この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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お待たせしました!


第四十四話

 ぺちぺちと頬を叩かれる感触がある。誰かが俺を起こしているのだろう。もう少し寝かせて…………そうだ。紅魔の里に行くんだ。魔王軍と戦うんだ。こんな所で寝てる場合じゃない。

 目を擦り、体を起こす。まだショボショボとする目を無理やりこじ開け、だれが頬を叩いていたのかを確認する。

 

 頬を叩いていたのは。

 

 

「起きたわね。寝顔、可愛かったわよ」

 

 

 美少女が起こしてくれていたなどという淡い期待など容赦なく砕かれた。目の前には、先程追い払ったはずの豚面がいる。

 

 オーク。またもやオーク。コイツら巣に帰ったんじゃないのか。というか俺の仲間達はどこだ。辺りを見渡すが、仲間達どころか見覚えのある景色すらない。

 

 

「ここはどこだって顔をしてるわね。私達オークの集落よ」

 

 

 そんな馬鹿な。まさか、俺が寝てる間に襲撃に来たのか? いや、そこまで深い眠りについていた訳じゃないし、第一その気になればゆんゆんとめぐみんでオークは全滅出来るはずだ。ならなんでオークの集落なんかに……?

 

 いや、考えるのは後だ。今は目の前のこいつをぶっ殺す事だけを考えろ。

 

 

「あら、イイわねその目。威勢がいいオスは好きよ」

 

 

 うるせぇ死ね。

 手刀で首を撥ねようとするが、異変に気付く。なにかが引っかかっている。

 手の先を見ると、鎖に繋がれた手錠が付いていた。しかもご丁寧に両手両足全てに付いている。

 

 

「良い動きね。手錠が無かったら今頃頭が飛んでたわ」

 

 

 バカにしたように言ってくるオーク。

 嘗めるな。こんな手錠程度、力入れれば砕けるんだよ。

 

 

「あ、そうそう。その手錠はちょっと特殊でね。受けた衝撃をそのまま返して自身へのダメージはゼロにするの。つまり絶対に壊せない」

 

 

 思い出したように言ってくるオーク。

 壊そうとすれば同じ力で俺の手が壊れるってことか。だが他にも壊す方法はある。

 

 

「もう一つ言っておくと、その手錠は魔力や生命力をある程度まで吸い取るから、貴方が何をしようとしているか知らないけど何も出来ないわよ?」

 

 

 そんな馬鹿な。

 ためしに気を解放しようとするが、確かに吸い取られていてまともに解放出来ない。

 

 

「絶望したって顔ね。それじゃあ……」

 

 

 寄るな……! 来るな……!

 恐怖で顔が引き攣っていくのがわかる。

 

 

「いただきます」

 

 

 奴の舌が、俺の頬をなぞるように……!

 

 

「うわぁあぁあー!!!」

 

 

 あまりの恐怖に、体が飛び起きる。辺りを見渡すと、見覚えのある木々と仲間達の顔。

 

 い、今のは……夢か……?

 

 

「どうしたヒデオ。怖い夢でも見たか? 急に飛び起きてしまったから、お前を起こそうと顔を舐めていたちょむすけが縮こまってしまったぞ」

 

 

 膝を貸してくれていたらしいダクネスが優しく言ってくる。あの感触はちょむすけの舌か……。

 

 

「ちょっとトラウマもんの悪夢をな……。悪いなちょむすけ。ビビらせちまって」

 

「なーお」

 

 

 特に気にしてはいないのか、ぴょんと跳んで頭に乗ってくるちょむすけ。

 はぁ……。あったけぇ……。

 ちょむすけの暖かさに癒されながらダクネスの顔をなんとなくじっくりと見る。

 

 こいつ、いやこいつらかなり……。

 

 

「どうしたヒデオ。ジロジロ見て。なにか付いてるか?」

 

「あ、すまん。不躾だったな。いや、な。みんなつくづく美人だなって思ってな」

 

「!?」

 

「お、ヒデオもそう思うか。みんな可愛いよな」

 

  しみじみとそう言うカズマ。よくわかってるじゃないか。

 俺とカズマの言葉に、皆が固まる。ニコニコとカズマと共にその様子を眺めていると、やがて一気に騒がしくなった。

 

 

「お、おかしいわ! いつもおかしいカズマさんとヒデオがいつにも増しておかしいわ!」

 

