この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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多分今までで一番執筆期間長い。


第三十五話

 

 アルカンレティアの商店街にて。

 

 

「そこのお兄さん!是非アクシズ教に!」

 

「結構です」

 

 

 道を往けばアクシズ教徒。

 

 

「いらっしゃい!今ならアクシズ教入信書をサービスしてます!」

 

「間に合ってます」

 

 

 店に入ればアクシズ教徒。

 

 

「強くてカッコイイアクシズ教徒が居ない路地裏じゃあやりたい放題だぜ!強くてカッコイイアクシズ教徒がここにいなくて本当によかった!」

 

「…」

 

 

 路地裏を通ればアクシズ教徒。

 

 

「あ、そこの休憩中のお兄さん!街頭アンケートです!この所にサインを…」

 

「忙しいんで」

 

 

 ベンチに座ればアクシズ教徒。

 

 

「このように、暗黒神エリスはパッドなのです」

 

「それは事実」

 

 

 至る所にアクシズ教徒。

 

 

「えーんえーん!勧誘しないと晩御飯抜きにされちゃうよー!えーんえーん!」

 

「…」

 

 

 こんな子どももアクシズ教徒。

 

 

「ひ、ヒデオ?怒るなら、その怒りを是非私に…」

 

「いや、いい」

 

 

 色々と言いたいことはあるが、ここは一言、一言だけ叫ぶ。

 

 

「帰りたい!!!」

 

 

 1人見たら30人は居ると思え。それがアクシズ教徒。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 水と温泉の都、アルカンレティア。

 

 そこは温泉を主とした観光地。

 様々な土地から色々な人々が観光や商売の為に訪れる活気のある街。

 水の都と謳われるだけあって、きれいな水が湧き出る。それだけを聞けば某ウォーターセブンと思うかもしれない。

 

 しかし、その実態は。

 

 

 アクシズ教の本拠地である。

 

 

『ぶらり温泉旅、アルカンレティア編』より一部抜粋。

 

 

「帰りたい」

 

「早い。まだ来たばっかだぞ」

 

 

 ヒデオが早くもホームシックだ。

 いや、正確にはホームシックじゃないけども。

 まぁ気持ちはわかるが。

 そこかしこに頭がおかしい事で評判のアクシズ教徒が居るもんな。アクアは喜んでるけど。

 

 さて、俺もアクシズ教徒の勧誘にはうんざりしてた所だ。今日の探索はこのくらいで切り上げて旅館に戻ろう。

 

 

「そろそろ旅館戻るか。いつまでもウィズを一人にしてるのもな」

 

「おう…。色々と疲れた…」

 

 

 目が死んでるヒデオ。手を出さなかっただけ偉い。

 

 

「カズマとヒデオは戻るのですね。私達はもうちょっと探索してから戻りますね」

 

 

 めぐみんがそう言ってきた。

 頭がおかしい娘は頭がおかしい奴らに耐性があるのだろう。ダクネスはアクシズ教徒から受ける仕打ちに興奮してたし、アクアは言わずもがな。

 

 

「カズマ、何か失礼なことを考えませんでした?」

 

「考えてない」

 

 

 エスパーかコイツは。

 勘の鋭さに戦慄していると、ぽつりとダクネスが呟いた。

 

 

「そう言えば、泊まっている旅館には混浴があるらしいな…」

 

 

 その瞬間。

 

 俺、いや、俺達の行動は早かった。

 

 

「ヒデオ!」

 

「任せろ!」

 

 

 ヒデオが俺を乗せるために地面と平行になると同時に背中に飛び乗る。

 

 事態は一刻を争う。

 

 

「「あばよてめぇら!」」

 

「あっ…!」

 

 

 3人を放置し、全開で飛ばすヒデオ。

 

 もっとだ!もっと速く!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 旅館。泊まる部屋。

 

 

「あ、カズマさん、ヒデオさん。おかえりなさい!他の三人はまだですか?」

 

 

 そこには、風呂上がりであろうぽかぽかしたウィズが居た。くそ…!一足遅かったか!

 

 けど、浴衣姿可愛いです。

 

 

「あぁ、アクア達はまだ観光するらしいな。俺とヒデオはちょっと疲れたから帰ってきた。ウィズは風呂入ったのか?」

 

「はい。お先に頂きました。あ、そうそう。混浴の方のお風呂、結構広かったですよ!私一人しか居なかったので貸切みたいでした!」

 

 

 おいおい。有り得ない。こんな千載一遇のチャンスを逃すとかマジありえないんですけど。これも全てアクシズ教徒のせい。

 

 

 ……許すまじアクシズ教徒!!

