艦隊これくしょん‐艦これ‐【裏鎮守府】   作:ウルティ

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お待たせしました。第三話です。
何とか前回よりかは、早く仕上げることができました。
前回投稿までが論外すぎるとも言えますが、今後も最低これぐらいのペースを保って書いていけたらと思います。
あぁ、速筆できるだけの腕が欲しい……



第三話【一人の提督、一人の艦娘】

 つまり、という前置きを皮切りに、緊張の内にその場は始まった。

 

「此処に来る前のアンタは、深海棲艦(あいつら)艦娘(私たち)も居ない世界でこれまで平穏に暮らしてきた……はずだったのに、それが何の因果か、気づけばこのろくでもない世界……“和成”の日本にやって来てしまっていた、と」

「……あぁ、これから行動を共にする以上、このことはどうしても伝えておきたかった……すぐに信じてもらえるとは思ってないが」

 

 結局のところ、『目が覚めたら異世界』などという、小説などの媒体では若干使い古されてカビの生えた感のある問題に直面していた俺にこの時点で用意できた回答は、俺自身が今まで生きてきた世界のことを包み隠さず叢雲に話す、というものだった。が、正直な胸の内を明かすなら、自分で言ってても無理のありすぎる話だと思う。

 俺の居た世界を一言で言うとすれば、それは、人類と敵対する明確な脅威である【深海棲艦】も、その脅威から人々を守護(まも)る【艦娘】のどちらも存在せず(・・・・)、それなりに“平和”と見做されていた世界。それも、彼女(叢雲)が認識する“今”よりも三年経った未来ときた。

 

 “荒唐無稽”

 

 普通の人間であれば、今の話を聞いた後で、このような判断を下すことだろう。あるいは、精神科への通院を遠回しに勧められるか。どちらにせよ、俺にとっては余り芳しくないことだ。しかし、いくら材料を並べてまくし立てたところで、俺にはそれが正しいと彼女に認めさせるだけの証拠も自信もない。

 つまりは、手詰まりどん詰まり。所詮は、悪魔の証明にすぎないというわけだ。しゃかりきになって頑張ってはみたものの、結果的に気づかされた事実に自分が情けなくなってしまい、自然とため息を吐いてしまう。

 この世界における東京の目を覆わんばかりの惨状を見るに、種の存亡を賭けた絶望的な戦いを、艦娘擁する人類サイドは、止めどなく攻め寄せる海嘯の如き深海棲艦相手に日々繰り広げていたのであろう。そして、叢雲自身もその戦列の一端を担っていたことは、これまでの彼女の言動の端々から容易に察せられた。

 だとすれば、俺が今こうして赤裸々に述べていったこんなもの(平成の日本)は、質の悪い冗談か。悪い夢か。あるいはその両方か。

 いずれにせよ、誇り高き防人としてこの世界の日本に尽くしてきた彼女に対する、ある種冒涜的な内容だったのには違いなかった。

 そんなわけだから、彼女から最初に飛んで来るのはおそらく罵詈雑言の類だろうと覚悟していた。しかし、対面した机の反対側で片肘を突き、瞑目したまま俺の話を聞いていた叢雲の口から初めに紡がれたのは、意外な言葉だった。

 

「…………信じるわよ」

「えっ……?」

「だ! か! ら! アンタの言葉を信じるって言ったのよ!! このスカポンタン!!」

 

 クワッ、とまるで般若のような形相で、俺に睨みを聞かせる叢雲。しかし、それに恐怖を抱く余裕もないまま、俺は半ば反射的に彼女へと問い返していた。

 

「な、なんで……?!」

「……アンタとは会って数時間足らずの関係とはいえ、それでも他人を陥れるような嘘をつくほどの下衆な輩とは思えなかった。私に嘘をついたところで得られる利点なんてたかが知れてるのもあるけど。それに……」

 

 そこで一旦叢雲は言葉を切る。そして、机の上から取り上げたカップを口元まで運ぶと、その縁にそっと口をつけた。少しだけ湿らす程度に含んだ後、更に続ける。

 

「自分では気づいてないんでしょうけど、アンタがこれまで暮らしてきた世界のことを語る時のアンタの表情には……その、なんというか、とても暖かみのある実感がこもっていたわ。深海棲艦による侵攻が開始されてこの方、常に絶望の淵に立たされてきたこの世界の人間にはとてもあんなものは形作れない」

