この結末は予想外だったよ」
僕は彼女に近づく。
あの頃のように。
彼女の父親のように。
「……大きくなったものだよ。君も」
「いつの話をしているのですか……」
照明が少なくて、よく見えないけれど彼女がほほを赤らめたことはわかる。
「私にとっては、いつになっても君はかわいいかわいいお嬢さんさ」
「お嬢さん、ね」
鼻で笑い、常務はそっぽを向いた。
あの頃と、同じしぐさだ。
そのまま私たちは会話もない。
遠くから、混ざり合った歌声が聞こえる。
それらが作り出す安らぎ。
「……私は、間違えたのでしょうか」
「いいや」
僕は、彼女のことを愛おしく思う。
こんなことを言ってくれるのは、僕だからだろう。
「君は、間違えてなんかいないさ」
「では!」
彼女は大きな声を上げて、私を見る。
すぐに、大きな声を上げてしまったことに気づいて恥ずかしげにまた顔をそむけた。
「では、私はなぜ彼に負けたのですか」
「君は負けてはいないさ」
「いいえ。私は負けました。完膚なきまでに!」
再び声を荒げる彼女に、私は彼の影響を見出す。
「それは、君がそう思っているだけだ」
「私は、私は……」
「君が負けたとしても。君が彼に負けたと考えたとしても」
「はい……」
「君は、彼を認められただろう? 君は彼を否定しなかっただろう?」
「それは当然です」
「当然なんかじゃないさ。……私にとっては、君が勝ったと考えたとしても、負けたと考えたとしても、実のところ、どうでもいいんだ」
「それは……」
「恥ずかしい話だがね。私は、君のお父上に、今の君と同じような思いを抱いたことがある」
僕は、数十年前のことを思い出す。
それは昨日のようで、あるいははるか昔のようで。
「僕は、恥ずかしかったさ。自分がまるでなにもできない赤子のように思えてね。けれど、そうじゃないんだ。自分が、まさしく至っていないどこかに、たどり着こうと思うことすら出来なかったどこかに、その相手はいるんだ。そう考えると、悔しさもない。方向だけが違うんだ。歩いた距離は変わらない」
そう。
私たちは頑張った。
それでも、辿りつけなかった場所がある。
そんなものがあるということにすら気づけなかった素晴らしい場所が。
けれども、それはお互いさまなのだ。
「だから、彼らが辿りつけた場所を羨むのもいいけれど、私たちが辿りつけた場所を認めてあげることも大切なんだ」
「認める……」
「美城常務、いや」
あの頃と同じように。
「お嬢さん。君は、早くに大人になりすぎたんだよ」
精一杯の笑顔を浮かべて、僕は頷いた。
それに対して、彼女は大きく息を吸って、目をつむり。
「……あなたは、変わりませんね」
「そうかもしれないね」
「私は、変わりましたか?」
「変わったかもしれないね」
「では……」
目を開けて。
「私たちは、変わったのでしょうか?」
「たぶんね。それが、年を経るということだ。一人では変われなくても、二人ならば。あるいはもっとたくさんの人と話し合うことができたならば」
僕たちは、変わることができる。
「変化、か」
ぽつりと彼女は言った。
「そんなものは、あり得ないと思ったのだが、な……」
ぼやいた彼女と、あのころの少女の像が重なる。
いいや。
「それも、また。人生だ」
そう言うと、彼女は笑う。
月並みな言葉だ。
けれど、人生なんてそんなものだ。
つまらなくて、劇的でもなく。
「面白いものですね」
そう言って顔を和らげた彼女に対して、
「ああ」
そうだろう?
