Side 篠ノ之 楓
ふわぁ・・・ふにゃむにゃ・・・。
お腹にタオルケットを乗せたまま身体を起こした私は、寮の部屋のベッドの上で2、3度目を擦る。
寝ボケた視界の中で、部屋の様子がボンヤリと見えてくる。
半分はネジとかスパナとか、IS関連の機械工学の本とか。
そしてもう半分はぬいぐるみとか着ぐるみ的な物とか、ファンシーグッズ。
私とルームメイトの本音ちゃんの趣味が入り混じってて、凄いことになってる。
・・・あ、ちなみに夏休み入ったあたりから、私は本音「ちゃん」って呼んでる。
向こうは「楓ちん」なのにいつまでも「さん」じゃねぇ・・・ってことで。
「んー・・・7時かぁ」
誰にともなく挨拶をして、私はひょいっと、ベッドから飛び降りる。
自慢じゃないけど、私は結構、朝に強い。
本音ちゃんは、まだ隣のベッドで「むにゃ・・・もう食べられにゃい・・・」とお休み中。
まぁ、私はベッドって嫌いだからね。
と言うか、「寝る」って行為があんまり好きじゃないから。
歩きたい、走りたい、そして飛びたい。
それが、私の原点だから。
「・・・なんて」
本音ちゃんを起こさないように顔を洗って、適当な服に着替える。
服とかはたまに束お姉ちゃんが送ってくれる物を着るから、自分で買ったりはあんまりしない。
鈴さんとかは、「あり得ない!」って怒るけど。
ああ、もう作業着で良いよね、どうせ整備室行くし。
夏でも寒い時とかあるし、何よりはしたないし。
「本音ちゃんは・・・今日も12時までお休みかな」
夏休みに入ってから、夜型人間生活になってるもんね。
夜遅くまで簪ちゃんを含めて3人でISのこととかお喋り、で、朝3時とかにお休み。
・・・その計算で行くと、私って睡眠時間3時間くらいなのかな?
「んー・・・とりあえず、朝ご飯かなぁ」
簪ちゃんも、昨日遅かったからまだ起きて無いよね。
箒姉さんは起きてるかもだけど、6時には朝ご飯終わって剣道場かな。
今日も一夏さんと一緒に違いない、うふふ。
だったら、邪魔したら悪いよね。
束お姉ちゃんの所にいた頃なら、くーちゃんさんとお喋りとかした時間だけど。
うーん、何だか懐かしいや。
束お姉ちゃん、今頃どこで何をしてるのかなぁ・・・。
「・・・はふっ」
軽く欠伸を噛み殺しつつ、私は本音ちゃんを起こさないように部屋を出た。
今日は、どんな1日になるかなぁ・・・と、考えながら。
Side 凰 鈴音
夏休み、海外出身の生徒は大半が帰省したりしてるけど、私は違う。
本国に帰っても軍施設で訓練とかだし、両親は一緒にはいない。
だったら別に帰る理由も無いし・・・と、思っていたら。
『凰 鈴音候補生。ただちに本国へ帰省するように』
朝も早くから私のISのプライベート通信が入って、いきなりそんなことを言われた。
通信相手は、本国の楊(ヤン)候補生管理官。
役職名でわかるかもしれないけど、代表候補生の管理・監督をしてる政府の役員。
通信画面に映っているのは、切れ長の目に鋭いエッジの眼鏡、バシッとスーツを着こなした美人。
だけど、何となく神経質そうな印象を受ける。
本国にいた頃は、お世話になったりお説教されたりした相手。
苦手ってわけじゃ無いけど、居住まいを正さずにはいられない相手ってわけ。
「え、えーと・・・キャノンボール・ファスト用の換装装備(パッケージ)の調整とかですか?」
夏休み明けには、ISのレースイベントがある。
私は中国の代表候補生として、そう言うイベントには出ないといけない。
・・・まぁ、今年は全部のイベントが途中で中止されちゃってるけど。
『もちろん、それもあります』
「え、で、でも、それは別にこっちでも・・・」
『情勢が変化しました。例のVTシステムとデュノア社の不祥事の件について、先月の主要国首脳会議・EU首脳会議での非公式会談で決着がつけられました。が、我が中国にとって納得いく結果ではありません。よって抗議の一環として中国の代表候補生全員をIS学園から一時的に引き揚げます』
「え・・・」
『予定では1週間ほどの予定ですが、欧州側との交渉が難航すれば延長の可能性もあります』
・・・朝からテンションの下がる話を聞いたわ。
と言うか、欧州出身の生徒との交流も控えろって、えぇー・・・。
通信が切れた後、二度寝する気分にもなれずに食堂に行く。
あー・・・国と国の関係とか、うっといわね。
「お? そこにいるのは鈴さんじゃありませんか」
「んー? あら、楓じゃない」
肉まんとスープで簡単に朝食済まそうと思ったら、サバ煮込み定食をつついてる楓と会った。
せっかくだから、一緒に食べることにした。
「珍しいね、鈴さんがこんな時間に」
「何それ、喧嘩売ってんの? と言うかアンタ、またそんな格好して・・・」
「この格好が落ち着く・・・」
サバの身をほぐす楓は、何故か作業着・・・ツナギって言うの?
