この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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お待たせしました。変な所で切ったので、違和感があると思います。


第五十五話

 

 

「ぐ……!! 熱いし重いし痛い……! なんとか脱出を……!」

 

 

 シルビアはかめはめ波の巨大なエネルギーに押されて遥か上空、成層圏に届くギリギリまで吹き飛ばされていた。

 このままでは数秒後、地球外へ追放されるか未来か、焼き尽くされる未来が待っている。

 

 

「あぁぁぁっ!!!」

 

 

 そんな事にはなりたくないと、シルビアは気功波を彼方に放つ。反動で少しズレたが、シルビアの狙いはそれではない。

 

 

「こう、曲げて……! ぐっ……!」

 

 

 少し前にヒデオが披露した曲がるかめはめ波と同じ要領で気功波を曲げ、うまく角度を調節して自分自身に直撃させた。

 

 横から力を加えられたシルビアの身体は、転がり落ちるようにかめはめ波から逃れた。

 

 

「はぁ、はぁ……! あ、危なかった……!」

 

 

 彼方へと消えていくかめはめ波を怯えた眼差しで見送りながら、シルビアはひとまず助かったことに安堵する。

 

 

「結構飛ばされちゃったわね……。このまま魔王城に帰ろうかしら。……いや、あのボウヤは放っておいたら確実に魔王軍の脅威になるわ。というか既に脅威だから、育ち切っていない今の内に仕留めたいわ。けど、まずはどこかで体力を回復しないと……」

 

 

 疲弊した体と心を癒すべく、シルビアはひとまず地面を目指した。ずっと空中に居ては休むものも休まらないからだ。

 

 

「雲が邪魔で地面が見えないわ……。どれだけ高く飛ばされたのかしら……」

 

 

 サイヤの底力に恐怖を覚えつつ、身体に負担をかけないようにシルビアはゆっくりと降下していく。

 

 やがて雲間を抜けると、辺りは一面荒野だった。せめて小さな集落かモンスターの巣でもあればと期待したシルビアだが、そう上手くはいかなかった。

 

 

「何も無し……ね。せめて目印になるものがあればここが何処かわかるんでしょうけど……。ひとまずは食べられそうなモンスターでも探しましょう」

 

 

 どこかに栄養価の高いモンスターが潜んでいないかと、シルビアは辺りの気を探る。慣れない感覚の筈だが、不思議とシルビアは使いこなしていた。

 

 

「……あら? 結構強そうなのがちらほら集まってる場所があるわね。ここからは見えないけど、隠れた集落でもあるのかしら……? ひとまず飛んでいってみましょうか……ッ!」

 

 

 生き物の反応が見つかり喜んだシルビアが全速で飛ぼうとすると、背骨の上部分に激痛が走った。

 

 

「痛ぁ……。あ、これが壊れちゃったのね……熱っ! 痛っ!……取れた」

 

 

 どうやらヒデオを苦しめた魔道具がさっきの一撃で完全に故障したらしい。

 こうなってしまっては仕方ないと、シルビアは己の皮ごと引きちぎった。

 

 

「ふぅ……。なんかスッキリしたわ。さて、傷を塞ぎつつさっきの場所に行きましょう」

 

 

 身体に負荷をかけないギリギリの速度で、なるべく速くその場所へと向かう。

 願わくば人間の冒険者が居て、回復ポーションや保存食を奪いたい。そんな事を考えていると、シルビアはやがてその場所に辿り着いた。

 

 

「……なるほど。やけに強いのも納得がいったわ。この集落があるという事は、紅魔の里はここからそう遠くないわね」

 

 

 シルビアが見つけたのは――

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 シルビアがとある集落を見つけた頃、紅魔の里。

 

「ヒデオ兄ちゃんすっごーい! ねぇねぇ、いまのもっかいやって!」

 

 

 目を紅くキラキラと輝かせ、興奮冷めやらぬ様子でヒデオにそうせがむこめっこ。どうやらかめはめ波の撃ち合いは紅魔族的にどストライクだったようで、こめっこだけでなく周りで見ていた紅魔族も浮き足立っていた。

 

 

「こめっこの応援のお陰だ。ありがとうな。けどいま俺立ってるだけで死にそうだからまた後でな?」

 

 

