この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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ペースがねぇ……


第四十八話

 一時アクシデントがあったものの、アクアの宴会芸が意味不明な完成度でめぐみん両親が目を丸くしたり、こめっこにあーんされたりと、ひとしきりバーベキューを楽しんだ。

 途中カズマが俺への腹いせとばかりにアクアの酒を奪い泣かせていたので、便乗してアクアのツマミを奪った。特に理由はない。

 

 バーベキューを終えると、旅で疲れてるだろうとゆいゆいさんが風呂を沸かしてくれたので、有難く入らせてもらった。

 

 

 

 しばらくして風呂から上がり、アクアがいる居間に行く。寝室として貸し出されためぐみんの昔の部屋に行くはずだったのだが、歯を磨いている時にちょうどある事を思い出しアクアに頼もうと思ったのだ。

 

 居間ではこめっこがアクアの隣でこくりこくりと船を漕ぎ、今にも突っ伏して寝てしまいそうだった。

 

 

「おーい、こめっこ。寝るなら部屋に連れてってやろうか?」

 

「んー……」

 

 

 返事とも呻き声ともわからない声を出すと、こてっと俺の方に倒れてきたこめっこ。どうやらもう限界らしい。

 

 あとで運んであげよう。そう思いこめっこを抱き起こし、数枚の座布団の上に寝かせてお腹が冷えないように毛布をかけてあげる。すると、すーすーと気持ちよさそうに寝息を立て始めた。

 

 

「フンフフーン。あ、ヒデオ戻ってきたのね」

 

 

 先程泣かされたことなど忘れ呑気に鼻歌を歌っていた女神様がようやく俺に気付いたのか、興味なさげにそう呟きまたちゃぶ台に向き直る。

 こんなアホ面をしちゃいるが、治療の腕はもはや仙豆レベル。少々口うるさいのがたまにキズだが、無視すれば問題ない。

 

 

「アクア、ちょっと身体診て欲しいんだが、今いいか?」

 

「別にいいけど、どうしたの? また怪我でもした?」

 

 

 宴会芸の小道具の手入れでもしていたのだろう。アクアはちゃぶ台によくわからない道具を置いてこちらに向き、少し心配そうな顔をして尋ねてきた。

 

 

「いや、怪我じゃあないんだが……。最近というか、アルカンレティアから帰ってきてからくらいか? どうも気功術の調子が悪くてな。原因がなにか見てもらいたいんだ」

 

「なるほど。じゃあ、診るから上半身裸になって?」

 

「おう」

 

 

 既に寝巻き姿になっていたので、言われるがままに脱ぐ。

 アクアにはよく診てもらっているので、もはや何の抵抗もないし、今更見られようがなんとも思わない。

 寧ろ俺の筋肉を見ろ。

 

 

「相変わらずムキムキね。カズマにも見習って欲しいくらいだわ」

 

「ゴリゴリの前衛職な俺と基本後衛のカズマを比べるのも可哀想だろ。それにアイツも最近はそこそこがっしりしてきてるしな。腐っても冒険者だ」

 

「そんなもんなのね」

 

 

 ぺたぺたとすこしひんやりする手で身体を容赦なく触ってくるのは若干くすぐったいが、もう慣れた。

 アクアいわく、身体の異常は触診で探すのが一番らしい。

 

 

「うーん、筋肉の調子は触った感じいつも通りだし、血流、神経系にも異常なし。毒の影響が残ってるってのもなさそうね。あとは……あ、これね」

 

「相変わらず早いな。で、原因はなんだ?」

 

 

 触診を開始して一分と経たないうちにもう原因が判明したようだ。アクアはヒーラーとしてだけならばかなり有用だ。ほかのステータスも軒並みバケモノだが、頭が残念なので結果的にはマイナスである。

 

 

「ちょっと説明が難しいんだけど、簡単に言うと、魔力とか気を流す目に見えない管がボロボロになっちゃってるの」

 

「それがボロかったら気功術がイカれるのか?」

 

 

 穴が空いたり詰まったりした時の水道管みたいなもんか? 水が流れにくくなる的な。

 

 

「スキル自体は大丈夫よ。けど、なんて言えばいいのかしら。えーと、そうだ。 テレビ本体と電源は無事でも、電気を通すケーブルが断線してたらテレビ見れないでしょ? それと似たような感じ。気功術はスキルだけど、それを使う為の気はヒデオが生み出してるから、その気を流す為の管がおかしかったらちゃんと気が流れなくてスキルが変になっちゃうの。気功術がおかしいのはこれが原因ね」

