この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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お待たせしました!







追伸、十連ガチャの闇は深い


第五十三話

 

「このバカっ! 早く克服しろとあれほど言ったのに!」

 

 

 カズマが怒るのも無理もない。先程まで戦力だったサイヤ人が一瞬にして足でまといと化したのだ。自分が捕まるのとは訳が違う。

 

 

「やりました! やったんですよ! 必死に! その結果がこれなんですよ! サイヤ人になって、身体を鍛えて、今はこうして尻尾を掴まれてる! これ以上何をどうしろって言うんです!? 何を鍛えろって言うんですか!?」

 

 

 カズマの怒りに対し、ヒデオはこれ以上無いくらいの逆ギレを見せるが。

 

 

「尻尾だよ!!」

 

「アッグゥ!」

 

 

 カズマに頭をはたかれ、スパァンと小気味のいい音を響かせた。

 

 周りの人間、特に内情を詳しく知っているカズマは鍛えろ鍛えろと頻繁に言うが、某地球育ちのサイヤ人ですら鍛えるのに年単位に長い期間を要したのだ。

 サイヤ人になって1年も経っていない上に、彼と違って毎日を修行に費やしている訳でもないヒデオにそれを要求するのは酷なものだろう。

 ヒデオなりに努力はしていて、振りほどけはしないが身体を腕で支えるくらいは出来るようになっている。

 しかし、それもこの状況では焼け石に水だ。

 

 

「さて、お別れは済んだかしら? このボウヤは魔王城に連れ帰って、仲間になるよう洗脳し終えたら貴方達の前に再び連れてくるわ。それじゃあ、さようなら」

 

 

 ヒデオ以外でシルビアより機動力のある人物はこの場に居ない。従って、ここで連れ去られてしまっては追いつく術はない。

 

 

「マズイ! 逃がすか!」

 

 

 カズマもその事はわかっているのか、なりふり構わずヒデオの腕に飛びつき、その場に踏ん張った。

 しかし、カズマの筋力値ではシルビアを止めることは敵わず、ズリズリと引き摺られていく。

 

 

「カズマ、私も手伝う!」

 

 

 見かねたダクネスが同じように腕を掴み、力いっぱい踏ん張る。流石はクルセイダーと言ったところか、見事シルビアの歩を止め、拮抗状態に持ち込んだ。

 

 

「こら! 離しなさい!」

 

「それはこちらのセリフだ! カズマ、合わせるぞ!」

 

「わかった! せーのっ!」

 

 

 うんとこしょ、どっこいしょ。

 カズマとダクネスは助けようと引っ張りますが、ヒデオは抜けません。

 

 

「いいぞお前ら。その調子で……はうあっ!」

 

「気持ち悪い声を出すな!」

 

「シルビアに言ってくれ!」

 

 

 時折変な声を出しますが、それでもヒデオは抜けません。

 

 

「くっ……! 流石に二対一だと分が悪いわね!」

 

 

 文句を垂れるシルビアは、それでもしっかりと抵抗しています。当然ヒデオは抜けません。

 

 

「くっ……! ある国には引き裂きの刑があると聞くが……! 羨ましいぞヒデオ!」

 

「こいつ早くどうにかしてくれカズマ」

 

「それお前の仕事だから」

 

 

 いつもの様に鋭角なボケを振ってくるダクネスに、ヒデオとカズマはなんとか堪えます。まだまだヒデオは抜けません。

 

 

 うんとこしょ、どっこいしょ。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 拮抗状態が続いて10分が経った頃。

 

 

「あぁ……! マズイマズイマズイマズイ! 切れちゃう! 切れちゃうのぉぉぉ!」

 

 

 ヒデオが突然気色の悪い声を上げ、身体を掴んでいる三人の動きを一瞬だけ強ばらせた。

 

 

「だからキモイ声を出すな! 何が切れるんだ!? 尻尾か!?」

 

 

