Side 織斑 千冬
来るべき物が来た、と言うべきだろうかな。
生徒達が夏休みを楽しんでいるだろうある日、私は顔色の悪い山田先生と個室で顔を突き合わせている。
安心させようと笑みを浮かべてみたが、あまり効果は無かったようだ。
「どうしましょう、織斑先生・・・」
「ふむ、そうだな・・・困ったな」
「織斑先生・・・!」
「ああ、いや、すまない。ふざけたわけでは無いんだ・・・」
私達の手元には、日本政府及び国際IS委員会からのある通達文書がある。
今日付けで交付された物で、明日には全教員が内容を知ることになる。
そう、困ったと言うのはまさにその内容のためだ。
織斑一夏と篠ノ之姉妹、及びその機体に関する説明要求。
要求であって、命令では無い。
身柄引き渡しでは無く、説明。
篠ノ之束の関係者に対する、おそらくはギリギリのラインだったのだろう。
本当なら、力尽くで機体と操縦者を奪いたい所なのだろうが。
「それでなくても、今年はイレギュラーが多すぎます・・・」
「・・・そうだな」
一夏と言う「ISを扱える男子」の存在に加えて、虚偽ではあるがシャルルと言う男子操縦者。
異常な数の専用機持ちの入学、無人機襲撃に福音事件。
一夏と篠ノ之姉妹と言う「非代表候補生でありながら専用機持ち」と言うイレギュラー、しかも帰属する国家が未確定。
非公式ではあるが、いくつかの国家がすでに卒業後の3人の争奪戦を繰り広げているらしい。
日本、アメリカ・・・他にも数十の国が、組織が。
3人と、『篠ノ之束お手製のIS』―――特に『紅椿』は正真正銘の第4世代型―――が欲しいがために。
・・・まぁ、あの3機は揃っていないと個々は大したことが無いが。
「どうしましょう・・・」
「どうもこうも、これまでと同じさ。命令には従わなければならない・・・そう言う契約だ」
不安そうな山田先生に、私はそう答える。
そう、命令には従う。
そう言う契約だ、契約は守るさ。
それにしても、山田先生も不憫だな。
普通なら、ここまでの面倒ごとの当事者にはならなかったろうに。
普通に生徒達にISのことを教えて、生徒達をIS関連の企業や組織に送り出したことだろう。
だは、今年は・・・これだからな。
「・・・委員会の方へは、私が説明しておく。学園長とも話さないといけないが・・・」
「・・・わかりました」
「何、心配するな。いざとなれば・・・」
そう、いざとなれば。
いざとなれば、束の誘いに乗るという手段も取れるのだから。
・・・なんて、な。
「そう言えば、一夏と篠ノ之姉妹は確か・・・」
今頃、実家・・・あの町か。
昔、束と過ごした・・・。
Side 篠ノ之 箒
故郷・・・そう呼べる場所は、ここだけだ。
篠ノ之神社、政府に保護(ゆうかい)されるまで、私が・・・私達が育っていた場所。
今では家族は誰もいない、管理も親戚がやってくれている。
「ふぅ・・・」
ちゃぷ・・・私が腕を動かすと、4人は入れそうな大きな檜の湯船に張られた熱い湯が波打った。
久しぶりに入る実家の風呂は、とても心地良い。
数年前まで、毎日入っていた湯船・・・。
ふと左腕を見れば、『紅椿(あかつばき)』の待機形態である赤い腕飾りがそこにある。
IS・・・あの人がISを作るまでは、ここで過ごしていた。
一夏と共に過ごした幼い頃の日々が、酷く懐かしい。
そして同時に、今も一夏の傍にいられることが嬉しい。
そう言う2つの意味をもっているそれに、私の胸中は複雑だった。
「箒姉さん」
「ん・・・?」
不意に声をかけられて、私は左手首の腕飾りから意識を逸らした。
首だけを後ろに巡らすと、身体を洗い終えたらしい楓が立っていた。
小さめのタオルで細い身体を控え目に隠した楓は、足先から湯船にゆっくりと入る。
髪先から滴った滴が、きめ細やかな白い肌を伝って湯の中に消える。
湯船の中で私の隣に収まった楓は、どこか嬉しそうな顔をしていた。
「どうした?」
「ん? んー、箒姉さんとこの家のお風呂に入るの、久しぶりだよね」
「うん・・・そうだな。そう言えば・・・」
白い湯気を挟んで、楓と昔話をする。
・・・最後に楓と一緒に風呂に入ったのは、4歳頃か?