 

 

 悔しさと怒りを歯を食いしばって我慢していると、カズマが。

 

 

「…なるほど。よしヒデオ。俺達も行くか。入るなら広い方がいいしな」

 

 

 と、言ってきた。思い立ったが吉日。

 

 

「あぁ。広い方がいいな」

 

 

 断じてやましい気持ちなどない。風呂は広い方がいい。ほんとだよ?

 

 

「ごゆっくり!」

 

 

 ウィズに見送られ、浴場(混浴)へと向かう。

 

 

 道中。

 

 

「…正直惜しいことをしたと思ってる」

 

 

 そう嘆くカズマ。

 その通りだ。こんなチャンス二度とないのに…!絶対に許さない。

 

 

 アクシズ教への恨みを募らせていると、浴場に着いた。右から男湯、混浴、女湯とある。

 

 何も迷うことなく真ん中へ。

 

 更衣室には誰も居ない。しかし、衣服が入った籠があった。という事は、誰か居る。

 気の感知を使い、風呂場の方を探る。

 

 すると、かなり大きな気が二つ。

 

 

「…カズマ。二人居る。それもかなり強い」

 

「物騒な事を言うな。それとなんで目をキラキラさせてるんだお前は。たまたま旅行に来た上級冒険者だろ…多分。喧嘩売るなよ?」

 

 

 俺をなんだと思ってるんだコイツは。ただちょっと気になるなーってだけだ。

 

 色々と言いたいことはあるが、コイツに構ってる暇はない。服を全て脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になる。

 流石にこのままだとまずいので、腰にタオルを巻く。カズマも同じ格好だ。

 

 さて入るか、といったところでカズマが俺の体をジロジロと見てきて一言。

 

 

「相変わらずいい体してんな」

 

「ホモは勘弁」

 

「しね」

 

 

 辛辣ゥ!

 

 そんな俺を気にせず、カズマが浴場へと続く扉に手をかける。

 すると、話し声が聞こえてきた。

 

 

「忌々しいあの教団もこれで終わりだ。秘湯での破壊工作は終わった。ほかの所も順調。後は待つだけだ…」

 

 

 そんな、世間話とはかけ離れた、いかにも悪巧みしてましたって内容の、男の声が聞こえてきた。

 

 忌々しい教団というのは、十中八九アクシズ教だろう。アクアには悪いが正直滅べばいいと思ってるし、なんなら俺が滅ぼしてやるまでである。

 

 この話し声の主が本当に悪の組織的なアレかもしれないし、ただの演劇の練習かもしれない。なんにせよ、ここは引いた方が良さそうだ。

 

 今回は旅行に来たんだ。癒されに来たんだ。面倒事に首を突っ込みに来たわけじゃない。

 確かに強いやつと戦うのは好きだが、めんどくさいのは嫌いだ。俺はヒーローじゃない。

 

 幸いこっちには気付いていないようなので、カズマと目を合わせこっそりとその場を後にし、さっき脱ぎ捨てた服を再度着ようと…。

 

 

「ハンス、そんな事を私に一々報告しなくていいわよ?何度も言ってるけど、私はこの土地に湯治に来てるの。面倒事は持ってこないでほしいわ」

 

 

 スパァン!

 

 

 その女の人の声を聞いた瞬間、俺達はタオル一丁で扉を開け放っていた。

 

 

「「!?」」

 

 

 急に扉を開け放たれ、ビクッと驚く中の二人。

 

 そこに居たのは二人の男女。

 男の方は湯船に浸かっておらず、腰にタオルを巻いたまま女の近くに居た。

 

 背が高く筋肉質で、茶色の短髪のその男は、驚いた表情で俺達を見ていた。

 悪巧みをしていたのはコイツか?

 

 まぁいい。野郎はどうでもいい。

 

 俺達はもう片方、なにやら緊張した面持ちで湯船に浸かっている女性の方へ目を向ける。

 

 毛が赤くショートカットで、俗に言う猫目のような瞳のお姉さん。かなり美人だ。

 それにスタイルもいいし、デカイ。

 ウィズくらいあるんじゃねぇか?

 

 思わずそのお姉さんに目が釘付けになる。カズマも同様だ。

 

 男とお姉さんはなにやらヒソヒソと話しているが、そんな事はどうでもいい。

 今この光景を目に焼き付けるんだ。なんのためにここに来たと思ってんだ!

