この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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大変お待たせしました。


第五十四話

 

 迫り来る凶弾。

 

 

「(強……! 迅……!

 

 

 

 受け止める!? 無事で!? 出来る!?

 

 

 避……!

 可……! 生……!)」

 

 

 刻まれた一秒の中で、ヒデオは徹底的に無駄を排除した思考で身体を動かした。

 

 

「(2倍不死王拳!!)」

 

 

 深い赤紫の気を纏い、回避を――

 

 

 

 否。

 

 

「避けたら怪我人が出る!」

 

 

 こんな破壊力のバクダンを放置するわけにも流れ弾にするわけにもいかず、ガッシリと両腕で受け止めた。

 

 

「嘘でしょ……!? それ止めるの!?」

 

「元は俺のギャリック砲だしな! 不死王拳適用外なのが功を奏した! だが、かなりしんどい!」

 

 

 ヒデオ自身は堪えているが、踏ん張っている地面が耐えきれずにガリガリと削られる。

 

 

「ぐおぉぉお!! 重い……!!」

 

 

 じんじんびりびりと骨身に伝わる熱さと重さを耐える。

 

 

「うらやま……大丈夫かヒデオ! 私が代わろうか!? というか代わってほしい!」

 

 

 ダクネスがどこからともなくやって来て、ヒデオの背中を押し返しながら意味のわからないことを口走った。

 

 凄まじい勢いのエネルギー弾も流石に筋肉マン二人の膂力は押し切れないのか、それ以上はヒデオ達を後退させることは無かった。

 

 

 

「どいてろ! 逸れたらどうすんだ!」

 

 

 加減が狂ってエネルギー弾がどこかに飛んでいくことを危惧し、不器用なダクネスの剛力を遠慮したが、ダクネスはそんな事を意に介さない。

 

 

「私がその程度止められないとでも言うのか!?」

 

「誰がてめぇの心配してるって言った! こめっことその他大勢の方々の安全を守ってんだよ!」

 

「それこそ私の仕事じゃあないか! というか最近お前達に比べて全く活躍していないからそろそろ活躍の場が欲しい!」

 

 

 直接的な手柄を挙げられないダクネスの言う活躍とは、ベルディア戦の時のようなクルセイダーらしい多数を守るという活躍のことだ。

 

 

「最近……? お前今までに活躍したことあったか?」

 

 

 ヒデオが言う活躍とは、所謂MVPのようなものなので、決してダクネスが無能の役立たずと言っているわけではない。

 しかし、ここに理解の相違が生じ、ダクネスはもしや自分はいらない子と遠まわしに言われているのではと勘違いしてしまった。

 

 

「なっ……! 言っていいことと悪いことがあるだろう! 流石に傷付くぞ!?」

 

「なら具体的に言ってみろよ」

 

「それはほら……あの……バニルの時に……」

 

 

 ダクネスはもにょもにょとハッキリしない物言いで、目を泳がせながらもなんとかヒデオに応えた。

 

 

「確かカズマの話では、お前の神聖耐性のせいでアクアの浄化魔法の効果が充分に発揮できなかったんだってな?」

 

「うっ」

 

 

 ギクリという擬音が聞こえそうな程、わかりやすい表情で言葉をつまらせるダクネス。

 

 

「まぁ確かにその時はそれが最善だったんだろう。そのお陰で俺がバニルと拮抗出来たしな」

 

「そ、そうだろう! 私が居なければ今頃……!」

 

 

 ヒデオが見せた意外なデレに、パァと表情を明るくするダクネスだが、その幻想はすぐにぶち壊されてしまう。

 

 

「まぁ、憑かれたのがお前じゃなけりゃアクアの浄化で一発だったんだがな」

 

「ぐぅ……! だ、だがお前も散々じゃないか! 倒したのは全力を出していないバニル1人! 確か1と0はほぼ同じだとか言っていただろう!」

 

「それはアレだ。俺は普段のクエストで無双してるから。お前らの見てないとこじゃ役立ってるから。依頼スレイヤーのヒデオさんとか呼ばれてるから。そもそもボス級に全勝しろとかそれどんな無理難題かわかってるか? これはゲームでも遊びでもねぇんだぞ?」

 

「ぐぬぬ!!!」

 

 

 完全にヒデオに言い負かされ、悔しそうに歯を食いしばって地団駄を踏むダクネス。

 そんな二人のやり取りを見て、シルビアがポツリと。

 

 

「……これ、今のうちに追撃しちゃダメなのかしら」

 

 

 もっともな意見である。

 しかし、ダクネスと言い争いながらもヒデオはしっかりとシルビアに意識を割いていた。

 

 

「おっとシルビア、見苦しいところを見せちまって悪いな。今このアホみたいな威力の弾をどうやって処理するか考えてるからもうちょっとこの様子を眺めててくれ」

 

「嫌よ。これの使い方は理解したわ。私のエネルギーをチャージして……!」

 

 

 そう言ってシルビアは先程ヒデオのギャリック砲が吸い込まれて言った部分に手をかざし、持ったライフルのような長物に気を送り始めた、その時だった。

 

 

 

 

 ぱきっ。

 

 何か硬いものが折れる音が、シルビアの手元から虚しく響いた。

 

 

「……嘘でしょ」

 

 

 砲身の根元でぽっきりと折れた魔道具を眺めながら、シルビアはがくりと肩を落とす。

 そんな様子を見て、邪な笑みを浮かべる男がひとり。

 

 

「お、ぶっ壊れたのか? そいつはラッキーだ」

 

 

 ヒデオである。

 心底腹が立つニヤケ顔を晒しながら、嘲笑うようにそう言った。

 

 

「ぐっ……まだよ! その弾にはたしてあなたは打ち勝てるかしら!」

 

 

 シルビアが悔し紛れにそう言うと、ヒデオは更に深く邪な笑みを浮かべ、不死王拳を四倍まで引き上げた。

 