 

「なるほど。けど、なんで急に?」

 

 

 思い当たると言えばハンスの毒くらいだが、それはアクアが完璧に浄化してくれた。本人が太鼓判を押してたし間違いない。

 

 毒の他にはなにも思い当たらなかったが、その悩みはアクアが解消してくれた。

 

 

「多分だけど、一度に大量の気を流しすぎたからだと思うわ」

 

「一度に大量……あの時か」

 

 

 初めてめぐみんに気を渡した時だ。

 あの時はハンスの毒でダウンしてて、それでも役に立ちたくてもとい、ハンスをぶっ殺すためにめぐみんに気を全部託したんだっけか。

 確かその日はろくに技を使ってなかったし、殆どフルパワーの状態だった。その気が一気に放出されてしまっては流石のサイヤ人ボディでも耐え切れなかったようだ。

 自業自得か。

 

 

 いやまて。

 それなら、なぜめぐみんは無事なんだ? 言っちゃあなんだが、俺が耐えられないものをめぐみんが耐えられるとは思えない。種族値以前の問題で、前衛職と後衛職では硬さが違う。

 まぁ今回は外面じゃなく内面の問題だが。

 

 

「原因はわかったが、めぐみんにも同じ量の気が流れたんだろ? なら何でめぐみんは普通に魔法使えてるんだ?」

 

「なんでって、やる時しかやらないヒデオと違って、めぐみんは毎日の様に爆裂魔法で自分の魔力を限界以上に使ってるのよ? かなりの量のエネルギーを耐えられるようになっていても不思議じゃないわ」

 

「……さすが俺のライバルを自称してるだけあるな」

 

 

 めぐみんは俺が居ればいらない子扱いされるという風潮がアクセルの冒険者の間ではあるらしいが、俺としてはめぐみんにはずっと爆裂バカでいて欲しい。

 俺も似たような威力の技は撃てるとはいえ、かなりの溜めが必要な上に不死王拳使わないと出せない。加えて俺の構えで射角がバレバレだし着弾まで時間がかかるので相手によっては避けられる。

 その点爆裂魔法は充分な魔力があって詠唱さえ終えればいつでも撃てる上に、射角なんて存在しないし、気功波と違って撃つまで予兆がほとんど無いので、射程内でさえ居ればサイレント爆裂何てものも出来る。一発限りではあるが、そもそも当たったら勝てるので一発だけでいいのだ。

 

 まぁ、本人の前ではこんな事絶対に言わないが。

 

 

「アクア。治せそうか?」

 

「女神たる私にかかればちょちょいのちょいよ。ただ、無理に直すと余計変になったりするから、何回かに分けて治癒しようと思うの。まぁヒデオなら三回くらいで完治できると思うけど……はい、かけ終わったわよ」

 

 

 相変わらず仕事が早い。感覚的には特に変わった感じはしないが、アクアが治してくれたので安心だ。

 

 

「これで気功術がまともに使えるようになるんだな?」

 

「ええ。けど、あのアンデッド臭プンプンのドーピング技は……いいとこ五倍までね。それ以上はまたおかしくなっちゃうから。そもそもあの技何なの? 冒険者でもないのにリッチーのスキルを教えてもらうなんて、どうやったのあんた」

 

 

 怪訝な表情で問い詰めてくるアクア。

 

 ……ついにその疑問に辿り着いてしまったか。いずれカズマかめぐみんが聞いてくると踏んでいたが、まさかのアクアとは。

 ちなみにダクネスは割と馬鹿なのでアクア並みに期待していなかった。

 

 

「聞いても怒らないか?」

 

「私は女神よ? 些細な事で怒るわけないじゃない。ほら、はやいとこ罪を懺悔なさい。そうすれば女神アクアはあなたを赦すでしょう……」

 

 

 信用ならねぇ。というかウィズに技を教えてもらったって言っただけでもキレて無かったか?