確か2分ほどして、楓が倒れて・・・・・・。
「・・・ま、まぁ、お風呂じゃ無くてもホラ、良く一緒だったよね。雪合戦して風邪引いたり、夏にスイカ食べてお腹壊したり、肺炎になったりインフルエンザになったり・・・・・・私だけ」
「い、今は平気なんだろう? 4月からこっち、一度も病気してないじゃないか!」
「そ、そうだよね!」
湯船に沈みかけた楓を励まして、引き戻す。
実際、学園の浴場では楓と何度か一緒に入浴しているが、入浴時に倒れたことは無い。
本当に、昔に比べて元気になった。
それに私だって、思い出ならいろいろあるぞ。
一夏を剣道で倒したり、一夏を剣道で叩きのめしたり、一夏を剣道で・・・・・・あれ?
い、いやいや、他にも何か、何か・・・。
「だ、大丈夫だよ、箒姉さん! 最近はホラ、あんまり一夏さん殴らないし! 臨海学校だって、最終的には良い雰囲気になったんでしょ!?」
「そ・・・そう、だな。うん、そうだ」
「それにホラ、えーと・・・うん、5歳くらいの時に、クリスマスケーキをお父さんに内緒で買ってきてくれたよね? アレ、一夏さんのおかげだって・・・」
そ、そうだな、剣道以外にも、ちゃんと思い出はある。
今度は私が湯船に沈みかけたが、楓の励ましによって復活する。
『2人とも~、そろそろ上がってらっしゃい!』
「あ・・・はい、雪子叔母さん!」
脱衣所の方から聞こえた声は、この神社を管理してくれている雪子叔母さん、親戚だ。
昔からお世話になっている人で、頭が上がら無くて・・・うん?
「・・・何だ、楓」
「その・・・」
湯船から立ち上がると、何故か楓がじ~っと私を見つめてきていた。
と言うか、その視線が私の身体の一部分を見つめている気がする。
「箒姉さん・・・・・・どうしたら、そんなボディになれるの?」
「ぼ、ぼでぃ・・・?」
いや、そんな目で見られてもな・・・。
私的には、スレンダーでしなやかな楓のようなスタイルに憧れるのだが。
細身で可愛いし、こう、守ってやりたくなる感じ・・・と言うのは、憧れる物がある。
・・・隣の芝は青いとか言うな、馬鹿者。
Side 篠ノ之 楓
拝啓、束お姉ちゃん。
私は今、箒姉さんと一緒に里帰りをしています。
束お姉ちゃんが来れないのが残念だけど、懐かしい気持ちで一杯です。
・・・基本、寝室の記憶しか無いんだけどね。
「口紅は自分で引ける?」
「はい、昔もしてましたから・・・」
「そう言えば昔からやってたものね、神楽舞」
そして今、私は神社の夏祭りで舞う神楽の衣装に着替えている箒姉さんの手伝いをしてる。
手伝いと言っても、雪子叔母さんに神楽の衣装とか化粧道具とかを渡すだけだけど。
雪子叔母さんは落ち着いた雰囲気の美人さんで、もう20年くらいしたら箒姉さんもこんな感じなんだろうなって人。
私は正直、あまり接したこと無かったりするけど・・・寝てばっかりだったからね!
そうこうしてる内に、箒姉さんが純白の舞装束と金の髪飾りに彩られる。
お化粧のせいか、いつもよりずっと大人びて・・・凄く、綺麗。
刀と扇を持った箒姉さんは、神秘的ですらあった。
篠ノ之神社の神楽舞は、剣術と舞踏が合わさった独特な舞。
箒姉さんは小さい頃からやってたけど・・・私? 何度も言うけど寝てば(以下略)。
「はい、じゃあ次は楓ちゃんね」
「へ? いや、私は神楽とか無理なんで・・・」
「良いじゃない、せっかくだし」
そう言って、純白の衣と朱色の袴―――有り体に言って、巫女服―――を手に微笑む雪子叔母さん。
な、何だか、恥ずかしい。
とは言え、私も神社の娘だから・・・初めてってわけじゃない。
寝てばっかりだったけど、和服で過ごすことの方が多かったし。
今でも寝る時は襦袢だし、箒姉さんとお揃いのやつ。
「え、いや、でも・・・」
「良いから良いから」
助けを求めるように箒姉さんを見たけど、静かに首を横に振られた。
・・・あれ、ひょっとしなくても見捨てられた?
