また、第一話のタイトル後半部分を第二話のタイトルとして修正しました。
「は、はは……嘘だろ。こんな、こんなのって……」
ひどく裏返った聞くに堪えない声が、他ならぬ俺自身の声帯から絞り出される。同時に、心胆を寒からしめるの表現とは、まさにこういう状態に陥ってみて初めて使うのだということを、まざまざと理解した。だからこそ、胸を張って断言できる。目の前の
だってそうだろう。考えてもみてほしい。日本国の首都である東京の古き良き象徴が、
そして、見るも無残な光景を晒すのは何も東京タワーだけという訳でもない。その周囲に整然と立ち並んでいたであろう色も形も様々な高層ビル群は、あるものは、まるで時間を建設半ばまで強制的に引き戻したかのように、途中から鉄骨と鉄筋コンクリートで造られた枠組みの一部だけを残して崩落し、またあるものは、「一番始めに真横から強烈なビンタを食らわせて、ドミノを始めました」と申告されても信じられそうなほどにメチャメチャな状態となって、一面横倒しになっている。
遠方がそんな有様であるなら、近場もまた似たようなものである。俺が足を踏みしめて立つこの場所――元々は中央分離帯を有する四車線の大通りであったのだろう、広々とした路面のアスファルトにはいくつもの大穴が開けられ、それらを中心に放射状に走る大人も楽々飲み込めそうなほどに太く深い亀裂の数々が、地中に埋設されていたインフラ用と思しき赤茶けた鋼鉄の配管諸共に地上まで押し上げた上で、飴細工のようにグニャリと捻じ曲げている。
中でも、特に目を見張るほど巨大な片手で足りるほどの亀裂に至っては、通りのみならずその脇に立ち並んだブティックやビジネスホテルの看板を掲げた中層ビルにまで伸びており、勢い余って上階まで崩落させていた。しかしそんな惨状とは対照的と言ってもよい、巨大亀裂が走る直線上にだけは、何故か瓦礫の類が一切見受けられなかった。例えるなら箒で念入りに掃き取ったような、そんなある種の清潔感すら感じられた。
「ひどいもんだ……」
しばらく考えてみて半ばその理由に合点がいった時、俺の口から諦めにも似たそんな言葉が突いたように漏れ出てしまう。
これほどまで強大な地中をかき回す力を前にしては、途中に存在しただろう乗用車の類など塵に等しく、路傍の石ほどの障害にもならなかったに違いない。十トン近くの積載量を誇る大型トラックや地面深くに根を張った街路樹であってもそれは同じで、おそらくその全てが火山の噴石よろしく遥か彼方へ向けて発射されてしまったのだろう。数キロ先まで歩いて行ってみれば、あるいはそのような投射物たちが山となって降り注いでバラバラになった痕跡を見つけることができるかもしれない……もっともこの様子では、どこに行こうがこうした光景が広がっているはずだから、仮に探し当てたところで満足に判別もつかず無駄足になるだけなのだろうが。
「これじゃ、『首都』東京じゃなくて『廃都』東京じゃないか……」
一昔前にSFだか何だかの小説で見かけたような表現が脳裏をよぎり、口から飛び出てきた。
廃都。このどこか厨二感溢れる単語に、何らかの意味合いを持たせるとするなら、『はいと【廃都】――支配者たる存在が何かしらの要因により姿を消し、繁栄を極めたかつての栄華だけを僅かに偲ばせる文明や都市の遺構』みたいな感じになるのだろうか。
「……ハッ」
と、そこで今度は声高く失笑する。この惨状を前にして、よくもまあそんな馬鹿げたことを考えつくものだと、我が事ながら思った。
遠目に映る寸断されたかつての都の象徴、その周囲をぐるりと囲んだ高層建築群、それらの間を縫うように緻密に張り巡らされた交通網の全てに、こうなってしまう以前は万を優に超える人々の営みがあったというのに。
「…………行くか」