 まぁいいか。アクアだし適当に丸め込めるだろ。

 

 

「……コンバットマスターのスキルに『ドーピング』ってのがあってな。そのスキルをウィズに頼んで、リッチースキルの『不死王の加護』で効果と倍率を」

 

「加護!? あんた、リッチーの加護なんて受けてたの!? どおりで仄かなアンデッド臭がすると思った! 女神の従者の癖に何やってんのよ!」

 

 

 ほら、やっぱりキレた。

 強化して貰った時だってウィズに『アクア様にこの事は伝えない方がいいですよ。多分怒るので……』と言われたが、その通りになった。

 まぁ加護と言っても女神的なアレでもないし、別にウィズの下僕って訳でもないので宗教上も特に問題なかったりする。まぁ俺は無宗派だが。ちなみに不死王拳ってのは俺が勝手につけた。ウィズへのリスペクトと、界王拳を混ぜた感じだ。我ながらなかなか語呂の良い名前だと思う。

 

 それにしても、ウィズの下僕ってなんか響きがやらしいな。……ひらめいた。

 アクセルに帰ったら早速行こう。

 

 

「なるほど。どおりでいつまで経ってもスキルの欄に『不死王拳』が出て来なかったのか」

 

「お、戻って来たのかカズマ。ほら、お前もなんとか言いくるめてくれよ。さっきから肩をぐわんぐわんされてつらい」

 

 

 アクアに治療されている間に、カズマが風呂から戻って来ていたようだ。相変わらず長い。

 

 

「あ、丁度いいところに! カズマもヒデオに何か言ってやって! ヒデオったら、リッチーの加護なんて受けてるのよ!」

 

「うーん、そうだなぁ。最初から割とスペックが高く無駄にプライドの高いお前と違って、ヒデオは自分の身が滅びるのもプライドが傷付くのも厭わず、ウィズが良い人とはいえ本来敵であるはずのリッチーに頭下げて強さを貪欲に求めて役立ってくれてるからなぁ。役に立ったかと思えば結局はマイナスになるお前とは大違いだよ! ヒデオさん、いつもお世話になってます!」

 

「わ、私だって頑張ってるのに! 悪気はないのに! わぁぁぁ!」

 

 

 援護を頼んだはずのカズマから予想外の口撃を受け、女神アクアは泣き喚く。

 パーティーの中で一番歳上なはずなのに一番幼いってどういう事だ。

 

 そんなアクアに俺はキッパリと。

 

 

「やかましい。お前の評価とかどうでもいい。こめっこが起きちまうから静かにしろ」

 

「ひ、ひどい! うわぁあん! ダクネスー! めぐみんー! カズマとヒデオが苛めるー!」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 時間帯で言えばニートが本領を発揮しだすくらいの時間だろうか。

 

 皆が寝静まり、聞こえるのは隣で寝ているカズマの寝息と風の音だけ。

 とても静かで、月を眺めながら散歩するのも一興だろう。

 

 

「……この様子だと明日は満月だな。見ないように気を付けねぇと」

 

 

 すっかり大きくなった月を眺めながら、独りごちる。サイヤ人になってからは月の周期をかなり気にしていたりする。

 

 

「……寝れん」

 

 

 アクアに回復魔法を掛けてもらって体力が有り余ってしまったせいか、どうにも寝付けない。

 

 水でも飲みに行こうと布団から立ち上がろうとすると、気が部屋に近付いて来ているのに気付く。

 

 そいつはウロウロウロウロと、まるで知人に話しかけるのを躊躇うゆんゆんみたいに、部屋の前を行ったり来たり、時折止まったりして、なにやら迷っている様子だ。

 

 

 

 この様子だといつまで経っても来そうにないので、こっちから声をかけてやることにした。

 

 

「……おい。何の用だ。入るんなら入ってこい」

 

「! ひ、ヒデオ……気付いて……」

 

「起きてたからな。ほら、入ってこいよ」

 

 

 まさか気付いていた上に快く招き入れられるとは思いもしなかったのか、パジャマ姿のそいつは、まさかと言いたげな顔で俺を見たが、やがて観念したように部屋に入ってきた。

 

 

「そんな驚くこたないだろ。俺のスキルに他人の気が分かるってのがあるのは知ってるだろ?」

 

「そう言えばそうでしたね。相変わらず便利ですね」

 

 

 部屋の前でウロウロしていたのはめぐみんだ。

 いつものこいつなら容赦なく部屋に乗り込んできそうなもんだが、なんで躊躇ったりなんかしてたんだ?