はぁ・・・まぁ、良いけど。
「うふふ・・・ごめんなさいね、年甲斐も無く嬉しくなっちゃって」
「え?」
「箒ちゃんは、子供の頃からだけど・・・楓ちゃんは、滅多にお世話できなかったでしょう?」
雪子叔母さんに着付けされながら、私は首を傾げる。
・・・あ、そうか。
昔は私が滅多に出て来なかったから、こういう風にお着替えとか無かったから。
「それが、こんなに元気になって。嬉しくなっちゃって・・・うふふ、いやね、年は取りたく無い物だわ」
「・・・叔母さん」
「・・・はい、じゃあ帯を締めるわね」
・・・されるがままになりながら、私は少しだけ熱くなった頬を指先で撫でる。
何と言うか、昔の私を知ってる人にそう言う風に言われると・・・恥ずかしいね。
何て言うんだろうね、こう言う気持ち。
・・・箒姉さんを見ると、凄く優しい顔でこっちを見てた。
何だか嬉しくて、私も笑顔を返す。
そうしたら、もっと優しい笑顔が返って来た・・・。
「それにしても、悪いわねぇ。夏祭りの手伝いなんてさせて・・・もう高校生なんだから、一緒したい男の子とか、いたんじゃないの?」
「そ、そそそ、そんなことはっ・・・!」
私を着替えさせた後、雪子叔母さんがそんなことを言った。
箒姉さんは顔を真っ赤にして否定してたけど。
でも実は、一夏さんを誘えなくて落ち込んでるのを私は知ってる。
うふふ・・・任せて、箒姉さん。
私は箒姉さんの妹、箒姉さんの一番の味方!
仕込みはばっちりだよ、箒姉さん。
Side 織斑 一夏
・・・いやぁ、懐かしいな。
篠ノ之神社の夏祭り、何年ぶりかな。
箒と楓が引越しちまってからは、来なかったからなぁ。
「弾と蘭も来てるはずなんだけど・・・すげー人だな」
神社から通りまで、家族連れやら友達連れやらで一杯だ。
屋台が立ち並んで、それぞれに賑わいを見せている。
食べ物屋は美味そうな匂いを漂わせてるし、ゲーム系も人気だ。
正直、この人込みじゃ弾達を見つけるとか無理っぽいなぁ。
まぁ、最悪携帯とかあるし。
それにもう時間だしな、箒のお神楽。
人込みを避けながら、広い境内の中に入ってお神楽の舞台を目指す。
全く、箒の奴・・・楓が教えてくれて良かったぜ。
「はぁーい。御神楽見学の受付、もう終わりますよー」
「おっと・・・いけねっ」
最後には小走りになって、白い布で覆われた長机の受付に行く。
篠ノ之神社のお神楽は昔から人気だから、割とすぐに受付とか終わるんだよな。
と言うわけで、受付・・・って。
受付には何人かの巫女さんがいるんだけど、その隅に知ってる顔・・・と言うか、楓がいた。
何だかソワソワしてるみたいだけど・・・。
「よぉ、楓。うっわー、お前の巫女姿見るのって実は初め「あ、一夏さん! やっと来た!!」うわ声デカッ!?」
巫女服の楓は、俺を見るなり怒りだした。
え、何で? 俺、何かした?
