基本的に一話ずつキリのいいところで切っていくので、文字数が少なかったり山場がなかったりするかもしれません。
第一話 か弱い乙女の苦悩
フェアは魔界に住むごく普通のか弱くて非力な乙女悪魔である。
乙女らしく小さな頃からある夢があった。
それは理想の恋人を作ること。
求める理想は自分を守ってくれる強さを持つとても素敵な男性だ。
フェアはそんな恋人を、十六歳になったら探しに行くことを小さな頃から誓っていた。
「ほら、口元にクリームがついちゃってるぞ?」
「きゃっ! も、もう! 人前で舐めて取るなんて、一体何考えてるのよ!?」
理想の恋人を探すためにフェアが最初に訪れた都市は、魔界の中心に存在する巨大な都市アンファグだ。
アンファグは無駄にでかい魔王城のそびえる、魔界で最も活気のある都市だ。
魔界の端のド田舎で暮らしていたフェアは、実際訪れてみて想像以上の賑わいに度肝を抜かれたほどである。
ごった返しているとまでは言わないが、右も左も悪魔や知性を持つ魔物で溢れていたのだから。
「それはもちろん、お前のことしか考えてないに決まってるだろ? 他の奴らのことなんて目に入らねぇよ」
「も、もうっ……そんな風に誤魔化したって、許さないんだから!」
技術水準や生活水準も魔界随一と言われているだけあり、商業なども盛んだった。
故郷とは比べ物にならない規模の大型飲食店や食料販売店、魔力がエネルギー源の機器を販売する家電量販店が所狭しと肩を並べている。
基本悪魔はフリーダムかついい加減なのでここまで大規模な商業は向いていないように思えるのだが、利用する客も同レベルかそれ以下なのでわりと成り立っているらしい。
「誤魔化してるつもりはないぜ。だってほら、こんなことだってできるんだからな……」
「やっ……だ、駄目……んっ……ふ……」
ここまでアンファグが都市として発展しているのは、現魔王ヴァルトの統治による功績らしい。
指一本で倒してしまったがあれでも歴代魔王の中で最強、なおかつ素晴らしい頭脳の持ち主だともっぱらの噂だった。
強さについてはデマだったが、この都市の様子を見る限りその頭脳による都市運営方面での統治は本物のようだ。
そのおかげで今フェアは晴れ渡る空の下、開放感溢れるオープンカフェでチョコレートケーキをお供に優雅にお茶を楽しむことができている。
「ははっ、そんなこと言ったって身体は正直だぜ? 尻尾が嬉しそうに揺れてるもんな。もっとキスして欲しいか?」
「んっ……もっと……キス、して?」
だが正直気分は最悪だった。
よりにもよってフェアがくつろぐオープンカフェのど真ん中でカップルがイチャついている。
「っ……ちゅ……ふぁ……大好きよ……エクス……」
「ああ……俺も大好きだよ……ローシェ……」
テーブル越しに情熱的なキスを交わし、互いの名を愛しそうに呼び合う。
店中どころか通行人すら刺々しい視線を向けているが、二人は愛という名の結界を作り出してそれを跳ね除け、ひたすらに二人だけの世界に浸っている。
これはどう考えても営業妨害だ。
フェアはとっても親切なか弱い女の子なので、店員の代わりにお掃除をすることにした。
さしあたっては最初は怒っていたくせに今や恍惚の表情を浮かべているあの女から――
「もうっ、そういうことしちゃ駄目っていつも言ってるでしょ?」
「あうっ」
魔王すら一撃で倒した指をバカップルに向けかけたところで、フェアは額をペシッと叩かれた。
正面に非難の視線を向けると、目の前には唇を一文字に引き結んだ女の子がいる。
フェアの幼馴染であり家族でもある悪魔の女の子、ミリアだ。
視線を鋭くして怒りを表現しているが、悪魔の女の子でも相当珍しい温和な表情のせいか迫力はあまりない。
ただ迫力自体はないものの、逆らうのを躊躇わせる得もいえぬ圧力がある。
「だってぇ……むかつくんだもん、あのリア充ども……」
「むかついても駄目なの。フェアだって、あんな風に幸せに浸っている時は邪魔されたくないでしょ?」
「うー……」
悔しいが正論なので納得するしかない。
