この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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少し中途半端になりましたが! どうぞ!





単発でイシュタル様当たりました(小声)


第五十一話

 カズマ達の無事を信じ、皆の装備を取りにめぐみん宅へ戻ってきた。

 狭い家が幸いして、どこに何があるのかに悩む必要はなく、あっという間に準備が整ったのだが。

 

 

「……カズマとめぐみんの気がシルビアのそばに現れてからずっとカズマとシルビアがくっついて離れねぇ。拘束されてんのか?」

 

 

 すぐには向かわないということで逐一気にしてはいたが、アクアが足を止めてから少しして、何故かカズマ達がシルビアのすぐ側に現れた。

 いや、シルビアが移動した所にカズマ達が居た。こう述べた方が正しいだろう。

 詳しい事は実際に見てないのでわからないが、カズマが自分から潜伏スキルを解除するなんてほぼ無い。

 たまたま運悪く遭遇してしまって、見つかってからは無駄だから解除した感じか?

 よくわからないが、のんびりしている時間はなくなった。

 

 毎回なんらかの騒動に巻き込まれているせいか、本当にカズマは幸運値が高いのか疑問になっている。

 じゃんけんに極振りされてんじゃないのか?

 カズマの不憫さを可哀想に思っていると、自分達が寝ていた場所に行っていたダクネスが戻って来た。

 

 

「めぐみんはどうしたんだ?」

 

 

 どうやら俺の独り言を聞いていたみたいで、めぐみんの安否について聞いてきた。

 

 

「無事だ。カズマはめぐみんを庇って捕まったみたいだな。なんにせよ、アクアの囮が無くなった以上、そろそろ行かないとな。ダクネス、準備は済んだか?」

 

 

 準備といってもダクネスの場合、昼食を食べに出掛けた時点で鎧を纏っていたので大剣を持ち出してくるだけで済んだみたいだ。

 どうせこの大剣もほとんど使わないんだろうけど。いい加減当たらない剣は辞めて盾持って壁に専念してくれよこいつ。

 そんな感じの結構マジな願いなど知らず、ダクネスはホッとため息をつく。

 

 

「そうか……。めぐみんは無事なのか。それだけでも少し安心した。準備はもちろん万端だ。お前こそ済んだのか?」

 

「あぁ。重い服から着替えてきたし、皆の装備も持った。ストレッチとウォームアップも済ませた。後は飛んでくだけだ」

 

 

 技を勝手にスキル封印していても、アクアはアークプリーストの名に恥じない身体メンテナンスを施してくれていた。

 今までにないくらい身体の調子が良い。

 無理をするのは少しだけという制限はあるが、紅魔族も居るし今のシルビア相手なら充分戦えるだろう。

 

 

「急にめぐみんの家に戻ると言い出した時はとち狂ったかとも思ったが、皆の装備品を取りに来るとはな。お前はてっきり一人でシルビアと戦いたがるものかと思ったぞ」

 

「やらかした時に失うのが俺の命だけじゃないからな。それに、相手は魔王軍幹部だ。何事も万全を期すべきだ」

 

 

 思えば今までの幹部戦はまともに準備なんてしたことがないように思える。

 ベルディアはいきなり来たし、バニルは気付くのに遅れて慌てて向かった。ハンスに至っては情報不足で戦いにすらならなかった。

 

 

「その割に変装していたシルビアを見破った時は一人で突っ走っていたではないか」

 

「べきって言ってんだろ。それに万全って言ってもフル装備ガチガチで固めることじゃない。その時点における最高の準備の事なんだよ。あの時は周りに紅魔族がいっぱい居た。俺がしくじっても次があったからな」

 

 

 思い返せば今までの幹部戦は唐突にやってきたのでその場しのぎで何とかやりくりして戦うしかなかったが、今回はむしろこちらから戦いに来ている。

 相手がいる事を知っているのに準備をしないのは余程のバカか平和ボケした連中だろう。

 

 

「なるほど……いつも欲望のまま考え無しに突っ込んでいた訳では無いのだな」

 

