出発当日の朝。
「今からめぐみんの故郷である紅魔の里に行くわけだが、皆荷造りは終わったか?」
「めんどくさいから温泉行ったときに使った荷物をそのまま使ってる。お土産も入ったままだ」
「私も着替え以外はほぼ同じですね。アクアとダクネスも同じはずです」
ちなみに俺もそのままの荷物だ。いちいち解いてまた詰めるのはめんどくさい。
「では、旅の概要を確認する。里は現在魔王軍と交戦中らしい。なので、遠くから見てみてダメそうだったらヒデオが単身で乗り込み、いけそうだったら全員で乗り込む。道中魔王軍の姿を見つけたら全力でヒデオに押し付ける。モンスターとの戦いも極力ヒデオに押し付ける方向で!」
「俺を頼りにしすぎだろ」
我ながらひどい作戦だとは思う。
「カズマらしい作戦ですね。まぁそれが最善でしょうけど……」
「あぁ。だが紅魔の里付近は強いモンスターがウジャウジャ居るらしいし、ヒデオだけじゃなく私を盾にしてくれて構わないぞ。危なそうなら置いていっても構わない」
「おお、そうだな。是非そうするわ。そのまま帰ってくるんじゃないぞ」
いつものようにアホな事を言うダクネスにキッパリ言い放つと荷物を背負い、ヒデオの肩に手を乗せる。ほかの三人も触る場所は違えど瞬間移動についていける様にしている。
「じゃ、行くぞ……ちっ、バニルの気とウィズの気が混ざりあってて気持ち悪い。えーと……よし!」
ヒデオがブツブツ文句を言ったかと思うと、景色が急転する。
辺りを見回すと見覚えのある店内で、すぐ隣にバニルが居た。
「おや、来たか。相変わらず急であるな」
「まぁそう言うなって。ウィズは?」
「貧乏店主なら先程仕入れた新商品のアンデット避けアイテムを開けてしまったせいで店の奥から出られずに泣いておる」
「いや助けてやれよ……。というかウィズが出られなくなるってことはかなりの効能だな。いつものようにデメリットはないのか?」
ウィズが仕入れる商品は大抵その効果を打ち消すデメリットを発揮するものが多い。今回もその線が高い。
「いや、使う分でデメリットは無い。強いて言うなら使い捨ての癖に値段がバカ高いところであるな。まぁそれもこれから三億という大金を得る冒険者様にとっては特に気にならないであろうな」
三億。そう、俺は今までに思いついた知的財産を三億エリスでバニルに買い取ってもらうことにしたのだ。月に百万とどっちかで悩んだが、俺達のパーティーは災難に巻き込まれることが多いので、万が一に備えて大金は蓄えておきたいと思って三億エリスにした。
「デメリットないのか……なら一つ買って行こうかな。アクアがいる限りアンデッド寄ってくるし。いくらだ?」
「お一つ百万エリスである」
「高っ! 使い捨てで百万とか高すぎだろ! まだアンデッドと戦った方がマシじゃねぇか!」
使い捨てでこの価格はかなり無理があるお値段だと思う。しかし俺の抗議を無視し、しれっと袋に商品を詰め始めるバニル。
……まぁ一つくらいいいか。普段世話になってるし、なんたって三億エリスが入ってくるからな。百万くらいどうってことない……と思うことにした。
そんな事を考えながらバニルの作業を見ていると、肩をトントンと叩かれた。
「なぁカズマ。屋敷に重力室的なの欲しいんだが。三億でどうにかしてくれねぇか?」
「あ、ヒデオずるい! カズマさん、私はプールが欲しいわ!」
「私は魔力回復効果が上がると言われる魔力清浄機が欲しいです」
「おっと、金の匂いを嗅ぎつけた亡者共め。プールとか魔力清浄機とかはまだ高くて無理だけど、今のうちに旅に必要そうなアイテムとか見て来いよ。あと重力室は金の問題じゃない」
そう言うとニコニコ顔で店の奥へ行くアクアとめぐみん。