 いち早く気を取り直したカズマが、気持ち悪いとツッコミを入れながら心配するという器用な事をやってのけた。

 

 

「……痛覚麻痺のスキル」

 

 

 ヒデオが発動していた痛覚麻痺スキルの効果が切れそうになっていた。

 気功術のスキルは気を使うが、それ以外のコンバットマスターのスキルは全て魔力を用いる。気の量は群を抜いているヒデオだが、魔力に関してはカズマより少し多いくらいの量だ。従って、今日一日はほとんどコンバットマスターの能動的なスキルは使えない。

 

 

「なんだそのスキル。初耳だ」

 

「だってさっき取ったからな」

 

「……なるほど、前と違って痛がっていなかったのはそのせいか。時にヒデオ。もしスキルが切れたらどうなるのだ? いきなりえも言われぬ激痛に襲われるのか? それともジワジワと痛みが押し寄せてくるのか? どっちなんだヒデオ!」

 

 

 先程のような外部からの影響による強制解除ならば痛みは一気に押し寄せ、それ以外ではジワジワと痛くなっていく。

 しかし、習得したばかりのヒデオはそんなことは知らない。

 

 

「知るか。つーかなんで興味津々なんだよお前は」

 

 

 どうせいつものアレだと呆れた顔でダクネスを見るヒデオだが、思いの外ダクネスは心配しているようで。

 

 

「少しでも痛みを和らげてやろうかと思ったのだが……。これでも苦痛に関しては一家言あるんだぞ?」

 

 

 フフンとドヤ顔でそう言った。

 仲間想いなのは素晴らしいが、性癖の副産物なので決して威張れる事ではない。

 

 

「そうか……あ、あぁあぁ! 痛みが! 来ちゃううぅ! 来ちゃうのぉおおお!!」

 

 

 いかにもダクネスが発しそうなワードだが、実際に発しているのはヒデオだ。気持ちが悪い。

 

 

「お前実は結構余裕あるだろ」

 

 

 ヒデオの奇声を咎めるカズマだが、当のヒデオは気持ちの悪い奇声をあげるので精一杯だ。つまり余裕はある。

 

 

「今の言い方だとやはりジワジワと来る感じなのか!? くっ……! 羨ましい……!」

 

「うるせぇ黙ってろド変態」

 

「んっ……! あ、危ないじゃないかヒデオ! 思わず離すところだったぞ! 時と場所を考えろ!」

 

「お前だけには言われたくねぇ。痛っ!」

 

 

 じんじんと続く痛みに加え、ヒビが入ったような激痛が尻尾に走るので、ヒデオは思わず声を漏らしてしまう。

 しかし、ダクネス程ではないにしろ苦痛には慣れているのか、まだ余裕が見える。

 

 

「まだ耐えれる……が、早く助けてください! こめっこが見てるんです!」

 

 

 こめっこにこれ以上こんな醜態は晒せないと情けなく懇願するヒデオだが、昨日の晩飯時のカズマとの一件で既に手遅れなところまで来ている。それでもこめっこがヒデオへの態度を変えないのは幼さゆえ、そして『このお兄ちゃんはご飯くれる人』との認識が成した結果だろう。

 しかし、そんな事は微塵も知っていないヒデオは気が気でないのだ。

 

 

「こめっこなら今はアクアと遊んでるよ」

 

「そうか、ならいい。……だけど、そろそろ我慢出来そうにないから助けてほしいです」

 

「助けろって言われてもなぁ。シルビアの腕力が思ってたより凄いんだよ。耐えてれば紅魔族来るだろうから我慢しろよ」

 

「我慢出来そうにねぇ。だからさ――」

 

 

 ヒソヒソとシルビアとダクネスに聞こえないように、小さな声でヒデオは作戦を伝える。カズマは聞いていくうちに顔をしかめていったが、数度言葉を交わすと、やがて納得したように頷いた。

 

 

「頼んだぞ」

 

「……よし、任せろ」

 

 