「まぁいつもは考え無しに突っ込んでるんだけどな」

 

「!?」

 

 

 俺が考えなくてもカズマが考えていてくれるし、困ったらめぐみんの爆裂魔法でいい。最悪俺やカズマが死んでも、アクアのリザレクションとエリス様の尽力で生き返れるだろう。

 

 

「そんな事よりも、だ。シルビアは何の種族だ? 悪魔とかアンデッド特有のジメジメした気はほぼ感じなかったし、スライムと違って普通に触れたし、何より骨格レベルで顔が変わってたぞ。そんな種族が居んのか?」

 

 

 今更どんなイカレ種族が来ても驚いたりしないが、スライムの様に食った相手に擬態出来るわけでもなさそうなのに、店に来た時のシルビアの顔は別人だった。それが戦闘に直結する訳でもないだろうが、気にはなる。

 

 

「変装が上手な種族か……。バニルのような悪魔なら全くの別人のような見た目になれるが、シルビアは悪魔ではないのだろう? ただ骨格を別人レベルまで動かすことの出来る特技を持っているだけではないのか? そんな特技は聞いたこともないが」

 

「スケルトンとかにならその特技持ってる奴いそうだけど、シルビアはアンデッドでもないからなぁ。……というか、気がおかしい。なんつーか、色々なモンを合わせて多い被せたみたいな……。気の感知がイカれたのか?」

 

 

 アクアに治してもらったし他の人の気は普通に感じるので大丈夫だとは思うし、気持ち悪くても感じ取れさえすれば戦える。

 変装のギミックやシルビアの正体についても気になるが、特にこれといった対策が必要というわけでもないだろう。

 そう思い直し、特に気にすることも無いだろうとそれ以上考えるのをやめたが、ダクネスはまだ納得がいかないようで、はてと首をかしげて尋ねてきた。

 

 

「珍しい事なのか? その、気が一人から複数感じるというのは」

 

「珍しいっつーか、俺が知る限りでは初めてだ。今までも大きい気の近くの小さい気は感じにくいとかはあったけど、どんな個体でも気は一種類だけだ。例外として種族や血縁が近い場合に、例えば子どもの気の中に親の気が感じられたりはするが、それは気が自然に溶けあっていたし、そもそも親子なんだから似るのは当たり前だ。その点シルビアの気は全く違う性質の気が無理やり混ざってる感じがするんだよ」

 

 

『ドラゴンボール』の世界では、セルや魔人ブウが細胞や人などを吸収してその性質を得ていた。

 シルビアもその類なのかもしれない。

 

 

「なぁダクネス。他の生物を吸収してその特性を引き継いだり出来るモンスターとかっているのか?」

 

「生憎ながらモンスターにはあまり詳しくなくてな。お前の言う吸収するという条件には当てはまらないが、キメラなどは複数の生物を混合して造られているが、それは違うのか?」

 

 

 力及ばずといった感じで申し訳なさそうに言ってくるダクネスだが、これはかなりいいヒントかもしれない。

 確かにキメラと言えばたくさんの猛獣を組み合わせて造られているし、特性だって引き継いでいるから気も複数感じるかもしれない。

 

 だが……。

 

 

「キメラってなんか大型の四足獣に鳥類の翼や毒蛇とかで構成されてるイメージがあるんだよ。シルビアは見た目普通の人間だしなぁ……」

 

 

 この世界ではマンティコアがだいたいそんな感じの見た目らしいが、マンティコアもキメラの一つになるのだろうか。

 

 そもそも、一括りにキメラといっても色々ある。

『錬金術師的な人がなんやかんやして人為的に造った』『異種族と交配しているうちに出来た』『テレポートの転送事故で偶発的に出来た』などと色々あるが、シルビアがこれに当てはまるかと言われれば微妙だ。

 ラミアやケンタウロスなどは人間と何かが見た目にわかりやすく表れているが、シルビアは見た感じ普通の人間だ。

 

 

「……つって、悩んでもなにも変わんねぇしな。答えがわかったところでどうということはないしな。よしダクネス、そろそろ行くぞ」

 

