なりぞこないのシンデレラ Des Cendrillon Manqué 作:etis
殴れとつめよせし
昔の我のいとほしきかな
石川啄木 「一握の砂」より
「ふぅ……」
俺の目の前で、彼は大きくため息をついた。
「珍しいな。お前がそんなに疲れた様子なのは」
「ああ、いえ……」
「なんかあったのか?」
「まあ……、なにかあったと言えば、あったのですが」
小さな居酒屋、二人で小さな机に座って向き合いながら酒を飲んでいる。
この街は狭い街だ。地下鉄の駅は歩いていけるほどで、この店も事務所からそう遠くはない。
店の雰囲気は雑多で、近くの大学の学生らしき姿も見える。小さな店だから、騒ぎたがりはあまり来ない。二十人も座れない店内の、カウンターの裏に自分のキープの酒が棚を一つ専有しているのは少しばかりの自慢だ。
「ふぅん」
熱々のおでんを口に運びながら、俺は言った。
「常務になんか小言でも言われたのか?」
「いえ、そういうわけではなく、その、アイドルの方と……」
「なんだよ、ナニでもしたのか?」
「そんなわけないでしょう……」
呆れたように彼はお猪口に入っていた日本酒を一息に飲み干す。
「じゃあなんだよ」
彼はもうすでに結構飲んでいるはずだが、姿勢よく座っている。いつも目つきが悪いが、今は目が据わっていて一歩間違えればヤクザのようだ。
それでも頑なに敬語を崩そうとしないのだから、よっぽど心骨に染み付いているのだろう。
「なんというか……北条さん、いらっしゃいますよね」
「あぁ? 加蓮?」
「はい」
北条加蓮、ちょっと前まで担当アイドルだったが、美城常務に寝取られ……もとい担当を代わって以降あまり顔を合せた記憶はない。秋のライブで少し見かけたくらいだ。
「あいつがどうかしたのか?」
「北条さんがどうというよりは、その、以前ライブの帰りに話したあのことなんですが」
「あ? あーぁ、あぁはいはい」
俺もおちょこに入っていた日本酒を飲み干す。
別の日本酒を一合ずつ、彼のぶんも店員に頼むと、威勢のいい声が帰ってくる。
「あの話ね。あの話と加蓮がどう関係するんだ?」
「もともとはそういうつもりはなかったんですが……」
言いながら彼は律儀に机の上の空いたグラスやおちょこをまとめている。
「北条さんが、その、昔の自分のような顔をしていたものですから、おせっかいを……」
「はぁ? つまり、どういうことよ?」
「ええっと、つまり、あの話を北条さんにしてしまった、ということです」
俺は彼が言ったことに心底驚いて、口を阿呆のように開けてしまった。
俺がなにも言えないままでいると、店員が日本酒の入った徳利を置いていった。
「……なんでまたあいつなんだ?」
「その、成り行きで」
「俺はてっきり……」徳利から日本酒を注ぐ。少しこぼれた。「てっきり、シンデレラプロジェクトの娘に話すもんだと思っていたぜ」
「私も、話すとしたらシンデレラプロジェクトの方だろうとおぼろげに思っていたのですが……わからないものですね」
「わからないものですね、っつうか、わけがわからねえよ。加蓮、加蓮が?」
加蓮が、彼に似ている?