大きく天を仰いだ後に一度大きく溜息をつくと、俺は叢雲が歩き去った方へ向けてゆっくりと歩き出した。気分は頭上の空のようにどんよりと重苦しく、これから待ち受ける展開の不透明さを表しているかのように思えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
歩き始めてから体感で数分ほどの場所。根本よりポッキリと折れて反対側のビル壁を貫く形で寄りかかった電柱を棟木代わりに、上から被せられた
「カンメシ……?」
だからこそ、その名を思わず声に出してしまう。
「けど、なんで自衛隊のレーションがこんなところに……? しかもⅡ型じゃなくⅠ型とは……」
【たくあん漬】に【牛肉野菜煮】。そんなちょっとお堅い感じの表記がされた料理の品目を目にしながら、俺は浮かんだ疑問をそのまま口にする。
“非常用”の頭文字が示すように、Ⅰ型に与えられた本来の役割とは、来る有事に備えて平時より基地や駐屯地などに備蓄しておくための代物である。そのため普段使いにおいては、利便や携帯に優れるレトルトパウチ包装の【戦闘糧食Ⅱ型】に比べ圧倒的に劣っており、実際の現場でも、これが開けられる機会というのは、期限切れが間近に迫った廃棄される寸前のモノを、血税云々の理由からその都度消費する時が大半であると記憶していた。基地の食堂の片隅に山と積まれたⅠ型の中から人気缶だけが真っ先に抜かれて残るは不人気缶のみ、なんていうのは自衛隊内では定期的に見られる風物詩であるらしい。
そういう狭い業界特有の込み入った事情もあってか、野外の演習などにおいてもめっきり目にすることが少なくなった、ある種絶滅危惧種的存在であったはずなのだが……そもそも、陸自では数年前に調達が全面的に停止されたとも聞いている。
とはいえ、そんな疑問は詮無きことか。大事なのは、どうやらまともな飯にありつけそうだという事実である。悪名高い米軍のMREなんかと違って、味と見た目にうるさい日本の自衛隊向けに納品されるこれは非常に信頼が置けるのだから。
なんてことを考えながら、空腹がもたらす飢餓感に導かれるままに食卓へ寄ろうと第一歩を踏み出したちょうどその時、
「あら、丁度いいタイミングじゃない」
俺の立つ側とは反対の
すると、ふわりと甘い香りが一瞬にして広がり、俺の鼻腔をくすぐる。同時に、口中につばが湧き出し、胃が「早く食わせろ!」と狂ったように騒ぎ立てるのを感じた。
その時点で、俺は香りの正体について半ば確信があったが、本能に突き動かされるままにドタバタと駆け寄るのも人としてどうなのかと気付き、すんでのところで思い留まった。なので、努めて冷静に、しかし大股で自分も食卓へと近寄る。
一歩一歩近づくごとに、その暴力的なまでに食欲を掻き立てる香りは強くなっていく。たかが数歩、されど数歩。今の自分であれば、二河白道の説話に登場する旅人の心境も容易に理解できたことだろう。
と、そんなこんなでようやく食卓の縁へと手をかけることに成功する。そこで一息入れて達成感に浸りたいところであったが、本丸を前にして小休止など愚の骨頂。心の中の理性と獣面がせめぎ合うのに苦慮しながらも、時間を置かずにそっと中を覗き込んだ。
はたしてそこに存在したのは――ぴかぴかに磨き上げられてから、丹念に炊き上げられた、純白の白米。
「おぉ…………!」
日本人の
そんな俺の反応が予想通りのものだったのか、叢雲の表情も今までになく柔らかで得意げなものだ。自信家な一面を持つ彼女らしいといえばらしい。
「お気に召したかしら?」
「……パーフェクトだ、ウォルター」
「えっ、いや、誰よウォルターって。ま、まぁ、喜んでもらえて何よりだけれど」