「……ん、もういいのか? シルビアの正体はまだわかってなさそうだが……」

 

「正体は気になるけど、それが戦闘に直結するわけでもなさそうだからな。そんな事より早くアイツらの所に行かねーと怒るだろ」

 

 

 カズマが拘束されてそんなに経っていないが、いつ事が起きるかはわからない。

 考察もこの辺にしてそろそろ行くべきだろう。

 

 

「それもそうだな。して、こめっことねりまきは置いていくのだろう?」

 

「あぁ、そのつもりだ。危険な目には遭わせたくないからな。ねりまきちゃん居るし、残党が来てもまぁ大丈夫だろ……おーい! こめっこー、ねりまきちゃーん! 俺達もう行くから、気を付けてな! 何かあったら大人に護って貰ってくれ!」

 

 

 台所の方に居るこめっことねりまきちゃんにそう告げ、玄関から意気揚々と出て行こうとしたのだが。

 

 

「ヒデオ兄ちゃんまってー!」

 

「待つ」

 

 

 こめっこに呼び止められ、少し浮いていた足を再び地面に降ろす。

 カズマ達が待ってる? 馬鹿野郎、今更急いだところで変わんねぇよ。

 

 振り返ると、ねりまきちゃんの手を引いてこちらにやって来るこめっこが視界に入った。めちゃくちゃ可愛い。

 

 

「どうしたんだこめっこ。私達はこれから危ないところに……」

 

 

 やって来たこめっこにダクネスが屈んで優しく言い聞かせようとするが、こめっこはそれを遮るように。

 

 

「うん知ってる! いっしょにつれてって!」

 

 

 と、満面の笑みでお願いしてきた。

 

 

「えぇっ!? 危ないよこめっこちゃん! ここはヒデオさんが言ってた通り私と家で待って居た方が……」

 

 

 こめっこの唐突なお願いに、何も知らず着れて来られていたらしいねりまきちゃんが驚いた。無理もない。俺だって内心驚いてる。

 

 俺達と同じくダクネスも面食らっていたが、いち早く我を取り戻し、またも優しい口調で。

 

 

「こめっこ、ねりまきの言う通り、ここは大人しく家に居るんだ。そうすれば危ない目にはあわないはずだ。万一あっても、ねりまきが何とかしてくれる」

 

「そうだよこめっこちゃん。少し頼りないかもしれないけど、私だって学校で4番くらいの成績だったんだよ! 魔王軍の一人や二人、なんてことないよ!」

 

 

 とんでもない事を口走ったこめっこをなんとか説得しようとする二人だが、当のこめっこは何処吹く風。真っ直ぐ俺の方を見ている。

 可愛いなぁと思いながらこめっこを眺めていると、その奥からはのそのそとちょむすけがやって来た。

 子どもの口くらいの大きさの歯形がついてるのが見て取れ、こめっこに噛まれたことが一発でわかった。

 

 今日のグルーミングは念入りにしてやろう。そう思いこめっこを見ていると、やがてこめっこが口を開いた。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん達の近くが一番安全だとおもいます」

 

 

 なるほど。こめっこはこめっこでちゃんと考えていたみたいだ。

 とはいえ、心理的に家でこもりたい筈なのにそうしないとは、将来大物になりそうだ。

 

 

「……一理あるな。よし、じゃあ皆で行くか!」

 

 

 こんな小さい子にここまで信頼されては無碍にも出来ないし、実際理にかなっている。

 手の届く範囲に居ればかなり守りやすいし、ハラハラ心配せずとも済む。流れ弾などの危険は伴うが、そこも誰かを盾にすれば解決する。

 しかし、やはり納得がいかないダクネスは、矛先を俺に向けてきた。

 

 

「!? ま、待てヒデオ! いくら一理あるとは言っても、お前は最前線に出るのだろう!? 咄嗟に守れないではないか! ここは少し不安でも家に残すべきだ!」

 

 

 ダクネスの言うことも最もだ。

 だが、ここで引き下がっては男が廃る……わけでもないが引き下がるわけにはいかない。

 