にわかには信じがたいが、少しだけ納得できることもあった。
美嘉が、彼女は天才だと言っていたこと。それを聞いたことがある。
「なにに悩んでいらっしゃるのかまでは詳しくはわかりませんでしたが、あの目は、あの不信にあふれた目は見たことがあります」
「誰に対する不信だってんだ?」
一口酒をすする。ぴりりとした味が染み入る。
「美城常務か?」
「いいえ。自分に対する不信です」
「自分? 自分だと?」
「はい。より正確に言えば、自分の今の幸せ、というべきでしょう」
「いまいち俺にはよくわからねえよ。自分が幸せだってことが信じられない、そういうことか?」
「それもあります。そもそも、自分が幸せだと認めたくないというのも」
「ふーん……」
壁に貼り付けられたメニューに目線を向ける。
「お前ホッケ食うか?」
「いただきます」
「了解。ホッケ二つ!」
カウンターの奥の厨房から、あいよ、という声。
そのまま頼んだものが来るまで二人は言葉をかわさない。
隣のテーブルに座るカップルの話し声に耳を傾けてみると、そろそろ結婚の話をしたい女性に対して、仕事で頭が一杯の男性。話は平行線。
二人分のほっけが届く。
かぼすと大根おろし。
「俺はさ、加蓮みたいな奴のことはよくわからなくてな」
「はい」
「ぶっちゃけた話、お前が何を考えているのかもよくわからん」
「はい」
「俺は、たぶん、たぶんだが、お前とか渋谷さんとか、加蓮とかとは全然考え方が、思考の様式が違うんだと思う」
「はい」
「だから正直なところだが、加蓮は、苦手だったな」
そこで俺はかぼすを手に取り、ほっけにかけた。
「なんというか、あの年代の娘はまず難しいんだけど、それでもまだわかるにはわかるんだよ。大抵は。俺だってこの仕事について長いし。それでも、ときどきさっぱりわけのわからない奴っていうのはいるわけ」
彼は相槌を打つが、自分の皿には手をつけていない。
咀嚼しながら、時々会話をする。
「たぶん、そういうやつこそ才能があるんだろうなって思う。これは今まで言ったことがないけれど……」
「なんですか?」
「俺は、お前が高垣楓の担当になったとき、そして成功し始めたとき、心底高垣楓の担当にならなくてよかったと思ったよ」
「それは……」
「俺には、絶対高垣楓を制御することはできない。俺の限界だ。お前のあと、高垣楓の担当をしたのは、俺だったけれど」
「……そうでしたね。その節は、お世話に」
「俺が、俺はなにもしていない」
「そんなことはないと思いますが」
「俺がやったことは軌道に乗り始めていたのをそのまま進ませるだけだよ。高垣さんは、もうあの時点で勝利者だったんだ。そしてそれは、お前も」
「私も、ですか?」
「お前はあれを失敗だったと思っているみたいだが、外部の評価は真逆だよ。そうでなきゃシンデレラプロジェクトなんかを任せられるものかよ。お前が高垣さんの担当を外れたのだって、更迭みたいに思ってたかもしれないが……、そんなことはなかったさ。お前にとっては皮肉かもしれないがな」
俺は目線を下に落として、魚の身をほぐす。
「……私は、更迭であってもなくても、あれでよかったと今では思っています」
「へえ?」
顔を上げると、また珍しい事に彼がはっきりと分かるくらいに微笑んでいる。
「そのおかげで、シンデレラプロジェクトの皆さんに出会えましたから」
「そうかい。そりゃよかった」
まったく、またのろけだ。
まるで子供を自慢する父親のような顔をしている。
とはいえそれを聞くのは嫌いじゃない。
徳利を持ち上げて、揺らす。
「もう少し、飲むか?」
「……いただきます」
差し出された器に注がれた酒は、澄んだ色をしていた。
「そういえば」
言いながら彼は右手に持つペットボトルを傾けた。
「はい?」
「高垣とは、あれから会ったのか?」
「いえ」
ネオンの雨。
飲み屋の呼び込み。飲み会に来たスーツ姿のグループが笑い声を上げて脇を通り過ぎていく。駅までの道は、うるさく、人の活気にあふれていた。