 

 ジロジロと見続ける俺達の視線に羞恥を覚えたのか、お姉さんは顔を赤くし体を深く湯船に沈めた。

 ちっ。

 

 見すぎじゃないかと思うかもしれないが、そんな事は無い。あんなモン持って混浴に来る方が悪い(暴言)。

 

 しかし、このまま見続けていても何も始まらないのでとりあえず体を洗う。

 視線を受けている気がするが、俺もさっきジロジロ見たからおあいこだ。

 

 体を洗う俺達を見ながらヒソヒソと会話をする二人。用が終わったのか、男の方は出て行った。

 体が全く濡れてないのが気になるが、まぁどうでもいい。

 出ていく時に俺の尻尾を見て驚いていたが、よくある事なのでスルーした。

 

 しかし、気の感じからすると、お姉さんの方が強いな。

 それに、ちょむすけの気に似てるが気のせいか?

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 体を洗い終えたので、いよいよ湯船に入る。

 ハンスとか言った奴が出ていってから何かちょっと気まずいな。

 

 無言でこちらに視線を向けるお姉さんを気にしつつ、湯船へと浸かっていく。

 

 

「「ふぃー…。あー…」」

 

 

 俺もヒデオも、ついおっさんみたいな声が出る。極楽極楽…。

 

 色々あって忘れていたが、俺達は慰安旅行に来たんだ。とりあえずお姉さんからは視線を外し、温泉を堪能する。いつまでも見続けるのは失礼だしな。

 

 深くため息をつき寛いでいると、お姉さんが話しかけてきた。

 

 

「…あの、あなた達はこの街の人ではなさそうだけど、旅行者かしら?」

 

「まぁ、慰安旅行的なアレです。お姉さんも旅行ですか?」

 

 

 そうヒデオが応えた。

 そういや、さっき湯治とか言ってたな。

 どこか怪我してるのかと思ったが、目立った怪我とかはない。

 

 

「そう…。私は湯治に来てるの。それに、温泉好きだから」

 

 

 そう笑いながら言うお姉さん。

 

 

「見たところ怪我とかしてそうにないですけど、病気ですか?」

 

 

 俺がそう聞くと、お姉さんは少し考えて。

 

 

「病気…ではないわね。半身と戦った時に、奪われた力を取り戻すためにこうして各地で湯治してるの」

 

 

 そんな事を、冗談めかして言ってきた。

 

 

「半身とか、奪われた力とか、俺達の仲間の魔法使いが随分好きそうな話ですね」

 

「ふふふっ。あなた達の仲間って、もしかして紅魔族?私が魔法を教えた紅魔族の子は元気にしてるかしら…。なんにせよ、半身が見つかれば、湯治しなくてすむんだけどねー。私の半身、そのへんに転がったりしてないかしら」

 

 

 そう言いながらため息をついたお姉さんの様子を見ていると、この話が冗談じゃないように思えてくる。

 

 そうだ。この世界はろくでもないんだ。

 キャベツが空飛ぶし、サンマが畑から採れたりする。

 一見普通の美女に見えるこのお姉さんが人外で、本当に半身が居てもおかしくない。

 

 そんな事を考えながらお姉さんの方を見ていると、お姉さんがヒデオに質問した。

 

 

「それと、さっきから気になってたんだけど、そっちの…目つきが悪い方の君、その尻尾って本物?」

 

「本物ですよ。触ります?」

 

 

 そう言いヒデオはお姉さんの方に近づき尻尾を差し出した。

 お姉さんは若干戸惑ったが、意を決したようにヒデオの尻尾を弄び始めた。

 

 

「なんというか、好みが分かれそうな感触ね…。私は好きだけど…」

 

 

 そう言いながらも触るのをやめないお姉さん。

 くそっ!なんで俺には尻尾が生えてないんだ!

