Side 篠ノ之 箒
・・・夢を、見たと思う。
それは、ずっと・・・そう、ずっと昔のことを夢に見たと思う。
ふわふわと浮いているような感覚で、私は白い空間に立っている。
どうして夢だとわかるかと言えば・・・私の周りで深々と降り積もる雪が、冷たくも何ともなかったからだ。
足元の雪にも足跡がつかないし、襦袢しか身に着けていないにも関わらず空気も冷たく無い。
むしろ、ふわふわと温かで・・・。
『箒ちゃんは、真面目だねー』
不意に、声が聞こえた。
気がつくと、いつの間にか・・・私の目の前に、その人はいた。
伸ばし放題の長い髪に、緩みっぱなしの顔。
ただ、服装は臨海学校の時とは違う・・・あの人が昔通っていた学校の制服だった。
顔立ちもどこか幼くて、やはりこれが夢だとわかる。
何故なら地面にしゃがみ込むその人の前には、「私」がいたから。
小学生くらいの・・・10年前の、私が。
『箒ちゃんは凄いねー、頑張り屋さんだねー。お姉ちゃん、びっくりしちゃうよ』
『・・・』
子供の私は、口を真一文字に結んでひたすらに剣を振っている。
それは今の私からすれば稚拙だが、この頃の私の精一杯の素振りで。
ひどく、懐かしい気持ちにさせられた。
そしてその横で、あの人はニコニコしながら一方的に話しかけている。
『ねぇねぇ箒ちゃん、天才のお姉ちゃんだからわかるんだけど、今日は特に気合いが入ってるよね。どうしてなのかな? お姉ちゃんは何でも知ってるけど、箒ちゃんのことはわかんないんだよねぇ』
『・・・』
『うふふ、別に無視しちゃってくれても良いけどねぇ』
何が楽しいのだろう。
何が嬉しいのだろう。
あの人は・・・ただ、嬉しそうに私に話しかけている。
昔から・・・そして、今だって、いつだって。
『・・・楓が』
ふと素振りを止めた小さな私は、どこか泣きそうな顔をしていた。
ぎゅっ、と小さな手で竹刀を握って、唇を引き結んで。
『楓が今日、道場に来て』
『あー、行ってたねぇ』
『今日は、町内の子達も来ていて・・・』
・・・そう言えば、そんな日がいくつかあったかもしれない。
門下生は私と一夏と、千冬さんだけだったが・・・篠ノ之神社と地元の人達の交流の一環で、剣道教室を開いたこともあった。
まぁ・・・あまり、良い思い出は無い。
この夢も、その良く無い思い出のどれかだろう。
『今日は、体調が良いからって』
『うんうん、それでー?』
『・・・男子が』
『うん?』
『男子が、楓のことを幽霊みたいだって』
ああ・・・そんなことも、あったかもしれない。
襦袢姿で、病弱で・・・青白い顔で歩いていた楓のことを、おばけみたいだと言う男子もいた。
『楓・・・部屋で、泣いてた』
『・・・・・・ふぅん』
当時の私は気付かなかったが、この時のあの人の声は・・・とても、平坦だった。
平坦で、冷たかった。
どんな顔をしているかは、わからない。
『それが、悔しくて・・・』
そう、とても悔しかった。
凄く、懐かしい。
何故ならそれは、私の原点の記憶だから。
『・・・強く、なりたい』
強くなりたかった。
楓を・・・妹を馬鹿にされないくらい、妹を守れるくらいに強くなりたかった。
誰も、私達を蔑ろにできないくらいに。
強さが・・・力が、欲しかった。
『良いよ、お姉ちゃんが強くしてあげる』
そしてそれに、あの人が応じる。
とても嬉しそうな声で、応じる。
それが世界の理であるかのように、応じる。
『その代わり―――・・・』
あの人が小さな私に何かを囁いた所で・・・不意に、全てが消える。
曖昧な世界から掬い上げられるように、意識が急浮上する。
気が付けば、私の目には別の空間が映っていた。
見慣れた、寮の部屋の天井。
徐々に意識がはっきりしてくるそこは・・・現実だ。
「・・・ふぅ」
小さく息を吐いて、右腕で両目を覆う。
喉が渇いて、気持ち悪い・・・。
舌先で口の中を軽く湿らせつつ、私は先程までの夢を思い出していた。
随分と懐かしい夢を見たものだ、と。
「・・・そういえば」
ルームメイトを起こさないように小さな声で、呟く。
胸の奥を少しだけ、痛ませながら。
あの時、あの人は私に何と言ったのだろうか。
そう、思った。
Side 篠ノ之 楓
夢を、見たと思う。
そんなに昔のことじゃなくて、それは3年前の夢で。
私が・・・。
『さぁ楓ちゃん、一緒に行こうか!』
私が箒姉さんやパパやママと引き離されて、政府系の病院に強制入院させられてた時の話。
今でも、良く覚えてる・・・白い病室と、簡素なベッドだけがある部屋で。
私は、病室の隅からそれを見てる感じで。
そんな私が見つめる先には、ベッドの上で寝ている私・・・今の私よりも少しだけ小さな、私がいて。
昔の私。
小さくて、儚げで、青白くて痩せっぽちで。
ただひたすらに、惨めなイキモノだった私が。
『・・・おや? かーえーでーちゃーん?』