 

 ……まさか。

 

 

「で、何の用だめぐみん。夜這いか?」

 

 

 めぐみんみたいな美少女に夜這いされるのは嬉しいが、生憎年下な上に貧乳とか完全に守備範囲外だ。

 めぐみんには悪いがここはお引き取り願って――

 

 

「ち、違います! 少し相談事があって……」

 

 

 なんだ。違うのか。

 

 

「……相談事ってことは、カズマに用があって来たのか? 叩き起すか?」

 

 

 めぐみんが相談したい事と言えば九割が爆裂魔法絡みだ。ということは爆裂ソムリエのカズマの方が向いていると思ったのだが、めぐみんの答えは違った。

 

 

「いえ、これはヒデオに相談すべきかと思って……。それと叩き起すのは流石に可哀想です」

 

「俺にか? 珍しい事もあるもんだな」

 

 

 本当に珍しい。目の敵にされることはあっても、相談したいと言われることなんて無かった。そもそも爆裂関連でなくてもカズマに――

 

 ……いや、まさか、恋愛相談か?

 確かにこいつら若干いい雰囲気醸し出してたし、そういう相談をカズマと仲のいい俺に持ちかけてきてもおかしくない。

 

 ならば、頼ってきた妹分の為にも、ここは快くキューピッドになってやろう。

 

 

「よしわかった。なら外でも行くか? ちょっと寒いが……」

 

「いや、全然ここで大丈夫ですよ」

 

「……カズマに聞かれたら不味くないか?」

 

「いずれカズマにも言うつもりなので……」

 

「ん? そりゃいつかは言うだろうけど、こういうのは初めのうちは本人には黙っていた方がよくないか?」

 

「……? なにか勘違いしてませんか?」

 

 

 あれ? めぐみんの反応がおかしいぞ。どうも会話が噛み合っていない気がする。

 

 

「カズマが好きで、カズマと仲のいい俺にどうやって落とせばいいか相談しに来たんじゃないのか?」

 

「違いますよ!! 一体どういう風に勘違いすればその結論に至るんですか!? そもそも、私がカズマをす、好きなどと……」

 

 

 最後の方はモゴモゴと何を言っているかわからなかったが、今回は恋愛相談じゃないらしい。

 

 

「なんだ、違うのかよ。つまんねーな。で、本当の用件はなんだ? どうでもいいことだったら紅魔族の人達にめぐみんはアクセルでカエルに食べられる快感に目覚めたってないことないこと言いふらすからな」

 

「理不尽すぎませんか!? ま、まぁひとまずそれは置いておきましょう。もし、もしですよ? もし私が爆裂魔法を使わなくなったら、ヒデオはどう思いますか?」

 

 

 めぐみんが爆裂魔法を使わなくなったら、だと? そんなことが有り得るのか? 爆裂魔法を使わないめぐみんなんてただの凄腕アークウィザードじゃねぇか。

 

 

「そうだなぁ。友達が沢山いてリア充のゆんゆん、性癖がまともで恥じらいがあるダクネス、頭がキレて欲深くないアクア、巨乳のエリス様くらい有り得ないと思ってる」

 

「前の三人はともかく、最後のはいくら何でも失礼すぎませんか? 面識があるとはいえ女神なのに……」

 

 

 それを言うならアクアも女神だ、とは言わない。どうせ信じないし。

 

 

「アクシズ教徒がいるこの世界で何を今更。それより爆裂魔法関連ならやっぱりカズマ起こすか?」

 

「いえ、これはどちらかと言うとヒデオの方が……」

 

 

 めぐみんはそこで一旦言葉を区切ると、すーはー、すーはーと、まるで荒ぶる心を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸を始めた。

 

 ……これ、もしかしてかなり真面目なヤツか? そうだ、考えてもみろ。普段の俺達を知っているこいつが、用もないのノコノコと一人で俺達の寝室に来るわけがない。俺はめぐみん。守備範囲外と公言しているが、カズマに至ってはそうでもない。むしろ積極的にセクハラするだろう。

 まぁ、俺も来たのがダクネスならやってたが。

 

 

「ふぅー……よし。……ヒデオ。私、上級魔法を覚えようと思うんです」

 

「なんだ。そんなことか。まぁお前の決めた事なら、とやかく言うつもりはねえよ」

 

「えっ、軽……」

 

 

 俺の反応が意外だったのか、めぐみんはきょとんと目を丸くした。

 あんなわかりやすい前フリされて気付かないわけがない。

 

 

「なんだ? 俺が『ポリシー貫けよ馬鹿野郎!』とでも言うと思ったのか? 確かに俺の意見としてはお前にはずっと爆裂バカでいて欲しい。だが、それは意見の一つでしかない。他の皆に言っても当然賛否両論あると思うが、最終的に決めるのはお前だ。俺はお前の決定を尊重するし、サポートが必要ならしてやる。お前程の爆裂バカがその信念を捻じ曲げようとするなんてよっぽど悩んだはずだ。それに口出しできる程、俺は偉くない」

