とってもメルヘンなタイトル。
徐々に明らかになってくるフェアのぶっ飛び具合。
あれは不幸な事故だった。
決して故意にやったわけではない。
ただちょっと不運な要素が重なってしまっただけだ。
魔王との一方的かつ一瞬の戦いを終えたフェアは、嬉しいことに理想の恋人について尋ねてくれた魔王とおしゃべりしていた。
「……それはたぶん、一万年探しても見つかりません」
失礼なことに、その時魔王は哀れみすら感じさせる声音でそんな悲観的な感想を漏らした。
「そ、そんなことないもん! 絶対見つかるもん!」
だがこの程度の哀れみには慣れっこだった。
こんなことでいちいち怒りを覚えていたら、今頃フェアの手は洗っても落ちないほどの血で汚れている。
精々少しムッときて口調が子供っぽくなってしまう程度で済んだ。
ここまでは良かった。
ここまでは平穏無事だった。
「……そもそもあなたは、何故自分より強い者が理想の恋人なのですか?」
魔王のこの質問がまずかった。
フェアにとっては非常に嬉しい質問だったが、その嬉しさが裏目に出てしまったのだ。
「そんなの決まってるでしょー! 女の子は男の人に優しく守って貰いたいの! 私もか弱い女の子なんだからカッコイイ男の人に守ってもらいたいの! 魔物とかに襲われて絶体絶命! って時に颯爽と現れて身を挺して守ってくれたらもう痺れちゃうよね! それでそれで、私を腕に抱いて『怪我は無いか?』とか言ってくれたりしたらもう最高ー!」
ついつい魔王の質問にエキサイトして、自分の理想や願望を洗いざらい口にする。
乙女であるフェアが、自分の抱く理想と願望を男に口にしたのだ。
そうなれば恥ずかしさが込み上げてくるのは当然のこと。
「キャー! もうっ、何言わせるのよ!」
そのためフェアは、照れ隠しに魔王を突き飛ばしてしまった。
「……あっ」
結果、魔王は轟音と衝撃波を撒き散らして悲鳴すら上げられずに吹き飛んでいった。
フェアが気が付いた時には周囲の地面は抉れ岩は砕け、空の向こうには摩擦熱で燃え上がりながら空を行く魔王らしき物体。
それはさしずめ、乙女が自らの願いを託す流れ星のように、儚く地平線の向こうへ消えていった――
「――ということが……ありまして……」
そんなギャグっぽい悲劇の一部始終を、フェアは正直に語った。結局ミリアには勝てなかった。
普段フェアは封印と抑制で無理やり魔力を押さえ込んでいるが、抑制している方の魔力の一部はどうしても身体に影響を及ぼす。勝手に身体能力を強化して、フェアをか弱い乙女とはかけ離れた存在にしてしまうのだ。
特に膂力が問題であり、日常生活に支障をきたすほど破壊的なレベルだ。なので普段はその物理的な攻撃力を防御力の方に全て傾け、何とかか弱い乙女よりやや強い程度の膂力を実現している。
必要な時は再び魔力を膂力に傾ければ良いのだが、魔力なしで馬鹿力と思われるのが嫌なので緩めた魔力で強化するようにしている。今回魔王と一方的な戦いを繰り広げた時もこの方法を使っていた。
そしてうっかり、抑えるのを忘れてしまった。
それが不幸な事故の原因である。
「もう、フェアったら……」
心の底から呆れているのか、ミリアは額に手を当て深いため息をつく。
「ごめんなさい……反省してます……」
「私に謝っても意味無いでしょ? 魔王様に謝らないと駄目。というかちゃんと探しに行ったの?」
死んだかもしれないのにやたらミリアが淡白なのは、それ相応の理由がある。
余裕で一万年以上生きて身体も丈夫な悪魔にとって、死とはあまり縁がないものだ。治せる傷の程度は本人の魔力に左右されるものの、治癒魔法も存在する。誰しも死に対する考え方が無頓着になるのは仕方の無いことだ。
まぁミリアの場合はそれだけが理由ではないのだが。