そんななかを、私と彼はふらふらと歩いている。
久しぶりになんの気兼ねもなく食事と酒を楽しんだおかげか、二人とも柔らかな笑顔を浮かべている。
「いまさら、合わせる顔がありませんよ」
そう私はぼやいた。
「そうは言っても、この前合わせたんだろ?」
「ああ……ええ、まあ」
「そのとき、話さなかったのか?」
「忙しくて、そんな暇はありませんでした」
半分嘘で、半分本当だ。常務からの通達のすぐあと、ひょんなことからNew Generationとともに彼女のライブを手伝ったことがあった。その当時は、シンデレラプロジェクトの存続のための企画を作るのに忙しかったのは本当だが、顔を合わせたくなかったというのももちろんある。
それになにより……あの場所は、あのライブ会場は思い出がありすぎる。
「……あそこ、高垣さんの単独ライブの会場だったよな」
「よく覚えていらっしゃいますね」
「ん……まあ」
言いよどんでから彼は口を開いた。
「お前が嬉しそうに話していたからな」
「ああ……」
「俺も自分のことのように嬉しく思ったし、負けてられねえと思った。うちの美嘉が発奮したのだって、お前らを見てからのことだし」
「そうだったのですか」
「ああ。お前らは俺達にとっても目標みたいなもんだったからな」
彼は背広をまさぐるが、煙草が切れていたのかため息をこぼす。
「……高垣が今どう考えているかなんてのは神サンでもねえかぎりわからねえと思うがよ。俺としてはそんなにお前のことを嫌っちゃいねえと思う。というか、嫌うとか嫌わないとかそういう話でもないんだろうなって思うよ」
「どういう意味でしょうか? 私は、確かに嫌われるような、信用を失うようなことをしたと思っているのですが」
「高垣だってガキじゃねえんだ。この業界、というかこの世界キレイ事ばっかりでやってけるもんじゃねえなんてのはわかってただろうよ。だから、別にそこについて怒ってるわけではないと思うんだよなあ」
妄想だけどな。そう彼は付け加える。
「だから、お前がそうするってことを一言言っておきさえすれば、渋ったかもしれないけれど高垣だったら受け入れたんじゃねえか。って思う。だってそう考えたほうが自然だろう? あんまりよく知らない俺からしたって、『たかがその程度のこと』であんなに仲の良かった高垣がお前を嫌うなんてのは想像できねえよ」
「たかが、ですか」
私は苦笑いをする。
「おう。たかが、だよ。別に汚いことばっかりやってきたことを自慢するような露悪的な人間でいる気はないが、根っからの善人であろうなんて、できるもんじゃねえ。だから、俺は偽善者であろうとする」
「偽善者……」
「俺は、あいつらに、アイドルたちに夢を見せてもらってる。その夢を実現するためだったら、なんだってできる。まあそんな大したことをするわけにはいかないし、大したことをしたら捕まっちまうけどな」
「……私には、わかりません」
「だろうな」
彼はペットボトルの水を飲み干して、握りつぶす。そのままポケットに突っ込んで、彼は言った。
「ま、お前はそれでいいんだよ。それでいいんだ」
「先輩……?」
その言葉の響きを不審に思い、呼びかける。
「なあ、お前だったら」
「はい」
「お前だったら、どうする? ある道を歩いてたときに、ずっと欲しかったものを売っている店があった。けれどその店に行くと、いまいる道にはもう戻れないってわかってる。元の道を行ってもどこかでまた欲しいものを見つけられるかもしれないが確証はない。そんなとき、お前ならどうする?」
「なんの例えですか?」
「いや……あんまりいい例えじゃないな」頭が働かねえや、と彼は笑う。「ヘッドハンティングされたんだよ」
「え?」
「海外のかなりいい会社でな」
「海外……」
城ヶ崎さんのことはどうするのだろうか、そう考えてぱっとさっきの話に思い至る。
「それで、さっきの話ですか」
