―――行かなくちゃ。
そう思って、彼は目を開く。
<マスターの生体再生措置完了。意識の覚醒を確認>
白い腕輪・・・騎士は、「主人」にそう告げる。
眠る以前よりもずっと、確かな意思を持って。
彼は、告げる。
「・・・行こう、『白式(びゃくしき)』。皆が待ってる」
<受諾(イエス)、マスターが望む力を>
そして少年は・・・織斑一夏は、飛ぶ。
戦いの空へ。
Side 篠ノ之 箒
楓が、堕ちた。
黒い装甲を撒き散らせて、海中に沈むのが視界に入る。
あまりに速くて・・・防御も回避も、救援も間に合わなかった。
水柱が立った海面は、すぐに静寂を取り戻す。
静かになって・・・元の穏やかな海面に。
楓は・・・上がって来ない。
「・・・楓?」
ISのオープン・チャネルも、繋がらない。
砂嵐のような音を立てるばかりで、応答が無い。
視界が一瞬、いびつに歪んだ気がした。
「・・・かえ、で?」
昔から身体が弱かったが・・・今も昔も、私を慕ってくれていたと思う。
私は素直な女じゃないから、突き放すような言動を取ったことも一度や二度じゃ無い。
だけど、変わらずに・・・今回だって、私のために危険な戦いに身を投じたはずだった。
かえで・・・楓を・・・・・・私の、妹を。
『箒姉さんっ』
視界が歪んで、銀の機体の姿がブレて見える。
でも私の手は、両手の刀を強く・・・本当に強く、握り締めて。
「・・・き・・・・・・っ!」
よ く も
「貴様あああああああああああぁぁぁっっ!!」
瞬間的にエネルギーを全開放、爆発するような勢いで急加速する。
二本の刀を一度打ち鳴らして左右に離し、順繰りに斬り下ろす。
腕部展開装甲を開放、斬撃の度に赤いレーザーが多方向から銀のISを襲う。
上から、下から、右から左から・・・展開装甲を駆使する形で、銀の機体に斬撃の雨を降らせる。
太陽の光に鈍く煌めくのは、剥がれ落ちた銀色の装甲。
敵もただ斬られはしない、エネルギーの翼を広げて、光弾の束を至近距離で私に浴びせようとする。
「そこ、から・・・っ、離れろおおおおおぉぉっっ!!」
一部の展開装甲を開閉、これを繰り返して不規則かつ急速な回避を行う。
直角に、そして流れるように・・・直下に移動した次の瞬間には、今度は頭上に。
ISが守ってくれているとは言え、急激な移動に骨が軋むのを感じる。
だがそれもすぐに消える、腕を交差させるように二刀を構える。
一薙ぎ、翼を斬り落とす。二薙ぎ、両足の装甲を斬り払う。
『
海面を斬り裂きながら放った三撃目が、海水を蒸発させて白い湯気となって消える。
一瞬だけ立ち上った海水の柱が消える頃には、銀の機体はすでに上空高くにいる。
これで、奴を引き離すことができた・・・!
「鈴っ! 頼む!!」
「・・・わかった!」
返答が聞こえた刹那、鈴が海中に飛び込む音が背後から聞こえた。
沈んだ楓を助けに行ってくれたのだろう・・・私は、楓の堕ちた場所を守るように構えを取る。
上空の『
「てっきり、周りが見えなくなったかと思ったがな」
「同じ轍は踏まん・・・!」
ラウラの言葉に、そう返す。
ぎっ・・・奥歯を噛み締めながら、上空の銀の機体を睨む。
これは集団戦だ・・・私だけが飛び込んで良いわけじゃない、はずだ。
「セシリア!」
「承知しておりますわ!」
何も言わずとも伝わると言うのが、凄く心地良い。
私の仲間は、本当に優秀だと思う。
セシリアと左右に別れるように飛び出し、急速に接近する。
目標は、ラウラに肉薄しようとしてシャルルに防がれている『
「私の仲間に・・・何をする!!」
背後から斬撃、銀の機体は翼のスラスターを使って横に飛び出して回避。
私も展開装甲を開放、追撃する。
銀の機体が逃れた先で動きが止まる、理由は直上からのセシリアの射撃・・・!