イメージとして、猫に近付いたら総毛だって威嚇された気分なんだけど。
昔のイメージが先行してるから、楓に大声とか出されると本気でビビる。
「もぉ~・・・30分前にはスタンバって無いと、ダメでしょ!?」
「え、あー・・・うん、スマン」
「ほら、こっち! もう受付は済ませてあるから!」
「それって職権乱用じゃね!?」
「はい? 一夏さん知らないの? 束お姉ちゃんと箒姉さんは規則もルールも守らなくて良いんだよ」
うん、言ってる意味がわからない。
実はアレか、束さんと箒がああなったのはお前が甘やかしたからか。
それともアレか、お前が甘やかされているのか。
とか考えている間に、楓に手を引かれた俺はお神楽用の舞台の前に設営された座席―――実の所、かなり良い席―――に座らされる。
うう、周りの人の目が痛いような・・・。
「考え過ぎだよ」
「お前が言うなよ!?」
楓は本当に、姉が絡むと見境が無くなるんだよな・・・それ以外は割と普通なのに。
まぁ、用意された座席に大人しく座る俺も俺だと思うけど。
そして楓が受付の手伝いに戻ってから、待つこと5分・・・。
静かで、でもどこか鋭さと力強さを含んだ独特な音楽が響き始める。
舞台の上に、1人の巫女が登場。
背後に囃子方を従えるそれは・・・白い舞装束と金の髪飾りで着飾った、箒だった。
正直、小さい頃のを何回か見た覚えがあるけど・・・。
「・・・」
言葉も出ない程に、箒は綺麗だった。
何と言うか・・・ええと、綺麗だった。
自分の語彙の貧困さに泣けてくる・・・。
シャンッ・・・扇の両端についた鈴が鳴る度に、箒が舞う。
片手に宝刀、片手に扇を持つのがこの神社のお神楽だ。
扇を揺らしながら片手で剣を抜き放ち、扇と絡めながら空を切る。
剣道やってるせいなのか、違うのか・・・張りつめた空気の中に、清浄な何かを感じる舞。
まさに・・・『剣の巫女』、だった。
「・・・綺麗だ」
ようやく口をついて出た言葉は、変わり映えのしない「綺麗」と言う言葉。
でも・・・俺は、本当にそう思って。
誰も音を発しない、祭りの喧騒すらも遠くに行ってしまったような錯覚を覚えながら。
俺はいつまでも、箒の舞を見ていた・・・。
Side 篠ノ之 箒
ど、どう言うことだ、コレは・・・。
神楽を終えてからお守り販売を手伝って、叔母さんの好意で楓と一緒に夏祭りに行くことになった。
せっかくだし浴衣で、と言うことになって・・・私は白地に青い水面模様と赤い金魚の浴衣。
楓は、薄い青に鮮やかな色合いの花をあしらった浴衣。
ここまでは良い。
だが、楓と神社の鳥居の所まで行くと・・・。
「よっ、箒」
「い・・・いいぃいいぃぃ一夏っ!? ど、どうしてここに!?」
「え? 楓に呼ばれ「箒姉さんのお神楽を見に来たんだよね!」ぇ・・・まぁ、そうなんだけどさ」
「な・・・なっ?」
てっきり、一夏は面倒がって部屋でゴロゴロしている物とばかり。
それが何故か、こうして夏祭りに来ていて私の神楽まで・・・だと・・・。
ど、どうしよう、下手だったとか衣装が似合って無かったとか言われたら・・・。
「様になってたな、神楽・・・何と言うか、綺麗だった」
「な・・・なっ!?」
あ、あの一夏が・・・わ、私のことを「綺麗だ」などと。
あり得ん! あの一夏だぞ? コイツが一夏なはずが無い!
「その浴衣も、似合ってるな」
「な・・・なぁっ!?」
こ、今度は浴衣を褒められた・・・だと・・・。
た、確かに雪子叔母さんの着付けは完璧だが、しかし・・・あわわわ。
「おお、楓も似「私のことは褒めなくて良いんで」・・・姉が絡むと急に主張強くなるよな、お前」
「でも一夏さん程シスコンでは無いんで・・・」
「誰がシスコンだ!?」
何やら楓が一夏と揉めているが、私はそれどころでは無い。
ど、どうしよう・・・どうすれば、心の準備が何も。
そ、それに・・・一夏の顔を見ると臨海学校の件を思い出してしまって、恥ずかし・・・。
「大丈夫だよ、箒姉さん」
「か、楓・・・」
「・・・良い感じの所で、私は消えるからね!」
楓―――――っ!?
お前、何か性格が変わってないか!?
やり手おばさんみたいになってるぞ、それで良いのかお前!?