この子とも結構の付き合いだし、整備好きってのもわかってるつもりだけど。
珍しいタイプよね、確かに・・・良い子だってのは知ってるし、割と仲良いつもり。
機体も他の機体のパフォーマンス向上って言う、珍しい奴だし。
・・・後、私の恋敵(ライバル)である箒の強力な味方。
この子、あからさまに箒の味方すんのよね・・・。
この間のウォーターワールドだって、臨海学校の時だって。
「でさぁ、そいつがさぁ・・・」
「それは面妖な・・・」
まぁ、それでも友達なんだけどね。
少なくとも、朝の通信のやさぐれた気持ちを和ませてくれるくらいには。
Side セシリア・オルコット
「ふぅ・・・」
溜息を一つ漏らして、私は全ての射撃用ビットを『ブルー・ティアーズ』に戻します。
眼前に新たなディスプレイを呼び出し、そこに先程から繰り返し続けている演習結果のデータを見比べる。
そこには、射撃用ビット及びBT兵器の稼働率の推移について表示されておりますの。
元々、この『ブルー・ティアーズ』はBT兵器のサンプリングのための機体。
若干15歳の小娘でしか無い私が(エリートとは言え)代表候補生の地位にあり、こうして日本に派遣されて行動の自由を得ているのは、BT兵器の適正値がイギリスの操縦者の中で最も高いからこそですもの。
とは言え・・・。
「・・・BT兵器、及びISコア稼働率39%・・・」
今日も早朝から訓練と演習を重ねているのですが、一向に改善の様子がありませんわ。
ビット制御に関しては完璧、射撃精度も完全。
でも・・・稼働率が向上しません。
最大稼動時には、ナノマシン制御によってビームを
と言うか、それを完成させるのが私の任務なのですが。
先日の帰省時の演習でも、芳しい結果は得られませんでしたし・・・。
「・・・休憩にしましょう」
早朝から3時間近く続けておりますから、これ以上は効率が落ちるだけですわ。
整備室へ行って、ソフト面からシステムを再チェックすることにしましょう。
祖国のためにも、私個人のためにも・・・何としても、完成させなくては。
人のまばらなアリーナを出て、シャワーを浴びた後に制服に着替えます。
左耳のブルーのイヤリング―――『ブルー・ティアーズ』の待機状態―――を一撫でした後、第2整備室へ。
・・・頑張りましょうね、『ブルー・ティアーズ』。
私がそう指先に想いを込めた時・・・。
「あ、セシリアさん、おはよー」
「あら、楓さん。ごきげんよう」
作業着姿で整備室の方から歩いてきた楓さんと、鉢合わせましたわ。
スカートの端を摘んで、慎ましく挨拶をします。
楓さんは何でも、朝食の後に整備室で友人と機体の整備をしていたとか。
「セシリアさんは、何をしていたの?」
「私ですか? 私はアリーナで訓練をしておりましたわ」
「訓練・・・ああ、もしかしてBT兵器の? ふーん・・・」
ピピッ・・・空間にディスプレイを浮かばせて、楓さんが頷きます。
それから、楓さんは私の方を見て。
「良かったらだけど、お手伝いしようか? 私の機体なら稼働率上がって、コツとか掴めるかも」
「まぁ、それは・・・・・・いえ」
確かに、楓さんのナノマシンの効果を考えれば、とても良い提案ですわね。
実際、楓さんの機体とナノマシンの性能で、一夏さんと箒さんは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を手に入れたのですから。
ですが、私はセシリア・オルコット。
他国人の手を借りずに完成させてこそ、私と祖国の悲願を達成できると言うもの。
楓さんの・・・そして篠ノ之博士の技術には、頼りませんわ。
・・・今の、所は。
「お気持ちだけ、頂いておきますわ。ありがとう、楓さん」
「ううん、良いよ、お友達だもん。でも気が向いたら、いつでも声をかけてね」
「ええ、その時は・・・」
その後、世間話などを2、3交わして―――鈴さんとのこととか―――別れましたわ。
お互いに用もあることですし・・・。
「・・・うん?」
私がふと立ち止まって、振り向いた時には・・・すでに楓さんの姿はありません。
ありません、が・・・うん?