「・・・いやあああぁぁっ!!」
ザンッ・・・『
返す刀で逆袈裟がけ、腹部の装甲を斬り飛ばす。
反撃の光弾、私は下がり、代わってシャルルが残ったシールドで防いでくれる。
ラウラとセシリアが砲撃と射撃を繰り返し、銀の機体の動きを止める。
回避さえ防げば、攻撃力で押し切れる―――!
「これで―――――!」
「雨月」での打突から、「空裂」での斬撃。
その一連の流れのために銀の機体に肉薄、腕をかわして蹴りあげ、構えを取る。
そして・・・。
ガクン、と・・・機体が重くなるのを感じた。
トドメの一撃を放つ、まさに刹那。
『紅椿(あかつばき)』のエネルギーが、切れた。
ふと気がつくと、目の前に<エネルギー残量5%>の表示。
こんな・・・こんな、時に!?
「危ない、下がって!!」
「シャルル!?」
私が白いエネルギーの翼に覆われそうになった時、シャルルが私を突き飛ばして庇ってくれた。
だがそのせいで、シャルルは数十の光弾を浴びてしまう。
換装装備(パッケージ)のシールドごと装甲を砕かれ、切り揉み状に落下する。
叫び声をあげそうになるが、その前にシャルルは体勢を立て直した。
シャルルはISのPICの力で姿勢を制御し、上空から迫り来る『
だがシールドだけでなく胸部や腕部のオレンジ色の装甲が砕かれていて、これ以上の戦闘は危険だ。
それを察したのかセシリアが上空から連続射撃、ビームの盾を作ってシャルルを守る。
すると今度は、『銀の福音《シルバリオ・ゴスペル》』は上空のセシリアの方へ向かった。
「セシ・・・」
注意を喚起する間も無く、強襲装備のセシリアと銀の機体がはるか上空で交錯する。
離れる青と、追う銀。
青と銀の軌跡が2度、3度と衝突し・・・次第に青の機体が一方的に攻撃され始める。
銀の機体の蹴りで全長2メートルの特殊ライフルが折られ、趨勢が決まる。
な、何だ・・・軍用ISとは言え、これ程・・・!?
「手当たり次第か・・・生意気な!」
離脱しようとするセシリアを援護するためか、ラウラが精密砲撃を行う。
両肩で砲撃、しかし『
ラウラは舌打ちして、6本の連結刃を射出するが・・・。
・・・その悉くを、『
「何だ、あの化物は・・・」
あんな・・・あんな物を作って、何がしたいのかわからない。
楓は言っていた、ISは人を殺すために作られたわけじゃ無いと。
だが、あれは・・・あの機体は、何だ。
傷付きながらも、欧州の3機は戦闘を続けている。
一方で私は、エネルギーが底をついている。
戦う手段が無い・・・楓が堕ちた時から、ナノマシン補助による高稼働率状態も終わっている。
「・・・すまない・・・っ」
口の中で、謝る。
それは、今の私の不甲斐なさをか・・・それとも。
他の誰かに、対してだろうか。
自分でも、わからない。
ただ、口惜しさだけが胸の内に残る。
だが私が、ギリッ・・・と奥歯を噛み締めた次の瞬間。
純白の騎士が、戦場に戻って来た―――――。
Side 凰 鈴音
ああ、もう・・・しっかりしなさいよ・・・!
楓を背中に担いだまま―――ISの保護機能のおかげで、ほぼ無傷―――海上に出る。
海の中にいるわけにもいかないから、上に出る必要があったわけだけど・・・。
「福音は・・・?」
海面から上空を探ると、銀のISは健在だった。
でも戦ってるのは紅のISじゃなくて・・・白い騎士だった。
アレは・・・一夏!?
か、身体は・・・怪我は、大丈夫なわけ!?
でも私の心配をよそに、上空の一夏は銀の機体と切り結ぶ。
その動きからは、少なくとも怪我の影響は見えない。
「うおおおおおおぉっ!!」
一夏が『雪片』を振るう、銀のISはそれを上体を逸らしてかわす。
そのまま急速離脱しようとした銀の機体は、続けざまに放たれた一夏の左腕の爪(クロー)で・・・って、あんな装備あった!?
