この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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第6話 この腕力で晩飯を!

 カエル討伐後に現れた、よくわからないスキルの気功術を習得した翌日、俺とめぐみんは街の近くの平原に来ていた。

 

 無論、気功術を使う為だ。あとついでにめぐみんの一日一爆裂とやらも。

 

 気功術を街中で試さずにわざわざこんな街から離れた平原まで来ているのは、いきなり色んな意味でぶっ壊れな威力が出てしまった場合の被害を最小限に食い止めるためだ。あと、爆裂魔法の為。

 

 

「めぐみん、一応離れてろよ」

 

「もう離れてます! 爆裂魔法を越える可能性のある技というものを、しかとこの目で確かめさせてもらいますよ!」

 

「そんな期待されてもアレなんだが……まぁ、長い目で見てくれると嬉しい。……行くぞ!」

 

 

 右手を前に突き出し、左手でブレないように支える。

 片目を瞑り、10数メートル先にあらかじめ置いてある的に照準を合わせる。

 

 魔法のように詠唱は必要ない。これは体術スキルで、使うのは体にあるふしぎなエネルギー。

 手のひらに意識を集中し、ドラゴンボールでは『気』と呼ばれているであろうふしぎエネルギーを全身から手のひらへと送り、漏れないようにしっかりと留める。

 

 充分に溜まったエネルギーを、手のひらごと突き破るイメージで――

 

 

 放つ!!!

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 腕の先がカッと光ったかと思うと、手のひらが熱くなる。ズンとした反動が肩まで響き、耐えられずに少し仰け反る。

 

 放たれた腕の太さほどの青い光は、意外にも真っ直ぐと伸びていく。木製の的は軽すぎたようで、呆気なく風圧で吹き飛ばされ、着弾したであろう場所から燃えていった。

 

 

「おぉ……」

 

 

 憧れに近付けたという実感と感動と、何事も無く無事に終わった安堵感と、こんなもんか……っていうガッカリ感と、ワクワクが広がって……。

 なんというか、色々と複雑な気分だ。

 

 だが、悪くは無い。

 

 不思議な気持ちにニマニマしていると、いつの間にか近寄って来ていためぐみんが。

 

 

「……今のが爆裂魔法を越える可能性のある技ですか? 申し訳ないのですが、とてもそうは思えないのですが……。威力も爆発魔法にすら届いてませんし……」

 

 

 と、申し訳なさそうな顔で喧嘩を売ってきた。

 だが、この程度で怒りはしない。今の俺は機嫌がいいし、この微妙な結果は自分でだってわかっていたことだ。

 

 

「レベル1だし仕方ない。ある程度ステータスが上がるまでは剣を主体に戦うつもりだし、今は使えなくてもいいんだよ。最終的に勝てばよかろうなのだ。お前だって、爆裂魔法がすごいとは言ってもまだまだ上はいるだろ? お前の師匠とか」

 

「師匠……そうですね。越えるべき憧れの、私に爆裂魔法を教えてくれた師匠的存在のお姉さんがいます」

 

 

 ふむ、お姉さんとな。

 

 

「ちなみにそのお姉さんのおっぱいはでかいか?」

 

「いきなりなんて事を聞いてくるんですか!?」

 

 

 いきなりの下世話な質問のせいかめぐみんに驚かれるが、そんなのは気にしない。

 

 

「俺としては暗めな色のタイツ型の戦闘服を着ためちゃくちゃ強くて微笑が素敵な美人な師匠がいい。おっぱいがでかいと尚よし。あと、やたらと師匠という事を強調してくるアホ……じゃない、褒めたら素直に喜んでなんでも許してくれるチョロ師匠でもいい。これも巨乳だと尚よし」

 

「そんなの居る訳が……居ませんよね?」

 

 

 淡々とまるでそれらの師匠とやらを見てきたかのように語る俺に、めぐみんはまさかと思いつつも恐る恐る尋ねてくる。

 そんなめぐみんに、俺は正直に。

 

 

「居て欲しい」

 

「あなたの願望は聞いてませんよ!?」

 

 

 聞いてきたのはそっちなんだが。どうやらめぐみんが想像していた返答とは違ったみたいだ。

 

 だが、言われてもない事をやらなければならない事が多々ある日本人にとって、聞かれてもいない事を言うのは日常の範囲内だ。

 それが出来なければ気の回らない奴とバカにされ、出来たところで悲しいかな、褒められもしない。ちなみに余計な事を言ってしまうと社会的に死ぬ場合がある。

 

