Side 篠ノ之 箒
静かに張りつめた空気の中で、相手と向かい合う。
相手とは自分であり、打ち倒すべきは相手では無く自分。
つまりこれは・・・自分との戦い。
「・・・っ!」
一息にして一足、刹那の瞬間で切り結ぶ。
交差は一瞬、それで全ては決まる。
後に残るのは、結果だけだ。
すなわち。
「・・・また私の勝ちだな、一夏」
「・・・おーう・・・」
一連の礼が終わり、面を取った後にそんな会話をする。
私がどこか得意気な言葉を投げかけているのは、一夏だ。
ここの所、午前中の時間は一夏と剣道の訓練をしている。
だいたい朝食の後、午前7時から1時間ほどかな。
ISで模擬戦をやることもあるが、そちらは私はまだ教えられる程では無いしな。
それにこうして剣道に打ち込んでいる時が、一番落ち着くからな。
最近は一夏もどうやら勘を取り戻してきているようで・・・なかなか、際どい立ち会いも増えて来た。
夏休みに入ってからは、ずっとだな。
・・・べ、別に一夏と一緒にいたいとかでは無く、同門の修業に付き合うのも義務と言うか・・・。
「あー・・・何で勝てねぇんだろ」
「ふふん、まだまだ剣道では遅れを取らんよ」
「キャリアの差か・・・って、そんな言うほど差は無いだろ」
まぁ、言う程の経験の差は無いな。
ただ、まぁ・・・アレだ。
私が剣道で負けると、こうして一緒に練習とかする機会も減るだろうし・・・。
なので、負けるわけにはいかないのだ、うむ。
「くっそー・・・まだまだ練習が足りないってことか」
「せいぜい励め、後輩」
「へいへい、先輩っと」
おどけながら立ち上がる一夏を、私は何となくじっと眺める。
最近の一夏は、何故かはわからないが・・・やけに頑張っている、と思う。
私よりも早起きになったし、聞く所によれば夜遅くまでISの勉強をしていると言う。
夏休みに入ってからこっち、遊んでいると言う話も聞かない。
確か、臨海学校から帰った直後の休みに私と楓の誕生日プレゼントを買いに行ったのが最後だな。
・・・ま、まぁ、アレはアレとしてだ。
何と言うか、『白式(びゃくしき)』が第二形態になってから雰囲気が変わったような気がする。
「・・・良し! 箒、もう一本だ!」
「あ、ああ・・・」
邪念など一つも無い顔で、一夏が面をつけて竹刀を構える。
私も同じように防具を整えて竹刀を持ち、一夏の向かい側に立つ。
今日何度目かの、立ち会い。
面の向こう側の真っ直ぐな瞳と目が合うと、ドキリとする。
これまでもそうだったが・・・それ以上に精悍で、爽やかで・・・。
・・・か、カッコぃ・・・いやいやいや。
だ、騙されるな私、アレはただの朴念仁だ。
「・・・っ!」
ぱぁんっ・・・竹刀の打ち合う音が、道場に響く。
それは、その後2時間弱、続いた。
Side 篠ノ之 楓
「剣道場って、そう言えば初めて来るわね」
「そうですわね、基本的に自分のクラブの部室以外には行きませんものね」
「セシリアさんはテニス部で、鈴さんはラクロスだっけ」
9時頃、朝ご飯を食べてからのんびりと剣道場に行く。
夏休みに入ってからは、日課みたいに剣道場の箒姉さんの所へ通ってる。
でも今日はセシリアさんと鈴さんが一緒、理由は・・・あ、姉さんだ。
「箒姉さん、おはよー」
「ん・・・ああ、楓か。おはよう」
人気の無い剣道場の中に入ると、箒姉さんが防具を片付けてる所だった。
私を見つけると少しぎこちないけど、優しい笑顔を見せてくれる。
それに私は、嬉しくなる。
臨海学校で仲直りしてから、箒姉さんが凄く優しい。
「お、鈴じゃねーか、セシリアに楓も。どうしたんだ?」
「あ、ああ、一夏じゃない。今日も暑いわね」
「そりゃ夏なんだから、暑いだろ・・・ああ、お前昔から暑いのダメだからな」
「うっさいわね!」
箒姉さんは夏休みに入ってから毎日、一夏さんと剣道してる。
それは凄く良いことだと思うけど、一夏さんの箒姉さんへの反応に変化が無い・・・。
・・・えぇー・・・。
「それで、どうしたんだ。皆してこんな場所まで来て」
「ああ、うん。あのね、私と鈴さんが近所のプール・・・最近できたウォーターワールドって所のチケット持ってるから、一緒にどうかなって」
そう言って、私はスカートのポケットからゴソゴソと3枚のチケットを取り出す。
鈴さんは鈴さんで、一夏さんの前に同じチケットを2枚出してる。
ちなみに私は簪ちゃんから貰った・・・何か期限が今日までなんだけど、今日は用事があって簪ちゃんも本音さんも行けないからって。
本当は、私と箒姉さんに一夏さんを誘って、箒姉さんと一夏さんを2人きりにするつもりだったんだけど・・・。
鈴さんに見つかっちゃって、と言うか鈴さんも持ってるとは。
一応、ラウラさんとシャルルさんも誘ったけど・・・前者は興味が無くて、後者は用事があるって。
「あー・・・悪いけど、俺は今日はパスだわ」
「はぁっ!?」
「いや、今日中に『白式(びゃくしき)』のデータ取りしないといけないらしくて・・・他にもいろいろあってな。まぁ、皆で楽しんで来てくれよ」
そう言って爽やかに笑う一夏さん、女性とプールに行くという意味を全く考えて無い顔。
あんまりにも邪気の無い爽やかな笑顔に、鈴さんも怒る気力を無くすくらい。
と言うか、一夏さんって本当に男の子だよね?