 

 そう一息に言い終えると、再び口元に持っていったカップを、今度はクイ、と大仰に傾けた。コクコクと喉を鳴らしながら一気に飲み干すと、カンッ! と甲高い音が立つほどに勢いをつけて、それを元あった場所へと叩きつけた。

 

「だから、私はアンタの言葉を信じるに足ると思った。その根拠は、他ならぬ私――誉れ高き吹雪型駆逐艦五番艦である【叢雲】自身が、アンタのことを信じるに足る存在であると思ったからよ!」

 

 真正面より俺を見据えて高らかに名乗りを上げた叢雲は、そこでどうだと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。自らの放つ言葉に絶対的な自信を持つその姿は、かつて動画投稿サイトで繰り返し視聴した、“電子データ”だった彼女の姿と重なって映る。しかし目の前で堂々とする叢雲が放つ存在感は、そんな0と1で形造られた空虚なものでは断じてなかった。そこには確かに、“魂”とでも呼べるものが宿っていた。

 だからだろう、気づいた時には自然と感嘆の言葉が漏れ出ていた。

 

「…………すごいな、叢雲は。俺には、自分で下す判断にそこまで信頼を寄せることなんてとてもできないよ」

「……そんなことないわ。私からすれば、アンタこそ表敬に値する。くそったれな現実を突きつけられても、挫けることなく、今こうして最初の一歩を踏み出そうとしている。薄っぺらな『利』に振り回され、滅びの火が尻を焦がしてもなお、既得権益の確保に腐心していた国防軍や政府のお偉いさん方なんかと比べれば、アンタは余程まともに思えるわ」

「それは……褒められてるのかなぁ、はたして」

「間違いなく褒めてるわよ。だから、安心して胸を張りなさい。それに、私からもアンタに話しておかなきゃならないことが一つあってね」

 

 そこで、おもむろに叢雲は椅子から立ち上がる。そしてそのまま、まるで禅僧が座禅を組んで思念するかのように難しげな面持ちを見せた――次の瞬間だった。

 

「ッ……!?」

 

 突如として、眩いと言わんばかりの光が天幕の中を満たし、そして消え去った。再び視界が開けた時には、すらりとした叢雲の肢体には似つかわしくない、鈍い輝きを放つメカメカしい機械のようなものが、その周囲に展開されていた。

 

「それは……まさか」

「そう、これが私たち艦娘を艦娘足らしめる最大にして唯一の要素。生身でありながらにして海上を疾駆し、深海棲艦を屠ることを可能とした艦娘の装備品……【艤装】よ。といっても、今の私のこれは、浮かべるかどうかもはたして怪しいスクラップそのものなのだけど」

 

 そう苦笑しながら語る叢雲の言う通り、彼女の艤装は、一体何をどうやったらここまで痛めつけられることができるのかと問い詰めたいぐらいにボロボロの状態だった。腰に負った艦橋を模した形状の基部には、至近弾・直撃弾共に受けた証なのか、大小の痛々しい弾痕が残されており、ブスブスと黒煙が立ち上るに任せている。そこから直結する形で設けられた左右二基の連装主砲も、片方は腔発を起こしたのか、両の砲身が破裂してとても運用には耐えない代物と化しており、もう片方は、アームの根本から先が何処へ行ったのか、綺麗さっぱり欠損してしまっていた。左腕に装着した三連装の魚雷発射管の方も、どうやら全弾撃ち尽くしてしまったようで、魚雷が格納されていたカバー付きの筒だけが、ぽっかりと空洞を覗かせている。どう控えめに言っても、文字通り“満身創痍”であった。

 ゲーム時の損傷グラフィック――通称【中破絵】などとは比べ物にならないぐらいの痛々しい姿に、俺は絶句しつつも彼女のことを凝視してしまう。が、それは叢雲からすれば余りよろしい行ないではなかったらしく、整った彼女の細眉が少しだけしかめられる。

 

「……そこまでジロジロされると、あんまり良い気はしないんだけれど」

「あ、いや、ごめっ……そういうつもりじゃ決してなかったんだ」

「そう言う割には、色欲に塗れたアンタの感情を、頭の“これ”が感じ取ったのだけど?」

 

 冷ややかな目線を俺に送りながら、叢雲は、自身の後頭部で浮遊する獣耳形状のユニットを指差す。主人の怒りを反映してか、こちらを威嚇するようにチカチカと赤く明滅していた。