 やはり反動が来たのか、ヒデオは全身をプルプル震わせながらそんな事を言った。

 

 

「わかった!」

 

 

 元気よく返事をすると、こめっこはヒデオの勇姿を語りまくるべく周りにいた紅魔族の方へとてとてと走っていった。

 ヒデオはそんなこめっこのかわいらしい姿を優しい顔で見送ると、ダクネスとカズマに処置をしていたアクアに呼び掛けた。

 

 

「おーいアクアー。ヒールかけて欲しいんだけど」

 

「はいはーい。全く、また無茶してくれちゃって。治す私の身にもなりなさいよ」

 

 

 二人の治療は既に終わっていたのか、アクアは呼ばれるとすぐにヒデオの元へやって来る。

 差し出すこともままならないヒデオの腕を持ち上げ、心地よい光を当てていく。

 

 

「とかなんとか言いながらいつも完璧に治してくれるアクアさまさすがですそんけいしてます」

 

「フフフ、そう? ヒデオはカズマと違って素直でいい子ね!」

 

「(ちょろい)」

 

 

 褒められた事が嬉しかったのか、アクアは満足顔でヒデオの身体を治療していく。しかし、治療と言っても感電以外大した怪我はしておらず、ヒールの大半を気力の回復にあてている。

 

 

「あー……良い感じだ……。手の感覚が戻ってきたぞ」

 

 

 ヒデオは気持ちよさそうな声を出すと、手の調子を確かめるようにぐーぱーと開いたり閉じたりを繰り返す。前回とは違い耐えられるレベルまで鍛えて強くなったとはいえ、反動はくる。

 

 

「あぁ……。素晴らしい責め苦だった……。アソコまでギリギリな焦らしプレイというのもまた乙だ……」

 

「ヒデオ、シルビアは死んだのか?」

 

 

 カズマはダクネスの発言をいつもの様に華麗に受け流すと、シルビアの生死を訪ねた。

 

 

「範囲外まで一瞬で吹っ飛んで行ったからわかんねぇけど、冒険者カードにシルビアの名前が刻まれてねぇから生きてると思うぞ。ダメージは負ったろうが、元はアイツの気だからな。戻ってくる可能性は高い。もう一度言っとくが、恐らくアイツは俺が使える不死王拳以外の技を全部使えるからな。いつ瞬間移動してきてもおかしくない」

 

「そりゃ知ってるが、なんで不死王拳は使えねぇんだ?」

 

「前も説明したが、不死王拳は『ドーピング』っていうスキルをウィズに頼んで無理やり性能を上げてもらった。これは常にリッチーのバフがかかってると思っていい。そのバフ自体はスキルがもたらした結果、言うなれば『ドーピング』に罹ってる状態異常に過ぎねぇから、真似は出来ねぇって訳だ」

 

「なるほどな。つーことは、アレ以上シルビアは強くならないって解釈でいいか?」

 

 

 半ばこれ以上面倒くさくなって欲しくないという願いを込めてそう尋ねるカズマだが、ヒデオの返答はその願いを容易く裏切った。

 

 

「そう言いたいが、実際はそんなに甘くねぇはずだ。骨格をいじれるとか言ってたから、規模にもよるが怪我とかも無理矢理治せるんだろうな。それにサイヤ人の特性が合わさると強くなる。それに、ぶっ飛んだ先で強いモンスターとかを吸収すれば更に厄介になる。もっと言うと――」

 

「いや、それ以上は聞きたくない。口は災いの元って言うだろ。何も言うな」

 

「お、おう」

 

 

 言葉を遮ってまで早口でまくし立てるカズマに若干引くと、ヒデオはそれ以上は何も言わなかった。しかし、治療を施しながら二人の会話を聞いていたアクアはカズマの懸念など全く気にせず。

 

 

「カズマったら、なにをそんなにビビってるのかしら。こっちにはまだ魔法を使っていないめぐみんと沢山の紅魔族が居るのよ? ヒデオだってまだ戦えるし、恐れることは何も無いわ。それに、ほら見て? 今日は満月なのよ。イザとなればヒデオが大猿になってシルビアなんてぺしゃんこにしちゃえばいいのよ」

 

 

 何故かドヤ顔でそう言った。

 

 