ばばーんっ、と(5階の)窓の外から登場した束お姉ちゃんが、思ったような反応が返ってこなかったからか不思議そうに首を傾げた。
そして、窓の側のベッドの上の私を見る。
点滴を受けて、呼吸器をつけられて、目の下に深いクマをつけた、見るからに具合の悪そうな私を。
そう言えばいきなり環境が変わったから、物凄く具合が悪くなった記憶があるよ。
はっきり言えば、死にかけてたと思う。
この頃の私は病弱で・・・凄く、虚弱体質だったから。
『・・・苦しい? 辛い? 元気になりたい? ふんふん、ふーんふふふん、おーけーおーけー、お姉ちゃんに全部任せなさーいっと』
ぶちぶちと音を立てて、3年前の私の腕から点滴の針先を引き抜く束お姉ちゃん。
身体に張り付いてる心音図のシールとかも引っぺがして、同年代の平均体重から20キロ近く軽い体重しか無かった私を、軽々と抱き上げて。
虚ろな目をうっすらと開けて、私が何かを言う。
でもそれは掠れ切った何かで、声ですら無かった。
『うん? 大丈夫だよ楓ちゃん、すぐに・・・』
病室の廊下側から、何人もの人間が駆けて来る音が聞こえる。
それは明らかに、大人達の物で。
でもお姉ちゃんは、そんなことを少しも気にした風も無くて。
『―――――すぐに、元気にしてあげるから』
そう言った時の束お姉ちゃんの顔は、夜の闇に包まれて見えない。
ただ私を抱いたまま、病室の窓から「飛んだ」所で・・・ぷっつりと、夢は途切れた。
そして、急浮上する、現実へ。
「ん・・・?」
ベッドの上で―――具合が悪くなることも無く―――目を覚ました私は、右腕で両目を覆った。
それから、大きく息を吸って・・・現実の感触を取り戻す。
襦袢越しにシーツの感触を確かめながら、ゆっくりと身体を起こす。
そこは、本音ちゃんと一緒の部屋じゃなくて。
寮は寮だけど、私しかいない個室で・・・。
・・・その事実に、私はまた溜息を吐いた。
Side 山田 真耶
パンッ・・・と、すっかり聞き慣れた軽い音が聞こえて、私はびくっ、と身体を震わせます。
慣れているとは言っても、驚かないわけじゃ無いですから。
と言うのも・・・。
「しつこいぞ織斑、朝からギャーギャー喚くな」
「いや、喚いては無いだろ」
「なら、ピーピー言うな」
「それも違うだろ・・・」
まぁ、織斑先生が一夏くんを出席簿で叩いただけなんですけどね。
一夏くんはとても大きなお弁当箱を持って職員室にやってきたんです、いわゆる愛弟弁当です。
これは、割と珍しいことかもしれませんね。
でも、以前から一夏くんはたまに織斑先生にお弁当を持ってくるんですよねー。
愛されてますね、織斑先生。
私も一夏くんみたいな弟がいたら良かったんですけど、一人っ子ですから。
・・・あ、でも一夏くんを弟にしたいって言うのはそう言う意味じゃ無くて、ああでも織斑先生だったら良いかなとも思わないでも。
「でも千ふ・・・じゃなかった織斑先生、楓は」
「お前が心配することじゃない」
「いや、でもさ」
「しつこいと言った」
一夏くんは楓さんのことが心配なようで・・・まぁ、心配ですよね。
楓さんには今、何と言うか・・・ある暫定的な制約が課されています。
まぁ、制約と言って良いのかどうか・・・。
「何度も言わせるな、上の決定だ。私にはどうしようも無い」
楓さんには、とりあえず「学園の敷地の外に出てはならない」と言う制約があります。
・・・でも学園内ならどこでも行けるので、別に監禁とかそう言うのでは無いです。
駅前とかには行けませんけど、学園の人工島内部ならどこでも。
何と言うか・・・中途半端と言うか。
たぶん・・・篠ノ之博士の目を気にしてるんだろうけど。
「他人事のように篠ノ之妹のことを心配しているようだがな、一夏。お前はそろそろ自分の身の心配をした方が良いぞ」
「え?」
「・・・バカみたいな面をしてるんじゃない、また『白式(びゃくしき)』を奪られたいのか?」
「う・・・」
それと、もう一つ。
上・・・国際IS委員会は、学園に「軟禁」する代わりに楓さんにある特権を与えました。
それは・・・。
「どうもお前は、自分がどれだけ弱いのかと言うのを認識できていないようだな」
「いや、模擬戦全敗だから弱いのはわかってるんだけど」
「それでも、専用機持ち以外には負けないとでも思っているんじゃないか?」
「そう言うわけじゃ・・・」
それは、「各国のISを整備する権利」。
条件はたった一つ、技術の開示。
それはある意味で、整備限定の「自由国籍権」―――――。
楓さんを取り巻く環境が、一歩悪化したことを意味する決定。
これで篠ノ之博士がいなければ、どうなっていたことやら・・・。
Side 織斑 千冬
専用機は、基本的に量産機に負けることは無い。
それは機体性能はもちろんのことだが、操縦者が普通は専用機乗りの方が強いからだ。
だが、一夏及び篠ノ之姉妹の場合・・・。