「わ、私は騙されませんよ! この男ども、どうせ上げて落とすに決まってます!」

 

「か、かわ……!」

 

 

 失礼な事を言ってくるアクアとめぐみん。

 そしてゆんゆんはアワアワしながら顔を真っ赤にしている。

 オークから無事逃げ果せ、悪夢から無事解放された俺達は深く息を吐く。

 

 

「「お前らって、ほんと女神かってくらい美しいよな」」

 

「ど、どうしたのかしら! 普段私を全く女神扱いしないのに! どうしよう! 二人が変になっちゃった!」

 

「お、落ち、落ち着けアクア! こいつらの女神だとかそんな冗談を真に受けるんじゃない! お前もそんな冗談に乗るんじゃない! 余計混乱する! 取り敢えずこいつらの頭に回復魔法をかけるんだ!」

 

「わ、わかったわ! あと女神ってのは冗談じゃないから! ねぇ、聞いてる!?」

 

「はいはい聞いてる聞いてる。取り敢えず早く回復魔法を!」

 

 

 ダクネスに急かされ、釈然としない顔で俺達の頭に回復魔法をかけるアクア。

 

 負傷はしていなくても、癒しの力によって何かが癒されていくのがわかる。なんか気持ちいいなこれ。

 

 ……さて。

 

 俺はさっきなんて言った? 何かとんでもないことを口走ったような。

 数秒前の記憶を探り、黙考。

 

 数秒後、同じく黙考していたカズマと顔を合わせ、頷き合う。

 

 そして。

 

 

「ヒデオ、俺を殺せ」

 

「あぁ、苦しまないように一撃で殺ってやる。安心しろ。すぐに俺も逝く」

 

 

 カズマを一撃で屠るべく結構な量の気を右手に溜め、カズマの頭部にかざす。

 

 

「は、早まるな!」

 

 

 気功波を放とうとした瞬間、ダクネスが羽交い締めにしてきた。

 離せ! この!

 

 

「離せダクネス!! 止めるな! 俺とカズマはここに骨を埋めるんだよ!!」

 

「そうだ! お前らに何がわかる! 殺せ! 殺してくれ!」

 

 

 カズマがアクアに羽交い締めされながら暴れる。

 こいつらに俺らの気持ちなんてわかりっこない! 早くエリス様の所に逝かせろ!

 

 

「カズマさん落ち着いて! ドレインタッチで体力を奪おうとしないで!」

 

「くっ……!! 流石にヒデオは力が強いな……!! ゆんゆん、めぐみん! このバカどもの頭を殴れ!」

 

「は、はい! ヒデオさん、ごめんなさい!」

 

「頭を冷やしてくださいこのバカズマ!」

 

 

 ゆんゆんはダガーを鞘ごと俺に振り抜き、めぐみんは杖をカズマの脳天に叩き込んだ。

 

 

「「こ、殺……せ……」」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「――学校では、めぐみんがずっと座学も実技も一番で、里の人たちも天才だとか、類まれなる才能の持ち主だとか持て囃してたんですが……。それが、爆裂魔法しか使えない産廃に成り果ててたなんて……」

 

「おい産廃とはなんだ産廃とは。一点特化型オーバースペックと言って欲しい。使いどころが少ないだけで、必ず需要はあります」

 

「けど、上級魔法並の技も使える上に本気出せば爆裂魔法以上の技も出せるヒデオさんがいるめぐみんのパーティーだと、いよいよいらない子じゃない!」

 

「いらな……!! いくらゆんゆんでも、言っていいことと悪いことがありますよ! 私だって本気出せば、ヒデオなんて目じゃないくらいの破壊魔法を使えますよ!」

 

「お前それ俺の気の譲渡ありきで言ってるだろ」

 

 

 ゆんゆんが昔を懐かしむように言葉を紡ぎ、それにめぐみんが突っかかる。なんだかんだ言ってゆんゆんとは仲良いな。そう言えば、ゆんゆんは二番だったって言ってたな。

 ……めぐみんは本当に紅魔族随一だったんだな。アホの戯言と思って聞き流してたわ。

 

 

「つーか本当に一番だったんだなお前。今まで頭がおかしい子の妄言と思っててすまんかった」

 

「バカと天才は紙一重って言うもんな。すまんかった」

 

「二人共、自分たちが縛られているということをお忘れですか? 身動きの出来ない二人に、精神的苦痛を与えるのなんて簡単ですよ?」

 