 

「え、それってそういう相手の内面も全部筒抜けなのか。マズったな……あっ」

「どうやら、間抜けは見つかったようね」

 

 自爆という醜態を晒した俺を前に、一転して叢雲の表情は喜色に彩られる。心底楽しそうにしてる辺り、今のは計算づくの流れだったらしい。仕掛けられた網に、俺は見事に引っかかってしまったというわけだ。

 バツの悪そうな顔を俺がしていると、バレバレな忍び笑いをしていた叢雲の方から、茶目っ気のあるウィンク混じりに手が差し出されてくる。

 

「まぁ、そんなこんなでこれから長い付き合いになりそうなわけだし、今のは軽いジャブみたいなもんと思って受け取って貰えると嬉しいんだけど。ねっ? ユーキ?」

「いきなり下の名前からでしかも呼び捨てかよ……まぁ、いいけど」

「お互い様でしょ。それに、最初から私のことを呼び捨てしてたのはアンタの方でしょーが。これは、私なりの信頼の証。そう思ってほしいわね」

「よく言うよ……でも、この世界で最初に叢雲と出会えて良かったと思うよ。月並みだけど」

「……ホントにね。でも、私もアンタと……ユーキと出会えて良かったと思ってる」

 

 差し出された叢雲の手を、俺は強く握る。今日だけで二度目の接触となる彼女の手は、小さくて柔らかくて温かくて……だけど、どこか頼りがいのあるものだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「さて、お互いの信頼度もそれなりに上昇したところで、このどうしようもない状況を打破するための突破口を見つけましょうか。というわけだから、ほら、さっさと何か良案出しなさいよ」

「って、本当にいきなりだな。こちとらこれまで平和な世界でのんべんだらりと暮らしてきた一民間人だぞ。こんな修羅ってて試される生存過酷な世界に通用する案なんてポンポン出せるか」

 

 ペシペシと机の上に置かれた地図を手で叩きながらサラリと無茶振りを強いてくる叢雲に、俺は苦言を呈す。まったく、打ち解けたと思ったらこれである。

 

「先が思いやられるな……」

「何か言った?」

「いえ、何でもないです。マム」

「よろしい」

 

 そんな漫才のようなやり取りをしながらも考えを巡らすが、結局のところは選択肢なんてあってないようなものである。すなわち――

 

「最短ルートか、それとも迂回ルートか、だろ?」

「……身も蓋もないわね。まぁ、確かにその通りなのだけど」

 

 叢雲の言うところによれば、此処(廃都)から横須賀にまで到達できそうなルートは二つある。

 一つ目は、東京と横須賀の間を繋ぐ緊急用の連絡路である【特2号線】、通称【東須ライン】を使う最短ルート。

 二つ目は、首都高経由で川崎市伝いに進み、横浜市郊外に存在するとされる残留在日米軍の兵站集積所に寄った上で横須賀に直行する迂回ルート。

 当然のことながら、それぞれのルート案にメリット・デメリットというものが存在する。

 

 一つ目の最短ルート……これを仮に“A”とするなら、Aを選択した場合の最大の欠点とは、最初から最後まで危険と隣合わせであるということだろう。何せ、対象は人類の怨敵たる深海棲艦の迎撃を目的として殺意マシマシで敷設された要塞地帯である。それを突破するとなると、EXTREMEも真っ青な難易度なのは間違いない。ただし、距離の問題に関しては、後者の迂回ルートと比較して圧倒的に短いために、移動する際の燃料その他諸々の消費が抑えられるという利点が生きてくる。

 

 二つ目の迂回ルート……こちらも仮に“B”と呼ぶことにしよう。Bの利点と欠点については、Aとは対照的である意味わかりやすい。つまり、通行可能な道を見つけ出してそこを進んでいくだけで済むため、道中の安全に関してほぼほぼ保障されているという利点。一方で、ルートの探索に手間取った場合、Aよりも余計に時間を食うという欠点。更には、道路状況によっては迂回地獄を強いられてしまい、最悪燃料切れとなり立ち往生……なんてことになりかねない致命的な弱点もある。加えて、途中で寄る予定となっている残留在日米軍の基地に物資が無事残ってるという保証もなく、さぞやダイス運が試されることだろう。ある意味で、A以上にリスキーなルートかもしれない。