 

「安心しろ。ただの妄言だ」

 

「こんなに安心できない『安心しろ』は初めて聞きましたよ」

 

「そりゃよかった。さて、威力が相応なことはわかった。もう一回撃つからその後爆裂魔法撃って帰ろうぜ。だいたいどのくらいの規模かはわかったから、今度は離れなくていいぞ」

 

「むぅ……。なにか釈然としませんが……まぁいいです」

 

「聞き分けが良くて何よりだ。じゃあ、行くぞ」

 

 

 先程と同じ様に右の手のひらに気を送る。

 違うのは、体内で留めずに手のひらから数センチ上に留め、尚且つ形を球形にする。大きさはバレーボールほど。

 俗に言う気弾というやつだ。

 

 

「おぉ! なんですかそれ! カッコイイです!」

 

 

 初めて見る謎の光の球が琴線に触れたのか、紅い瞳をきらめかせながらふんすふんすと興奮するめぐみん。

 この世界にも光の球を出す魔法くらいあるだろうに、何をそんなに興奮しているんだか。

 まぁ俺も心臓バクバクで興奮してるけど。

 

 

「身体にあるエネルギーの塊みたいなもんだ。俺は『気』って呼ぶけど」

 

「キ? 聞いたことないですね……」

 

 

 初めて聞くワードにはてと首を傾げるめぐみん。

 魔力なんてものがあるから当然あるものと思ってたが、どうやらそんなことはないらしい。さっきのめぐみんの様子から考えると名称が違うってのもなさそうだ。

 

 

「そうなのか? カズマからこの世界はだいたいなんでもありって聞いてたから普通にあるもんかと思ってたが。まぁ一般には知られてないだけかもしれんしな。じゃあ、行くぞ……フンッ!」

 

 

 ふよふよと浮いている光の球を、ドッジボールよろしく思いっきりぶん投げる。

 サイヤ人の筋力で投げられた気の塊は緩やかな弧を描き、少しずつ重力に従って落ちていった。

 やがて地面に落ちると、爆発音と共に直径1メートルほどのクレーターが出来た。

 

 なるほど。

 

 投げた感じでわかったが、どうやら気弾そのものにはほとんど推進力がないようだ。ややこしいが、気弾を押して飛ばす用の気が必要なのか?

 もっと検証してみたいが、もう既に結構疲れている。まだ撃てないことはないが、疲れから制御できずに暴発とかは勘弁願いたいので今日はここまでにしよう。

 

 二回使っただけでこの有様とはサイヤ人の名が泣き崩れそうだが、スキルの熟練度が低いと燃費が悪いとかそういうのがあるのかもしれないし、なにせ俺はまだサイヤ人歴二日だ。まだセーフ。

 そんな感じで誰に言い訳するでもなく、自分を正当化していると、めぐみんが隣からひょっこり顔を出してきた。

 

 

「もう終わりですか?」

 

「あぁ、思っていたより疲れたからな」

 

「言ってはなんですが、情けない理由ですね」

 

「言うな。わかってるから」

 

 

 他人に言われるとクるものがあるが、我慢だ我慢。

 下手に頑張りすぎてやらかしたら嫌だし、今の状態でも普通にしんどい。

 しかし、めぐみんはまだ物足りなかったようで。

 

 

「その体たらくで我が爆裂魔法に追い付こうなどとおこがましいにも程がありますよ?」

 

「……あぁもうわかったよ! やればいいんだろやれば! 暴発してボン! ってなっても知らねぇからな!」

 

 

 このあとめちゃくちゃ試し撃ちした。

 

 

 

 

 帰り道。

 

 

「めぐみん重い」

 

 

 爆裂魔法を撃ち、魔力が尽きためぐみんを背負い、そう愚痴る。

 普通ならめぐみんくらいの女の子なんて軽々と背負えるのだろうが、如何せん今日は無理をしすぎた。おのれ。

 

 

「私が重い? はは、馬鹿な事を。筋肉が足りてないんじゃないですか?」

 

「お前が煽って体力ギリギリまで体力使わせるからこんなになってんだよ。あーしんどい」

 

「私のような女の子をおんぶできる機会なんてそう無いですよ? 我慢してください」

 