 

 

 数分後。

 

 

「…ふぅ、堪能させてもらったわ。ありがとう。私はそろそろ上がるわね。……それと、この街の温泉にはできればあまり入らない方が良いかもしれないわよ?」

 

 

 そう言い立ち上がろうとするお姉さん。

 

 …をガン見する俺達。

 

 

「「…」」

 

「…あ。あの、出来れば、お風呂から上がる無防備な所は見ないで欲しいかなーって…」

 

 

 そうお姉さんに言われ、顔を見合わせる俺達。そして間を置かずに。

 

 

「「お構いなく」」

 

 

 そう俺達に即答されたお姉さんは、泣きそうな顔をした。

 

 

 …俺達がいつまでも見ていてはお姉さんが出れそうになかったので、しょうがなく後ろを向くことにした。

 

 

「…ありがと」

 

 

 後ろを向いている俺達にそう言い残し、温泉から出て行くお姉さん。

 

 その際に、何やら意味深なことを呟いていたが、悶々としている俺達には聞き取れなかった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「…なんか、ヤバかったな」

 

 

 お姉さんが出ていって二人きりになり、カズマがそんな事を言ってきた。

 確かにやばかったな。

 

 

「あぁ、あの乳はかなりヤバかった」

 

「そっちじゃない」

 

 

 あれ、違ったか。

 

 

「温泉入るなとか言ってたし、男の方もかなり怪しかった。それに、半身とか奪われた力とも言ってたし…」

 

 

 不安そうな表情でそう言うカズマ。

 そっちかーい。

 

 

「そっちか。かなり怪しかったが、気にすること無いだろ。俺達は旅行に来たんだぞ?確かに温泉に入れなくなるのは困るが、面倒事に首突っ込みに来たわけじゃないだろ」

 

 

 そう言うが、まだ不安らしいカズマは。

 

 

「そうだけどさ…。うちにはあの疫病女神が居るんだぞ?万が一も有り得る。気にかけておくにこしたことはないだろ」

 

 

 と、返してきた。

 

 …確かに、アクアがやらかす事も充分に有り得る。カズマの言う通り気にかけておくか。

 

 その後も長々と語り合いながら、30分が経っただろうか。カズマがふー、とため息をついた。

 

 

「そろそろあがるか?」

 

「そうだな…。結局誰も来ないし…」

 

 

 そう聞くと、若干肩を落としながら同意するカズマ。

 まぁ、混浴なんて普通は来ないだろう。お姉さんの爆乳を見れただけでも儲けものだ。

 

 そんなことを考えながら立ち上がろうとした時、知っている気が女湯の方に二つ、話し声を響かせながら入ってきた。

 

 

『おおっ!屋敷のお風呂より広いですね!泳げちゃいます!』

 

『お、おいめぐみん!泳ぐのはマナー違反だ…。お、おい!何をする!タオルを剥ぐな!くっ…!意外な力を…!あぁっ!』

 

『女同士なのに何を恥ずかしがっているのです。荒くれ稼業の冒険者である私達がそんな女々しくてどうするのです!』

 

『お、お前が男らしすぎるだけだと思うが…』

 

 

 それを聞いた俺達は、無言でスイーっと女湯の方へ泳いで行く。

 

 混浴と女湯を隔てるのは、天井が開いた壁。

  舞空術で浮くなり桶を積むなりすれば普通に覗けるだろう。

 

 だが、リスクリターンを考えることが出来る俺はそんな事はしない。

 仮に覗いたとする。もれなくボコボコにされブタ箱にぶち込まれるのがオチだ。

 

 

『ふぅ…たまには温泉というのも悪くないですね。アクアが運良く旅券を当ててくれて良かったです』

 

『そうだな。ヒデオやカズマは何やらアクアが当てたということに不安がっていたが…。アイツらはアクアをなんだと思っているんだ?』

 

 

 無論、問題児である。

 

 

『大方、手のかかる仲間とかそのへんでしょう。私からすればヒデオはともかく、カズマの方が手がかかるんですけどね…』

 

(なんだとコラァ!テメェ人の事言えんのか!)

 

(静かにしろ!聞こえるだろ!)

 

 

 暴れそうなカズマを抑え、黙らせる。

 とりあえずこれはチャンスだ。

 コイツらの俺らに対する評価を聞く、な。

 

 

『確かに、ヒデオは放っておいても修行と称してクエストに行ったりするが、カズマは放っておくと殆ど何もしないからな。なまじ大金を手に入れたせいで、以前の様な必死さも無くなってしまったし…。これは二人共にも言える事だが、途端に媚を売り始めたかと思えば、容赦なくセクハラしたり、身分なんてものともせず強気になったりするのは、どういう神経をしているのだ?…本当に変わったヤツらというか、不思議なヤツらというか…』

 

 

 おっ、コレは…。

 

 ダクネスのデレが来るか?と思ったが、それはめぐみんに止められた。

 

 

『シッ!ダクネス、それ以上言うのは待ってください。この隣は混浴です。男湯と混浴、その二つがあればあの二人はどっちに入ると思いますか?』

 