 

 喋ってる内容とは裏腹に、とても爽やかな笑顔のめぐみん。おかしなことをしでかさないようにと縛られたのが仇となったか……。

 

 

「はっはっはっ。めぐみん、そういった苦痛関連は俺の隣に居るヒデオが全て受け持つ。だからその毛虫はヒデオの方に向けてほしい」

 

「ははははは。カズマ、後でエリス様の元に送ってやるからな。感謝しろよ。それとめぐみん様、マジでやめて頂けないでしょうか。あぁ……!! やめ、やめろ! その汚物を俺に近付けるな!」

 

 

 汚物というワードに、例の汚い豚面が脳内に現れそうになる。マズイ、他の事を考えて脳内をリフレッシュせねば。

 

 ………。

 

 一昨日のダクネスのパンツはピンク一昨日のダクネスのパンツはピンク一昨日のダクネスのパンツはピンク一昨日のダクネスのパンツはピンク一昨日のダクネスのパンツはピンク。

 

 ………。

 

 ピンクか……。

 

 

「案外可愛い趣味してんなララティーナ」

 

「!?」

 

 

 おっと、つい口に出てしまった。ダクネスが真っ赤な顔で睨んできた。トマトみてぇだ。

 

 

「どうしたヒデオ、一昨日のダクネスのパンツがどんなのだったか思い出してたのか?」

 

「おぉ、よくわかったな流石カズマ氏。略してさすカス」

 

「いやー、それほどでも……ん? 今、カスって言わなかったか? なぁおい」

 

 

 なんかカズマが隣で言ってきているがそれどころではない。睨むどころか掴みかかってきそうな勢いのダクネスがやばい。花も恥じ……? ……こいつに恥じらいがあるのかはわからないが、乙女がこんな形相をするのもどうかと思う。歳食ったらシワがやばそうだなぁ。

 

 

「おいダクネス。若いからってそんな顔ばっかしてたらいい年頃になった頃にはシワがやばそうだぞ」

 

「誰のせいでこんな顔になってると思っているんだ! お前には一度お灸を据えてやらないといけないらしい……!!」

 

「はっ! 攻撃が当たらない分際で俺に勝てるとでも思ってんの? よく考えてから発言するんだな! 全く、ララティーナお嬢様の頭は本当におめでたいですね!」

 

「お前こそ、自分が置かれている状況をよく考えることだな。……縛られているお前を弄くり回すのなんて、誰だって出来るぞ」

 

 

 ………。

 

 

「わかった、俺が悪かった。話をしようじゃないか。だから手をワキワキさせながら近付くのはやめて欲しい」

 

「……」

 

「無言! あの! 無言が一番怖いんですが! あ、あの……! や、やめ! ララティーナ様ぁー!!」

 

「ララティーナはやめろと言っているだろうが! いくら我慢強い私でも、もう我慢出来んぞ!」

 

 

 この煩悩の塊のような存在が我慢強い? 普段暇を見つけては俺にかめはめ波の練習台にしろとかせがんでくるドMが我慢強い?

 

 

「お前のどこが我慢強いんだよ! この性欲の権化の痴女が! 痴女ネスって呼ぶぞ! あと我慢出来ないってお前が言うとなんかエロいんで出来れば囁くように言ってくれると色々と捗ります」

 

「くっ……! こんな時までセクハラを欠かさないクズめ……!! しかしこんなのでも少し喜んでしまっている自分の性癖が憎い……!!」

 

 

 いくら憎くてもその性癖を直そうとしないところは流石だと思います。

 というか、なんだこの実家の様な安心感は。クソっ、こいつはダメ男製造機だったのか……!? こんな奴に……こんな奴にィー!!

 

 

「……俺、ダクネスになら犯されていい気がしてきた」

 

「おいアクア! 回復魔法だ! とびきり強いやつを頼む! 頭を殴られた衝撃で余計おかしくなったみたいだ!」

 

 

 失礼な。というか余計ってなんだ余計って。俺がもとからおかしいみたいな言い方じゃないか。それに、めぐみんアクアバニルと並んでアクセル頭おかしい奴四天王の一角に言われたくない。四天王のうち三人が同じパーティーとかなんのイジメだよこれ。

 

 

「……なんだその、『アクアとかめぐみん並におかしい奴に言われたくない』みたいな顔は。えぇ? 何か言ってみろ。この口で言ってみろ!」

 