今、違和感が。
「・・・何故、BT兵器の稼働率を上げる訓練だと・・・?」
友人だからと機密を漏らすほど、私は腑抜けておりませんわ。
なのに、何故・・・?
Side シャルル・デュノア(シャルロット・D・コルデ)
シャルル・デュノアと言う「男の子」は、夏休みの内に「転校」することになってる。
そして入れ替わりに、女の子のフランス人(国籍は日本・ロシアの2重だけど)が「転入」してくる。
シャルロット・D・コルデと言う・・・「女の子」が。
「・・・はーい、これで転校の手続きは終了。お疲れ様~」
「は、はぁ・・・」
「はい、お疲れ様でした」
「ど、どうも・・・」
生徒会室で転入の手続きを済ませると、更識会長はパチパチと拍手してくれた。
そして布仏先輩が美味しいお茶を出してくれて、労ってくれる。
のほほんとした雰囲気だけど、僕の転校で寂しい想いをする人もいる。
僕の事情を知ってるのは織斑先生や山田先生、ほんの一部の人だけだから。
だから他の先生や生徒は、本当に残念そうに僕に声をかけてくる。
そして事実、「シャルル・デュノア」は帰国途上の事故で死ぬことになってる。
機体とコアは回収された後、「ロシアで」修復される・・・夏休み明けまでに。
「世界で2人目の男性操縦者」はいなくなって、新たな生徒「シャルロット・D・コルデ」の機体として。
コアの総数は、表向きは変わらない・・・フランス政府は男性操縦者と言う「虚偽」を黙殺してもらう代わりに、ロシアサイドの要請を受諾した。
そして裏で動いたのは、更識と言う「家」。
「あら、もうこんな時間ね。本音ちゃん、お昼にしましょうか」
「ふぁ~い・・・」
「本音、しゃんとしなさい。布仏の家の品位が疑われます」
「はぁ~い・・・」
時計を見れば、11時30分を過ぎた頃だった。
1人だけテーブルに突っ伏して寝てた本音さんが、長い袖をノロノロパタパタと振ってる。
もうお昼なのに、凄く眠そう。
ごちんっ・・・布仏先輩に拳骨されてからは、泣きながらしゃんとしてたけど。
と言うか、あんまり似てない姉妹・・・かな?
「もう・・・もうもうもうっ、どーしてお姉ちゃんはすぐ私を叩くの~?」
「貴女がしゃんとしないからです」
「ふふ・・・」
ふと気付くと、更識会長が布仏先輩と本音さんのやり取りを凄く優しい目で見てることに気付いた。
その時の会長は、僕や他の生徒を見る目とは別人に見えて・・・。
・・・気のせいでなければ、本音さんと布仏先輩の姉妹喧嘩がヒートアップしてるんだけど。
え、止めなくて良いの・・・?