 

「ばっ!!」

 

 

 そして、更に強い気功波でエネルギー弾を彼方へと弾き飛ばした。

 

 

「……嘘でしょ」

 

「あぁ、勿体ない……」

 

 

 愕然とするシルビアと、何故か口惜しそうに彼方を眺めるダクネス。

 

 

「何言ってんだ。さっきは避けれる距離じゃなかったから仕方なく受け止めたが、敵の攻撃をポンポン受け止めるわけねーだろ。今度からはあのレベルの攻撃は避けるか弾くかするから後は任せるぞ」

 

「よし任せろ! 望むところだ!」

 

 

 ふんすふんすと滾るダクネスに不安を覚えながらも、ヒデオはシルビアを見据えて身構えた。

 

 

「(ひとまずぶっ壊れてくれたのは助かった。何発も撃たれたら流石に無理だ。さて、どうするか……くっそ、さっきだって下手してたら死んでたのに何でこんなにワクワクしてんだ。こめっこが見てんだぞ、しっかりしろ)」

 

 

 緊迫する状況とは裏腹に、ヒデオの頭の中はワクワクでいっぱいになっており、ダクネスのことを言えない状況になっていた。

 

 ヒデオの顔がニヤニヤしているのをこめっこが気付き、隣にいためぐみんに尋ねた。

 

 

「姉ちゃん。ヒデオ兄ちゃんはなんでにやけてるの?」

 

「ヒデオはああいう人なのですよ。なんでも、戦闘民族の血を引いているらしいです」

 

「ふーん。なんかカッコいいね!」

 

「それは本人に言ってあげてください。とても喜ぶと思うので」

 

 

 めぐみんがそう言うと、こめっこは。

 

 

「わかった! ヒデオ兄ちゃーん! カッコイイよ! 頑張ってね!」

 

 

 とても可愛らしい満面の笑みでそう言った。

 

 

 この屈託のない笑顔により。

 

 

「アッ……」

 

 

 ヒデオが息絶え。

 

 

「……息をしてない」

 

 

 ダクネスがヒデオの死に驚愕し。

 

 

「いい笑顔ね、おチビちゃん」

 

 

 シルビアが魔性の笑顔に関心した。

 

 

「いやいやいや! いくら私の妹が可愛いと言っても、笑顔で人が死ぬはずが無いでしょう! 起きてくださいヒデオ!」

 

「……」

 

 

 めぐみんのツッコミを伴った呼び掛けに、ヒデオのへんじはない。ただのしかばねのようだ。

 

 

「おいヒデオ。こめっこが可愛いのはわかるが、今は戦闘中だ。あ、あとで私がなんでも言うことを聞いてやるから起きてくれ!」

 

 

 ダクネスが顔を赤らめてもじもじしながら呼び掛けるが、へんじはない。ただのしかばねのようだ。

 

 

「むぅ……。仕方ないですね。こめっこ、お願いします」

 

「わかった! ヒデオ兄ちゃーん! おーきーてー!」

 

 

 先程よりも大きな声で、なかなか起きてこない兄を起こすような妹さながらに、こめっこはヒデオに呼び掛けた。

 

 

「っしゃあ! オカマでも魔王でもなんでも来いやぁ!!」

 

 

 へんじがはやい。ただのろりこんのようだ。

 

 

「……ヒデオ、本当にこめっこの呼び掛けで起きたのだな?」

 

 

 何かを確認するように、ダクネスがコキコキと首を鳴らしているヒデオに問いかけた。

 

 

「当たり前だろ。こめっこの目の前で欲望に忠実な俺の姿なんて見せられん。悩んだけどな」

 

「そうか。ならよかっ……ん? お前今なんて」

 

「さぁてシルビア! 茶番はここまでだ! 本気で行くぞ!」

 

「あ! 待て!」

 

 

 ダクネスの制止を無視し、ヒデオはシルビアに突貫していく。

 

 

「この……!」

 

 

 猛スピードで突っ込んでくるヒデオに気弾を放っていくシルビアだが、悉くを弾かれ、いなされ、避けられてしまう。

 

 

「ちょこまかと……!」

 

 

 全く止まる気配のないヒデオに対し、そうごちる。

 

 

「頼みの綱が切れたな! 死に晒せ!」

 

 

 頭部を刈り取らんと、柔らかく、それでいて鋭く右脚をしならせる。

 突進の勢いを乗せ、加速に次ぐ加速。

 嫌な風切り音を携え、空間を切り裂かんばかりの蹴撃はシルビアの首筋に吸い込まれていく。

 音速程ではないが、既に目で追える速度ではなくなっていて、避けることは難しいだろう。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

「かかったわね! その脚、砕いてあげる!」

 

 

 シルビアはこれを待っていた。自分の力だけで足りないのなら、相手の力も利用するまで。

 

 魔導ライフルだったものの砲身部分を鉄パイプさながらに、繰り出されたスネに叩きつける。

 

 鈍い金属音があたりに響いた。

 

 

「っ!! いってぇなぁ!」

 

 

 金属製の部分を全力でぶつけられたが、骨折には至らなかった。

 

 

「嘘でしょ!? 確実に脚を砕いたと思ったのに! あなた、ホントに人間!?」

 

 

 もしや人型を限りなく模したゴーレムなのではと淡い期待を抱くシルビアだが、残念ながら分類上は生物であり人間である。

 

 

「俺はただのサイヤ人だ」

 

「……そう。聞いたことないけれど、どこかの僻地の戦闘民族だったりするのかしら」

 

「大体あってる。今のところ多分俺しか居ないがな」

 

「それを聞いて安心したわ。あなたみたいなのに何人も居られると流石にどうしようもないもの」

 

 

 紅魔族とアクシズ教だけでも魔王軍にとってかなりの脅威だというのに、戦闘力でその二つに匹敵する厄介な民族などに蔓延られていてはたまったものではない。

 