残念ながら即興で振ったネタには食いついてもらえなかったが、それでも俺の発する感動の程は十分に伝わったようで、明後日の方向を向き若干赤くなった頬をかくなど、満更でもない様子である。照れ屋な一面を持つ彼女らしいといえばらしい。
そう、それらを総合して一言で言い表すとするなら――
「ツンデレ乙」
「誰がツンデレよっ!! くだらないこと言ってないで、さっさと席に着きなさいっ!!」
流石にからかいが過ぎたのか、そこで今度こそ耳元まで真っ赤になった叢雲が、突如として虚空から召喚した彼女自身のトレードマークである
――というか、テレポーテーション的召喚法が使えるなんて聞いてないっすよ、叢雲さん。
どうやら、【艦娘】という存在に対して、俺の知る常識なんてものは全く意味を成さないようであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……つまり、アンタも全く知らないうちに、この『廃都』に居たってわけ? しかも、直前の記憶に関しては朧気で、どうやって此処に来たのかもはっきりとしないと」
「まぁ、そういうことになるな。何より俺の知る限り、東京はこんなどこぞの世紀末的光景ではなかった……ところで、その『廃都』って言い方、むず痒くなるんで出来ればやめてくれない?」
「何よ、端的に此処について言えてる訳なんだから
「いや、作るも何もこれ缶ごと湯煎して蓋開けただけで、実質貴女がやった調理って飯盒炊爨で米炊いたぐらいじゃあ……あ、いや、すみません、ナンデモナイデス。どうぞ心置きなくお取りください」
折畳式の椅子に向かい合って座り、【戦闘糧食Ⅰ型】の塩味の濃い味付けがされたおかずを突っつき合いながら、俺と叢雲は互いの持つ情報を若干駆け足ではあるが、整理していた。それでわかったことは、どうも叢雲も俺と同じように、目が覚めたらこの『廃都』に一人倒れていたらしい。で、とにかく原隊である横須賀鎮守府への帰還を目指そうと、単身移動を続けていたとのことである。幸運にも、移動を始めてからそう経たない内に、擱座しながらも損傷のほとんどない73式大型トラック、それも補給物資を満載したものを発見できたらしく、以後はそれを足としつつ、路面の被害が比較的少ない道を縫うように進んできたとか。そうしてようやく臨海部まで辿り着き、今後の横須賀までのルート策定と不足した物資を補充する目的で降車し、周辺の偵察を行っている途中、瓦礫の散乱する路上にうつ伏せの状態で意識を失っていた俺を発見したらしい。
「まぁ、最初は死んでると思ったんだけれど」
「ひどいなおい……おっ、この牛肉の時雨煮なかなかイケるな。ご飯とよく合う。というか、この米が本当に絶妙な炊き具合だ。硬すぎもせず、かと言って柔らかいなんてこともない。おまけに、米粒の一粒一粒の形まで噛む度にしっかりと感じられる」
「……ふん、この私が手がけたんだから当然でしょ。で、せめて埋葬して手を合わせて冥福ぐらいは祈ってあげようかと思って
「なるほど、それであんな強烈なご挨拶をしてくださったと」
「……まぁ、悪かったとは思ってるわよ。ただ、私もこんなわけもわからない場所で目覚めてから初めて面と向かって話せる人間と出会えて動転してたというか……ぅ、ぅれし……かったと、いうか……」
「えっ? 最後だけはっきり聞こえなかったんだけど、何か言った?」
「な、何でもないわよ! さっさと食べちゃいなさいよっ! そんでもって、片付け終えたら今後のことについて詳しく話し合うわよっ!!」
俺の受け答えの何かが彼女には気に入らなかったのか、そこで急に声を荒げて叢雲はご飯をかっ込み出した。その威勢の良い食いっぷりを俺はしばし感心しながら眺めていたのだが、やがてめぼしいおかずを片っ端から彼女が箸で攫っていることに気付かされたので、慌てて自分の取り分を確保するべく、同じく箸を伸ばすことと相成った。