「ほーんねーちゃーんっ、あっそびーましょっ」
僕が本音さん達を本気で心配し始めた頃、生徒会室の外から聞き覚えのある声がした。
と言うか、この声は・・・。
ぴゅうっ、と布仏先輩の傍から離れた本音さんが、生徒会室の扉を開けて出て行く。
「本音ちゃん、お昼ご飯食べた?」
「ううん、まだだよ~」
漏れ聞こえて来る声は、楓さんの声だった。
姿は見えないけど、両手を合わせてジャンプしてるのがわかる。
「まったく・・・」
「・・・うふふ」
溜息を吐く布仏先輩と、クスクスと笑う更識先輩。
それは、僕のことを扱う時の2人とは別人みたいで・・・。
・・・どうしてか、お母さんを思い出した。
Side ラウラ・ボーデヴィッヒ
今日は観察対象である織斑一夏と、久しぶりに模擬戦をした。
先日のタッグマッチ以降、まともな戦闘は久しぶりだった。
しかし、午前中の模擬戦では大した情報は手に入らなかった。
「お前が一夏よりも強いのはわかった・・・が、アリーナを壊すなと何度言えばわかるんだ?」
「は、申し訳ありません」
そして現在、たまたま昼食時の食堂にて出会った織斑教官と食事を共にしている。
夏休みと言うことで、食堂を利用する人間は比較的に少ない。
それも影響しているのだろうか、しかし私は織斑教官に叱責を受けている。
と言うのも、先の織斑一夏との模擬戦で私がアリーナの一部を損傷させたからだ。
アリーナを損壊したのは事実であり、それ以上に教官の言葉は私にとって絶対。
織斑教官は、私にとっての神なのだから。
神の言葉に反感を抱く人間はいない。
・・・ですが教官、ドイツの施設に比べてアリーナは強度が低すぎるような気がするのですが。
「それと、度々お前は一夏の部屋で一夏と同衾しているようだが・・・」
「観察です、教官」
「口答えは許可していない」
「申し訳ありません、教官」
「とにかく、今後は男子の部屋に女子が泊まることは許さん。これは寮長として制定した規則だ」
「規則であるのならば」
規則は守らなければならない、それが軍人だ。
何より教官が仰るのであれば、私はそれに従う。
私の神の言葉なのだから。
・・・それにしても、織斑一夏は本当に教官の弟なのだろうか?
第二形態移行(セカンドシフト)を果たしたとは言え、それだけだ。
機体性能は上がったが、本人の能力は素人に毛が生えた程度でしかない。
教官が期待する何か、それを見極めようと傍で観察しているのだが・・・。
「全く、どいつコイツも問題ばかり持ってくる・・・」
私の前で茶を飲みながら毒づく教官、しかしそうしていても一部の隙も無い。
この状況で私がISを展開して奇襲しても、次の瞬間に倒れているのは私だろう。
だからこそ、わからない。
教官は何故、あのような男を・・・?
「えええええええぇぇぇっっ!?」
その時、それほど離れていない席から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
まぁ、声が聞こえる前にすでに気付いていたが。
「目玉焼きにソースって・・・あり得ないよ本音ちゃん! 塩でしょ!」
「違うよー! ソースが美味しいよ!」
「楓も本音も違う・・・醤油が正しい・・・」
・・・篠ノ之楓、この学園での要注意人物の1人。
本国からは、可能な限り目を離すなと言われているが・・・。
「・・・ガキ共が・・・」
こめかみを押さえて呻く織斑教官が、次の瞬間には篠ノ之楓のグループを黙らせる。
私はそれを、「見て」いた。
今や、世界中が注目している操縦者を。
Side 織斑 一夏
篠ノ之 楓って女の子は、昔からおっとりした性格の女の子だ。
身体が弱かったからかもしれないけど、儚げで大人しいイメージしか無い。
全体的にホワホワしてる子で、IS学園に来てからはのほほんさんと一緒にいることが多い。
だからかな、ますますホワホワしたイメージしか沸かない。
個人的には、正直言ってキャラが被ってると思う。
クラスで2人して空気を和ませる役、まぁ、とにかくおっとりした優しい女の子だ。
・・・一部の例外を、除いて。
「一夏さん? 聞いてる? ねぇ、聞いてくれてる? 聞いてくれてるよね? だって私がお話してるもんね? そりゃ聞いてくれてるよね、男の子だもんね?」
「あ、はい・・・すんません・・・」
「すみません? ええ、そうでしょうそうでしょうともよ! さぁ謝って今すぐに! この子に! この『白式(びゃくしき)』に! ああっ・・・もうっ、こんなにもボロボロになって―――っ!!」
そんな楓が、今は半分泣きながら怒ってる。
場所は第2整備室、のほほんさん達と何かの機体を弄ってた楓に声をかけて、ちょっと『白式(びゃくしき)』の調子を見てもらったんだが・・・。
そしたら、楓がかなりキレた。
ラウラとの模擬戦でボロボロにされた『白式(びゃくしき)』は、むしろパワーアップする前より壊れ方が派手な気さえした。
うん・・・これはきっとアレだ、俺が強くなってラウラも加減がとか言うそんな感じの。
「全戦全敗のくせに!」
「がはっ!?」
「もっとISは大切に扱ってよ! むしろ自分よりも! 鈍感な一夏さんと違って繊細なんだから!」
「げふぉっ!?」
グサァッ・・・言葉の刃が俺に突き刺さった。
いや、確かに俺はIS学園に来てから実は模擬戦で勝ったこと無いけどさぁ。
えーと、鈴に9敗、セシリアに5敗、シャルルに8敗、んでもって今日はラウラに負けて・・・。
・・・あれ、リアルに落ち込んできたぞ?