ぐっ・・・と親指を立ててウインクされても、こ、困るぞ・・・。
「じゃ、どっか適当に回るかー・・・何か食うか?」
「あ、ああ・・・じ、じゃあ、焼きそばでも。夕飯もまだだしな・・・」
「そうだね、焼きそばが良いよね」
とりあえず、焼きそばの屋台を目指す私達。
一夏が先頭で、私と楓が後をついて歩く。
人が多いから、はぐれないように気をつけないとな・・・。
その時、楓が私の浴衣の袖をグイグイと引っ張って来た。
何かと思って見てみれば・・・楓は私と一夏を指差した後、自分の両手をぱんっ、と組んで見せる。
キラキラと目を輝かせながら、言わんとしていることはつまり。
・・・手を繋げ、と?
かあぁ・・・と、頬が熱を持つのがわかった。
「む、むむむ、無理だ!」
「何がだ?」
「な、何でも無いっ、前を見て歩け!」
「お、おぅ・・・」
私の声に反応した一夏に前を向かせて、私は楓を引き寄せて耳元で囁く。
「そ、そそそ、そんな・・・手を繋ぐなんて、はしたないっ」
「ダメだよー、姉さん。そんなんじゃ鈴さんに出し抜かれちゃうよ。鈴さん、臨海学校で水着で一夏さんにひっついてたよ?」
「むぐっ・・・」
た、確かに、鈴は強力なライバルではあるが。
小柄で可愛いし、一夏もなんだかんだで良く構っているし・・・。
積極性でも、私は遅れを取っているような気もするが。
で、でもでも、でも・・・。
「ほら、頑張って! チャンスだよ?」
「し、しかしだな・・・」
「2人とも、生姜はどうするー?」
「「任せる!!」」
「お、おぅ・・・じゃあ、乗せて貰うな」
焼きそばの屋台についた後も、私と楓の「作戦会議」は続く。
「学校に戻ったら、鈴さんいるかもだから・・・こんなチャンス、二度と無いよ?」
「ぬ・・・そ、そう、だな。その通りだ・・・」
く・・・や、やはり、手くらい繋いだ方が良いのか・・・?
ど、どうする、行くか・・・?
い・・・行く、行こう、行けば、行くべき・・・行け!
「・・・っ」
勇気を振り絞って、楓に握りこぶしで励まされて、私が一夏の手を取ろうとしたまさにその時。
「あれ? 一夏・・・さん?」
「お? ・・・おお! 蘭! 本当に来てたんだな! 弾は?」
「い、今はいませんけど・・・」
・・・だ、誰だ?
一夏に声をかけてきたのは、大人しい色合いの浴衣を着た女子だった。
赤みがかった茶色の長い髪は結い上げて後ろでまとめて、白い健康的なうなじが見えている。
見た所、私達より少し年下のように見えるが・・・本当に誰だ?
楓を見るが、途方に暮れた顔で首を横に振っている。
そうか、楓も知らないか・・・だが、一夏の知り合いなのは間違いない。
何せ今も、楽しそうに話しているのだからな。
「こ、校外にまでいるなんて、聞いて無い・・・」
楓が何か言っているが、私は私で気が気じゃ無い。
何しろ、私の知らない女子と一夏が楽しそうに談笑しているのだ、心配にもなる。
しかも明らかに、相手の女子は頬を赤く染めていて・・・一夏に懸想しているのが丸わかりだった。
「一夏? その子は・・・?」
「お? おお、悪い。えっとこの子は、俺の中学時代の友達の妹で・・・ほら、五反田弾って前に話したろ? そいつの妹だよ」
「ふ、ん・・・そうか」
正直、聞き覚えが無いが・・・なるほど、友人の妹か。
な、なるほど・・・なるほどな。
それにしても、か、可愛い娘だな・・・私と違って。
・・・私が軽く気持ちを沈ませていると、その娘が私達の前に進み出て、ぺこりと頭を下げて来た。
「五反田蘭です、よろしくお願いします」
・・・一夏め!
きっ・・・と一夏を睨むと、やけに怯えた顔をされた。
ああっ・・・また、またやってしまった・・・!