「ちぇっ、まぁいいか。俺もインナーを新調してこよう。次はもっと重くしたいな」
ブツブツと呟きながら店の奥に消えていくヒデオ。あのインナー洗濯する時大変なんだよなぁ。今度からは自分で洗ってもらおう。
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ウィズにテレポートでアルカンレティアまで送ってもらい、街の中を歩いている時の出来事。カズマとアクアが言い争っている。
「だからすぐに出るって出発前に何度も言ったろ!」
「一泊くらいいいじゃない! ほら、ヒデオも何か言ってやって!」
アクアが俺に援護を求めてきた。しかし生憎のところ俺はこの街にあまりいい思い出がない。
「ピーピー喚くなアクア。通行人が変なものを見る目で見てるぞ。ちなみに言うと俺はこの街があまり好きではない」
「私の信者達がいっぱい居るのになんで好きじゃないの!?」
「それが原因だとわからんのか馬鹿め」
「うわぁーーん!! ヒデオとカズマがいじめるー!!」
アクアが仲間じゃなかったら滅ぼしてるぞあんな教団。
こんな俺達の様子を見て、ダクネスがまぁまぁと宥めてくる。
「三人共落ち着け。それよりカズマ。ゆんゆんは昨日の馬車で出たんだったな? それならまだここに着いてないかもしれないな……。待つか?」
当初はゆんゆんも一緒にテレポートして貰おうと思ってたんだが、伝える前に馬車で出てしまっていたのでそれは叶わなかった。
カズマに質問したダクネスだったが、反応したのはめぐみんだった。
「ゆんゆんなら大抵の事は一人で切り抜けられますし大丈夫でしょう。それより妹が心配なので私は早く先に進みたいのですが」
「余程早く帰りたいんだな。そんなに紅魔の里の皆が心配か?」
ゆんゆんに対して信頼を置いている所をあまり出さない所もそうだが、めぐみんは案外ツンデレの素養があるのかも知れない。
「妹が心配だと何度言えばわかるのですか? それに、紅魔の里の皆は魔王軍程度にやられるほどなまっちょろくないです」
「ツンデレだな」
「だな」
『紅魔の里の皆〜』あたりから早口になり始めた所も含めてツンデレだ。
「違うと言っているでしょう! なんで四人共そんなにニヤニヤしているのですか! そんな生暖かい目でこっちを見ないでください! やめろォー!」
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アルカンレティアから伸びる舗装路を、ブツブツとボヤきながら歩くめぐみん。
「全く、酷い目にあいました……って、しつこいですよ。いつまでにやけているのですか。いい加減にしないと怒りますよ?」
「まぁそう言うなって。こうしてお前の言う通りにゆんゆんを待たずに紅魔の里への道を歩いてるんだからそれくらい我慢しろ。早く妹を助けに行きたいんだろ?」
「ぐぬぬ……」
それを言われちゃ何も言い返せないと言ったような顔で歯ぎしりするめぐみん。勝った。
めぐみんに対して内心勝ち誇っていると、先頭を歩いていたカズマが急にピタリと足を止めた。俺達もそれに倣う。
「敵感知に引っかかった。ヒデオ、どうだ?」
カズマに気の大きさの確認を促される。確認すると少し先に小さい気がポツンと動かずにそこに居た。
「こいつか。なんて事のねぇただの雑魚だな。カエルより弱い」
「安心した。行くぞ」
「倒すのか?」
「あぁ。ここいらで経験値稼いでおきたいしな」
言いながらズンズン先へと進んでいくカズマ。これから先もっと強い敵が出てくるだろうし、目的地には魔王軍がいる。少しでもレベルを上げておきたいのだろう。
カズマの後へと着いていくと、やがて気の場所に人影が見え始めた。
人型のモンスターだ。木陰に座っている様に見えるが、弱ってるのか?