「それで・・・今日はどんな風に負けたの?」
「あ、ああ・・・っとだな」
今日も今日とて、俺は自主練に励んでたんだけど・・・例によってラウラの視線を感じて。
で、まぁ、せっかくだからと模擬戦の相手を頼んだんだが・・・。
AICで動きを止められて、ワイヤーブレードで縛られて電流的な物を流されて、そこからさらに・・・。
「・・・『白式(びゃくしき)』、修理するね」
「頼む・・・」
それから、いろいろな器具を使って『白式(びゃくしき)』のパーツを弄り始めた楓を黙って見てた。
俺は・・・発電機とか超音波検査装置とか、力仕事で手伝った。
で、それなりに時間が経った時・・・。
「・・・失礼する。篠ノ之かえ・・・って、何だ一夏か」
「おお、箒」
制服姿の幼馴染が、意外そうな顔で立っていた。
でもすぐに何だか顔を赤くして、俺から目を背けた。
いや、地味に傷つくんだけど・・・。
Side 篠ノ之 箒
り、臨海学校以来、どうも一夏と顔を合わせ辛いな。
今も、一夏の顔を直視できない。
す、すまない一夏、も、もう少し時間をくれ・・・。
「楓はいるか?」
「あ、ああ、楓なら・・・」
「はいっ、はいは~いっ、なぁに、箒姉さんっ!」
一夏が返答するよりも速く、『白式(びゃくしき)』の上から軽やかな声がした。
ぴょんっ、跳び下りてきたのは私の妹、楓だ。
レーザーカッターでも使っていたのか、特殊素材の面を被っている。
楓がそれを頭の上にズラすと、少し煤に汚れた顔が出てくる。
ハンカチで煤のついた顔を拭ってやりたくなるが、ここに来た目的を思い出して我慢する。
「もしかして、忙しかったか?」
「全然? 『白式(びゃくしき)』の整備なんて箒姉さんのお願いに比べれば大したこと無いよ!」
「楓さん!? さっき俺に何て言いましたかねぇ!?」
一夏が憤慨しているが、楓はどこ吹く風だ。
クルクルと器用に片手でスパナを回しながら、楓はニコニコと笑っている。
それは本当に嬉しそうで・・・子供の頃の儚げな笑みとは、別のものだった。
この数年で、随分と身体も丈夫になって・・・ああ、そうだ。
「『紅椿(あかつばき)』の展開装甲の調子を見て欲しいんだが・・・」
「任せて、箒姉さん!」
『紅椿(あかつばき)』を待機状態から戻して、『白式(びゃくしき)』の隣に立たせる。
普通、専用機持ちには2年生以上の整備課の生徒で構成された整備チームがつくのだが・・・私達の機体は無所属だから、下手なスタッフに触らせることができない。
一夏は、元々の開発企業がデータ取りなどをしているらしいが・・・。
だが私の『紅椿(あかつばき)』は、姉さんが技術の粋を尽くして作成した生粋の第4世代型ISだ。
これがまた、姉さん以外には整備すらできないと言う代物で・・・。
・・・まったく、あの人が作る物はこれだから。
「ふむふむ? ふーむふむ、なるほど。おっけー、すぐに調整するからね、箒姉さんっ」
「ああ、頼む」
「任せてっ!」
コードを繋げて、空中にいくつかのディスプレイとキーボードを展開する楓。
誰にも整備できない『紅椿(あかつばき)』、だが楓だけは例外だ。
おそらく、姉さんと数年間行動を共にした楓は・・・。
世界で唯一、姉さんの技術を頭と手で覚えている人間だ。
それがどんな意味を持つのかは、少しはわかるつもりだ。
鼻歌混じりにデータ入力をしている楓、私の妹。
・・・私が、守ってやらないと。
そのためにも、もっと強くならなければ・・・一夏と、一緒に。
「・・・ん?」
「そ、そうだ楓、あのことなんだが・・・」
「へぅ?」
不意に一夏と視線が合ったので、逃げるように楓の横に行く。
まぁ、これは一夏に聞かれても不味い話だしな・・・。
・・・夏祭りに、篠ノ之の実家に戻ると言う話だから。