「おんぶするなら巨乳の女の子がいい。痛くなさそうだし」

 

 

 どこがとは言わないが、あまり柔らかくないものが当たって痛い。

 薄すぎて骨が当たってるんだろうか? どこがとは言わないが。

 

 

「まるで私をおんぶすると背中が痛いと言っているように聞こえるんですが?」

 

「そう言ってるからな。……ぐえっ! 首はやめろ首は!」

 

「誤魔化したりしないのはカッコイイと思いますよ。それはそれとして首は絞めます」

 

「ぐええっ!」

 

 

 その後、一時間ほどかけてようやくギルドに辿り着いた。

 

 奥に進むと、カズマがテーブルでのべーっとしているのが見えた。

 もうひと踏ん張りと、軋む体に鞭を打ち、カズマの元へ歩いて行く。

 

 

「帰ってきたか。おかえり。……なんでヒデオはそんなヘトヘトなんだ?」

 

「めぐみんが重かった」

 

「まだ言いますか!」

 

「冗談だ。まぁ張り切りすぎて疲れた感じだ」

 

「ふーん。で、肝心の気功術はどうだった?」

 

 

 めぐみんの体重など特に気にならないのか、軽く流すカズマ。

 

「なかなかワクワクしたが、実戦で使うにはまだまだだな。出来てよろけと目くらましくらいだ」

 

「なるほど。お前におんぶに抱っこで行けると踏んでたが、そう上手くはいかないか。まぁ、期待してるから頑張ってくれ」

 

「任せろ。……そういや、アクアはどうした?」

 

 

 きょろきょろと周りを見回しても、アクアの姿は見当たらない。

 時間は昼を少し過ぎたくらいなので、酔い潰れていたアクアはまだ馬小屋で寝ているのかもしれない。

 そんな感じを予想してたのだが、カズマの返答は意外なものだった。

 

 

「あっちで宴会芸披露してる」

 

 

 カズマが示す方向を見ると、人だかりの中にアクアの姿が見えた。

 確かになにか芸を披露しているようで、時折おおっ、という歓声があがる。

 

 

「宴会芸なんて出来たんだな。もしかして宴会の神様なんじゃねーか?」

 

 

 女神と言えばクールで聡明そうなイメージがあるが、アクアは全く違う。

 言葉が汚いが、端的に言えば明るいバカだ。宴会というイメージにもピタリと合うので、昨日聞いた水を司る云々よりもしっくりくる。

 

 

「アクアにそれ言ったら怒ってくるぞ。あの宴会芸はスキルらしい」

 

「へぇ、そんなのもスキルになってんだな」

 

 

 冒険者以外はその職以外のスキルを覚える事が出来ないらしいので、アークプリースト又は女神としてのスキルにあの宴会芸スキルがあるんだろう。

 

 なんだ、やっぱり宴会芸の神じゃないか。

 

 

 その旨をアクアに伝えてみたところ、めちゃくちゃ怒られた。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 めぐみんのせいで尽きた体力も元に戻り、小さい気弾を作って訓練がてら遊んでいると。

 

 

「おう新入りの兄ちゃん。聞けば、いい筋力してるらしいじゃねぇか。ここは一つ、新入り冒険者への洗礼ってことで、腕相撲でもしようや」

 

 

 強面のベテラン冒険者と思われるガチムチのおっさんが俺の対面に座ってそんなことを言ってきた。

 ドスと右腕を机に出し、肘を立て、いつでも来いよ、と腕相撲の構えをみせた。後ろには数人の仲間らしきガチムチが居て、ニヤニヤとおっさんを見守っている。

 

 洗礼に腕相撲だと? そんなの答えは決まっている。

 気弾を離散させ、キッとそのおっさんを見据えて。

 

 

「嫌だ」

 

 

 きっぱりとそう言ってやった。

 確かに筋力を確かめる面で腕相撲はいいかもしれないが、特にメリットがない。

 

 

「まぁそう言うなって。もしお前が負けても特に何も無いが、勝てば飯くらいは」

 

 

 ガンッ!!!

 

 

「……へ?」

 

 

 突然の轟音に言葉を遮られて呆気に取られたのか、おっさんはポカンと口を開け、テーブルに押し付けられた自分の右腕を眺めていた。

 

 

「……次はどいつだ」

 

 

 目の前にあったおっさんの右腕を一瞬でテーブルに叩きつけ、次の挑戦者を催促する。

 

 腕相撲? 上等だ。サイヤ人の力を見せてやる。ついでにサイヤ人の胃袋の底力をみせてやる。

 

 

「くくく……。奴は腕相撲会でも最弱、ガチムチの面汚」

 

 

 ガンッ!!!