Side 五反田 弾
「・・・って、蘭の奴、携帯出ねーしよ」
俺は軽く舌打ちしながら、役に立たない携帯をポケットにしまい込む。
くっそ、これだから蘭と夏祭りなんて嫌だったんだ、さっきもたこ焼き奢らされたし・・・。
・・・まぁ、俺は兄貴だからな、仕方ねぇけどな。
お子様な妹の面倒を見るのも、兄貴の役目だからな。
「とは言った物の、その妹とはぐれちまったわけだが」
手に持ったたこ焼きのパックを見下ろしながら、俺は溜息を吐いた。
自分で食いたいって言った癖に、待ってろっつった場所にいねーんだもんな。
・・・にしても、アイツがさつだけど、昔から待ってろっつったらちゃんと待ってる奴だったよな。
・・・・・・ナンパ、とか?
変な男に引っかかって・・・いやいや、だって蘭だぜ?
見た目はともかく、中身は怪獣な・・・・・・本気で心配になってきたなオイ。
携帯にも出ねーし、これマジでヤバいか?
ヤベ、俺、爺ちゃんに殺されるよ。
「お? 何だ何だ~・・・?」
携帯のバイヴが震えて、慌てて取り出せば・・・あん? 一夏からかよ。
メール・・・って、蘭の奴、一夏を見つけやがったのか!?
だからか・・・だから兄貴とたこ焼きを捨てて行きやがったのか。
「えー・・・鳥居近くの金魚すくいにいる? 何でまたそんな所に・・・あん? 神社の娘と一緒って・・・意味わかんねーよ、一夏」
まぁ、別に良いけど・・・たこ焼き片手に俺は鳥居近くの金魚すくいまで歩く、たぶんあそこだろ。
本当は一夏ともちゃんと待ち合わせたかったんだけど、蘭がなぁ。
アイツ、一夏に惚れてんもんなぁ・・・。
つーか、何で一夏は気付かねぇんだろうなぁ・・・気付かれても困るけど。
親友が妹の恋人とか、マジでシャレになんねぇ。
高校になって一夏がIS学園に行って―――女子の中に男が一人とか、リア充爆発しろ畜生!!―――ウチの食堂に来る機会も無くなったから、大丈夫かと思ってたんだが。
・・・一目惚れで初恋、だもんなぁ。
兄貴としては、複雑だけど。
「中学ん時は、鈴も含めて4人で遊んでたけど・・・鈴は鈴で明らかに一夏狙いだったもんなぁ」
あの時の俺の肩身の狭さとか居心地の悪さとか、一夏の野郎は一つも気付いて無かったもんな。
キング・オブ・鈍感、その名も織斑一夏・・・ってな。
「・・・ん?」
ふと立ち止まると、鳥居近くに人がやたらいることに気付いた。
何だ? 何でこんな所に人だかりが・・・色っぽい美人のやってる屋台でもあるのか?
だったら、俺も並びたいわけだが・・・。
と思えば、そこは普通に射的の屋台で、店主もただのゴツいおっさんだった。
客は2人で・・・てか、1人は蘭だった。
何を考えてるのか、必死で金魚をすくってる・・・何やってんだ?
「・・・しまった!?」
「ふふん、どうやら紙が破れてしまったようですね五反田さん・・・」
「あ、貴女だって破れてるじゃ無いですか!」
「紙が破れても、金魚をすくう方法はあります・・・!」
「ま、まさか!?」
いや、マジで何をやってんだウチの妹。
溜息一つ吐いて、俺が見物客の間を抜けて蘭に声をかけようとして・・・。
「篠ノ之 楓・・・目標を駆逐しますっ!」
しゃばぁっ・・・水面から飛び散った水滴が、屋台の明かりを反射してキラキラ光る。
そしてその向こうには、薄い青の浴衣を着た短い黒髪の女の子。
輝くような笑顔に、空中を舞う赤い金魚。
彼女の銀の器に、赤い金魚がポチャリッ、と入った時。
俺は思わず、拍手していた。
・・・後で蘭に蹴られたけど。
Side 五反田 蘭
一目惚れだった・・・って、回想風に言うほど昔ってわけじゃないけど。
お兄がウチに一夏さんを遊びに連れて来たあの日、私は恋に落ちた。
カッコ良くて優しい一夏さんに、私は一目で恋に落ちた。
あの時ほど、学年が一つ下って所を恨んだことは無かった。
だって滅多に会えないし・・・お兄も「勘付いて」から一夏さんをあんまり連れて来なくなったし。
例え来年、IS学園を受験して合格しても・・・(実は私、適性値Aだから)、学年が違うのはどうしようも無い。
だから今日会えたのは、本当に嬉しかった。
・・・幼馴染だって言う女の人(しかもやたらに美人で可愛い人が2人も!)と一緒だったけど。
「良かったら蘭も一緒に・・・って、ああ、弾が来るのか?」
「い、いえっ、お兄のことは別に気にしない・・・」
「あ、じゃあ、私が一緒にいるよ」
「「へ?」」
一夏さんの傍にいた女の人・・・の髪の短い人、楓さんがぱんっ、と手を合わせてそう言う。
まさに名案、みたいな調子で楓さんは私の横にスススッとやってきた。
え、何、何?