「……そうだよな。こんだけ戦力が揃ってるんだ。よっぽどの事でもなんとかなる……ん? お前最後なんてった?」

 

「満月だからヒデオに大猿になってもらえばって。ほら、まだお昼過ぎだけど、出てるでしょ?」

 

 

 そう言ってアクアが指をさした方向には、白い満月がポツンと浮かんでいた。

 

 

「尻尾ねぇから大猿は……」

 

「あ、そっか。ま、なんとかなるでしょ。……あれ、カズマ? 急に青ざめてどうしたの?」

 

「……いや、なんでもない。杞憂だ。杞憂に決まってる」

 

 

 何かを察したカズマは、これ以上何も言うまいとだんまりを決め込んだ。黙っていればこれ以上フラグは建たないだろうという魂胆だ。

 

 しかし、こういう時のアクアは。

 

 

「ははーん。もしかしてシルビアがサイヤ人の尻尾を持っちゃってるから大猿はなるんじゃとか思ってる? いい? よく考えなさい? ヒデオがサイヤ人なのは転生の特典なのよ? 転生特典は本人以外には大した効力をもたらさないのよ? 何も心配することは無いわ」

 

 

 無駄に頭が回る。

 

 

「なんでわざと黙ってたのにみなまで言うんだよお前は! しかも言うだけじゃ飽き足らずご丁寧にフラグ発言に仕立てやがって! 大方『ヒデオ自身がサイヤ人という特典だから本人の尻尾を吸収したシルビアもヒデオと同等のスペックを引き出せる』とかなんとかいった結果になるんだろ!」

 

「あー! いっつもそうやって私のせいにして! 今回はカズマが捕まっちゃったせいでもあるじゃない!」

 

「元は言えばお前が俺とめぐみんを放って一人で逃げるから悪いんだろ!」

 

 

 ぎゃあぎゃあ喚きながら責任の擦り付けあいを始めたアクアとカズマ。そんな二人を完全に無視し、ヒデオはマイペースに身体の調子を確かめる。

 

 

「よし、動く。怠さもとれた。あ、そうだ。ダクネス、お前怪我とか大丈夫か?」

 

 

 思い付いた様に、ヒデオはダクネスの具合について尋ねた。なにせ数十秒とはいえ高濃度のエネルギー弾を殆ど生身で受け止めたのだ。骨の一本や二本は折れていてもおかしくはない。

 

 しかし、防御極振りクルセイダーは伊達ではなかった。

 

 

「む。私の耐久を侮ってもらっては困る。今の私なら爆裂魔法にすら耐えきってみせる。あと、カズマのスキルのお陰でもあるな。怪我はないから、今まで通り乱雑に扱ってもらって構わない。むしろ今までより雑に扱ってほしい」

 

 

 いったいなにを想像したのか。身をよじりながらダクネスはそう応えた。いつもならツッコミが入るところなのだが、今回ばかりは違った。

 

 

「そうか。それは助かる。多分、お前らを気にかけるのは最小限になるからな」

 

 

 やけに真剣な顔で、ヒデオはダクネスにそう告げた。これにはダクネスも只事でないと察したのか、姿勢を正してキリッとした目付きでヒデオを見据えた。

 

 

「……いつに無く真剣だな」

 

「俺はいつだって真剣だよ。お前らがペースを乱してさえ来なければな」

 

「ぐ……」

 

 

 ペースを乱している自覚はあるのか、ダクネスは複雑そうな顔で呻いた。ヒデオはそんな彼女を特に気にする様子もなく、淡々と言葉を続けた。

 

 

「まぁ、いつもならその乱されたペースでもなんとかなるんだが、気功術の使い手とは戦ったことねぇからな。ましてや相手は(サイヤ人)の細胞を取り込んでるんだ。舐めてはかかれねぇ。今だっていつ瞬間移動で飛んできてもおかしくないんだぞ」

 

 

 先程までは使っていなかったが、取り込んでから随分と時間が経った。魔王軍幹部になれるほど上位のグロウキメラのシルビアならば

 、使いこなしこの場に現れても――

 

 

「あら、よくわかったわね」

 

 

 ――否。既に()()()()()

 

 

「――ばッ!!」

 

「遅いわ!!」

 

 