 

 ほっぺたを掴んで強制的に変顔をさせられる。縛られているせいで払い除けることも出来ない。ちっ、これだけは使いたくなかったが、この状況だし仕方ない。

 

 

「助けてー!! 痴女が! 痴女がいます! お、犯されるぅーーー!!」

 

「なっ……! さっきまで私になら犯されてもいいとか抜かしてただろうが! この手のひらの返しようは流石に傷つくぞ!」

 

 

 周りへの影響など気にせず、大声で言い争う俺達。熱くなり周りが見えなくなっていたのだろう。現在自分達がどこにいるのかも忘れていた。

 ここが……。

 

 

「なんか痴女がーとか、犯されるーとか聞こえたような……。誰かが縄張りから出たオークにでも犯されそうなのか?」

 

「それが紅魔族の一人ならざまぁみろなんだがな。奴らがオークに遅れを取るわけがないしなぁ……」

 

 

 ここが、現在魔王軍が攻め込んできている紅魔の里のすぐ近くだということを。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「おい貴様、仲間は?」

 

「見捨てられました。もうこのまま魔王軍に寝返ってやろうかと思ってます」

 

 

 なんてことを言い出すんだこのバカは。そんな事をされたら本格的に人類がヤバイ。ちなみにヒデオ以外は潜伏スキルを使っている俺に触れて草木に隠れながら成り行きを見守っている。

 

 別に扱いに困ったサイヤ人を見捨てた訳では無い。恐らくこのままヒデオは連れ去られ、紅魔の里に攻め込んで来ているという魔王軍幹部の元に連れて行かれるだろう。そこで縄を自力で解いて大暴れしてもらおうという算段だ。囮兼遊撃隊的な感じだ。万が一、俺らの身に何か起きた時、俺が気を解放したら任務を放棄して瞬間移動してくる手はずになっている。これで俺達の安全は確保された。

 

 

「そ、それは気の毒に……。けど人間の冒険者か……仲間に引き入れても大丈夫なのか?」

 

「さぁ……? どのみち捕虜として連れて行くんだし、後でシルビア様にでも聞こうぜ」

 

「それもそうだな。おい、安心しろ。すぐ死ぬ事は無いさ」

 

 

 ヒデオを担いだ鬼の様な姿をした兵士がそう言う。アクア曰く、あれは下級悪魔にもなれない雑魚らしい。よく観察すると、想像してた鬼よりずっとひょろこくて弱そうだ。ヒデオの方が筋肉あるぞ。

 

 

「そうですか……よかった。それより腹減ったな……。捕虜になったらご飯食べさせてくれます?」

 

「んー、まぁ捕虜とは言え人間だしな。食事は出してたと思うぞ。一つ警告しておくと、人間の男が珍しいのかサキュバス達がイタズラしに来る事があるらしい。まぁ死ぬことはないと思うが……」

 

 

 なにそれめちゃくちゃ羨ましいんだけど。おいヒデオ、そこ変われ。やっぱり戦力にならない俺が捕虜になった方が懸命だと思うんだ。

 

 

「……捕虜、案外いいかもしれん」

 

 

 担がれながらヒデオがそう言ったのを俺は聞き逃さなかった。べ、別に羨ましくなんてないし!

 

 

「……カズマ、随分とヒデオを羨ましそうに見てますね。どうです? 今あの場に出ればヒデオと一緒に連れ去って貰えるかも知れませんよ?」

 

「べべべ、別に連れ去ってほしいとか思ってないし! 羨ましいとか思ってないし!」

 

「クソッ! ヒデオが羨ましい……!! ええい、このまま飛び出してしまおうか!?」

 

 

 珍しくダクネスと意見が一致してしまった瞬間だ。誠に遺憾である。

 

 

「しっ! 二人共馬鹿なの? 静かにしないとばれちゃうじゃない!」

 

「お前の声もデカイんだよ……! ほら、幸い奴ら気付いてないみたいだ。このまま森を抜けるのか? ……よし、行くか」

 

 

 俺達の作戦にまんまと乗っかっているとも知らずに、せっせとヒデオを連れ去って行く。その後ろに俺達もカサカサと某黒光虫の様に着いていく。ヒデオは進行方向とは真逆の方を向いて担がれているので、たまに目が合う気がするが気のせいだろう。潜伏スキル使ってるし大丈夫だ。

 

 ……大丈夫だよな?