「私もこの神社の娘だから、案内もできるし。この子のお兄さんが来るまで一緒にいるよ」
「え、でもお前、弾のこと知らないだろ」
「何とかなるよ、それくらい。それより・・・もう花火の時間でしょ? 早くあの場所に行かないと!」
「いや、でもだな・・・」
「ほらほら~」
楓さんは、もう1人の箒さんって人と一夏さんの背中を押して人込みの中に放り込んだ。
その時、箒さんに楓さんがウインクをするのが見えて・・・ピンと来た。
こ、この人は・・・。
「・・・じゃ、改めてよろしく、篠ノ之楓です」
「・・・五反田蘭です、よろしくお願いします・・・」
お互いににこやかに挨拶、そして握手。
ぎゅっ・・・無意味に固く握られるお互いの手。
私は、乙女的直感でわかった。
この人は、私の敵だと。
いや、たぶん厳密に言うとこの人じゃ無くて、さっきの箒さんって人が妖しいよね。
一夏さんの紹介だと、双子・・・だっけ、だから?
うん、だから・・・。
「勝負しましょう。私が勝ったら、『あの場所』とやらに連れて行って貰います」
「ふふ・・・わかってるじゃないですか。箒姉さんの邪魔をしたければ、まずは私を倒してみることです・・・!」
・・・そんなわけで、金魚すくいで戦うことになったわけで。
でも私、金魚すくいは初めてで・・・一匹も取れなくて。
同じく初めてらしい楓さんは、最後に一匹ゲット・・・って、紙が破れてから取るのって、ノーカウントじゃない!?
「何をやってんだ、お前は」
「へぅっ」
ぺしっ、と頭をチョップされた。
勝負の後すぐにお兄がやってきて・・・一夏さんの所に行くのはダメって言って聞かない。
昔から、お兄は私が一夏さんにアタックするのを邪魔する。
その度にお仕置きしてるんだけど、効果は無い。
「いや、ほんとすんません、ウチの愚妹が」
「お兄?」
「お前は黙ってろ」
「へぅっ」
ま、また叩かれた!?
お、お兄の癖に・・・。
私が少し涙目で睨んでいると、お兄は持ってたたこ焼きを楓さんに渡した・・・って、それ私の!
「いえいえ、大したお構いもできずに・・・こちらこそ申し訳ないです」
そして楓さんは、さっきとは別人みたいな静かな声と物腰でお兄に対応してる。
たこ焼きを両手で受け取った時も、にこっ、と笑顔。
お兄が機嫌良さそうな顔をしてるのが、心の底からムカつく。
「はは、じゃあまた・・・一夏の奴によろしく言っといてください。行くぞ蘭、門限破ると爺ちゃんが怖い」
「く・・・わ、わかった」
お祖父ちゃんはいつも優しいけど、怒ると怖い。
実際、もう良い時間だし・・・8時か。
今日の所は、仕方無いか・・・。
楓さんとお別れして、お兄に手を引かれて帰る。
うー・・・。
「うー・・・一夏さん・・・」
「いい加減、諦めろって」
「うっさい、バカ兄!!」
バカ兄を殴っても、しょうが無いんだけど・・・。
・・・はぁ、次に会えるのはいつかな、一夏さん。
溜息を吐いた私の背後で、花火が上がる音が響いた。
Side 篠ノ之 楓
結局、その後は箒姉さん達の後を追わなかった。
場所は束お姉ちゃんとか箒姉さんに聞いてて知ってたけど、邪魔しちゃ悪いし。
神社の傍の針葉樹林の中に、篠ノ之家と織斑家の秘密の花火スポットがあるの。
8時から始まる花火は、そこで2人きりにさせてあげたかったから。
蘭さんと言うアクシデントはあった物の―――悪いことしたなぁ、と言う気持ちはある―――全ては何とか予定通り、これで箒姉さんと一夏さんの距離も一気に縮まって・・・。
・・・そう思って、たこ焼き食べながら達成感に浸っていたんだけれども。
「ええぇぇぇっ!? な、何もできなかったの!?」
「う、うむ・・・う、腕を組むくらいしか・・・」
深夜、布団を並べて寝ることになった箒姉さんから、事後報告を受ける。
でも、箒姉さん・・・と言うかこの場合、一夏さんの方が悪いよね。
あの人、もしかして女の子に興味無いんじゃ・・・それとも噂通り、年上が好みとか?
