第六十一話
王女様をなんやかんやで送り返したかと思うと、その晩にエリス様に王都へ行けと神託を受け、その場にいたクリスとカズマであーだこーだして銀髪盗賊団だか仮面盗賊団だかを結成し、どうにかこうにかして変態貴族アルダープのクソ野郎がアイリス王女に送った入れ替わりの神器を奪取することが出来た。半年くらいかかった気がしていたが、実はほんの一週間で終わっていた。あとミツルギと仲良くなった気もしたが気の所為だった。
「なんかアレだなぁ。ヒデオとめぐみんが襲来した魔王軍を一息にぶっ飛ばしたお陰で余計な面倒とかがなくなった気がする」
「奇遇だな。変な疑いを掛けられる予感がしてたんだがそんなことはなかったな。予感なんてあてにならんな」
ひと仕事を終えた俺とカズマは、中庭でのんびりひなたぼっこをしていた。あたたかい日差しでほんの少し火照った頬をそよ風が撫でるのがまた心地いい。たまにこうして何も考えずに気の置けない奴とくだらない話をしながら時間を無駄に使うことをしないとな。ちなみにアクアは昼間から飲みに出かけ、めぐみんは帰ってきていたゆんゆんと爆裂散歩、ダクネスは実家に帰っている。
「あー……可愛い妹に会いたい……」
「俺も会いたくなってきた。今から紅魔の里行こうかな……」
カズマはなぜかアイリス様に懐かれており、兄様と呼ばれていた。俺も呼ばれたかったんだが、アイリス様曰く俺は凄すぎてヒーローみたいな感じらしい。悪い気はしねぇな。
「そういやエリス様はあの後なんか言ってたか?」
「大したことは言ってなかったな。礼と今後も頼るかもってくらいだ」
その際にはまたクリスとよろしくとのことだ。それにしても直接関わりのある俺とカズマはともかく、一信者のクリスが選ばれるってなんか不思議なんだよな。もしかして天界からの使徒だったりするんだろうか。
「なんかこう……なんなんだろうな。アクアに頼られるのとエリス様に頼られるのとでは全然違う」
「そりゃあなぁ。駄女神とガチ女神だぞ」
「パッド入ってるけどな」
「お前それ本人の前では言うなよ。あの人のジャブめちゃくちゃ正確で速いぞ」
「まるで食らったみたいな言い草だな」
もちろん実体験である。紳士として美人へのセクハラは義務だ。ちなみにやっても許してくれそうな人を選んでセクハラしている。なんだそれカズマみてぇだな。
「火急の案件も終わったし、しばらくは――」
「それ以上言うな。フラグだぞ」
「おっと」
せっかく面倒事からも子育てからも解放されたんだ。しばらくはゆっくりしたい。それにこめっこにもらった重力杖を試してないし、大食いチャレンジとか新店開拓とかもしたい。
「じゃあ修行すっか」
思い立ったが吉日。やる気があるうちに行動しないとグズグズ何もしなくなるからな。ぴょんと跳ね起き、さぁとカズマに促す。しかしカズマは怪訝そうな表情を浮かべ、文句を垂れた。
「なにがじゃあなんだよ。俺はやだぞ」
「うるせぇ雑魚」
「なんだとこらぁ! 本当でも言っていいことと悪いことがあるだろう!」
「頼むぜカズマット。組手の相手が欲しいんだ」
俺がそう言うと、カズマは鳩が豆鉄砲をくらったような顔でぽかんと口を開けて固まった。カズマは意外とストレートな褒め言葉に弱い。褒められ慣れてないからだ。日頃の行いがアレだし自業自得といえば自業自得だが、そんなカズマにも褒めるところはある。今言った以外にも例えば……その……アレ……うん。やっぱねーわ。
「……しょうがねぇなぁ。全く世話のかかるエースだ。ここはリーダーが一肌脱いでやるか!」
「誰が敗北者だ」
「そのエースじゃないんだが」
ともあれカズマを説得することに成功し、この後めちゃくちゃ修行した。翌日カズマは筋肉痛で死んだ。
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王都から帰ってきて一週間。今日も今日とて修行である。精神面の修行を試みるため、瞑想をしている。瞑想は逆に騒がしい方が効果が高いと聞いたので、わざと人の集まりやすいリビングで座禅を組んでみたところ。
「貴様というやつは!貴様というやつは! どうしていつもそうなのだ!」
想像の五倍くらいやかましかった。
「それは俺のセリフだぞ。なんで俺ばっかにキレるんだよ。もしかして俺の事好きなの? ゴメンな。俺より腹筋割れてるやつは対象外なんだ」
「よしそこに直れ! ぶっ殺してやる!」
「やめろ、やめろって! 痛い痛い! ヒデオ! ヘルプ!」