 ヒデオの肩に手を置いて頼もしい返事をすると、カズマは直ぐにこの場から離れてどこかに行ってしまった。

 

 

「あら? あのボウヤは何処に行くのかしら? ……まぁいいわ。これでこっちの厄介なボウヤを……!? さっきより抵抗が強い……!」

 

「両手でしっかりと掴んでいるからな。さっきより力は入れやすい。そう易々と私の仲間はやらんぞ?」

 

「寄越しなさい!」

 

「やらん!」

 

 

 ダクネスはヒデオの両腕を、シルビアはヒデオの尻尾を力いっぱい引っ張り合う。互いの筋力値は拮抗していて、かなり大きな負荷が尻尾にかかる。

 

 より強い力がかかれば当然、より強い激痛が走る。

 

 

「痛い痛い痛い痛い! どっちかでいいから手を緩めろ!」

 

「お嬢ちゃんの方に言ってちょうだい! 折角この物理的に厄介なボウヤの弱点を掴んだのよ! ちょっとでも離すもんですか!」

 

「私もお前を連れ去られるような下手を打つつもりは無い!」

 

 

 ヒデオを挟み、睨み合う二人。

 傍から見れば美女二人が一人の男を取り合っているというなんとも羨ましい光景だが、片や竿付き、片や変態である。

 これを見て羨ましいと思う者は、ただの無知か余程歪んだ性癖の持ち主と言えるだろう。

 

 

「……これがこいつらじゃなけりゃあな」

 

「まさかヒデオ。こちら側に来たりはしないだろうな? お前には寧ろ私をいたぶることに快感を覚えてほしいのだ。まず、破壊衝動を私が一身に受けてだな……」

 

「あーはいはいわかったわかった。わかったから間違ってもこの手を緩めるんじゃねぇぞ。しっかり握っとけよ」

 

 

 ヒデオはダクネスの妄想語りを慣れた様子で軽く流すと、絶対に手を離さないようにと念押す。

 

 

「元よりそのつもりだが……」

 

「ならいい」

 

「……力が入らないはずのその状態で何をする気だ? もしそれがこの状況から脱する方法なら幸いだが、それならなぜ私達に助けを求めたんだ?」

 

 

 自身でなんとか出来るのならなんとかするのがヒデオのはずだと思っていたダクネスは、不思議そうに訪ねた。

 

 

「こうなった場合に対策は考えていたんだが、一人じゃ出来ねぇ。俺を引っ張る係ともう一人、今カズマがやろうとしている係が必要だ」

 

「ふむ、例によってよくわからないが、とりあえずお前達を信じてこのまま離さなければ良いのだな。任せておけ」

 

「ありがとよ。……っ!! そろそろ我慢できそうにねぇな……!!」

 

 

 喋り続けて痛みを誤魔化すのが限界になってきたようで、ヒデオは少しでも痛みを我慢するために歯を食いしばる。

 

 

「お、おい! 任せろとは言ったが、本当に良いのか!? 少しくらい緩めて……」

 

「いい! これでいい! 緩めんな!」

 

「何を企んでるのかは知らないけど、いい加減にこのボウヤを貰うわよ!」

 

「すまないヒデオ! 思いっきり引っ張るぞ!」

 

 

 何かをされる前に奪ってしまえばこっちのものと言わんばかりに、シルビアはさらに力強くヒデオの尻尾を引っ張る。

 ダクネスもそれに負けじと踏ん張り、先程までの比ではない負荷が尻尾にかかる。

 

 

「っぐぅぅう!!!」

 

 

 身がじわじわと引き裂かれる痛みに耐え、尻尾をさすり、ヒデオはじっと時を待つ。

 

 

「ヒデオ、本当に大丈夫か!?」

 

「……ぅっ! き、気にすんな……! 引っ張り続けろ……!」

 

 

 途中何度もダクネスが心配して声をかけるが、ヒデオは耐え続けた。

 

 

「いい加減に寄越し……なさいっ!!」

 