何か、本で読んだのと反応が違う・・・。
と言うか、最近の一夏さんってやけに練習熱心と言うか。
いつ、遊んでるんだろ?
「それで、箒さんはいかがですの?」
「そ、そうだな・・・うーむ、プール・・・か」
「・・・」
少しだけ悩む素振りを見せた箒姉さん、ひょっとしたら恥ずかしいのかも。
でも、せっかくの夏休みだし(ここ重要!)・・・できれば箒姉さんとも遊びたい。
そんな想いを視線に込めて、じー・・・っと見つめてみる。
すると私の視線に気が付いた箒姉さんが、ふ・・・と微笑んで。
「・・・わかった。まぁ、1日くらい良いだろう」
「本当!?」
「ああ」
そうして、ぽんっと私の頭に手を置く箒姉さん。
双子で同い年だけど、箒姉さんの方が少し背が高い・・・でもそれを抜きにしても、ちょっと恥ずかしい。
でも昔は、良く褒めてくれる時とかに頭を撫でてくれて・・・。
私は、嬉しい気持ちになった。
「・・・くぅ~・・・」
・・・鈴さんは、一夏さんに断られて悔しそうにしてたけど。
他の日に別の場所に誘えば良いのに・・・。
Side シャルル・デュノア
「ようこそ、『シャルロット』・デュノアさん? IS学園生徒会は貴女を歓迎するわ」
「は、はぁ・・・」
IS学園生徒会室、朝食の後に僕はそこに来ていた。
出迎えたのは、いつか出会ったあの上級生・・・生徒会長、更識(さらしき) 楯無(たてなし)先輩。
全体的に余裕のある態度、どこか相手を落ち着かせるような雰囲気。
美人・・・だと、思う、それもかなりの。
顔に張り付いているのは悪戯好きそうな笑み、それが僕の心をザワザワさせる。
僕の本当の名前・・・女の子としての「シャルロット・デュノア」と言う名前を呼ばれたことも影響しているのかもしれない。
それを知っている人間は、本当に限られているはずだから。
その手には「歓迎」と書かれた扇子、そして膝の上には黒猫・・・ネコ?
「な、何で猫・・・?」
「うふ、雰囲気作り?」
「は、はぁ・・・」
その時、生徒会室のテーブルに座らされた僕の前に、紅茶のカップが差し出される。
差し出したのは眼鏡をかけた3年生で、名前は確か布仏(のほとけ) 虚(うつほ)先輩・・・。
更識会長が2年生なのに、何で3年生のこの人が・・・?
「どうしたの? お茶が冷めるわよ?」
「あ、はい・・・」
どことなく緊張しながら、お茶に口をつける。
・・・あ、美味しい。
「さて、お茶を楽しんだ所で本題だけど、本日付けで貴女はフランスの代表候補生では無くなったわ」
「ぶふ・・・っ」
「あ、それと国籍もフランスじゃ無くなったから。おめでとう、今日から貴女は一般生徒よ、嬉しい?」
「ち、ちょっ、ちょっと待っ・・・!」
い、いきなり過ぎるよ!
と言うか、え? 国籍解消って・・・代表候補生資格も!?
ど、どう言うどうしよ・・・?
「まぁまぁ、落ち着いて。ここは深呼吸しましょう・・・はい、吸って~」
「は、はぁ・・・すぅ・・・」
「もっと吸って~」
「・・・」
「とぅ」
「へぶっ!?」
ずっと吸わされ続ける例のアレかと思ったら、途中でいきなりほっぺを両手でぺしんっとされた。
予想外の攻撃に、僕はもう意味がわからない。
対して更識会長の方は、ニコニコしてるし・・・うぅ。
「え、えっと・・・聞いても良いですか?」
「うん、恋愛相談? 良いよ、おねーさんが聞いてあげる」
「違います!」
誰もそんな話はしてないよ!