 

 

 自分の人生なんだから、出来るだけ自分で決めるべきだ。もちろんアドバイスとかはジャンジャン聞くべきだと思うし、他人の意見を参考にするのもいいだろう。だが、結局は自分で決めないといけないのだ。

 

 そう言っても、例外もある。

 例えばダクネスが政略結婚をさせられそうになっていても、俺は特にその結婚を邪魔したりはしない。貴族の生まれならば、それくらいは仕方ない。

 

 

「……やっぱりヒデオは優しいですね」

 

「そうか? まぁ部分的に見ればそうかもな」

 

 

 ありきたりな事を言って逃げているとも取れるのだが、めぐみんがそれに気付いているかはわからない。

 ただ、なにかスッキリした表情になったような気がする。

 

 

「こんな遅くにありがとうございました。あ、この事はまだ内緒にしておいてください。言うべき時が来たら、私から言うので」

 

「わかった。とりあえずは俺とお前だけの秘密ってことか」

 

「そういう事です。では、おやすみなさい」

 

 

 そう言って部屋から出て行くめぐみんに短くおやすみと返し、話をしてようやく眠気が回ってきたので、扉を閉めて布団に潜る。

 

 いつから考えていたのかは知らないが、ゆんゆんのいらない子発言がキッカケかもしれないな。

 だとすると、俺が原因か。

 

 

 …………。

 

 

 よし、今のことは忘れて寝よう。それがいい。

 

 

 あと、ゆんゆん泣かす。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「――デオ、ヒデオ」

 

 

 誰かが俺を呼ぶ声がする。

 

 

「おい、起きろヒデオ。もう昼だ」

 

 

 声のする方に目を向けると、居たのは金髪碧眼の巨乳美女。俺を揺り起こすその佇まいですら凛としていて、育ちの良さが伺える。

 既に身支度は整え終えたのか、慎ましくも美しい装飾に彩られた鎧を身にまとい、美しい金の髪は邪魔にならないよう後ろ髪が一本の束にまとめられている。

 

 とまぁ、これだけならご褒美なんだが、普段のこいつを知ってるとどうもなぁ。

 とりあえず二度寝しよう。

 

 

「おい、今バッチリ目が合っただろう! 二度寝するな! いつまで寝る気だ!」

 

「……もう少し寝かせろ……ああっ! 力強っ!」

 

「どうだ! こ、この! 戻ろうとするな! フンッ!」

 

 

 サイヤ人である俺にも劣らない筋力で、布団から無理やり引き剥がされる。力が強いのはいいが、女の子が『フンッ!』はないと思う。

 

 

「ちっ、このメスゴリラめ。こちとら朝まで起きてたんだよ……ふぁあぁ」

 

「メスゴリラ!?」

 

 

 結局あの後、頭の中にモヤモヤが残ってしまい日が昇るまで寝られなかった。おのれ。

 

 

「メスゴリラはやめてくれ……。流石に傷つく。呼ぶなら前のように雌豚と……ん? ヒデオも寝られなかったのか? わかるぞ。かく言う私も、仲間の家に泊まるなど初めてなのでな。心が踊って結構遅くまで寝れなくて……」

 

「お嬢様と一緒にすんな。俺は回復魔法のせいで体力が有り余ってたから寝付けなかったんだよわかったか。それにしても、友達の家でワクワクして寝れないとか案外可愛いとこあるじゃねーかララティーナ」

 

「お嬢様言うな! あと、ララティーナも可愛いもよせ!」

 

 

 未だにララティーナと呼ばれるのは恥ずかしいのか、赤面して肩を掴む力を強めてくるダクネス。普通に痛い。

 

 だが、やられっぱなしで終わる俺ではない。

 

 

「かわいい、かわいいよララティーナ! というか自分の容姿に自信持ってるくせに他人に褒められるのは恥ずかしいのか! 案外可愛いとこあるじゃねーかララティーナ!」

 

「いい度胸だ! ぶっ殺してやる!」

 

「殺れるもんなら……ああっ! 尻尾はやめろ! 人の弱点を突くなんてお前それでも騎士か! 卑怯者! 性騎士! カズマ!」

 

「カズマ!? なんてひどい悪口だ! ええい、もうこのまま引き摺って連れてってやる!」

 

 

 尻尾を掴まれても頑なに動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、あろう事か筋肉お嬢様は尻尾をちぎれんばかりの怪力で引っ張りはじめた。