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 鬼の肩に揺られて数分。振動と日差しで眠くなってきたので軽く寝ていると、どうやら目的地へ着いたようで鬼に起こされた。

 眠い目を擦りながら辺りを見回すと、テントやら何やらが設置されていた。どうやら簡易拠点のようだ。

 

 

「おい、起きろ。これから魔王軍幹部に会うってのに緊張感のない奴だな……。案外大物なのか?」

 

「……まぁ魔王軍の幹部くらいなら何度か会ってますし」

 

 

 何度かというかほぼ二日に一回くらいは会ってます。ウィズにセクハラしに行ったり、ウィズに下ネタ言ったり、ウィズでイっゲフンゲフン!! YesセクハラNoタッチ! YesセクハラNoタッチ! ……ふぅ、危なかった。全く、巨乳店主は最高だぜ!

 

 

「いよいよ只者じゃなくなってきたな……。流石に担いだまま会うのもあれだろうし歩いてくれ。それに見た目の割に案外重くて疲れた。意外と筋肉質なんだな」

 

「トレーニングしてますから。今は旅してるから出来てないけど……。あー、暴れたいなぁ……」

 

「……ここでは暴れるなよ? 丁重に扱えなくなる」

 

「了解であります」

 

 

 なんだ、案外優しいじゃないか魔王軍。俺のパーティーメンバーよりよっぽど人道的だぞ。やはり真の鬼はカズマだったか……。

 

 

「シルビア様! 紅魔の里付近の森にて、不自然に縛り付けられている男の冒険者をお連れ致しました!」

 

 

 シルビア様と呼ばれたそいつは、とても魔族とは思えないくらい人間の姿をしていて、とても整った顔をしていた。そして、とても。

 

 

 

 とても、胸がセクシーだった。

 

 

 

 胸……気の大きさから考えるにこいつが例のめぐみんとゆんゆんの故郷にカチコミかけてる魔王軍幹部だろう。女か……。やりにくいな。

 

 

「どうも。不自然に縛り付けられていた男です」

 

「どうも。魔王軍幹部のシルビアよ。……ふぅん」

 

 

 魔王軍幹部を前にしても特に怯える様子もない俺に不審感を覚えているのか、疑るような目線でジロジロと見てくる。美女にジロジロ見られるなんて結構嬉しいものなのだが、何故か今回はそんなに嬉しくない。悪寒が走ってるくらいだ。

 ………母さんとか今何してるのかな。走ってるのかな。オカンが走る……。我ながらクソ寒いギャグだ。

 

 

 ………悪寒だけに!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「なんか今無性にヒデオをぶん殴りたくなったんだが」

 

「どうせ返り討ちに遭うからやめといた方がいいわよカズマ」

 

「そうだよなぁ……いや、こう……無理か」

 

 

 どうイメージしても片手で止められてビンタされるイメージしか湧かない。

 

 

「カズマ、イライラしているならぜひ私に……」

 

「あーはいはいそうですね。とりあえず黙ってろ」

 

「くっ……!! 最近なんか扱いが雑になってきてないか……? まぁ、これもカズマなりの責めとすれば……七十点だな。惜しくも合格点には届いていないな。あと十点だぞ」

 

 

 うわぁ、合格したくねぇ……。

 

 

「それよりも動き、ありませんね……」

 

 

 ダクネスの謎採点を無視し、ヒデオが居る簡易拠点のようなものを注視しながらそう呟くめぐみん。確かに、特に騒ぎ声とかは聞こえてこない。まだ暴れていないのだろう。

 ……アイツに限って既にやられたとか無いよな?

 

 

 その時だった。

 

 

『おい! 紅魔族だ! 紅魔族が来た!!』

 

『……なんですって! アンタ達、着いてきなさい!』

 

『野郎共、シルビア様に続けー!!』

 

 

 簡易拠点の方から、そんな声が聞こえてきた。まさか、気付かれた!? 潜伏スキルだって発動してるし、丁度いい岩陰に隠れてるんだ。そうそう見つからないと思ってたが……。仕方ない。ギリギリまで逃げて、気を解放して瞬間移動で来てもらうか。

 

 

「おいお前ら、逃げる準備を……あれ、明後日の方向に向かって行くぞ」

 

 

 先程シルビア様と呼ばれていたであろう人物を先頭に、紅魔族が来ているらしい方向に向かって行く魔王軍。

 