と言うか、このタイミングでする話でも無いし!
「ぼ、僕が聞きたいのは、どうしてその、僕の代表候補資格とかがいきなり・・・」
「いきなりじゃないわよ、だって時間はあったでしょう?」
「時間って・・・」
「織斑君に秘密がバレてからの数カ月間。貴女、何もしなかったでしょ?」
「な、何もしなかったわけじゃ・・・」
「あ、そうなの? でも貴女、私が手を回さなかったら、昨日には本国に強制送還だったわよ?」
強制送還・・・その言葉は、僕にとってはとても重い意味を持つ。
それはたぶん、身柄を拘束されるだけじゃ済まない話で。
・・・そして、皆に僕のことを話した時点で考えなければならなかった話で。
何も・・・しなかった、僕。
「・・・」
「わかった? 自分の状況の危うさ」
ぱんっ・・・いつの間に替えたのか、扇子には「危機一髪」と書かれてた。
更識会長の表情は変わらない笑顔で、それが何故か怖い。
「・・・えと、じゃあ・・・会長が僕を助けて、くれたんですか?」
「うん? 助けたわけじゃないよ、貴女が勝手に助かっただけで」
・・・言ってることの意味が、わからない。
けど、ちゃんと聞かないと。
今、僕が・・・自分がどうなっているのか。
「教えて、ください」
僕のその言葉に・・・更識会長は、にっこりと笑みを浮かべた。
・・・あ、やっぱりちょっと怖い。
一夏、僕は一夏の傍にいられるかな・・・?
Side セシリア・オルコット
夏休みに入ると同時に、私は一旦、本国へ戻りましたの。
BT兵器のサンプリングに関する報告もせねばなりませんし、実家の方の雑務もこなさねばなりませんでしたので。
と言うか、IS学園に所属する生徒の半数は日本国外出身なので、帰省するのが普通ですわ。
鈴さんやラウラさん、シャルルさんは戻らなかったようですけど。
それに私も、1週間ほどで戻ることができましたし。
7月中に学園に戻れたのは行幸・・・挨拶に向かった矢先、楓さん達に遊びに誘われたのですけど・・・。
「・・・人が多いですわね」
「そう? 普通でしょ、これくらい」
「てっきり、貸切か何かだと思っていたので・・・」
「何をそんなお嬢様みたいな・・・あ、お嬢様だっけ、アンタ」
忘れないでくださいまし・・・と思う私の目の前には、人、人、人。
ウォーターワールドと言うアミューズメントパーク全体が、物凄い人口密度ですわ。
流れるプールには色とりどりの浮き輪に、ウォータースライダーには長蛇の列。
・・・やはり、この島国に1億と言う人口は多過ぎるのではなくて?
そんな風に圧倒されている私の横には、細身な身体にオレンジ色のスポーティーな水着が良くお似合いの鈴さん。
水着自体は私と同じで、臨海学校の時の物と同じ物ですわ。
まぁ、新調するにはそれほど時間が経っているわけではありませんし。
ただ、気のせいか臨海学校の時よりも鈴さんの身体が引き締まっているような。
「ほら、箒姉さん・・・早く早く!」
「こ、こら楓、あんまり引っ張るんじゃない・・・」
ちょうどその時、更衣室の方から箒さんと楓さんがやって参りましたわ。
お2人とも、臨海学校の時の水着ですわね。
箒さんは白のビキニ、楓さんは黒のワンピース。
楓さんが箒さんの手を両手で引っ張って、もう片方の手にタオルを持った箒さんはそんな楓さんに苦笑しているようです。
何と言うか、臨海学校の前と後で随分と関係が変わったような・・・。
まぁ、仲が良いことは良いことと申しますし。
「おっそいわよ! もっとパパッと着替えなさいよ!」
口では悪態を吐きながらも、鈴さんは鈴さんでイルカさんを抱えてウズウズしているようですし。
そして私も・・・友人とこう言う場所に来るのは初めてなので。
割と、ワクワクしているかもしれませんわね。
「さぁーて、どれから行く?」
「そうだな・・・」
「ねぇねぇ、箒姉さん。私、ウォータースライダーに憧れてるんだけど」
「結構、種類があるようですわね」
まったく皆さん、はしたないですわね・・・。
ここはやはり、準備体操からでは無くて?