 

 

「おい馬鹿やめろ! 痛い痛い! ちぎれる!」

 

「人体の組織がそんな簡単にちぎれるか!」

 

「ちぎれそうだから言ってんだろ! 自分の筋力考えろよこのブタゴリラ!」

 

「ブタゴリラ!? ……悪くない!」

 

 

 ちぎれないからといって人の敏感な所を力いっぱい引っ張るのもどうかと思うし、ブタゴリラで悦ぶのもどうかと思う。

 

 どうやって体と同じくらい頭が硬いアホを諌めようかと模索していると、ふとあることに気付いた。

 

 

「……こんなに騒いでるのに誰も来ないな」

 

「カズマ達なら紅魔の里探索に出掛けたし、ちょむすけとこめっこには、何が聞こえてもこっちには来ないように伝えた」

 

「お前俺に何する気だ」

 

「このままちょっかいをかけまくられついにキレたヒデオが私にお仕置きする」

 

「おはようダクネス! 今日もいい天気だな!」

 

 

 力が抜けて倒れた体を無理やり起こす。このままだと何されるか、もとい何させられるかわからん。

 

 

「おい、いい加減尻尾を離せ。起きるから」

 

「ふむ……。これはなかなか……」

 

「話を聞け」

 

 

 ゆんゆんやウィズ、温泉で会ったお姉さんといい、おっぱいがでかい人の方が尻尾を好む傾向にある気がする。どうでもいいが。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「おはようございまー……あれ、こめっこだけか?」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながら居間に行くと、こめっこがちょむすけと戯れていた。

 気を探ってみてもひょいざぶろーさんのゆいゆいさん気は見当たらない。出掛けたのか?

 

 

「あ、ヒデオ兄ちゃん。おはよう! お母さんとお父さんは族長の家に行くって言ってさっきでてったよ!」

 

「おはようこめっこ。……確かにゆんゆんの親父さんと同じ所に気があるな。けど、なんだ? 多いぞ?」

 

 

 族長の家に、沢山の強い気が集まっている。

 その数は十や二十ではきかない。

 一体何が起きるんだと若干ワクワクしながら考えていると、ダクネスが疑問に答えてくれた。

 

 

「それは、今朝あった魔王軍の襲撃についての会議をしているからだろう。打撃は与えたが、全滅させるには至らなかったと聞いた。幹部が数人の部下に連れられてどこかに逃げ隠れたらしい」

 

「え、ちょっと待って。魔王軍来てたの? 何で起こしてくれなかったの? いじめ?」

 

「まぁ聞け。起こそうとはしたんだが、アクアに止められてな。『ヒデオは体調が万全じゃないし、乗せられてカッコつけて無茶しそうだから』だと」

 

「心配されてる上にあながち間違ってないからぐうの音も出ない……! くそっ、惜しいことをした……」

 

 

 魔王軍との大規模戦闘を体験したかったし、それを蹂躙する紅魔族の戦いぶりも見たかった。

 よく怪我してアクアに治してもらっているんだが、アクアは怪我人に対して過保護な気がする。まぁそれは普通にいいことなんだが、どうもなぁ。

 

 

「はぁ……まぁ過ぎたことは仕方ないか。どうせそのうち嫌でも戦うしな。さ、気を取り直して朝飯……いや、昼飯か。こめっことダクネスはもう食べたか?」

 

「まだ! おなかすいた!」

 

「私もまだだ。お前を起こしてから一緒に食べようと思っていたからな」

 

「わざわざ待っててくれたのか。悪いな。じゃあ皆でどっか行くか」

 

 

 昨日の分も含めて食材が無いわけではなさそうだが、自分で狩った食材とは言え、他人の家の冷蔵庫を漁るのは気が引ける。

 

 

「外で食べるの!? すっごい久しぶり!」

 

「そうかそうか。じゃ、行くか!」

 

 

 例の如く二人と一匹を背に乗せ、紅魔の里に繰り出した。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 一行がやって来たのは紅魔随一の居酒屋。

 居酒屋と言っても、昼間は普通に食事処として利用されている。

 

 

「おいしいね!」

 

「うまいうまい。あ、おかわりください」

 

「相変わらずの大食漢だな……。それでよく太らないものだ」

 

「サイヤ人だから仕方ない。つーかお前だって割と食うくせに何を言ってんだ」

 

「!?」

 

 