 

「さて、そろそろ紅魔族が戻ってくるが、お前はそんなにのんびりしてて大丈夫なのか? 俺ひとりに手を焼いてるのに、紅魔族が来たら手をつけられねぇだろ。何を企んでる?」

 

 

 返答次第では即座に仕掛けるつもりで、ヒデオは不死王拳を発動する。

 肌がピリつき、呑み込まれるような空気がヒデオから発せられる。

 

 

「……それを待っているのかもしれないわよ?」

 

 

 不敵に笑いながらも、緊迫した空気にシルビアの身体はおのずと構えをとった。

 

 互いに相手の隙を探り、じわじわと距離を詰めていく。

 

 一縷の隙も許されない緊迫した状況の中、シルビアは先程と同じ様にヒデオにカウンターを合わせる心づもりでいた。

 

 ヒデオの一挙一動を注意深く観察し、仕掛けてくる瞬間を今か今かとシルビアが待ち構えていると。

 

 

「あっ」

 

「えっ」

 

 

 ヒデオが足をもつれさせ、ぐらりと体勢を崩した。

 この強敵がそんな凡ミスを犯すはずが無いと心のどこかで括っていたシルビアは、ほんの一瞬気が抜けた。

 

 

 

 

 

 その一瞬が命取り。

 

 

「だッ!!」

 

 

 不死王拳の効果で、先程より数段疾く突貫していくヒデオ。

 数段鋭くなった蹴りを、首を切り離す勢いで放つ。

 

 

「(油断した! いや、()()()()()! このボウヤ、戦い慣れてる……!)」

 

 

 してやられたと歯噛みするシルビアだが、僅かばかりに取り込まれたサイヤ人の細胞は、シルビアが屈する事を許さなかった。

 

 

「ぁぁああっ!!」

 

 

 喉の奥から絞り出したような雄叫びをあげ、殺意に満ち溢れた蹴りを鉄パイプで迎え撃つ。

 

 完璧な角度、完璧なタイミングでのカウンター。当たれば大ダメージだろう。

 

 

 

 そう、()()()()

 

 

 ぶおん。

 

 

 先程のような鈍い金属音は響かず、虚しく空振る音だけが聞こえた。

 

 

 ヒデオが居たハズの場所には。

 

 

「残……像……!?」

 

 

 べろべろばーと舌を出したヒデオの残像が、うっすらと消えていった。

 

 

 そして。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 ヒデオの無慈悲な鉄拳が、シルビアの背後から叩き込まれた――!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 紅魔の里の中心に位置する物見やぐらにて、怪しげに遠くを眺める男が一人。

 

 

「……何であいつ金属の塊と打ち合って無事なんだよ。ダクネスかあいつは。……いや、ダクネスの場合攻撃当たんねーし打ち合いではないな」

 

 

 カズマである。

 

 先程ヒデオの尻尾を狙撃した場所から、千里眼スキルを用いてシルビアとヒデオの死闘を眺めていた。

 

 

「うまいこと尻尾を切ったのはいいけど、やっぱり取り込まれちまったなぁ。大事には至ってないが、長引くと厄介な事になるかもしれないな」

 

 

 こういうのは大体馴染むのに時間がかかる、若しくはヒデオの一部を更に取り込むことでもっと強くなると、カズマは予想立てた。

 

 

「出来ればこのままヒデオが圧倒してくれるといいんだけど、いつものパターンでそう上手く行きそうにないだろうし……ん? 段々と敵感知にあった残党の反応が消えていってるな。紅魔の人達が戻ってくるのも時間の問題か。いよいよ負けそうにないが、この拭いきれない不安はなんだ……?」

 

 

 今までの経験則から、カズマはこの順調に行き過ぎている現状を不安に思っていた。

 

 

「ヒデオの指示通りの仕事はしたが、戻りたくねぇ……」

 

 

 カズマがそう嘆いていると。

 

 

「おや、カズマ君じゃないか! そんな所で何をしてるんだ?」

 

 

 なにやら下の方からカズマを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「この声は……ぶっころりーか?」

 

「そうとも! 昨日ぶりだね! して、何をしているんだい?」

 

「ちょっと頼まれ事があってな。ぶっころりーこそ、こんな所でどうした? 大人の紅魔族は残党狩りに出掛けたはずだろ?」

 

 

 そそくさとやぐらから降りて、カズマはそう尋ねた。

 

 

「あぁ、それはもう終わったよ。今は皆休憩してるよ」

 

「なるほど……。今ヒデオがシルビアと戦ってるんだが、それの支援には行けそうか?」

 

「お安い御用さ。というか既に何人か向かってると思うよ。『ヒデオ君は空飛べるし手からビーム撃てる』って言ったらすっ飛んで行っちゃってね」

 

「そりゃ助かる。いよいよ俺が行かなくてもげぶっ!」

 

 

 ぶっころりーの話を聞いて更に戻る気が無くなったカズマに、まるで天罰を下すように空から降ってきた何かが直撃した。

 

 もしや飛行船から落ちてきた美少女なのではと頭を混乱させたカズマだが。

 

 

「あー……痛ぇ……。油断した……」

 

 

 空から降って来たのは美少女ではなくゴリラでした。

 

 

「あれ、ヒデオ君じゃないか。シルビアと戦ってたんじゃ?」

 

「ん? あぁ、ぶっころか。見事に隙を突かれてぶっ飛ばされた。流石魔王軍幹部と言うべきか、流石サイヤ人と言うべきか……。そういやカズマの気を感じたが、どこにいるんだ?」

 

 

 きょろきょろとあたりを見渡してカズマを探すヒデオだが、当然見つからない。

 

 

「……下だよコノヤロウ。重いからどいて欲しい」

 

「あ、スマン。怪我はないか?」

 

 

 そう言って咄嗟に立ち上がると、カズマの腕を掴んで引っ張りあげる。

 