 その刹那を制したのはシルビアだった。ヒデオが撃つ前に、既に蹴りを放っていたからだ。しかし、ヒデオは咄嗟に突き出した腕をシルビアの脚にぶつけ、蹴りの軌道を逸らす。

 一コンマ遅れて地面に炸裂した気功波が砂煙を巻き上げる。この隙に、傍に居たダクネスをなるだけ遠くに突き飛ばすヒデオ。

 

 

「ダクネス、コイツらとみんなを!」

 

「任せろ!」

 

 

 ダクネスは突き飛ばされた先にいたアクアとカズマを小脇に抱えて、一目散にめぐみん達の元に向かった。

 シルビアはそんな彼女を止めるでもなく、ただただ見つめていた。

 

 

「あら、逃がしちゃった」

 

「ハン、笑わせんな。逃がす気満々だったろうがよ。それよりもテメェ、さっきより数段強くなってんな。何した?」

 

 

 何故ダクネスの邪魔をしなかったかはヒデオにとって定かではないが、そんな事は最早どうでもよかった。

 目の前にいる怨敵が、数分前とは比べ物にならない強さを携えて帰ってきたのだ。サイヤ人の血が騒いでしまいそれどころではない。

 

 

「フフ、聞きたい? イイわ。今は気分が良いもの。アレはついさっきの事よ」

 

 

 なにやら嬉しそうなシルビアは、自慢話をする様な口調で余裕たっぷりに語りだした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 場面はシルビアがとある集落を見つける所まで遡る。

 

 

「あらアナタ。見た目は女だけど、私の目は騙せないわよ。微かに雄の匂いがするわ! それも結構な強さの! ぜひその遺伝子を頂くわ!」

 

「なんか口調が似ててムカつくわねこのオーク」

 

 

 シルビアが見つけたのはオークの集落だった。ここならば紅魔の里からそう遠くないし、オークを倒せば結構な量の経験値も手に入る。捕えられた冒険者のオスも居るだろう。回復するには持ってこいだ……が、降りた場所が悪く、早速オークに見つかってしまった。オークがオークを呼び、オークなのにねずみ算式にその数は増え、あっという間にシルビアを取り囲んだ。

 

 

「……結構な数が居るわね。微動だにしていない弱い反応があるのは、他種族の雄かしら。プリーストがいると嬉しいんだけど――」

 

 

 取り囲まれているというのに、シルビアは全く臆する様子を見せない。

 先頭のオークはそれを好機と取ったのか、欲望のままシルビアに襲いかかる。

 

 だが。

 

 

「隙だらけね! いただきま――フガッ!?」

 

「それはコッチのセリフよ。わざわざ近付いてくれて手間が省けるわ。それじゃあ――」

 

 

 シルビアのサイヤ人的な強さに、襲いかかってきたオークは脂ぎった顔を掴まれ吊り上げられてしまう。

 当然ジタバタと暴れ、他のオーク達もシルビアに飛び掛るが、ひらりと舞空術で避けられる。

 

 視線が集まる中、ゴキゴキと骨を鳴らしてなにやら身体を弄ると――。

 

 

「――いただきます」

 

 

 なんの躊躇もなく、オークを生きたまま取り込んだ――!!

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 最初のオークを取り込んでからはシルビアのやりたい放題だった。体力と身体能力が大幅に向上し、さらにサイヤ人の能力も合わると、レベル上げの為に蹂躙に次ぐ蹂躙を敢行した。蹂躙と聞けば聞こえは悪いが、どちらかと言えば九割ほど善行だ。

 

 

「ふぅ……。流石はオークね。一個体の経験値がとんでもなく高いわ。これならあのボウヤにも勝てるかも――いえ。勝ってみせるわ」

 

 

 新たに漲る力を確かに感じ、再戦へのモチベーションを高めていくシルビア。そんなシルビアに、恐る恐る声を掛ける者がいた。

 

 

「あ、あの! 助けて頂いて、本当にありがとうございました……!! 」

 

 

 オーク達に捕まっていた男達だ。まだ現状が掴めていない者や、心がここに無い者など被害は大きいが、元凶は既に全滅した。これ以上悪くなる事はないだろう。

 

 