 

 痺れを切らしたシルビアが、反動をつけて思いっきり引っ張ろうとしたその瞬間。

 

 

「!」

 

 

 シルビアの頬を、どこからともなく飛んできた光線が掠めた。

 

 

「……あのボウヤね。なにか企んでるのはわかってたわ! さぁ、策は敗れたようだけど、どうするつもり?」

 

 

 シルビアは飛んできた方角を見ながら大きな声で威嚇。

 すると、狙撃手(カズマ)はそれに大量の狙撃で応えた。

 

 

「ヤケになったのかしら! いくら撃っても当たらなければどうということはないのよ!」

 

 

 しかし、シルビアは次々に飛んでくる狙撃を軽く避けていく。

 その間もしっかりとヒデオの尻尾は離さない。

 

 上に下に右に左に後ろに前に。

 いくら避けても、狙撃が止むことは無かった。

 

 避けても避けても止むことのない狙撃の雨に、ついに。

 

 

「いい加減鬱陶しいわね! そろそろ止めなさいな!」

 

 

 シルビアがキレた。

 

 

 そのついでに。

 

 

「いってぇぇぇぇ!!!」

 

 

 ヒデオの尻尾も切れた。

 

 狙撃で切り込みが入れられ、その状態で強い力に引っ張られてしまった結果、尻尾が裂けた。

 

 

「しまった!(先程までの攻撃は私の意識を逸らすための陽動。相手は人間だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)くっ……! 逃がさないわ!」

 

 

 突然起きた出来事に戸惑うが、瞬時に頭を回転させ、まだ困惑しているであろうヒデオかダクネスを捕まえににかかるシルビア。

 が、時既に遅し。

 

 

「スゲェ痛いが……作戦通りだ!」

 

 

 涙を流しながら攻撃をひょいと躱し、ヒデオはダクネスを抱えてシルビアから距離を取った。

 

 

「何が起こったのかわからないが、とりあえずお前達が企んでいたのはこれか? 尻尾を捨てるとは中々大胆なことを……」

 

「背に腹は変えられねぇからな。自分で言うのもなんだが、俺が魔王軍側についたら人類がやばい。人類、つまりこめっこの為なら尻尾を捨てるのなんて安いもんだ。ちょむすけに尻尾で遊んでやれなくなるのは残念だが……」

 

「惜しむところはそこじゃないと思うのだが……アクアならくっつけられるんじゃないか?」

 

「はっ! その手があったか! ありがとうララティーナ!」

 

「そっちの名で呼ぶなと何度言えば……!」

 

 

 可愛い方の名前で呼ばれぷんすかと怒るが、ヒデオはそんなダクネスを着地させるとすぐにシルビアの所へ向かう。

 

 

「おいシルビア! 俺の尻尾を返してもら……あれ、どっちの手にも持ってねぇな。どこやった?」

 

 

 意気揚々ととんでもないスピードで向かったのはいいが、シルビアとその周りにヒデオの尻尾がある様子はない。

 

 

「……さぁ?」

 

「そのへんに捨てたのか? ……いや、待て。お前、グロウキメラとか言ってたよな。で、その乳は後付けしたって言ったよな」

 

「……そうね」

 

 

 短く答えるシルビアの表情は俯いていてわからないが、自分にとって快い顔では無いことを、ヒデオは真相とともに察していた。

 

 

「じゃあ、それを踏まえてもう一度聞くぞ?