Side 篠ノ之 箒
その後は、ひたすら遊び倒した。
一夏がいないのは残念ではあるが、おかげで恥ずかしさは半減しているのも確かだ。
やはりアレだ、想い人に肌を晒すのは良くないだろう・・・。
「いやー、やっぱ良いわね、こう言うの」
「私としては、もう少し静かに楽しみたいのですけど・・・」
「何言ってんのよ、アンタが1番楽しんでたじゃない。滝プールの所の水鉄砲で人を狙撃しといてさ、私、普通にプールに叩き落とされたんだけど」
「あら、そうでしたかしら・・・?」
12時を少し過ぎたあたりで、私達はウォーターワールド内の喫茶店で軽めの昼食を取っている。
サンドイッチとコーヒー、大皿に乗ったサンドイッチを4人で取り分けて食べている。
なお、セシリアだけが紅茶だ。
「それよりもスライダーだよ! まだ半分も乗って無いよ!」
ばんばんっ、と可愛らしくテーブルを叩いているのは楓だ。
何でもウォータースライダーは全部で15種類あるらしい、まだ8か9は残っているはずだ。
ウォータースライダーの経験の興奮が抜けていないのか、頬が赤い。
今は大丈夫だと言うが、昔のことを思い出して少し心配になるな・・・。
まぁ、私も友人とこう言う施設に遊びに来るのは初めてだから・・・楽しい、うん。
だが、言い寄ってくる男―――ナンパと言うのか?―――を追い払うのは面倒だったな。
今日だけで5度ほど声をかけられた。
まぁ、楓やセシリアや鈴がいるからな、仕方が無いだろう。
「はいはい、しょーが無いわね楓は。じゃあ午後は東側のスライダーを順番に回るかしらね、この30メートル落下する奴とか・・・」
「・・・それ、ほとんど滑落事故なのでは無くて?」
最近気付いたのだが、鈴は意外と気が回る。
今も、楓と楽しそうに次に行くウォータースライダーの話をしている。
セシリアは1人、紅茶を飲みつつその様子を見守っている。
「あぁーあ、一夏も来れば良かったのに」
「仕方ありませんわよ、企業の開発者が同席してのデータ取りですもの」
「そうだけどさぁ・・・あーあ、何か良いアプローチ方法無いかしらねぇ・・・」
唇を尖らせて話す鈴に、内心ドキリとする。
脳裏に、あの臨海学校の夜のことがよぎって・・・。
鈴達によって邪魔をされてうやむやになったが、もしそうでなければ、あのまま・・・。
・・・きっと、されていた。
とは言え一夏とは最近、訓練だ何だと言って付き合いがな・・・うん。
私も鈴も、模擬戦などは良くやるのだが。
だが、一夏ほどの朴念仁を相手にどうすれば・・・。
その時、何かの園内放送が・・・。
『それでは、本日のメインイベント! 水上ペアタッグ障害物レースは午後3時からです! 出場希望者は1時までにエントリーをお済ませください!』
何だ、何かしかのイベントの告知か。
正直、あまり興味が無いな・・・。
『なお、優勝賞品は・・・沖縄五泊六日の旅! ペアでご招待!』
「「これだ―――っ!!」」
「はい?」
「な、何がだ?」
何故か鈴と楓がかなり反応して、私とセシリアが首を傾げる。
そして鈴はセシリアの、楓は私の肩を掴んで。
「「目指せ優勝!!」」
・・・な、何がだ?
私は、セシリアと困惑した視線を交わし合った・・・。
Side 凰 鈴音
『さぁ! 第1回水上ペアタッグ障害物レースの開催です!』
司会のお姉さんの宣言と同時に、会場から歓声が(気のせいか、男が多いけど)上がる。
参加者が女の人しかいないのが気になるけど、それはそれで良いわ。
重要なのは、商品の沖縄旅行! しかもペア!
誰と行くかって?
そ、それはアレよ、決まってるでしょ・・・。
いくらとーへんぼくと書いて一夏と読むアイツでも、女の子と2人きりで南の島に旅行に行けば・・・ほら、夏だし、高気圧が人の心を左右させるらしいし。
「ふふふのふ、もう優勝した気になってるの? 鈴さん」
「・・・楓」
私が一夏との旅行を想像してモジモジしていると、隣に立っていた楓が腕を組みながら私を見てくる。
・・・いや正直、楓は運動音痴だから、それ程の脅威とは思って無いけど。
でもほら、そこはノリって奴よ、大事でしょ?