「アレか。なんか弱っちそうだな」
「おう。では早速……」
ちゅんちゅん丸を鞘から引き抜き、潜伏スキルを使いそろーっとその影に近付いていくカズマ。刀を振りかぶったかと思うと、何故かそのまま硬直した。敵の攻撃か?
心配なので、カズマのそばに行き何が起きたか確認する。
「おいカズマどうした。こんな雑魚にやられるとか情けないにも程が……あー、なるほど……」
カズマと俺の視線の先には、到底モンスターとは思えない姿の少女が、怪我をいたわる様にして木に寄りかかっていた。
「えーと、『安楽少女。その植物型モンスターは、物理的な危害を加えてくる事はない。……が、通りかかる旅人に対して強烈な庇護欲を抱かせる行動を取り、その身の近くへ旅人を誘う。その誘いは抗い難く、一度情が移ってしまうと、そのまま死ぬまで囚われる。一説には、このモンスターは高い知能を持つのではとも言われているが定かではない。これを発見した冒険者グループは、辛いだろうが是非とも駆除して欲しい』だとよ。殺るか」
アルカンレティアから紅魔の里への道に出るモンスターについて書かれたガイドブックを音読しながら空いている手を安楽少女にかざす。すると。
「ちょちょちょ、待ちなさいよヒデオ!」
「そうですよ! 貴方には情というものが無いのですか!? 血も涙も無いのですか!?」
アクアとめぐみんが立ちはだかってきた。めぐみんに至っては俺をまるで鬼か何かのように例えるように非難してくる。
「全部あるけど、それがどうかしたのか? それより邪魔だ。そいつ殺せない」
「だからそれを待てと言ってるじゃないですか!」
「『是非とも駆除してほしい』ってあるじゃねーか。駆除しねーと」
そう言うと、この二人はおろかダクネスやカズマでさえも信じられないものを見るような目で見てくる。コイツら何をそんなに躊躇ってるんだ?
「おいおいどうしたんだお前ら。普段ならモンスター消すべし慈悲はないとか言って爆裂魔法ぶち込んだりしてるのに何でこいつに限って躊躇するんだ?」
「いや、ですから! この子の姿を見てください! どこからどう見ても怪我をして休んでいる少女ですよ!?」
「そりゃ見た目はそういう風に擬態してるからってこのガイドブックにも書いてるし、カズマの敵感知にだって引っかかったんだ。こいつはモンスター確定だろ?」
前に屋敷にサキュバスが来た時に『それは可愛くても悪魔、モンスターですよ?』とか言いながら駆除しようとしていためぐみんはどこに行ったのか。
「ですけど! 貴方はこんな可哀想な少女を手にかけるって言うんですか!?」
「だから何度もそう言ってるだろ。わかったらそこどけ。あとそいつは厳密に言うと少女の姿をしたモンスターだ」
一体何の情が湧いたというのか。会って数分も経ってないし、言葉だって交わしていない。何がコイツらを突き動かしているのだろう。
「ヒデオの言うことも分かるが、ここは……な?」
ダクネスの諭すような言葉を皮切りに、皆じーっと俺の方を見てくる。
……俺が折れないとダメな空気になってしまっている。仕方ない。
「……わかった、わかったよ。お前らの言う通り、直ぐには殺さない。ほれ、何もしない。早く手当なり介護なりしてやれよ」
諦めたように両手を挙げ、アクアとめぐみんにそう促す。直ぐには殺さないが、この場を去るときに殺すつもりだ。駆除しろって書いてるしな。
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「コロス…ノ……?」
「うん。苦しまねぇように一撃で殺ってやる」
「血も涙もねぇのかてめぇは!」
さてこの場から去ろうとなったので再び安楽少女を屠ろうとしたが、カズマがちゅんちゅん丸の峰で後頭部を強打してきた。
「いってぇ! またこのやり取りかよ!」