一緒に育ったせいか、ミリアはフェアのことを良く分かっている。
フェアの性格や扱い方だけでなく、その探し物も。
「魔王様と戦ったって言ってたけど、その様子じゃ駄目だったみたいだね……」
「うん。デコピンで終わった……」
紅茶に角砂糖をボトボト落としながら、どうしても失望を隠せない声で答える。
本当はフェアも恋人とあそこのバカップルのようにイチャついたりしたい。
ただ理想の恋人である自分より強い男の人が、どうしても見つからないのだ。
自分を守ってくれるような強さを持つどころか、誰もフェアの足元にすら及ばない。
フェアのことを良く知る者は口を揃えてお前が守る側だろうと言うが、フェアだって夢見る女の子だ。
素敵な男性の腕に優しく抱かれ、守ってもらうトキメキに堪らなく憧れている。
「だ、大丈夫だよ。きっと良い人が見つかるから、元気出して?」
「同情はいらないよぉ……同情するなら私より強い人をちょうだいよぉ……!」
笑顔で慰めてくれるミリアだが、その笑顔はぎこちない。
本当はミリアも望み薄だと思っているのが崩れかけている笑顔からはっきりと伝わってくる。
誰にでも優しく気遣いを忘れない、一緒に育った姉とも妹とも言える最も心を許している相手の反応がこれである。
物理的なダメージを受けたことの無いフェアでも、涙腺が崩壊寸前のダメージを受けた。
「何で!? 何で私こんな強いの!? 何で十六歳のか弱い乙女が指一本で魔王を倒せるの!? 私何かチートかバグでも使った!? デバッグ不足じゃないの!?」
「お、落ち着いて、フェア。あなたゲームしたことないでしょ? 触るとゲーム機が爆発しちゃうから」
「それもおかしいでしょ!? 何でいつも爆発するの!? 恋愛シミュレーションで我慢しようかなーって時々考えるけど、そもそもプレイできないのよぉぉぉ!」
慰めるでもなく冷静に指摘するミリアの言葉に、フェアはテーブルに突っ伏して泣いた。
何故か分からないがフェアは赤ん坊の頃から異常に強大な魔力を持っていた。
大きくなるに連れて魔力は指数関数的に増大を続けていて、十六歳になった今も未だに上昇している。
今では常に全魔力のほぼ全てを自分で封印しなければ、高濃度の魔力による中毒症状で周囲の悪魔たちが失神してしまうほどのレベルになってしまった。無意識に零れ出ている魔力すらそれなりに危険なレベルだ。流石にこちらは封印できないので、訓練して何とか体の内に無理やり抑え込んでいる。
魔王と戦った時は攻撃のためにほんの少し魔力の抑えを緩めたが、驚くことに魔王は緩める前からこの魔力に気づいていたようだ。曲がりなりにも歴代最強と呼ばれるだけはあったらしい。
「な、泣かないで? ほら、チョコレートケーキだよ?」
「うー……あむっ」
目の前でゆらゆら揺らされるフォークからそれを頬張る。
仄かな苦味のあるチョコレートの上品な甘さは、フェアを優しく慰めてくれた。
フェアにとって大好物の甘いものは唯一の癒しだ。
昔から甘いものを食べるとどんな時でも機嫌が直るほど大好物である。
「はー、甘くておいしー……」
「……やっぱり、フェアの機嫌を直すにはこれが一番だね。甘い物好きに仕込んでおいてよかった」
「んー? 何か言った?」
「ううん。何でもないよ?」
「そっか。じゃあ気のせいだね」
何事か呟いたように思えたが、ミリアが違うというから違うのだろう。
フェアは溶けない角砂糖が氷の如く浮かんでいる紅茶を一口飲み、一息ついた。
大好物の糖分を摂取して心を静め、向かいで上品に紅茶の香りを楽しむミリアを見る。
羨ましいことにミリアはフェアとは違い、ごく普通のか弱い女の子だ。魔力が桁違いに大きすぎるフェアにはあまりにも少なくて感じ取れないのだが、本人が言うには悪魔の中でも最低レベルの下の中くらいの魔力しかないらしい。
魔力だけでも羨ましいほど弱々しいというのに、見た目の儚さがそれに拍車をかけている。
常に優しげに緩められている瞳は、微かに赤みがかっている程度の薄い色合い。