「・・・まぁ、それはそれでまた考えるか」
頭の片隅でいつも弟(いちか)のことを考えているとは言っても、時と場合と言う物があるだろう。
一夏のいなくなった職員室で、朝の職員会議までの時間を過ごすとしよう。
ああ、静かだ。
「それにしても、委員会は何を考えているんでしょうか・・・」
「さてな、お偉方が考えることはわからんよ」
心配気な山田先生にそう答えながらも、私はある程度の予想はしていた。
何故なら今回の篠ノ之妹への制約と特権の付与は、有り体に言えば扱いに困った末の丸投げに過ぎないのだから。
本当なら、どの国も篠ノ之妹を力尽くでも自国に引き込みたかっただろう。
だが、それはできない・・・他の国が反対するし、何より強制的にそんなことをすれば束が黙ってはいない。
そんなことをした日には、無人機の大軍がワシントンやらモスクワやらを破壊するだろうよ。
・・・まぁ、無人機の件はボカして報告してあるが。
「それよりも山田先生、一つお願いがあるのですが」
「は、はい、何でしょう?」
「今度、専用機の織斑(いちか)と一般生徒が乗る量産機で模擬戦をやらせたいのですが・・・」
・・・どこの国も欲しい、だが他の国がそれを認めない。
『キャノンボール・ファスト』直後の国際高官会議では、欧米諸国を中心に委員会直属の「人材の国際共有」制の創設を主張する国もあったが、中露などの国々が反発して頓挫した。
まぁ、上でも意思が統一できていないわけだ。
各国が牽制し合って、動けなくなってしまっている。
そしてだからこそ、篠ノ之妹に限定的な自由国籍を与えると言う妥協点に落ち着いたわけだ。
どこの国も篠ノ之妹を拘束しない、その代わりにどの国の機体が篠ノ之妹の技術の恩恵を受けても抗議しない。
あくまでもそれは、篠ノ之妹の「自由意思」だからだ。
「では、それでお願いします」
「はい、申請しておきますね」
問題は機体だ、こちらは一夏と篠ノ之姉も関わる。
正直、裏ではかなり揉めている。
少なくとも、国際的な実務者協議は決裂した。
となると次は、あまり良く無い方向に議論が進む可能性がある。
『白式(びゃくしき)』と『紅椿(あかつばき)』、そして『黒叡(こくえい)』。
3機の帰属先については・・・冗談で無く、紛争が起こるレベルにまで行く可能性がある。
まぁ、篠ノ之妹もある意味ではそうだが。
とはいえ、束の存在がある限りは過激な手段にも出れないだろう。
・・・束がいる限りは、「まだ」。
「・・・それに、タイミングもちょうど良いしな・・・」
そう言って、私は机の隅に置いてある経済新聞の一面に目を落とした。
そこには、こう書いてある。
<国際IS委員会理事国首脳会議、予定通り今月(じゅうがつ)に日本で開催>
・・・さて。
どうやって、ガキ共を守ろうか。
Side シャルロット・D・コルデ
立場が変われば見える物も変わるって言うのは、本当だったのかもしれない。
少なくとも今の僕は、フランスの代表候補生だった時には見えていなかった・・・見なかった物を見るようになってきた。
そして、楯無会長が僕を生徒会と言う「中立」組織に置いた本当の意味も。
その、狙いも。
僕と言う「駒」が、状況がどう動いた時に最も効率的に機能するのかも。
何のために、僕に楓と接点を増やすように言ったのかも・・・。
『来日中の宋麗新中国国家副主席は昨夜の高町外務大臣との会談において、インドが先月ベトナムと行った海軍合同訓練にIS部隊の一部を参加させたことに触れ、懸念の意を・・・』
「うん・・・?」
洗面所で歯を磨いていたら、部屋の方からニュースの音が流れて来た。
ラウラが起きたのかなと思って出てみると、案の定ラウラがベッドの端に座ってニュースを見ていた。
・・・全裸で。
「おはよう、ラウラ。もうすぐ寒くなるから、服を着た方がいいと思うんだけど・・・」
「ああ、おはようシャルロット。だが寝る時に着る服が無いんだ」
「本国の人に相談したら良いじゃない・・・」
と言うか、普通にパジャマで良いと思うんだけどね・・・。
今はまだ良いけど、冬になったら風邪を引いちゃうよ。
『会談では日本の中国国債の追加購入などの金融協力が合意される一方、中国政府によるレアアース輸出制限問題での進展は見られず・・・』
「ああ、これ、昨日の?」
「うむ、今月はIS委員会理事国の首脳会談があるからな」
国際IS委員会、アラスカ条約に基づいて設置された国際的なIS管理を話し合う国際機関。
理事国は日本やフランスを含めた21ヵ国、委員会の理事国だけで全世界のIS保有数の大半を占める。
理事国は半年に一回の外相・国防相会議と年1回の首脳会議で最終的なIS管理の合意を行う、ちなみに開催国は輪番制で、今年は日本。
まぁ、何と言うか狙ったようなタイミングだよね・・・。