 

「あぁ、確かにそうかもな。だからそこでお前の出番だ。俺が今まで会った中でお前は最硬のクルセイダーだ。こめっこを頼むぞ?」

 

 

 かつて無いほどのキリッとした顔で真っ直ぐダクネスを見つめながらハッキリと言い放つ。

 攻撃面やら性癖やらで最高とは言い難いが、最硬なのは間違いない。嘘は言ってない。

 

 

「最高……! い、いや惑わされるなララティーナ。この男の事だ。根も葉もない事を言っているに決まっている! ……わ、悪くは無いが……」

 

 

 流石にこれだけじゃ無理か。

 チョロいからいけると思ったが、流石に耐性が付いてきたみたいだ。

 だが、もう一押しと言ったところか?

 

 

「根も葉もあるぞ。よく考えてみろダクネス。俺が今まで誰かの評価で嘘をついたことがあったか? カスと思ったらカスって言うし、良いと思ったら良いって言う。お前だけじゃなくめぐみんにだってアクアにだってカズマにだって、きっちり良いところは褒めて悪い所はバカにしてきただろうが。お前らは直接言うと調子乗るからあんまり言わないが、俺はお前らのことをかなり信頼してるんだぞ?」

 

「ぐ、ぬぬ……! 確かに思い当たる節はある……! だが……!」

 

 

 まだ食い下がるか。ならば……!

 

 

「俺が安心して背中を任せられるのはお前しか居ないんだ。こと倒れないという点ではお前は俺より強いからな。だから……頼む。俺の背中と、こめっこを守ってくれ」

 

「ぐ……! そんな真面目な顔で言われては断るものも断れないではないか……! ずるいぞ……!」

 

 

 フッ、堕ちたな。

 

 

「よし! じゃあ頑固なダクネスの了承も得たところだし、行くか!」

 

「最高のクルセイダー……。悪くない!」

 

 

 こうして頭も硬いダクネスを説き伏せた俺は、ねりまきちゃんも難なく懐柔し、いつもとは少し違う四人と一匹のパーティーで、カズマ達の元へ飛んで行った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 最後にヒデオが怒ったのはいつだったか。

 

 確かバニルと戦った少し後くらいだったか?

 まぁ何にせよ、俺とアクアはほんの出来心からヒデオにイタズラをした。

 イタズラと言っても、眠っているヒデオをアクアと二人でギルドまで運び、尻尾に可愛らしいリボンを付けたり猫耳つけたり顔に落書きしてギルドに放置するというかわいいものだ。

 

 反応を見るためにこっそりギルドの隅でヒデオを見守っていると、暫くしてヒデオが起きた。

 キョロキョロと辺りを見回し首をかしげているところから、何故自分がギルドに居るかわかっていないようだ。そりゃそうだ。

 

 起きてから暫く周りの笑いをこらえている視線にも気付かないヒデオだったが、やがて来たダストに大爆笑され、周りの視線にも気付き始めた。

 そこからは少し怖くなったので、見るのをやめてアクアと共に屋敷に帰ってきた。ダストは死んだ(多分)。

 

 そして、今は屋敷の玄関が見える位置で潜伏スキルを使ってアクアと共に隠れている。

 潜伏スキルがヒデオに通じるかわからないが、何もしないよりはマシだ。

 

 そうこうしているうちに、ダクネスが筋トレを終えたらしく、広間にやって来た。

 協力してもらうおうか考えていると、激しい怒りの感情が敵感知に引っかかり、慌てて隠れ、息を潜める。

 

 ヒデオがギルドから帰ってきた。

 

 

「ヒデオか、おかえ……む? 髪と尻尾を逆立ててどうしたのだ? え? カズマとアクア? さぁ、私はずっと一人で筋トレをしていたから、見てはいないが……。それよりも聞いてくれ。一人で筋トレというのもなかなかオツなものだったぞ。誰かに命令されているという設定で、その誰かは私を放置してどこかに行ってしまったが、いつ帰ってくるかわからないから筋トレを続けるしかない。あの縛られている感じ、たまらなかっ……おい、どこへ行く! イライラしているなら是非私に……!」