「助けなくていいぞヒデオ! むしろとっちめるのを手伝ってほしい!」
うるささにも限度というものがあるはずなのだが、どうやらコイツらにはそれがないらしい。というか人が瞑想してるんだから少しくらい気を遣って静かにしてほしいいんだが。
「うるせーぞオカン。カズマが反抗期のクソ息子なのは前からだろ。ここは寛容な精神でな……」
「誰がオカンだ誰が!」
「なんだよ、ママの方がいいのか?」
オカン呼ばわりはいやらしい。この流れだとお袋もダメだろう。全く、難儀なやつだ。
「そういう問題ではない! というかカズマもクソ息子などと言われて悔しくないのか!」
「いやまぁ、大体あってるし……。なぁオトン」
「こんな息子いらねぇんだけど」
「ひどい」
育てるなら娘がいいな。思い切り可愛がって、結婚相手は俺より強い奴じゃないと許可しない。いや、息子に戦い方を教えるってのもありかもしれない。
「かあさん、子供は何人欲しい?」
「そうだな。私はひとりっ子だったから、寂しくないように三人は欲しい……って何を言わせるのだ! セクハラだぞ! というかかあさんと呼ぶな!」
「普段はセクハラされたがってるくせに何言ってんだ」
おかしいのは性癖だけにしてほしいもんだ。
「こういうのは私の趣味とは違うと何度言えばわかるんだ! いいか。もっとこう人として、女としての尊厳を踏みにじるような……! お前ならできるだろうヒデオ!」
「何度言われてもわかりたくねぇんだけど」
前言撤回。他はおかしくてもいいんで性癖どうにかしてください。
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「たでーまー」
「窓から入ってくんな」
「おかえりなさいヒデオ」
いくら空を飛べるからといって窓から帰宅するとは何事だろうか。外出も窓からだった気がするし、ヒデオは強さと引き換えに玄関という存在を忘れている可能性がある。俺がそんなことを考えてるうちにヒデオは窓の上辺りに増設した小さな下駄箱に靴を直し、冷蔵庫をあさりに行った。いやどこに下駄箱作ってんだよ。今気づいたわ。そんでちょっとオシャレじゃん。
「……ん? ダクネスはどこ行ったんだ? 気がないが」
「ダクネスはなにやら領主に呼ばれて少し屋敷を開けるそうです。わざわざ馬車で迎えが来てましたよ」
ちなみにアクアはドラゴンの卵(鶏卵)を持ってウィズの店に遊びに行っている。魔力を注いでもらうんだとか。迷惑かけないようにだけ祈っている。
「迎えには行かなくていいか?」
「はい。いつ帰るかわからないので、と」
「ふーん」
ヒデオはそれ以上は興味をなくしたのか、軽く返事をして再び冷蔵庫をあさり始めた……が。めぐみんがあまりに不安そうな視線を送っていることに気づいたのか、はぁとため息をついて振り返った。
「……なんだめぐみん」
「ダクネスは変なことに巻き込まれてるんじゃないでしょうか。領主から直接呼びだされるなんて……」
「アイツはあれでも貴族だ。貴族同士で話し合うこともあるんだろ」
「カズマにもそう言われましたが、やっぱりなにか納得がいかないというか、不安が消せないというか……」
めぐみんには心配させまいと皆までは言わなかった。しかしめぐみんの言う通り、気になるところは幾つかある。中でも、ダスティネスの当主であるダクネスの親父さんじゃなく、ダクネスを呼び出してるあたりとかな。迎えに来た使用人の口ぶりではダクネスだけを招致してるみたいだった。怪しいっちゃ怪しいが、あのオッサン見た目が怪しいからなぁ。余計勘繰ってしまう。
「心配すんなめぐみん」
「ヒデオ……」
ぐわしぐわしと乱暴にめぐみんの頭を撫で、ニカッと今まで見たこともないような爽やかな笑顔で。
「――俺なら証拠を残さず殺れる」
そう言い切った。
「そういう問題じゃないんだよなぁ」
「なるほど! その手が……」
「こらこらお前も乗り気になるんじゃない」
「なーご」
「ちょむすけはいいや」
この後なんやかんやで俺も領主暗殺計画に加わるのだが、ふつうにダクネスが帰ってきたのでおじゃんになった。
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「クーロンズヒュドラの討伐に行かないか?」
帰ってきた翌日、ダクネスはパーティの皆を集めてそう言った。こいつからこんなことを言うのは珍しい。頭でも打ったか?