「日本メーカーのIS関連の精密部品は平均で世界シェアの60%を占めるが、それも中国から十分なレアメタル・レアアースの供給を受ければこそだからな」
「逆に言うと、中国はそれで存在感を示してるわけだけど・・・」
今年の議題は、たぶん一夏や楓、箒のことだと思う。
もちろん表向きには別の話をするだろうけど・・・しないはずが無いよね。
「・・・さて、ではそろそろ制服に着替えて行くか」
「あ、うん、そうだね」
「他の者達に出遅れるわけにはいかないからな、早く楓の所に行かねば」
「・・・う、うん、そうだね」
ラウラの言葉に、僕は曖昧な言葉を返す。
僕も候補生だったら、同じことを言ったかもしれないけど。
でも、今の僕は別の立場で動いているから。
楯無会長が、どうして僕を楓の傍に配置しているのか。
その意図を良く考えて、行動しないと・・・。
大切な友達を、傷付けることになってしまうから。
Side 篠ノ之 箒
今日の午前の授業は、化学だった。
IS学園と言っても高校だから、一般的に行われる高校の授業もある。
IS関連の授業が半分以上を占めるから、あまり多いとは言えないが。
「はーい、全部の班に溶液の材料は回りましたか~?」
「ヒルダ先生ー、シリコンチューブが足りませーんっ」
「あら、まぁ・・・そっちの棚に無かった~?」
化学実験室の中、いくつかの班に分かれた生徒の間をパタパタと駆けているのは化学のヒルダ先生。
長い金髪のロングヘアーが目を引く女性教諭で、おっとりした美人として有名だ。
ちなみにアメリカ出身の29歳、年齢のことを言うと化学準備室に引き摺りこまれると言う噂がある。
今日は何とかと言う実験をやるらしい、えーと・・・。
「非電解質水溶液凝固点降下測定実験だよ、箒姉さん」
「ひでんか・・・何?」
「非電解質水溶液凝固点降下測定実験」
「非電解しちゅ・・・っ・・・良く言えるな、楓」
「ま、化学も科学の一部だからね~」
それは関係無いと思うが。
同じ班になった楓に実験の名前を教えて貰ったが、まぁ大事なのは中身だしな。
だから別に、名前が言えなくても問題は無い。
「ぷっ・・・箒お前、今噛んだ?」
「う、うるさいっ!」
「一夏さんダメだよー、女の子の失敗を喜ぶなんてノット・ジェントルマン的だよ?」
楓が微妙にセシリアを真似たような言い回しで私を庇ってくれる、私達の班はこの3人に・・・。
「この氷を細かく砕けば良いのか?」
テーブルの隅で黙々と実験の準備を進めているラウラ、そしてもう1人の5人で班を構成している。
ちなみに、隣の班にはシャルロットとセシリアがいたりする。
なお、私達の班のもう1人とは・・・。
「く~・・・」
化学の実験で寝ると言う、あまり見られない居眠りを見せつける
ま、まぁ、人それぞれだからな・・・。
・・・それにしても。
「か、楓・・・大丈夫か?」
「え、何が?」
「いや、その・・・いろいろと」
先日の一件以降、何故か楓は学園の外に出てはいけないことになった。
まぁ、平日はどのみち学園の外に出る時間がそもそも無いが。
日本政府にここに押し込められた私としては、心配せざるを得ない。
「んー・・・まぁ、いきなり1人部屋に行かせられたのは寂しいけど。後は何か、他の国のIS見放題になったし・・・割と楽しいかも?」
「そ、そうなのか?」
「それに私、もともとアウトドア派じゃないしねー」
そう言われると、そうなのかもしれないが。
どうも、楓が無理をしていそうで・・・。
「俺も千冬姉に聞いてみたんだけど、どうにもできないって・・・」
「教官の仕事の邪魔をするな、馬鹿者」
「あぶなっ、アイスピックこっち向けんなよ!」
一夏とラウラが揉めているが、私はまだ楓の心配をしていた。
楓はいつものようにニコニコ笑っているが、どうしてだろう、先日から嫌な予感がするんだ。
今朝、あんな夢を見たからかもしれない。
私の脳裏に、部屋のあの引き出しの奥にしまってある物がチラついて。
そう、あの・・・。
「くぅ~・・・むにゃむにゃ・・・」
「もしもーし、本音ちゃん、起きて~?」
―――――あの人へ繋がる、携帯電話を。
Side 布仏 虚
何故かしら、無性に本音を叱らないといけない気がするのだけれど。
整備課の授業中、私は妹の本音が居眠りでもしている物と判断する。
後で問い詰めましょう、心にそう決めた。
「・・・はい、試しに腕を動かしてみてくれるかしら?」
「おう」
整備課の授業と言っても、3年の後半に入ったこの時期には座学よりも実習の方が多いの。
だから今も、私はほかの操縦者コースの3年生が使う機体の整備をしているわ。
具体的には、3年生で唯一の専用機持ち・・・ダリル・ケイシーの機体の。
お嬢様が全校生徒最強だとするならば、ダリルさんは3年生最強。
それは事実上、IS学園第2位の実力者であることを意味する。
つまりお嬢様がいなければ、彼女こそが生徒会長になっていたのかもしれないわね。
・・・まぁ。