『混浴だな。あの二人がこんなチャンスを逃すはずが無い。普段からセクハラしまくる奴らだしな』

 

 

 そんな風に思われてたのか。若干悲しい。

 しかし、事実なので何も言えない。

 

 俺とカズマが悔しさに歯ぎしりしているのを知ってか知らずか、二人が大声で呼び掛けてきた。

 

 

『カズマー、ヒデオー!そこにいるのでしょう?壁に耳をくっつけて、ダクネスがどこから体を洗うのかを想像して興奮してるのでしょう?』

 

『め、めぐみん!何故私を引き合いに…!おい二人共!そこに居るんだろう!分かっているぞ!』

 

 

 残念だったな。想像にとどまらず、壁に穴開けて見るくらい出来る。死角から舞空術でもいいな。

 

 しかし、ここで返事をしては変態のレッテルを貼られている俺達の株はさらに下落するだろう。ここは沈黙を貫き通す。

 やがて。

 

 

『あ、あれ。返事が無いですね…。そんなはずは…』

 

『一向に返事が無いな…。本当に居ないんじゃないか?』

 

『むぅ…。どうやら本当に居ないみたいですね。私とした事が、仲間を疑ってしまいました。後で、さり気なくなにか奢ってあげましょう』

 

『確かに、失礼だったな。一方的に決めつけてしまって』

 

 

 …なんか、騙してるみたいで心が痛んできた。俺の方こそ、後でさりげなくなにか奢ってやろう。

 そんな感じでカズマと目を合わせ、壁から離れ、湯船から出ようとした時。

 

 

『なぁめぐみん。さっきから気になっていたんだが、尻にあるそれは…』

 

『おっと、いくらダクネスとはいえ、それ以上言うのならタダでは済ましませんよ!』

 

『あっ、おい!やめろ!胸を鷲掴みにするな!』

 

『なんなのですか、このデカイ胸は!馬鹿にしているのですか!アクアといいウィズといいダクネスといいゆんゆんといい、私の周りには巨乳しかいないのですか!前にヒデオが巨乳を絶対に許さない盗賊団に遭遇したと言っていましたが、今ほどその盗賊団に入りたいと思った事はありません!なんですか!このっ、このっ!こんなもの!』

 

『や、やめろめぐみん!そ、そこはぁぁあ!』

 

 

 二人の声と共に、向こう側からバシャバシャとお湯が飛んでくる。

 

 良心の呵責からその場を離れようとしていた俺達は、再び元の位置へと戻ってきた。

 

 そして、カズマが潜伏スキルを使い、俺はそれに触れ、壁にそっと耳を当て…!

 

 

『今です!』

 

『せあっ!』

 

「「ぐはぁっ!」」

 

 

 ズドォン!

 

 その衝撃と共に、湯船に吹っ飛ぶ俺達。

 迂闊だった…!ダクネスの筋力を失念していた…!

 湯船から起き上がると、二人の勝ち誇った声が聞こえてきた。

 

 

『ほら見たことか!やっぱりいましたよこの男ども!』

 

『やはりな!普段から私をエロい目で見てくるコイツらが混浴に行かないはずがない!ヒデオは私達にはセクハラする価値もないとか言っていたが、よくもまぁぬけぬけとあんな嘘が言えたものだな!』

 

 

 嘘じゃないもん!ダクネスはともかく、アクアにはセクハラしないもん!

 

 

「喧嘩売ってんなら買うぞ!『クリエイト・ウォーター』!!」

 

 

 キレたカズマが、クリエイト・ウォーターで二人に冷たい水をぶっかける。

 いいぞ、もっとやれ!

 

 

『ひゃあっ!何をするのですかカズマ!』

 

『…悪くない!』

 

 

 約一名興奮している変態がいるが、そこはスルーの方向で。

 

 

『よくもやりましたね!』

 

 

 そう叫び色々と投げてくるめぐみん。

 

 桶、シャンプー、石鹸、ちょむすけ。

 

 

「っておい!猫投げんな!お前飼い主だろ!それとちょむすけ。出来れば尻尾じゃなくて頭に乗ってくれるとありがたい」

 

『その子はお風呂が嫌いなのかいっつも洗おうとすると爪を立てて抵抗してくるんです!たまには二人も洗って下さい!』

 

 

 お風呂嫌いなのかちょむすけ。

 

 見ると、お湯の上が怖いのか、尻尾に必死でしがみついてくるちょむすけ。

 猫の力ではびくともしないが、爪が痛い。

 とりあえず定位置の頭に乗せる。

 