それに、楓はともかく箒はあらゆる意味で強敵だしね。
く、と言うか何よあのスタイル、何で西洋人のセシリアとタメ張ってるのよ日本人・・・。
レースのルールは単純、50×50の巨大プールの中央の島に行ってフラッグを取るだけ。
フラッグは1人でも取れるけど、島に行くにはペアで無いと行けない仕掛けになってる。
で、水に落ちたら失格・・・わかりやすいわね。
いかに箒が凄くても、楓がいれば自由には動けないはず。
「行くわよ、セシリア」
「どうして私が・・・まぁ、お付き合いしますわ」
一般人が参加するイベントとしてはそこそこの難易度かもしれないけど、代表候補生2人で挑めばそんなに難しく無いわ。
妨害OKってルールも、私達にとっては有利に働くだけよ。
「頑張ろうね、箒姉さん!」
「あ、ああ・・・まぁ、無理はするなよ」
「頑張る」
「う、うむ」
と言うか、箒より楓の方が厄介よね。
だってあの子、明らかに箒を一夏とくっつける気満々じゃない。
シスコン同士、相性は良いのかも・・・いやいやいや。
『それではレース開始です! 位置について、よーい・・・っ』
ドンッ、と競技用ピストルの音が響くのと同時に、レース開始。
13組26人の女の子が、一斉に走り出す。
一番に飛び出したのは、もちろん私とセシリア。
だけどそれが悪かったのか、妨害が私達に集中する。
スライディングをかわし、ラリアットを避けて、逆に妨害を仕掛けてきた相手を水面に叩き落とす。
ふ・・・温いわね!
「さぁ、どんどん行くわよ!」
ペアで渡らなくちゃいけない仕掛けも、私達2人ならほとんど無視して行けるレベル。
これが、代表候補生の力よ!(何か違う気もするけど)。
後ろを見れば、楓達は最後尾・・・イケるわ!
Side 篠ノ之 楓
沖縄旅行、5泊6日。
いくら超高校級、いや全人類級の鈍さを誇る一夏さんでも、箒姉さんとそれだけ2人きりなら。
それに、臨海学校の夜にはかなり良い雰囲気だったみたいだし・・・。
「よーし、頑張る・・・って、あれ? 何かビリになってる!?」
「楓、焦ることは無い。賞品のことは良いから、ゆっくり行こう」
「う、うん・・・」
ほとんどのペアの人達が第2、第3の島に行ってると言うのに、私達はゴールからほとんど動いて無い。
自慢じゃ無いけど、私、あんまり俊敏じゃ無いから・・・。
でも、箒姉さんはそんな私に落ち着くように言う。
幸い、ビリの私達には誰も(妨害組を含めて)注目してないから、ゆっくり行ける。
「用意は良いか? 行くぞ、楓」
「うん、箒姉さんっ!」
箒姉さんに手を引かれて、私は駆け出した。
よーし、頑張るよ!
・1つ目の島
一番目の島は、ロープで固定された島を1人が支えて1人が渡り、それから渡った1人が反対側でロープを支えてもう1人が渡るのを助ける仕掛けだった。
2組か3組くらい、ここで脱落したらしい。
「楓、私が先に行く」
「う、うん」
よいしょ、とロープを握って向こう岸の島を支える。
水面に頼りなげに浮いている島、渡るにはロープを渡らないといけないんだけど。
箒姉さんは迷い無く跳躍、ロープの真ん中に着地してそれをたわませると、まるでトランポリンみたいに反動を利用して高く跳躍、空中で前転。
すたっ・・・華麗に、向こう岸に着地した。
「ほ、箒姉さん、凄い!」
「ふ、ふん・・・今度はお前だ。私がこっちで支えるから、ゆっくり渡れ」
「うん!」
私はもちろん、箒姉さんみたいな凄いクリアはできないけど。
おっかなびっくりロープに捕まって、両手両足でズルズル・・・。
最後は箒姉さんに引っ張って貰って、クリア!
「わわっ・・・」
「おっと」
最後、足を滑らせて落ちそうになったけど・・・箒姉さんが私を引き寄せてくれた。
私を腕の中に抱いて、小さく微笑んでくれる。
「大丈夫か?」
「うん、姉さんっ」
1番目の島、クリア!
・2つ目の島
今度は、放水による妨害のある島だった。
1人が放水を止めている間に、別の1人が向こう岸に渡るって言う仕掛け。
5組くらい、ここで落ちたって。
「私が放水を止めてくるから、楓は先に渡るんだ」
「う、うん」
箒姉さんは放水機のある島までジャンプを繰り返して渡ると、あっという間に放水を止める。
姉さんは凄いなぁ・・・私、お荷物状態。
と、しょげてる場合じゃ無いや。
2番目の島に渡って、姉さんが渡れるようにしないと・・・。
「どりゃああああっ!」
「きゃっ・・・」
とんっ・・・2番目の島にどうにかジャンプした時、前の組―――つまりビリから2番目―――の人が襲いかかって来た。
ふぇっ!? さ、最下位を妨害してどうなるの!?
と、とにかく、どうにかしなくちゃ・・・と思った瞬間。
「へぶぁっ!?」
「ぶべらっ!?」
バシュッ・・・と、どこからともなく放水が。
妨害組の2人は、水圧に耐えきれずに島から落ちてプールに落下、失格。
振り向いてみると・・・。
「箒姉さん!」
「楓、そっちのボタンを!」
「うんっ」
そこには放水機をこちらに向けていた箒姉さん、凄いや。
私は島の真ん中のボタンを押して放水を止めて、箒姉さんと合流。
2番目の島、クリア!