「その……探しに行ったんだけど、どこに落ちたのかわかんなくて……たぶん、海におちちゃったか、燃え尽きちゃったんだと思う……」
「海って……ここ内陸なのに……」
もっと早く探しにいけば見つけられたかもしれないが、生憎フェアは犯した過ちにしばらく気が動転していたので冷静になるまでは無理だった。
フェアが落ち着いたのは混乱のあまり魔王が携えていた剣を土に埋めて証拠の隠滅を図った後だ。
「ま、まぁ、過ぎたことは悔やんでもしょうがないよね! 人間諦めが肝心って言うし!」
「そうだね。でも私たちは本当に人間かなぁ?」
開き直るフェアにニコニコ笑いかけながら、否定するようにスカートの中から細長い尻尾を覗かせるミリア。
普通の悪魔ならここで翼も広げるところだろうが、生憎ミリアには翼がない。というよりは翼を顕在化させられるほどの魔力がない。
基本的に悪魔は自分の持つ魔力で翼を顕在化させるので、魔力が極端に少ないミリアには尻尾しか出せないのだ。
やはり本人も翼を出したかったらしく、自身の背中を覗き込むようにして口惜しそうな顔をしていた。
「うー……」
とはいえ翼や尻尾があろうがなかろうが、悪魔であることは事実。
誤魔化しも言い訳もできず、フェアはただ唸るしかなかった。
再び魔王を探しに行くことを余儀なくされたフェアは、ひとまず街の外へ出ることにした。
別に町中で翼を出して飛んでいっても良いのだが、フェアが翼を出せるほど魔力を緩めると周りに少し被害が出てしまう。
都合上あまり翼や尻尾を出さないフェアは、魔力を翼の構成に回すのにどうしても時間がかかる。
その間に周囲の悪魔が魔力中毒でパタパタ倒れてしまうので、余程の事が無い限り街中ではやらないようミリアに釘を刺されていた。
周囲の被害はわりとどうでも良いのだが、その後のミリアの様子が恐ろしいので決して約束は破らないようにしている。
「――って、何でこんなに道が混んでるんだろ? これじゃ外行けないよ」
「うーん、何か催し物でもあるんじゃないかな?」
街の入り口近くまできたは良いものの、やたらと騒がしく人ごみで混雑していて前に進めない。
カフェのある商業区もそこそこの混みようだったが、こちらは明らかにそれ以上。
向こう側が全く見えないほどの密集度合いの人垣が遠くに出来ており、そこに入れない人たちが押し合いへし合い道に溢れている。
好奇心旺盛だと自負しているフェアは、一体何がこれほど悪魔たちを引き付けるのか気になってしょうがなかった。
「あー、気になるー! 見せて見せてー!」
何度も飛び跳ねて覗こうとするも、今は防御力以外はか弱い女の子なのだ。
その程度の脚力でどう頑張ろうとも、身長の低いフェアには人垣の向こうの光景を目にすることができなかった。
「わぁ、凄い……これにはちょっと私もびっくりだなぁ……」
「何が――って、ああ!? ずるい! 一人だけ段差に乗って見てる!」
背後から届いたミリアの声に振り返ると、いつのまにかフェアの膝の高さくらいまである花壇の上にミリアが立っていた。
珍しいことに滅多に柔和な表情を崩さないミリアが、人垣の向こうの光景に目を見開いている。
ミリアがこれほどの反応を示すとは、一体どんな光景が広がっているのだろうか。
ますます気になったフェアはすぐに花壇へ上ろうとした。
「駄目。フェアは人垣の向こうに行ってきなさい」
「えぇ!? 何で!?」
だが何故か上がらせて貰えなかった。
強引に上がろうとするも、ミリアの手と尻尾による巧みなディフェンスを突破できない。
「何で上がらせてくれないの!? まだスペースいっぱいあるのに!」
「ごめんね、フェア。この花壇は一人乗りなの」
「何その近所のいじめっ子発言!? ミリアのいじわる! この悪魔ー!」
「悪魔に悪魔って言ってもしょうがないと思うなぁ……」