「イイのよ、こっちこそ回復ありがとう。じゃあ、私はもう行くけど。気を付けて、喧嘩せずに協力してきっちり帰るのよ? じゃなきゃ気まぐれとはいえ助けた意味が無いもの」

 

 

 どうやらプリーストがいたらしく、全快になった体力を漲らせながら、シルビアは男達にそう告げた。

 

 

「は、はい!」

 

「いい返事ね。それじゃあ、バイバイ」

 

 

 ひらひらと手を振ると優しい笑顔で、シルビアは男達の前から消え去った。

 

 これが事の顛末である。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「――というわけなのよ」

 

「なるほど。とりあえず俺からも礼を言っとくぜ。ありがとな」

 

 

 この辺りのオークが全滅したという事は、帰りがけに滅ぼしに行こうと思っていたヒデオからすれば好都合だった。わざわざ行く手間も省けるし、何よりあの醜悪なモノを見なくて済むからだ。そんな思いを込めて、敵であるシルビアに礼を言ったのだ。

 

 

「こちらこそありがとうと言っておくわ。アナタがあんな遠くにまで飛ばしてくれたからこんな強さを手に入れられたんだしね?」

 

「ふん。確かにオークは厄介だが、俺の方が強い。つまりお前は俺に勝てん」

 

 

 先程の小手調べと気の感じでシルビアかなり強くなっていることを察知しているヒデオは、矛先が他に向かないよう間合いのギリギリまで詰め寄った。強気な言葉とは裏腹に、表情には少し陰りがある。

 

 

「ふぅん……。なんなら、証明してみせましょうか?」

 

「やってみろ。やれるもんならな」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて――ッ!?」

 

 

 シルビアは言葉と共に拳を引っ込め、その場から全力で退く。

 直後、ヒデオの右脚が地面に減り込んだ。

 

 

「ちっ、今のを避けるか。強くなったな」

 

 

 減り込んだ右脚を引っこ抜くと、ヒデオは感心したように呟く。しかし、シルビアは激怒した。

 

 

「アナタねぇ! 今のは完全に私から仕掛ける流れだったでしょう!?」

 

「何言ってんだ。ずっと俺のターンだ」

 

「この悪魔……!」

 

 

 悪魔混じりに悪魔と言わしめる男。その正体は。

 

 

「ヒデオ兄ちゃーん! 頑張ってー!」

 

 

 ロリコンである。

 

 

「おう! 任せろ! すぐに――ッ危ねぇ!」

 

「なんで避けれるのよ! 気配も殺したし確実に死角だったでしょ!?」

 

 

 脳天をカチ割るつもりのカカト落としは空を切り、あえなく地面を砕いた。

 

 

「うるせぇ! 気配を消してくる奴は大抵同じ方法で攻撃してくんだよ! そんな事よりこめっことの触れ合いを邪魔すんじゃねぇよ!」

 

「触れ合っていないじゃない! それに、勝負はもう始まってるのよ!」

 

「このオカマ……!」

 

 

 痛い所(?)を突かれ、その言葉が口から零れる。

 厳密に言うと今のシルビアはオークの強い遺伝子を取り込んだ事により女性よりの身体構造なのでどちらかと言えばオナベなのだが、だからと言ってヒデオがシルビアに興奮する訳でもなし。容赦のない攻撃がシルビアを襲う。

 

 

「そらそらそらそら! オークを吸収した割には手も足も出てねぇなぁ! どうしたどうした!」

 

「アナタが出させてくれないだけじゃない! 一発当たれば勝てるわ! 隙を見せなさい!」

 

 

 これでは何も変わらないと憤慨するシルビアだが、当然ヒデオがそんな願いを聞くはずもない。

 

 

「甘えんな! 俺に甘えてきていいのはこめっこ(美少女)ちょむすけ(小動物)だけだ!!」

 

 

 彼はこう主張するだろう。『俺はロリコンじゃあない。相手が幼女だっただけだ』と。

 

 それを世間一般ではロリコンと呼ぶ。

 

 

「取り繕ったりしないのね」

 

「他人の為に我慢なんてするか。俺は俺の為に人生を使う」

 

 

 これぞ人間のあるべき姿とでも言わんばかりに、ヒデオは堂々と言い放つ。こめっこを甘やかしまくっているのは自分の為ではないのではとツッコミが入りそうだが、ヒデオ本人がそれで満足しているのでそれは最早ヒデオの為だろう。