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 ヒデオがそう言うと、シルビアはニタリと口角を上げてくつくつと笑う。

 

 そして。

 

 

「ふふふ……アナタみたいな勘のいいボウヤは好きよ?」

 

 

 まるで嘲笑うように、ゆらゆらと自分のモノになった尻尾を見せびらかした。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「アハハハ! 力が漲って来るわ!」

 

 

 ヒデオ(サイヤ人)の尻尾を吸収したシルビアはしてやったりとばかりにけたけたと高笑う。

 そんなシルビアの高笑いに、憤りを覚える男が一人。

 

 

「よくも俺のチャームポイントを……!」

 

 

 ヒデオである。

 

 いったいどの辺がチャームなのか定かではないが、どうやら彼にとってはそうだったらしい。

 

 

「悪いわねボウヤ。尻尾を吸収しちゃって。欲を言えばあなた自身を取り込みたかったんだけど、まぁ、今からあなたを倒してそうすればいい話よね」

 

 

 サイヤ人の身体能力を得たシルビアは、強化された脚力で地面を砕き、まるで先程カズマごと狙った時の様な動きでヒデオに詰め寄っる。

 

 キメラであるシルビアは、数多の生物の構造と弱点を知り尽くしている。それは人間とて例外でなく、容赦ない殺撃をヒデオの喉元に放つ。

 徒手でも極めれば刃の様に首を刈り、身を裂き、骨を断つことが出来る。ましてやモンスターより脆い人間の身体などいとも容易く壊す事が出来るだろう。

 

 突進の勢いなど諸々を乗せ、鋭い手刀を放つ。

 

 しかし。

 

 

「貰っがフッ!?」

 

 

 ヒデオの首を刎ねるつもりで放った手刀は容易く防御され、呆気なく顔面にカウンターを喰らう。

 相手がサイヤ人だということを忘れてはならない。

 

 

「隙だらがふっ!?」

 

 

 顔面を殴ったはいいが、吹っ飛ぶ反動を利用して蹴りを顔面に喰らってしまった。

 相手が魔王軍幹部だということを忘れてはならない。

 

 

「ぐっ……」

 

「ぬっ……」

 

 

 強い力に押された二人の身体はそのまま慣性に従いズリズリと地面を削っていくが、数メートルの間合いが空いたところで互いに動きを止めた。

 

 

「……効いたぜ。少しな」

 

 

 口の中を切ったヒデオは、血と混ざった唾液をべっと吐き出し、ゴキゴキと首を鳴らして平気そうに振る舞う。

 

 

「……こっちも効いたわ。少しね」

 

 

 凄まじい打撃で骨格を歪まされたシルビアは、骨格を弄って元に戻し、口の端に付いた血を拭う。

 

 

「正直アナタの一部だけでここまで身体能力が上がるとは思わなかったわ。もし全部吸収したなら、とてつもない力が手に入りそうね?」

 

「さぁ、どうだろうな。 仮にそうだとしても、俺を倒せなきゃ机上の空論だぜ?」

 

「確かにそうね。まぁそれはアナタを倒してからじっくり試すとするわ!」

 

 

 再び間合いを詰め、凄まじいラッシュを始めるシルビア。

 ただ乱雑に拳を放っているのではなく、必殺の一撃を放つ隙を探っているようだ。

 しかし、ヒデオが回避に徹するせいでそんな隙は訪れない。

 

 

「そらそらそらそら! どうしたの? 反撃がないようだけど! それとも、返り討ちに合うのが怖いのかしら! とんだ根性無しがいたものね!」

 

 

 回避といなすだけのヒデオが気になったのか、シルビアはわざとラッシュの手を緩め、根性無しとヒデオを煽る。

 

 

「そうか、なら望み通り反撃してやろうか?」

 

「……望んではいないわ」

 

 

 ヒデオの放つ殺気が思っていたより大きかったのか、攻撃の手を止めてさり気なく距離を取るシルビア。

 そんなシルビアにヒデオはニッコリと笑いながらジリジリと詰め寄る。

 

 

「遠慮するな」

 

「嫌よ。危ないから遠距離から攻撃させてもらうわ」

 

 

 ヒデオの不敵な笑みが不気味だったのか、シルビアはバックステップで大きく距離を取った。

 

 

「なんだ? 石でも投げるのか?」

 

「冗談はよしなさい。気付いているんでしょう? アナタの技を私が使える事に」

 

 

