か弱い女の子……?
誰にでも理想の恋人像がある。
男性ならスタイル抜群の綺麗な女性が理想、というのが大半だろう。
もちろんロリロリしい少女が理想だったり、むしろ女性などより男性が理想という「アッー!」派も存在する。
女性なら眉目秀麗と誠実を足し合わせ、絵に描いたような男性が理想だろう。
もちろんこちらも筋肉ムキムキマッチョマンが理想だったり、むしろ男性などより女性が理想という「キマシタワー」派も存在する。
男性でも女性でも大抵自分のことは棚に上げて、無駄に理想が大きいのが実状だ。
だがか弱い乙女悪魔であるフェアは、それほど大きな理想は抱いていなかった。
顔が良いにこしたことはないが、ある条件さえ満たしていれば正直どんな男性でも構わない。
その条件は、自分より強いこと。
自分が魔物や悪魔に襲われたりした時、不埒者を撃退して自分を守ってくれるとても強い男性が理想だ。
か弱い乙女悪魔であるフェアは花も恥らう女の子なのだから、そんな男性は星の数ほど存在している――はずだった。
魔王とは魔界で一番強い者であり、同時に魔界を治める者のことである。
野心の強い一部の悪魔から魔王の地位を守るには力が、おおらかでフリーダムな悪魔が暮らす魔界を統治するには頭脳が不可欠だ。
現在の魔王であるヴァルトはそれらに対処できる力を兼ね備えているからこそ、かれこれ数百年魔王の座についている。
その数百年の間には様々な危機があった。
魔王の座を狙う悪魔たちとの戦い、民からの週休五日制の要求、年金需給年齢一万歳からの引き下げの要求、ヴァルトの名を語って金を騙し取る悪質な電話詐欺、ヴァルトの名前でアダルトサイトに登録する嫌がらせ的テロ行為。
ヴァルトは時に武力で、時に暴力で、時に魔力でそれらを解決してきた。
度々その絶対的な力によるゴリ押しを行ったのが問題だったのだろうか。
いつしか魔王の座を奪うために戦いを挑んでくる勇気ある者がいなくなってしまった。
今ではせいぜい魔王城の外壁に落書きしたり、ピンポンダッシュとイタ電をするくらいの愉快犯程度しかいない。
なまじ強さと賢さを備えていたせいで魔王の座に収まってしまったヴァルトだが、本当はどちらかといえば尽くすタイプ。
自分より強い者に仕えることが最高の幸せなので、魔王の座についていたのは自分を打ち倒してくれる強者が現れてくれることを願っていたからだ。
そうでなければこんな胃にも翼にも穴が開きそうなストレスマックスの仕事を数百年もやっていられない。
円形脱毛症に悩んだ時は心が折れかけて泣きそうになったヴァルトだが、いつか自分を打ち倒してくれる強者が現れることを夢見て耐え忍んできた。
そして今日、ストレス発散に攻撃魔法で暴れるために荒野へ訪れた時、ついに待ち焦がれていた強者が現れた。
巧妙に隠してはいるが自分がただのゴミクズに思えるほどの魔力を持った、桁違いに強い女悪魔に。
「魔王っていうからもっと強いかと思ってたのに……せめて手加減した一撃くらい耐えて見せなさいよ! こんなか弱い女の子に負けるなんて、やる気あるの!?」
「……かよ……わい?」
岸壁に身体がめり込んだヴァルトの顔を、むっとした表情でその女悪魔が覗き込んでくる。
見た目はごく普通の可愛らしい女の子だ。
透き通った紫色の瞳に、少し硬そうな黒髪。
前髪は眉にかかる程度の長さだが、後ろ髪はお世辞にも大きいとは言えない胸の辺りまで伸びている。
胸に限ったことではなく全体的に子供っぽい印象のある少女で、身長は150センチもないだろう。
ただこの子供っぽい少女がデコピン一発でヴァルトの身体をもの凄い勢いで吹き飛ばし、その途上で岩を四つほど砕かせた上で岸壁に一メートル弱めりこませたのだから恐ろしい。