 

「どうやら里からこっちに来た人達が見つかったようですね」

 

「ねぇカズマ、あの鬼に担がれてるのってヒデオじゃない?」

 

 

 アクアがそう言うので千里眼スキルで見てみると、ヒデオが一匹の鬼に担がれながら現れた紅魔族の方に向かって行く。

 

 

「ホントだ。なんで呑気に運ばれてんのアイツ。作戦はどうした作戦は」

 

「ねぇカズマさん。私達の安全の為にもヒデオが残ってカズマさんが生贄になった方が良かったと思うの」

 

 

 生贄言うな。第一俺じゃあロープで縛られてる時点で何も出来ない。

 

 

「カズマは仲間が魔王軍の手に渡ったというのに随分と呑気……私も同じか。まぁヒデオの事だ。大抵の事は大丈夫だろう」

 

「カズマ、どうします? ヒデオの事ですから大丈夫でしょうけど、一応追い掛けますか?」

 

「ヒデオさんの強さならどんな敵でも蹴散らしそうですけど……万一尻尾の弱点がバレちゃったら不味くないですかカズマさん」

 

 

 ヒデオの心配をしているのかしていないのかどっちなんだこいつらは。

 ……長い付き合いで得た信頼からの『大丈夫』なんだろうけど、俺にも長い付き合いで得た経験というものがある。

 

 ……これ、フラグだろうなぁ。

 

 

「はぁ……。ったく、うちのサイヤ人は……お前ら、追い掛けるぞ!」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 魔王軍の奴の一人が紅魔族が来たぞーとか叫んでいたかと思うと、奴らはシルビアを筆頭にその紅魔族の居るらしい方向に向かって行った。

 まさか俺の作戦むなしく見つかったのかあのアホ共と思い気を探ってみると、進行方向には全く知らない大きな気が複数あった。

 この結構強そうな気が紅魔族か? うちの爆裂しか能のないバカとは違う、やさしいぼっち娘とも違う、本物の大人の魔法使いの戦い。是非とも見てみたいので脱出しようと考えていると幸か不幸か、奴等は俺を人質にするらしく紅魔族の所に連れて行ってくれるらしい。カズマ達もその辺まできてるみたいだし、追い掛けて来るだろう。もう少し担がれていても大丈夫だな。

 

 鬼の肩に揺られていると、やがてシルビアに追い付いた。

 

 

「何の用かしら? ノコノコとやって来て、殺されにでも来たの?」

 

 

 突然来た紅魔族の面々にそう尋ねるシルビア。その声には何故か若干の疲れがある様に思えた。ストレス溜まってんのかな。

 

 

「何ってそりゃあ……暇つぶし?」

 

 

 暇つぶしで魔王軍にフっかける奴が居てたまるか。

 

 

「暇……!! ま、まぁいいわ。今回は秘策があるんだから! アンタ達! 準備を!」

 

「「「へい!」」」

 

 

 秘策……なんだ? 爆裂魔法でも使うのか?

 

 ワクワクしながら秘策とやらを発動するのを待っていると、何故か俺が前線に出された。もちろん縛られたままで。

 

 

「……なんだその縛られた少年は」

 

「この子は紅魔の里付近の森で不自然に縛り付けられていたそうでね。アンタらの中に知り合いは居ないかい?」

 

 

 シルビアの言葉にヒソヒソと話し合いを始めた紅魔族の面々だったが、やがて結論が出たのか一人が前に出て来た。

 

 

「その少年の事は正直に言って全く知らない。展開的に生き別れた兄弟とかなら燃えるんだが、生憎その少年は眼が紅くないからなぁ……」

 

「そ、そう……。紅魔族とは何の関係もないって事ね。まぁいいわ。知り合いがいた方が良かったけど……」

 

 

 シルビアは部下に命じて俺を前に出させると、大きめの声で。

 

 

「なんの罪もないただの少年を見捨てることが出来るかしら!」

 

 

 ……あー、なるほど。

 

 

 

 秘策って、俺のことか……。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 不味いことになった。フラグが予想通りに進行中だ。現在あのアホは魔王軍に人質に取られ、紅魔族の人達を困らせている。

 

 

「どうしたもんか……。なぁめぐみん、ゆんゆん。あのヒデオの扱いに困っている紅魔族の人達の事知ってるか?」

 