 ヒデオの一部であるサイヤ人の尻尾を吸収した。これはグロウキメラ的にはヒデオを吸収したのと同義。なのでヒデオが使う技やスキルを使えたとしても不思議ない。

 ヒデオもそれに気付いていた様で、特に臆することなく軽く返す。

 

 

「あぁ。だからどうした?」

 

「……強がりは真剣勝負の世界では足枷にしかならないわよ? ……はっ!」

 

 

 シルビアが放ったのは、ヒデオもよく使う普通の気弾。ひとまずは能力の小手調べも兼ねているのだろう。そんなに威力はない。

 

 当然、防がれる。

 

 

「……ダクネス、御褒美だ!」

 

「任せろ!」

 

 

 ヒデオはただ防御するだけでは飽き足らず、ダクネスの性欲を解消させるべく彼女の居る方へ気弾を弾いた。

 

 

「……! これは……」

 

 

 シルビアの気弾を受け、何か思うところがあるらしいダクネスは、受けた箇所をしきりに触り、はてと首を傾げた。

 すると、どこか身体に異常をきたしたのではと心配したアクアが、ダクネスに声をかけた。

 

 

「どうしたの? ダクネス。どこか痛いとこでとあるの?」

 

「いや、特にないのだが……」

 

「そうなの?けど、念のため回復魔法かけておいてあげるわね。『ヒール』!」

 

 

 アクアがヒールをかける一方で、その原因を作った二人は再び睨み合っていた。

 

 

「やっぱり防がれるわね。でも、これを見て驚きなさい? はぁぁぁぁ!」

 

 

 シルビアは全く迷いのない流れるような動きで身体にある内なる力を解放し、その全身から可視化した気を放出させた。気の解放である。

 ヒデオはなにか思うところがあるのか、弾いた方の腕をしきりにぐーぱーと閉じたり開いたりしている。

 

 

「……」

 

「ふふふ、怖気付いたかしら? けど、怖がるのはまだ早いわよ! ……カメハメハ!」

 

 

 構えはヒデオの見様見真似だが、それでも突き出された腕は大砲の砲身を想起させ、放たれる光はまるで魔法。

 

 質量を持った光線が、真っ直ぐとヒデオの元へ飛んでいき――

 

 

 

 

 

「かぁっ!!」

 

 

 気合で掻き消された。

 

 

「……へ?」

 

 

 その素っ頓狂な声をあげたのは言わずもがなシルビアだ。

 大ダメージを期待して放った敵の必殺技とも言えるであろう技が、いとも容易く、それも大きな声だけで掻き消されたのだ。

 

 

「拍子抜けとは言わねぇ。この結果はわかってた事だ。シルビア、お前は一つ勘違いをしている。わかるか?」

 

「……いいえ。悔しいけどわからないわ」

 

「そうか。なら教えてやる。お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「えぇ。武器も持っていないただの人間にここまで圧倒されるなんてないもの」

 

「残念だが、それは違うな。()()()()()()()()()()()()()()。そもそもサイヤ人になるだけで最強になれるなら魔王軍なんてとっくに滅ぼしてるし、このパーティーに入ってすらいない」

 

 

 ヒデオの言い方だと誤解を生むが、決してヒデオ単体が強いという意味ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 ヒデオが鍛えただけではここまで強くなっていないし、逆にサイヤ人になっただけで強くなるわけでもない。

 もし初めから世界最強の力を手に入れていたならば、知り合いこそすれパーティーに加入することなど無かっただろう。

 

 シルビアはその事を理解したが、だからどうしたと言うふうに笑ってみせた。

 

 

「……そう、貴方の言い分はわかったわ。でもね!」

 

 

 シルビアは魔王軍幹部。元の強さが並を優に越えていて、もしシルビアが初めからサイヤ人の力を手に入れていれば今のヒデオに勝ち目は無かっただろう。

 

 

「私があなたに勝てない理由にはなっていないわ!」

 

 