 

 

「俺を倒しても第二第三の」

 

 

 ガンッ!!!

 

 

「俺は人呼んで左腕の魔術師。さぁ、左でやってもら」

 

 

  ガンッ!!!

 

 

 

 

 数分後。

 

 

「なんて強さだ! 覚えてろよ!」

 

「ちくしょう! お頭に言いつけてやる!」

 

「腱鞘炎になっちまえ!」

 

 

 各々好き勝手言い、涙目で立ち去っていく男達。

 それにしても、捨て台詞を吐かれるのは中々心地がいいな。愉悦愉悦。

 

 

「よし、今日の晩飯代が浮いた」

 

 

 他人の金で食う飯ほど美味いものはない。

 いやー、わざわざ飯を奢ってくれるとは、いいオッサン達だったな。

 きっちり名前とクラスは聞いたので、ウェイトレスさんに言えばおっさん達にツケといてくれるだろう。

 

 早速何か食べようと、メニューを見ていると。

 

 

「……ここ、いいか?」

 

 

 と、声を掛けられた。一瞬他の人かと思ったが、周りには誰も居なかったのを思い出す。

 声のする方を見ると、長く綺麗な金髪を後頭部で一本の束にまとめ、青く綺麗な瞳で俺を見据えている鎧姿の美女が居た。

 

 

「ご、ご用件はなんでしょうか」

 

 

 見知らぬ美人と話すせいか、声が上擦りつい敬語になってしまった。

 よくみるとおっぱいでかいし、かなりストライクだ。

 

 にしても、こんな美女が俺になんの用だろう。

 もしや、さっきのゴリラ共が寄越した美人局か? いや、それにしては来るのが早すぎるし、鎧姿の美人局なんて聞いたことがない。

 

 

「先程の様子は見ていた。あの4人はこのギルドでもなかなか腕相撲が強い方なのだが、あなたはそれよりも強かった。普段から鍛えているのか?」

 

「……まぁ、ステータスは高いらしいですし」

 

 

 とりあえずお茶を濁しておき、目の前のおっぱいさんについて考えてみる。

 

 美人なのは美人なんだが、やはり凄く怪しい。顔可愛いしおっぱいでかいし胸大きいし巨乳だ。

 だけど、なんか怪しい。本能的な部分で、なにか感じるところがある。

 

 ……やっぱり美人局なんじゃないか? それか、またアクシズ教の勧誘か。

 どっちにしろ、警戒はしておいた方が良さそうだ。

 

 

「……んっ」

 

 

 怪しい美女をじっと見ていると、何故か突然変な気持ちになる声を放った。

 心なしか頬が赤い気がするのは気のせいか?

 

 

「……? どうかしました?」

 

「い、いや、あなたが中々荒々しい視線を送ってくるものでな」

 

 

 ………何言ってんだこの人。

 

 

「………」

 

「あっ、そんな目で見るのは……んっ」

 

 

 ………今、俺の視線に気付いた途端顔を諦めてなんかイケナイ気分になる声を出したような。

 

 

 ………もしかしてやべーやつ?

 

 

「あーそう言えば用事があったなー、うん、そろそろいかないとなー、ではまた!」

 

 

 この不審者から一刻も早く逃れるべく、適当な理由を付けてテーブルから立ち上がり、そそくさと離れて行こうとすると。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 少しだけ、少しだけでいいから話を聞いてくれ!」

 

「嫌だ! あんたからはなんか嫌な予感がする! 離せ! ていうか力強っ!」

 

 

 立ち去ろうとする俺を逃がすまいとして腕を掴んでくる不審者。

 手がやわらかくて一瞬ドキッとしたが、先程の四人よりも強いであろう力で引っ張られ、今度は別の意味で心臓がドキッとしてしまう。

 こんなに美人でこんなにおっぱいもでかいのに男顔負けの怪力持ちってどういう事だ。

 多分俺より力強いぞこの不審者。

 

 

「……わかった、わかったから離してくれ。話は聞いてやる」

 

「などと言って、離した途端に走って逃げていくのだろう?」

 

 

 ちっ、バレてたか。

 