「ちくしょー! 花壇はそもそも乗るものじゃないでしょ!? 先生に言いつけてやるー!」
可愛らしい笑顔で行われる陰湿ないじめに、フェアは捨て台詞を残して人垣に突っ込んだ。
密集した悪魔同士の身体やら尻尾やら翼やらに揉みくちゃにされながら、捻じ込むようにして前へと進んでいく。
ここでちょっと魔力を緩めれば容易く人垣を掻き分けられる膂力が得られるものの、フェアはあえてそれをしなかった。
人ごみに翻弄されて自由に動けない状態は、非力でか弱い女の子になれたようでとても気分が良かったからだ。
そのため暑苦しさや息苦しさを覚えながらも、フェアは頬の緩みを抑えられなかった。
念のために補足すると、決して自分が苦しむことで快感を得ているのではない。
「やった! 前までこれた――って、わぁ!? 凄い! びっくり!」
やっと悪魔の人垣を潜り抜けてその光景を目にしたフェアは、ミリアと同じように目を見開いた。
何とそこには流れ星となったはずの魔王がいたのだ。
果てしなくボロボロになっているせいで分かりにくいが、首下まで伸びた硬そうな銀髪や切れ長の赤黒い瞳は見間違いようがない。
人垣ができていたのはこの魔王が心配になるほど悲惨な姿だったからだろう。もちろんただの野次馬もいるだろうが。
「よ、良く生きてたわね、魔王……絶対、殺っちゃたんだと思ってた……」
実際、死んでいてもおかしくなかった。
何せ指一本ではなく手の平全体を使って突き飛ばしてしまったのだ。
フェア目線から見ても、この魔王の強さが一般の尺度から群を抜いていることがはっきりと理解できた。
「お、おお……あなた、でしたか……」
喧騒の中でもその呟きが聞こえたのか、あるいはフェアの魔力に気づいたのか、死んだようにうな垂れていた魔王がゾンビのような緩慢な挙動で顔を上げた。
「あー、喋らなくて良いから! 今治してあげる!」
生気のない瞳で引きつった笑みを浮かべる魔王があまりにも痛々しくて、フェアはすぐに駆け寄った。
そうして自分の馬鹿げた魔力の一部を使って治療のための魔法を行使する。硬く閉じた瞳を、できる限り真後ろに向けながら。
「貴様! 魔王様に何を――ぐあああぁぁぁぁっ!?」
部下らしき男がフェアに声を荒げた瞬間、太陽が爆発したかのような閃光が魔王の身体から生じた。
本来治癒魔法は対象の身体を僅かに治癒の光が覆うのだが、フェアがやるとこうなる。
まともにこの閃光を直視した野次馬や魔王の部下は、一人残らず目を覆いながら悲鳴を上げて転げまわっていた。中には失神してしまった者までいる。街中でこんなテロ染みたことをするなと釘を刺されているが、今回は特例だろう。
「……どう? ちゃんと治った?」
心配になってその端正な顔を覗き込む。
荒野では真剣そのもの、さっきまでは崩れかけのゾンビのような顔つきだったが、今は生気に溢れつつも落ち着きはらった顔つきだ。
たぶんこれが基本の表情なのだろう。実に魔王らしくない穏やかな表情だった。
「まさかこれほどとは……やはり素晴らしいお力です。しかしフェア様のお手を煩わせてしまい、真に申し訳ございません」
傷だけでなく体力すら完全に回復させるフェアの治癒魔法に、魔王は驚嘆の声を漏らしていた。
実はフェアの治癒魔法は魔王の想像以上のレベルに達しているのだが、効果が現れる場面ではなかったので流石に気づけなかったようだ。
「ううん。謝るのは私の方だよ……ごめん、突き飛ばしちゃって。悪気はなかったんだけど、恥ずかしくて、つい……本当に、ごめんなさい!」
本来親しくない相手には警戒心から刺々しい態度と言葉遣いを取ってしまうフェアだが、自分の犯した罪を謝罪するのにそれは相応しくない。
変に飾らない謝罪の言葉を口にして、フェアは深く頭を下げた。