「おう。海外だから、まあ当然美嘉は誰かに引き継いでもらうしかないんだが……」
そう言うと彼はがりがりと頭を搔く。
「くそっ、別に迷ってるわけじゃないんだよ」
「もう決めているということですか」
「ああ。……正直なところ、あいつにはもう俺は要らないだろうし、俺がいてできることもない……。行かない理由がないんだ。だから、これは純粋な感傷というか、ははっ、なんだろうな。高垣に会えとかけしかけておいて、俺が一番優柔不断なのか」
自嘲するような笑い声で、彼は足元の石を蹴り飛ばした。
「引き止めてもらいたいとかそういうんでもないしなあ。うん、とりあえず、聞いておきたかっただけなんだ。言っておきたかっただけ」
「……いつごろ、行かれるのですか」
「年明けすぐだな」
「急ですね」
「話自体は随分前から出ていて……、けどそのときは美嘉がまだ心配でやめたんだ」
「なるほど」
「今はもう、お前も、お前の担当の娘たちも、それ以外にもKroneとか、いい娘がたくさんいる。だから、俺としては安心してしまったわけですよ」
「わけなのですか」
「ああ。だから、たぶん美嘉はお前に担当してもらうことになる」
「えっ」私は狼狽して急いで振り向く。「よろしいのですか?」
「よろしいもなにも、お前以外に頼んで安心できる奴がいると思うか? このまま行けば346のアイドル部門の重鎮だぞ、お前は」
「は。いえ……」
「相変わらずお前は腰が低いのか、なんなのか……。あるいはわかってやっているのかもしれないな?」
彼はそう言って笑い声を上げるが、目は私を見つめている。
「その点はどちらでもいいさ。重要なのは、お前がその立場に手をかけつつある、その事実だよ」
おぼろげながら気づいていた事実、そして、忘れようとしていた現実を目の当たりにした気分だった。
「だから、お前が欲望まみれなのか、そうじゃないのか。偽善者かそうじゃないのかなんてどうでもいい。どうでもいいけれど、お前の能力は信用している。だから」
彼は軽い口調をやめて立ち止まる。
なにをするのかと思った瞬間に彼は深々とお辞儀をした。
「城ヶ崎美嘉を、彼女を、よろしくお願いします」
「先輩……」
「あの娘は、本当にいい娘なんだ。頑張り屋で、優しくて、周りの人が大好きで……。俺は、あの娘ならもっともっと上に行けるって信じている。今の俺の力では足りないけれど、あなたならできるかもしれない。だから、あの娘を、美嘉を羽ばたかせてやってください」
私はその真摯な言葉に、身を切るような悲しさと切なさを覚えた。
「顔を、上げてください」
ゆっくりと顔をあげた彼は、いつにないほどの真面目な顔をしている。
もうふたりとも酔いなんてとっくに覚めていた。
「私は、ただの一平社員でしかありません」
「ああ、俺が勝手に期待しているだけだ」
「それでも、あなたが信じてくれるというのなら……」
誰かが私を信じるならば。
「私も、あなたを信じたいと思います」
そう答えると、彼は静かに涙をこぼす。
「……ありがとう」
ありがとう、ありがとう、と彼はなんども繰り返した。
あんなにひょうひょうとしている彼がこんなに涙をこぼすなんて、酔っ払っているのだろうか。そんなことを思う。
それが本当かどうかはわからない。
いつの間にか握られていた両手の暖かさを感じながら、私は空を見上げた。
翌日、私がシンデレラプロジェクトの部屋で仕事をしていると、ノックの音がした。
「やあ、元気かね?」
「部長」
入ってきた部長はいつものとおりの柔らかな笑顔を浮かべている。
「なにか、御用ですか?」
「いや、そういうわけじゃないさ。最近あまりこちらの様子を見に来ていなかったな、と思ってね」
「そうですか。今、みなさんは仕事に出てしまっていて私しかいないのですが……」
私は言いながら、彼をソファのあたりに誘導する。
「うむ。構わないよ。それにしても、倉庫だったあの部屋がこんなに華やかになるとはね」
「ええ、みなさんがんばってくれました」