それに何となくだけど、『白式(びゃくしき)』の形状が変わってる気がする。
左腕の新武装と、翼みたいなスラスターが増設されてる・・・また、燃費悪そうな。
形状が変わって、新しい装備が生まれる。
その現象を、私は一つしか知らない。
それはさっき、『
「・・・第二形態移行(セカンド・シフト)・・・?」
「楓? 気が付いた・・・?」
「どうも・・・」
私の左肩に顎を乗せる形で、楓がモゴモゴと喋る。
・・・『第二形態移行(セカンド・シフト)』。
ISの戦闘経験値が一定量を越えた時に発現する自己進化。
だけどおかしい、一夏はまだ100時間も『白式(びゃくしき)』に乗っていないはずなのに。
なのにもう、形態変化なんて・・・?
福音が例の光弾を一夏に向けて放つ、一夏は左腕の装備を盾に変化させて防ぐ。
・・・あの装備、いくつか形態があるのね。
しかもあの盾、光弾のエネルギーを遮断してる。
エネルギー無効化、それはまるで『零落白夜』の盾バージョン。
「鈴! 楓は・・・妹は無事か!?」
「今さっき、気が付いた所よ」
「そ、そうか・・・良かった」
その時、上からゆっくりと紅の機体が降りて来た。
エネルギーが切れてるのか、動きは凄く鈍い。
箒は私が背負ってる楓を見て、ほっと胸を撫で下ろしてた。
と言うか今、名前じゃなくて「妹」って言って無かった?
同時に、ISが警告音(アラート)。
見れば翼で自分の身体を包んだ福音が、全方向に高密度の一斉射撃を行おうとしてる所で。
私達を庇うべきか迷ったらしい一夏が、動きを鈍らせるけど・・・。
「何やってんのよ! 余計な心配して無いで、集中しなさいよ!!」
「お・・・おう!」
私の声に背中を蹴られるようにして、両手からエネルギーの白い刃を放ちながら銀の機体に一夏が突撃する。
猛烈な射撃が一夏を迎え撃つ、一夏は近付けない・・・。
・・・あの機体、スペックおかしくない・・・!?
「く・・・せめて、援護ができれば」
「あそこまでの高速戦闘には、『甲龍(シェンロン)』の今の装備じゃ対応できないし・・・」
せめて、高機動パッケージがあれば・・・。
見た感じ、セシリア達も残存装備で効果の無い牽制しかできないみたいだし。
ああ、もう、もどかしいわね・・・!
「姉さん・・・」
「か、楓・・・どうした? 苦しいのか?」
「姉さん・・・どうしたい・・・?」
楓が伸ばした手を、箒が両手で握る。
それはこれまでに見せたことが無いくらい、本当に心配そうな顔で。
楓は私の肩に顎を乗せたまま、箒にしたいことを気にしてる。
この姉妹、少しは自分の状態を気にしたらどうなのよ。
「私は・・・」
ぎゅっ・・・と楓の手を握った箒は、上空の戦いを見つめる。
上空の、一夏を。
「一夏と・・・戦いたい、共に。あの背中を守りたい、そして・・・守られてみたい」
「・・・了解(ログ)、箒姉さんがそう望むなら。私、箒姉さんを一夏さんと一緒に・・・飛ばせて、あげたい」
「・・・楓・・・」
人の背中でホームドラマ展開するの、やめてくれない?
そう言おうか迷った時、箒と楓の身体が光った。
正確には・・・ISが、そのコアが。
見れば、上空でも一夏のISが・・・コアが、輝いてる。
一夏は驚いて、銀のISも何故か止まってる。
あれだけ高速で動いていた福音が、停止して・・・ただ、見てる。
その姿は、いつかの無人機を思い起こさせる・・・けど。
3つのコアが、輝く。
それは小さく明滅して・・・まるで、共鳴でもしてるみたい。
白と紅と・・・黒が、輝いて。
まず楓のISが再起動、私達の周囲を何十枚ものディスプレイが埋め尽くす。
そこには・・・。
<『Trismegistus System』>
そう、記されてる。
映し出されるのは、白と紅のスペック・データ。
2機の内部に残留したナノマシンが、コアの稼働率を急激に底上げする。
「こ、これは・・・!?」
振り向くと、箒のISが紅く輝いて・・・黄金色の粒子を、展開装甲の間から放出していた。
エネルギーは切れたはずなのに・・・!