 

「………そんな事は無い。で、話って?」

 

「返事に間が空いたのが気になるが、ようやく聞いてくれる気になったか。……実はだな――」

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

「……なるほど。あんたの言い分はわかった。で、先を越されて、元凶の俺に文句を言いに来たと」

 

 

 ダクネスと名乗ったこの美女はどうやら俺が転生してくる少し前に、カズマに対しパーティーに入りたいと申し込みをしたそうだ。

 その時はカズマに軽く流され、またの機会を伺っていたところに俺というぽっと出の輩が割り込んできた。確かにこれは文句の一つも言いたくなるだろう。

 

 

「別に文句を言いたいわけでは無いのだが。……こういうのもなんだか放置プレイみたいでなかなか」

 

「ん? 今放置プレイって」

 

「言ってない」

 

 

 話を聞いていくうちに段々とダクネスがまともなヤツでは無いのを悟り出したのだが、どうやら性癖に問題があるようだ。

 少しくらいエロい姉ちゃんとかなら全然ウェルカムなのだが、ここまで来ると流石にきつい。これじゃあ痴女を通り越して変態だ。

 カズマがこんな美人の頼みを断ったのが謎だったが、これで合点がいった。

 

 俺はそこまで上級者ではないし、恐らくカズマもそうだろう。

 

 

「……まぁ、何でもいいが。加入二日目の俺が言うのもなんだが、俺からカズマに言っといてやろうか?」

 

「いや、それはいい。こういうのは私が直接行くべきだ」

 

「あんたがいいならそれでいいが、それなら俺に声を掛ける必要も無かったんじゃないか?」

 

「それもそうなのだが、あなたにはなにか私と近しいものを感じてな。腕相撲に嫌々ながらも応えていたあたり、話し掛けても無碍にはしてこないだろうと踏んだのだ」

 

 

 変態に近しいものを感じるとか言われるとかなりショックなんだが。

 

 

「近しいもの……なんだ? 同じ前衛上級職とかか?」

 

「……時にコンバットマスターというクラスは、その決定力の低さと、コンバットマスターになれるなら大体の格闘上級職になれる点から、上級職の中では人気が低い。だが、反面間合いに入ればじわじわと嬲りやすいと聞く。しかし、あなたはいくらステータスが高いとは言えレベルもまだ低いし、実戦経験も殆ど無いだろう?」

 

「あぁ、戦闘に関しちゃ素人もいいとこだ。だけど、それがなんで俺に話しかけた理由になる?」

 

 

 めちゃくちゃお人好しの凄腕クルセイダーなのかもしれないが、それでもわざわざ話しかけた理由としては薄い。

 一体何が目的だ?

 

 

「レベルが低い、つまりはあまりクエストを請けていないという事だ。所持金だって少ないだろう。しかし、強くなろうとトレーニングの器具などを買うのにもお金がかかる」

 

「まぁ、そうだな」

 

「そこで、だ。ぜひ私を――」

 

 

 なんだ? 師匠にしてくれとか言ってくんのか? 何それ意味わかんねぇ。

 

 

「あなたのサンドバッグにして欲しい!」

 

「は?」

 

 

 もっと意味がわからない返答だった。

 

 

「サンドバッグにして欲しい」

 

「は?」

 

「だから、私を貴方のサンドバッグにして欲しい!」

 

「わざとスルーしてんだよ! なんだよあんた! 初対面のやつによく言えるな!? まさかカズマにも……」

 

 

 もしそうならアイツが不憫すぎてならないんだが。クソ高い幸運が俺の唯一のとりえとか言ってたのに、全然幸運じゃない。

 

 

「いや、あのリーダーにはそんなことは言っていない。ただ、『パーティーに入った暁には囮や壁などに遠慮なく使って欲しい。なんなら見捨てていっても構わない』と伝えたのだ。何故か断られてしまったが」

 

「いや理由わかりきってるだろ! あんたのその性癖が原因だよ!」

 

 

 所謂マゾヒストに分類されるのだろうが、真性の変態がここまで怖いとは思わなかった。

 カズマがこんな美人をスルーしたのがよくわかった。

 

 

「……んっ」

 

「おい今変な声出したろ」

 

「………出してない」

 

「目を見て言ってもらおうか」

 

「……黙秘権を行使する」

 

「それ自白してるみたいなもんだからな」

 

「……んっ」

 