「うーん……ここからだとよく見えませんが、紅魔族は数自体少ないので、全員知ってるには知ってますよ。そんなこと聞いてどうしたんですか?」

 

「いや、ヒデオを回収しても大丈夫な人達かなーって」

 

「あぁ、そういう事ですか。まぁ大丈夫だと思いますよ? 一人だけならまだしも、五人も居て魔王軍の兵士程度に遅れを取るわけがありませんから」

 

 

 魔王軍程度て……。どんだけ強いんだ紅魔族。

 

 

「なるほど、じゃあ早速。はぁ……!」

 

 

 気を解放し、ヒデオに合図を送る。気を解放しても雑魚いなとか言われたが、それでも気が急変すれば気付くはず。というか気付いてくれないと困る。

 

 

「はぁ……! 戻ってこーい!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「くっ……! 卑怯だぞ! 正々堂々戦え!」

 

「見ず知らずの若者とはいえ、易々と見捨てる訳には……!!」

 

「見て! あの私達に助けを求める目を! 何とかしてあげたいけど……!!」

 

「待ってろ少年! すぐ解放してやるからな!」

 

「奥義を解禁する時が来たか……!!」

 

 

 なんか紅魔族たちが勝手に盛り上がってる。状況が状況なのに楽しそうだなおい。

 

 さて、どうしたものか。今すぐ脱出して奇襲かけてもいいんだが、それだと本物の紅魔族の戦闘が見れない。かと言ってこのまま捕まったままだと戦闘が始まらない。うーん。

 

 

 ……ん? なんかカズマの気が急に膨らんだな。気を解放したのか。って事は……。

 

 よし、戻るか。いい加減捕まるのも飽きたし。

 

 

「今までお世話になりました」

 

「……? 何を言ってるのアンタ」

 

 

 なぜかペコリと頭を下げてきた俺をなんだこいつと言いたげな顔で見てくるシルビア。

 そんなシルビアの胸……ゲフンゲフン、おっぱいを眺めながら。

 

 

「フン!」

 

「!?」

 

 

 力を込めて縄を引きちぎる。そしてそのまま。

 

 

「あばよ」

 

「あっ…!」

 

 

 瞬間移動でシルビアの目の前から消え失せ、カズマの所に現れる。

 

 

「お、来たか」

 

「どうしたカズマ。なにかあったのか?」

 

「いや、お前がまんまと人質として利用されてたし、紅魔族の人達の邪魔になるんじゃないかって思ってな」

 

「なるほどな。……さて、紅魔族の気は覚えたし、紅魔族の所に瞬間移動するか」

 

 

 早く戻らないと戦闘が終わっている可能性がある。既に始まっているようだし、早めに行きたい。

 

 

「何言ってんのお前」

 

「いや、本物の紅魔族の戦闘を見たいんだよ。ここからだとちょっと遠いしな」

 

「偽物が居るみたいな口ぶりじゃないですか。偽物の紅魔族とやらがどんなものか教えてもらおうか」

 

「俺の目の前に居るよ」

 

「なにおう!」

 

「めぐみん、どうどう」

 

 

 今にも掴みかかって来そうなめぐみんをアクアがどうどうと諌める。それは馬にやるやつだぞアクア。

 

 

「うーん……まぁ、どうせあの人たちも紅魔の里に帰るだろうし、テレポートするならあやかりたいな。よし、行くか。おいヒデオ、間違ってもあの人たちの前には出るなよ? 巻き添えはゴメンだからな」

 

「へいへい。じゃ、行くぞー」

 

 

 全員が掴まったのを確認し、紅魔族の方へ瞬間移動。

 

 

「我が秘技で肉片も残らず消してくれよう……!! 『ライト・オブ・セイおおっと!? あれ、君はさっきの! 急に消えたと思ったらまた来たのかい? ……あれ、めぐみんとゆんゆんじゃないか。こんな所でどうしたんだい?」

 

 

 カズマの懸念通りというかお約束というか、後ろではなく前に瞬間移動してしまった。しかし、急に現れた俺達に最初は驚いたものの、スグに平静を取り戻しめぐみんとゆんゆんに気さくに話し掛けてくる紅魔族の男。

 

 

「おや、靴屋のせがれのぶっころりーじゃないですか。お久しぶりです。里のピンチだと聞いて仲間を連れてゆんゆんと共に駆け付けたんですよ」

 

 