 

 

「いい心掛けだと思うわよ。……さて、そろそろ準備運動はこれくらいでいいかしら?」

 

「あぁ」

 

 

 死が伴う準備運動を終えた二人は、先程よりも鋭い殺気を放ちあう。

 下手に動けば死が待っている。

 

 そんな中、戦いの火蓋を切って落としたのは。

 

 

「フフフ、先に言っておくわ。――あなたの攻略法は既に見切ったわ!」

 

 

 シルビアだった。

 

 意気揚々とヒデオに見切ったと断言すると、シルビアは気を解放した。ヒデオのものとは違い、なにか気味の悪い風が辺りに吹きすさぶ。

 

 

「俺の攻略法か。是非とも教えてもらいたいもんだな」

 

 

 皮肉を込めてそう返すと、ヒデオも負けじと気を解放した。

 突風がその場から吹き荒れ、カタカタと近隣の住宅の窓が揺れる。両者は互いに睨み合ったまま、いつか来る機会を伺っていた。

 

 そんな二人を傍から見守っていたカズマは、件の攻略法に興味津々な様子。

 

 

「攻略法? アイツ、尻尾以外の弱点あったのか? あるなら是非知りたいんだけど。仲間でも弱みの一つでも握ってねぇとな。……あ、でも攻略法って言っても弱点って決まったわけじゃないか」

 

「この男、こんなクズ発言を平然と……。もしや、私達の弱みも握るつもりではないのか!? させん、させんぞ! 握るのなら私だけにしろ! あぁ、何を要求されるのか……!」

 

「全く、何を言うかと思えば。そう言うカズマこそ弱みが多いんじゃないですか?」

 

「他の二人はともかく私に弱みなんてないと思うんですけど」

 

 

 三者三様、各々の言い分でカズマに反論するが、カズマは一つ溜息を吐くと容赦なく吐き捨てた。

 

 

「はぁ。言っとくが、お前らは存在が弱みだからな」

 

「「「!?」」」

 

 

 まさかそんな事を言われるとは微塵も思っていなかったのか、驚いた顔で固まる三人。しかしカズマはそんな事を全く気にせず、ヒデオとシルビアの闘いを見守っていた。

 

 

「オラオラオラオラオラオラ!!」

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」

 

 

 互いの間合いはほぼ同じ。紙一重の攻防が繰り返される。

 突きが空を切り、蹴りが虚空に舞う。互いに決定打を与えられない事実にカズマがうんざりし始めた、その時だった。

 

 

「がっ……!?」

 

 

 突然、ヒデオが膝を着いた。

 本人も何が起こったのかわからない様子で、打ち込まれたらしい腹を抑えている。

 

 その異変を心配してか、カズマは援護するべく弓を構えた。

 

 

「ヒデオ、一旦下がれ! 弓で――」

 

「要らねぇ! いいからそこで何が起きても対応出来るように構えとけ! コイツ、隙あらばすぐにお前らのとこ行くぞ!」

 

 

 そう返され、カズマはハッと気付いた。

 今のこの状況は、ヒデオにとってかなり不利だ。出来るだけ注意を引きつける為に限界まで接近しないといけないし、カズマ達を遠くに逃がしても瞬間移動を使えるシルビアはすぐに追いついてしまう。加えて、ヒデオは周りに出来るだけ被害が及ばないように立ち回っている。

 少しでも綻びが見えたならば、シルビアは容赦なくそちらを狙うだろう。

 

 

「あら、良くわかったわね! ご褒美よ!」

 

「危な――ッ!?」

 

 

 またしても、間一髪避けたはずなのに攻撃を喰らってしまう。

 脳の理解が追い付かない。脳は混乱したまま、身体の反射だけでなんとかその場から離脱しようとするが。

 

 

「そらそらそらそら! さっきまでの威勢はどうしたのかしら! それとも怖気付いちゃったかしら!」

 

 

 やはりそう甘くは行かず、一瞬無防備になった所へ容赦のない拳の雨が叩き込まれる。

 

 

「ぐぁっ……!!」

 

 