食事という名のバトルを終え、どちらからともなく「ご馳走様」を告げてから、分担して片付けをする。インフラが死滅している関係上、やはり水が貴重なのか、かつて訪れた豪州の飲食店で見かけたように、叢雲がたらいの中に溜めた水の中に食器をつけ洗いしておいてから、すすがずにそのまま清潔な布で拭き取るという工程を経ているのが、どこか非日常を感じさせた。しかし、これからも食事をするごとにおそらくこれをしなければならないのだろう。こればかりは、到着地点である横須賀鎮守府が無事であることを祈りたいところであった。
で、片や俺の方は何をしているのかといえば――路面のアスファルトが割れて土が露出している場所に陣取り、
もちろん、意味もなくこんな勤労精神溢れる肉体労働に励んでいる訳ではない。先ほど二人で完食した【戦闘糧食Ⅰ型】の空き缶、あれを叢雲に手短に説明された有時の規定に従って目につかぬように埋没すべく、こんなことをしているのである。まぁ、深く考えてみなくとも、こんな場所でリサイクル業者が回収しに来てくれるわけないのだ。確かにやらなければならない作業ではあるだろう。
……円匙を手渡してきた時の叢雲が笑みを隠すこともなくやけにキラキラしていた辺り、一番面倒な仕事を俺に押し付けることができてホクホクなのだろう。が、たとえそうであろうと、俺はただ真面目に粛々と彼女に与えられたこの仕事をこなすことにした。背中で語って結果を示す『野郎』という生き物の悲しい性である。
「……っしょっと。こんなもんか」
膝丈ぐらいまでの深さまで地面を掘り下げたところで、俺は円匙を動かす手を止めた。これだけ深ければ、重箱のように重ねることが可能とはいえ、それでも嵩張る空き缶の山でも十分に隠し切ることができるはずであった。
投入後、すぐさま埋め戻す。掘るのと違って、埋め戻すのは掬って落とすだけなので案外楽なものだ。完全に見えなくなったところで、違和感がないようその辺から拾ってきた瓦礫やら何やらを適当に散らし、自然に見えるようにしておいた。
「うっし、これでオッケーっと」
パッパッと手についた土埃を払うと、一仕事やり遂げたことを実感する。持っていた円匙をグサリと地面に突き刺してからぐぐっと伸びをすると、心地好い達成感が体中を駆け抜けた。
「へえ、驚いた。私が後追いで手伝う必要なんて全くなかったみたいじゃない。感心感心」
と、そこで叢雲の方も自分の担当する範囲を手早く終わらせてきたらしく、弾んだ口調で俺に声をかけつつ
内一つが俺の方へと差し出される。受け取ると、熱気を帯びた程好い陶器の温かみがじんわりと掌に広がった。口元に掲げてきてやれば、果実味に溢れる芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。一口含んでみると、混じりけのない統一された苦味と、若干の酸味で構成された熱い液体が味蕾を喜ばせる。舌の上でゆっくりと転がした後でゴクリと飲み込むと、穴掘りで溜まっていた疲労が薄らいだのがはっきりと感じられた。
「…………美味い」
ほう、と深い溜息を吐き、長い長い沈黙を経た後に出てきたのはそれだけだったが、それで十分であった。叢雲が淹れてくれたコーヒーは、その一言で事足りるほどの一杯だったのである。
「……そこまで感動するほど美味しかったかしら、これ。ただの官給の安物インスタントのはずなんだけど」
傍らでズズッと同じものを啜る叢雲が若干呆れた様子で呟いているが、気にしない。大体こんな場所で供されるコーヒーがインスタントなのぐらい俺も分かってるが、大事なのは、“叢雲”自ら淹れてくれたという事実である。これがコーヒーの前に修飾語としてつくだけで、値千金ぐらいの価値には跳ね上がる……決して俺が貧乏舌とかいうわけではない。