・最後の島
3つ目、4つ目の島も何とかクリア、ここまでで20組以上のペアが脱落してる。
途中の司会のお姉さんの実況を聞いていると、9割は鈴さんとセシリアさんに蹴散らされたとか。
流石は代表候補生・・・でもそのおかげで、ここまで妨害は少なかった。
「げ、楓に箒!」
「少し、時間をかけ過ぎたようですわね・・・」
最後の5番目の島に到着すると、何と鈴さん達がいた。
ここにいるのは私達を含めて3組、どうやらこれが最後みたい。
でも、どうしてかなり先行していたはずの鈴さん達が手間取っていたかと言うと・・・。
『おおっと、ついに3つ巴! 2組の高校生チームを、メダリストチームが襲います!』
「め・・・メダリスト?」
「こいつら、レスリングの金メダリストと柔道の銀メダリストなのよ!」
司会のお姉さんの解説を、鈴さんが補足。
見ると、鈴さん達はやたらに良い身体―――マッチョ・ウーマン的な―――をした2人と格闘戦を展開・・・いや、格闘って!
こっちは、ここまでの道のりで疲れてるから・・・だから、鈴さん達も手こずってるのかも。
鈴さん達は一旦、私と箒姉さんの所まで下がって来た。
な、何かな・・・?
「箒! 手伝いなさいよ、3対2なら!」
「何とか、押しきれますわね」
「・・・良いだろう。抜け駆けするなよ?」
「上等!」
そして置いて行かれる私、うん、だってメダリストと格闘とか無理。
箒姉さんも専用の訓練を受けて無いはずなのに、鈴さん達に負けないくらい動けてる。
不思議・・・どうして、箒姉さんはあんなに強いんだろう?
「もらったぁ―――――っ!」
その時、メダリストの1人がこっちにタックルしてきた。
当然、私は反応できないんだけど・・・鈴さんがドンッ、と足場の島を揺らして、箒姉さんがスライディング。
バランスを崩した相手を箒姉さんが足払い、どぼんっ・・・と、相手が水中に消える。
「私の妹に、何をする」
「はいはい、シスコン発言は良いから・・・セシリア!」
「承知してますわ!」
残りのメダリストに対して、3人で行く・・・と、思いきや。
鈴さんが、箒姉さんの脇を擦り抜けて第5の島―――ロープ作った梯子で3メートルくらい登る―――に向かった。
わ、わ・・・抜け駆け!?
「ふふふのふ! 悪く思わないでよ、箒!」
「貴様、抜け駆けとは・・・!」
「ちょ、鈴さん!? 私を足止めに使うとはどう言う・・・!」
「うどりゃああああっ!!」
「「「あ」」」
・・・えーと、状況を説明すると。
鈴さんが島のロープに手をかけて、箒姉さんがその足を掴んで。
セシリアさんが意識をそっちに逸らせた隙に、メダリストが箒姉さんにタックル。
箒姉さん達が乗っている島が、大きく揺れて・・・ひっくり返った。
どぼーんっ。
大きな水柱が立った後には、誰もいなくなった。
・・・私、以外。
「・・・あれ?」
その後、私は1人でゆっくりとロープの梯子の所まで歩いて。
10分くらいかけて登ってから、頂上のフラッグをゲット。
・・・私知ってる、こう言うの「漁夫の利」とか「棚からボタ餅」とか言うんだよね。
イベントの最後が、こんな地味で良いのかわかんないけど。
とりあえず・・・とったどー!