 

「気は屋敷で途絶えたから、潜伏スキルを使って家のどこかに隠れてるんだな。ちっ、味方にいるとあんまり恩恵を受けた気がしないが敵に回るとかなり厄介だなカズマめ……」

 

 

 これは褒められていると取っておこう。

 というか、潜伏スキル通じてよかった……。

 

 

「む、無視……! 最近私の扱いが板についてきたなヒデオ……! この調子だぞ!」

 

 

 バニルとの一件以来、ダクネスはヒデオに己の欲望を押し付けるようになった。ヒデオもヒデオで扱いを更に雑にするようになった。結果、ダクネスが悦びヒデオが辟易するという負の関係が出来上がった。

 うん、前と変わってないなこれ。

 

 

「おいお前ら! 屋敷にいるのはわかってる! 大人しくどっちかを差し出せば、どっちかは見逃してやることを考えなくも無い!」

 

 

 鬼はそう告げると、ツカツカ音を立ててどこかに遠ざかっていった。

 

 ……死のかくれんぼが始まってしまった。ひとりかくれんぼより怖いぞこれ。

 

 

(おいアクア、絶対に出て行くなよ? 出て行った瞬間二人共死ぬ事になるぞ)

 

 

 ヒデオの事だ。『一人は見逃すと言ったな? あれは嘘だ』くらい平気でやるだろう。

 

 

(わかってるわよ! カズマこそ、裏切ったりしないでよね!)

 

(当たり前だ。俺達は一蓮托生、運命共同体だ。絶対に裏切ったりしない)

 

 

 コイツにはいざという時に囮になってもらうんだ。そう易々と逃がすか。

 

 

(そうよね! ……それにしても、なんでヒデオはあんなに怒ってるのかしら。やっぱり、カズマが額に肉って書いたのがいけなかったんじゃ……)

 

(んなわけねーだろ。お前が鼻の頭を黒く塗って頬に3本ヒゲつけたのが原因だよ)

 

 

 互いに責任を擦り付けあっているが、ヒデオからすればそんなのは最早どうでもいい事だった。

 この時の俺達はそんな事も知らず、お互いにどうやって隣に居るヤツを蹴落とそうかと考えていた。

 

 

「お、戻って来たか。では話の続きを……む? それはアクアが大事に取っていた高級酒ではないか。それと、その紙の束はなんだ?」

 

「じきわかる」

 

 

 ……何する気だこいつ。

 

 

「アクアに告ぐ! 出てこなければ、お前が大事に取っておいた高級酒を――」

 

「あんた何するつもりよ! やめなさい! そのお酒は私が大事に大事にとっといた秘蔵っ子なのよ!」

 

「……ようアクア。覚悟は出来たか?」

 

「あ」

 

 

 なんて恐ろしい手を使うんだ……!

 

 

「おいカズマ。早く出て来い。アクアが急に現れたから場所の目星はついてるが、お前の事だ。既にどこかに移動してるんだろう」

 

 

 一体何を脅しに使う気だ? 俺はアクアみたいに高級酒を大事に取ってたりしない。一体何で脅してくる気だ?

 ………紙の束ってダクネスは言ってたな。普通に考えてこれが俺に対する脅迫材料だろう。という事は俺の持ち物。俺の持ち物で紙の束と言えば。

 

 ……まさか。

 

 

「察しのいいお前ならとうに気付いてるだろ! これはお前が開発した商品の権利書やら特許証やらだ! 俺はこれを――」

 

 

 やっぱりか。やることが非道にも程がある。大方燃やし尽くすとかその辺だろう。

 だが、甘かったなヒデオ。こういう時のために頑丈な隠し金庫と、アクセルの貸金庫屋にそれらと同じものを預けてある。一セット燃やされようが痛くも痒くもない。

 

 さて。まんまとアクアが囮になってくれたことだし、ほとぼりが冷めるまで宿屋にでも――

 

 

「バニルに格安で売り付けてくる」

 

「なんてことをしやがんだこの悪魔め!」

 