「ああ~、今日もダリィ~・・・」
「うふふ、お疲れ様」
「布仏、もう昼休みで良いよな?」
「ダメなんじゃないかしら」
本人はいたって面倒くさがりで、楽をすることに全精力を傾注する性格。
だからこの褐色の肌の3年生の代表候補生は、実力の割に強く見えないの。
お嬢様に言わせれば・・・「お得な性格よね」。
今もダルそうにしながらも、私が整備した機体『ヘル・ハウンドver2・5』の腕を真面目に動かしているもの。
面倒くさがりな外見にばかり気を取られると、痛い目を見るわね。
そのあたりは、2年生のフォルテさんととても良く似ているのだけれど。
「・・・ん、27番から45番のあたりの駆動系がヤな感じだ」
「そう、じゃあもう少し圧を緩めてみるわね」
「おーう、頼むわ・・・ああ~、ダリィ~・・・」
放っておくとそのへんでゴロゴロしだしそうな様子に苦笑しながら、私は手元のレーザー・カッターといくつかの部品に手を伸ばす。
キリキリキリ・・・と器具を回しながら、コアの安定稼働でかすかに熱を発するISの腕部を弄る。
「相変わらず、鮮やかだな。やっぱ日本人は手先が器用だよな」
「ありがとう。でも、私なんて大したこと無いわ」
「ケンキョって奴か? 日本人は慎み深いなぁ」
「そんなんじゃないのよ、本当に」
感心してるダリルさんに苦笑しながら、私はそう言う。
そして実際、私なんて大したことは無い。
お嬢様に比べればもちろんそうだし、何よりも。
本音・・・妹達に比べれば、私の才能や能力なんて本当に微々たる物なのだから。
私がいくら努力しても、あの子達には敵わない。
それだけの才能があの子達に・・・本音にはある。
だから姉らしく振る舞うのも結構、必死なのよね・・・。
「あ~あ、どうしよ・・・先生に推薦貰えなかったよぉ~」
「マジ? 大丈夫?」
「一応、求人とか見てるけど・・・進学も考えようかな」
「うーん・・・でも普通の進学先って無いんだよね・・・」
ふと、隣で『打鉄(うちがね)』の整備をしている生徒達の話し声が聞こえた。
盗み聞きの趣味は無いけれど・・・どうやら、進路の話のようね。
「・・・もうっ、何なのよ今年は!」
「そうだよね、普通ならタッグマッチとかで企業の人と面談とか出来てるはずなのにね・・・」
「今年はイベント全部中止だもん、仕方無いよ」
「けどさぁ~・・・実際、IS関連企業の求人、今年は去年の同じ時期の半分も来て無いって言うじゃない」
・・・普通、この学園の卒業生は各国の軍やIS関連企業に入る。
けどそれは一部の候補生・候補生レベルの生徒の話であって、大多数の一般生徒は「IS操縦者」の資格を持ったまま一般企業や大学に進学することになる。
特に日本人生徒は・・・整備課は、まだ需要がある方だけれど。
「と言うかさぁ・・・今年の1年が入ってきてからじゃない? ウチの学校が変になったのって」
「ああ~、2年生の子達も言ってたよ。織斑君・・・だっけ。あの男の子が来てから碌な事が無いって」
「私は篠ノ之博士の身内の子達が来てからだって聞いたけど」
「ああ、部活の子達が言ってた。臨海学校潰れたんでしょ? かわいそーだよね」
・・・。
「あ~あ、ツいてないよねぇ」
「本当・・・良い迷惑だよね」
「しかも本人たちは碌に練習もせずに専用機貰ったんでしょ? ズルいよねー」
そこで、私が口を挟む。
「貴女達、先生がこっちに来るわよ」
「うわっ、ヤバッ、布仏さんありがと!」
「この時期に減点されたらキツいからねー」
良いのよ、そう答えて私は自分の作業に戻る。
そして作業を続けながら、思う。
・・・思ったよりも、危ない方向に向かいつつあるのかもしれない、と。
そして、考えなければならない。
私の大切な妹が、どうすれば傷付かずにすむのかを。
Side 更識 簪
お昼休み、食堂でお昼ご飯。
普通は楽しい物だろうけど、今はちょっと気まずい。
何でかと言うと、一緒にいるのが立道だから・・・。
「・・・えっと・・・」
「・・・(もくもく)」
「・・・うぅ・・・」
黙々と鮭定食を食べる立道、私の食べてるかき揚げうどんが気のせいか苦い・・・。
き、気まずい・・・『キャノンボール・ファスト』の時は勢いであんなことしちゃったけど、でも、代表候補生としてかなりアウトなことをしたわけで・・・。
と言うか、間接的に立道を撃墜したような物だし・・・。
でも、あそこで止めて引き離さないと楓が撃墜されてたし・・・楓、攻勢武装何も持って無いし。
厳密に、命令違反をしたかと言うと微妙だけど・・・真面目な立道からすれば、どっちにしても・・・。
「・・・何か勘違いしているようですが」
「え・・・?」
「私は別に、怒ってなどいませんよ」
淡々と言う立道、紅鮭の骨をチョコチョコと解してる。
眉を顰めてるように見えたのは、もしかして魚の骨を取るのに苦労してたからなの・・・?