「……何か不埒なこと考えられてる気がして、無性に殴りたいわね」
「失敬な。単純に美味しいって褒めてるだけじゃないか」
「どうだか。そんなことより、さっさと今後の方針を立てるわよ。アンタを拾ったせいで、こっちは色々と考えなきゃならないことが増えたんだから」
そう言うと、
――まぁ、そういうの指摘されるのすごく嫌がりそうだ、叢雲の性格を鑑みるに。
苦笑しながら、二口目を啜る。出会って一日も経たぬ間柄とはいえ、既に俺は、彼女のあり方――その
「……そういえば、二次元の存在なはずなんだよなぁ、叢雲って。余りにもやり取りが自然すぎてこれまで考えが及ばなかった」
完膚なきまでに崩壊した東京。本来ならありえることのない二次元キャラとの邂逅。あと、此処で目覚める前の直近の記憶の欠如。類稀な不幸の星の下に生を受けて、その自慢には事欠かない身の上であるという自覚はあったが、こんな異常事態に巻き込まれることになるとは誰が予想しただろうか。だが、俺はこの状況を決して不幸だとは思ってなかった。むしろ真逆の、僥倖であるとすら考えていた。
想像していた形とは著しく異なれど、俺は確かに、あれほどやりたいと焦がれていた【艦隊これくしょん‐艦これ‐】の世界にやって来れたのだ。であれば、今はそのことを素直に喜ぼう。そして――
――どこまでもこの命ある限り、共に歩んでいこう。
そう、強く強く願った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
バサリ、と捲り上げた
そして、先んじてそこに陣取っていた叢雲は、一番上に広げた東京の臨海部を精細に反映させたと思しき大縮尺の地図を片手にうんうんと唸っていた。紙面には、彼女自身の手によってであろう、幾本もの赤線が引かれており、しかしその大半が途中でペケをつけられる形で不自然に中断されていた。
俺が音を立てて入ってきたのに気づくと、叢雲はそれまで目を注いでいた地図から一旦離れ、顔を上げて少し不機嫌そうに眉を寄せた。
「遅かったじゃない」
「すまん、ちょっと決意表明みたいなことをしてたもんでな」
「何よそれ……いまいちよくわかんないけど、問いただしてる時間も惜しいことだし、まぁいいわ。とりあえず座りなさいよ」
「では、遠慮なく」
叢雲からお許しをいただけたので、俺は対面する位置に置かれていた椅子をズズッと自分の方に寄せてそこに腰を落ち着けた。その際、ドリンクホルダーが肘掛けの部分についてることに気づいたので、ずっと持ちっぱなしだったコーヒー入のカップをそこに突っ込んでおく。
「で、今後の方針を立てるんだったな。見たところ、あんまり順調には進んでないようだが」
「……ええ、想像していた以上に道が寸断されててね。とはいえ、一応抜けられそうなところは見つけたのだけど」
俺の問いかけに対し、叢雲は持っていたペンで地図上の二箇所をトントンと指し示す。確かに、その二本の赤線だけは途中でペケがつけられて途切れるなどということもなく、東の方へとどこまでも伸びていた。
「二パターンあるのか。じゃあそのどちらにするかで決めあぐねてるってことか?」
「そうね。一つは、国防軍が【深海棲艦】の上陸阻止を目的として海岸線伝いに敷設された無数の地雷原と
「……ん?」
「もう一つは、若干遠回りになるのだけど、首都高から川崎市伝いに、横浜市郊外にある残留在日米軍の兵站集積所を経由してから横須賀に向かう……って、どうしたのよアンタ。元からマヌケな顔が輪をかけてマヌケになってるわよ」
「いやいやいやっ! おかしいだろ色々とっ! 一体いつから自衛隊は国防軍なんて物騒な組織に改名したんだよっ!!」