Side 篠ノ之 楓
ああー、もう、一夏さんってば。
もうちょっとこう、箒姉さんを特別扱いしてくれたって良いのに・・・。
まぁ、一夏さんだし、無理か。
「まぁ、一夏さんだしね~・・・」
「楓ちん、何か言った~?」
「ううん、何にもー?」
「そっかぁ~」
本音ちゃんの声に答えつつ、私が背中を乗せてる台車をガラガラと動かす。
それまで狭い空間で―――『打鉄弐式(うちがねにしき)』の機体の下に潜ってた―――部品を弄ってたんだけど、第二整備室の天井の照明に目が軽くチカチカする。
台車の上で身体を起こすと、すぐ横にデータスキャナーを使って機体の調子を見てた本音ちゃんがいる。
何となく目を合わせて、お互いに「はにゃーん」と笑う。
潤滑油の匂い、ベアリングの音、ディスプレイ上に広がる無数の数値とグラフ。
ここは、そう言う世界。
一夏さんと箒姉さんと別れた後も、私は本音ちゃん達と整備室に籠ってる。
だから私や本音ちゃんの顔や手は機体の油とかで汚れてるけど、それが何だか嬉しい。
お友達と、一緒。
「コード、持って来た・・・な、何?」
「ううん、別に?」
機体調整用の赤とか黒のコードの束を台車に乗せて持ってきてくれた簪ちゃんのほっぺにも、黒く滲んだ油がついてる。
今日はハードの調整が多かったから、当たり前だけど。
作業着姿で油塗れ、女の子的にどうかとも思うけど。
何か、楽しい。
「・・・えへへ」
「うふふ~」
「・・・2人とも、疲れてるんだよ」
「「あれ?」」
私と、私に釣られたらしい本音ちゃんが笑うと、簪ちゃんから意外すぎる反応が。
・・・あれぇ?
首を傾げつつ、『打鉄弐式(うちがねにしき)』にコードを差し込んでソフトウェアの調整。
空間投影型ディスプレイに浮かぶ数値に、ふむふむと頷く。
「あー・・・コア周りは何とか?」
「うん・・・出来た・・・」
「長かったね~」
マルチ・ロックオン・システムは難しいけど、他の部分は何とか形はできたかも。
元々、『打鉄(うちがね)』ベースで作ってるし・・・それに。
「楓の、おかげ・・・」
「そんなこと無いよ、簪ちゃんが凄いんだよ」
「でも楓ちんの機体データ、凄く参考になったよ~」
ええ? そんなこと無いよ。
そりゃ確かに、『黒叡(こくえい)』の機体データとか参考にしたけど。
でも本当、簪ちゃんと本音ちゃんがいなかったら形にもならなかったよ。
それに・・・『黒叡(こくえい)』ってやっぱり、箒姉さんと一夏さんのための機体だと思うし。
私は特にそう意識して製作に携わったわけじゃないけど、束お姉ちゃんはそう言うつもりだったのかもしれない。
エネルギーを消滅させる『白式(びゃくしき)』と、エネルギーを増幅させる『紅椿(あかつばき)』。
そして2機のコア出力を安定させて、単一特殊技能(ワンオフ・アビリティ)の制限を取り払う『黒叡(こくえい)』・・・3機揃ってたら、まさに無敵状態だよね。
「この調子なら夏休み明けの学内イベント、間に合うかもね」
「えーと、きゃのん・・・何だっけー?」
「キャノンボール・ファスト・・・ISのレースみたいな・・・」
簪ちゃんは日本の代表候補だけど、機体が無かっただけだから。
機体さえあれば、何も問題ないよ。
簪ちゃんは不安そうだけど、大丈夫。
「目指せ、キャノンボール・ファストーッ!」
「おお~っ」
「・・・テンション、高い・・・」
私と本音ちゃんが両手を振り上げると、簪ちゃんは少しだけおかしそうに笑った。
それから、もう2時間くらい『打鉄弐式(うちがねにしき)』の調整をやった。
難しい作業がたくさんだけど、3人だから楽しかった。
まぁ、それはそれとして・・・いよいよ煮詰まって来たって言うか、マルチ・ロックオン・システム難しいね!