「まぁ、確かにあの時点ではこの小娘殺してやろうかと思いましたけど」
「こ、怖いこと言われてる・・・?」
「しかし、結果オーライです」
ざくっ・・・最終的にお箸の先を紅鮭に突き刺す立道。
お、お行儀、悪いよ・・・?
そう思うけど、立道が怖いから言葉にはできない。
うう、楓、本音ぇ・・・。
ど、どうしよう・・・。
私がそんなことを考えてるのを知っているのかいないのか、立道は今度はお味噌汁を飲みながら。
「結果として・・・更識、貴女は篠ノ之楓にとってかけがえのない・・・そう、替えの効かない親友であると言うことが立証されました。これは我が国にとって非常にプラスに働きます」
「・・・」
「近々、日本政府から正式に貴女に新たな命令が下るでしょう。篠ノ之楓の親友として傍にいろと、これは貴女にとっては喜ばしいことかもしれませんね?」
「そ、そんなことは・・・」
親友・・・私は、楓の親友なのだろうか・・・?
代表候補生と言う立場がある限り、私の楓への想いは純粋であり得るのだろうか・・・?
私は、今は・・・それが、怖くて仕方が無い。
でも・・・。
「・・・守ってあげなさい」
「え・・・」
「篠ノ之楓・・・だけでなく、例の2人もですが。危なっかしくて仕方がありません。姉の目が届く場所ばかりでは無いでしょうし・・・」
驚いて立道の顔を見ると、立道は私から顔を逸らした。
ちょっと、顔が赤い・・・照れてる?
「何ですかその顔は・・・私だって別に、取って喰いたいわけじゃないんですからね?」
「う、うん・・・」
「とにかく、一度守ると決めたなら・・・傍にいて、守りなさい。そうでないと・・・」
「・・・」
「・・・いつか、後悔しますから」
・・・後悔。
それは・・・すごく、嫌だと思った。
その時の立道の顔が凄く寂しそうで、もしかしたら何か経験でもあるのかもしれない。
守れなかった、守られなかった・・・どれかは、わからない、けど。
でも、私が楓を守りたいのは本当。
本音と、一緒に・・・私の、家の外で出来た初めてのお友達を。
大好きな、お友達を守る。
それは凄く、胸が熱くなることだった。
アニメのヒーローみたいな、気持ちだった。
・・・できるか、は・・・ちょっと、難しいけど・・・。
「・・・あり、がと」
「そうでないと、殴られ損なので」
「・・・いじわる」
楓を、守る。
楓は、私が守る。
そうだ・・・私が。
私が、お友達を、守るんだ。
もう、姉さんに守られてばかりの・・・私、じゃない。
私だって、更識なんだから。
だから・・・。
Side 篠ノ之 楓
「いやぁ、びっくりしたよねー」
「冗談じゃありませんわ、教室中が無茶苦茶でしたわよ!?」
「ま、まぁまぁ・・・」
ほのぼのと午前の化学の実験の感想を言う私に対して、セシリアさんがプリプリしてる。
で、それをシャルロットさんが宥めてる。
まぁ、いつもの光景。
ちなみに何が起こったのかと言うと、ただ私の班の化学の実験で化学実験室が凄いことになったってだけ。
いやぁ、まさかあそこで本音ちゃんが目を覚ますとは思わなかったよ。
私もびっくりな化学反応だったもんね。
「急にお姉ちゃんに怒られそうな気がしたんだよ~」
「本音ちゃん知ってる? それって正夢って言うんだよ」
「えぇ~」
しおしおと崩れ落ちる本音ちゃん、ご愁傷さまと祈っておくことにする。
「俺としてはヒルダ先生が心配だったんだが・・・」
「一夏さんは女の人には凄く優しいよね」
「その言い方は誤解を招くんだが・・・」
いや、だって弾さんに対する一夏さんの対応を見てるとどうも。
でもまぁ、確かに化学の先生が途方に暮れてたのは印象的だったけど。
うーん・・・お掃除ロボでも作ろうかなぁ。
「アンタ達、相変わらず楽しそうね」
「鈴、頼むから私を仲間に加えてくれるなよ」
「いや、アンタも十分に面白仲間に入ってると思うんだけど・・・」
1人だけ2組でさっきの惨状を知らない鈴さんが、皆から一歩引いた位置を歩いてたラウラさんとそんな会話をしてるのが聞こえる。
うーん・・・?
何だろう、こう、気になるよね。
いつも誰かと一緒にいるけど、でもこんな風に「全員集合!」みたいな感じなのは珍しいかも。
特にラウラさんとか、あんまり私と一緒にいてくれるイメージが無かったんだけど。
んー・・・?