 

「――というのが、パッと考えてみて思い浮かんだんだが」

「……アンタ、今までただの民間人だったんですー、とかのたまった割には、やけに深い領域まで突っ込んでくるわね。私の知ってる民間人って、そこまで建設的な意見ポンポン出してこれないイメージだったんだけど」

「そ、そんなことないぞ」

「説明してる時も、何だかすごく生き生きしてたわよ。こう、水を得た魚みたいな」

「き、気のせいだよ。はは……」

 

 じとりとした視線を向けて追及してくる叢雲に対し、乾いた笑いで返すことしかできない俺。勝敗は明らかな気がしたが、それでもまだ状況は言うなればC(戦術的敗北)。これが決定的なE(敗北)へと悪化する前に、さっさと話題の転換を図ろうそうしようと思い、必死になって頭と口を回転させた。

 

「そ、それで! 叢雲さん自身はどっちの方が良いと思ってるんだ?」

「いきなりのさん付け……露骨に逃げるわねぇ、まったく。うーんそうねぇ……」

 

 地図から大まかな走行距離を割り出そうと、横の方で並行してタブレット端末相手に格闘していた叢雲が、俺から向けられた問いに、作業の手を一旦止めて思案顔になる。

 

「…………よし、決めたわ。でも、アンタの口車に乗せられるのは何だか無性に癪に障るから、そっちが先に言うことを要求するわ」

「何じゃそりゃ……あーはいはい分かったよ。Aだ。Aルートだ。最短で進んだ方が良いと俺は思った」

「…………へぇ」

 

 俺が“A”と言った瞬間、叢雲の口角が楽しげに持ち上がる。

 

「奇遇じゃない。私もアンタと同意見よ」

「ということは?」

「そういうこと。最短かつ最速での横須賀到達。目指すわよ、私とアンタの二人で」

 

 どうやら、考えるところはどちらも同じだったらしい。

 選択は定まった。となれば、あとはその実現に向けて最大限の努力を払うだけである。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「作戦遂行に当っての障害となるものは色々あるけど、主として二つ。AIによる自動制御がなされた沿岸砲やトーチカ群と、水際防御と内陸への浸透阻止を目的に広範囲に渡って埋設された多種多様なレパートリーの地雷群よ」

「おい、それ聞くだけでさっきの発言を撤回したくなってきたんだが。この世界マジで一般ピーポーに優しくないだろ」

「至極残念なことに、深海棲艦(連中)相手ではこれでも不足気味だったんだけどねぇ」

「えぇ……なぁ、今からでも遅くないからBにしないか? 道中の不安要素が多すぎるからA選択したけど、ミンチになって死にたくねえよ」

「なによ、グチグチと。アンタも男なら一回決めたことを最後までやり通すぐらいの気概見せなさいな」

「その“最後”が“最期”になりかねないからグチグチ言ってんだよ!」

「安心しなさい、私だって何の用意もなしにこんなとこ突破しようだなんて思ってないわよ。見なさい、“我に秘策あり”よ」

 

 そう言うと、叢雲は何やら見るからにハイテクそうな拳大の機器をゴトリと机の上に置く。

 

「……なにそれ」

「スマート地雷って知ってる?」

「えっと、埋設した地雷の除去を、戦後円滑に行うために、自爆用の特殊な信号を受信できるように設計された新時代の地雷の総称……だったか。てことは、それはまさか!」

「ご名答。国防陸軍(陸さん)が運用する対深海棲艦地雷、それらを緊急時には無力化するために設定された信号を送信するための端末よ。たとえ地雷一個取っても、貴重な国防資産かつ国民の血税だから、自爆なんて贅沢な手法は取れず、信管の一時封印なんていう涙ぐましい努力してるけどね」

「何かやってること、うちの世界の自衛隊と変わらねーなおい。やらなきゃならない理由が切実だけど」

 

 射撃演習で使った実包分の薬莢を訓練後に拾い集めて計数し、射った数と合わなかったら大騒ぎ、なんてやってる自衛隊の嘘か真か分からない逸話を思い出しながら、世界線を跨いだところで、組織の体質なんて早々変わりはしないんだなという妙な納得を得てしまう。

 

「そっちも大変なのね……同情するわ」

「こっちほどじゃないさ。それに、叢雲みたいな可愛い女の子に心配してもらえたとなればあっちの自衛官の方々もさぞやお喜びになることだろうし。で、それがあれば地雷原の問題はクリアできるんだな?」