「よう」

 

「あっ」

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

「何でこんなことをしたのかは聞かん。お前らの事だ。大した理由もないんだろう。どっちが発端かなんてのもどうでもいい。顔に落書きまでなら俺もこんなに怒ってない。だがな……」

 

 

 淡々と罪状を述べるヒデオの前で、黙って正座をしている俺達。

 下を向いているせいでヒデオの表情は見えないが、段々と足がプルプル震えだし、心無しか床も揺れてきた。やべぇ、かなり怒ってる。

 

 

「猫耳とリボンを接着剤で着けんのはやり過ぎだろうが!! 禿げるかと思ったわ!! 飛んで帰ってくる時も街の人に笑われたし、剥がしてもらうためにウィズのとこ行ったらバニルが『美味である!』とか言ってきやがった!! 俺だってこんな事でキレたくないんだよ!! こんなしょーもない怒りで超サイヤ人に覚醒なんてしたくねぇんだよ!!」

 

 

 顔を少し上げてヒデオの顔をチラ見すると、怒っているのと泣きそうなのとが混ざった複雑な顔で俺達を睨んでいる。

 サイヤ人の特性から怒りによって増えた気が、目に見えて溢れていた。ヒデオ自身は意識していないだろうが、今のヒデオは気を解放している状態だ。

 気を解放すると大体の能力が向上すると聞いたが、まさか気迫まで大きくなるとは。

 

 アクアはこんなすごい剣幕のヒデオは初めてなのか、一言一言にビクビクしながら泣きそうになっていた。

 かくいう俺も、若干ビビっている。普通に怖いし、髪の毛なんてまさに怒髪天を貫くだ。

 このままもっと怒らせたら本当に超サイヤ人になるんじゃないか? まぁ怖いからしないけど。

 

 

「ま、まぁヒデオ。落ち着け。この二人も悪気があって……悪気はあるな。と、ともかく、その、スーパーサイヤ人? だったか? それがどんなものなのかは知らないが、覚醒という言葉からまだそれに至ってないのだろう? どんな理由であれ、出来るようになるならそれに越したことはないんじゃないか?」

 

  「わかってませんねダクネスは! こういうのはロマンを求めてナンボでしょう! ですよね! ヒデオ!」

 

「わかってるじゃねえかめぐみん。流石だな。それに比べてララティーナと来たら……」

 

「!?」

 

 

 ヒデオの言うこともわかるし、ダクネスの言う事だってわかる。

 戦力面としてはスグにでも超サイヤ人になってくれればかなり楽が出来るだろう。

 その覚醒は劇的な場面がイイ! って主張するヒデオとめぐみんのロマン感も凄くわかる。

 こんな状況じゃ無ければ熱く語り合っていた事だろう。

 ダクネスにため息をついて小馬鹿にしていたヒデオだったが、やがてこちらに向き直り。

 

 

「さて、ダクネスの世間知らずは置いといて。お前らの処遇についてだが、トラウマを植え付けてやる事に決めた」

 

 

 真顔でなんてことを言ってくるんだ。

 

 

「トラウマ……カエル? カエルは嫌! 嫌あぁー!!」

 

 

 以前のお仕置きを思い出したのか、頭を抱えてガクガクと震えだすアクア。

 まだ治ってなかったんだな……。

 

 

「安心しろアクア。今回はモンスターとは出会わない。………エリス様には会えるかもな」

 

「おい今なんて……おい、降ろせ! 何する気だ!」

 

「まぁすぐにわかる」

 

「エリス様に会えるかもとか死あるのみじゃねぇか! 離せ、離せ!」

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 ……上空何メートルまで来ただろうか。

 

 試しに千里眼スキルで下を見ても、辛うじて庭に立っているダクネスとめぐみんらしき人影が見えるだけだ。

 俺とアクアはヒデオの肩にガッシリと担がれているが、あまりの恐怖に震えまくっていた。

 

 

「……ヒデオ。はるか上空に来たのは良いが、どうする気だ?」

 

 