 吐き出しそうになるのを堪え、懸命にシルビアの攻撃をいなそうとするが、防いでいる筈が何故か喰らってしまう。反撃の糸口を掴めないまま、段々とヒデオの身体が浮き始めた。

 

 そして――

 

 

「そうら! 吹っ飛びなさい!!」

 

 

 シルビアの重い蹴りが炸裂した――!!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「ちっ、油断した……」

 

 

 民家を数軒貫通し、5件目に差し掛かったところでようやく止まった。

 瓦礫に埋もれた身体を起こしながら、飛んできた方向を睨めつける。

 あのオカマ、かなり強くなってやがる。気の大きさもさることながら、手段を選ばなくなったな。

 

 どうしたものかと考えていると、ふと見知った気がすぐ側に居ることに気付く。

 

 

「あ、あのー、ヒデオ……さん?」

 

「ゆんゆん。寝取られるか、普通にヒロインレースに負けるのと、どっちがいいかな?」

 

「どっちも嫌よ! というかなんで二つともバッドエンドなの!?」

 

 

 何故かゆんゆんとあるえが居た。

 ……よく見たらここ昨日来たゆんゆんの家だ。あるえがいるのはゆんゆんと遊んでたからだろうか。

 ゆんゆん、一緒に遊ぶ友達がめぐみん意外にも居たんだな……。

 ほろりとしそうになっていると、あるえがなにやら興奮した様子で詰め寄ってきた。

 

 

「急に吹き飛んできたってことは……戦闘中? 是非近くで見たい!!」

 

 

 何かブツブツ唱えたかと思うと、突然目を紅く輝かるあるえ。ゆんゆんより大きい胸がばるんばるんと揺れたが、今はそんな些細な事に気を配るしかなかった。

 

 

「来るのはいいが、ついでに里中の紅魔族たちを中央の広場に集めてくれ。安全の為に子供から年寄りまで全員だ。それとゆんゆん、親父さ……いや、族長に伝えて欲しいことがあるんだが」

 

 

 ここが何も無い荒野とかなら気にせず暴れるが、人が住んでる里だ。重要な文化財だってあるかもしれないし、迷惑をかけるのは気が引ける。だが、今はそうも言っていられない。

 

 

「私に何か様かな?」

 

「あ、居たのか。なら丁度いい。紅魔の族長として聞いて欲しい頼みがある」

 

「ふむ、言ってみなさい」

 

 

 先程までの柔らかい表情とは打って変わって、真剣な眼差しを向けてくる族長。知能が高い紅魔族の族長なだけあってか、何も言っていないのに察しがいい。

 この分なら言っても大丈夫そうだ。

 

 

「里への被害を考えず、本気で戦ってもいいか?」

 

 

 そう言うと、族長は少しきょとんとした顔になる。しかし、直ぐにキリッとした顔つきになると。

 

 

「……ヒデオ君といったね。我らが紅魔の里を甘く見ないでくれたまえ。例え里が更地になろうとも、一週間もかからず元に戻すと断言しよう」

 

 

 それが俺を安心させるための嘘なのか事実なのかはわからないが、やけに自信たっぷりに族長はそう言い放った。

 どちらにせよ、言質もとい許可は取った。これで思う存分暴れられる。

 

 

「へぇ、そりゃ頼もしい。じゃあ、遠慮なく。はぁぁぁぁぁ…………!!!!」

 

 

 地響きが聞こえ、周りの瓦礫が浮き始める。

 窓がヒビ割れ、この家を中心に世界が揺れる。

 

 

「……そういうノリじゃなくて、本気の本気? ……やっぱりちょっと更地は」

 

 

 ゆんゆんの親父さんが何か言っているが聞きやしねぇ。

 

 

「――ッしゃあ! 行くぞオラァ!!」

 

 

 今まで里の人や家屋に気を使って加減してきた力を思い切り解放する。

 

 力が漲る。感覚が冴え渡る。爆風でゆんゆんとあるえのスカートが捲れる。白と黒。

 

 

 時間が無いのでチラ見で済ませ、脳裏に焼き付けてから飛び立つ。

 

 

 到達まで一秒に満たない。

 

 

 シルビアがアイツらの前に居る。

 

 

 更なる加速――!

 

 

 




ハロウィンの婦長礼装かなりどすけ……可愛いですよね

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