「かっ……かわっ?! ッ……コホン。そうね、これがあれば道中の地雷に関してはほぼ無力化できるわ。私が見つけた73式大型トラックが、施設科所属のものだったのが大きかったわね。おかげで、ハイエンド版の地雷無効化信号送信機が得られたってわけ」

「ハイエンド版……ようは、複数の種類の地雷に対して同時に効果を発揮するってことか」

 

 なるほど、地雷を実際に敷設する支援兵科としての施設科ならではの装備と言えよう。確かにそんな便利な物が俺たちの手の中にあるのなら、第一の問題――地雷に関しては乗り越えられそうである。

 

「……まぁ、たまに地雷の中に、粗悪品……と言うか、受信部がキチンと停止信号を認識しないものが、国家存亡の危機にそんなことかまけてられるか、埋めとけ埋めとけって埋設されてたりするのだけど」

「おぃいっ?! 駄目じゃんか!!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。そんなのに移動してる時に当たる確率なんて10万分の1ぐらいだから」

「その“1”に当たるだけで、俺たちの命運は消し飛ぶんですがそれは」

 

 前言撤回。乗り越えられるか、はたして怪しい。

 

「それにほら、対深海棲艦地雷の信管って深海棲艦(連中)の体組織に反応するよう設計されてるから、仮にタイヤで踏んだところで99パーは不発よ、安心しなさいって」

「そこで絶対100パー不発だとは言わないんですね」

 

 そう俺が指摘すると、ふぅっと溜め息を吐いた後に、叢雲は外の方へと視線を向ける。そして、達観したような口ぶりで言った。

 

「人の成す物事に絶対はないもの」

「さいですか」

「あと、こっちの世界の73式大型トラックって、輸送車両の図体しといて中に積んでる重要物資守るためにちょっとした装甲車並に頑丈だったりするわよ。荷台下にV字装甲も増設してあるし。運悪く炸裂しても車体は無事よきっと」

 

 なにそれこわい。

 

「いやでも、人が乗る運転席に最大限の配慮をだな……」

「残念だったわね、この世界の人命は欠乏する物資より安いのよ。まぁ、運転席の方もM2重機(.50 Cal)ぐらいには耐えられる設計してるわよ?」

 

 もうやだこの世界。

 

「うぅ……元の世界に今すぐ帰りたい」

「あっ、それとAI砲台の方だけど、こっちに関しては私の艤装が発する敵味方識別装置(IFF)を認識して、勝手に矛を収めるはずだから、心配ないと思うわ」

「二番目の問題の解決はえーなおい。でも、大破しててもちゃんと発せるものなんだな」

「そりゃあ、私の艤装の場合、敵味方識別装置(IFF)此処(・・)に仕込まれてるもの」

 

 そう言って、自身の頭の上の方をヒョイと指差す叢雲。そこには、今日一日だけで最近の親の顔よりも見た、あの獣耳の形をした浮遊ユニットの姿が。

 たった今知ったその事実に、俺は突っ込んじゃいけないと分かりつつも、つい突っ込んでしまう。

 

「……それ、ただの飾りじゃなかったんだな」

「アンタ……酸素魚雷を食らわせるわよ!」

 

 このあとめちゃくちゃボコられた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 それから色々あって詳細は省くが、とにもかくにもやりかけだった距離の算出やら、その他の細かいことを固めるのに、俺たちはしばらくの時間を要した。

 

「さてと、作戦も無事決まったことだし、長居は無用。さっさと此処を引き払って出発するとしましょう」

「待て、叢雲。まだ一番大事なことを決めてないぞ」

 

 叢雲が作戦会議のお開きを宣言して、撤収準備に移ると言い出したことに、俺は待ったをかける。

 

「何よ、またくだらないことだったら、アンタを此処に置き去りにして、私だけで横須賀に行くわよ」

 

 話の腰を折られたのが気に食わなかったのか、胡乱げな視線を俺へと向ける叢雲。しかし、そんなセメント対応を物ともせずに俺はそのまま言葉を続けた。

 

「一番大事なこと……それは、最高にかっこいい“作戦名”――!!」

「サヨナラ、アンタとは短い付き合いだったけど、中々楽しい関係だったわ。じゃあね」

「わぁーっ?! 待って待って、見捨てないで叢雲さんーっ!?」

 