 流石に幾らこいつでも、人をこの高さから落としたりはしない筈だ。

 そう期待を込めて、命綱となっている元凶に話し掛けると。

 

 

「どうもしねぇよ。俺はな」

 

 

 とっても不安になる返答が来ました。

 

 

「……随分と含みのある言い方だな」

 

「含ませたからな。じゃあ、そろそろ逝くか二人共」

 

 

 漏らすなよ。ヒデオは最後にそう付け加えると―――

 

 

 

 

 何処かに消えていった。

 

 

「は?」

 

 

 支えを失った俺達は容赦なく地球の重力にに引かれ、物理法則に従って落ちて行く。

 

 結果。

 

 

「ああぁあああぁ!!! 死ぬ! これは流石に死ぬぅぅうう!!」

 

「嫌ああぁぁああ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

 

 

 

 

 その後、生存を諦めたあたりでヒデオが助けに来た。

 

 

 

「ひぐっ……えぐっ……うぅうう……」(何故かジャージに着替えた)

 

「じ、地面……地面だ……あ、あぁ……」(ギリギリ漏らしてない)

 

「……わり、流石にやりすぎた」(何故か身体が濡れている)

 

 

 復讐は何も生まない。今回の一件で、それがわかった。

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 ………どうしよう、怒らせたらやばいかもしれん。今度は本当に殺されそうだ。

 

 

「どうしようめぐみん! 今になって怖くなってきた!」

 

「そうでしょうね! すごく顔が青ざめていますよ!」

 

「謝るなら私も一緒に謝ってあげるから! ほら、はやくカズマさんを解放しなさいよ! こちとら命がかかってるのよ!」

 

 

 人質にされている時点で俺の命がかかっているんだが。

 

 というか、よく考えたら変な事を言わなければいいだけなんじゃないか? 幾らヒデオでも人質に理不尽にキレたりしないだろう。

 助けられてここから逃れるのは惜しいが、そこはまぁ例の店で素敵な夢を見せてもらう事にしよう。

 

 

「私としては全く状況が飲み込めていないのだけれど……と、とりあえずこのボウヤは人質なのよ。せっかく紅魔のお嬢ちゃんを庇った隙に捕まえたんだし、そう簡単に渡すわけにはいかないわ。欲を言えば紅魔族を捉えたかったけど、収穫ゼロではないからよしとするわ」

 

「だ、そうだ。くれぐれも言動に気を付けろよお前ら。いつシルビアさんの逆鱗に触れて、俺が死ぬかもわからんからな。ヒデオに関しては、余計な事を言わなければ問題ない」

 

「……なんというか、急に冷静になりましたね」

 

「アクアの言う通り命がかかってるからな。それに、いくら死なないとはいえ上空数百メートルから自由落下なんか二度としたくない」

 

 

 トラウマを思い出してからはおっぱいの感触を楽しめる気分ではなくなったし、死の恐怖を思い出せば冷静にもなる。

 

 

「……物わかりが良いのね。後半については詳しくは聞かないことにするわ。……で、お嬢ちゃん達、このボウヤが大事なら邪魔しちゃダメよ? あ、でも安心して? 命までは取らないから」

 

 

 俺の頭を撫でながら、安心させるように言い聞かせてくるシルビア。

 またも揺らぎそうになっていると。

 

 

「おーい、カズマー。無事……どんな状況だこれ」

 

 

 どこからか、ヒデオの声が聞こえてきた。

 

 

「!! 一体どこから……!?」

 

 

 キョロキョロと辺りを見回しても、シルビアはヒデオの姿を見つけられない。

 

 こういう場合は……。

 

 

「上か!」

 

 

 俺の声に皆がバッと上を向く。

 そこには。

 

 

「よう、無事か?」

 

 

 いつものムカつくニヤケ面で、いつもと変わらない様子のヒデオが―――

 

 

(両脇にダクネスと見知らぬ女の子)(肩にこめっこ)(頭にちょむすけ)(背中に装備とリュック)(特典で差をつけろ)

 

 

 ………。

 

 

「……それどういう状況?」

 

 

 

 




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