「なんで!?」

 

 

 さっきから何度か頬を赤らめて変な声を出していると思ったが、どうやら俺がキツめのことを言うとそれに反応するらしい。

 

 なにそれ気持ち悪い。

 

 

「……こほん。取り敢えずそれは置いとこう。これを聞くのも今更なんだが、なんで俺達のパーティーなんだ? あんただってクルセイダーだって言うんなら、引く手あまただろうに。まさか今までも性癖で断られてきましたーってんじゃないだろうな」

 

「それはない! ……と思いたい。ただ、私は攻撃が全く当たらないのでな。少しでも貢献するためにモンスターの群れに突っ込んだりしていたら何故かそうなった」

 

「そりゃそうなる。そもそもあんたの場合貢献するためってのもあるだろうが、モンスターに力及ばず蹂躙されたいってのが本音だろ」

 

「…………黙秘する」

 

「……まぁなんでもいいけどよ。つーか攻撃が当たらないとか言わなかったか?」

 

「その通り。私は不器用過ぎて攻撃が全く当たらないのだ」

 

 

 なるほど。だいぶ読めてきたぞ。

 これに加えてあの性癖だ。いくら美人でも敬遠するだろう。

 

 

「それなら器用が上がるスキルとか覚えればいいんじゃないか? まさか剣術スキルすら覚えてないってのはないよな?」

 

「あぁ、剣は持っているが、あなたの言うとおり剣術スキルは覚えていない。得たスキルポイントは全て耐性スキルや防御力上昇スキルに注ぎ込んでいる」

 

「あんた馬鹿じゃねーの?」

 

 

 極振りにしたって度が過ぎている。攻撃が出来なくなっても防御力を上げるなど、本末転倒もいいところだ。

 ダメなのがどちらか片方なら救いようがあったものを、どっちもダメとか手の施しようがない。

 

 

「……んっ。……やはり私の目に狂いはなかった! 是非とも私を、あなたのサンドバッグもといストレスの捌け口にしてほしい!」

 

「お断りします」

 

「くうっ……! 例のリーダーといい、あなたといい、なぜ私のツボをここまで……!」

 

「もうやだこの人」

 

 

 もうこのまま放置して逃げてやろうか。

 

 

「……で、結局カズマには口聞きしなくてもいいんだな?」

 

「………」

 

「どうしたんだよ。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して」

 

「いや、てっきりあなたも私のパーティー入りを拒んでくるものかと……」

 

「パーティー入って二日目の俺にそんな事とやかく言う筋合いなんてねぇからな」

 

 

 それに、防御に極振りしてるだけならまだ希望はある。かなり重度のマゾヒストで攻撃が全く当たらないらしいが、何も出来ないけど入りたいって輩よりはましだ。

 

 その旨を伝えると、ダクネスはふむと顎に手を当て考える仕草を見せると。

 

 

「……血も涙もない鬼畜だと期た……想像していたのだが、案外優しいのだな」

 

「初対面の奴に言う事じゃねぇだろそれ。それに、これは優しさなんかじゃない。めんどくさい事をカズマに流してるだけだ」

 

「……ふふ。そういう事にしておこう」

 

 

 俺の返答を聞くと、ダクネスは柔らかい笑顔でそう言ってきた。

 

 

「……言いたい事があるならキッパリ言ってくれると助かるんだが」

 

「いや、これは言わない方があなたのためにもなるだろう。……そうだ。折角と言ってはなんだが、腕相撲をしないか?」

 

「なんの折角だよ。……まぁいいや。女だからといって加減しねぇぞ?」

 

 

 そう言いながら、テーブルの上に右腕を乗せる。

 ちょうどあの4人じゃ物足りなかった所だ。存分に発散させてもらおう。

 

 

「望むところだ。ちなみに、私は先の4人よりも腕相撲が強い」

 

「へぇ。そりゃいいことを聞いた」

 

「ふふ。……では失礼して」

 

 

 軽く笑いながら、ダクネスも同じようにして右腕をテーブルに乗せる。

 手と手を掴み合い、互いに目を合わせる。

 左手で踏ん張れるようにテーブルの端を掴み、その時を待つ。

 

 

「それでは、レディ……ゴゥ!」

 

 

 呼び止めたウェイトレスさんのゴングで、特に理由も仁義もない腕相撲ファイトが始まった。

 

 

 

 

 

 

 


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