 

「ふしゅー…」

 

「おいちょむすけ。爪を立てるな。毛根が死ぬ。…コラ!」

 

 

 プルプルと震えながらも必死に落ちまいと俺の頭皮に爪を立てるちょむすけ。

 

 俺達の攻防を放置し、開き直り始めたカズマ。

 

 

「おーい。せっかくの温泉旅行なんだ。俺達は仲間で、家族みたいなもんじゃないか。どうせならこっち来て一緒に入ろうぜ」

 

「そうだそうだー!たまには仲間どうし水入らずで話そうじゃないか!」

 

 

 ついでなので、カズマの提案に乗ることにする。やましい気持ちは全くない。

 

 

『この男ども、普段は私達を厄介者扱いしているくせに、こういう時だけ仲間だとか家族だとか!』

 

『お前らは本当に大義名分があると容赦しないな!』

 

『ほっときましょうダクネス!どうせ口だけで実際行くとなるとヘタレますよこの二人は!』

 

「「なにおう!」」

 

 

 いいだろう。お前らがそういうスタンスで行くなら俺も考えがある。

 

 めぐみんとダクネスに聞こえるように、わざと大声でカズマに話しかける。

 

 

「なぁカズマ。俺さ、バニルを倒したおかげでレベルが4つ上がったんだよ」

 

「自慢か?」

 

「まぁ聞け。でさ、その時得たスキルポイント全部つぎ込んである技を覚えたんだけど…なんだと思う?」

 

「うーん…。元気玉とかか?」

 

 

 元気玉か。それもいずれは覚えたいな。

 だが、今回覚えたのはそんなフィニッシュブローではない。

 

 

「違う。実はな、『瞬間移動』を覚えたんだ」

 

「マジか!…で、今の状況と関係あるのか?」

 

「よく考えてみろ。俺の瞬間移動はカカロットよろしく気の場所に行くタイプのアレだ。後はわかるな?」

 

 

 俺がそう言うと、カズマは少し考え、なるほど、と言うように手をポンと叩いた。

 

 

『ダクネス、この二人はさっきからなんの話をしているのです?』

 

『さぁ…。瞬間移動とか言っているが…。妄言か?』

 

「おいお前ら、言葉に気をつけた方がいいぞ。ヒデオの瞬間移動が炸裂する」

 

 

 カズマがそう脅すが、めぐみん達はそんなもの知らんとばかりに口々に言い始めた。

 

 

『フン!その瞬間移動が炸裂すると何が起きるというのです!どうせハッタリでしょう!』

 

『その程度で騙されるか!』

 

「おいおい。いいのか?それ以上言うと、俺達がお前らの背後に全裸で登場する事になるぞ」

 

『『…は?』』

 

 

 ふふふ。いい感じにビビってるねぇ…!

 

 

「さらに加えて混浴に強制連行だって出来るんだぞ!」

 

『くっ…!虎の威を借る狐とはこの事…!おのれカズマ!そんな脅しに屈しはしないぞ…!』

 

「フハハハハ!なんとでも言え!勝てばよかろうなのだー!!」

 

 

 顔がめちゃくちゃゲスくなっているカズマさん。正直引く。

 俺がカズマにドン引きしていると、めぐみんがポツリと。

 

 

『…いいでしょう。そこまで言うのなら、私にも考えがあります。こっちにも脅す方法はあるという事をお忘れですか?』

 

『おいめぐみん!それはやめろ!いくらコイツらでも流石にそれはやり過ぎだ!』

 

 

 ダクネスがめぐみんを必死に制止する声が聞こえる。

 あれ?これまさか…。

 

 

「…ヒデオ、まさかアイツ」

 

「多分、爆裂魔法を…」

 

 

 めぐみんが何をしようとしているか悟り、青ざめる俺達。

 

 

「おいバカやめろ!早まるな!」

 

「そうだ、落ち着け!話をしようじゃないか!」

 

『ほらめぐみん!この二人もこう言ってる事だし、我慢しろ!』

 

『離してくださいダクネス!そして、さり気なく胸を押し付けないでください!当て付けですか!胸を当てているのと当て付けを掛けているのですか!』

 

 

 最早何に怒っているのかわからないめぐみんをなんとか落ち着かせ、騒がしい風呂から出た。

 

 …疲れを取りに来たはずなのに、余計疲れた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




わりとどうでもいい話なのに、ボス戦並みの文字数。
あ、感想待ってます。

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