「楓、昼食は何にするんだ?」
「んー・・・今日はあっさりかき揚げうどんでも・・・」
「か、か、かぇ・・・楓・・・!」
ほえ?
箒姉さんにかき揚げうどんを所望した時、食堂の入り口で。
「わぁ、簪ちゃんだ」
「おお、本当だ、かんちゃん~」
ご飯を食べ終えた所なのかどうなのか、簪ちゃんがそこにいた。
入り口は結構込んでるんだけど、私が簪ちゃんを見間違えるはず無いもんね。
と言うか、本音ちゃんが間違えるはず無いし。
簪ちゃんの後ろには・・・うひゃあ、立道さんがいるよ。
別に怖いとか思って無いけど、若干ちょっとアレだよね。
何で立道さんが簪ちゃんの背中を押してるのかは、わからないけど。
何か、簪ちゃんの様子も変だし。
は・・・まさか、苛められてるとか!?
「違うと思うわよ」
鈴さんが冷静に突っ込んできた、ですよねー。
とか何とか考えてる内に、簪ちゃんが私にツツツー・・・と近付いて来た。
何だろう、こう・・・チワワ的な庇護欲を掻き立てられるんだけども。
「か、かか・・・楓・・・!」
「うん?」
首を傾げながら簪ちゃんを見ると、何でか簪ちゃんは顔を真っ赤にしてた。
何と言うか、凄く恥ずかしそうに。
こう、制服のスカートの裾を握り締めたりして。
「え、何コレ。何が始まろうとしてるの?」
「さ、さぁ・・・」
後ろで鈴さんが不思議そうにしてるけど、うん、何だろうね。
こう、簪ちゃんから目が離せないと言うか。
こう・・・不思議に引き寄せられると言うか。
有り体に言って、可愛いと言うか・・・。
「あ、あの、ね・・・?」
「う、うん」
「その・・・」
大きく息を吸って、吐いて・・・を3回繰り返して、簪ちゃんが大きな可愛い瞳で私を見つめる。
で、それから。
「だ、大好、き・・・っ・・・!」
・・・へ?
気のせいで無ければ、周囲の人達が「ザワ・・・ザワ・・・」みたいな感じになってるんだけど。
ちなみに、一番最初に反応したのは箒姉さんで。
「簪、それはいったいどう言う意味かつどう言うレベルでの話な「ほ、ほ~ら箒、ちょっと俺と向こうに行こうな~」のって、おい待て一夏、私は今大事な話を」
一夏さんに連れてかれた。
「あ、あれ・・・?」
周りの反応に困ってるのは、当の簪ちゃんで。
「・・・日本では、同性愛と言うのは許されているのか?」
「え・・・」
「ふ、フランスでは、比較的に市民権ある・・・よ?」
「あ、え・・・?」
「じ、女性同士なんて・・・非生産的ですわ」
「ち、違う、違っ・・・」
「んも~、かんちゃんのおませさん♪」
「ちょ、待って・・・」
「・・・・・・更識、しばらくしたらまた会いましょう」
「あ、立道、『紫電』並の速さで消えた・・・!」
えーと・・・簪ちゃんが泣きそうな顔で困ってるんだけど。
良くわかんないけど、とりあえず簪ちゃんの手を取ってみる。
それから・・・にぱー。
「私も、簪ちゃんが大好きだよ」
「う・・・」
「大好き、簪ちゃん」
「・・・う、うん・・・あり、がと・・・」
ぎゅっ、と手を握り返してくれる簪ちゃん。
とっても可愛い、私の親友。
簪ちゃんは強い目で私を見ると、何と言うか必死な感じで。
「か、楓は・・・楓はっ、私が、守るから・・・!」
「うん、嬉しい」
「ほ、本当・・・?」
「うん。でも、私も簪ちゃんの助けになりたいな」
「・・・ん」
「・・・えへへ」
そんなわけで、私と簪ちゃんはまた少し仲良くなった。
とても、胸の奥がポカポカした・・・。
「・・・ねぇ、セシリア。コレ何? いったい何が成立したの?」
「わかりませんわ・・・」
鈴さんが、げっそりした顔してるのが気になるけど。
「私も~、2人とも大好きだよ~?」
「うん、私も本音ちゃんが大好き」
「・・・うん・・・」
本音ちゃんが加わって3人になって、シスターズ全員集合。
いつか、お姉ちゃん達と一緒にお茶とかしたいなぁ。
まぁ、今はさしあたって・・・。
「今日、簪ちゃんの部屋でお茶しても良い?」
「う、うん・・・楓の部屋でも良いけど・・・」
「私の部屋は~」
「本音のは・・・散らかってる・・・」
「ひどっ」
「あははは」
ん~、まぁ、今の私の部屋はちょっとね。
だってさー・・・嫌になるよねー。
監視カメラが21台もある部屋なんて、お友達呼べないもん。
Side 篠ノ之 束
夢を見た気がする・・・束さんは無駄な夢なんて見ないのにね。
夢の中でだって、現実と変わらずに思考してばかりなのに。
これは珍しくただの夢だね、時間の無駄な気がするよ。
正確に言えば、3年と6カ月と5日と14時間前。