クーロンズヒュドラとは端的に言ってめちゃくちゃ強いヤマタノオロチ的なモンスターらしい。よく知らんが。ヒュドラっていうくらいだから毒持ってそうだ。俺は別に構わないしめぐみんも乗り気だが、例のふたりは例の如く激しく抗議した。
「嫌に決まってんだろ! シルビアの賞金も貰ったし俺はバニルから大金貰える手筈なんだよ! 確かに金はあっても困らないけど命に変える程じゃない! だから行かないぞ!」
「私はゼル帝の世話があるもの! 行かないわ!」
どうでもいいが、どう見てもアクアが大事に抱えている卵はニワトリの卵にしか見えない。ドラゴンの卵と主張し続けるアクアが可哀想なので、世話をする番の時は気を与えまくっている。
「アクアはともかくカズマの言い分は一理あるな。強さはともかくデカすぎると手が回らん。お前らを守りながら戦える自信はないぞ。無理する必要あんのか?」
金に困ってでもいない限り、こんな無茶な提案はしてこないはずだ。しかしダクネスの実家は大貴族だ。そうそう金に困るなんてないはず。他に目的があるとしたら性欲のためだが、そこまでするだろうか。一概に否定出来ないのが辛いところだが。
「そうだぞ。こんなバケモン狩りに行くなんてモンハンかよ。俺は絶対やらないからな!」
「あ、知ってる! これ後でやるやつ!」
「ぐ……! わかった、背に腹は変えられん。クーロンズヒュドラを討伐した暁には、キ、キスを……!」
言いなれてないんだからやめておけばいいのに、ダクネスは顔を真っ赤にしてそんなことを言った。しかしキス程度でこのクズがなびくだろうか。いや、なびかない。俺だってなびかない。童貞だからって舐めてもらっては困る。いや舐めては欲しいけど。
「キス程度にどんだけ価値見いだしてんだよ。自分に自信ありすぎだろ」
「なっ……!」
「はーこれだから乙女は。その程度で命なんてかけられるかよ」
カズマはわざとらしくため息をついて、やれやれと言った様子でダクネスを小馬鹿にした。当然ダクネスの顔は怒りと羞恥でさらに真っ赤に染まる。
「この男……! 最低だぞ貴様! ヒデオ、同じ男として何か言ってやれ!」
「おっと、悪いがこの件は全面的にカズマに同意するぜ。というか俺にはなにもしてくれねぇのかよララティーナさんよ」
おそらく一番頑張るのが俺なのに俺に何も無いのは不満だ。ここは堂々と報酬を請求せねば。
「ぐぬ……! なにをして欲しいのだ……!」
「そうだな。見た目は当然申し分ないからいいんだが、もっと根本からお淑やかになってくれ。そしたら結婚しようと言いたいところだが、今更その性癖が直るとも思えないのでいつでもおっぱい揉み券を発行してくれ」
「死ね!!」
「ごべぁ!!」
凄まじい破壊力の右ストレートが俺の顎を砕いた後のことは覚えていない。めぐみん曰く、俺が気絶してちょむすけにおもちゃにされている間にカズマが上目遣いにやられて堕ちたらしい。そこからはアクア特攻のあるカズマがアクアを連れ出し、ヒュドラ討伐をすることになった。