俺の知る限り、この日本国に存在する軍事組織とは、高度な政治的事情から玉虫色に命名された【自衛隊】であって、決して【国防軍】などというド直球な響きを放つようなものではなかったはずである。だったはずなのだが――
「はぁ? 自衛隊が国防軍に改名したのなんて、今日日田舎の小学生でも知ってるぐらいの常識よ? そんなことも知らないなんて、逆にアンタ今まで一体どうやって生きてきたのよ」
――目の前の叢雲の反応を窺うに、自分はどうやら、義務教育中の存在にも劣るとされるぐらいにはイレギュラーな疑問を口走っていたようであった。
――しかし、あれほど重度の戦争アレルギーを発症していたこの国で、まさかの【国防軍】と来たか……。
どうやらこの世界の日本は、想像するだに恐ろしい逼迫した情勢に立たされているらしい。そして、今更ながら俺の中で【艦隊これくしょん‐艦これ‐】の世界とは、広大な太平洋全てを戦域としたシミュゲーであったことが思い出された。であれば、叢雲から得た僅かなこの世界の情報と、俺が此処にやって来る前に【艦これ】の公式媒体などで得ていた所謂『
「……叢雲。この世界の日本は、突如として【深海棲艦】の侵攻を受けた。それが原因で、日本の【自衛隊】は【国防軍】へと組織体系を変化し、お前のような【艦娘】とそれを統括する【鎮守府】を主軸とした反攻体制を構築するに至った……ここまで合ってるか?」
「…………大体合ってるわ。より正確に言うと、日本だけでなく全世界のほとんどが、同時多発的に【深海棲艦】による襲撃を受けた。その当時の各国がどう対応したのかは詳しく知らないけれど、日本の場合、この事案が憲法上で定められた有事に当てはまるか否かで国会と国民が大荒れに荒れた。結果、初動における米海軍第七艦隊との安保協定に基づく連携構築に失敗……ようやく議論を無理やりまとめてというか棚上げして駆けつけた時には既に遅かったわ。第七艦隊は、原子力空母【ジョージ・ワシントン】を筆頭に多数の保有艦艇を喪失。海自の方も米海軍との連携どころか救援もままならぬままに護衛艦のほとんどを各個撃破され、それらを運用する優秀な人材諸共に海の藻屑となる結果に終わったわ。その後の流れはまぁ、アンタの言う通りそのままね。自衛隊はより実戦的な国防軍への方針転換を余儀なくされ、時同じくして登場した私たち【艦娘】が再建された水上戦力の中枢を担うこととなりました……何よ、知ってるのなら最初からそう言いなさいよ。意地が悪いわね」
叢雲がジトリとした視線を俺に向ける。当たり前だ。彼女からすれば、今の俺の言動の全てが不信感を募らせる行為でしかなかった。
――言うべきだろうか? 俺が【艦娘】も【深海棲艦】も存在しない世界でこれまで生きてきたという事実を……。
深く考えるまでもなく、言うべきだと思った。言わなければ、直前に抱いた決意が全て嘘偽りに塗れたものへと化してしまう。自分勝手にとはいえ、共に歩むことを決めた彼女に対し、最初から不誠実な態度を貫きたくはなかった。
「それは……いや待て、“ジョージ・ワシントン”だと? “ロナルド・レーガン”でなくて?」
――違うんだ、とそう叢雲に告げようとした時。ふと、気づかされる。先ほどの叢雲の説明の中に微妙な違和感が混じっていたことに。それが、指摘という形で突くように口から飛び出していた。
「すまない、叢雲……今日が何年の何月何日か教えてもらえないか?」
「はぁ? 本当に藪から棒にコロコロ話題が変わるわねアンタ……まぁ、いいけど。私の体感での記憶が正しければ、今日は
「なん……だと……!?」
叢雲の答えは、分断された東京タワーを見た時に感じた以上の衝撃を以て俺へと襲いかかる。それは、この世界が俺の知る空間軸どころか、時間軸すらも激しく異なるという事実そのものを言い表していた。
次は、もっと早く投稿できるよう努力します。