「どうか頭をお上げください。最終的には私は無事でしたので、フェア様が謝罪なさる必要はございません」
「そっか! 良かったー……許さないって言われたらどうしようかと思ってた……」
心からの謝罪を受け取ってくれたので、フェアとしては一安心だった。
乙女の照れ隠しで殺されそうになったわりには随分と心が広い。
向こうが水に流してくれれば、もともと過ぎたことを悔やんだりしない性質のフェアは何の負い目も感じなかった。
「……ですが、できれば代わりにお耳に入れて頂きたいお話がございまして……」
「うっ……」
魔王が一瞬凶悪かつ冷徹な笑みを浮かべたのを、フェアは確かに見た。
優しげな顔だからこそ恐ろしい笑みが異様に映えている。
なるほど確かに魔王の称号は伊達ではなかった。
フェアが負い目を感じていないだけで、殺しそうになった罪が消え去ったわけではない。
その事実を利用して、また魔王になって欲しい云々の話をするつもりなのだ。
「うんうん、良く謝ったね、フェア。偉い偉い」
たじろいで一歩下がったフェアは、後ろから優しく頭を撫でられた。
振り返れば一連の話を聞いていなかったらしいミリアが、もがき苦しむ悪魔達の姿を気にしつつも嬉しそうに笑っている。
フェアのぶっとび加減には慣れているミリアなので、フェアが魔王に駆け寄った時点から閃光に備えて目を逸らしていたのだろう。
あるいはそもそもフェアに魔王の治療をさせるために、人垣に突っ込ませたのかもしれない。
「フェア様、そちらのお方は?」
「あー、もー! フェア様って呼ぶのもやたら畏まった言葉使いするのもやめてよ! 止めないと話なんて聞いてあげないよ!?」
「なるほど、つまりある程度言葉を砕けさせて名を呼ばなければ話は聞く、ということですか……」
「あぁっ!? しまった!」
とってつけたように丁寧な言葉遣いに嫌気がさし、つい言い放った言葉。
魔王はそれを待っていたかのようにしたり顔で確認してきた。
失敗を悟ったフェアは何とか嘘に仕立て上げようと考えたものの、都合が悪いことにそれはできない。
何故ならすぐ後ろにミリアがいるのだ。
ミリアの前で嘘をつこうとすると何故か体調に異変をきたすし、そんな嘘をミリアは許さないだろう。
つまりフェアには頷く他に道はなかった。
「もーっ! 聞けばいいんでしょ、聞けば! でも絶対魔王になんてなってやらないんだからー!」
もうこの魔王に対する警戒心などどうでも良くなり、フェアは心のままに声を荒げて子供のように腕を振り上げまくった。
何を隠そうこれがフェアの本当の姿である。
「あの、魔王様……挨拶もせずに不躾ですが、場所を変えたほうがよろしいかと……お互いに話すことがたくさんあるようですけど、ここは、その……」
ミリアの言葉を濁した控えめな提案。
周囲には未だにもがき苦しみ呻きを上げる悪魔たちが倒れているので、この場で話を続けたくはないのだろう。
魔王はどうだか知らないが、流石にこんな地獄絵図のような状況ではフェアも居心地が悪くて話どころではない。
かといって周囲の悪魔にしてあげられることは何も無いので、やはり場所を変えるしかなかった。
「分かりました。では城に向かうのでついてきてください。城なら話が終わった後すぐ戴冠式に移れますしね」
「魔王様……もしかして、この子を魔王にしようとしてるんですか?」
「だから魔王になんてならないって言ってるのにー! ていうか戴冠式って気が早すぎでしょ!?」
一体何故ここまでフェアを魔王にしたがるのか。
さっぱり理由の分からないフェアは、失神した部下の足首を掴んで引きずり歩く魔王の背に怒りの声を投げかけるしかなかった。
この辺りからキャラの性格が良く分かるようになってきています。
ちなみに引きずられているキャラもメインキャラの予定。