 まるで養豚場の豚を見るような目でこちらを見下してから天幕を出て行こうとする叢雲を、俺は慌てて引き止める。

 

「何で!? 大事でしょ、作戦名って!! こう、士気とか諸々上げたりするのに!」

「現状、アンタの存在が私の士気をガリガリと下げてるのだけれど」

「あ号作戦とか礼号作戦とかサ号作戦とか褌作戦とかかっこいいじゃん!!」

「私がよく知らない作戦ばっかり上げるの止めなさいよ。あと、最後のは絶対違うと思うわよ」

 

 バレたか。

 

「はぁ……やれやれ。こんな馬鹿げたことで貴重な時間浪費するのも惜しいし、アンタの一存でもう決めていいわよ」

 

 悪びれない俺の姿を見て完全に匙を投げたらしく、額にわざとらしく手をやった叢雲が、大きく溜め息を吐く。指名権も押し付けてしてくる辺り、さっさとこの不毛な流れを断ち切って次に進みたい様子がありありと窺えた。

 そのことに、俺はちょっとだけ罪悪感を覚える。

 

「なんか……その、すまん」

「あら、言ったわね(・・・・・)? じゃあほら、今ので少しでも悪かったとアンタの脳が思ってるんなら、アンタの考えた“すごくかっこいい作戦名”をさっさと披露しなさいよ。適切な審議の元に評価してあげるから」

「今のしおらしい態度は全部演技かよっ!」

 

 俺の口から謝罪の言葉を出させたことが嬉しいのか、叢雲は直前とは一転して喜々として俺を煽り立てる。とはいえ、こうなっては今更引き下がるのも難しいので、俺はさっき思いついたばかりの作戦名を言うことにした。

 

「この作戦の作戦名! それは……よ、【横須賀急行】でどうでしょうか? 叢雲さん」

「さっきと同じく露骨な敬語……言っちゃ何だけど、アンタ本当に卑屈よねぇ」

「うぐっ」

「それに、どうせかつての【東京急行(Tokyo Express)】とかけたんでしょうし」

「仰る通りです、はい」

 

 自分の内面をダメ出しされた上に、考えた名前の元ネタまで見透かされたことで、ぐうの音も出ない。

 

「でもまぁ……いいんじゃない? 【横須賀急行】。普通のど真ん中走ってて、私は好きよ。そういうの」

 

 そう言うと、クスリと微笑んだ叢雲は、颯爽と天幕を引き上げて外へと出て行く。余りにもそれが自然だったためと、下された評価の予想外の高さから、俺は何も言えずに彼女を見送ってしまう。

 しばし呆然としてると、張り上げたような甲高い声が外から聞こえてきた。

 

「なにボーッとしてんのよ! “急行”って名付けたからには、それに名前負けしないような迅速さで動くわよっ! 先にあっちに置いといた荷物まとめるから早く出て来なさいっ!!」

「――ッ! あぁ、分かった!! 今行くっ!!」

 

 今のは、叢雲なりに俺に発奮を掛けたつもりなのだろう。そのことに気づきながらも、俺も弾かれたように天幕の外へと飛び出す。はたしてそこにあったのは、廃墟の中にあっても一級の金剛石のような輝きを放つ蒼銀の戦乙女の姿。

 

「遅いっ! 遅れた分、今からこき使ってあげるんだから覚悟しなさいっ!」

 

 遅れて出てきた俺の姿を認めた叢雲は、腰に両手をやって怒る素振りを見せながらもどこか楽しげだった。そのことが分かっていたから、俺は立場上怒られている身であるにも関わらず、笑顔で彼女に応える。

 

「あぁ……お手柔らかに頼むよ、叢雲」

 

 これから先にどんな困難なことが待ち構えていても、きっとなんとかなる。自信に満ち溢れた彼女の姿を見ながら、俺は強くそう思えた。




次回からは、ついに横須賀への帰還を目指して動き出すということで話が大きく進んで行く予定となります。
今後も頑張って書いていけたらと思いますので、こんなエタり気味の作品ではありますが、よろしければ見てやって下さい。
感想を頂けちゃったりなんかすると、モチベアップの条件が解禁されて、作者の妄想力の赴くままに、睡眠時間を犠牲にして徹夜で書く能力が発動します(笑)

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