 気の解放で身体能力を底上げし、先程よりも凄まじい連撃をヒデオに叩き込んでいく。

 

 流石にこの量をこの距離で回避するのは無理があると、ヒデオは顔を両腕で覆ってガードする。

 吹き飛ばされないように脚に力を込める。

 

 しかし、その踏ん張りも連撃に段々と押し負ける。

 

 

 

「……やったかしら」

 

 

 その時、フラグとして有名なセリフを、つい口走ってしまうシルビア。

 

 

「……連打は終わりか?」

 

「!!」

 

 

 まさか、そんな筈はない。最強ではないにしろ、強化された魔王軍幹部の全力の攻撃を食らって、こんな余裕のある声音が出せるはずがないと、シルビアは戦慄してしまった。

 

 

「効いたぜ。少しな」

 

 

 まるでボスキャラのような圧倒的な存在感を漂わせ、ヒデオは未だ立ち込める砂塵の中から悠々と現れた。

 

 片や疲労困憊の魔王軍幹部と、片や余裕たっぷりのサイヤ人。本来なら逆の立場であるはずなのに、これではどちらが悪かわからない。

 

 

「連打ってのはな、相手を確実に仕留めるよう、一発一発に殺意を込めて放つんだよ」

 

 

 倍率を3倍まで引き上げた不死王拳を発動。

 赤紫の禍々しい気が身体を渦巻く。

 

 

「こんな風にな!!」

 

 

 刹那、その声と共に無理矢理重ねたような鈍く重い音が響いた。

 

 

「がっ……!!」

 

 

 奇跡的な反応で咄嗟にガードするシルビア。

 

 間に合ったおかげで即戦闘不能とはいかないが、それでも一発一発が芯に届く。

 

 絶え間のない拳は、シルビアの身体を容易く浮き上がらせた。

 

 

「ぐっ……!!」

 

 

 咄嗟に『痛覚麻痺』を発動させるシルビアだが、痛みは消せてもダメージは残る。

 

 凄まじい勢いで蓄積されていくダメージと疲労。

 やがて身体が悲鳴をあげる。四肢が疲労に震える。

 それでもガードは崩さない。

 

 しかし、ほんの一瞬、膝が落ちそうになる。

 

 隙と言うにはあまりにも刹那の出来事だった。

 並の動体視力と反射神経をしている者ならまず見逃す。

 

 

 だが、ヒデオはそれを見逃さない。見逃せない。

 最早本能とすら呼べるモノが、素早く、正確に、身体を次の行動へと促した。

 

 

「フッ!!」

 

 

 容赦なく繰り出された脚は、連撃の比ではない迅さで腹に抉り込まれる。

 たった一撃だが、シルビアをその場から蹴り飛ばすには充分すぎる膂力だった。

 

 慣性に従い、肉眼では捉えがたい速度でぶっ飛んで行く。

 

 

「ッッ!?」

 

 

 やがて吹き飛ばされた先で民家の壁を突き破るまで、シルビアは何をされたか理解が追い付かなかった。

 そんなシルビアに。

 

 

「まさか、これで終わりじゃあねぇよな?」

 

 

 ヒデオは、余裕を持った笑みで笑いかけた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 なんで私がこんな目に……!

 弱点を掴んで形勢逆転かと思いきや予想外の行動に出るし、相手の一部を吸収して一泡吹かせようと思ったらボコボコにされた……。

 

 思い返せばこの任務に着いてから良いことなんてなかった。

 紅魔族にはオモチャにされるし、肝心の目的である兵器の尻尾も全然掴めなかった。

 玉砕覚悟で潜入してなんとかバレずに里の中ほどまで行っても、あの忌々しいボウヤが邪魔をしてきた。

 本当に何者なんだ。ランチタイムを邪魔されただとか理不尽な理由で殺そうとしてくるし、変装も見破られた。

 

 ただ一つ言えるとすれば、あのボウヤを連れ帰る、若しくは吸収すれば。魔王軍は更に強固になるだろう。

 