 デリカシーのカケラもない発言がダクネスを襲う。

 いくらダクネスがオープンドMとは言え、乙女としてのなんやかんやはあるだろう。

 仲間とはいえ異性にこんな事を言われては、たまったものではない。……はすだが、案外この手の攻めも守備範囲のうちらしい。

 ダクネスは若干身震いし、ヒデオをさらにドン引きさせた。

 

 しかしその一連の流れを知らない無垢な幼女がぷんすこと可愛らしく、デリカシーのカケラもないサイヤ人に怒る。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん! 女の子にそんなこと言っちゃダメ!」

 

「こめっこの言う通りだな! すまんダクネス!」

 

「お前こめっこに弱すぎないか!?」

 

 

 ここまで速い手のひら返しをダクネスはカズマ以外で見たことが無い。

 それもそのはず。ヒデオとカズマ。この二人は自分大好き日本人だ。

 自分の身が危ぶまれれば速攻で手のひらを返すし、虎の威だって借りる。

 サイヤ人としての本能が根付き始めたとはいえ、やはり日本人なのだ。

 

 

 

 ……というのは建前で、単なる子煩悩な親バカだ。

 

 

「こめっこは可愛い。可愛いは正義。つまりこめっこが正義」

 

「なんだその意味不明な方程式は……」

 

「可愛いからね。しょうがない」

 

 

 可愛いは作れるとも言うが、作られた可愛さなど所詮贋作。

 偽物が本物に適わないなんて道理はないが、本物が偽物に劣るなんて道理もない。

 表面上は同じでも、深くを突き詰めれば結局は地力の差だ。

 

 

「体は炉利で出来ている」

 

「お前は何を言っているんだ」

 

「この体は、無限の炉利で出来ていた」

 

 

 無限の性犯罪(アンリミテッドロリコンワークス)

 

 正確に言えばヒデオはロリコンではなくこめっこ一筋なだけで他はむしろ年上の方が好みだったりするが、本質的には同じなので特に変わらない。

 

 

「こめっこちゃんが珍しくお客としてやってきたと思ったら、連れてきたのがまさかめぐみんのお仲間さんとは……コホン。我が名はねりまき! 紅魔族随一の酒屋の娘にして、女将を……あ、いらっしゃいませー!」

 

 

 間の悪いことに自己紹介の途中で客が入ってきてしまったが、そこは流石居酒屋の娘。素早く仕事モードに切り替わる。

 入ってきたのは一人の女性。銀の髪は肩で綺麗に切りそろえられ、旅でもしていたのか装飾のない薄汚れたローブを身にまとっている。

 ねりまきは一日に二度も外から来た人が来るなんて珍しい。そう思いながらも、こなれた様子で席へと案内する。

 

 

「む? 私達と同じく外から来た人みたいだな……あれ、どこへ行くヒデオ!」

 

 

 ダクネスの話に聞く耳を持たず、ヒデオは無言でその女性客の元へと向かう。

 ヒデオは接客を終えたばかりのねりまきを背にかばい、ピタッと女性客の前で立ち止まった。

 

 

「……?」

 

 

 突然尻尾の生えた謎の男が迫って来た事にその女性客は戸惑いを隠せない。

 

 なにせ、服の上からでもわかるガタイの良さの男が、幾度となく振るってきたであろう鈍器のような拳を握りしめて、何故かキラキラした目でこちらにやって来るのだ。

 誰だって戸惑う。

 

 女性客は戸惑いながらも、勇気を振り絞ってヒデオに声をかけた。

 

 

「な、なにか……?」

 

「……いや、惜しい事をしたと嘆いた後に、こんな所でいきなり会えるなんてな。幸運なのか不運なのか……」

 

 

 その女性客はおろか、注目していた他の客、ダクネスですら、一体ヒデオが何を言っているのかわからなかった。

 

 

「……なんの事ですか?」

 

「あぁ、惜しい云々はこっちの事情だ。気にしなくていい。ただ、白昼堂々とよくこんな里の中心に来れるもんだって思ってな。前と顔が違うのは魔法かなにかか? いや、目の錯覚とか変装なんてレベルじゃねぇな。骨格そのものが変わってる……。あんた何者だ?」

 

「……見ての通り、私はしがない旅人ですが」

 

 

 何も持っていない両手を差し出し、無抵抗、非武装をアピール。武器の様なモノは何も持っていないし、隠してもいない。

 

 怯えている様子の女性客を見兼ねたのか、はたまた仲間の愚行を見てられなくなったのか、ついにダクネスがヒデオの方に駆け寄った。

 

 