 

「怪我してるって言ったら戦線離脱させてくれるか?」

 

「んなわけねーだろ甘えんな」

 

「だよなぁ。……で、なんでぶっ飛ばされた? いくらサイヤ人の細胞がシルビアに取り込まれてるとは言え、力勝負でお前が負けるか?」

 

 

 パンパンと土埃を払いながら、カズマはヒデオにそう尋ねる。ステータス的にも、ヒデオにパワーで拮抗できるのはバニルかダクネスくらいのものだろう。そのヒデオが何故、シルビアにぶっ飛ばされてきたのか。

 

 

「力の押し合いだけなら負けねぇよ。普段はな。今回は事情が違う。俺が今までやってきたことをそのままやられた気分だ」

 

 

 言葉こそ悔しそうに言うが、ヒデオの顔はにやにやと収まりがつかない顔をしていて、緊張感などあったものでは無い。

 

 

「どういう事だ?」

 

「端的に言うぞ。インファイトでの気功術が使えなくなった。そのせいで防御も踏ん張りもあったもんじゃねぇ。もちろんこっちの攻撃も効果が薄い。お前も見てたろ? あの吸収する魔道具」

 

「いや、見てたけどぶっ壊れてなかったか?」

 

「壊れた。だが、シルビアが吸収する部分を吸収しちまって復活しやがった。後はわかるな?」

 

 

 時間にして数十秒、カズマがぶっころりーと会話を交わしている間に起きた事だ。カズマが知らないのも当然だ。

 

 

「なるほど。つまりお前の気を伴った攻撃はダメージを与えるどころか敵の力になるってことか」

 

「おう」

 

 

 補足すると、魔道具の吸収速度が尋常でなく、ヒデオが身体能力向上のために身に纏っていた気はおろか舞空術に用いる気すらも吸収してしまい、結果無防備となったヒデオが強化されたシルビアの一撃でぶっ飛ばされてきたのだ。

 

 

「なんてこった。攻撃のできないヒデオとかただの肉ダルマじゃねぇか。なんとかしろよな」

 

「よーし、いいことを思いついたぞ。テメェを全力でぶつければ色んな意味で一石二鳥だ」

 

 

 逃がさないとばかりにカズマの首根っこをガッシリと掴み、投げるつもりなのかゆらゆらと振り子のように揺れ出すヒデオ。

 

 

「命は大切にしろ! え、ちょ、ほんとにやめて! やめ……やめろよ!!」

 

「……ちっ。それにしても、どうするかな。サイヤ人の身体能力だけで戦うと決定打に欠けるし……。カズマ、ぶっころ。何かいい案ないか?」

 

 

 引っ掴んでいたカズマの首根っこを悔しそうな顔で開放しながら、ヒデオは二人にそう尋ねた。

 

 

「舌打ちしてんじゃねぇぞ。……んー、何かって言われてもなぁ。つーかお前、こめっこから離れていいのか?」

 

「ダクネスいるし、残党狩りを終えた紅魔族が数人来たから少しくらいは持つだろ。まぁシルビアがこめっこに近付いたら全速で戻るが」

 

「そうか。……ん? あの魔道具って気を吸収したんだよな?」

 

 

 なにか気になることがあるのか、カズマは事の発端となった魔道具の仔細について尋ねた。

 

 

「あぁ。そのせいで手を焼いてる」

 

「魔法、魔力も吸い取るとは考えられねぇか? ほら、この世界って魔法が基本だし、充分ありえるだろ」

 

「なるほど。だとしたらまずいな。まともな攻撃手段が純粋な物理しかねぇぞ」

 

 

 ヒデオの格闘術、アクアのゴッドブロー、ダクネスの当てられない剣術、カズマのひ弱な攻撃。どれも魔王軍幹部に対しての決定打にはなり得ないだろう。

 

 

「それは困るな。紅魔族から魔法をとっちゃったらカッコイイ口上しか残らないじゃないか」

 

「なら早く戻った方がいいな。ぶっころの言う通り、魔法を使えない紅魔族なんてただの変人の集まりだ。つまりほぼアクシズ教徒だな」

 

 

 アクシズ教徒≒紅魔族。なんともおぞましい図式である。

 

 

「というかさっきからシルビアの気が動いてない。なにか企んでるなあのオカマ。戻るか」

 

「おう。いてらー」

 

 

 ヒデオを見送るように手を振って送り出そうとするカズマだが。

 

 

「何言ってんだ。頼んでた事はもう終えたろ。戻るぞ」

 

 

 当然ヒデオにお米様だっこでぶっころりーもろとも担がれる。

 

 

「いやだ! なんでわざわざ死地に赴かなきゃいけねぇんだよ! 安全なところから狙撃だけさせてくれよ!」

 

「男ふたりを軽々と。只者じゃないね」

 

 

 じたばたと必死に抵抗するカズマとは打って変わって特に驚いた様子もなく淡々とヒデオの怪力にコメントするぶっころりー。

 

 

 今のヒデオが本気で戦う以上、少なくとも紅魔の里内に安全な場所など無いに等しいのだが、カズマは断固として動こうとしなかった。

 

 しかし、ヒデオはこなれた様子で。

 

 

「よしわかった。お前はここに残れ。これからのシルビアの攻撃を全部お前の方に弾くがな」

 

「何やってんだ早く行くぞコノヤロウ!」

 

  「恐ろしく早い手のひら返し。俺でなきゃ見逃しちゃうね」

 

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 

 ヒデオが吹き飛ばされて少し後。

 

 

「なんだアレ凄いな! 魔法が吸われるぞ!」

 

「もしかしてアレが魔術師殺しを倒したと言われる伝説の兵器なのか!? なんてこった! 吸収されて改造人間っぽくてカッコイイぞ! 肩甲骨どうしの間にあるのもバランスが良くてポイント高い!」

 

「うちの物干し竿の一部にすごく似てるなぁ」

 

