やさしい刑事   作:佐渡 譲

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やさしい刑事 第5話 「人形の涙」(6)

 ヤマさんは、殺害現場から離れた奥のベッドの側まで行ってさらに考えを巡らせた。

(それからホシは、ベッドに血の着いた服を脱ぎ捨て、顔の血を拭き取ってから持ってきた服に着替えて部屋を出て行ったのか…

ベッドにたくさんの血痕が着いていたのは、本当にそう言う理由からだったのだろうか?)

 ヤマさんには、どうしても平野刑事の言う事件の経緯に合点がいかなかった。何かが違っているような気がした。

 

「なぁ…お嬢ちゃんは一部始終を見ていたんだから知ってるよな~」

 困り果てたヤマさんは、ベッドの側に立て掛けてある血に染まった人形を見て苦笑いした。

 そうして、人形を背に床に座って、もう一度ガイシャが倒れていた場所に目を凝らした。

 その途端にヤマさんは、首筋に落ちてきたひやりとした何かを感じた。

 驚いて振り向いたヤマさんは、事件のすべてのいきさつを理解した。

「こりゃぁうかつだった…道理でモンが出ない訳だ。お嬢ちゃんの血痕にもっと早く気付くべきだったな~」

 ヤマさんはゆっくりと立ち上がると、ポケットからハンカチを取り出した

「愛していたんだよな。ヤツを…どんなにひどい浮気男でも、いなくなりゃぁ寂しいもんさ」

 ヤマさんはそう言いながら、血に汚れた人形の涙をそっとハンカチで拭ってやった。

 それが刑事にできる せめてもの『やさしさ』だった。

 

 きっとこの子は、返り血を浴びた後に、いつも男と一緒にいたベッドでさめざめと泣いたのだろう。

 人付き合いを煩わしいと言って避けている今時の男の子に、この子の気持ちは分からなかったのかな?

 きっとこの子は愛しい男の思い出を抱いたまま、焼却炉で焼き捨てられてしまうのだろう。

 そう考えると、ヤマさんには自分が殺した愛する男を思って泣いた少女人形が不憫にさえ思えた。

 

「何か分かりましたか?ヤマさん」

 警察署に帰ってきたヤマさんに平野刑事が声を掛けた。

「いんや、何にも…もしかしたら、お前さんの推理通りかも知れんな。平野刑事」

「やっぱりそうでしょ…じゃぁ、計画的殺人って事でもう一度事件を洗い直してみますか?」

「あぁ…ところでお前さん。今付き合っている女の子はいるか?」

「何ですか?やぶからぼうに…前に付き合ってた子に振られてから、彼女いない歴5年ですよ~」

「刑事なんて、ただでさえ危ない仕事で安月給ときてる…彼女ができたら大事にしろよ。俺みたいにならん内にな」

「はぁっ?」平野刑事は呆気に取られたような顔をしていた。

 

 もしかしたら、俺が見たのは今の時代に生きる子たちの孤独の影法師だったのかも知れない。

 人はみんな影法師を背負って生きている…時代が移り変って普通が普通じゃなくなっても人の思いは変らんもんだ

 思えばあれから随分と時が経った…雪は今どこにいるんだろう。生きているのか?もう死んでしまったのか?

 ヤマさんは自分の影法師をじっと見つめた。

 

やさしい刑事 第5話 「人形の涙」(完)

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