下を見ると、キーキー騒いでる鈴さんと呆れてるセシリアさん。
そして、困ったように笑ってる箒姉さんが、プールに浮かびながら私を見上げてた―――――。
Side 篠ノ之 箒
まぁ、ちょっと予想外の終わり方ではあったな。
ウォーターワールドからの帰り道、4人で歩きながらそう思う。
まだ濡れている髪をかき上げつつ、夕日が沈みかけている空を見上げる。
「くうぅ・・・あの筋肉バカさえいなければ・・・」
「戦場でタラレバは禁物ですわよ、鈴さん」
「わかってるわよ!」
鈴は先程の失態にまだ憤激しているようだが、それは自分の不甲斐なさに向けられているらしい。
そう言う潔さは、鈴の良い所だと思う。
他の誰かのせいにしないと言うのは。
私などは、自分の境遇を未だに姉さんのせいにすることがあるのにな・・・。
「箒姉さん」
「ん・・・?」
一瞬、嫌な気持ちになりかけたが・・・それも、隣でニコニコと笑う妹の笑顔を見ると氷解する。
臨海学校での和解以来、素直に楓のことを想うことができていると思う。
まだ、恥ずかしいと思うこともあるが・・・。
だが、楓が守るべき妹だと言うことは変わらない。
ようやく、それがわかるようになった。
いや、本当はずっと前からわかっていたのに・・・私が、意地を張っていただけで。
「これで、一夏さんと旅行に行けるね!」
・・・一夏と私の関係について、私以上に熱心な所は自重してほしいような気もするが。
と言うか、結婚前の男女が2人きりで旅行など・・・いや、一夏がどうというわけでは無くだな、大和撫子としてそれはどうなのかと言う話であってだな。
その・・・は、恥ずかしい、だろ。
「なぁに、箒姉さん?」
「い、いや、だからだな・・・その・・・ごにょごにょ・・・」
・・・う、うん、やはりいかんな、はしたない。
大体、私からなどそんな、こう言うのは男からだろう・・・やはり。
ここにはいないが、両親が聞いたら反対するだろうしな、うん。
それに・・・。
「・・・楓」
「なぁに?」
「その沖縄旅行の券だが・・・2人で、使わないか?」
「え? だから箒姉さんと一夏さんの2人で・・・」
「そ、そうでは無くてだな。その、私と・・・・・・お前で、だ」
「へ?」
な、何だ、その「何、言ってるの?」みたいなパチクリとした目は。
わ、私だって、恥ずかしいんだ。
それに・・・ちょうど、夏休みだしな。
その・・・久しぶりに、姉妹で過ごしても・・・と、思う。
「でも、一夏さんと・・・」
「いや、それは気にするな、うん」
それはアレだ、ええと・・・またの機会にな。
鈴が「だったら譲りなさいよ!」とか言ってるが、そこは無視しよう。
「・・・その、あまりお前とも過ごせていないし、な。だ、ダメか・・・?」
一夏とも長く別れていたが、楓ともそれなりの時間別れて過ごしたんだ。
だから、それを取り戻す意味でも・・・。
私は、楓といたい。
「・・・箒姉さん・・・」
「楓・・・」
「・・・あれ? あの2人、路上で何で見つめ合ってんの?」
「鈴さん、空気を読んでくださいまし」
「英国人に言われたくないわね・・・何故か」
その日は、遅くまで楓と過ごした。
一緒に夕食を食べて、大浴場で入浴して。
そして同室の者が用事でいないと言う楓の部屋に泊まって、一緒に眠った。
それまでの時間を、取り戻そうとするかのように。
その日は、楓と過ごした・・・。
Side シャルル・デュノア
「そっか・・・ここにいられるのか」
「うん、まぁ・・・3年間は、ね」
寮の部屋で、僕は一夏に今日あったことを話した。
僕の国籍がフランスからロシア・日本の二重国籍に移ったこと、機体ごとフランスに入国拒否状態になったこと。
何故かはわからないけれど、更識会長の「家」に預けられることになったこと・・・。
『まぁ、織斑君と篠ノ之さん達によろしく伝えておいてね』
扇子を広げながら笑う更識会長の顔が、頭の片隅にチラついて離れない。
正直、代表候補生の僕の国籍と機体をどうやって移動させたのか、わからない。
起こった事実は理解したけど、経過が全くわからない。
あの人、何者なんだろう・・・。
・・・このままじゃ、ダメだ。
今までみたいに諦めて流されてるだけじゃ、ダメなんだと思う。
複雑そうだけど、それでも僕の無事を喜んでくれてる一夏の顔を見ながら、思う。
優しい一夏・・・たぶん、大好きな一夏。
初めて、僕に優しくしてくれた男性(ヒト)。
「それで、僕・・・つまり『シャルル・デュノア』は夏休み中にフランスに帰ることになってて」
「・・・ん? 学園に残るんじゃ無いのか?」
「うん、それから『シャルロット・D・コルデ』として再入学するんだって・・・女の子として」
「・・・コルデ?」
「えと・・・お母さんの方の、家名・・・」
お父さんに・・・デュノアに引き取られる前までは、そう名乗ってた。
シャルロット・コルデ・・・それが、僕の本当の名前。
貧しかったけど、幸せだったと思える時間の象徴。