お茶を用意し、腰を落ち着かせる。
「君の企画した、シンデレラの舞踏会も、ずいぶんと参加者が増えてきたようだね」
「はい、様々な部署の方から参加したいという申し出を受けまして……企画も大きくなりました」
「忙しくなるね」
「はい。ですが、喜ばしいことです」
「そのとおりだ」
彼は満足気にうなずいて、ところで、と話を変えた。
「そういえば、城ヶ崎美嘉くん、君がプロデュースすることになったらしいじゃないか」
「来年の2月の始めくらいまでは大体今の仕事が続いているので、私はそこから先ということになっています」
「ふむ……彼のこと、城ヶ崎くんは知っているのかね?」
私は首を横に振る。
「そうか……」
「先輩の口ぶりからして言っていなさそうな気がしたので今日の早くにそれとなく聞いてみたのですが……、おそらく知らないと思います」
「いつ、言うつもりだろうね」
「もしかしたら、言わないで行くつもりかもしれません」
部長はため息をつく。「彼ならやりかねないことだね」
「はい……」
「どうしたものか……。もし、君だったらどうしたかね?」
「ええと?」
「君が彼の立場だったら。今この時ヘッドハンティングをされたとして、シンデレラプロジェクトの子たちに伝えるかね?」
「私は……伝えると思います。去年までの自分だったら、伝えられなかったかもしれませんが、今は違います。あと、そもそもの前提としてたぶん今の私はヘッドハンティングされたところでここを離れる気にもならないと思います。どれだけの金を積まれたところで、彼女たちを離れることは考えたくありません」
「君らしい、いや、今の君らしい言葉だね。素晴らしいよ」
「恐縮です」
「だが彼は……。逃げている」
「そうだと思います」
ですが、と前置いて。
「逃げている彼の前に立ちはだかるのは私たちの役目ではないと思います」
「……城ヶ崎くんに伝えるつもりかい?」
「直接は伝えません。ただ、彼が隠し事をしていることには気づいているようですから、あとはそれとなく伝えるだけで城ヶ崎さんならばうまくやってくれるでしょう」
「まるで博打のようだね」
「それでも、私が城ヶ崎さんに直接伝えることも、このままなにもせずにいることも筋が通りません」
「わかった。この件は、僕は手出しをしないでおくよ。彼が出国する日付は知っているかね?」
「いいえ、年明けすぐとしか」
「なら後で調べて千川くんに伝えさせておくよ」
「ありがとうございます」
「いや、大したことではないよ」
お茶をありがとう、と彼は立ち上がる。
「では、今度はアイドルたちがいる時間に来ることにするよ」
私も立ち上がりながら答える。
「言ってくださればみなさんがそろっていそうな時間をお伝えすることも出来ますが……」
「いやいや、別に構わないよ」
そんな話をしながら私が先回りして扉を開ける。
そこには予想していなかった姿があった。
「城ヶ崎、さん」
城ヶ崎美嘉は顔を俯けたまま、絞りだすように声を出した。
「今の話は、本当なの」
「城ヶ崎さん、あの」
「いいから答えて」
私は後ろを伺う。
部長は何も言わずにうなずいた。
「本当です」
言うが早いか、美嘉は踵を返して走りだそうとする。
「城ヶ崎さん!」
とっさに手が出てしまった。
美嘉の手は、細かった。
「離して!」
「離しません」
「なんで!?」
「今のあなたと」私はそこで口ごもる。「今のあなたを彼に合わせるわけには行きません」
今の彼女は冷静じゃない。
まあ、私も冷静ではないが。
「あんたは、あいつの肩を持つの!? そんな大事なことを私に、担当のアイドルにも言わなかったあいつの!?」
「いいえ、そうではありません」
「だってそういうことでしょう!?」
「城ヶ崎さん」
「あんたは、いつもいつもそうだ…………!」
彼女は私の手を振り払う。
睨みつけたその目は、涙に彩られている。
私は、あの時を思い出した。
「楓さんの時だって……!」