まさかのデコピンに脱力していたからこそ身体ごと吹き飛んだのだが、威力から考えると警戒して踏ん張っていたら首がもげていたに違いない。
こんな化け物のどの辺がか弱いのかヴァルトには理解できなかった。
「あーあ、がっかり……魔王ならもしかして、って期待してたのに……」
がっくりと肩を落として失望も露に呟きながら、少女はヴァルトを岸壁から引きずり出してくれた。
わざわざ助け出してくれるあたり殺す気はないらしい。
ヴァルトは夢を叶える千載一遇のチャンスを得て喜びに打ち震えた。
「素晴らしい強さだ……魔王の座はお前の――いや、あなたのものだ」
そして私はこれから誠心誠意、あなたに尽くそう。
ヴァルトは恭しくそう続けようとした。
「えっ? そんなものいらないわよ」
「は?」
だが続ける前にバッサリと切り捨てられた。
「な、何故ですか? そもそも戦いを申し込んできたのはあなたでしょう? 魔王の座を狙っていたのではないのですか?」
「そんなもの興味ないわよ。ただ魔王がどれくらい強いかを知りたかったから戦っただけなの。大体魔王なんて面倒な仕事多そうじゃない」
確かに魔王の座には色々面倒が伴う。
しかしそれはまともに仕事をする場合のことだ。
性格上ヴァルトはまともに仕事を行っていたが、実際には家臣やら部下やらに丸投げするという手もある。
だがこの強い少女に尽くすのなら、ヴァルトにとってそんな仕事は苦ではなかった。
「で、では仕事は全て私が行います! ですので、どうか魔王の座を!」
「いーやーだ。私はどうしても欲しいものがあるから探し回らないといけないの。魔王になんてなったらそういうことできないもん。ていっ」
見た目どおり子供っぽい口調で不満を露にすると、少女は岸壁から引きずり出したヴァルトをポイッと地面に放る。
そしてもう興味を失ったのか、こちらに背を向けそのままどこかへ歩き去ろうとしていた。
「ま、待ってください! 魔王の座につけば財力と権力を手にすることができます! 欲しいものは何でも手に入りますよ!」
「何でセールスみたいな言い方で魔王の座を渡そうとしてるのよ……私の欲しいものは財力と権力があっても手に入らないの」
いい加減しつこいと感じたのか、振り返るどころか足も止めずに応える少女。
それでもヴァルトは諦めきれなかった。
「一体、何を欲しているのですか……? 魔王の座や、権力や財力よりも重要なものなのですか?」
瞬間、少女はビクッと身体を震わせると、こちらに背を向けた状態の残像を残して駆け寄ってきた。
聞くべきではないことだったかと自分の失敗を悔やんだヴァルトだが、自分を見つめる瞳を見て全く逆だという事に気がついた。
「そう! 重要なの! 地位とかお金よりもすっごく重要!」
その瞳は星のようにキラキラと輝いていた。
しかも未だダメージが残っていて立ち上がれないヴァルトに詰め寄ってくると、期待に満ちた表情でじっと顔を覗き込んでくる。
これはたぶん、それが何なのか聞いて欲しくてうずうずしているのだろう。
何となく聞きたくない気持ちになってきたが、仕方なしにヴァルトは尋ねた。
「……それは一体、何ですか?」
途端にその少女は両頬に手を当て恥ずかしそうに、それでいて満更でも無さそうに身を捩った。
「恋人! 私を守ってくれるような、とっても強い男の人を探してるの!」
それはたぶん、一万年探しても見つかりません。
魔界の歴史上最強の悪魔と評されている魔王であるヴァルトは、そんな自分を指一本で倒したフェアという少女にその残酷な真実を告げてしまった。
ツッコミどころが多いですが毎回こんな感じで進んでいくと思います。
プロローグなのでかませの魔王視点ですが、第一章からは女の子主人公の視点で続いていきます。