だけど別のディスプレイに、その答えが出る。
<単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)・『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』・・・使用可能>
展開装甲とコア、直通のエネルギーバイパスを構築するそれは、ワンオフ・アビリティ。
ISと操縦者の相性・・・つまり稼働率が高まった時に発現する。
コアは心臓、エネルギーは血液、そして流れるのは・・・黒いナノマシン!
「さぁ、飛んで・・・箒姉さん。私、箒姉さんが一夏さんと飛ぶ所、見たい・・・」
「楓・・・・・・ああ、任せろ!」
紅と黄金、そして黒に彩られたISが、一気に上昇して行く。
良く分からないけど・・・勝ちなさいよ。
負けたら、承知しないんだからね・・・!
そう思った直後、私のISがおかしくなる。
急激に出力が落ちて、ガクンッ、とバランスを崩す。
な、何・・・!?
Side 篠ノ之 楓
機体性能は、第二次移行(セカンドシフト)した『白式(びゃくしき)』と最新鋭の第4世代機『紅椿(あかつばき)』の方が、『
でも、その機体性能に箒姉さんと一夏さんがついていけてない・・・無理も無い、と思う。
箒姉さんは今日初めて乗る機体だし、一夏さんだって経験不足。
しかも第二次移行(セカンドシフト)したばかりで特性も掴めて無い・・・。
それが、データで、数値で、グラフで、わかる。
全ての情報が、あの2機の全てが、私の手の中にある気分。
操縦者が機体に追いつかないなら・・・機体の方を、操縦者に『合わせる』―――――。
『箒!? お前・・・エネルギー切れじゃ』
『細かいことは後で楓にでも聞け! 今はとにかく・・・受け取れ!』
鈴さんの背中の上で数十枚のディスプレイに囲まれる中、2機の通信音声が流れる。
ディスプレイの間から上空を見上げれば、箒姉さんが一夏さんと手を握ってる。
それを見て・・・私は、どうしようも無く嬉しくなる。
『紅椿(あかつばき)』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)・『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』。
少ない残量のエネルギーを増幅しほぼ無尽蔵に供給する、あの2機の弱点を消すためだけのアビリティ。
20%を切っていた『白式(びゃくしき)』のエネルギー残量が、一気に回復する。
ここから先は、常に満タン状態で戦えるよ。
「え、エネルギーを回復させる・・・? 補給機でもないのに・・・?」
耳元の鈴さんの囁き、でも今は・・・今は、箒姉さん達を見ていたい。
ナノマシンが集まる、そして私の身体を漆黒の装甲が包み込む。
鈴さんから離れて、装甲の再構成・・・ナノマシンが凝縮されて、黒い装甲に変わる。
それまで4基だった腰部のコンデンサーは、背中のナノマシン・タンクと融合して12基にまで増設される。
そこから噴き出されるのは、ナノマシンの黒い羽根。
6対12枚の黒い羽根が、青白いディスプレイの海で羽ばたく。
「おいで、『黒叡(こくえい)』」
2機の展開装甲から噴き出す黄金色の粒子の中に、黒い粒子が混ざる。
一夏さんの『雪片(ゆきひら)』と『雪羅(せつら)』―――第二形態移行(セカンド・シフト)で生まれた新装備―――の展開装甲が全開状態になり、常に『零落白夜』の状態になる。
それを可能にしているのは・・・コアに直接干渉して制御してくれる、ナノマシン。
箒姉さん、綺麗・・・。
あの2機が飛べるようにサポートするのが、私に与えられた役目。
今は何故か、そう自然に考えることができた。
無駄なく、無理無く・・・効率的にエネルギーを循環させる。