と、得意気に笑みを浮かべる。
その瞬間、ステージのほうでひときわ大きく歓声が上がった。
それを聞きながら、僕たちは笑いあった。
「あ゛~~~」
控室のソファに身を預けて、天井を見上げる。
「疲れたな……」
目元をマッサージしながら、どくどくと音を立てる首元の血流に耳をすます。
天井を向いた状態で腕を目の上に乗せて、蛍光灯を遮る。
Kroneの他のメンバーはいまどこにいるのだろう。誰かはいるだろうと思ってTriad Primusの出番が終わってから控室に戻ってきたはいいものの、一人になってしまった。少し疲れていたから、ステージを見ていくという加蓮と凛より先に帰ってきたのは失敗だったかもしれない。
扉の外から歓声が聞こえるたびに、少しさびしい気持ちになってしまう。
けれど、それはそれでいいものかもしれない。そう思えた。
ああ、この一年近くが、今ここに濃縮されているんだ。
ライブが始まる前、シンデレラプロジェクトがどうなるのか、という不安があった。それは、けれど当のシンデレラプロジェクトのメンバーが本当に楽しそうにしているのを見たら、すぐに消えてしまった。
こんな素晴らしいものが消えるはずはない。
こんなに綺麗な人達が歩けなくなってしまうようなことなどあり得ない。
そう思えた。
だから、もう不安はなかった。
もう一度、ため息をつく。
悲しいからではなく、自らの幸せを噛みしめるように。
ノックの音がする。
開いている扉を叩いたのは誰だ?
「はーい?」
「奈緒ちゃん」
その声に私はがばりと上体を起こす。
「卯月さん!?」
「こんにちは。みなさんどうしているのかと思ってきたんですけど……タイミングが悪かったみたいですね」
そう言って彼女は部屋の中に入ってくる。
「凛ちゃんや加蓮ちゃんはどうしたんですか?」
「ああ、あの二人は今デート中ですよ。自分だけ先に帰ってきたんです」
立ち上がり、どうぞとローテーブルを挟んだ反対のソファへと彼女を促す。
「ありがとうございます」
そう言うと、彼女は楚々とした仕草で浅く腰掛ける。
「あ、じゃあ、ちょっとお茶を……」
立ち上がりかけた奈緒を卯月が止める。
「そんなにかしこまらないでいいですよ。奈緒ちゃん」
「いえ、その、前お世話になりましたし……」
「あの時お世話したのは加蓮ちゃんのほうで、奈緒ちゃんじゃないですから大丈夫ですよ」
そうなんともないかのように言う彼女に、私の頬は少し引きつる。
「……ちょっとお聞きしたいんですけど」
「はい?」
「あの時、似てる、っておっしゃってましたよね? あれ、本当はどういう意味だったんですか?」
「本当の意味、ですか?」
「はい。どこが似ている、んですか?」
「大したことじゃないですよ」
「……教えてくれませんか」
「別にいいですよ」
彼女は隠すようなことでもないので、と笑いながら答えた。
「私、加蓮ちゃんのこと、嫌いなんです」
絶句。
「え……えっと、その、今なんて?」
「あ、ごめんなさい。ただ嫌いなんじゃなくて、大嫌いなんです」
笑顔で言い放ったのだがそれがまたとても美しくて見惚れそうになる。
「ちょっと前の自分を見ているようで、すごくいらいらさせるから。最近はそうでもないですけど……」
「待ってください、えっと、あれ?」混乱の極地にある奈緒は右手を広げてつきだして、左手で額を抑える。「うーん、あの、聞いていいですか?」
「どうぞ?」
「ちょっと前っていうのは、あの話ですか? クリスマスの……」
「ええ、そうです」
「あのころの卯月さんと加蓮が似てる……?」
奈緒は記憶を探る。その時期の卯月と顔を合わせたわけではないので、よくわからないが凛がとても心配していたことはよく覚えている。しかし、その頃の卯月と加蓮が、似ている?