「お前はこんな害のなさそうな子供を手にかけるのか!」
コイツらには何度言えばわかるのだろうか。
「だから庇護浴をそそる見た目とか仕草で引き付けて逃げれないようにして栄養を吸い取るって書いてんだろーが! 害あるじゃねぇか!」
「この子は違うかもしれないだろ! それに『コロス…ノ…?』とか言われてよく即答でうんって言えるなお前!」
「元は人のデュラハンとかを本気で殺そうとして人の姿に限りなく近づいた蜂を容赦なく殺して人型をした悪魔を消してきた俺にそんな事を言われてもなぁ。コイツは人の姿を借りた植物だ。俺が今挙げた奴らとなんも変わりねぇだろ! だったら殺すしかないだろ!」
「ぐぬぬ……! そもそもお前がそこまでしてこの子を殺したがる理由がわからない! 経験値が欲しいなら他のモンスターを狩る事だって出来るだろ! お前がそこまでしてこの子を駆除したがる理由を教えろ!」
俺の前に立ちはだかりながらそう訴えてくるカズマ。しつこい、しつこすぎる。いい加減諦めて看取ってやればいいのに。
これ以上ここに留まっていても何も始まらないし紅魔の里に着くのが遅れるのでここいらで切り札をだそう。
「理由? そいつは駆除対象だし、何より俺の気の感知がそいつはろくな奴じゃないって言ってるんだよ! 長い間他人の気を感じてきた俺だからわかる! コイツはかなりのゲス野郎だ! ゲロ以下のにおいがプンプンしてるんだよ!」
「こんな純粋そうな子がゲロ以下とかどんな感性してんだよ! とにかくこの子は駆除しない! ほら、もう行くぞ!」
切り札でさえも効果が無かった。自分に酔ってる奴らに説得は無理か。もういいや、どうとでもなれ。
「わかった、わかった。もういい。こいつは殺さない。例えこいつが今までに俺たちにしてきたような仕草や態度を他の人達にしてきて何人も殺していたとしても俺はもうコイツを殺さない。ほれ、行くぞ」
若干のイライラを残しながらその場を後にする。カズマ達より前を歩いていると、ダクネスが駆け寄ってきた。
「お前が正しいのだろう。自分の感情を押し殺し、私達には出来まいと思って自分が手を汚す事にした。私にはわかるぞ。お前の優しさが。普段は鬼畜だのなんだの言われているが、根は優しいんだな。お前もカズマも」
とても優しい顔で慰めるように言ってくるダクネス。
いや、あの……。普通にゲロ以下だったから殺そうとしただけなんですけど……。
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安楽少女と別れてから数分。
カズマがあることに気づいた。
「おい、不味いぞ。あの道に安楽少女が居るってことは、ゆんゆんがやばい!」
カズマの言うとおり、あのぼっち少女が安楽少女を見てスルーなど出来るはずがない。下手したらガイドブックに書いてる通りになりそうだ。
「そうだな。殺しに行くか?」
「だからなんでそんな結論になるんだよ! 説得してくる!」
俺達をその場に待機させ安楽少女の所に引き返すカズマ。俺の舞空術や瞬間移動を使って行かなかったのは俺が安楽少女を殺そうとするかもしれないからだろう。
数分後、ホクホク顔で帰ってきたカズマ。どうしたのかと聞くと、レベルが3程上がったらしい。殺ったか。
「お前の言う通りゲロ以下だったわ。疑ってすまん」
「まぁいいよ。結果として駆除した訳だしな」
カズマの冒険者カードを借りる。なるほど、確かにレベルが3上がってるし、安楽少女も倒している。
その事実をその場にいた皆に告げると、アクアとめぐみんが激昂した。
「なっ……!! この男、経験値のためにあんな小さい子を手にかけましたよ!!」
「アンタ、本当の悪よ!」
「カズマ、辛かったろう……」
カズマがコイツらを説得するのにかなりの時間を要した。
質問、分かりにくいところ等ございましたら是非当店へ!