「楓さんの時は、私は失敗しました」
「あんたは……!」
私は彼女が見ている過去の自分を思い出す。
思い上がっていた、自分を。
「ですが、今は違います」
彼女は目を見開いた。
「私は、あの時の自分とは違います。あなたたちとともに歩んでいきたいと考えています」
「ともに歩む? はっ、逃げたあんたが偉そうに!」
嘲笑する彼女。
私はその彼女の認識についてある種の感激を覚える。
「ええ、あなたのその認識は正しい」
「だったら、あんたにそんなことを言う資格は」
「そして、あの人にもあなたたちとともに歩んで欲しいと願っています」
私の間違いを繰り返してはいけない。
だから。
「だからこそ、あなたを、いまここでゆかせるわけには行きません」
「……あんたは」
「はい」
「あたしが、あたしたちが、間違えているっていうの」
「はい。私はあなたたち二人の行動が間違いだと思っています。……それが傲慢だとしても。私は、あなたの間違いを正さなければならない。あなたと、彼のためだけでなく、自分自身のために」
「……あんたは、やり直せると思っているの?」
「ええ」
「楓さんが、許すと、思っているの?」
「はい、いいえ。私は、許されたいと思っているわけではありません」
「じゃあ、なに」
「私は、繰り返したくないだけです。過ちを。そのためならば、あなたに嫌われるのなんて些細なことです」
私は彼女の両手を取り、自らの両手で包み込むようにする。
「あなたは、大切な人ですから」
「えっ」
途端、彼女の顔が赤に染まる。私も、遅れて自らが言ったことがどう聞こえるかに思い至り、言い訳をする。手もすぐに外す。
「あっ、いや、そういう意味ではなく、その、単純に大切だというだけであり、やましい気持ちはこれっぽっちも……」
「わっ、わかったわかった、べっ、別に勘違いなんてしてないから大丈夫。誰が気になっているかとかわかってるから」
「……え?」
「え?」
「ん?」
後ろの部長も疑問符を発した声が聴こえる。
「待ってください。城ヶ崎さん、私がどなたを気になっていると」
詰問調で言葉を発すると、彼女はさっきとは違った焦りを顔に見せた。
「ごめん! 失言! いやー、なんでもないですよー」
「城ヶ崎さん……?」
「あー、いや、うん」目線を四方八方に逸らしながら言い訳を考えていた様子の彼女は、はっと話の本筋を思い出したらしく、きっと目線を尖らせて、「そうじゃなかった! プロデューサーの話!」
「しかし城ヶ崎さん……」
「しかしもかかしもないからどうでもよくて! じゃあどうすればいいっていうの? あいつに問い詰めることは許さないなんて」
「問い詰めることは許さない、というわけではありませんよ」
「じゃあ?」
「どころか、私も先輩には肚をすえかねているんです」
「ふぅん?」
ここまで来ると、きちんと私の話を聞く気になってくれたらしい。
「問い詰めるにしても、もっとも効果的に行きましょう。今までやられてきたことを、やり返してみたくはありませんか」
「へぇ……おもしろいじゃん。具体的には?」
彼女は獰猛に笑う。
彼女らしさ溢れる野性的な笑み。
「先輩には、未練たっぷりで海外に行っていただきましょう。あなたのような素晴らしいアイドルを放っていくわけなのですから、そのことを十分に理解して頂いてから転職していただく。それが最高の餞だと、思いませんか」
「いいじゃん。プロデューサーって、案外と意地が悪いんだね」
「長年、付き合わされてきましたからね」
「よっし」彼女は右の拳を左手に打ち付ける。「弄んだ報い、受けさせてやる」
二人して顔を見合わせて、にやりと笑う。
「いい、笑顔です」
私たち二人は和気あいあいと部屋を出て行く。
その途中聞こえてきた部長の「ここで使うようなセリフじゃないだろうに……」というぼやきは、聞かなかったことにしよう。
そうして、私と美嘉さんは作戦を練るためにシンデレラプロジェクトの部屋から離れたのであった。