 

 呑気な感想を述べながら、シルビアの周りを数人の紅魔族が取り囲む。流石は戦いなれしている紅魔族なだけあってか、無闇矢鱈に魔法を使おうとしない。そのせいで。

 

 

「くっ……! ちょこまかと! ほら! もっと撃ってきなさいな!」

 

 

 シルビアは焦っていた。運良く油断を突いて吹き飛ばせたとはいえ、大したダメージは与えられていない。新たな対策を抱えてやってくるだろう。それまでに、なんとか強い一撃を放てるようになっておかなければならないのだ。

 

 

 そんなシルビアの様子を、アクア達は少し離れた場所からダクネスの肩越しに眺めていた。

 

 

「ねぇめぐみん。紅魔族の人達が来たのはいいけど、これ結構危なくない? ヒデオは吸い取られないように気を抑えたらあっけなく吹っ飛ばされちゃったし、カズマさんだって戻ってこないわ。これは早めに逃げた方がいいんじゃないかしら」

 

「何を言うのですか。こめっこが居る以上、ヒデオは必ずここに戻ってきます。大方今はついでにカズマを連れてこようと奔走してるんでしょう」

 

 

 めぐみんはそう言うが、アクアは納得がいかないようで訝しげな表情を浮かべて。

 

 

「カズマさんが戻って来ても大した戦力アップにならないと思うんですけど……。というか、めぐみんはいつもなら『魔法を吸収? いいでしょう。吸収しきれないほどの大魔法をぶち込んでやります』とか言って、カズマさんやヒデオの制止も聞かずにノータイムで爆裂魔法を撃つはずよね? どうしたの? 悪いものでも食べた? ヒールかけてあげよっか?」

 

 

 めぐみんの体調が優れていないと思ったのか、ぺたぺたと身体を触り出してそんな事を言うアクア。

 しかし、めぐみんは優しくアクアを払い除けると。

 

 

「必要ありません。それに、物事にはタイミングというものがあります。今は爆裂魔法を撃つタイミングではないということです。ヒデオに気も貰っていませんし」

 

 

 淡々と冷静に、アクアにもわかるような口調で見解を述べた。

 

 

「そういうものなのね。でもよかったわ。もし勝手に撃たせたりしちゃってたら一番頼りになる私が責任を負うハメになってヒデオとカズマさんに怒られちゃうもの」

 

「色々と言いたい事はありますが、そういう事です。なので、二人が来るまで待っていましょう」

 

 

 めぐみんがそう言うと。

 

 

「きゃあ! ……あれ、カズマさんじゃない。急に降ってくるなんてどうしたの?」

 

 

 アクアの上からカズマが降ってきた。

 

 

「痛ぇ……。全部ヒデオのせいだよ! アイツあとで酷い目に遭わせてやる!」

 

「返り討ちに遭う結果しか想像できないんですけど……。というか、肝心のヒデオは?」

 

「もうシルビアと戦ってるよ。それにしても凄いスキルと戦闘能力だね」

 

 

 カズマと一緒に落とされたものの、カズマとは違い綺麗に着地したぶっころりーがそう答える。

 視線の先では、言葉通りヒデオとシルビアが激しい戦いを繰り広げていた。

 

 

「オラオラオラオラァ! どうしたどうした!」

 

「その程度効かないわよ! 私に致命打を与えたいなら気を解放なさい!」

 

「して欲しいならそのブツを寄越せ!」

 

 

 ぐいと手を伸ばしてブツをシルビアから引き剥がそうとするが、この距離では気の解放も舞空術も使えないのでなかなか引き剥がせない。

 

 

「しつこいわよ! 痛いし! せいっ!」

 

「うおっ!」

 

「このまま叩きつけてあげるわ!」

 

「じゃあいらね」

 

 

 無防備な状態でこの怪力に叩きつけられるのは不味いと、ヒデオはシルビアの背中から手を離し、そのまま慣性に従って飛んでいく。

 

 

「この距離なら……舞空術」

 

 

 危うく彼方に吹き飛ばされる所だったが、舞空術のお陰でピタッと止まる。

 

 

「……なかなかしぶといわね」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 

 距離を空け、睨み合う両者。緊迫した空気が広がる。

 

 

 そんな二人を傍から眺めていたカズマが、ボソリと。

 

 

「なぁアクア、実際のところヒデオの体調はどうなんだ?」

 

 

 突然そんな事をアクアに問うた。パーティーメンバーのコンディションを把握しておくのはリーダーとして必然の事なので、この質問も何ら不思議ない。

 

 決して暇だから話題を探していた訳では無い。

 

 

「万全よ。普通に戦う分にはね。けど、ヒデオは無茶する事を躊躇しないから、あてにはならないわ。相手だって魔王軍の幹部だし、今回も無茶するんでしょうね。全く、治す身にもなって欲しいわ。まぁ女神たる私に治せない怪我なんてないんですけど」

 

「文句言ってる割には随分と優しい顔してんな」

 

「だってヒデオほど私を頼ってくれる人はなかなかいないもの。これも私の女神オーラがなせる技ね」

 

「……そうか。よかったな」

 

 

 いいように使われてるだけなのではと思うカズマだったが、それを口にすることはなかった。

 

 

「……で、万全の筈のヒデオが手こずってるんだが、それについてはどう思う?」

 

 

 カズマは先程よりも数段真剣な表情に切り替え、アクアにそう尋ねた。アクアはカズマの放つ真面目な雰囲気を察したのか、顔を引き締めると。

 

 

「……頑張ってもらうしかないわ」

 

 

 至って真剣にそう言った。

 

 

「だな。頑張れヒデオ!」

 

「応援してるわよ!」

 

 

 自分達に出来るのはこれしかないと、これみよがしに大きな声で声援を送るカズマとアクア。

 

 

「応援じゃなくてなんか策を考え――危なっ! おいシルビア! 人が話してる最中に攻撃すんのはマナー違反だろ!」

 