ふわふわとした柔らかい金髪を三つ編みにして腰元近くまで伸ばしているものの、色が薄すぎていまいち目を引かない。本人もそれを気にしているらしく、印象を強めようと度々どぎつい色のリボンで髪を彩っている。しかしリボンに目が行って余計に印象が薄まっていることに本人は気づいていない。
ただでさえ守ってあげたくなるようなタイプだというのに、フェアとは違い胸やお尻は自己主張が強いという果てしなく納得いかない存在である。
本当はミリアの方がバグやチートの産物ではないだろうか。
「そういえばミリアは見つかった? 素敵な恋人」
「ううん。フェアほどじゃないけど、なかなか私も見つけられなくて……今は疲れたからちょっと休憩中、かな?」
「そっかー、私もしばらく休憩しようかな。どうせこの辺には魔王より強い人いないだろうし……」
ニコリと笑って返したミリアの笑みから視線を逸らし、頬杖を突いて溜息を漏らす。
ミリアには落胆からそんな反応を示しているのだと思われているだろうが、今に限っては違う。
フェアは罪悪感から笑みを直視できなかったのだ。
元々ミリアはフェアと一緒に魔界の端の方にあるド田舎から出てきた。その理由を本人はフェアと同じ理想の恋人を探すためと言っていたが、一緒に育ったからこそミリアはそんな積極的なタイプではないと知っている。
本当はフェアが怒りや悲しみで無意識に魔力を解放してしまうのを防ぐために、見守り、気遣い、慰めるためにきているのだ。
ただ魔力が解放されるだけなら広範囲で失神者が続出する程度の被害で住むが、負の気持ちが絡まった魔力の解放なら話は別だ。負の気持ちは魔力を増大させると共に攻撃的な性質、つまり物理的な力を付与してしまう。物理的な力を付与され増幅されたフェアの全魔力が解放されれば、周囲は完全焦土と化して洒落にならないほど巨大なクレーターが出来上がるだろう。
そんな危険物を一人歩きさせることなどできるわけがない。
そのためのお目付け役として、仕方なくミリアが同行しているのだ。
フェアも自分の馬鹿げた力を嫌というほど知っているからこそ、それくらい考えなくとも分かっていた。
だからこそフェア自身もその危険への対処として、自分を守ってくれる強い男性を理想の恋人として探しているのだ。自分が破壊をもたらしそうになった時、それを力ずくで押さえつけられるほどの強さを持った男性を。そんな男性と一緒になることができれば、ミリアもやっとお役御免で自由になれるはずなのだから。
そうなれば理想と好みが合致しているのでフェアもハッピー、昔からお目付け役にされているミリアも自由になれてハッピー、皆ハッピーのハッピーエンドを迎えられる。問題はその男性がフェアとくっついてくれるかどうかなのだが、いざとなったら力ずくも辞さない心構えである。明らかに矛盾しているがそれくらいの気概がある。
理想の恋人を手に入れるまでは、ミリアを縛り付けている罪悪感にも辛抱するしかなかった。
「……ところでフェア、一つ聞いても良いかな?」
「ん? 良いよ、何でも聞いて!」
途方も無い世話と迷惑をかけているので、昔からミリアの言うことは何でも素直に従っている。
当然尋ねられたことは何でも正直に答えるよう努力していた。
ただ正確に言うと、どうしてもミリアには嘘を隠し通すことができなかった。
「最近、魔王様が行方不明になってるって噂が流れてるんだけど……何か知らない?」
「な、何も、知らないよ……? ほ、本当、だよ……?」
嘘をつこうと考えただけで冷や汗が流れ、声が震え、笑みが引きつってしまうのだから。
何故かは分からないが、ミリアに少しでも嘘を突こうとするとこんな反応が出てしまうのだ。
しかし今回は嘘を貫き通す必要があるので、ミリアなんかには絶対負けられない。
フェアはカップを握った手を震わせながら、そう心に固く誓った。
魔王様に何があったのかは次回で。
ちなみに最初の方でイチャついているカップルの名前、「エクス」と「ローシェ」は英語で爆発を意味する「エクス」プ「ローシェ」ンから取りました。
要するにリア充爆発しろってことです。