だって、女の子があれだけアプローチかけてて気付かないとか・・・。
もうあの人、鈍感とかそんなレベルじゃないよ・・・もっと恐ろしい何かだよ・・・。
「い、一度はそのこ、告白・・・しようかとも、思ったのだが」
「本当!?」
「そ、その、臨海学校でき・・・キス・・・しそうに、なったし・・・一夏も私が好き、なのかと思って・・・」
「うんうん、きっと一夏さんも箒姉さんが好きだよ! で?」
「だ、だから・・・できなく、てだな・・・」
顔を真っ赤にしてモゴモゴする箒姉さんは、死ぬほど可愛かったけど。
だけど・・・だけど・・・!
い、一夏さんのバカぁ―――!!
何で、箒姉さんの気持ちに気付いてくれないんだろう・・・。
「す、すまん・・・楓はあんなにも尽くしてくれたのに」
「い、良いよ良いよ、箒姉さんは悪くないよー・・・一夏さんが朴念仁すぎるんだよ!」
「それは、まぁ・・・思わなくも、無いかな・・・」
「何がいけないんだろ・・・そうだ箒姉さん、私ね、雑誌を買ったんだよ・・・恋愛マニュアル的な奴」
「おまっ・・・何て雑誌を買ってるんだ!?」
今日び、これくらい普通だよ。
えーと・・・何かいろいろ書いてあるけど、でもこれ相手が普通以上の甲斐性持ってることが前提なんだよね。
涙目で見上げるとか、名前で呼ぶとか酔って寄りかかるとか、碌なこと書いて無い・・・お?
「おお・・・これだよ箒姉さん、『彼氏の家に行って手料理』!」
「か、彼氏と言うのは、この場合は一夏のことだな? な、なるほど、家で手料理か・・・」
「これなら、いかに朴念仁の一夏さんと言えども・・・」
枕を寄せ合って、枕元に置いた雑誌を一緒に除き込む。
枕元の行燈の灯かりにお互いの顔が照らされて、何だか子供の頃に戻ったみたい。
あの頃は、私が倒れて箒姉さんが看病してくれるのが大体だったけど。
「あ・・・その帯」
「へ? ああ、コレ・・・うふふ、箒姉さんの誕生日プレゼントー」
「そうだな、使ってくれてたのか・・・」
「もちろん♪」
私は箒姉さんと一緒で、白の襦袢で寝るからね。
で、少し前から帯を新しいのに変えたの、薄い紅色の帯。
仕立ても良いし、しかも箒姉さんのプレゼントだからお気に入り。
箒姉さんと笑い合って、それからまた雑誌を読む。
静かに過ぎてく時間、でもそれがとても心地良い。
待っててね一夏さん、いつか箒姉さんの魅力に気付かせて見せるから・・・!
後書き(in 沖縄)
*今回は、沖縄の某水族館です。
篠ノ之 楓:
おおー・・・マンタ! 姉さんマンタ!
篠ノ之 箒:
そうだな・・・だが楓、海ガメもいるぞ。
篠ノ之 楓:
姉さん、姉さん・・・ジンベエって口大きいんだね。エサ食べてると言うか、飲んでるよねアレ。
篠ノ之 箒:
確かにな・・・ほら楓、海ガメがいるぞ。
篠ノ之 楓:
うっわー・・・何、あのおでこの出っ張ってる魚。頭痛? 頭痛を患ってるの?
篠ノ之 箒:
いや、アレはちゃんと意味があって・・・ああ、海ガメだぞ楓。
篠ノ之 楓:
箒姉さん、何でそんなに海ガメをプッシュするの!?