3つのコアの固有リンク・・・特別なバイパス。
それが、「エネルギー切れを起こさない第4世代機」を可能にする・・・無敵過ぎるよ、束お姉ちゃん。
『すげぇ・・・携帯の充電器みてーだ』
『もっとマシな表現は無いのか! お、お前と言う奴は本当に・・・!』
携帯の充電器は、ちょっと酷いよ。
心の中で苦笑しながら、私は指先をつい、と動かす。
ナノマシンが散布されている領域内の全てが、数値で、グラフで、わかる。
今、この「世界」では私のバックアップの無い機体は満足に動けない。
何故なら全てのコアが、私の作るルールに従わなければならないから。
紅と白を除いて・・・ここはあの2機だけに用意された舞台。
誰の意思で? それはきっと・・・束お姉ちゃんの、意思。
『行くぜ、箒。俺達2人が揃えば、何でもできるんだろ?』
『当然だ。だが・・・今は、もう何人かを加えても良い気分だ』
『そう・・・だな!』
刹那、紅と白の機体が銀の機体に両側から斬りかかった。
Side ラウラ・ボーデヴィッヒ
銀の機体に、紅と白の機体が踊りかかる。
展開装甲は常に全開状態、エネルギーはほぼ無尽蔵、しかもシールド無効化。
そうなれば、いかに化物のような機体性能を誇るとはいえ相手は第3世代機。
第4世代機とは、機体性能の面で大きな差がある。
<対象ISの行動を予測・推奨行動を提示>
しかもISのオープン・チャネルを通じて、常に『
自分のISでは無い、これは『黒叡(こくえい)』から送られてくる
攻撃方法、射撃地点、順番、威力・・・機体状態とその弱点。
これは1種の・・・早期警戒管制機(エーワックス)のような物か。
一撃ごとに、『
それは、一撃ごとに胸部の穴からナノマシンが追加侵入するからだ。
篠ノ之楓の操る微細なナノマシンが、銀の機体を蝕んでいる。
そしてその影響は、もはや敵だけに限らない。
「ぐ・・・っ、どうした、『シュヴァルツェア・レーゲン』・・・!」
バランスを崩しがちな機体を、何とか立て直す。
武装と装甲の3割を破壊されたとはいえ、私の機体はまだ十分に動ける。
だと言うのに、先程から機体が安定しない。
コア・エネルギーが、安定的に機体各所に供給されない。
馬鹿な・・・あり得ない、こんなことは。
「な、何ですの・・・?」
「・・・っ、機体が・・・!」
見れば、イギリスやフランスの機体にも似たような障害が出ているようだ。
ISコアと、機体・・・外装の、強制的な接続不良。
それは、『黒叡(こくえい)』を中心に吹き荒れた目に見えない「黒い嵐」によって起きている現象。
装甲のかすかな隙間から、推進口から、武装から・・・それは侵入してくる。
それはいっそ、背筋が凍りつくような感覚を私に与える。
「ナノマシン・・・!」
あり得ない、何だあの機体は。
少し前まで『
いや、むしろ直接目に見えない分こちらの方が私にとって・・・我が軍にとって、脅威だ。
その機体は、『黒叡(こくえい)』。
今まではどちらかと言うと、電子支援機のような物だと考えていた。
他のISコアに干渉してコア稼働率を上げる、あるいは友軍以外の対象を発見、識別し、潜在的脅威ないし標的の位置を特定するための機体。
友軍の戦闘補助が、その役割だと・・・だが、これは。
「電子戦機、だと・・・!」
しかも、明らかに対IS用の調整が行われた機体・・・すなわち、対IS用IS!
コアの稼働率を上げられるなら、理論的には逆も可能である・・・と言うのはわかっているつもりだった。それは理解していた、可能性として考慮してもいた。
まさか、ISコアそのものに影響を与えるとは・・・コアの稼働率が低ければ、もちろん機体は満足に動かない。
そして「絶対防御」に代表されるISの特性は、そのほとんどがISコアの稼働率に依存している!