 魔王軍を前にしてこの余裕の対応を見る限りでは全くピンチには見えない。他の人達も俺達の事を興味津々に見てるし、緊張感など全く無い。というかぶっ殺りーって随分と物騒な名前だな。

 

 

「はて……ピンチ?」

 

「族長からゆんゆん宛に、そう書かれた手紙が来たんですが……」

 

「うーん。詳しくは知らないなぁ。そうだ、会ったついでに、後でテレポートで里まで送ってあげよう。あ、ちょっと下がってて……『カースド・ライトニング』!」

 

「「「ぐぎゃあぁ!!」」」

 

 

 こちらに迫っていた魔王軍の兵士を片手間に薙ぎながら俺達を誘導するブロリー……じゃない、ぶっころりー。様々な魔法が魔王軍を屠る中、俺達は彼らの背後というもっとも安全な場所でその動向を見守ることにした。

 すげぇ、これが紅魔族……容赦ないなぁ。

 

 

「くっ……!! アンタ達、撤退するよ!」

 

「ちくしょう……!! 覚えてろよ紅魔族め!!」

 

「俺のダチをよくも……!! いつか滅ぼしてやるからな!!」

 

 

 紅魔族にボコボコにされて嫌になったのか、撤退を始める魔王軍。なんかセリフだけ聞くとこっちが悪者みたいに聞こえるんだが。

 

 

「どうするぶっころりー。追い掛け回すか?」

 

「うーん、今回はやめとこうか。めぐみんとゆんゆんの友人達が来たみたいだし、里まで送ってあげよう」

 

 

 そういえば暇つぶしとか言ってたな。魔王軍相手に暇つぶしとか豪胆というかなんというか……。こういう所でめぐみんはやっぱり紅魔族なんだなぁって思う。

 しみじみとうちの魔法使いは勿体ないなぁと思っていると、ぶっころりーが何かを思いついたように手をぽんと叩いた。

 

 

「あぁ、そうだ。自己紹介がまだだったね。……我が名はぶっころりー! 紅魔族随一の靴屋のせがれ。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……!」

 

 

 それはとても懐かしい、めぐみんやゆんゆんと同じタイプの自己紹介。そんな自己紹介を突然始めたぶっころりー。他の人なら驚くのだろうけど、生憎のところ頭がおかしいのはうちにもいる。耐性は既にある。

 

 

「これはどうもご丁寧に。えー……我が名はカズマ! 多彩なスキルを習得し、数々の魔王軍幹部と渡り合ってきた者……! っと、こんな感じか? どうぞ宜しく」

 

「「「「「おお……!!」」」」」

 

 

 ノリに乗って紅魔族風の自己紹介をするカズマ。俺もあやかろう。

 

 

「では俺も。……我が名はヒデオ! コンバットマスターにして、やがて魔王を屠る者……!!」

 

「「「「「おお……!!」」」」」

 

 

 カズマの時と同じ反応をする紅魔族の人達。これ案外楽しいな。

 

 

「素晴らしい、素晴らしいよ二人共! 普通の人は、俺達の名乗りを受けるとビミョーな顔をするんだけど、まさか外の人がそんな返しをしてくれるなんて! ……君達もコチラ側……業の者という訳だね?」

 

「「違います」」

 

「即答かぁ……。残念だなぁ」

 

 

 ガクッと肩を落とし、何やらブツブツと唱え始めたぶっころりー。

 流石に厨二病と同じにされては困る。ていうか業ってなんだ業って。

 

 

「さ、このままだとモンスター寄ってくるし自己紹介もこの辺にして、そろそろ里に行こうか!」

 

 

 さっきまで肩を落としていたのが嘘のように元気な声でそう言ってきたぶっころりー。

 あ、なるほど。さっきのブツブツ言ってたのは詠唱か。

 

 

「じゃ、いくよー。『テレポート』!」

 

 

 瞬間移動とはまた違った感じの、視界がグニャりと歪む移動。瞬間移動は空間を飛ぶ感じだが、これは空間を捻じ曲げて渡ってる感じがする。

 一瞬空間が歪んだかと思うと、景色が一変して、のどかという言葉が似合いそうな集落が目の前に現れる。

 

 ぼーっと里を眺める俺達に、ぶっころりーが笑顔を見せる。

 

 

「さ、ついたよ。紅魔の里へようこそ、外の人達! めぐみんもゆんゆんも、よく帰ってきたね!!」

 

 

 




過去最長。この調子で行きたい。

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