特に48発のミサイルに自動追尾機能を同時に付与するプログラムが難しい、今日も13回失敗した。
独立ウイング・スカートとか補助ジェット・ブースターとか装甲とか、ハードは大体できたんだけど。
ソフトウェアがねぇ・・・データ蓄積とフィードバック機能が手間だよねー。
後はこれさえ何とかできれば、どうとでもなりそうなんだけど。
「まぁ、晩御飯でも食べて気分転換でもしようよ」
「さんせぇ~」
「・・・うん・・・」
着替えるのも面倒だから、制服じゃ無くて作業着のままで食堂へ。
3人揃って、今日の晩御飯はかき揚げうどん。
うむうむ、和の心だよね、わかるよ。
ここのかき揚げ、美味しいよね。
「えへ、お揃いだね」
「おお~、かき揚げ交換するー?」
「・・・意味、無い・・・」
流石にかき揚げを交換することには意味を見いだせないよ、本音ちゃん・・・。
まぁ、交換って言うのは憧れるよね、お友達っぽくて。
でも、その友情に罅が入る瞬間がやってきた。
と言うか、本日2回目な気がするけど。
ふと見ると、簪ちゃんがうどんに乗ってたかき揚げをお箸でつゆの中に沈めてた。
ぷしゅー・・・ぶくぶく、と泡が浮かぶのが面白いのか、ワクワクした顔で見てる。
見てる・・・けど。
「・・・あり得ないよ!? え、何で沈めるの!? かき揚げをべちょ漬け・・・べちょ漬け!? 何を考えてるの!?」
「・・・違う。これは、たっぷり全身浴派・・・」
「同じことだよ! 沈めちゃダメだよっ、かき揚げはつゆに漬けずにサクサク食べないとー!」
「楓はわかってない・・・これが正しい食べ方・・・」
サクサク派の私の前で、そんな無情な所業は許さないよ!
たとえ親友の簪ちゃんと言えども、そこは譲れないよ!
そんな可愛い目で睨んでも、これはダメだよ!
「まぁまぁ、ゆっくり食べようよ~」
ただ1人、のほほんとしてる本音ちゃん。
その本音ちゃんはと言うと・・・あろうことか、お箸でかき揚げを割った!?
え、かき揚げを細かくしてどうするのー!
「「あり得ない!!」」
あ、簪ちゃんとハモった。
と言うか、簪ちゃんの大声を初めて聞いたかも・・・。
「ちょ、あり得ないよ本音ちゃん! 一番あり得ない!」
「・・・本音、かき揚げは直接齧るべき・・・」
「ええ~、これが1番美味しいと思う~」
「・・・!」
「・・・・・・!」
「・・・・・・・・・!」
今日の私達の夜の議題は、「かき揚げの食べ方はどれが正しいか」だった。
1歩間違うと絶交モノだったかもだけど、最終的には「まぁ、個人の好みだよね」に行き着いた。
何せ、騒いでたら千冬姉様に鎮圧されたものだから・・・。
その後は仲直りして、皆でお風呂に入って洗いっことかした。
夜遅くまでお喋りして・・・。
夏休みって、楽しいなぁ。
後書き(in 沖縄)
*2人は那覇市を観光中。
篠ノ之 楓:
うーん・・・参ったねぇ、箒姉さん。
篠ノ之 箒:
まぁ・・・な。
篠ノ之 楓:
普段はISに任せきりだからさぁ・・・うっかりだよ。
と言うか何だろうね、この通り。奥に行くほど迷子になるんだけど。
篠ノ之 箒:
何、こう言うのも味があって良いだろう。
夜までに旅館に戻れれば良いんだからな。
篠ノ之 楓:
戻れると良いなぁ・・・。
篠ノ之 箒:
そ、そんなことを言うな・・・。