これは・・・あの機体の能力は、ISの天敵だ。
2機を除いて。
『『でやああああああぁぁぁっっ!!』』
そしてこの広範囲のナノマシン散布領域において唯二、スペック以上に動ける機体。
『白式(びゃくしき)』と『紅椿(あかつばき)』。
もはや音速飛行もできない『|銀の福音』に肉薄する2機。
紅の機体が銀の機体の翼を斬り落とし、白の機体が光の剣を銀の機体に突き立てる。
火花を散らしながら、『
だが『零落白夜』のシールド無効化攻撃の前に、銀の機体のエネルギーは瞬く間に削られる。
そして銀の機体のコアを守っていたシールドが失われて・・・。
Side 篠ノ之 箒
<対象IS『
銀の機体のコアが、『黒叡(こくえい)』の制御下に入る。
ナノマシンに覆われたコアが、機体へのエネルギー供給を止める。
エネルギーの供給が立たれれば、ISは動かない・・・外装自体は、動力を持たないからだ。
ほう・・・と、私が息を吐いたまさにその時。
<『Trismegistus System』・・・終了。再チャージまで6000>
空気の抜けるような音と共に、私達3機のISが輝きを失う。
展開装甲が全て閉まり、エネルギーの激しい放出が止まる。
そしてエネルギー残量は一気に「1」、身体に感じる機体が重くなる。
と言うか、もう強制解除直前の状態だな。
その一方で、落下していく銀の機体のIS展開が解除されて、中から操縦者が。
いかん・・・っ!
「ああ、もう・・・今回はこんなのばっかね」
海面スレスレを飛行していた鈴が、水面に平行に機体を倒して、自分の上に操縦者を受け止める。
どこか不満そうに唇を尖らせるその姿が、どうしてかおかしかった。
そして、セシリアやシャルル、ラウラもゆっくりとこちらに飛んでくるのが見える。
良かった・・・皆、無事か。
「・・・あ、あれ? あれ?」
「楓・・・!」
ところが機体の不調か何なのかはわからないが、急激にエネルギーを失った『黒叡(こくえい)』だけが飛べていないようだった。
それどころか、落ち・・・っ!
反射的に、動いた。
「か、楓!」
「わっ・・・?」
あまり速くは無いが、それでも急いで・・・楓の傍に。
ゆっくりと落ちかけていた『黒叡(こくえい)』の手を掴んで、引き寄せる。
楓の身体を両手で抱えて・・・背中と膝裏に腕を通して、持ち上げる。
だ・・・。
『大丈夫か?』
一瞬だけ、昔の記憶がダブる。
母親の目を盗んで、布団で眠る楓の頭を撫でていた頃の記憶だ。
思い出と言っても、良い。
楓は昔と違って、ずっと元気で・・・布団では無く、黒いISに乗っているが。
・・・だけど。
「だぃ・・・じょうぶ、か?」
「う、うん・・・」
私の腕の中で、楓が恥ずかしそうに微笑む。
恥ずかしいのか、少しだけ頬を染めて。
それを見ると、私は胸に温かい物が流れるのを感じた。
・・・そう、だけど。
・・・だけど、私はまだ妹を守れる。
ああ・・・そうか。
少しだけ目を伏せて、自分の愚かさを笑う。
こんな簡単なことにも、私は気付けなかったのか・・・。
ふふ、不器用にも程がある、な。
姉さんにばかり思考を向けていて・・・自分の下の妹のことを、考えていなかった。
「おーい、大丈夫かー?」
顔を上げると、一夏達がこちらに寄ってきている所だった。
遠くには、学園の先生だろうか・・・緑色の機体が何機か姿を見せる。
どうやら・・・終わった、か。
腕の中の楓に目を向けると、楓はこつんっ、と頭を私の胸に預けていた。
少し恥ずかしそうに、でもどこかとても嬉しそうに。
そして私は・・・小さく、笑うことができた。
沈みかけた夕日が、とても美しかった・・・。
篠ノ之 楓:
1話ぶりですー、楓ですっ。
今日は箒姉さんと一緒ですっ。
篠ノ之 箒:
こ、こら、くっつくな・・・。
篠ノ之 楓:
えへへ~。