 ……なんとかあのボウヤの隙を付いて、気絶させたり出来ないかしら。

 幸いここは変人の巣窟紅魔の里。例えばこんな民家にも変な物が……。

 

 

「!」

 

 

 突き破ってきた壁の残骸の中に、今まで見たことのない怪しげな物体があった。

 

 色はずっしりとした黒で、全体的に細くて長い。

 

 どんな用途か全くわからないが、本能に引き寄せられるように、私はそれに手を伸ばした。

 

 それを手に取ると、形状から大砲を小型化したような武器なのだろうと推察できた。

 細い方を前にすると、ちょうど指の位置になにかレバーのようなものが来る。恐らくこれで発射するのだろう。

 もしやこれが例の兵器なのではと思っていた、その時だった。

 

 

「家主には悪いけど、出て来ないなら家ごと消し飛ばすしかないな。おいシルビア。そこにいるのはわかってる。出て来ねぇと今言ったように家ごと跡形もなく消し飛ばす」

 

 

 そんな、不吉な声が聞こえてきた。

 

 尻尾を手に入れてから感じていた生命エネルギーの様なものが膨れ上がり、壁の外から光が漏れてくる。

 

 どうやら本当にやるつもりのようだ。このまま何もしないと本当に消し飛ばされて死んでしまうだろう。

 

 ……なら、一か八か。

 

 

 

「……お、出て来たな。まぁ、撃つのは止めんが」

 

 

 頭の横で手を重ねるというおかしな構えをしながら、そんな事を言ってくる。その表情からは余裕が見てとれた。

 幸い、私が持っているこの武器には気付いていないみたいだ。

 

 ……いける。

 

 

「じゃあな、楽しかったぜ。ギャリック……!!」

 

 

 いっそう輝きが強まり、紫色が更に深くなる。だが、ここで怖気付いてはいけない。

 

 

「それはよかったわ。……お礼ついでに、これを喰らいなさい!!」

 

「!!」

 

 

 ジャキン! と小気味のいい音を立てて目の前の敵に狙いを定め、引き金を――

 

 

「あ、あれ!? 何も起きない……!?」

 

「……なんだ、故障か。ビビらせやがって。じゃあ、今度こそサヨナラだ」

 

「……あは、アハハ!! なによこれ! 最期までコケにしやがって! 紅魔族なんて滅んでしまえばいいのよ!! ついでにアクシズ教徒も!」

 

「うちの子達をついでにしないで欲しいんですけど!!」

 

 

 青い髪のプリーストがなにやら言ってくるが、私の耳には届かない。

 すると、見かねたボウヤが。

 

 

「……なんつーか、不憫だな」

 

 

 心底同情するような目で、こちらを見てきた。

 

 

「……そう思うなら、その光を引っ込めて欲しいわ」

 

「そりゃ無理だ。あばよシルビア。ギャリック砲ー!!!」

 

「えっ、ちょ待っ……!」

 

 

 奴はあろう事かノータイムで撃ってきた。

 不憫だと思うなら辞世の句を詠ませる時間くらいくれてもいいのに。

 

 回避しようにももう間に合わず、半ば諦めた状態で投げやりになっていると、とんでもない事が起きた。

 

 

「俺のギャリック砲が……!?」

 

 

 最初に気付いたのは奴だった。

 一体何が起きたのだろうと、視線の先を見ると。

 

 

 ガラクタに光が吸い込まれていた。

 

 

「これは……!? いや、そういう事ね……!」

 

 

 なるほど。これなら撃てなかったのも合点がいく。いくら弦を引っ張っても矢がなければ弓の意味は無い。単純な事だった。

 

 

「シルビア、てめぇ何しやがった!」

 

「私はなにもしてないわよ。けど、これで形勢逆転ね?」

 

 

 ニッコリと笑いながら、引き金を引く。

 

 圧縮されたエネルギーが、砲身から放たれた――!!

 




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