「ごめんな、シャルル。俺、結局何もできなかったみたいで・・・」
「う、ううんっ、そんなこと無いよ! 一夏は・・・一夏がいてくれたから」
・・・だからたぶん、変わりたいって、思えるようになったんだと思うから。
優しいアナタが、いてくれたから。
諦めたくないって、思えるようになったんだから。
「痛ぇっ!?」
「集中しろ、馬鹿者」
「千冬姉みたいな言い方すんなよ・・・」
ぱこんっ、と音を立てて丸めた参考書で一夏の頭を叩いたのはラウラ。
どこか不機嫌そうな顔で、ラウラはふんっ、と鼻を鳴らす。
ちょっと前にはいろいろあったけど、今では友達・・・に、なれてると思う。
ラウラはラウラで、良くわからない部分もあるけど・・・。
でもこうして一夏にISのことを教えてあげるくらいには、優しいんだなって思う。
僕と一夏の座るテーブルには参考書とか教科書が山と積まれてて、僕とラウラがISの知識を一夏に教えてる所だってことがわかる。
僕やラウラに限らず、代表候補生になるような子はロースクールまでに大体の知識は身に着けるけど・・・一夏はまだ数ヶ月だから、授業についていくのも一苦労だよね。
「まったく・・・これではいつまで経っても新兵(ルーキー)にもなれんぞ」
「あはは。頑張ってね、一夏」
「お、おう・・・」
青い顔をしてシャープペンをノートに走らせる一夏を見ながら、頬杖をつく。
いつまで見ていても飽きないその顔を、僕はずっと見つめてた・・・。
◆ ◆ ◆
IS学園、生徒会。
それはIS学園の生徒の長の居城にして、最強の座す場所。
「よろしかったんですか、ご息女を手放して・・・私が言うのもなんですけど、株価、大暴落しません?」
『・・・』
「・・・なるほど」
薄暗い生徒会室の中で、涼やかな雰囲気を持つ少女が扇子を片手に笑っている。
それは悪戯好きそうでありながら、どこか慈愛を含んでいる。
プツンッ・・・机の上の空中投影型ディスプレイの映像が切れると、彼女は扇子を開く。
すなわち、『常在戦場』。
それは自分のことか、それともたった今まで通信していた相手に対する物か。
いずれにしても、彼女の心を表す言葉ではあった。
「・・・居場所ができたなら、出て行って構わない・・・ですか」
不意に生徒会室の明かりをつき、別の少女が淡々とした様子で言葉を紡ぐ。
布仏 虚・・・生徒会の一員であり、どこか生真面目そうな雰囲気を纏っている。
扇子の少女・・・IS学園生徒会長、更識楯無は微笑みながら虚を見る。
「無責任だと思う?」
「・・・さぁ、私には何とも」
「優しいわね、わかってるくせに」
「・・・」
クスクスと笑う楯無に、虚は何も答えない。
淡々と自分の席に戻り、書類を纏め始める。
今回の件について、最終的な報告書を学園の理事長に提出せねばならない・・・。
「・・・どの道、デュノア社には第3世代の開発は無理だった。それにドイツや中国に娘の嘘がバレた―――と、思ってる―――から、観念した。そう思う?」
「・・・」
「それとも・・・行くアテの無い娘のために、生きるための技術と機体を与えてフランスの外に出した。どっちだと思う?」
「・・・」
どっちでも良いんだけどね、そう言って笑う主を、虚は横目で一度だけ見た。
それから、ポツリと告げる。
「・・・それで、これからどうなさるおつもりですか、お嬢様」
「やん、お嬢様はやめてよ」
「失礼、つい癖で・・・それで」
「ああ、うん、そうね・・・そろそろ、私が動いても良いかもね」
彼女の名は、更識楯無。
IS学園生徒会長にして、「IS学園最強」。
学園の生徒を守る、義務を持つ者。
笑顔の裏で、彼女は考え続ける。
自分が打つべき最良の手は、何だろうかと。
そして「彼女」を守るために、自分はどうすべきかを―――。
―――――後書き(in 沖縄)――――
楓と箒は8月初旬に沖縄旅行へ、今日は那覇市は首里城を観光中。
篠ノ之 箒:
むぅ、アレが首里城か・・・歴史を感じるな。
篠ノ之 楓:
えーと、450年くらい琉球王国の王様の居城だったらしいよ、姉さん。
(パンフレットを読みつつ)
あ、でも70年くらい前に戦争で焼けちゃって、今のは復元なんだって。
篠ノ之 箒:
450年にしろ70年にしろ、私達が生まれるずっと前の話だな。
ふむ・・・写真で見るより、ずっと大きいな。
篠ノ之 楓:
何か、城壁は総延長で1キロあるって。
あ、でも知ってる? 世界遺産になってるのは首里城じゃなくて首里城跡の方なんだよ。
篠ノ之 箒:
そうなのか・・・・・・それは良いが、楓。
篠ノ之 楓:
なぁに? 箒姉さん。
篠ノ之 箒:
(苦笑しつつ)別に甲斐甲斐しく解説してくれなくても良い。
せっかく観光に来ているのに、パンフレットばかり見てどうするんだ?
篠ノ之 楓:
あー・・・えへへ。
篠ノ之 箒:
ほら、行くぞ・・・正殿の方へ歩いてみよう(手を差し出す)。
篠ノ之 楓:
・・・うんっ(手を握る)。
―――――次回へ続く(かも)。