「たぶん、分かるのは私と加蓮ちゃんだけだと思うんです」
彼女は両手を胸の前で結んで、目を細める。
「それくらい、私とあの娘はよく似ていて……。似ているからこそ、嫌いなんです」
「同族嫌悪、っていうやつですか?」
「端的に言ってしまえば、そういうことです。それに……」
「それに?」
頬を赤く染めて、恥じらうように両手で顔を包み込む。
「凛ちゃんを横から取られそうになったんです」
そして手を離してから、首をかしげる。
「少しくらいいじわるしても怒られないと思いませんか?」
あっけらかんと言い放ったその顔が恐ろしくて、乾いた笑いしか出ない。
「ははは……」
怖い人だ。
この人に対するイメージを変えないといけないみたいだな……。
冷や汗をかきながら、奈緒は苦笑いを返した。
赤城みりあは出番が終わったあと、凸レーションズの二人、城ヶ崎莉嘉と諸星きらりと別れて、ある部屋へと向かった。
ステージ衣装のままの彼女は、扉をノックして中から聞こえた声にぱっと顔を明るくする。
「みりあちゃん」
シンデレラプロジェクトと同じような間取りの控室。そこには二人の少女がいた。
「美嘉ちゃん……と高森さんも、ここだったんですね!」
「ええ。みりあちゃん」
高森藍子がみりあにふんわりと笑いかける。
「みりあちゃん。さっきのステージすっごくよかったよ!」
「えへへ、ありがと!」
パフォーマンスの出来について二言三言交わした後、美嘉が思い出したようにみりあに壁際の化粧台から椅子を引っ張りだした。
「みりあちゃん、座る?」
「うん。ありがとう」
素直にみりは椅子に座り、美嘉はその横のソファの肘置きに腰を下ろす。藍子は、もともと座っていたソファからみりあに声をかけた。
「みりあちゃんは、次の出番は?」
「えーっと、次はシンデレラプロジェクトのやつ!」
「じゃあちょっと小休止ですね」と藍子。
「アタシたちもやっと一段落して、休んでたんだ」
「あれ? けどみりあちゃんが今暇なら、莉嘉は今どうしてるの?」
「りかちゃんなら、きらりちゃんと一緒にステージ見てるんじゃないかな?」
「一緒に見なくていいの?」
「私は、そのぅ」
みりあは言葉を濁す。
「私は、ちょっと美嘉ちゃんが気になったから……」
「アタシ?」目をぱちくりとさせて、美嘉は自らを指差す。
そして、「……あー……あーあーあー」と納得した様子を見せる。
「さっき会った時ちょっと様子が変だったから……」
「あー、うん。ごめんね? みりあちゃん。大丈夫だから、私は」
「本当に?」
「うん。大丈夫。さっきはちょっとびっくりしてただけだから」
「それならいいの。前みたいになっちゃったのかなって思ったから」
「あのときは……」
美嘉は恥ずかしげに顔を赤らめて目線をそらす。
だが、その視線の先にはにやにやと笑う少女がいた。
というか高森藍子だった。
「美嘉ちゃん。みりあちゃんと仲がいいんだね」
「あー……うん、いろいろと。本当に色々とあってね……」
と濁そうとする美嘉の腕を両手で持ち上げた藍子は、
「ぜひとも、お話、聞かせてもらえませんか?」
といい笑顔で言った。
その後数分かけて、いろいろ、の部分を説明し終えた美嘉に向かって、藍子は言った。
「なんだ、そういうことだったんですね。美嘉ちゃん」
「え?」
「ずっと……ずっと不思議に思ってたんです。あの人が戻ってきた理由」
「私の、プロデューサーのこと?」
ええ、と藍子はうなずいた。
そして目を伏せる。
「私は、まだ向き合えていないから……」
「向き合えていない? どういう意味?」
みりあと美嘉の問いかけに、藍子は答えない。
「……ごめんなさい。今のは忘れてください」
「そんなことは」
できない、と美嘉が言いかけて、
「忘れてください」
藍子は硬い声で断ち切るようにして、立ち上がった。
そのまま部屋を出て行く彼女を、二人は見送ることしかできなかった。
「どうしたんだろうね……」
二人で閉じていく扉を眺めていると、美嘉の口から不安の響きが溢れる。
「うん……」
みりあも、ため息のように相槌を打つ。