「おいヒデオ! 見ず知らずの人にそんな口調で喧嘩をふっかけるのはやめろ! すまなかったな。コイツは強い奴を見るといてもたってもいられないタチでな。そうだ、ここの代金は私達が支払おう。連れの者が迷惑をかけたせめてものお詫びだ」

 

「……いえいえ、お気になさらず。あぁ、ですが今のやり取りで急用を思い出してしまいました。すみませんが、料理は結構です。お代はここに置いておきますので……」

 

 

 注文分の代金をテーブルに置き、そそくさと店から出ていこうとした女性客だったが、ヒデオがそれを阻んだ。

 

 

「逃げるのか? まぁそれが懸命だろうな。この店には何人か大人の紅魔族がいるし、正体がバレてちゃあ呑気に敵情視察もできねぇもんな?」

 

「敵情視察? ヒデオ、なんの事だ?」

 

「お前らが気付かないのは無理もない。前見た時とは髪型も顔も変わってるしな。だけど、気までは変えられなかったみたいだな」

 

 

 ヒデオはまるで、この場にいる殆どがこの女性の正体を知っているかのような口振りでダクネスを制した。

 

 

「……前? 気? なんのことですか?」

 

「前会ったんだけど覚えてねぇか? まぁそれはどうでもいい。こんな所に何しに来たんだ? なぁシルビアさんよ。まさか飯食いに来たって訳じゃないよな?」

 

 

 ヒデオのその言葉に、店内に居たこめっことねりまきを除く全ての紅魔族が一斉に視線をヒデオ達に向けた。

その様子に観念したのか、シルビアは諦めたようにはぁ、と溜め息を一つ吐き、なぜ分かったのかと、ヒデオに問うた。

 

 

「……よくわかったわね。この前とは顔も体型も変えたのに」

 

「スキルのお陰だ」

 

 

 今朝あった魔王軍との戦闘で消息不明になっていたシルビアが、よもやこんな所に現れるとは思いもしていなかったが、そこから紅魔族達の行動は早かった。

 まず非戦闘員であるこめっことちょむすけをねりまき護衛の元、店の奥に退避させ、客の数人が裏口から外に出て里中に事態を知らせに行った。

 その他はいつでも魔法が放てる様、各自得意な魔法を詠唱して待機した。

 

 

「飛んで火に入る夏の虫とはまさにこの事だな。まさか一人で俺達を相手に出来ると思ってる訳じゃないよな?」

 

「えぇ。あなたの言う通りよ。幾ら何でも分が悪すぎるわ。けどね……」

 

 

 シルビアはローブを脱ぎ捨てドレス姿になると、ゴキゴキと身体を中から変化させ始め、やがて紅魔族によく知られる姿へと変貌した。

 

 

「貴方達どちらかを人質に取れば逃げることなんて簡単なのよ! あまり魔王軍幹部をなめない事ね!」

 

 

 素早く繰り出されたその一撃は、流石魔王軍幹部といった所か。並の冒険者では捉えることが出来なかっただろう。

 

 

 もし、ここに居たのがヒデオでなくカズマだったなら。

 いくら豪運で頭がキレて手段を厭わない事で格上とも渡り合えていても、こういう素の能力がモノを言う刹那の世界では手も足も出ない。

 

 

 だが、ここに居るのは素の能力で格上と渡り合ってきたアクセル暮らしのサイヤ人だ。

 

 並の冒険者では捉えられない程度の攻撃など、取るに足らない。

 

 

「片腕で……!? あなた、どんな筋力してるのよ……!」

 

「そっちこそその細腕でよくこんなパワーが出るもんだな。感心するよ……っらぁ!」

 

 

 攻撃してきた腕を掴んだのをいいことに、ヒデオはシルビアを外へと放り投げる。進行方向にあった引き戸はシルビアに巻き込まれ、同じように吹っ飛んでいく。

 

 

「修理代は魔王軍に請求してくれ。さぁ、シルビア。俺は今虫の居所があまり宜しくない。何故だかわかるか?」

 

「……わからないわ」

 

「こめっことのランチタイムを邪魔すんじゃねぇよってことだよ。行くぞオラァ!」

 

「なんだかすごく理不尽な気がするけど……まぁいいわ。魔王軍幹部に対して一人で向かってるとはいい度胸ね! いいわ、かかって来なさい!

 

 

 シルビアとヒデオ。

 

 一体一の真剣(?)勝負が今、始まってしまった。

 




あくまでも趣味なので催促はやめてください。と言ってみる

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