 

 前と後ろに忙しなく文句を垂れるヒデオだが前者はともかくとして後者はヒデオが言えたことではない。

 

 

「あなたに言われたくないわ! それに、戦闘中に意識を逸らす方がマナー違反だと思うのだけれど!」

 

「ぐうの音もでねぇ!」

 

 

 シルビアの正論で完膚無きまでに論破され、悔しそうにしながらヒデオは後退していく。

 

 

「こっちに来るなヒデオ。シルビアもこっちに来るだろうが」

 

「……シルビア、ちょっとタイム!」

 

「認めるわ」

 

「悪いな」

 

 

 シルビアに短く礼を言うと、ヒデオはくるりとカズマの方に向き直った。

 

 

「色々言いたいことはあるが、ちょっとは戦おうとする素振りを見せやがれこのおたんこなすが!」

 

 

 けたたましく怒鳴るヒデオに、カズマは呆れた様子で返事を返す。

 

 

「あのなぁ、一介の最弱職に過ぎない俺がサイヤ人の戦いに割って入れると思うか?」

 

「割って入れとは言ってねぇよ。なんか考えろってさっきから言ってんだろ! いつもみたく狡い作戦の一つや二つくらいあるだろ!」

 

「そうカッカすんな。超サイヤ人になっちまうぞ」

 

「なれるもんならとっくになってるわ!」

 

 

 呑気な発言に憤慨するヒデオだが、当のカズマは特に気にした様子もない。

 

 

「あ、そうだ。このままお前をブチ切れさせたらいいんじゃないか?」

 

「その場合怒りの矛先はお前だからな。覚悟しとけよ」

 

「真顔で言うのはやめろ。めちゃくちゃ怖い。……これはフラッシュアイディアなんだが、さっきの提案へのレスポンスとして――」

 

 

 なにか思いついたらしいカズマは、くるくると手でろくろを回しながら意識高く語り出す。

 傍から聞いていたアクアやめぐみんはカズマの紡ぐ単語の意味が全く理解出来なかった。二人がはてなと首を傾げる中、ヒデオだけが真剣な眼差しでカズマの作戦を聞いていた――。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ヒデオは作戦を聞き終えると、再びシルビアに突貫していった。今も激しい戦闘が続いている。その轟音を聞きつけてか、更に数人の紅魔族が冷やかしにやって来た。折角来て見るだけというのも味気ないので、彼らにも作戦に加わってもらうことにした。

 

 

「――という事だダクネス。わかったか?」

 

「任せてくれ。必ず役に立ってみせる」

 

 

 凛々しくそう言うダクネスだが、顔は何故かほころびそうになっていて、それを必死に抑えているのが見て取れる。頬も紅く染まっていて、まるでなにかに性的興奮を覚えている時のようだ。

 下手に刺激すると面倒くさいので、放っておくのが吉だ。

 

 

「カズマ、私は本当に何もしなくてもいいのですか? 相手にエネルギーを溜めるという点では爆裂魔法は最適解だと思うのですが」

 

「あぁ。お前とアクアは言ったこと以外は何もするな。マジで」

 

「…………わかりました」

 

「おい、今の間はなんだ。今回ばかりはフリじゃねぇからな。下手をうつと俺とダクネスとヒデオが死ぬから。真面目にやってくれ」

 

 

 めぐみんを諌めるためこう言ってはいるが、ダクネスとヒデオは耐久力が高いので、俺だけが死ぬ確率の方が高いだろう。自分で提案しておいてなんだが、我ながら無謀な作戦だと思う。

 

 今からでも中止に出来ないかと考えを巡らせていると、伝令に走らせていたアクアが。

 

 

「カズマさーん! こっちの準備は終わったわよー!」

 

 

 大きな声でそう伝えてきた。その周りでは紅魔族が数人、今か今かとその時を待っている。

 

 

「……そうだ。失敗したら全部ヒデオのせいにしよう。元はと言えばアイツが尻尾を掴まれるから悪いんだ。俺は悪くない俺は悪くない……よし!」

 

「ヒデオが尻尾を掴まれたのはカズマを助けようとしたせいだと思うのですが……」

 

「あーあー聞こえない聞こえない!! 俺は悪くない!」

 

 

 めぐみんがなにか隣でボヤいているが、俺には聞こえない。ちょっと罪悪感が出て来たが気のせいだ。

 

 

「気を取り直して。……第一班! ヒデオ諸共撃てぇ!」

 

 

 待機していた紅魔族達に指示を出すと、各々思い思いの魔法を存分に放ち始める。

 

 

「『トルネード』!」

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 

 放たれた魔法はそのどれもが殺意に満ち溢れていて、当たればタダでは済まないだろう。しかし、シルビアが身体に取り込んだ件の魔道具にすべて吸い込まれてしまう。

 

 

「……急にどうしたの? さっきまであれほど魔法を使わせようとしなかったのに。どういう風の吹き回しかしら? 私を強くしてどうする気?」

 

 

 今までと違い容赦なく魔法を使ってきた事を疑問に思ったのか、シルビアは誰に言うでもなく、そう言った。

 

 

「言う義理はねぇ。死ね!」

 

 

 そんなシルビアに口汚く蹴りを放つヒデオだが、舞空術でひらりと避けられてしまう。

 

 

「危ないわね。口が悪い子にはお仕置きよ!」

 

「ぐっ……! 」

 

 

 はじめの方は気功術を使えなくとも機転と身体能力でなんとかやりくりできていたヒデオだが、シルビアがそれに慣れてしまい、今はもう防戦一方だ。偶に出す反撃も先程のように防がれ、最早勝ち目はない。

 

 

「さっき蹴ってくれたお返しよ!」

 

「がっ……!」

 

 

 シルビアの蹴りがヒデオの腹部にめり込み、身体はなす術なく蹴り上げられる。

 