その時の夢(きろく)を、ただ見てるだけの夢。
どうせ見るなら・・・「あの日」の夢を見たかったなぁ。
今度作ってみるかな、夢を抽出する機械。
『妹を離せ!!』
箒ちゃんの声、ふと見回してみればそこは日本の・・・えーと、ああ、篠ノ之の実家だね。
危ない危ない、自分の家を忘れる所だったよ。
ま、興味無いけどね、今さら。
『妹をどこに連れて行くつもりだ! その子は、熱があるんだぞ!?』
箒ちゃんは、黒いぼんやりした人型の何かに押さえつけられてる。
特に乱暴されてるわけじゃなくて、単に押さえられてるだけ。
・・・誰だっけ、顔も覚えて無いや。
両親もいたと思うんだけど、まぁ、箒ちゃんと楓ちゃん以外は覚える必要も無いからね。
『姉さん、姉さん・・・』
対して、黒いぼんやりした何か(たぶん、人間かなー)に抱えられた楓ちゃんが、どこかに連れてかれてる感じ。
と言うか、箒ちゃんも連れてかれてる感じ。
あー・・・そんなこともあったっけ。
でもこの黒い連中、もうどこにもいないんだけどね。
『くっそ・・・離せ! 楓・・・楓、楓(かえで)ぇ―――――――――っっ!!』
うーん、激しいねぇ箒ちゃん、惚れ惚れするよ。
吹けば壊れそうな楓ちゃんも良いけど・・・ガラス細工よりはダイヤモンドの方が綺麗だよね、やっぱり。
・・・うん?
ふと振り向いてみると、そこには私がいた。
と言うか、昔の私だねぇ。
『・・・』
黒い人間っぽい何かに囲まれてる私は、こっちを見てた。
私を見てた。
まぁ、厳密には箒ちゃんと楓ちゃんを見てるんだろうけど・・・今の私と、目を合わせてた。
『―――――』
昔の私が、何かの言葉を紡ぐ。
私はそれに、笑みを浮かべる。
何故ならそれは・・・。
「―――――束さま?」
「・・・んぅ?」
ふと気がつくと、いつもの秘密ラボの部屋にいた。
あー、こっちが現実なんだっけ?
束さん的には、どっちだって一緒なんだけどねー。
「申し訳ありません、お休みでしたか?」
「いやいや、束さんは休んだことなんて無いからねぇ・・・くーちゃん、こっちにおいで?」
「はい」
素直にこっちに来たくーちゃんを抱っこして、椅子の上でゴロゴロする。
んー、良い抱き心地だねー。
楓ちゃんともまた違う、このまろやかな感じが・・・おお?
「くーちゃん、束さんに何か用かい?」
「はい、あの・・・楓さまのことで・・・」
「楓ちゃん? ああー・・・」
束さんのおっぱいに顔を埋めながら、くーちゃんが楓ちゃんのことを言う。
そう言えば、委員会(ごみども)に絡まれてるんだよねぇ。
まぁ、ほとんど束さんが仕込んだことでもあるんだけどね。
「よろしいのですか?」
「うん? 何がー?」
「その・・・楓さまは、お優しいので・・・辛いことになるのではと」
「んー、くーちゃんは良い子だねぇ」
ぎゅー・・・っと。
力一杯ぎゅ~っと抱き締めて、くーちゃんの首に手を添えて。
とくん、とくん・・・って、女の子の心臓の音を、血が流れる音を聞いて。
束さんは、にっこりと笑う。
束さんはくーちゃんのママだからね、良い子良い子してあげないと。
優しい子は、褒めてあげないとね。
妹は2人だけ、だからくーちゃんは束さんの娘さんなんだよ。
「ねぇ、くーちゃん」
「はい、束さま」
「宇宙に行くためには、何が必要だと思う?」
不思議そうな顔をするくーちゃん、可愛いなぁ。
でもねくーちゃん、これも必要なことなんだよ。
だって・・・ねぇ? 仕方が無いから、これも楓ちゃんや箒ちゃんのためなんだから。
「宇宙に行くためにはね・・・捨てなくちゃいけないんだよ」
「捨てる・・・ですか?」
「うん」
そう、捨てなくちゃ。
この地球(ほし)への未練を。
地上への希望を。
人への愛情を。
全部、ぜぇんぶ・・・いったん、捨てなくちゃ。
そうでないと、
楓ちゃんが望んだ、箒ちゃんが望んだ・・・外の世界へ。
大嫌いなモノが何も無い、宇宙(とびらのむこう)へ。
新登場オリジナルキャラクター:
ヒルダ・キャロル・シンフィールド。
(IS学園化学教諭)FULCRUM様提案。
ありがとうございます。
くーちゃん:
・・・これはこれは、ようこそいらっしゃいました。
私のような者には束さまの深遠なお考えはその一端たりとも理解できませんが・・・。
束さまが、箒さまや楓さまを愛しておられるのは、間違いが無いかと思います。
愛と言う感情は・・・私には、良く分からないモノですが。
それでは、次回は・・・一夏さまの変化のきっかけになるのでしょうか。
また、おいでませ。