 

 そして。

 

 

「喰らいなさい! カメハメハ!」

 

 

 容赦のない追い討ちが、生身のヒデオに直撃した。

 

 

「あはははは! どうかしら! 自分の技の味は!」

 

 

 どさりと糸が切れた吊り人形のように力なく地面に墜落したヒデオに勝ち誇る。溜まっていた鬱憤が晴らせたような清々しい顔で、けたけたと高笑いするシルビア。

 

 しかし、直撃はしたものの大したダメージにはなっていないようで、ヒデオはむくりと立ち上がった。表情はこちらを向いていないのでわからないが、纏う気が荒々しくなっているように感じた。

 

 

「ぺっ。……大した事ねぇな。こんなん効きやしねぇよ。かめはめ波ってのはな……」

 

 

 こめっこの前で無様な醜態を晒したからなのか、かめはめ波を真似されたからなのかわからないが、ヒデオは確実に――。

 

 

「こうやるんだよ!! 波ァァーー!!」

 

 

 怒っていた。

 

 しかし、幾ら怒れど今のシルビアに半端な気功波は効かない。

 

 

「遂に観念して使ったわね! けど無駄よ! おいしくいただくわ!」

 

 

 シルビアは避ける事も跳ね返すこともせず、ただその場で受け止め、ヒデオのかめはめ波を魔道具に吸収させた。

 

 

「やっぱ無理か。なら……不死王拳3倍」

 

 

 呆気なく吸収された自分の攻撃を悔しがることも無く、間髪入れずに追撃へと向かった。

 

 

「何をしても無駄よ! 全て私のエネルギーとなるのだから!」

 

「足りねぇ……! もっと、もっとだ! 魔法を撃て!!」

 

 

 シルビアを追いやりながら、ヒデオは紅魔族達に援護を要請する。それに応じて魔法が次々と飛んでくるが、悉くが吸い込まれてしまう。

 

 

「だりゃあ!!」

 

「ッ! ……いい蹴りね! 当たってたら血が出ちゃいそうね!」

 

 

 気は吸収されるが、突き出した四肢に乗った慣性までは吸収されない。ヒデオはそれを利用して凄まじい打撃を振るうが、ひらりひらりと躱されてしまう。

 

 

「アハハ! まだいける、まだイケるわ! 何をとち狂ったのか知らないけど、もっと私にちょうだいな!」

 

 

 シルビアはけたけたと再び高笑う。不快な笑い声が耳に響く。どうやら俺達がヤケになったと思ったらしく、自分の勝ちを確信したようだ。

 

 

「……ゲラゲラうるせぇんだよ。エネルギーはとうに溜まったろ。さっさと撃ってこい。どうせお前のヘナチョコなかめはめ波なんざカズマにすら効かねぇんだよ。その程度のしょぼいモンをいつまでも出し渋ってんじゃねぇぞ雑魚が」

 

 

 笑い声を遮り、こいこいと手招きしながら、ヒデオはシルビアを口汚く挑発しはじめた。

 

 

「ふん、その雑魚にしてやられてたのはどなただったかしら?」

 

 

 シルビアも負けじと皮肉を込めて返すが、日本のインターネット社会で鍛えられたヒデオに、その程度効くはずもなく、呆気なくスルーされた。

 

 

「手加減されてたことすらわかんねぇのかよ。お前本当に魔王軍幹部か? それとも魔王軍ってのは幹部でもこのレベルなのか? ハッ、拍子抜けだな」

 

 

 誇りを踏みにじられ、仲間をバカにされ、鼻で笑われて。シルビアは遂に――。

 

 

「たかが人間風情が減らず口を……! いいわ! そこまで言うのなら、受けてみなさい!!」

 

 

 キレた。

 もしや超サイヤ人になるのではと危惧したが、ヒデオが言うにはまだその域に達していない上に、シルビアはサイヤ人の細胞を持っていてもサイヤ人ではないとの事だ。正直よくわからんが、作戦に支障がないのなら良しとした。

 そして今は、ヒデオがシルビアを挑発したおかげで、作戦の八割が完了している。

 

 

「受け止められるものなら受け止めてみなさい! 消し飛ぶのがオチでしょうけどね!」

 

 

 シルビアはエネルギーを無理矢理圧縮させると、高密度の黒いエネルギー弾を右の人差し指に浮かべ、スイーと宙に昇っていった。まるでデスボールを持ったフリーザだ。

 

 

「死になさい! この里ごと消し飛ばしてあげるわ!!」

 

 

 おおきく振りかぶり、今まさにその凶弾をヒデオに向けて撃ち降ろす――

 

 

 

 

 

「但し! あの弱っちいボウヤ達からね!!」

 

 

 事はせずに、俺の方ににぶん投げてきた――!!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 今度はカズマ達に迫る凶弾。

 

 

「嘘だろぉぉぉ!!」

 

 

 カズマの悲痛な叫びが轟くが、叫んだところでなにかが変わるわけではない。

 

 

「おい、そんなのカズマが耐えれる代物じゃねぇだろ! 煽ったのは俺だぞ!」

 

「アハハ! もう遅いわ! アナタだって私の部下達を真っ先に殺したのだから、文句は言えないはずよ! ざまぁみなさい!」

 

 

 ヒデオの悔しそうな顔を見てシルビアは再び勝ち誇る。今度こそ鬱憤が晴らされたようで、とても清々しい表情をしている。

 

 

「くっ……! カズマ、ダクネス、めぐみん!逃げてくれ!」

 

「無駄よ! アナタならわかるでしょう? アレは避けたところで爆風から逃れられる術はない事を!」

 

「ちくしょう! なら、弾き飛ばしてやる!! はっ!!」

 

 

 気弾を放つヒデオだが、焦ったせいかデスボールの方には飛んでいかず、あろう事かダクネスにぶつけてしまった。

 

 

「あうっ! ……こんな時に不謹慎かもしれないが、イイぞヒデオ!」

 

「アハハハハ! 本当にどこを狙っているのかしら! なにか企んでいたようだけど、年季が違うのよ年季が!」

 

「すまねぇ……! 不甲斐ないサイヤ人ですまねぇ……!」

 

 

 膝をつき痛めつけるように地面に両の拳を叩きつけるヒデオだが、そんな事をしても何も変わらない。

 

 世の中は非情である。自ら動き出さなければ、祈るだけでは、悔やむだけでは、何も起きないのだ。

 

 但し――

 

 

 

「――なんつってな」

 

 

 既に()()()()()()()()時はその限りではない。

 

 

「ぐぅ……! なんて重さと熱さだ……! 素晴らしい……!」

 

 

 シルビアが放ったデスボールを、ダクネスは受け止めた。

 

 

「えぇっ!? 止められた!?」

 

「うちのクルセイダーなめんな……はぁぁぁぁ!」

 

 

 ダクネスがデスボールに触れたのと同時に、ヒデオは5倍不死王拳を発動すると、超速でダクネスの背後に周る。そうして背中と背中を合わせると、思いっきり地面を踏みしめた。

 

 

「ダクネス! ()()()()ならそんなもん余裕で受け止めれるだろ! 逸らす心配はすんな!俺が支えてやる!」

 

「くうっ……! 任せておけ! はぁ、はぁ、カズマ、用意はいいか!」

 

「おうともよ! いくぜ、『オーバードレイン』!!」

 

 

 ダクネスの背中に触れると、カズマは『ドレインタッチ』を気で強化した技を発動させた。

 この技は間接的にドレイン出来るだけでなく、気功波や魔法などのエネルギーをも吸い取る事が出来る。その場合もエネルギーの特性は受け継いでいて、魔力は魔力として、気は気として吸収される。

 

 

「多すぎる……! ヒデオ、渡すぞ!」

 

「おう! ……ってなんだこの気! 色んなもん混ざっててすっげぇ気持ち悪ぃ!」

 

 

 右手でダクネス経由で吸い取り、左手で余分なエネルギーをヒデオに与える。シルビアの気をそのまま受け取っているので、不快感は拭えない。

 

 

「ちょっと裏をかかれてビックリしたけど、そんな隙だらけの陣形に追撃しないとでも思ってるのかしら!」

 

 

 少しの間呆気に取られていたが、シルビアはすぐさま正気に戻る。

 

 

「(あれだけのエネルギーを撃ったのよ。私と同じように吸い取ろうがその時点で限界なハズ。万が一アレをあのボウヤの強くなる技で撃ってこようとしても、今残っている分で充分撃ち返せるわ。この魔道具が吸い取らない私のエネルギーを使うのはいい案だと思うけど、甘いわね)」

 

 

 カズマ達の作戦を深読みしながら、シルビアは次への対策を立て、次で終わらせる腹積もりだ。

 

 

 だが、それはカズマ達も同じ。

 

 この時点で作戦は九割以上完遂していて、仕上げはその瞬間にかかっている。

 

 

 耳を劈くような高い音が鳴り響き、突風が吹き荒れている。カズマが忙しくエネルギーを移動させ、ダクネスがイヤらしく喘ぐ。ヒデオとシルビアは、まるで時が止まったように動かない。

 

 

 

 デスボールがその勢いを無くし、吹き荒れる風も鳴り響く音も小さくなる。

 

 やがて小さくなった音と風すらも無くなり、あるのは黒く輝く小さくなった光の玉。

 

 唾を飲むのすら許されない緊迫した空気の中、ついにその瞬間はきた。

 

 

「二人共どいてろ! かめはめ……!!」

 

 

 光が消えたと同時にダクネスとカズマを無理矢理突き飛ばし、己の気とシルビアの気を無理矢理混ぜ、構える。

 

 

「やっぱりそう来るわね! これで、終わらせるわ! カメハメ……!!」

 

 

 先程のデスボールを遥かに上回るエネルギーを携え、構える。

 

 

 そして。

 

 

「くたばりやがれ! 波ァァーー!!!!」

 

「今度こそ倒してやるわ! ハァァーー!!」

 

 

 凄まじい質量を孕んだ光は、瞬く間にぶつかり合う。激突の衝撃波でアクアがすっ転んだが、事態はそう呑気もしていられない。

 

 

「お、おいヒデオ。お前が打ち勝てば終わりなんだぞ? なのになんで押されてんだよ!」

 

「あの野郎、読んでやがった! さっきのデスボールより数倍強い……! 危ねぇからもっと離れてろ!」

 

 

 吸い取られた者と吸い取った者の差か、ヒデオはジリ貧どころか完全に押し負けている。

 

 

「あら、思っていたより勢いがないようだけど、どうしたのかしら! もしかしてこれで全力なの? だとしたら拍子抜けね! わざわざ手加減して様子見をする必要も無かったわ!」

 

 

 勝ちを確信したのか、シルビアはここぞとばかりにヒデオを煽りまくる。効かないとわかっていても、口にすることで気が晴れるというものだ。

 

 

 しかしそんな煽りも、ヒデオの耳には届かなかった。

 

 なぜなら。

 

 

「がんばれヒデオ兄ちゃーん!」

 

 

 ヒデオはこめっこの声援しか聞いていなかったから。

 

 

「うおおおおおっしゃあ!! 任せろこめっこ! 見てろよ! 不死王拳――」

 

 

 ここまで来るともはや病気の域だが、当人はそんな事など気にしない。心中にあるのはいち早く、かついかにカッコよくシルビアを片付けてこめっこと戯れるかしかない。

 

 

 なので、リスクなど度外視するわけで。

 

 

「――10倍だぁぁあー!!!」

 

「えっ待っ強――!!」

 

 

 躊躇いも容赦もなく、シルビアのかめはめ波を押し返した――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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